女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
「一番理解してやれるのは俺だけだから。」~思い出の彼と時守の気取り手~
女「……困りました。」
昼休み、校舎の屋上で《
食べカス等が降りかかることは、どうせ私しか読んでいないし誰も見ていないので気にしません。
膝の上で広げて、今も余白を黒く埋め尽くして行く《蝶の標本》を次の項へと捲る。
女「今朝の私は少々強引過ぎたでしょうか?」
本に記されてゆくのは、彼…男さんのこと。
今のところは彼を監視するためだけのこの《蝶の標本》は、明朝の一件以来、凄まじい勢いで文字が記されており、むしろ時間が経てば経つほどその勢いは増すばかり。
彼のことのみ心情的な部分も仔細に記されてゆくので、内面を含めて監視する時は便利なのですが…―
女「―長い…」
自己の存在だの世界の在り様だのと、追いかけるのが億劫な文言ばかりが、延々と記されていきます。
女「今朝のショックから立ち直れないのでしょうか?」
今朝、彼がこの《蝶の標本》の一部を閲覧した時よほどショックな事が記されていたのか、「出てってくれ」と家を追い出され、少し間を置いて登校中に一声おかけすると「もう関わらないでくれ」と一蹴されてしまいました。
一体、彼はどこを読まれたのでしょうか?それがわかれば今一度接触出来るかも知れませんね。
いい機会だ、彼の思考を追うせいで過去全てに目を通す暇も無かったので、益体もない問答ばかりつづられていく今の内に過去を読んでみよう。
そう考えて、男さんの過去とやらに思いをはせつつ、今度は過去側の項に手をかける。
女「何か仰っていましたね…えぇと、確か”ケダモノ”がどうのこうのと…」
確か大分頭の方を読んでいたハズなので、と古いページへ戻っていこうとした時、最新の項目として不思議なものが記された。
―女、見ているかい?―
女「……?」
そのすぐ後に、またも取り留めの無いような悩みを永い文章で記していく《蝶の標本》。
女「……今のは一体?」
ページを戻ろうとして本の上に置いた手をどかす。
少しして、またそれは記された。
―読んでいるみたいだね、よかった。―
女「?!」
私がその部分に注目した事をわかっている?
聡い彼ならしそうな事ですが、どうもタイミングが噛み合い過ぎている気がします。
女「コレは…もしかして――」
自分の中で、ある一つの仮説を立てた途端―
―そう、俺はその本を手にした世界の男だ。―
言い知れぬ不安が、向こうからやってきた。
――――――――――――――――――――――――
―あんまり長いと、君も読むのはうんざりだろう?だから簡単にだけど説明していくよ。―
そう記していくパラレルワールドの男さんは、この世界での彼が何を知ってしまったのかを教えてくれた。
女「…つまり、この世界は彼を中心に、昨日できたばかりの世界なのですか?」
―正確には、彼だけその世界での昨日以前の記憶が無いんだ。もっと言えば、彼を昨日作る為に、どこかで分岐した世界なんだよ。―
そう語る異世界の男さんに、私はオウム返しのように「彼を作るために分岐…?」と問う事しか出来ない。
あまりに規模の大きな話をいきなり聞いて私の気が抜けている事を悟ってか、「そっちの世界はとんでもない事になってるからね」と前置いて、異世界から見たこちらの世界について端的に記す異世界の男さん。
―俺…というより、そっちの世界の俺が誰かに管理されているんだ、時間すら越えて。―
女「時間を越えて管理されている…?」
いよいよもってわからなくなってしまいました。
むしろ最初から理解できているのかすら怪しいですね。
混迷を深める私は、情けない事に「じゃあ、話を変えようか。」と更に気を使われてしまう。
―今朝、女は俺が不思議な事を本に記すもんだから、気になって家に来たね?―
女「あ、はい。」
そう、なぜ彼の場合夢の内容まで記されるのか、それが気になったのです。
というのも、最初は「彼が眠っている間であれば《蝶の標本》も記述が凄い勢いで増すこともないだろう」と考えて、彼に関する過去の記述に目を通していたのだ。
けれど何故か、眠っている間にも記述が増して行くので、「もしかしたら、眠っている間に時間跳躍しているのか」とも疑って家に突撃した事を覚えている。
そんな私の行動力を称えてか、「凄い事するもんだよね…」と記されるのを見て、少し気持ちが上がる。
―そして、彼に質問をしている時、別の世界ではその本を手にした男が居る。それを思い出して試してみた。そうだね?―
女「えぇ、その通りです。」
今朝、早起きをしてから彼の過去に目を通している内に、平行世界の彼がこの《蝶の標本》を手にして転機を迎えた事を知り、「そういえば彼は《蝶の標本》を知らなかったような…?」と前日のやりとりを思い出し、その記述は本人に関する記述ではないと察した。
そこで初めて”平行世界の事象を切り離して記述させる”という技を思いついて試したのだ。巧くいくとは思っていなかったけれど、記述の密度がグッと下がったのを見て、技の成功を確信した。
そうして空白となった項から、最新の記述を求めて遡っている内に、眠っているはずの彼に関する記述が更新されているのを見て、慌てて部屋を飛び出したのである。
元々、「いつ彼が不信な行為に及んでも駆けつけられるように」と起床してからすぐ制服に着替えていたので、飛び出す準備は出来ていたが。
結果から言うと、疑いは増えたが彼は眠っている間に時間跳躍等の行為には及んではおらず、ただ夢で見た内容が記されただけであったと、後のやり取りの最中に《蝶の標本》の記述で確認している。
その後に、彼から尋ねられたため、丁度いいかと思って彼が《蝶の標本》をどう活用するのかを試した。
私は、過去を守りたくてこの本を使役しているので、万に一つ、彼が仲間になってくれる可能性を信じて、転機とやらに懸けてみたのだ。
結果は、彼からの拒絶。要約すると「怖いから読みたくない」といった理由だったと記憶しているが…
女「そもそも、貴方はどうやらそちらで私の事を読んでいるみたいですが…そのような度胸、よくございましたね?」
こちらの彼は、最初の内は怯えてしまって誰の事も読もうとしなかったというのに、異世界の男さんは「前提が違うからね…」とあっさり返すような方だった。
―きっぱり言うと、そっちの世界で彼が本を手にしていい方向に向かう事は無いよ。―
《蝶の標本》に記されたその言葉に、私の試みをストレートに否定されたのもあり、その言葉の思惑を汲みかねて「どういうことです」と問う事しか出来ない。
―彼にとっては…いや、俺にとっても、そっちの世界の構造は受け入れがたいよ。―
世界の構造という、またも大仰な規模の話に思考が止まりかけるが堪える。
こちらの世界の彼が私の助けになるか否かを考えるにも、きっと必要な事だと思うから。
―なんというか、その世界を1から作った奴がいるみたいなんだ。―
女「この世界を…?」
それはまた…まるで神のような…
―そう、そいつは今、自分の身勝手で神になろうとしてる。―
そう語るも、その言葉の続きは、こちらの世界の彼の思考によって断ち切られた。
慌てて、《蝶の標本》に記される対象を異世界の彼に切り替えるよう念じて、言葉の続きを追いかけて項を戻る。
―そっちの彼は、”こんな恐ろしい能力を持つ人間すら1から生み出せる存在”に、漠然と恐怖心を抱いているんだ。―
―その神のような奴からも、彼の中の空っぽだった昨日以前の記憶を、今まさに造られて植え付けられているんだ。―
―毎日、自分の為に日記を書いていたって記憶してる彼は、その思い出とのギャップとも闘っているみたいだよ。―
そこまで読んで、今更になって今朝の己の行いを恥じた。
だとすれば彼は今、中にも外にも味方が居ないように感じているのでは…
―そう、だから彼は君を信用できないでいるし、その本を見せられた事に恐怖すら抱いている。―
―彼には人と接した思い出が無いんだ。だからよくわからない物をよくわからないまま、その本を使って知ろうという気になれなかった。―
そうか、通りで…。
私には他者との繋がりという記憶が、例え大切で運命のような出会いであったとしてもその記憶があって”当たり前”と生きているからこそ、そんな記憶も経験もない彼がいまいちどういった人物なのか捉えられなかったのでしょう。
そして、昨日生まれたばかりで、他者との接し方もわからないのに知識だけは見た目の年齢と同じ程度に備えているからこそ、彼の思考と言動はあんなにもチグハグだったのでしょう…。
私には守りたい思い出がある。けれど彼にはそれが無く、その思い出すら自分の好きなように作れない。
そんな彼に私は「私の思い出を守る手伝いをして欲しいから」と、この本を押し付けたのですね。
女「……。」
あまりにも勝手が過ぎると、自分でそう思えてしまった。
今更、どんな顔をして彼に私の願いを頼み込めるかわからない。
かといって、この世界を作った神のような存在とやらを、私がどうにか出来るとも思えない。
素直に関りを断って、彼自身に任せる事しか私には考えられなかった。
そんなものは逃げでしかないのだろうけれど、私だって私自身の思い出を守るだけで手いっぱいどころか、現状ではそれすら守り切れていないのだから手が足りないのだ。
せっかく見つけたタイムトラベラーですが、半端に手助けしたり、半端なまま手助けされたりしても、お互いのためになりませんよね。
彼に襲い掛かられた事を思い出し、このままではお互い傷付くだけだろうからと、手を引く算段をつけようとしていると――
―お願いだ。どうか、彼を助けてあげて欲しい。―
―そうすれば、彼はきっと、君の力になるはずだ。―
――《蝶の標本》に、そう記された。
彼が、力に…。
「なってくれるわけもない」と思う自分が居たが、けれどそれよりも、この人を知りたいと、信じたいと思えてしまい――
女「本当に、本当に私の思い出を守る為に、彼は力になってくれるのでしょうか…?」
――なんて、言葉にしていた。
―…意外と、信用してくれてるんだね。―
女「貴方の反応を見るに、私の事も仔細に記されている物だと判断し、隠しても無駄だと悟りました。」
ですから、私の力にもなってくれると、約束してください。
―そっか。…うん、約束しよう。―
―たとえ世界や根本が違っても、同じ記憶を持っている以上、他人であっても、そこにいる俺を一番理解してやれるのは俺だけだから。―
本当に同じ人なんですね。
彼女の通う学校では、本に向かって話しかける女生徒の噂が、七不思議として語られています。
※改稿情報
10/30/2016:ルビ漏れ修正。