女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
確かめよう。
男「確かめよう。」
目の前にあるこれがなんなのか,
俺が見た夢はなんだったのか。
確かめよう。
幸い、目の前に化石の現物がある。ならそれを持って時間を跳べば、ソレが化石となる前の、生きていた時間に戻れる筈だ。
もしも偽物だったなら、それを作った人間を辿って情報の元を洗えば良いだけだ。
そしてここにある情報全てが作り物であったなら、ソレはソレで良いんだ。
俺が、ただの作り話に影響されて、ソレを夢に見たってだけなら、ソレはソレで良いんだ。
だから、確かめよう。
拳を振りかぶり、小石のようなソレである隕石のかけらが収納されたガラスケースに殴りかかり、バキリと――
女「そこまでです、タイムトラベラー!」
男「………」
――思考の端、青い銀河のイメージを見る。
拳で叩き割る前に、俺とケースの間にアイツが現れた。
男「……また…か」
まただ、
男「…また………か…ぉ…」
またなのか、
男「…またかよぉっっっ?!?!?!!!!」
振りかぶった拳を、突然俺の前に現れた女に向かって振り下ろ――
――思考の端に、蒼い銀河のイメージが割り込む。――
――突き出したはずの拳は、体の後ろで縛り上げられ、俺は床に組み伏されていた。
女「…痛かったですよ。」
ペッと、床に押し付けられた視界の端、赤黒い粘質の液体が塊となって落ちた。
男「…おまえ…おまえぇっ!!」
首も床に押し付けられているが、構わず声を張り上げ、身を捩る。
男「知ってるんだろ!!俺は何なのか!!俺がコイツを夢で見た理由も全部わかってるんだろ!!」
固められた腕が熱い程に痛く、肩もギシギシと嫌な音を立てる。
男「俺の中でうじゃうじゃ増え続けてる記憶だって全部!お前の仕業なんだろうっ?!?!?!」
俺の上にのしかかっている女に向かって叫び続ける。
その叫びに「ごめんね」と、友が謝った。
友「ごめんね、男。ごめんなさい。」
男「……?…」
友の突然の謝罪に、赤く染まっていた俺の思考は、少し冷静になっていく気がした。
が、しかしそんなものはまやかしだと言わんばかりに、頭の中では「何故」「何故」と問う言葉ばかりが空回る。
何故だ、何故友が謝るんだ。お前にそんな声を出させたかった訳じゃないんだ、何故謝るんだ。何故、何故。
友「全部…全部私のせいです……」
違う、そうじゃない、お前に謝らせたい訳じゃなかったんだ。
男「…待て、何を言―」
女「貴方は少し黙っていなさい。」
友を制止する為に首を向けて顔を上げれば、うなじの辺りに女の足だろうか、何かを強く押さえつけられて顎が開かない様に床で固定される。
男「ぐっ…友…な、」
友の姿は見受けられる、しかし声を出せない。
それでも叫ぼうとして喉が千切れる程声帯を振るわせるが、後ろから頭ごと固定されているせいで顎は開かず、声は言葉にならない。
友「全部……私の勝手なんです…」
言葉の意味はわからない。いや、わかりたくない。
友「全部……私が作ったんです…」
嫌だ、聞きたくない。
友「全部……全部、全部…」
友、お前何言って―
女「やっぱり、貴女だったんですね。」
俺のうなじに足を乗せて首を固定し、腕も固めたままで、女は言う。
友「たはは…女ちゃんにはわかってたか…」
あぁクソっそうか、コイツは俺の知らない所で友に接触して…
女「貴女は何故、私を義妹として受け入れたのですか」
男「…は」
一瞬、コイツは何を言っているんだと呆ける。
女の顔を見ようにも、首が回せないので確かめられない。
妹…?女が友の…?
友「あぁ、そっか。この世界に分岐する前の私の思い出だから、そういう事になってたんだっけ。」
女「…つまり、貴女は私を受け入れた訳ではない。…と?」
友は友で、理解を超えた言葉を並べている。
誰か、俺にも説明をしてくれ!
そう言う為にもがくが、固められている場所が酷く痛み出すだけで、抜け出せそうにはなかった。
友「ううん、女ちゃんが
聞いた事も無い友の挑発的な声に、俺の上に居る女は息を飲んだようだった。
女「…それは出来ません。私にはやるべき事がありますから。」
友「そっか、じゃあダメだね。」
それは、冷酷な響きを内包していた。
コツコツと、友の穿く黒いジーンズが近づいてくる。
友「だから、男…―」
友の顔は見えない。
友「―ごめんね。」
その言葉を聞いた直後、俺を抑えていた重さが背中から消えた。
考える余地無く飛び起きて友を見る。
男「い……ない…?…」
いくら見回しても、友と女と、隕石ブースが見当たらない。
トサッと、何かが俺の背中から滑り落ちた。
振り返って下を見ると、あの、《閻魔帳》が落ちていた。
手に取って、周囲を見る。
男「なんで、ここに落ちてんだ…?」
えっと、この本は確か…誰が持ってたんだっけ?
というか、なんで俺はここに居たんだったか…
「はて?」と頭を掻き床に敷かれた矢印に倣い、ヒト属ブースを出る。
順路の先には「お疲れ様でした」とポールに書かれた出口と、その横手に入った時とは反対から土産屋のコーナーが覗えた。
土産屋越しに、出入り口から外の明かりが見えている。
男「あぁ、大回りしたのか…」
一応、展示物には全て目を通したので、そのまま出口を目指す、
確か腕にコートを抱えていた様な気がして、本を持っていない方の手を見るがソコには何も無く、むしろ冷え性でもない男の俺がコートを着る程の気温でもなかった事を思い出す。
コースの終わりをとぼとぼ歩いていると、珍しく空腹になっている自身に気付いた。
…ん?珍しくもないか、育ち盛りの男子高校生だしな。
そう言えば、今日の昼には両親が帰ってくるんだっけ。
年末に家を空けたくなくて、出張も泊まり込みも年を越さない様に調整しているって事らしいし、暫くは家にいるんだろう。
そしたら、今日の晩飯は期待出来そうだなぁ。
母親の料理を思い出すと、なんか急に家が恋しくなってきた。
さっさと帰るか。
コースの出口を抜けながら、家でありつけるであろう晩飯に心が踊るわけですが、手元に余った入場チケットの半券はどうすっかね?
お手頃価格でペアチケットを手に入れた訳だけども、化石の趣味で話が合う友人は居かったし、ましてや彼女なんてもっと居ないしで、結局一枚は机の引き出しの中に眠らせてるんだよなぁ。
まぁ、普通にチケット一人分買うのと比べても安く手に入った品だし、一枚余った所で懐は痛まんから別に良いか。
そんで、この半券はどうすべきか。
男「あ、すいません。」
そう声をかけて、出口のポール横で逆入りを制止させていたスタッフに半券をどうすんべ?と訊いた訳だが、これ自体は再入場しないのであればもう捨てて良いらしい。
「よろしければ、此方で預かる事も可能ですが、いかがなさいますか?」と訊ねるスタッフに、なんだか変な貧乏性が働いて「あ、大丈夫っす」と断ってしまったが、預けておけばよかったなぁと切に後悔。
でもこの程度の事で一回断ってから改めて頼むってのもなぁ…
はぁとため息を一つ吐いて、今日もなんだか些細な事に悩んでんなと思うわけです。
しっかし、ホントに腹減ったなぁ…
家まで持つか、ってか晩飯まで持つのか?俺。
男「うーん…やっぱ、何か買ってくか」
うん、そうすんべ。と、横の土産屋へと進路を変えて、半券をポケットに直しながら何か無いかなと少し心躍らせる。
――――――――――――――――――――――――
店員「おんや?あんちゃん彼女さんはどうしたんだぃ?」
饅頭の棚を見ていると、土産屋のやけに言葉使いが独特な店員がそんな事を言った。
誰に言ったか知らないけど、あんまりそういうのに踏み込むのはどうかと思いますよ。
彼女なんて居ない俺ですら、ソレを聞いてなんだか胸に寒風吹き荒ぶ感じがするんだもの、当人はメチャ辛いでしょうよ。
「まぁ、俺には関係ないけど」と、視線を足下の平棚に落として、そこにあったアンモナイトの焼印が押されたサンプルを見つめる。
ぎゅっと、後ろから肩を掴まれ、少し驚いてそちらに振り向くと――
店員「…まさか、振られちまったんかぃ…?」
――え
男「え」
店員「いやいや!何も言うなぃ!ほれっ、この【餡も無いとっ!饅頭】一個くれてやるからよぅ!」
「元気だしなぃっ!!」と店員は続けながら、饅頭を俺の手に握らせ、己の恋愛遍歴を語り始める。
彼…女…?
俺にはそんな風に言える相手は居ない…むしろ周囲に異性が居なくて…
そばに存在しない人間に振られる様な覚えもなくて、店員からの話を黙って聴いていた。
曰く、「傍から見る分には、よっぽどのへまをしない限りは嫌われないくらい、あんちゃんらは仲が大変よろしそうだったんだがねぇ」との事。
続けて語られる、その存在しない筈の俺の彼女とやらの特徴や手を繋ぐ際の初々しい表情を聞いて、俺の中に不確かな誰かの輪郭が浮き上がる。
暫し呆然とした後、俺は土産屋から駆け出した。
男「店員さんっ!ありがとう!!」
店員「おぅっ!がんばんなぃっ!!」
俺は、何故忘れていたのだろうか。どうしてこんな大切な事を忘れていたのだろうか。
たった数分とはいえ、友の事を忘れてしまうなんて…
ソレに気付いた今、情けないが涙が零れそうになった。
友と笑い合った事、友と触れ合った事、友と一緒に食事をした事、それらを偽物の記憶にされたくなかっただけであって、決して忘れたかった訳では無いと言うのに。
会場を飛び出し、大通りに出る。
道路の先、少し離れた曲がり角に入っていく空車のタクシーを見つけ、歯を食いしばってソレを追いかける。
俺の前から、友は消えた。
俺の中から友の記憶も徐々に消えている。
―けど、
男「―けど、完全じゃない!」
希望が見えた気がした。
男「すいません!すいませーんっ!!」
大声を張り上げ、自身でも驚く程の脚力でタクシーを追いかけ、《閻魔帳》を持った手を振り上げる。
暫く走った後に気付いたらしきタクシーは、次の優先道路に進入する暫く手前で停車して、後部のドアを開けた。
そこに飛び乗ると、「すみませんね、全く気付きませんで…」と運転席から申し訳なさそうにバックミラー越しに謝るドライバー。
男「いえ、大丈夫です。」
自宅の住所を告げて、すぐに発進して貰う。
そのまま、俺は後部座席で《閻魔帳》を開く。
友、友、友、友と念じ、何度も何度もページを捲った。
しかし何も浮かばなかった。
男「…っ!!」
歯を食いしばる。ギリリと顎が鳴る。
いや、まだだ。
今度は女、女、女、女、女と念じてページを捲るが――
男「――何も…出てこない…?」
愕然とした。
この本には、そんな特殊な力など無いのではないか?
そう考えて、今度は目の前の運転手の事を意識してみれば、《閻魔帳》にはその運転手の過去の出来事について記された。
直近の項目には、「バックミラーを確認したお陰でノルマを昼の内に達成した。」と記されていた。
きっと俺を拾った事なのだろう。よく見れば、タクシードライバーをしていない世界の彼の過去まで記されている。
続けて俺自身の事を意識すると、凄まじい勢いで文字が書き変えられてゆき、かなり先のページまで埋まってしまった。
なんとか追いかけて最新の項目を見ると、先程の俺の思考がそのまま記されていた。
つまり、確かにこの《閻魔帳》には任意の対象の過去を記す性質があるという事だ。
では何故、友や女の事は記されない…?
「まさか消えてしまったなんて事はないだろう」と考えるも、化石展の会場にて友から預かった筈のダッフルコートが俺の手から消えていた事を思い出し、嫌な汗が背中をつたう。
「家に戻れば、友が居るのではないか?」と期待も抱いたが、その楽観は、ゆっくりと薄れていく友との記憶に因って塗り潰された。
「では友の家に行けば、友の両親に会えるのではないか」その手段は、友の家の場所という記憶が無くなってる事に因って潰えた。
段々と、友自身の姿すら再び記憶から薄れていく事を認識して、後部座席に沈みながら俺は唯々焦る事しか出来ないでいた。
こっから、話がややこしくなっていきます。申し訳ない。
あ、次回で弐章も終了です。
またまたINTERLUDEを挟んだ後、参章が始まります。