女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」   作:下品な牛乳◆N1RGqRourg

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まるで世界が無理やり染み込んでくるようで。~箱庭の彼と彼女~

――わからない。

わからないわからないわからない。

 

最早、俺は自身がわからない。

学校へは来ているし、午後の授業までは受けた。

しかしなぜこの教室で今も授業を受けているのかは自身で理解できていない。

否、理解は出来ている。

例え作り物であったとしても、記憶に倣って日常を送る事で、求めている何某かの一端にでも触れ得ないだろうかと期待しているのだ。

しかし、こんな事で俺の存在について確固たる保証を得られるのであろうか。

俺という存在を、時を超えられるという超常の存在を、昨日という時点に突然産み落とせるような存在が、俺のそんな現状を見過ごすものであろうか。

若しくはこうして苦しんでいる事こそ、その存在の求める状態であったなら。

もしそうなら俺と関わろうとする人達全てが俺の苦しい現状を求めていて、だからこそ俺がこの、多少なりとも他者と関わらざるを得ない学生という世代として生み出されたのだとすれば。

こうしている今も、全景を掴み切れないような曖昧な記憶が己の中でボコボコとヘドロの様に湧き出して、毒性の拒絶反応を伴うそれらは節理に水が染み込むが如くこの身に無理やり根を伸ばし張り巡らせていて、じくじくと吐き気を積み重ねていく。

そんな事を、教室の只中で机にしがみつくように、うずくまるように頭を抱えながら、己の席に座して考える。

どれだけ思考に熱中していても、自分を客観的に形容するだけの知識を持った人格が己の中に居て、それがまた不快感を掻き立てる。

こんなにも知識のある存在を生み出すのであれば、何故他人と接した経験を持たせてくれなかったのか、理解の外にある己を生み出した存在に疑問を抱く。

 

男「わからない…」

友「なに?レポート?」

 

 意識せぬ間に声が漏れていたようで、隣の席に着く友にそう声をかけられる。

男「いや、そうじゃなくて……」

 言いかけて友の顔を見るが、コイツ…友をこれ以上俺の事情に巻き込みたくないので「なんでもない。」と返し、頭を抱えていた腕で頬杖を突いて視線を教卓に向ける。

そんな俺の態度が気に入らなかったのか、「むぅ…」などとげにあざとき事を抜かしながらも、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる友。

無視し続ける事も疲れるので、視線だけでじぃっと見返す。

 

友「………」

男「………」

 

 ………数秒程、そんなお見合い状態が続き、これは根競べなのだろうかと疑い始めた辺りで、友は「…ぽっ」なんて口にして、両手で頬を抑えてそっぽを向いた。

ガクッと頬杖を突いていた腕が滑る。

男「へいがーる、おれのかおになにかついてますか」

 ため息交じりにそう問えば、視線と共に「うん」という快活な返事が返ってきた。

男「えぇ?!」

 まさか本当に顔に何かついているとは思っていなかったので、あわてて顔をパタパタと払うが、それらしき感触は何も無い。

肩ごと友に振り向き「と、とれたか?!」と確認をとりながら顔を無作為に払う。

友「全っ然」

 何がおかしいのかそう笑い、鞄から引っ張り出した手鏡を俺に向ける友。

誘われるまま食い入るようにソレを覗き込むと、俺の頬に「考える人」と書いてあった。

器用な事に鏡で見ないと読めない反転文字である。

 

友を見る。

頬袋がパンパンに膨らんでいる。

睨む。が、ぷすーっと空気が噴出される。

友「ぷっはっははあは!!あひー!!あひー!!」

 俺を指差しながら、腹を抱えて笑い出した。

こいつがやったのか、コンニャロウめぇ…

人が真剣に思い悩んでるっつーのに全くよぉ…

思考に耽けなおすような気分でもない為、席を立って水場へ向かう。

男「すいません、顔洗ってきます。」

教師「お前さんら授業という事を忘れておるな。」

 そんな声が背後から飛んでくるが、まさか”お前さんら”の中に俺は含まれてませんよね?

いや、十中八九含まれてんだろうなぁ…センセーごめんなさい。

友「お花摘んできま~す」

 心の中で謝っていると、水場へ向かう俺に続く様に友の声が響いた。

なんとも気が合うね。なんて考えながら廊下を歩いて、やはり友は俺の事情に巻き込みたくないなと思いを強くした。

俺が日常を求めるのだとしたら、そこには友がきっと必要なんだ。

だからこそ、自失に陥りながらも、学校へと来たのだろう。

1つ、自分で何かを見つけられた気がして、噛み締める様に静々と廊下を進む。

外からの冷気が滲んで来るような寒風が、廊下の先の角を曲がった所にある階段の奥から漂ってくるが、それを背に受ける様にして、階段の向かいにある手洗い場で蛇口をひねる。

 

流れ出る冷たい水を手で受け留めて、腰を屈めて顔を洗う。

始めの内痛い程に冷たかったそれは、回数を重ねる毎に人肌が慣れて行き、その感覚がどうにもこの先の自分を表わしている様に感じて顔を顰めた。

痛みを伴う程の冷たさを持つ水に慣れる自身の肉体が、拒絶反応を示す歪な記憶を埋め込まれても尚日常を送ろうとしている自身と、頭の中で重なってしまう。

やがて外気に晒している部分の方が冷たく感じ、頭全体を蛇口の下に突っ込んだ。

どうせ、どうせ俺は流れに身を任せるしかないんだ。

他人という存在が内面に居ないどころか、自身の経験すらなくて己が希薄な俺には、この世界をどうこうするなんて土台無理な話なのだから。

そうだ、余計な事を考えるから苦しむんだ。思考に熱中するばかりのこの頭を痛い程の冷水に浸けて冷やせば、現状を受け入れる事だって出来るかも知れない。

友が居て、そのそばで一緒に学校という箱庭の中の時を過ごす。あぁ、冷静になれば現状に何の不備もないではないか。

頭の先から、芯を凍えさせてゆくような波を感じる。

やがてそれは感覚を麻痺させて、空気に触れている間の方が寒く感じるようになってゆく。

 

あぁこれは、この感覚は、時間を跳ぶときのソレに似ていた。

 

両手足と頭の先から、身体の末端から冷たさが降りかかり、やがて体全体を凍てつかせるような鋭い痛みが全身を満遍なく駆ける。

 

瞼を閉じずにいると、冷たさと同じ順に繰る様に体が青い光へと分散され、散り散りになってゆく景色を暗闇の中で見る事になる。

 

跳びたい、時間を。

 

けれどそれはあの女に下された処罰によって禁じられている。

破ってどうという訳ではないが、破った所でどうなるとも思えない。

存在するのかどうかすら疑わしいが、俺という超常を生み出した存在が居たとしたら、時間を跳んでどうなるというのだろう。

きっと、現状はどうにもならないだろう。

ならば時間跳躍は行わない。するだけ無駄であろうが、無為に周囲の人間のその間の記憶を俺の勝手で殺す事も無いだろう。

であるならば、せめてこの跳躍時によく似た感覚を全身で味わう為に、上着のボタンを次々と外してから、蛇口をひねって水の勢いを更に増す。

この冷や水の中に飛び込めば、その先には跳躍後のあの暖かい感触が体を駆け巡るはずだ。

そう信じて、石から切り出された手洗い場の縁に足をかけ、蛇口から滑った手はその上にある大窓のサッシを掴み、力を込める――

 

友「――バッカヤロウ!!」

 

 ――柔らかな感触が腰の辺りに纏いつき、俺を引き倒した。

 

友「ばかやろう!!風邪引くぞ!!ばっかやろう!!何やってんだ!!」

男「……なんだ、友か。」

 廊下へと背中から落ちて、「今朝といい今日はよく背中から落ちる日だ」なんてずれた事を考える。

友「なんだとはなんだ!!やっちまった身として、後始末ぐらい手伝ってやろうと思っただけだ!!文句あっか!!」

 文句なんてねぇよんなもん。

でも、あの冷える感覚だけはもう少し味わっていたかったなぁ……

男「……なんで止めた」

友「お!!おまえ…っ!」

 肩を怒らせて立ちすくみ俺を見る友の手が、ぶるぶると震える。

ギリギリと握りこまれていくその拳を眺めながら、殴られる様を想像した。

止められる様な事も、殴られる様な事もした覚えがないというのに「殴られた方が良いのかも知れないな。」と考える俺が居て、最早何事もよくわからなくなっていた。

倒れた俺の足先に立つ友から視線を外し、そのまま頭上に伺える階段の踊り場の窓を仰ぎ見た。

そこから見える冬の空を見つめて、己の行いを見つめ直す。

しかしやはりわからない。あんなに怒られる様な事だっただろうか。

主観で言うなら、安易に時間跳躍に逃げようとしたけれど、他人から見れば、ただ制服を脱いで手洗い場に突っ込もうとしただけであって、止められる様な事はまぁしていたみたいだ。しかし怒られるような事の覚えはなかった。

 

ぼうっと思案に耽っていると、いつの間にか俺の頭のそばで屈んでいた友によってバサッと、伏せていた顔に何かがかけられた。

同時に、柔らかく暖かな何かが布越しに顔をグシグシと拭う。

その行為の意味はわからないが、度々鼻を防がれて息苦しい。

友「顔…インクまみれだぞ…」

 あぁ、そういえばそれを洗い落とす為に来たんだった。

グシグシと頬を鼻を額を擦られながら、うっすらと眼を開ける。

薄黒く滲んだ、白桃色の布を顔にかけられていた。

この色は、確か友のハンカチだったはずだ。

 

友「何悩んでるの。」

男「………。」

 

 答え難い事を訊きやがる。

友には話してやりたいが、そうなると女との事情にも必然的に巻き込まねばならなくなる。

友を庇いながら、あの横暴な女を相手取れるとは思えない。だからこそ話さないし、話せない。

 

友「…私のせいですか…?」

 

 「そうじゃない」とは、言い切れなかった。

知識と歪な記憶ばかりで、純粋に経験と呼べる記憶のない俺が、半端に友との思い出を育んでしまっているからこそ、俺の弱みになってしまっているのかも知れない。

でもそんな事……わかんねぇよ、俺だって。

贈る言葉が見つからず、ならばもう教室に戻るか、どこかへ立ち去ってしまおうかとも考えたが、先程まで冷水を被っていた上、後ろに飛ばされた衝撃も相まって、情けない事に全身がプルプルと震えてしまって上手く力が入らないでいる。

男「…ごめん、立たせて。」

 顔を覆って放られたハンカチをそのままにして、友が居るであろう方に手を向ける。

友「…ん。」

 そうしてとられた手で、肩を借りて立ち上がる。

その際、顔にかぶさったハンカチをとらなかったのは、ただ億劫だったからだ。決して、布の端から友の泣き顔が見えた故の情けなどではない。

男「……みっともねぇよなぁ、女の子泣かせて、そのうえ肩まで借りて。」

友「…うっせ……ボクは泣いてなんかない…」

 その上強がりまでさせちまうんだから、ホントみっともない。

男「僕、ねぇ……頼ってばっかな気がするわ」

 恥の上塗りのような俺の言葉に、友は声だけは笑って「いいってば!」と返すが、続く言葉に俺は思考が固まった。

友「誰の為にボクって言ってると思ってんだ…」

男「…さぁな」

 …そうか、俺は昨日生まれたばかりでも、他の人はそうじゃないんだな。

男「スマン、体調悪いから帰るわ」

 すると、他の人には今の俺じゃない俺との思い出もあるんだろう。

友「そっか、保健室行く?」

男「いいや。」

 なら、今ここに居る俺って、なんなんだろうな。

 

友「…ん。送ってく。」

 …友が求める男ってのは、誰の事なんだろうな。

男「悪いな、俺の為に。」

友「うっせ。ばっかやろう。」

 

 友は昨日と変わりない張りを取り戻し、楽しそうにそう言うけれど、俺は暫くハンカチを顔から外す事が出来なかった。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 担任に断りを入れ友と一緒に帰る間も、俺は何も喋らなかった。

 

一歩進むごとに、一つ呼吸を挟むごとに、乾きはじめた髪が冷たい風にゆれる度に、俺の中に不確かな記憶が産み落とされていく。

 

こんな不安を、友にまで分け与えたくない。

 

お前の隣に居るのは、お前の求めた俺じゃないなんて伝えられない。

 

俺自身、コイツと居る時ぐらい禍々しい事は忘れたい。

 

家に帰ったら日記を見よう。

 

昨日より以前の記録を確かめよう。

 

俺が何者なのか、確かめないと…。

 

せめて、隣から時たま男の様子を窺っては、何を話すでもなく楽し気に笑む友の求める男になれるように。

 

 

 




 友が慌てて男を怒鳴りつけて止めたのは、朝からなんだか異様に思いつめているのが見て取れた上に、手洗い場での行為が傍からみたら、男が手洗い場の窓から乗り出そうとしたように見えたからです。
そんな現場を見たら、多分僕でも止める。


※改稿情報
10/31/2016:脱字の補完。
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