堕ちた星 めざめよと呼ぶ声あり   作:ルシエド

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「アンタら、怪獣や宇宙人よりも恐ろしい存在を知っているか?」
「人間だよ」

―――狙われなくなってしまった地球の刑事


孤独な狼 闇の底をかける

 一年前、羽次郎が大学に入ってすぐの頃。

 彼の母は、息子に進学祝いの品の一つとして、指先ほどの大きさの宝石が付いた小さなネックレスをプレゼントした。

 

「ありがとう、母さん」

 

「うむうむ、大事にするよーに!」

 

 母の手の中にあった時は、ただのネックレスだった。

 だがネックレスが彼の手に渡った途端、誰にもそうと気付かせずに――渡した麗にすらそうと気付かせずに――、宝石はその内に青い光を宿していた。

 光はいつの間にか彼の手の中にあって、彼は気付いた時には既に戦う運命にあった。

 

 それから一年。彼は未だに、手にした光の意味を探している。

 

 

 

 

 

 ガイアの手でティグリスが殺害された翌日の朝。

 まだ疲労が残っていそうな羽次郎を労いながら、権之介は部室で彼に茶を出していた。

 

「災難だったねえ」

 

 昨日の戦いの顛末を知った権之介の口調は尊大なれど、どこか優しい。

 

「君は庶民で凡俗だが、頑張ってる。

 努力は報われるべきで、褒められるべきだ。

 よくやったよ、胸を張りたまえ、羽次郎。君は自分にできる精一杯をやったのだから」

 

「……ありがとうございます」

 

 茶を口に運び、羽次郎は苦笑する。

 眼鏡の向こうにある瞳には、拭いきれない悲しみが見えた。

 

「元気が出ないようならAVでも貸してやろうかい?」

 

「結構です」

 

「ディルドーレーシングとか……」

 

「結構です。お願いですから勘弁してください、部長」

 

 そして、悲しみは一瞬にして呆れに塗り潰される。

 笑う権之介を見て、羽次郎はこれが彼の手口であると分かっていても、心の中の悲しみを呆れで誤魔化されてしまう。

 金髪の先輩はこんなだが、やるべきことをやる男であった。

 

「さて、昨日のことより明日のこと。

 助けられなかった怪獣のことより、これから助ける怪獣のことだ。

 私が実家傘下の研究機関から仕入れたデータから、新しい怪獣の出現が予測できたよ」

 

「!」

 

「ふふふ、驚いたと言いたげだね? そう、その顔が見たかった! うむ!」

 

 権之介は自分が世界一優秀な人間だと言ってはばからない。

 そして彼は、その言動相応に優秀な人物だった。

 部室で会話を続けながら、画面もキーボードも見ずに片手でパソコンを操作する彼は、たった一人で専門機関の研究チームに匹敵する能力を持っている。

 

「金田家傘下の研究機関……ということは、また宇宙からの怪獣ですか?」

 

「その通り、また宇宙からの怪獣さ。

 先月私が、宇宙からの来訪者を予測した時と同じだね。

 気付いているのは私達だけ。ガイアも地球防衛隊も気付いてはいまい」

 

「先手を取れる、と。あちらが本当に、気付いていなければですが」

 

「この一ヶ月観測していたが、彼らが何か変わった様子はないよ。

 人も組織も簡単には変われない。短期間には変われないということだ」

 

 権之介の実家の傘下には宇宙を観測している研究所がある。彼は実家の力でそれを手に入れているらしい。

 宇宙から得ているデータ量だけで言えば、権之介のそれは政府のそれに匹敵する。

 ならば、あとは分析する人間の頭脳の問題だ。

 

「何より、凡俗と私では頭の出来が違う。

 未来を予測するのに必要なのは技術の発達ではないよ。

 人の知性と知識、そして認識の進化(パラダイムシフト)なのさ」

 

「流石です、部長」

 

「ふははは! もっと褒めたまえ! もっと助けになってやろう!」

 

 権之介のこの底抜けな明るさと天井知らずな能力に、何度助けられてきたことか分からない。

 それゆえ羽次郎は彼に、揺るぎない感謝と尊敬を向けていた。

 世間がガイアの味方なら、この天才こそがアグルの味方。

 何の組織のバックアップもない彼が、世間に味方されているガイアに対抗できている理由が、ここにあった。

 

「友好巨珍獣ピグモン。次に来る怪獣は、おそらくこれだ」

 

「ピグモン……確か、戦闘力を持たないタイプの怪獣でしたね。

 現在確認されているのは40m以上の大型種のみ。

 戦う場所にさえ気を付けておけば、なんとかなりそうです」

 

「ピグモンが地上に到着後、ガイアが来る前に速やかに確保。

 そしてそのまま、太陽系外にまで運搬……無能にはできないだろうけれど、君ならできる」

 

 権之介の尊大な物言いの裏には、いつだって羽次郎への信頼がある。

 

「はい。やってみせます」

 

 近く行われるであろう戦いを認識し、羽次郎は力強く頷いた。 

 優しげで、それでいて芯の強さを感じる面構えだ。

 

「うむ、いい面構えだ。

 私が世界一の面構えだとするなら、君は世界二位だろう。

 よし、しからば新入部員の歓迎の準備を始めるとしようか」

 

「分かりました」

 

 怪獣が来ると予測したとはいえ、今日明日にすぐ来るというわけではない。

 備えなければならないこともない。

 なので二人にとっての差し迫った事案は、新入部員を歓迎するための歓迎会だけになる。

 二人は部室をてきぱきと飾り始めた。

 

 一時間もすれば、小さな部室が高校生の文化祭レベルには飾り立てられていた。

 金はかけられていないが、センスはある。

 部活棟備え付けの自動販売機で買ってきた飲料の缶が、二人の手の中で開けられる。準備を終えた二人は、部室を眺めてまったりと休憩を取っていた。

 

「そういえば、どんな人なんですか? 新入部員」

 

「よく異性から告白されたり、コナかけられてる子だったな」

 

「……ええ」

 

 羽次郎の脳内で、新入部員の想像図が劇的に変わっていく。無論悪い方向に。

 

「お、ビッチは嫌いか? いかんぞビッチ嫌いは。ビッチとガルパンはいいぞ」

 

「人の心を読みつつ捏造しないでください、部長」

 

「ビッチビッチと言っておいてなんだが、そういう人種ではないぞ。

 むしろあれは初恋をこじらせて容姿相応の人生を送っていないタイプだ」

 

「……部長の眼力は超能力なのか邪推なのか判断に困りますね……」

 

 有能なのは知っている。

 だが、発言全てを鵜呑みにはできない。

 金田権之介はそういう男だった。

 

「私が呼びに行こうと思っていたが、うむ。

 何か面倒臭くなってきてしまったなあ。羽次郎君、君が呼んで来てくれ」 

 

「部長、新入部員の顔も名前も知らない僕に無茶振りはやめてください」

 

 怪獣生態研究部部長は、何か企んでいる顔でにやりと笑う。

 

「大丈夫だ、行けば分かる。教室に行って一番可愛くて美人な女を探せばいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新入部員のクラスの番号だけを教えられ、歩く羽次郎は途方に暮れていた。

 

(美人とか可愛いとか、人の異性の好みにもよるでしょうに……)

 

 誰を美人と思うか、誰を可愛いと思うか、それは男の好みに随分と左右されるものだ。

 そもそも美人とは顔のパーツが整っている者、可愛い人とは仕草や話し方、笑い方が可愛らしい者を言う……といった風に分けられるように、この二つは厳密には同カテゴリではないのだ。

 

 美人好きも居る。可愛さにやられる者も居る。ブス専も居ればおっぱい大きければそれでいい者も居る。二次元専門の人だって現代では珍しくもないだろう、

 声だけで声優を好きになる人も居れば、いい漫画やイラストを書くというだけでその作者に恋する人まで居る、それがマッポー日本国である。

 

 ともかく、部長が彼に教えた情報は無茶苦茶だ。"二次元で一番可愛い女の子を探せ"という無茶振りとそう変わらない。

 

(そもそもその人が教室に居なければ"一番可愛い人"は別の誰かになってしまうんじゃ?

 あ、いや、あの抜け目のない部長のことだ。

 『迎えに行くから教室で待っていろ』くらいは事前に言っていてもおかしくはないかな)

 

 彼は一年生が使っている教室のドアを開け、「去年は僕もこの教室を使ってたんだよなあ」と懐かしい気分に浸りながら、教室を見渡す。

 すると、彼はすぐに違和感に気付いた。

 

「はてな」

 

 教室に居る一年生男の多くが、教室の片隅にチラチラ視線を向けている。

 本人達はそれを隠そうとしているようだが、用もないのに教室に残っている時点でそこそこ目立ってしまっていた。

 教室に居る一年生女の何人かが、教室の片隅に意識を向けている。

 遊びに誘おうとしている者、サークルに誘おうとしている者、とりあえず話そうとしている者、それぞれ思惑は様々であるようだ。

 

(まさか)

 

 教室の片隅。

 入学から時間が経っていないがために、物珍しさ補正が働いているとは言え、教室の多くの者の視線を集める少女が、そこに居た。

 少女はただ静かに、手にした本にだけ意識を向けている。

 

(……わぁ、本当に居た。一番可愛くて美人な人……)

 

 羽次郎は、心の中で部長に謝罪する。

 確かに分かりやすい。異性の好みで評価が左右されるとは言え、アイドルになれる人となれない人がいるように、顔面偏差値というものは存在する。

 だがそれは、一般の人達とアイドルの人達を見比べなければ、明確には意識しないような差だ。

 

 つまり一言で言ってしまえば、その少女は大学内で容姿の一番を競うような少女ではなく、アイドルユニットの中で一番を競うようなレベルの容姿であるということだ。

 

 肩までかかる長く艶やかな黒髪、整った容姿。素朴な服の上からでも分かるスタイルの良さ。

 纏う雰囲気に、それ単体で好感を覚える姿勢の良さが加わり、その少女は本を読んでいる姿だけで他者を魅了する何かを持っていた。

 感受性の豊かな者は、時に絵に書かれた本を読む少女を見ただけで一目惚れしてしまうと言うが、この少女にもそれに似た魅力がある。

 

 ふと、羽次郎は大学ではケバい女性より清楚な女性の方がモテるので、異性関係に慣れた女性は合コンで清楚を演じている、という話を思い出した。

 彼女に何かを演じている様子はないが、成程、これなら本人にその気がなくても異性に人気が出るのも頷ける。

 いい言い方をすれば、彼女は素の振る舞いだけで、希少な魅力を発する少女。

 俗な言い方をすれば、童貞の妄想が服を着て歩いているような少女だった。

 

 権之介はその辺りをひと目で見抜いていたようだ。羽次郎は「可愛い人だなあ」程度の感想しか持ってはいなかったのだが。

 

「……あ」

 

 やがて、読書に一区切り付いたのか、その女性は顔を上げ、入り口に居た羽次郎と目が合った。

 目と目が合った、話しかけよう、と羽次郎は思考する。

 だが少女は、彼の予想外の行動に出た。

 あたふたし始め、慌てて本や筆箱などの荷物をカバンに詰め込み、危なっかしい足取りで小走りし、一度躓きながらも、少女は羽次郎に駆け寄ってくる。

 少しだけ息を切らして――体力の無さを露呈して――少女は羽次郎に話しかけてきた。

 

「お久しぶりです、飛鳥先輩」

 

 花の咲いたような笑み。

 

 笑み一つで彼はドキリとさせられてしまうが、彼女の"久しぶり"という言葉に首を傾げる。

 

「……? ごめん、どこかで会ったことがあったかな」

 

「え」

 

 そんな彼の様子に、彼女はたいそうショックを受けたようだ。

 

「わたし、『三倉田(みくらだ) (あきら)』といいます。覚えていませんか?」

 

「……ごめん、覚えがない」

 

「あれ? ……そういえばわたし、お会いした時は名前を名乗っていなかった気も……」

 

 羽次郎と晶は二人してうんうん悩み始める。

 記憶を探っても、彼は彼女と出会った記憶を思い出せず、彼女は彼に名乗った記憶を見つけられない。

 やがて、二人揃ってうんうん悩んでいることに気が付いたのか、二人は示し合わせたかのように一緒に、くすりと笑った。

 

「わたし達は同じ小中学校だったんですけど、これでは初対面と変わりませんね」

 

「ごめんね、僕の記憶力が悪いせいで」

 

「わたしもしょっちゅう忘れ物をしてしまうドジですので、お互い様ですよ」

 

 青年は優しげに笑い、少女は艶やかに笑う。

 

「三倉田晶です。よろしくお願いします、先輩」

 

「飛鳥羽次郎です。よろしくお願いするよ、三倉田さん」

 

 そうして、彼と彼女は出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 羽次郎が晶を連れて部室に戻り、歓迎会がつつがなく終わり、三人だけの部員が親交を深めたその日の夜。

 晩御飯の時間に、羽次郎は母とキサブローに今日一日あったことを話していた。

 母は息子の話を楽しそうに聞き、キサブローは無邪気に彼の足に首をすり付けている。

 

「―――っていう、わけなんだ」

 

「ほうほう。なるほど、いい子が入ってくれたみたいね」

 

 飛鳥麗が息子から信頼されている理由に、彼女の超能力じみた洞察力、及び人を見る目がある。

 彼女は安楽椅子探偵のごとく、人から話を聞いただけでも状況を把握し、人伝にしか知らない人間の性格を大雑把に把握するのだ。

 

「母さんがそう言うなら、やっぱり悪い子じゃなさそうだね」

 

 自分がいい子だと思った少女に、その印象は正しいと太鼓判を押された気分で、羽次郎は少しほっとする。

 

「さてさて、どうかしら?

 私は実際に会ってないから断言はしておかないわ。

 その子のことをもっとよく知りたいなら、家に呼んでみたらどう?」

 

「今日会ったばかりで、家に呼んで来てくれるほど親しくないよ。ましてや異性なんだから」

 

 普通、"そういう関係"でない異性の家に一人で行く女性は居ない。

 そういうことが許されるのはせいぜい中学生までだ。まっとうな自衛観念がある女性なら、異性の家で異性と二人きりという状況はまず避ける。

 その辺り分かっているだろうに、分かっていて恋愛ネタでからかってくる母に、羽次郎は頭を抱えた。

 

「大体、家に連れ込んで何サせようっていうのさ。

 口説けとか? ご飯でも作って好かれろとかいうつもり?」

 

「ノーノー。ファックよ」

 

「ファック!?」

 

「そうそう。カキタレにしてやんなさい」

 

「人道を外れた提案と時代を外れた死語のハーモニーが僕の脳味噌を揺らしてるよ……」

 

 実母からのハイスピードファック提案に、息子は動揺を隠せない。

 

「でもでも、一つだけ言っておくわね。

 女を泣かせるような息子になったら、親子の縁を切ることも考えるから」

 

「さっきの発言とそれを両立しろっていうの? 母さん……」

 

「いやいや、ファックの方は冗談よ。

 でもあなた、私がちょっと発破かけたくなるくらい押しが弱いんだもの。

 それで好きになった女の子を落とせるのか、お母さん心配になっちゃうわ」

 

「……それは、その、ごめんなさい」

 

 母の余計なお世話の裏に隠された本気の心配に、外見も性格も草食系と言われる羽次郎は、目を逸らして茶をすする。

 子犬のキサブローが"大丈夫、ご主人はイケメンだぜ!"という意図を込めて吠えたが、犬の言葉なんて理解できるはずもなく、羽次郎には伝わらなかった。哀れなり。

 

 

 

 

 

 

 呼んでも来るわけがない。羽次郎はそう思っていたし、そもそも呼ぶ気がなかったため、後日大学で母との夕食の話を何の憂いもなく先輩と後輩に話していた。

 が、そこで飛び出して来たのは「先輩の家、行ってみたいです」という後輩の言葉。

 弦之介が半ば反射的に「それなんてエロゲ?」と呟き、「いや待てよ。"それなんてエロゲ"という言葉自体もう死語なんじゃ……」と一人漫才を始めるほどに、彼女の発言は男達の想定のはるか斜め上だった。

 

「それじゃ私、一回家に帰って着替えてからお邪魔しますね。先輩」

 

「うん、分かった。車に気を付けて」

 

 帰路についた晶を見送る羽次郎に、晶が消えた途端弦之介が下品に話題を振ってくる。

 

「家に女を呼ぶ男……成程、ファックかな?」

 

「違いますよ!」

 

「薄い本の世界で二人っきりになった男女のセックス率を知っているかい? 100%だよ」

 

「どこの世界の話かは知りませんが、少子化の憂いがなさそうな世界ですね」

 

 宇宙観測データをソースに怪獣襲来を語るように、薄い本をソースに男女関係を語る彼に、羽次郎は密かな頭痛を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晶を家に迎えるにあたり、羽次郎が特に何かしたことはない。

 強いて言うなら少し掃除をしたくらいだ。

 初めて異性を家に呼ぶことに少しドキドキしてはいるものの、彼に下心はない。恋心もない。情欲を彼女に向けているわけでもない。

 普通に先輩と後輩らしく接すればいい、と自分の心に言い聞かせれば、彼の中にあった緊張も次第に溶けてなくなっていった。

 

「ん、来たかな」

 

 インターホンの音を聞き、彼は玄関の戸を開けた。

 

「いらっしゃい、三倉田さん」

 

「お邪魔します、飛鳥先輩」

 

 子犬を引き連れた羽次郎の姿があまりにも"らしく"て、晶は思わず笑顔になってしまう。

 

「今お茶を入れるから、少し待っていてくれ」

 

「ありがとうございます、先輩」

 

 台所に引っ込んだ彼を見送りながら、晶は彼が引いてくれた椅子に座る。

 ふと壁を見ると、随分と古い新聞の切り抜きや、写真のある雑誌の一ページなどが切り抜かれ、スクラップにされているのが彼女の目に入る。

 どのスクラップにも、怪獣リドリアスの姿が写し出されていた。

 彼が茶を持って来てすぐに、晶は浮かんだ疑問を口に出す。

 

「リドリアス、好きなんですか?」

 

 苦笑して、羽次郎は彼女の前に茶を置いた。

 

「好き……いや、それだけじゃないかな。命の恩人なんだ、リドリアスは」

 

「え?」

 

「天墜事件でリドリアスに助けられた子供、っていたでしょ?

 あれ僕なんだ。僕はリドリアスが助けてくれたからここに居る。

 そのことを忘れちゃいけないし、恩を仇で返すようなことはしたくないと思ってる」

 

「! そうだったんですか……」

 

 彼女は彼はウルトラマンであることを知らない。

 だが、彼が怪獣を好ましく思っていることは知っている。

 彼女は彼の過去話に彼のスタンス、その根源を見た。

 

「好きなのは間違いない。

 だけどそれだけじゃない。

 僕はきっと、リドリアスと友達になりたいんだ」

 

 リドリアスに命を助けられたあの日から、彼はずっとそう思っている。

 

「今の風潮じゃ、あんまり大声では言えないことなんだけどね」

 

 苦笑する彼に声援を送るかのように、子犬(キサブロー)は吠えた。

 

「よーし、いい子だキサブロー。

 ……この子犬も元は野良犬で、子供に叩き殺されそうになってたんだ。

 ちょっと怖い世の中になったもんだよ。これも大きな声じゃ言えないことだけど」

 

「でも、先輩が助けたんでしょう? その子犬は」

 

「……見てきたみたいに言うね三倉田さん。いや、確かにそうなんだけど」

 

 晶の表情は、羽次郎が何となく違和感を覚えるものだった。

 安堵、懐かしみ、敬意、色んなものがやんわりと混ざって表情に浮かべられている。

 彼女の視線はずっと彼に向けられていたが、彼女は話の区切りに鞄の中に手を伸ばし、その中にあった本を一冊取り出した。

 

「あの、これ」

 

 晶は本を羽次郎に手渡し、彼は彼女から受け取った本のタイトルを口にする。

 

「人間は考える葦(プロノーン・カラモス)である?」

 

「はい」

 

 人間は弱い。怪獣が歩けば全て踏み潰されてしまうくらいに脆弱だ。

 それはまさに、大型動物に踏み倒される葦の姿そのものだろう。

 ある葦は考えた。自分を踏み倒すそれと、共存しようと。

 ある葦は考えた。自分を踏み倒すそれを、何とか殺してしまおうと。

 今地球という葦の原では、後者の考え方をする葦の方が多い。

 

「私は、人間が人間であるために必要なのは、力じゃないんだと想います。

 必要なのは、考えること。考える心。

 他者に優しくしようって、考えられることだと想います。人間は、優しい葦なんです」

 

 彼女の中で、人間の『考える』行為の中で最も尊いものは『他人に優しくしようと考える』ことであるらしい。

 そういったところからも、三倉田晶の性格というものは見て取れた。

 羽次郎は、少女が初めて見せた優しさを重んじる内面に、その真剣な眼差しに、少しばかり見惚れてしまう。

 

「私はほとんど何も知らないけれど。先輩はきっと、何も間違ってないと想います」

 

「……僕は」

 

 彼女が彼の何を知っているのか?

 少なくとも、生きるのがヘタクソだと断言できるくらい優しいことは知っている。

 彼女も権之介と同じで、今の世間の風潮に反発し、命を平等に重んじることをしている羽次郎に好感を持つ者だった。

 

 羽次郎は返答に迷う。

 なんとなく、適当な返答を返してはいけない気がしたから。

 なのだが、彼が返答を返す前に、彼の携帯が独特の着信音をかき鳴らした。

 

「ごめん、ちょっと待ってて」

 

 嫌な予感がして、羽次郎は彼女を待たせて呼び出しに応じた。

 画面に表示されていたのは、権之介の名前と番号。嫌な予感は更に増した。

 

『羽次郎君! 緊急事態だ!』

 

「どうしたんですか?」

 

『謎の力場の発生によって例のものの落下が加速した!

 予定より24時間早く、つまりあと十分以内に地球に落下する!』

 

「!」

 

『間が悪い。時間が悪い。言わずとも分かるだろうが……』

 

「……はい、分かっています。それでも行きます!」

 

 突如訪れた戦いの知らせ。

 文字通りに一分一秒を争うこの状況で、羽次郎は時間をかけた誤魔化しの言葉で晶を納得させることを諦めた。

 

「三倉田さん。僕ちょっと急用が出来てしまったんだ。

 一時間か二時間で返ってくるけど、君はここに居てもいいし帰ってもいい」

 

「え? あの、ちょっと……」

 

「ここの玄関はオートロックだから、外に出たら勝手に鍵かかるから! じゃ!」

 

 二の句を告げさせないまま、彼は家の外に飛び出していく。

 後には、びっくりした顔で去りゆく彼に手を伸ばしたまま停止した晶と、そんな彼女を励ますように吠えるキサブローだけが残された。

 

「……ほとんど知らない相手を家に置いておくって、不用心ですよ、先輩……」

 

 不用心と言うべきか、無警戒と言うべきか。知り合って間もない人間が泥棒になる可能性くらい、普通は考えるべきだというのに。

 晶は呆れた顔で子犬を抱き上げる。

 彼女の柔らかな感触に、キサブローは心地よさそうに身じろぎした。

 

「信頼されてるのかな」

 

 晶はああいう、羽次郎の甘さというか、基本的に他人を信頼するというスタンスが嫌いではない。ただ、それを危ういとは感じていた。

 

「……そういう危ういところは、本当に変わってないなぁ……」

 

 懐かしそうに、愛おしそうに、彼女は瞳を閉じて呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は瞳を閉じて集中するのをやめ、目を開き、集中することで高めた青い光を――ネックレスと宝石を――空に掲げる。

 

「アグル―――ッ!!」

 

 彼はそうして、大きな街を一望できる山岳地帯、その端のある程度平坦な土地に着陸した。

 舞い上がる土。

 土の中でも煌めくアグルの瞳が、山間から姿を表したピグモンを捉える。

 

(ピグモン。過去に何度か、地球に来訪している怪獣。

 戦いを好まない大人しい性格。

 こちらから攻撃しなければ積極的に破壊はしてこない。

 ただし、出現位置によっては人の街に多大な被害をもたらしてきた。

 宇宙空間でも生存可能。まずは落ち着かせつつ、星の外に連れて行く)

 

 ピグモンがウルトラマンを見て、威嚇のため吠えた。

 ピグモンが宇宙から落ちてきた場所は、山岳地帯の端。人はあまり住んでいない、かなり理想的な場所だ。

 とはいえ、山道に沿ってポツポツ家もあったりするので、油断できない地域でもある。

 

 だが、最大の問題はそこではない。

 この地域に人が住んでいることではない。

 羽次郎が懸念していた最大の問題は、地上ではなく、空からやって来た。

 

『……分かってたよ。この時間この場所には、地球防衛隊のパトロールが居ることくらい……!』

 

 怪獣頻出期に合わせ、世界中からエースパイロットやトップガンを集め、それを補佐する有能な人物達も集め、地球防衛のために結成された国連直下の組織。

 名を、『地球防衛隊』と言う。

 アグルの前に現れたのは、その中でも強い者達が集められた防衛隊本部の部隊の中で、更に指折りに優秀なパイロットが居るチームであった。

 

「チーム・ライトニング。怪獣とアグルの排除に移れ」

 

「了解」

「了解」

 

 世界中のどの戦闘機よりも高い機能を持つという、地球防衛隊専用の戦闘機が空を舞う。

 チームの名の通り、その動きはまるで雷のようだ。

 アグルは雷のように飛ぶ三機をしっかりと目で捉えながら、両の手に防御と迎撃のためのエネルギーを集め始める。

 

『スペシウム弾頭弾。これさえクリーンヒットさせなければ!』

 

 現在、地球防衛隊の主力兵器は、火星で採掘される"スペシウム"という光の物質を使ったミサイル兵器だ。

 これは怪獣を容易に殺傷する威力を秘めているものの、逆に言えばこれにさえ気を付けていれば、地球防衛隊が怪獣を殺せる兵器は多くない。

 アグルは小規模な光線やバリアでミサイルを防ぎつつ、自分の立ち位置、ピグモンの立ち位置、地球防衛隊の位置を調整していく。隙を見て、一気に宇宙まで逃げるつもりなのだろう。

 

「頑張れー、地球防衛隊ー!」

「怪獣をやっつけろー!」

「アグルに負けるなー!」

 

 遠く、人が集まっている場所から、地球防衛隊への声援が届けられる。

 ウルトラマンの耳か機械の高感度センサーでもなければ拾えない程度には遠い。

 宇宙からやって来る未知の怪獣にも、凶暴で大規模な虐殺を行う大怪獣にも、果敢に立ち向かい人を守ろうとする地球防衛隊は、その勇気と勇姿から人々に強く信頼されていた。

 彼らは命をかけて戦う。

 人の世界を脅かす怪獣達に、勝ち目が無くとも立ち向かう。

 ウルトラマンが相手だって、それは変わらない。

 

「ああ、僕らの家が……」

 

 アグルが跳び回り、右往左往するピグモンを地球防衛隊の攻撃から守る。

 そんなウルトラマンと防衛隊の戦いを、呆然と眺める者達が居た。

 その者達の意識は、ピグモンがアグルに遭遇する前に山中を歩いていた時うっかり踏み潰してしまった、彼らの家に向けられていた。

 思い出の家だった。

 彼ら全員が生まれ育った古い家だった。

 もう二度と元に戻らないことは明白だった。

 

 それを壊した怪獣が居た。

 その怪獣を倒そうと懸命に戦う地球防衛隊が居た。

 憎く思うその怪獣を、防衛隊から守るウルトラマンが居た。

 

「私達の家を返せぇっ!」

「じいちゃんとばあちゃんの思い出詰まった家をよくも、よくも!」

「殺せー! 殺しちゃえー! 地球防衛隊ー!」

 

 ピグモンも好きで壊したわけではない。望んで踏み壊したわけでもない。だが、そんなことは被害者からすれば知ったことではないのだ。

 体が大きいというだけで、何もかもが許されるわけがない。

 アグルはミサイルをバリアで防ぎながら、大切なものを壊された人達の憎しみの声に、心痛めて歯を食いしばる。

 

「ガイアはきっと来てくれる!」

「そうだ、地球防衛隊だってあんなに頑張ってんだ!」

「頑張れ、頑張れ! 地球防衛隊!」

 

 人々は地球防衛隊を応援する。

 怪獣とアグルの敗北を願う。

 けれども、アグルの守りは鉄壁だった。

 

 ギリギリまで踏ん張って、戦い続ける防衛隊。

 ギリギリまで頑張って、戦い続ける男達。

 恐れから跳び回るピグモンが振った腕に、時に叩き落とされそうになる戦闘機。

 間を空けて繰り返されるピンチの連続。

 それを見ていた人々は思う。防衛隊を助けてくれる、防衛隊を守ってくれる、そんな―――ウルトラマンが欲しいと。

 "来てくれ"と、彼らは祈った。

 

「ガイア! 早く来て! あの悪いウルトラマンをやっつけて! お願い!」

 

 子供が叫び、祈る。その祈りに答え、望まれたウルトラマンはやって来た。

 

『!?』

 

 飛ぶ戦闘機、飛び交うミサイルの合間をすり抜けて、飛来したガイアの飛び蹴りがアグルに突き刺さる。

 アグルと、アグルの近くに居たピグモンまでが衝撃で吹き飛ばされ、空中で身を翻したガイアが着地する。

 着地の衝撃で、ガイアの周囲に舞い上がる土。

 その土が、ウルトラマンガイアという存在のスケールを表していた。

 

「来た!」

「来てくれた!」

「見ろ皆、ウルトラマンガイアだ!」

 

 地を転がったアグルとピグモンを見据えるガイアの周りに、地球防衛隊の戦闘機が滞空する。

 ガイアと戦闘機の距離の近さは、両者の信頼関係を表していた。

 

「怪獣の相手は任せろ、ウルトラマン!」

 

 防衛隊の言葉にガイアが頷き、ガイアと戦闘機達はほぼ同時に前に出た。

 戦闘機とガイアの連携が、ピグモンとアグルを引き離す。

 ガイアはアグルの相手をし、防衛隊はピグモンを攻撃し始めた。

 

『やめろ』

 

 ピグモンの悲鳴、ミサイルの爆音、人々の声援がまぜこぜになった音が、ガイアに叩きのめされるアグルの耳に届く。

 防戦に回ったアグルは倒れない。ガイアにも倒されない。けれど、自分が倒れないだけで、自分以外の何も守れない。

 

『やめてくれ! 僕が星の外まで連れて行くから!

 もう二度とこの星に来ないよう言い聞かせるから!』

 

 人の意志で発したアグルの声は、ウルトラマンと怪獣にしか聞こえない。

 なのに、聞こえているはずのガイアは聞く耳を持たない。

 聞こえていない防衛隊も、火砲を放つことを止めはしない。

 

『だから……殺すなぁ!』

 

 アグルは我慢ならないとばかりに、ガイアにミドルキックとロングフックのコンビネーションを何度も連続して放つ。

 そして側面からの攻撃にガイアの意識を引きつけ、最速の右ストレートをガイアの胸部に叩き込んだ。

 ガイアが想定していた攻めと、アグルが全身全霊で行った攻めの内容が大きく違ったことで、奇跡的にアグルはガイアを押し返す。

 

『……! 今日は調子がいいようだな、飛鳥』

 

 そしてアグルは、地球防衛隊とピグモンの間に割って入り、再度防衛隊の攻撃をカットする。

 ピグモンはそれを見て、防衛隊から逃げるように一目散に逃げた。

 防衛隊が居るここでは宇宙に一直線には逃げられない。とりあえず防衛隊とガイアから距離を取るつもりなのだろう。

 

 ピグモンが人の少ない場所に逃げるか、人の多い場所に逃げるか、それは分からない。だが確かなことは、ピグモンがどこに逃げようが、そこには高確率で人の街があるということだけだ。

 

『ピグモン!』

 

『俺がお前を行かせると思うか?』

 

 アグルはピグモンを連れて逃げようとするが、そこでまたガイアが邪魔をする。

 

「逃しちゃダメよ、ガイア! 地球防衛隊さん達!」

「そうだよ! 宇宙に逃がしたら、また地球にやって来るかもしれない!」

「ここで倒すんだー! 他の街の未来も守ってくれーっ!」

 

 また地球に来るかもしれない。

 また何かを踏み潰すかもしれない。

 "次"は人間を沢山殺すかもしれない。

 『かもしれない』だけを理由に、彼らは怪獣の死を望む。

 

「逃がすかよ!」

 

 跳び上がったピグモンの頭を押さえるように、上空から迫る戦闘機がスペシウム弾頭弾を連射する。

 この戦場にピグモンを押し返しつつ、人が居ない方にピグモンを誘導する、そういう計算の下に放たれた攻撃だった。

 

 しかし、ピグモンは恐怖に突き動かされて正常な判断力を失っていたのか、ミサイルに自分から突っ込んで行ってしまう。

 その上、自分から突っ込むことでダメージを増大させておきながら、その痛みで周囲を何も顧みない疾走を始めてしまった。

 変にミサイルに当たり、変に吹っ飛ばされ、地球防衛隊の位置さえも無視して、ピグモンはこの辺りの住民が避難している公園に向かって駆け出した。

 

「何!?」

 

 ピグモンに殺すという意識はない。ただ、がむしゃらに走る過程で人を踏み潰すというだけだ。

 地球防衛隊はそれを止めようとするが、ピグモンはいくら撃たれようが止まらない。血まみれになりながらも、必死な表情で走り続ける。

 人々にはそれが、どんなに痛めつけられようが人間を踏み潰そうとする、邪悪で非道な血塗れの悪鬼の姿に見えた。

 

「ひいっ」

「こ、こっちに来たぞ!」

「子供だ! 子供から逃がせ!」

 

 恐怖しながらも、子供からまず逃がそうとする大人達。

 逃がそうとする大人も逃がされる子供達も、このままでは抵抗虚しく踏み潰される。

 それを止めようと、ハイキックをアグルの首に決めて蹴り飛ばしたガイアが、ピグモンに横からのタックルを仕掛ける。

 だが、ピグモンの決死の力とその勢いに、あえなく跳ね飛ばされてしまった。

 

『っ』

 

 アグルであったなら、殺さない意志の下にこれを止めようとし、大きなダメージ受けていただろう。殺意がこもっていた分だけ、ガイアのダメージは軽くなっていた。

 しかし、それでも軽くはない。

 ピグモンの体当たりがいい所に入ったのか、ガイアは苦しげな声を出しながら立ち上がれないでいる。

 

 そんなガイアに、逃がされている子供の一人が、無邪気な声援を送った。

 

「頑張れーっ、ガイアー!」

 

 子供の無邪気な応援が、ガイアに力を与える。

 子供の無垢にして真摯な応援こそが、倒れたガイアを立ち上がらせる。

 自分を信じてくれる人間が居る限り、自分の勝利を信じる人間が居る限り、ウルトラマンは何度でも立ち上がるものだ。

 

『……俺の目の前で、怪獣に人間を、殺させてたまるか!』

 

 ガイアが立ち上がり、人が踏み潰される前にピグモンを殴る。

 殴る瞬間、赤いエフェクトが輝いて、拳で炸裂したエネルギーが怪獣を吹き飛ばした。

 ピグモンは吹き飛ばされ、なんとか立ち上がるも、虫の息。

 

『もういい! もう十分だろう! ここで終わりにしてくれ!』

 

 アグルは虫の息のピグモンを何とか宇宙に返そうと、ガイアを止めるため組み付きに行く。

 だが子供達の声援で力を増したガイアは、アグルへの迎撃に打撃を打つと見せかけ、それを囮にアグルを投げて巧みに転ばせる。

 そしてうつ伏せに転ばせたアグルの足関節を、ガイアは自分の足だけで極め(ロックし)た。

 

『くっ、外れない……!』

 

 打投極の美しい流れ。自分の足だけを使って相手の足だけをきっちり固定する技量。アグルは身動きできても脱出できない状況に追い込まれる。

 そしてガイアは、アグルに次手を打つ時間も与えず、決めの一撃を放った。

 

 十字に組んだ手より放たれる、必殺光線(クァンタムストリーム)

 

 それが、ピグモンの胸を貫き、胴体に大穴を開けていた。

 

『……あ』

 

 ピグモンの悲痛な断末魔が耳に焼き付く。

 命の失われた体が倒れていく光景が、目に焼き付く。

 全身を走る無力感が、肌に焼き付いていく。

 ガイアに極められた足を離されても、アグルはすぐに立ち上がることができなかった。

 

「ありがとう、ガイアー!」

 

 ガイアは、壊された彼らの思い出()の仇を取ったのだ。

 その上で人の命も街も守り、人々が"自分達を殺すかもしれない"と恐れていた怪獣を撃滅してみせた。

 皆、笑顔だ。

 軋むほどに強く拳を握りしめている、アグルを除いては。

 

『いい加減、意地を張るのはやめろ。終わらない苦痛が続くだけだ。

 飛鳥、ぬるい理想を掲げても、お前の理想に社会を追随させる力はない』

 

 力なく立ち上がった羽次郎(アグル)に、光太郎(ガイア)が語りかける。

 怪獣保護は人々の意志に反することであり、怪獣の絶滅こそが人々の願いであると、そう告げながら。

 

『力とは、敵を排除し平和を守るためにある。お前のやり方では守れるものも守れない』

 

 ガイアはアグルを否定する。

 だが、アグルを見下してはいない。

 ガイアはアグルを説き伏せる言葉を選びながら、アグルに手を差し伸べていた。

 

『俺と共に来い。この手を取れ』

 

 差し伸べられる、赤い巨人の手。

 黒みがかった群青の手は、差し伸べられたその手を跳ね除ける。

 

『力とは、暴力と殺害を選んだ誰かを止めるためにある。

 光太郎先輩のやり方では守れるものも守れません。……だから、お断りします』

 

 アグルの姿が消えていく。人間に戻った羽次郎も何処かへと去っていく。

 ガイアの差し伸べた手を跳ね除けたアグルを、遠くから見ていた人々が罵倒する。

 地球防衛隊の皆が、戦闘機の中からガイアに励ましの言葉を送る。

 しかし、ガイアはそのどれにも目と耳を向けていない。

 

 ガイアは跳ね除けられた手を見つめながら、悲しげに俯くだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪獣と友達になりたいと夢見ているくせに、怪獣を守れない。

 そんな自己嫌悪の中でしか成立しないような矛盾が、羽次郎の心を蝕んでいた。

 守りたい。守れない。この二つが繰り返されると、人の心は必ず折れるか摩耗する。

 そしてその果てに、人は自分を見失うのだ。

 

 胸に大穴が空いたピグモンの死体が、その目から流れていた涙にも見える液体が、ことさらに彼の心を苛んでいく。

 

「……っ!」

 

 人の家をうっかり踏み壊してしまったことは、殺されるほどの罪だったのか。

 人を踏み潰す『かもしれない』というのは、殺されるに足る理由だったのか。

 人であれば、ピグモンの罪は器物損壊にあたるのか、殺人未遂に当たるのか、それとももっと大きな罪にあたるのか。

 ピグモンは強かったから恐れられ殺されたのか、ピグモンは弱かったから抗いきれずに殺されたのか。

 自分がピグモンを助けられた未来は有ったのか、無かったのか。

 

 いくら苦悩を重ねても、彼が答えを出すことはできなかった。

 

「……帰ろう」

 

 今はただ、帰りたかった。

 『敵』が一人も居ない場所で休みたかった。

 『戦い』が無い場所で安らぎたかった。

 『守るべきもの』が傷付けられない場所に行きたかった。

 

 彼は光に誘われる画のように、おぼつかない足取りでまっすぐ家に帰っていく。

 

「あ」

 

 そして、ドアを開けてすぐに、子犬を抱えた"彼女"と目が合った。

 キサブローが吠えて彼を迎え、晶が微笑んで彼を迎える。

 

「おかえりなさい」

 

 おそらくは、ずっと玄関の近くで待っていたのだろう。

 彼が帰ってきたらすぐに、おかえりと伝えるために。

 帰って来た彼と、一秒でも早く会うために。

 

「……ただいま」

 

 何故か、彼女のおかげで、彼は救われたような気持ちになっていた。

 その言葉に、その笑顔に、彼は不思議な安らぎを感じていた。

 彼女と一緒に居ると、冷たく冷えた胸の奥が、少しだけ暑くなるのを感じていた。

 

 彼は気付かない。それはただ単に、こんなささいな言葉ですら救いになるほど、彼の心が追い詰められているだけだということに、気付けない。

 

 

 

 

 

 一方その頃、地球防衛隊本部。

 リドリアスが羽次郎を救った天墜事件のことを考慮して、本部は日本近海に設置されていた。

 その中で、休憩時間を談笑で潰している二人の隊員が居る。

 

「今日も大勝利、っと。ガイア様様だな」

 

「光太郎はよく頑張ってるよな。俺達もしっかり支えてやらないと」

 

「飲みに誘ってやりたいが、あいつ絶対断るんだよなぁ。

 怪獣がいつ出るか分からないって。本当に堅物だよ」

 

「早く怪獣を殲滅して平和を取り戻さないと、あいつは酒も飲めないんだよな」

 

「……頑張ろうぜ」

 

「ああ、頑張ろう」

 

 地球防衛隊の実働部隊の中では、ガイアが光太郎であるということは周知の事実であるようだ。

 その上、光太郎は防衛隊員から慕われており、駄弁っている防衛隊員の二人の口調からは、光太郎に対する確かな信頼が感じられる。

 

「何度負ければ学習するのかね、あのアグルとかいう馬鹿は」

 

「馬鹿だよなあ。そういえば、怪獣との共存折衝案って今何があるんだっけ?」

 

「一つは、怪獣を隔離する島を用意するってやつ。

 一つは、怪獣を隔離する星を用意するってやつ。

 ま、どっちにしたって製造コストと維持コストがクソみたいにかかるが」

 

「共存とは名ばかりの牧場隔離案じゃんよ、それ」

 

「メリットデメリットがあるからそう一言にも言えんがな」

 

「怪獣が地球の自然で自由に生きるのは人間が居る限り不可能です、ってこったろ?」

 

「だからそう一言で言えるもんでもないんだっての」

 

 だが、ガイアに対する親愛はあっても、アグルに対しては嫌悪感や侮蔑の意しか向けていないようだ。

 二人はアグルを嘲笑している。

 アグルを口で馬鹿にし、心の中でも馬鹿にしている。

 

 それは、怪獣頻出期が来る前の時代に、ニュースで報道された過激な動物愛護団体を嘲笑する人達に、よく似ていた。

 

 アグルの行動は世界を変えられない。変えられていない。変えられなければ、その行動の全てが無駄だというのに。

 少なくとも、社会の風潮が変わらない限り、何も変わりはしないだろう。

 

「アグルも馬鹿なやつだ。そういう現実何も見てないんだから。ははっ」

 

「ウルトラマンなんか辞めてピエロやってろってんだよ、本当に。ははっ」

 

 防衛隊から見れば、アグルは自分達にとっての邪魔者であり、ガイアの邪魔をする忌まわしいウルトラマンだ。

 好ましく思う者がいる。好ましく思う者の邪魔をする者がいる。

 そういう場合、邪魔者への敵意や嫌悪感が、好ましく思う者への好意の分だけ増加してしまう。人とは、そういうものだ。

 

 だから彼らは嗤った。嘲笑した。

 それが陰口に近いものだったとしても、躊躇う理由はどこにもなかった。

 ただし、それを不快に思う者もいた。

 

「何がおかしい」

 

 運悪く通りがかった光太郎が、ドスの効いた声で二人の笑いを止める。

 アグルの信念を侮辱することを、光太郎は決して許さなかった。

 

「俺とあの男の信念は違う。

 故に俺達は何度も戦い、そのたびに俺が勝ってきた。

 だが……それが何だ? それは、あの男の信念が完全否定されたことになるのか?」

 

「え?」

 

「自惚れるな。信念の正しさが、戦いの勝敗などで決まるものか!」

 

 相手の信念を否定しようとすることと、個人の意見が否定されることは別だ。

 光太郎が羽次郎の信念を否定しようが、羽次郎の信念を肯定する者も居る。

 『正義は必ず勝つ』なんて言葉は、光太郎が何よりも信じていない言葉だった。

 

「ましてやあの男に勝ってもいないお前達に、あの男の信念を否定する権利など無い!」

 

 光太郎は多数派という立場に甘え、数で囲んで袋叩きにし、"お前の意見は一般常識からして間違っている"といった形で完全否定するという行為が、大嫌いだった。

 世の中にはそういう完全否定が山のようにあった。

 他人を完全否定することで満足を得る、そういう人間が星の数ほど存在していた。

 

 光太郎は、羽次郎の信念を戦いの中で否定したことはあっても、羽次郎の信念を笑ったことは一度も無い。

 

 光太郎は人を守る。

 人の命を守る。

 人の世界を守る。

 それが、怪獣の命より優先されることだと信じている。

 その原動力は、母を怪獣に殺されたという過去であり、もう誰にも自分と同じ悲しみを味あわせたくないという覚悟だ。

 だから彼は怪獣を殺し、人を守ろうとする。

 世界中の全ての人間に否定され、少数派になろうと、彼はその信念を貫くだろう。

 

 それゆえに、彼にとっては羽次郎も、守りたいと思う人間の一人であった。

 

「分かったなら黙っていろ。

 多数派の中に居るからと、自分の正しさを疑わない人間を見るのは虫酸が走る」

 

 『社会』や『コミュニティ』の中に溢れるアグルを小馬鹿にする風潮に流され、楽しそうに他人の信念を見下す二人に、強い言葉を投げつけて目を覚まさせる光太郎。

 彼は言うだけ言って、その場を去って行った。

 

「……あいつ、なんであんなに怒ったんだ」

 

 光太郎の激怒に対し、二人が不快感を感じた様子はない。二人にあるのは反省と、怒っていた光太郎への心配と、自分達の発言を省みる思案だけだ。

 

「ヤツの気持ちが分からんのなら、それがお前が光に選ばれなかった理由なんだろうさ」

 

「……石堀チームリーダー。それに、権堂隊長まで」

 

 そこに、地球防衛隊のトップと、実働部隊(チーム)の一つのリーダーがやって来る。

 

「以後、勤務中にアグルを小馬鹿にした発言は控えるように。

 理想の協力者(ウルトラマン)の機嫌を損ねてまで、アグルをバカにしたいわけではないだろう?」

 

「……すみません」「後で謝ってきます」

 

「そうしておけ。光太郎は熱くなりやすいが、気にしいだからな。

 頭が冷えれば、あいつも少し言い過ぎたからと謝りに来るだろう」

 

 去って行く二人の防衛隊員を見送りながら、権堂隊長は溜め息を吐く。

 

「まったく。この星は、どういう基準で光を与える者を選んだのやら」

 

 星が何故あんな力を人に授けたのか。与える人物をどういう基準で選んだのか。星はどんな未来を望んでいるのか。

 地球防衛隊の隊長にも、それは分からなかった。

 

 

 




三倉田晶(ヒロイン)→『ミクラ』ス、ウィン『ダ』ム、『アギラ』
権堂隊長(地球防衛隊隊長)→ゴンドウ参謀
石堀チームリーダー(チームファルコン・チームリーダー)→石堀光彦

大体ポジションによって適当に怪獣の名前、人の名前、ウルトラマンの名前を振ってます
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