第六話:紅の姫
悩み。それは誰しも必ず一つは抱えているモノ。
そして、深い悩みを抱えた少女が洸夜の前に現れる。
4月16(土)雨
現在:土手
昨日、あの異世界の探索で洸夜は色々と手掛かりを得ることに成功した。
異世界に人を入れている者がいる事。その異世界にシャドウがいる事。
同時に考えられる可能性。被害者は外傷無しという異常の背景に洸夜はシャドウの存在がチラついていた。
(……まだ情報が足りない。結論を急ぐことはできない。……それに)
洸夜は己の左腕を見つめた。突然、異常を持った左腕。別に私生活に支障はなのだが、どうやらテレビの世界から出られる力を得たようだ。
普通ならばこれだけで疑問が幾つも生まれる。だがこんな状況に慣れているせいで何故か気にならなず、他の疑問の方で煮詰まらない様に洸夜は今、気分転換で土手の辺りを散歩していた。
言わゆる、雨の日の散歩と言うやつだ。
ポン……ポン……雨が傘に当たる音をBGMにし、洸夜は周りの景色を楽しめていた。
「……良い雨だ。学園都市も都会の町も酸性雨の嫌な雨だったが、この町の雨は不思議と綺麗だ。……霧が良く出るのと関係があるのかも知れないな」
楽しそうに歩きながら洸夜は、雨の匂いと自分の足元で跳んでるカエルを見て一時の平和を楽しんでいる時だった。
土手から少し離れた場所に作られてある休憩所に、紅い和服を着た見覚えのある少女が目に入る。
(彼女は確か……)
洸夜はその少女が気になった。遠くからでも分かる程に思い詰めた表情だからだ。
気になった洸夜は休憩所の方に足を運び、少女に話し掛けた。
「こんにちは」
洸夜に気付いた少女、雪子は誰だかすぐに分かったらしくすぐに返答してくれた。
「あ、鳴上君のお兄さん」
「……こんなところでどうしたんだ? 傘でも壊れたのか?」
洸夜は雪子の座る長椅子に立てかけられている和傘に目を向ける。
傘が破損してここで雨宿りの可能性を考えたからだが、和傘は壊れている様子はなく、雪子も首を横へと振った。
「いえ!……傘は大丈夫なんです……」
「?……なら、なんでそんなに思い詰めた表情をしているんだい?」
「ッ!?……あ、あの! 私そんなに思い詰めた様な表情をしていましたか!?」
洸夜の言葉に雪子は顔を赤くし、あたふたした様子で慌てる。
(こんな表情も出来るんだな……)
最初に会った時の雪子。あの時は表情も暗かったのもあり、洸夜は雪子が引っ込み思案の様な性格の少女に思っていた。
それ故に、洸夜にとって今の雪子の表情は新鮮に感じていしまった。
「……いや、表情が暗く下を向いていたからな。俺が何と無くそう感じただけなんだが、気のせいだったら謝りたい……」
「……っ」
洸夜の言葉に雪子は何処か呆気に取られた様な表情をする。その反応を見た洸夜は怒らせてしまったと思ってしまい、頭を下げた。
「済まない……余計なお世話だった」
「えっ? あ、いや、そうじゃないんです! ただそんな事を言ってくれる人って今までいなかったから……」
そう言いながら顔を雨の降る景色に移す雪子。そんな彼女の言葉と虚しそうに空を見る様子に洸夜は疑問を持った。
「いなかった?……一緒にいた子、確か里中千枝ちゃんだったな。彼女と君と仲が良さそうだったが……?」
「確かに千枝は親友です。……けど、だからこそ心配は掛けたくないんです」
その言葉を聞いた洸夜は、この子は不器用。そして悩み等を自分だけで溜め込むタイプなのだと悟った。
親友ならば逆に相談事を聞いて貰うのは普通の事だと思えたが、雰囲気から察するにそういう面で優しさが邪魔をしてしまっているのだろう。
相談すれば少なくとも自分一人で悩むよりは随分と楽になる筈。
(ふっ……俺にはもう親友と呼べる者達がいないから君が羨ましく思うよ)
「あ、あの……鳴上君のお兄さん?」
「ハハ……名前で良い。それだと長いし、鳴上だと悠と被って違和感があるだろ?」
洸夜が自分の名について問いかけると、雪子は一瞬だけ困った表情をするがそれが一番流れを乱さないと分かったのだろう。
特に抵抗もなく頷き、洸夜を名を口にする。
「分かりました。……じゃあ、洸夜さんで」
「ああ、それで頼む。……こんな可愛い和服美人に名前を呼んでもらえるなんて男として嬉しい限りだからね」
「……もしかして口説いてます?」
先程の暗い表情が消えた雪子がジト目を洸夜へ向け、洸夜はその目を見ながらも楽しそうに返答する。
「おや……バレたか?」
「ざんねん。私、そんなに軽い女じゃありませんよ」
「そうか残念だ。……どうやら足を何回も運ばなければならなくなった様だ」
楽しそうに言う洸夜と雪子。そんな互いの言葉の中には悪意などがなかった。
お互いに冗談だと分かっており、会話が途切れるとその内、二人の笑い声が生まれ始めた。
「ハハハ……!」
「ふふふ!……もう、なんなんですか突然?」
今までこんな事を自分に言ってきた異性はいない。
たまに口説かれていたと千枝から雪子は聞いたことはあったが、彼女にそんな自覚はなく断り続けた結果、口説く事が出来ない難攻不落の女と認識されていた。
やがてそれは彼女の名字から取られ、通称『天城越え』とまで呼ばれるようになった際も、雪子は千枝から教えられるまで意味を理解できなかったのだ。
しかし、洸夜の場合は年上の雰囲気もあって可愛い和服美人と直球で言ってきたから彼女が自覚出来た。口調が楽しげだった為に本気ではないとも分かっていたが……。
「ふふ……本当にもう。千枝だってそんな事は言わないんですよ?」
初めての感覚に雪子は、目に涙を微かに溜めながら可笑しそうに話し続ける。
そんな彼女の様子に洸夜は先程と違い、安心した表情を向ける。
「……肩の力は抜けたかい?」
「えっ……あっ……」
気付けば自分が笑っていたいる事に雪子は気付いた。
洸夜が来る前は本気で悩み、本当に何もかもどうでもよくなた程に暗く落ち込んでいたが今はいつの間にか肩の力も抜けて胸の中の違和感も消えていた。
(……逆に洸夜さんになら言えるのかも)
千枝や親等、あまりに近い人物とは違い洸夜とは会って二度目だ。
だからこそ、気楽な感じに悩みが相談できるのではないかと雪子は考えた。不本意だが、旅館の手伝いで得た人を見る目がこんな場面で約に立ち、雪子は洸夜ならば大丈夫だと判断するした。
「……あの、少しだけ御時間を頂いてもよろしいですか?」
それはとても小さな声だった。
「構わないよ」
隣に座ると洸夜は頷きながら雪子の話を待つことにした。
「あ、あの……鳴上君から聞いたんですけど、洸夜さんは高校に進学する時に家族から離れて一人で別の町に行ったんですよね?」
「悠の奴、なんでそんな事まで話しているんだ?……まあ、それは置いといて、確かに俺は家族から一人離れて別の街に行った。が、それがどうしたんだ?」
雪子の質問の意図が分からない洸夜は、雪子の次の言葉を待った。
「そんなに意味は無いんですけど……その……どうして、家族から離れてまで別の町に行ったのかな?って思いまして……」
雪子の言葉に洸夜は軽く周りの景色に目を向けて黙ったが、返答までの時間は掛からなかった。
「……何と言えば良いのやら……あ~結論を言えば、あの環境から
「逃げたかった?」
洸夜の予想外の言葉に雪子は呆気に取られた。
洸夜のイメージからして、もっと真面目な理由だと思っていたが”逃げたかった”とは中々に物騒だ。
「あぁ……虐待とかではない。ただ……俺達の親は仕事の都合上、引っ越しが多くてね。……最悪、半年も同じ学校にいられなかった事もあったぐらいだ」
「そんな……。そんなのって……嫌じゃなかったんですか? 親の都合に振り回されて、友達だって……」
「まあ、実際に友達とは別れてばっかりだった。……それで悠は苦労していたよ」
「……だから逃げたかった?」
これは自分なんかが聞いて良い話なのだろうか。雪子は少し気まずそうな表情だった
「ああ……親の勝手と言いなりの生活。そんな光景とは違う世界を少しでも良いから見たかった。だから……俺は一人、家族から離れたんだ」
その言葉を聞いた雪子。そんな彼女の表情は不思議にも
「まあ……最初は両親からかなり反対されたさ。万が一の事があったらどうする? 自分達は傍にはいないんだぞ? とかな」
一言一句、今でも覚えていた洸夜。そんな彼の表情はどこか寂しそうだ。
「今思えば……どんな親でも言いそうな言葉ばかりだった。誰の親でも言える言葉じゃなく……
「……本当にそうですよね。なんで……親なのに分かってくれないんでしょう……」
自分にも覚えがある。雪子はそれもまた表情に出しながら洸夜の言葉に共感する様に頷き続ける。
「……案外、親だからこそ分からないのか。それとも……自分が自分を分からないのか。……どっちかだろうな」
「えっ……自分が自分を?」
今まで共感できる言葉だけだったが、その変化球に雪子の表情が変わった。
完全に不意打ちを喰らった者の顔だ。
「……おっと、この話だけは答えられない。これに関しては自分で理解しなきゃ駄目なものだ」
「そんな……」
「サスペンスで犯人だけ知ったところで何も理解できてないだろ? だからこそ自分で考えるべきだ」
ずるい……。雪子は全部は納得していない様子でそう呟いた。
本当ならばここで追及したかったが、洸夜がこれに関しては絶対に教えないとは察することができ、諦めて話を戻すことにした。
「……それで結局、洸夜さんの世界はどうなったんですか? 変われた……んですか?」
雪子は息を呑んで洸夜からの答えを待つ。手を握る力が自然と強くなるを感じれるほどに。
「……変わった。自分が想像できなかった程に」
「!」
雪子の目が大きく開く。やっぱり自分の考えは正しいものだった。少なくとも今の自分の考えと行動は間違っていなかったと雪子は心の中で確信した。が……。
「……けれど、それが正しかったのか間違いだったのか。それだけが分からない」
「……えっ?」
雪子の中で先程までのあった確信。それがいとも簡単に亀裂が入る。
変わったのに正しい?間違い? 雪子はどういう事なのか全く分からなくなってしまう。
「それで、そろそろ君の話を聞かせてもらっても良いかな……雪子ちゃん?」
その言葉に雪子が洸夜の顔を見ると、洸夜の表情は先程までよりも真剣なものだった。瞳も真剣なもので雪子は思わず緊張しそうになった。
だが、そこは天城 雪子。表情を崩さず、今度は自分の事を話し出した。
「……洸夜さんは、私の実家の事をご存じですか?」
「……稲羽が誇る老舗の温泉旅館。その客層は一般から政治家や芸能人までにも及ぶ知る人ぞ知る最高の旅館。――この町に来て日は浅いが【天城旅館】の名はずっと耳に入ってくる」
商店街のバイトもそうだが、ジュネスで買い物していても聞こえてくる天城旅館の情報。
町の誇りなのだろう。ジュネスとは違い、誰も天城旅館の事を悪く言う人はいない程に慕われている事は洸夜の耳にも入っていた。
「……そうですよね。うちの旅館、本当に有名だから……」
自分の家の事なのだが雪子の表情は明るくはならなかった。寧ろ、暗くなる一方だ。
「……洸夜さん。私……いつかこの町を出たいんです。その為に資格も取得しています」
「一応、聞くべきだと思うから聞くが……旅館の方は?」
洸夜のその言葉に雪子の動きが止まった。彼女にとって旅館はただの老舗の実家ではないらしく雪子は顔を下に向けた。
「洸夜さん……私の世界、この町で終わっているんです」
連休、休みという休みに遊びに連れて行ってもらえたのは小さい頃の時だけ。何かあればずっと旅館の手伝い。
周りも女将修行、後の女将としか見ていない。好き勝手言っている。自分が女将を継ぐと疑っていないと、雪子は洸夜へ語る。
「私にだってやりたいことぐらいあります。全て決められる人生なんて……嫌……!」
雪子の体は震えていた。それを見て洸夜は理解した。天城 雪子、彼女は旅館を継ぐことを嫌っているのだと……。
「……その事をお母さんには?」
「……」
雪子は無言で首を横に振る。言っても無駄だと思っているのだろう。
(当然の反応だ。……ずっと次期女将としての育て方をされてきたんだからな)
洸夜は雪子の事を責める様な事をしなかった。
もし、これを他の人間が聞いても……。
『そうは言うが、今日まで生きて来れたのもご両親や旅館のおかげだろ?』
『何かあったの? 当然、そんな事を言って……悩みなら聞くわよ?』
大人、旅館に近ければ近いほど、そして何の責任のない者程、こんな無責任な事を平気で言うだろう。
実際に言われもしたのかも知れない。親友の千枝にも言わない事。迷惑を掛けると言うが、実際は怖いのかも知れない。
親友だからこそ、彼女にまで旅館を継ぐことを進められれば雪子の心が折れてしまう。
洸夜は目の前のどこか痛々しい雪子の姿に嘗ての親友の姿を重ねてしまった。
(……美鶴。この子はお前と違うタイプだが、お前と同じぐらい抱え込み、一人で傷ついてしまう子だよ)
『桐条 美鶴』彼女もまた大きな家。決められた人生。重き荷を背負い込んで生きてきた人物。
ずっと一人で頑張り、抱え込んでいた彼女と雪子を、洸夜は重ねてしまっていた。
「一つ聞いても良いかい雪子ちゃん?」
「?……どうぞ……」
目線を目の前の景色へ向け、雪子を一切見ずに洸夜は話し始めた。
「もし……もしもだ。今のままでこの町を出たとしよう。そして全てが上手く良った君は……心の底から
「えっ……それは……そんなの……!」
雪子はそこで言葉が詰まった。
簡単な事だ、そこで笑えると言えば良いだけなのだから。しかし、雪子はそれが言えなかった。
想像するのは容易かったが胸にザワザワとした違和感を同時に感じ、脳内に過る旅館の姿。
(私がいなくなった後の旅館ってどうなるんだろう……)
考える気もなかったこと。雪子がそれを考えた時、洸夜は立ち上がって雪子に背を向ける形で数歩前に出た。
「……答えが出たな」
「……えっ?」
洸夜の背を雪子は見つめた。
「心の底から笑う事が出来ないんだろ?――君に心残りがあって……」
「……心残り。……でも、そんなのどうすれば良いんですか……!」
心残りは旅館の事。だが、旅館の人達は皆が自分の事を考えていないと雪子は確信していた。
何を言っても意味のない事。解決策などある筈がない。そう雪子は思った。……だが。
「家族と話すんだ。それでようやく君はスタートラインを見つける」
「話すって……そんなの無理です! 旅館は……お母さんは私が旅館を継ぐとしか思っていないんですよ!?」
「それを本人の口から聞いたのか?」
雪子の動きがまた止まる。直接は聞いていない。聞いても意味のない事だと思ってきたからだ。
「確かに旅館の人達が反対する可能性は高い。だが、実際にこの事を話して聞いたことじゃないのだろ?――心残りを君は感じただろ?」
「……話す。……でも、やっぱり……そんなの……!」
否定のイメージしか湧かない。自分の将来が奪われる。心が折れるかもしれない。
雪子は顔を下に向けたまま上げる事が出来なくなると、洸夜は彼女の傍に近付いてしゃがみ、雪子と目線の高さを合わせ……言った。
「君は知るべきだ。……親が分からないのか。自分が自分を分からないのか。――それとも、
「!……互いが互いを……?」
その言葉に顔を上げた雪子と洸夜の目線があい、洸夜は頷いた。
「今の君は想像だけでお母さんの本当の気持ちを知らない。……君が知らないのになんで相手だけ知っている? そんな事ない。相手も今の君と同じだ」
「……もし……もし話して……否定されたらどうすれば良いんですか?」
「……それは賛成されようが反対されようが、そこからが君のスタートラインだ。そこで初めて君は本当の自分の意志で行動できる」
洸夜はそう言うとポケットから黒のハンカチを取り出し、それで雪子の瞳からいつの間にか流れていた涙を拭いてあげた。
「えっ!? あ、あの……」
「ほら……最初からその顔じゃ上手く話せないぞ? ここで流さないからこそ、女の涙は強いんだ。綺麗な顔でぶつかっておいで」
「……も、もう!……子供じゃないんですから……」
そう言う雪子だったが表情は仄かに赤くなっている。
こうやって誰かに涙を見せ、拭いてもらったのは随分と昔だ。一人で泣くことは会っても異性に見られ、そして拭かれた機会なんてない。
「ハンカチはあげるから、家に帰るまでには泣き止む様にな。――あと、これは御守りだ」
洸夜はハンカチと一緒に雪子に紅い鈴を載せた。
「可愛い鈴ですね。……でも本当に良いんですか?」
雪子の問いに洸夜は頷いて返し、気に入ったのか雪子は鈴を携帯に付け、その中で鈴は小さく鳴った。
そんな鈴を見て雪子の顔にようやく笑顔を戻った そんな時、雪子はある事に気付いた。
(あれ?……洸夜さんの服……)
先程洸夜から渡されたハンカチといい、目の前の服といい黒の割合が多く見えた。
ジーンズも黒っぽく、着ているTシャツと上着もどことなく黒っぽい。
「あの……洸夜さんって黒が好きなんですか?」
「……ああ、好きだよ。黒は何色にも染まらない。だからいつまでも変わらず、自分のままでいられる」
「そうですか……じゃあ、何色にも染まって自分自身の色がない白は嫌いですよね」
その言葉に雪子は少なからず、表情を暗くしながら口を開いた。
自分の名前にある雪と言う存在の色。その色である”白”は自分の意志ではなく勝手にどんな色にも染まるもの。 まるで全てを決められている今の自分の様で雪子は嫌いだった。
だが、洸夜は雪子に視線を向けずに雨に濡れる景色を見ながら口を開く。
「別に白は嫌いじゃない」
「えっ? でも、白は黒と全く真逆ですよ?」
真逆のものが好きな事なんてあるのだろうか。雪子は疑問に思ったが、洸夜は悲しそうだが確かにある笑みを浮かべながら返答した。
「確かに真逆だ。だからこそ白は良いんだよ。白は何色にも染まるって言ったが、何故それが悪い? 逆に白は無限の可能性を秘めている証拠だ.……じゃあ、俺は帰るよ。そろそろ菜々子が帰ってくる」
「えっ!? あ、あの……」
「また何かあれば商店街の豆腐店に来れば良い。俺はそこでバイトしてるから……話ならまた聞いてやれる」
そう言い残し洸夜は雪子の制止も聞かず、傘を差してまた雨の中に消えて行った。
▼▼▼
洸夜が去った後、雪子は今、不思議な気分だった。
自分は、この町の名物とまで言われている老舗の旅館の一人娘。
将来は母と同じで女将を継ぐと勝手に言われているが雪子はそれが嫌で、いつかこの町を出ようと思っていたが、つい最近転校して来た悠が兄である洸夜が家族から一人離れて別の町に行ったと話しているの前に帰りに聞いた。
故に、何か為になるかと思って偶然会った洸夜に話を聞いた結果がこれだ……。
「ずるいなぁ……為になればそれで良かったのに、いつの間にかこんな事になってる。――私もそんな気になっちゃった……」
何だかんだで洸夜は、自分の悩み等を知っていたのでは無いかと思う雪子だったが、少なくとも話して良かったと雪子は思った。
(話して……答えを得なきゃね。……私、お母さんにも千枝にも相談して良いんだ。……お母さんは何て言うか分からないけど、やっぱり私が何を思っているか知って欲しいもん」
雪子は傘を差し、洸夜から貰ったハンカチをしまって歩き出した。
その表情は先程までと違ってどこか吹っ切れた様に見える。
しかし、この時雪子は気付かなかった。少し離れた所から一台のトラックが自分を見ている事を……。
そしてこの日を境に、雪子が行方不明になったのを洸夜はまだ知らない。
END