女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
刻々と歪みゆく記憶の中で必死に友の情報だけ手繰り寄せながらタクシーに揺られていると、伝えた場所に着いたのか、ドライバーから声がかかる。
もしも夕食まで持たず外で昼を摂りたくなったらと、念の為に多く入れていた財布から…――
――いや、違う。友と出かける為に多く入れたんだ……いや、それも違う。そもそも友と出かける予定だって前日になって俺は知ったんだ!
一体どの記憶が俺の記憶なんだ?!
せめて俺自身の記憶をリストアップ出来ているなら、頭の中で混線を起こそうが多少なりともマシなのだが…
…そうだ、それだ!日記だ!
というよりも、そもそも日記を確かめる為に家に向かって…いや違う…違ったか…?
クソっもう記憶を整理できないっ…
頭の中で、友と居た3日間と、それ以前のモノとして蠢く様に増えていく身に覚えのないものと、友や女が消えてからのものとで記憶が其々混線し、全く整理がつかない。
財布を持って頭を抱える俺に、ドライバーは手持ちが無いと勘違いしたのか、「待ちますので取りに戻られてはいかがですか?」と声を掛けてくる。
男「あ、すいません。コレでお願いします。」
とにかく、多めに入れていた財布から数枚の紙幣を出し、多めに支払ったソレを見てから「お釣りは結構なんで!」と断って、開いているドアから飛び出し、目の前にある自宅の玄関扉へとその勢いのまま突込み、財布と《閻魔帳》を其々持った両手で扉に手を突いて跳ね返り、そのまま扉のノブを掴んで玄関を引き開け飛び込む。
男「ただいまっ!!」
叫びながら靴も脱がずに取次へ足を掛け、そのまま2階へと駆け上がる。
玄関の鍵を閉めて出た筈だとか、階下から見知らぬ母親の「おかえり~!」という声が聞こえた事など、そんなものに構っている暇は無い。
自室に飛び込み、机の横に立てかけていた学生鞄を開いて日記を探す。
しかしそこには無い。
男「いっつもここになおしとくのにっ!!」
イライラと、鞄の中身と床に散らばったモノクロボーダー柄のセーターや黒のジーンズなどの衣服もひっくり返す。
「そこには入れていない」と一度も見た事が無い筈なのに中身を記憶している机の引き出しの物を散らかしながらその中を探る。
だがどこにも日記は無かった。
何故、今日に限って日記を持ち歩かなかったのだろうかと過去の己を恨むが、ソレを切欠に何かが引っ掛かる。
もう一度、よく記憶の中も探る。
男「えぇと…確か確か、あっ!昨日読んだ!!」
そうだ、確か、友とここで話をする時まで読んでいた筈だ。
その時、最後に置いた場所であるベッドの上を探す。
邪魔な毛布を投げ飛ばし、その下にあった開き放してある日記を引っ掴み、ページを覗き込む。
―男へ、―
友の字で、そう始めに書かれた文章を見つけた。
―明日のデート(って男が言ってたんだしそれでいいよね)が、すっごく楽しみです!―
―初デート、良い思い出にしようね。―
男「当たり前だ、ばっきゃろー。」
そうだ、この字だ。無駄に達筆な友の字だ。
昨日友に落書きされた頬に手をやりホッと一息吐くが、読んだ直後、日記のその文章がうっすらと滲みゆく様に消えてしまい、俺の中の焦りを加速させた。
乱雑にページを捲り、過去の自分の筆跡を探る。
しかし、記述を見つける毎に文字が消える。
昨日、一昨日の俺が確かに書いた日記だけでなく、ソレ以前の書いた覚えのない日記まで消えてゆく。
ソレを記録した時間へ跳ぶ間も与えられない。
男「くっそ、くっそ!くっそっ!!」
母「どうしたの~?」
階段を上る足音と、母の声。
近づく存在が増々俺を苛立たせ、恐れを増幅させる。
そもそも母とは誰だ、俺は家族の顔すら知らなかったはずなんだ。
男「お前なんか知らねぇっつぅんだよっ!!!」
意味も無く叫ぶ。
それに応じる様な反感をあらわにする声が聞こえたが、俺の耳には届いても言葉の意味を考えるには至らなかった。
男「ヤバイやバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイっ!!」
絶えず、日記のページを捲り、過去の消えない記述を探す。
男「文字が全部消えてくってことは…俺の行為が変えられてるんだ…」
そもそも、俺は何故ノートなんて必死に捲っているんだ…?
いや!これはノートはノートでも、日記の為のノートだ!
日記なんてつけてたっけか?そうだ!保険の為に毎日2度は記していた筈なんだ!!
男「友が本当に消えちまったんだとしたら、俺の行為全部が変わるって、そういう事だよなっ」
古い記述へ、古い記述へと捲るも、ついに最古の記述すら完全に消えてしまう。
そこにあるのは最早日記ではなく、只のノートだった。
男「くそっ!!元から印刷されてる文字で跳ぶか…?…いや、印刷機に巻き込まれて終わりだ…」
ぐぐっと握りこんだ表紙越しに、自分の指圧で手が痛みを感じる。
親指で押し込んだ部分はへこみ、少し千切れて―
男「!!」
天啓―とはこういう事を言うのかも知れない。
ノートに今刻まれた爪痕や傷を見て気付いたが、文字が消えても筆圧で裏につく跡はどうだ?!
紙をサラっとなぞる。それは滑らかな使った後すらないノートでしかなく、今ついた傷以外には筆圧の痕跡すら無かった。
男「…他に手は…」
日記を取り落し、頭を抱えて立ち竦む。
女に追い掛け回された時だってこんなに焦る事はなかったのに、一体どうすれば――女…?
ふと、女の持っていたあの《閻魔帳》を思い出す。
…思い出せ、女は《閻魔帳》について「時間渡航者を取り締まるのには持って来い」と言っていたよな…それって使えるんじゃないか…?
そうと決まれば《閻魔帳》がどこにあるかだが、確か玄関までは持っていたのを覚えているのだが――
母「――誰が知らねぇだって?」
ガチャリと扉を開けて、思考に埋没する俺の背後から母親が部屋に入ってきた。
男「あぁ!ちょうど良い所に!!」
母「えっ」
歓迎の言葉に、少々怒り肩に見えた母親も虚を突かれた様に肩を竦める。
そんな態度にも構わず、俺は掴みかからんという勢いで母親に訊ねる。
男「分厚い本知らないですか?!」
手に持っていた分厚い本を母親に見せて、「ちょうどこのくらいの!B4サイズで!!」と具体的な特徴を告げるも、母親は虚を突かれたままで反応は鈍い。
返答を待つのも煩わしいくらいだが、母親が正常に反応出来るようになるまでその眼を見てじっと待つ。
やがて、戸惑いながらも母親は「えっと…B4ってのがよくわからないけど、…それなら今目の前に…」と俺の手元、母親に見せていた方の手を指した。
男「えっ」
母「えっ」
手を見る。
しっかりと掴んでいるのは《閻魔帳》。
男「………」
母「………」
どうやら、俺は自身で思っていた以上に焦っていたようだ。
間抜けを指摘され、ゴホンと咳ばらいを打つ。
男「ただいま」
母「おかえり」
そういって母親は、「おやつあるから手洗っときなさい」とだけ残して部屋を後にした。
母親を眼にした時、頭の中に両親との記憶がポツポツと湧き出てきたが、自身の記憶とのギャップに因って気持ち悪さを誘うだけで嬉しくもなんとも無い。
あの親と食事をするなんて、友とのソレに比べてしまえば絶対にお断りしてしまう程には、既に心の中に苦手意識が芽生えてしまった。
男「とにかく今はこいつだ。」
パラパラと《閻魔帳》を捲る。
考えるのは俺自身のこと。
一般的に知られている、或いは考えられるシンプルなタイムトラベルと比べると、俺の能力は制約の特色が強すぎる気がする筈なのに、女は最初からその点は何も指摘しなかった。
しかし、俺が文献や化石といった情報に触れそうになる度に俺の前に現れた。
さっきの化石を用いて時間を遡ろうと意識した事を除いて、俺は能力を使おうと思って動いた訳では無いのにだ。
俺が能動的にソレを行う時、必ずそこに思考が生まれる。そしてその思考は、俺を監視していた女の《閻魔帳》に記される。
その上、俺以外のタイムトラベラーに会った事は無いとも言っていたな。
俺以外のタイムトラベラーを知らないのであれば、それこそ制約の理解を深める為にお互いに情報をすり合わせるなりする筈だ。
これらを合わせて考えて、女の時間跳躍に伴う制約は、俺と同じか似たような物だと思われる。
だがしかし、女は何かを記録した様子も無かったのに時間を跳び越えていた。
そうすると、何を頼りに時間を跳んでいるか…それはズバリ――
男「――《閻魔帳》か…」
アイツが俺にはじめてタイムトラベルを実演して見せた時、俺はアイツの話を特に理解していない素振りはしていない。
それなのに女が俺に「納得させる為」と称して未来から跳んで来てみせて説明したのは、俺が未来でその疑問をぶつけたか、もしくはこの本に俺の疑念が記されていたと考えるべきだ。
パラパラと捲る《閻魔帳》に、やがて文字が浮かび上がる。
それを確認し、表紙から最初のページへと戻る。
冒頭に記されていたのは、やはり
夢の中で、俺が殴り飛ばしたはずの獣。
けれどそこに記されてる思考の内容は、俺には覚えのないもので、まるで他人の記憶を読んでいる様だった。
男「…俺は、何者なんだ…?」
そして、夢の中で相対したあの獣はなんなんだ。
博物館での隕石ブースを思い出す。
恐竜の時代を終わらせる切欠となった巨大隕石、その隕石の欠片ではないかとして古い地質から採掘された未知の鉱物を回収したが、鉱物ではなく化石である事が判明し、そこからDNA解析にかけて得た情報から、あの獣の造形を構築したモデリングフィギュア―って事だったが…
俺が見た夢では少なくともホモ・サピエンスが出歩いている程の時代だから、あの獣は少なくとも白亜紀からずっと存在する種という事になる…
そもそも、完全に夢であるという説も捨てきれない。
男「いや…今は友だろうが。」
夢で見た獣の考察を切り上げ、開いていた《閻魔帳》を1ページ2ページと捲る。
一昨日の購買に間に合わなかった記述を確認し、そこから更に視線を下ろしていく。
見つけた。
男「ここだ…」
指でその文章をなぞる。
消える気配は感じない。
―勝気な雰囲気の見知らぬ女生徒が、俺の前に立ちはだかった。―
―俺の正体ばれちゃった?!―
男「…なんて間抜けなんだ…ぷっはははは…」
読んだ部分に手を重ねる。
男「じゃあな、見知らぬマザー。これでこの時間のアンタとはオサラバだ。」
体中を、冷たい蒼い光が包んだ。
――――――――――――――――――――――――
暗い世界。
遠くに窺える白い粒を目指して、俺は光を越えていた。
蒼い光。
ただ見受ける事の叶わぬ光。
儚き蒼が、麗しい青の星へと降り注ぐ。
校舎と食堂をつなぐピロティ、そこへ俺は降り落ちた。
蒼い光が霧散して、体を暖かさと重力が支配する。
男「成功…したのか…?」
不安になり、辺りを窺うと…
女「そこまでです、タイムトラベラー!」
男「またかよォッ?!」
背後から、最早お決まりのような台詞が聞こえた――
――気がした。
男「………」
振り返った先には誰も居ない。
と、言うより。
男「人の気配がしない…」
どこか遠くから生徒の喧騒ぐらい聞こえていたものだが…
男「もしかして、場所だけ跳んで時間は巻き戻ってなかったり…?」
だとしたら、今は休日の昼という事になる。
それならば生徒の喧騒が聞こえないのはわかるが、外から車の走行音や室外機の排気音、鳥の声や樹が風に薙ぐ音すら聞こえないとはどういう事だろうか…?
不気味に静かで、辺りの景色は妙に白んでいるが遠景が霞むという事もなく、むしろ空の向こうで輝く星すらその輪郭が捉えられる程澄んでいる。
その癖、今が日中なのか夜間なのか見ただけではわからないという異様さであった。
美しくも不穏で、ピロティの床を踏んで立っているだけでまるで恐ろしい事をしているような恐怖心が、俺の心を蝕んでゆく。
バサっと音を立て、目の前に何かが落ちた。
ごく小さな音ではあったが、静かに澄んだ世界では嫌に響くという事も無く、寧ろ澄んでいるが故にどんな小さな音でも鋭い矢の如くこの身をこの空間を貫いて通り過ぎた。
そのあまりにもクリアな感覚に心の怯えは更に増してゆくが、身体は固まり、その落ちた物品を見つめる事しか出来ないでいた。
男「?…」
このままという訳にもいかず、出来るだけ音を立てない様に近付いて見下ろす。
男「!!」
目の前に落ちたのは《閻魔帳》だった。
慌てて手元を見るが、跳躍する前に元々持っていた《閻魔帳》は無くなっている。
ゴクリと唾を飲み、恐る恐るソレを手にする。
表紙を開いて、1ページ目を見ると…――
―パラドックスへようこそ。―
――そう記されていた。
第弐章
「思い出の箱庭の外へ。」 了。
次回、INTERLUDEを経て第参章、「時間軸矛盾の嵐の中で。」が始まります。
※改稿情報
11/07/2016:誤字の修正。