女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
友「ふぇっ……」
玄関に入り三和土で各々靴を脱いでいると、友の方からそんな声が聞こえた。
友「ふぇっ……!!」
続けて、同じような情けない声が聞こえて、脱いだ靴の踵を上がり框に接するように並べながら友を見る。
声と同じく、なんとも情けない表情で固まっていた。
外と違って風が吹いていないせいで体感温度が上がったのだろう、おそらく、そのせいでくしゃみが出そうになっているのだ。
友「ふぇぇぇぇぇぇっ!!」
同じく靴を脱ごうとしていた友だったが、屈んで靴のかかとに添えていた手を放して、そのまま顔の前に両手を構える。
そう間を置かずして鼻からイグニッションファイアを起こすと察した俺は、取次から立ち上がって靴箱の上にあるティッシュに手を伸ばし、デッキから2枚をドローする。
瞬時に、中空を彷徨う様に構えられた友の手にソレを託す。
友「っくち!」
直後、そんなかわいらしいくしゃみが聞こえる。
盛大なくしゃみを覚悟していたが、最後には友の中の女の子な部分が勝ったらしい。
学校では周りを気にしない癖になんというか…
男「風呂使って良いよ。」
と声をかけ、すぐそこの手洗い場の奥、浴室の入り口を指し示す。
友「ふへ?あ、うん。ありがと…―」
じゅるじゅると鼻をかむ友だったが、ワンテンポ遅れてそれが止まる。
くしゃみは気にしたのに、後始末に伴う音は気にしないのか…
友「―…えぇぇぇぇぇぇえええええええええっ?!?!?!!」
耳元で叫ばれたものだから、つい「うっるさい…」と返す。
言われて気付いてか、「あ、ごめん。」と少し小さくなる友。
しかし、いやいやと首を振ってから「で、でででもさ」と慌てて続ける。
友「あのーそのーいきなりー、ねぇ?お風呂を、お、お借り?するのってー…ねぇ…?」
言いながら、普段から血色のいい友の顔は寒風に晒された時から輪をかけて真っ赤に染まっていく。
一瞬友の言わんとする事が理解できなかったが、その表情の変化から察して「…あ」と納得の声が洩れる。
いやはや、でも此方としてはただ「寒かろうから温まってけ」というつもりでしかなかったので、そこまで顔を赤くされるほどの事では…いや…顔が真っ赤…うむ。
己の口元が釣り上がっていくのをハッキリと感じた。
男「顔赤いぞ?やっぱ友の方が風邪引いちまったんじゃねぇの?」
友の額に、俺の額をくっつけた。
察するに、友はきっとこの男という存在を憎からず思っている筈だ。
その男とは中身や前提が色々と異なるであろう俺だが、構うものか、俺が求めるからこそ友にそばに居て欲しいのだ。
その為であればなんであれ利用してやろうではないか。昨日学生として生まれたばかりだからか、これといって何かを強く求める事も出来ないでいるが、友に関しては別だ。俺の日常としてそばに居て欲しい、だからこそ、卑怯な手段を厭わない。
俺自身こんな事をしている状況への羞恥もあってか、自身の体温も上がっているのを感じる。
しかしその恥ずかしさを悟られない様に、じんわりと熱が増していてもそれほど熱くはなっていなかった友に、「おわっ!あつっ?!」と大げさに反応しながら顔を離す。
男「熱か?!友お前、風呂入らずにそのまんま寝たほうが良いんじゃないの?!」
自分ではわざとらしいと感じた演技だが、冷静ではなくなっている友にはそれもわからないようで、俺に言われた言葉だけを意識して「へっ?へっ?へぇぇぇぇええっ?????」と混乱の只中にあった。
自分でやった事だというのに、そんな反応を示す友に「爆発でもするのではなかろうか」と細やかながら心配してしまった。
やがて、目を白黒させて顔を真っ赤にしていた友は、パクパクと口を開いて、何かを言おうとし始め――
友「あ、いや、お、おおおおお、お風呂いただいて行きますすすすす!!!」
――そう声を上げて、玄関ホールから見えていた手洗い場に駆け込み、音をたててドアを閉じる。
それを見届けて、今の叫びは最後の辺り一体どうやって声に出したのだろうかと、下らない事を考えながら友の脱いだ靴も踵を上がり框に向けて揃えておく。
廊下を進み戸を開けて入ったリビングから、給湯器の操作盤を押して設定温度を少し下げておいてやる。
友が風呂に入っている間、濡れたまま生乾きの服を適当に脱ぎ散らかしながら、2階の自分の部屋へ戻ってゆく。
ふと、階段を上りきったところで階下を覗く。
男「……俺一人だったら、いっつも脱ぎ散らかしたまんまになるはずだよな…」
昨日もこうして脱ぎ散らかして自分の部屋に戻った…気がするのだが――いや、まて、
つまり、脱ぎ散らかしてはいなかった…のか…?けど、俺の記憶では…
せっかく2階まで上ったのだが、友もそのまま上がってくると思ったので、濡れたままの制服を甲斐甲斐しくも回収して、手洗い場の中、浴室入り口横の洗濯機に放り込んでおいた。
その際、友の為にタオルを棚から出して、浴室の折りたたみ戸の手すりにかけておく。
そのタオルを使う様に戸越しに声をかけて、再び自室を目指す。
黙々と自室に戻り、流れるように日記を掴んでベッドに潜り込む。
奇しくも友を待つ間の時間が空いたので、その間に軽く過去の日記をチェックする。
布団で全身を隠しながら、日記と一緒に掴んだ机の引き出しの奥底で眠っていたペンライトで照らしながら日記を開く。
読み耽ろうと思ったところで、逆手に握り締めたペンライトをみつめる。
こんなものを机の中に入れた覚えは無い。
第一、机の引き出しを開いた覚えが無い。
男「…今はいいか。」
便利なものを置いておいてくれた、どこぞの誰かに感謝した。
――――――――――――――――――――――――
一昨日の日記に眼を通す。
何も書かれていない――ように見えたが、気のせいだった。
男「………?」
まっさらだった様に見えたページだが、そこには確かに俺の筆跡で文字が躍っていた。
―今日、センセーに本を全品没収された。―
―「後で使うんですか?」とこっそり訊いたら泣かれた。あんまり女性をいじめるもんじゃないな。―
男「………ふむ…」
覚えが無い。
しかし、昨日の俺の性格からしてありえるのだろう。
なんというか、その様が容易に想像できてしまった。
今度から、ちゃんとセンセーの授業聞いてやろう…
男「……なんでこんな下衆野郎を作ったんだ…」
深い溜息を吐きながら、思わず頭を抱え込むが、思い直して姿勢を直す。
もぞもぞと動いたせいか、毛布の下に日記が隠れてしまって少し探すのに手間取った。
意地でも布団という殻から外に出たくないと考え始め、そんな己の幼稚さに更に呆れた。
別に外にお化けが居る訳でもなし…――
――顔を覗かせた鼻先で、真っ白い顔の誰かが俺を見ている様子を創造した。
男「………」
あ、やだ。トイレいっときゃ良かった…。
急に違和感を覚えた下腹部に鞭打ち、更に前の日記を読む。
何も書かれていない―――ように見えたが、やはり気のせいであった。
ちらちらと、思考の端に蒼い光が混ざり込む。
余程、俺は過去に逃げたいのだろうか。
逃げた先でも、結局はこの作られた未来が待っているはずだというのに。
己の心の弱さを意識しながら、日記に記された字を視線で追いかける。
―5日後に、友とデートする約束をした。―
唖然。
思考が停止した。
その下に”化石展”だの見えたが、そんなことよりデートだ。
俺が?!俺が誘ったわけじゃないよな、誘うか?!えっ!!誘ったの?!?!
事情により思い出せないとはいえ、俺が友をデートに誘ったというのは事実らしい。
あ!いや、待て待て…この俺は俺じゃなくて、そして今の俺は俺でえぇっと…あぁもうわかんない!俺ってなに?!
いやまて落ち着け俺、デートだぞ、友とのデート。
というか、日付から見て―
男「―明日じゃねぇか…」
友「そうだねぇ。」
布団越しに、横から声がした。
友の声だ。
肩に軽くもたれている。
湯上りだからか、暖かさがすぐに伝わってくる。
バクバクと、自分の胸がうるさい。
冷や汗が手からにじみ、ペンライトを滑らせ、日記を湿らせる。
やばいじゃないですか。こんな所で日記を読んでいるとバレたら、何故ここで読んでいたのかを問われるだろう、その問いにはまた誤魔化しを用いればいいだろうが、それが確実に成功するとも限らない。
誤魔化しきれなかったら、下手を打てば今の俺の事情を全てとは言わずとも色々と説明しなければいけない。
そうすると必然的に、俺を監視しているあの女まで関わってくるかもしれない。というか今も俺の思考は女に筒抜けかもしれない。コレは不味い。
何が不味いって、友が部屋に入って来た事にすら気付かない程、俺が切羽詰っているという事だ。そんな状態で上手く誤魔化せるとも思えないので、隠蔽工作を図る。
ゆっくりとペンライトの電源を切る。
俺たちの間に漂う毛布越しの沈黙を揺るがさないように、ゆっくりと。
友からのアクションを待つが、その期待に応えてくれるのだろうか。
ここはいっそ、俺から動いて―
友「―こういうの、さ……明日、するもんだと思ってた。」
男「えっ?あ、あぁうんうん!」
こういうの?!こういうのってなんだ?!えっ!!この空気にヒントがありますか?!
俺の挙動不審な反応も、毛布という物理的なフィルターがこしてくれているからか、友は特に難色を示さない。
友「明日さ…一緒に化石見て、会場でちょっとご飯食べたりしてさ。」
男「………」
な、なんか、俺から喋れる雰囲気じゃないな…
あ、いや、ここは情報を引き出すために聞き手に徹するか?
そんな打算的な俺の思考を知ってか知らずか、友は優しく語り続ける。
友「一緒に感想言い合いながら帰ってさ、途中で食べ歩いたりもして」
ふふっと、一息ついて一拍置くような友のしっとりとした笑いを聞く。
友「買い物してどっちかの家に二人で行ってさ、料理食べながら一緒に夜を越すんだと思ってた。」
またも一拍置くようにして、ふぅと一息つく友は「でも」と前置く。
友「今日一日の男を見てたらさ、なんか、『デートの事は明日相談しよう!いや前日に相談しよう!』って限界まで先延ばしにしてた話も出来なくてさ…」
布団越しに感じていた重みが小さくなり、此方にもたれるのを止めたのだと察する。
友「やっとタイムトラベルの事を話さなくなったなぁと思ったら、ずっと思い悩んだ顔して、さっきはあんなことしたっしょ?」
あんな事、とは、水をおっ被ったあの事だろうか。それとも無理してキザな振りして友を風呂に行かせた事だろうか。
友「……力になれるかなぁ~。って、ここまで来たけどさ、言葉に出来ないような悩み…なんだよね…?」
そこまでバレているなら、きっと、俺が友の求める男ではないという事も、いつかは暴かれるのであろう。
もぞもぞと、布団の向こうで動く気配がして、友の吐息がより近くに感じる様になった。
友「1回だけ…だったら、嫌な事忘れる為だけに、ボクの事―」
はぁ、と吐息一つ。
友「―使っても……良いよ…?」
布団を跳ね除け、友の方へ振り返る。
友はアンダーシャツにスパッツという、おおよそ動きやすく脱ぎやすい格好で俺の横、ベッドの上に腰掛けていた。
俺は…友のその献身的な行為と、揺れる瞳を見据えて、小さな肩を掴む。
見てわからない程だが、友は小さく震えていた。
男「友……」
静かに、噛み締める様に友の名を呟く。
それを聞いて、ゆっくりと瞳を閉じる友。俺も瞳を閉じて、感じた事を言葉に乗せる。
男「―予定に食い物が多すぎだ、太るぞ。」
まったく、食い意地ばっかり張りやがってと友を思うと「えっ」という呆けた声が返って来た。
瞼を開けて目の前を見つめると、間抜けな顔を晒して震えもなくなった友が居た。
その瞳はうるうると揺れ始め、表情もくしゃりと歪む。
友「ちょっ、せっかく頑張ったのに、デリカシーってモンが…っ」
男「安心しろ、明日のデートはちゃんと行くから。」
友の肩に置いた手を、そのまま滑るように腕を撫でて下ろし手を重ねる。
男「ちょっと俺にしか解決できないような悩みだったんでな、ホラ、タイムトラベルのさ。」
そう、きっと、コレは俺が、俺自身がどうにかするしかないんだ。
折り合いをつけるなり、諦めるなり、足掻くなり。
男「だから、友にはあんまり背負わせたくなかったっていうか、な。」
勝手だと思って笑ってくれればいい。ただ、そばに居てくれるならそれで。
友「………っ」
男「ちょ、ちょい待ち!!」
顔を覆って泣き始めてしまった友。
慌てて友の手にあったハンドタオルで涙を拭おうとすると、バシンと重ねていない方の手でそのタオルを弾かれた。
友「ばかっ!グスッ…そんなもんで拭いた…ら、眼ぇ痛めちゃうだろ!」
男「あぁ~はいはい、指で拭うぞ?すぐに泣き止まないとびっしゃびしゃになるからな。」
そう言ってタオルを置き、手で友の頬に触れる。
親指でゆっくりと涙を拭いながら、「馬鹿だ馬鹿だ」と繰り返す友の言葉に耳を傾けていた。
友「ばか…ばかばかっ!ばっかやろう!!心配したんだぞっ!ひぐっ…頑張ったんだぞっ…!」
ずっと泣き顔を見るのも申し訳ないので、頬に添えた手はそのまま、友を胸に抱いて空いた手で背中をトントンと叩く。
俺ではない誰かを思って泣く友に、俺がこんな事をする資格はあるのかと、そんな事ばかり頭の中で渦巻くけれど、けれど友は今、俺の目の前で、俺を見て泣いてくれているんだ。だったら衒う暇なんてないだろうに。
友「わ”だっ、じの、……ぜいっ、だっで………ずっど…」
お前のせいであるもんか。誰かのせいだって言うなら、俺をこんなにも半端なままで放った奴か、俺自身のせいなんだ。
けど、今友が泣いているのは確実に俺のせいなんだろう。
だったら、今この友の涙を俺自身に刻んで、せめてもう迷わないように。
男「あぁ~はいはい、もう泣くな泣くな。手がべしゃべしゃじゃないか。」
友「う゛る゛っ…ざいぃっ…」
そんなに泣いてくれるなよ。
お前を信じていたくなるじゃないか…。
お前の為に、頑張ってしまいたくなるじゃないか…。
リア充爆発しろ。
※改稿情報
11/01/2016:衍字の修正・難読名詞にルビ生成。