なんてことだ………
初対面の人に対してあんな失礼なことを言うだなんて……。完全に私に非があることだが、少しばかり醜い言い訳をさせてほしい。
身長は高くもなければ低くもない平均的な高さ。顔立ちも整っていて良いか悪いかを聞かれれば良いほうだ。髪の毛は癖はあるが逆にそれがいいアクセントになっている。
ここまで言うと私はホントに理想的な運命の出会いをしたように思える。
しかし、
しかしだ、
これらのプラス要素も、目が、この腐った目が全てを台無しにしている。
別のものに的確に例えるならゾンビとか屍とか死体とかそんな感じ……って全部一緒ですね。
そんなわけで、これは恐らく誰しも感じることであると思われる。私は思ったことを正直に口に出してしまっただけなので今回の件は無実に………なるわけないですよね知ってますからはい。
「すっ、すいません!いきなり失礼なことを言ってしまって…ホントにごめんなさい!」
相手は男だ、もし怒って手を出してきたらどうしよう、とか、そういったことは不思議と思わなかった。私が美少女だからそんなことをする訳がないだろう、と言った自惚れた理由などではない。そうではないのだが………これは口で説明するのは難しいなぁ…
「ん?ああ、別に気にしてないから安心してくれ。むしろここまでご丁寧に謝られてそっちの方に困惑してしまってる。」
色々考えていると、相手の男性が私の思考を止めるかのような安心させる言葉を投げかけてきた。
「いえ、悪いのは完全に私の方なので。あ、この本が欲しかったんですよね?どうぞ、私は別にそこまで欲しい訳では無いで。」
お詫び、なんてものにはならないが、このくらいするのは当然だろう。まあホントにそこまで欲しかったわけじゃないから仮に失礼なこと言ってなくても譲ってたけどね。
「……あーその、なんだ…」
「…?」
「あ、そうそう。今思い出したんだがその本もう買ってたわ。あっぶねぇ、もうちょっとで無駄に買うところだったぜ。つーわけで、俺はいいよ。気を使わせて悪かったな。」
「……!」
男性の言ったことは恐らく嘘だ。それは多分私でなくてもわかる。別に断るだけならいくらでも言い方はあったはずだ。しかし、この人は私に譲っただけでなく、先ほどの件を私が気にしないようにわざわざこのような言い方をしたのだ。
実に不器用な言い方だ。けれど、その不器用さに温かい優しさを感じる。何故だがその優しさが懐かしく感じた。記憶喪失以前の私たちはどこかで繋がりがあったのだろうか?
……あるいは…
「…どうした?」
長長と考えていると男性は私の様子を心配するように伺ってきた。
「あ、すいません。ではその……お言葉に甘えて………えっ…」
なんという事だ…。財布の中身を確認するとあるのは1円玉や10円玉ばかり……
これが最近のJKの財布の中身なの?!以前の私はバカなの?!何この駄菓子屋特化型の財布!?
なんか急に恥ずかしくなって泣きそうになって来たよ……
「あっ、あの……お金が無かったのでやはりそちらに譲ります。すいません、譲ってくださったのに…」
「おっおお……そうか。なら仕方ねぇな。」
うぅ……ホントに恥ずかしい…。顔から火が出るってまさにこの事だよぉ…。とりあえずここから出よ…
そういえば名前聞きそびれちゃったなぁ……まあ同じ学校の制服だったしまた会えるかな……
そんなことを考えながら書店を出ようとした時、
「おい、ちょっと待ってくれ。」
先ほどの男性が声をかけてきた。やっぱり怒ってるのだろうか…そんな不安が急に高まってきた。
「……はい、何でしょうか?」
「さっき妹に確認したらやっぱり買ってたわ。買ってすぐ店に持ってましたって返すのも恥ずいし、貰ってくれね?」
……この男性は私のことが好きなのだろうか。何故ここまで人に優しく出来るのだろう……いや、私が優しさに弱いだけなのだろうか。
とにかく何か言わないと…
「……お優しいんですね。惚れそうになりましたよ。」
おいおい何言ってんの私。
「いっいや別にそういう意味でやった訳じゃないんだが……不快に思ったんならすまん…」
いや不快に思ったなんて言ってませんからね?!
「いや不快に思ったなんて言ってませんからね?!」
心の声が出てしまった。
「いやだってお前……」
「………?」
「…………なんで泣いてんの?」
* * * * * *
どうしてこうなった………
書店の前で何故か泣いた私は、男性…………いや、比企谷くんに家まで送ってもらうことになった。彼いわく、泣いてる女子をこんな遅い時間にほって置いたら妹になに言われるかわからない、とのことだ。妹さんが怖いのか彼が妹のことが好きすぎるのかはあまり考えないでおこう。
とりあえず、泣いたおかげで名前を聞けるきっかけを作れて案外良かったかもしれない。
まあそんなわけで、短い時間だが、私は男性と時間を共に過ごすことになった。
「その、橙山の家がどのへんとか、聞いてもいいか?」
静寂の中、先に言葉を発したのは比企谷くんだった。
「え、あ、はい。いいですよ。えっと私の家は…………」
そこで言葉が詰まる。
そういえば、平然と歩いているが、私の家はどこなのだろう。そもそも、平然と歩いていると言ったが、一体どこを目指しているのだろう。
自分のことがまるで分からない。記憶喪失というのはホントに気持ちが悪い。
「そのうちわかりますよ。」
誤魔化すように、とびきりの笑顔でそう言うと彼は「おっおう……」と顔をそらすのを見てこちらも恥ずかしくなった。ホントにバカでしょ私。
「………そういえば、比企谷くんの家は?ついてきてもらうのは助かるんだけど、遠回りになってない?」
「いや、俺も同じ方角だから気にしなくていいぞ。」
…………………
「なぁ橙山、変なこと聞くけど、実は俺の家知ってたりしないか?」
「え、知らないよ?そもそも会ったのも今日が初めて…………だよね?」
「いやそうなんだが………まあいっか。」
………………………
「なぁ橙山、実は俺の家の座敷童子だったりするか?」
「いやごめん、何言ってんのか分からないかな…」
「すまん、忘れてくれ………」
……………
…………………
私はある一軒家の前で足を止めた。いや、止まったと言うべきか。恐らくここが私の家なんだろう。家族はいるのだろうか、とりあえずお礼を言わなければ、
「送ってくれてありがとうございました比企谷くん。私の家ここだから、じゃあまたねっ」
「……あー、いやその………」
先ほどから様子がおかしい。私と離れたくないのだろうか。まさかほんとに好きなのでは……!?
「……えっと、そこ俺の家なんだけど…」