女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
―それじゃあ、今言ったとおりにお願いするよ。―
《
彼と友さんとがいちゃこらいちゃこらしている間、彼の部屋を肉眼で捉えられる場所にて、私と異世界のあの方とは暗躍に従事しておりました。
彼の部屋は今朝からずっとカーテンが閉じられており、私を追い出す際に乱暴に閉めたきりのようで、少し隙間から部屋の中が覗けますね。
しかしその僅かな隙間めがけて目を凝らせば、何やらベッドの上で向き合っているのでしょうか?仲睦まじそうなお二人が窺えます。
…ふふふ、うふふ。他人が手助けをしようとしているのに、そんな事もつゆ知らずにご本人は彼女さんといちゃいちゃいちゃ…あらあらうふふふふ………
女「不公平だよ…」
思わずそうボヤいてうつむけば、開いたままの《蝶の標本》に「ぼやかないぼやかない…」とたしなめる文字列が記される。
そうですね、いけませんいけません。本人に頼まれて動いているのではなく、我々が我々の思惑で勝手に暗躍しているのですから。
そのために監視する必要があるとはいえ、今《蝶の標本》に記される対象としているのは彼と異世界の彼。
そのせいで異世界の男さんとの順序だった会話も、こちらの世界の彼のなんとも桃色なんだか灰色なんだかハッキリしない思考の断片のせいで、かなりの滞りをみせている。
…えぇい、なにくそ!何故そこで誘われるまま押し倒さないのですかヘタレめ!
―あー…。おーい?俺も読んでるんだよー?―
…失礼いたしました。
いやはやしかし、独りでグズグズ考えるしか出来ないくらいなら、さっさと腹をくくって彼女さんを巻き込んでしまえばいいのにと…こう…やきもきするというか…
監視されている事を疑うなら、もうスッパリと割り切って手を出すなりしてさっさとこの文章を終わらせて欲しいと言いますか…所詮私は他人ですので、こんな事願う時点で余計なお世話なのでしょうけれども…あぁっ!もう!ヘタレ!
―俺だってぼやきたいよ……―
私と同じく、彼の思考を追いかけて嘆く異世界の男さん。
話を聞くに、どうやら彼の世界では友さんとやらはいないらしい。
というよりも、同性と遊ぶのが一番気兼ねないお陰で、周りに異性が寄って来ないとかなんとか。
色恋に特出した話はめっきり無いが、男子生徒らしい学生生活をきままに楽しんでいるそうな。
―俺の世界には、君みたいな悩みを共有できる相手も居ないんだよなぁ―
今後に私たちのすべき行動を明確にせんと夢中に会話していたせいか、合間合間に世間話を挟みこむ程にはお互いの事が知れるほどになりました。
女「それは残念ですね。私としては、貴方となら時を越えて茶話会等を設けてみたいというのに。」
―時どころか世界も超える必要ありそうだから、規模がおかしい事になるな―
一つ苦笑し、彼の居る世界を夢想する。
彼いわく、私の居るこちらの世界は「とんでもない」そうだけれど、話を聞く限り私からすれば彼の世界の方がとんでもなく思える。
私がこちらの世界の彼に語ったように、この《蝶の標本》が他の
もしかしたら私が知らないだけで、こちらの世界にも彼以外の時間渡航者が大勢居るのだろうか?そう考えると先程異世界の男さんの言葉で出た、ただでさえ難しそうな「世界を超える」という行為がより一層危険をはらむものに思えてしまう。
私の守りたかった思い出、守り切れなかった思い出を探し出すためにも、時だけでなく世界を超えるという手段は押さえておきたいのですがね…。
―そう簡単に世界を超えられると野蛮なトラベラーが紛れ込んだり、悪意あるタイムトラベラーを大勢見過ごしたりしそうだ。―
当たり前のように悪意ある時間渡航者の存在を示唆する異世界の男さんに、「ずいぶんと物騒な世界なのですね。」と声が洩れた。
彼の世界にもあるこの《蝶の標本》の出現条件とは何なのだろうか。
私はあの人が持っていた本に似ていたから手にしたのがきっかけでしかないが、私ですら把握できていないこの《蝶の標本》の性質を理解した上で手にした人は果たしてどこかに居るのだろうか?
―……あのさぁ―
《蝶の標本》について考え込んでいると、そんな文字列が本に記される。
あれから通しで話し続けているせいか、どんな短文でも彼のものなら見抜けるようになってしまいましたね。
「はい?」と声に出して話を聞く姿勢を示す。
―その…《蝶の標本》って言いまわすの、一々めんどくさくないかい?―
女「なっ!」
なっ
女「何を言うのですか無粋者!!!」
触れてはいけない触れ方をしてしまいましたね!!
そもそもこの呼称は
手間は承知で遠回りに指すからこそ意味があるのであって、それを煩わしく思って安易な名称にしてしまったら、それこそはたから話を聞いていたりする人らに「この本は特別な物なのだ」と示すことになってしまうではないですか!
あくまでも、外見上これはただの本として見せかけなければいけない以上、私のこの暗喩名称は最良の選択肢であり、最善の判断から導かれる呼称となるわけですよ!
しかし暗喩名称があまりにもイメージとかけ離れた物であってはいけないからこその「蝶の標本」という
そして何よりこの”暗躍している”と実感できる感覚こそが大事で、モチベーションの維持に直結するんですよ!
であるならば、今この時協力体制である貴方もこの認識を共有すべきであって――
―ごめんなさい、悪かった、許して!そっちの俺の思考も書かれてっから、今こっちの本が一瞬で3Pぐらい埋まったんで!!勘弁して!!―
女「ふんっ!わかればよいのです。」
きっと今頃彼は、この暗喩名称の素晴らしさについて纏められた数項程の論文に目を通して、余りの慧知にそれを賜されたことに喜びの涙を流しているはずです。
―いや、ごめん。目も通さずに流した。―
女「………」
―ぎゃぁぁぁ!!勘弁してください!!追いかけるの大変なんだって!!―
世界をまたいでそんな他愛も無い会話を続けているのだなぁと、下らない事でふざけている割に彼の言う通り規模のおかしな現状を思って、つい笑ってしまう。
これから行動を起こすのに必要な分の情報交換はあらかた済ましてしまったし、お互いに強く共感できる部分の有る時間渡航者と話が出来て嬉しいのだろうなと、自身と彼を断ずる。
そんな事を考えている内にも、ホラ。こちらの世界の男さんの無為に自罰的な思考に混じって、あちらの世界の男さんの現状を楽しむような思考が記される。
やはりこの方とは気が合う。お互いに現状を楽しむ癖の波長が近いのでしょうね。
さて、ふざけるのもこれくらいにして、暗喩名称について述べた私の思考を「疲れる…」と思いながらも律儀に目で追っているらしき彼に、改めて「今日の所はもう大丈夫ですかね」と思考を送る。
少し間を置いてそれに気付いた彼は、「まぁ、大丈夫でしょう。」と軽い文言を記される。
―もう今日は疲れてそのまんま眠っちまうみたいだし、寝てる間にタイムトラベルでもしない限りはもう今日の監視は解いていいんじゃないかな―
う~ん…彼の場合、疑念を晴らせたわけでもなく、眠っている間に時間跳躍を行わないという確証も得られていないのですが…しかし、大丈夫と断じられるならその判断に今日の所は甘えましょうか。
女「では、私は一度家に戻りますね。」
―うん、俺たちが動くとしたら、多分明日のデートとやらの最中になるだろうから、帰って少しは寝た方がいいよ。―
そんな気遣いに、私は笑みを浮かべる。
私たちは、あるタイミングで二人同時に過去へ飛ばないといけない。
そのタイミングをずらした時に、どうなってしまうのか想像は出来ない。
いつか、こちらの世界の彼は必ず時間を飛ぶ。
その直前で、私と異世界の彼とで待ち伏せる。
彼は《蝶の標本》越しに、私は直接顔を見せて、こちらの彼と接触する。
そうしないと、この誰かに管理されている世界から彼は抜け出せないそうだ。
このまま彼がこの世界から抜け出せないままでいると、やがて自意識は潰えて、身近な人の言いなりに動く事しか出来なくなってしまう恐れがあるとか。
それがただの一般人であるなら、私達はここまで騒ぐことも、対処に動くこともしないだろう。
しかし彼は時間渡航者である。誰かの言いなりにしかなれない時間渡航者となると、悪意ある人間に操られやすくなり、私や異世界の彼の障害となりえるから。
だからこそ、彼にこの世界の外への道を示す。
きっと彼はそれを求めないのかも知れない。けれど私達は現状を放っておくことも、これ以上安易にこちらの世界の彼に接する事も出来ない。
だからこその強硬策である。けれど、あながち彼がこれを拒むとも言い切れない。
彼自身、自身の現状を変えたがっているし、把握したがっているのだもの。
だからこそ、最後には彼の選択に委ねることになるが、今居るこの世界の外への道を示すにとどめる。
それ以上は、勝手にやったことだとしても彼を”助ける”とは言い難い。
結局、彼が置かれている”他人が求める様にだけ動けばそれでいい”という現状と変わらないのだから。
だから、別に私達が示す道を選ばなくとも、立ち止まって腐っていないで自身で選択なされるようになられるなら、それでいいのです。
その上で私の目的を理解して協力を断るというのであれば、私だって諦めがついて、他の時代や平行世界に跳ぶなりして新たに協力者を探せるというものです。
―悪いね、そっちの俺が。―
数項程度に及ぶ、私の思考によって綴られて”素晴らしい暗喩名称表現法”と銘打った論文に眼を通しながら、あちらの彼は言う。
女「何を言うのです…こちらとそちらの貴方は前提こそ違えど、同じ存在なのでしょう?」
私は貴方を助けたい、貴方は彼を助けたい。だから私も彼を助けるのです。
平行世界へと跳躍出来る可能性について、ただでさえ私は貴方に借りがあるのですから。
―……なら、”悪いね”より、”ありがとうね”の方がいいか。―
女「謝罪も謝礼も今は結構。そういったことは結果を出してからお願いします。」
―………。―
―…絶対、助ける。―
女「…はい」
心なしか、もの悲しい沈黙を肌で感じた。
この空気は苦手なので、ふぅと白く息を吐いてから話を少しだけ変える。
女「…こちらの彼は、明日、デートだそうですが。」
―だぁ~…そうなんだよなぁ……―
―はぁ……俺と一体何が違うんだ…―
女「前提が違うのでしょう?」
「彼のようにヘタレてみてはいかがです?」などと《蝶の標本》越しに軽口を叩き合いながら、私は来たばかりの監視に使っていた場所からゆっくりと離れる。
空はいつか見たような濃紺の暗幕を中天から吊るし、地平線をぐるりと縁取って燃えるような明かりが沈んでいく。
結構遅い時間になってしまったから、義父さんや義母さんは心配しているだろうか?
いや、あの仲のいい夫婦の事だ、人目を気にせずいちゃつけて少し嬉しいのではないか。もしかしたら義姉が心配しているかも知れない。
「こんなものは考え方1つだ」と一蹴して、足取り軽く帰路へついた。
けれどその日は義姉は帰って来ず、養母さんは「もういい歳だし、早ければそういう事もあるだろう」と笑いながら、見せつける様に養父といちゃついておられる。
人目があろうがなかろうが関係ない養親を見て、今日はやけに他人のいちゃつきを見せつけられる日だなと憤りを感じた。
あとがきは「ネタが無い」のではなく、「ネタが思いついた時しか書かない」だけなので、何も書かれなくなってもご安心ください。