女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
パラドックスを動かせ!~放たれた彼と思い出の彼~
―パラドックスへようこそ。―
開かれた《閻魔帳》にはそう記されていた。
男「…えっ……、なん、なんだよ…」
パラドックスなんて、俺の様な能力を持つ者にとって避けるべき概念である筈だ。
俺はただ、友に目の前から消えて欲しくなくって過去に跳んだだけなのに。
パラドックスなんてこれっぽっちも望んじゃいない。
―けれど、その為には貴方はここへ来る必要がありました。―
俺の思考を読んだかのような応答に、「あぁそうか」と思い直す。
《閻魔帳》はパラレルワールドの事象すら記すんだったな。
そして《閻魔帳》がパラレルワールドにも存在するのだとしたら、逆説的に異世界で誰かが俺のことを読んで居てもおかしくないかもしれない。
―ご名答です。―
明快な答え合わせに納得半分、不安な気持ち半分の印象を抱く。
男「―お前は…あの女か?」
―無関係ではない。と、申し上げておきましょう。―
先程の返答と違い、都合が悪くなると有耶無耶にされてしまいそうな応答であったが、まぁ今はいい。
それよりも、訊くべき事がある。
男「パラドックスって…なんだ…?」
順当に考えるならタイムパラドックスの事か…?
―またまたご名答です。―
今度は先程の様に明快な返答ではあったが、ソレに由って俺が先程抱いた不安な気持ちの理由を理解した。
試す様なコイツの文章は、少し癇に障るのだ。
だがそんな事は本当に些細な事だ、今気にするべきとは思えない。
故に、意図して己の感情を無視して、情報収集に努める。
男「それで…俺はなんでこんな所に…パラドックスなんかに辿り着いちまったんだ?」
―失礼を承知でお訊ねします。―
こっちが質問をしているのに質問で返すとは、前置いた通りに失礼な奴だ。
だが話が停滞してしまっても仕方ないので、黙って訊ねに目を通す。
―貴方はどういうつもりで時を越えましたか?―
どういうつもり…か。
そんなものは決まっている。
男「消えた友を……俺にとって必要な人を取り戻すためだ。」
消えてしまう直前の友と女の会話も、最後に残された謝罪の意味も、友と俺の関係も、俺自身は何もわからないままなんだ。
きっと、俺を作ったのは友なのだろうが、ソレを確かめるにしても肝心の友がそばに居ないままではどうしようもないんだ。
だからこそ、友が嫌がろうがもう一度会う為に、過去へと跳んだ。
他の誰でもない、友が目の前から居なくなったままなんてのは我慢できないから、だから。
本来、この力ってそういったどうしようもない時に使う為の力の筈なんだ。
そこまで自身の意思を確認して、ふと考える。こいつは友を知っているだろうか?
男「あ、友っていうのは、俺の――」
―惚気は結構です。―
男「――あ、さいですか…。」
親切心を一蹴された。
というか、惚気ってなんだよ。
俺と友は別にそういう関係じゃ…ない…のか?
―そう、貴方はその友さんとやらを失いたくないから、時間を越えた。―
―けれど、彼女は彼女自身が自白した通りに、貴方を―
―延いては貴方が先程までいらっしゃった世界そのものを作られた存在だった。―
やはり、そうなのか。
―お答え致しますが、貴方の元居た世界のままでは彼女は救えない。―
男「っ」
予想は出来ていた。
世界を作った本人が俺の前から消えた。そして俺の記憶の中からまで消えていった。
それはつまり、幾ら過去に戻ろうと取り戻し様がないって事なんだ。
…あれ、そういえば――
男「――い、今はおれ、俺は友のことを全部覚えてるぞ!」
今しがた居た時間―《閻魔帳》に記された言い方だと元居た世界―では消えていった筈の記憶をだ。
―残念ながら、彼女が貴方に覚えていて欲しかった記憶は、あの世界で起きた事のみには留まりません。―
男「えっ」
あの世界とはつまり、俺が数日間居たあの、友が作ったという世界の事なのだろう。
そして、覚えていて欲しかった記憶はその世界での事に留まらないという事は、あの世界で俺が苦しんだ、身に覚えのない記憶が友の望んだ記憶だったのだろうか…
ソレは、俺が友を見る度に悩んだ様に、友が俺とはまた違う俺を求めていたって事…なのだろう。
―はっきり申します。―
―貴方は、彼女の思い出の中の人の模倣なのです。―
男「……」
今の俺は、望んだ人に似せて作った紛い物。
友が望んだ存在に外見だけはパッと見で近いが、別の存在…?
男「っ…!!」
気付けば、拳を痛いくらいに握り込んでいた。
その拳を己の眼前に持ち上げ、震える様を見る。
昨日のあの時の様に寒い訳でもないのに、震えは止まらなかった。
だが、感じる痛みは俺が確かにここに居る事を示してくれて、更に言うなら、昨日友に後ろから放られた時と比べてしまえば痛くもなかった。
…いや、違うな。
確かに、廊下に背中から放られたのは痛かったが、ソレと比べたって俺にとって本当に痛くて辛いのは、友が苦しそうな、悲しそうな顔をしている時なんだ。
友は、ずっと目の前に居る俺を心配してくれて、気にかけてくれて、涙まで流してくれた。
碌に相談すらしない俺の気持ちを推し測って、そばに居てくれて、笑いかけてくれたんだ。
俺に友の考えの全てはわからないが、友は俺が何を嫌がっているかを察してくれていた。
そして、俺が嫌がるのをわかっていたから、消える前のその顔を俺に見せなかった。
他人と関わった経験の無い俺でも、数日は確かに友と関わったのだ。
あの時、友が泣いていた事くらい、気付かない俺じゃないんだ。
けど、例え見せない様にしてたとしても、最後の顔が泣き顔だなんて、そりゃ無いじゃねぇか。
だから――
男「――それがどうした。」
ほんと、それがどうした。
男「俺が友に傍に居て欲しいだけだ」
俺の元になった男がそう思っているんじゃない。
男「―俺が偽者だろうが関係ないっ」
この気持ちだけは俺の物だって信じられたんだ。
男「――伊達に2日も悩んで無ぇぞっ!!」
そうだ、俺が何者かなんて悩み、答えは昨日出したんだ。
男「俺が何者か!なんてどうでもいいっ!!ンな哲学に拘ってる暇は無いっ!!」
記憶も経験も無いなら、無い所から始めて積み上げてかなきゃいけないんだ。
男「俺がどうかなんて俺が生きて決めていく!」
そんな事に、俺がタイムトラベラーかどうかなんて関係無いんだ。
男「―その為に、友には一緒に居て欲しいだけだっ!」
心の奥から、本当はずっと友に言いたかった言葉を吐き出した。
たった数日前に始まったばかりの人生なのに、それよりずっと前から、友のことを大切に思っていた気がする。
ソレがもし俺の元となったのであれば、ソレが、ソレこそが俺の根源なんだ。
だったら、俺は俺の思うままに生きるだけだ。
例え失敗した所で、「そうやって生きた」って記憶と経験は、ちゃんと俺の物になるんだからな。
そこに俺の物に出来そうなものがあるなら、届く限り手を伸ばして、動ける限り動いて、手にしてみせる。
思いを強くし、今一度《閻魔帳》を持ち直し、開いたページに視線を落とす。
―…結構。―
―今ので、あらかたの条件は揃ったと思います。―
男「?」
じょ、条件?…っ、てなんぞ?
突然記された、そんな意味深な言葉に惑わされる。
―失礼、実は話の途中だったのですよ?―
男「あ、あぁソレはどうも、申し訳ない事を…」
確かに、冷静に考えれば話の途中で突然熱くなって独りで語り始めただけだな今の…
やだ…恥ずかしい…
―貴方の元居た世界では、友さんという存在はもはや消えていった存在。―
―しかし、その世界を創造した管理者が消えたというのに、友さんが居たという記憶を貴方は最後まで失わなかった。―
―…なにより、貴方の存在が消えなかった。―
―貴方を作る為に分岐させた世界なのに…です。―
俺を、作る為に…?
―彼女はどうやら、貴方を助けたかったのでしょう。―
―箱庭の様な永遠の時間に閉じ込めてでも…ね。―
男「…永遠の…時間…?」
―別の世界の話をしましょう。―
―別の世界では、一人の時間渡航者が居れば、他にも数人居ると考えた方が良い。むしろ自然だ。―
―その理屈はわかりますね?―
男「ん、あ、まぁ…なんとなく…」
それは俺も悩んでいたのだ。
些細な間と言えども時間を繰り返したり無くしたり、未来まで変えたりして、其処には必ず人為的なものを見て取れるはずなのだ。
それを全ての人が見過ごすのだろうか?疑り深い者らは必ず居る筈で、そんな者らの言葉を果たして全ての人々が無視出来るのか?
どんな学術や理論や法則だって、一番最初に提言された瞬間は疑わしいものなのだ。
疑ってかかるが故に研究や検証や再現性を求められ、注目度が高ければ高い程にその議論は活発化する。
ましてや事はタイムトラベルである。最初に時間跳躍と結び付けられるかは正直わからないが、一度関連していると提言されれば、嫌でもその言葉は人々の注目を集め、そして真相の究明に結び付く。
事は時間軸を超える事態なので、究明は悪魔の証明となってしまうが、そこに一人のタイムトラベラーが実在すれば話は変わってくる。
少なくとも一人以上は、時間の束縛が緩く、過去か未来に干渉できる人物が存在するという事を、タイムトラベラー自身が証明してしまっているのだ。
俺の場合は俺と女で少なくとも2人以上は確実に存在していて、更には《閻魔帳》なんていう明らかに時間軸の超越を意識した媒体まで存在するのだ。
学会やらで研究室やらでどれだけ議論をされていようと、俺や女といったタイムトラベラー自身にとっては《閻魔帳》の存在だけで、最早この時点でタイムトラベラーがまだまだ居るという証明になってしまう。
―時間渡航者同士のいざこざは本当に恐ろしい…―
―渡航者の多くは、畳一畳分のパネルにコンピューターをそのままくっつけた機械に乗って跳び回ったり―
―戦闘前提な大型の機動兵器に搭乗したりと、技術に依って時間跳躍を実現します。―
―そんな中で貴方の能力の制約…これは中々に悪用されやすく、捨てられやすい…―
な、なんか物騒な話になってきた…
―その身一つで跳躍を行えるのは魅力ですが、跳躍先への錨、或いは切符となる情報が無ければ能力が使えない。―
―そんな制約だらけな能力しか持たない個人が、技術で体系化された時間渡航者らに眼をつけられないはずが無い。―
―なのに…いえ、だからこそ、友さんは時間渡航者が貴方しか居ない世界を作ろうとした。―
―初めは、貴方を囲って色々と搾取するつもりかと思って見ていましたが、―
―こちらで調べてみると、どうやら真逆だという事実が浮かんできましてね。―
男「真逆の…事実?」
―それに関しては、ご自分で見つけて差し上げてください。それを友さんは望んでいます。―
まさかここまで教えられて御預けを喰らうとは思わなかった。
しかし、ここで御預けという事は、まだ希望があるという事だと期待して、次に得られる情報に集中する。
―つまり、弱小な限定条件を満たしてようやっと時を越えられる貴方を…貴方の原作を守りたかったのでしょう。―
―外敵の居ない、鳥籠の中で。―
男「待った」
それに対して《閻魔帳》には「なんでしょう?」と返答が記される。
ここまで流していたが、流石にもう見過ごせないので声を出す。
話を纏めると、友が俺の原作を守る為に世界を分岐させて箱庭に仕立てたと言うが、それでは友が神の様ではないか。
男「まるで友がとんでもない存在みたいじゃないか?消える直前までそんな素振りは一つも――」
―「いつの時間だろうと、ボクがそこにいればボクはボクだと思うし。」―
男「っ!!」
それは、いつだったか友が応えた誤魔化しの様な言葉であった。
しかしそうか、今にして思えばあの時から答えは示されていたんだ。
―「今のボクと記憶が違うのなら、それはどうしたってボクとは言い切れないから。」―
―極めつけは、貴方が時間を越える度に言う誰かへの別れの挨拶に対し―
―「いつも言ってるよね。」―
友のマヌケ……
隠すつもりで、全然隠し切れてないじゃないか…
―それを言うならば、それに感づかなかった貴方も貴方です。―
―時間渡航者なら、誰だって簡単に閉鎖された世界を作り出せるのですよ。―
―今の貴方のようにね。―
言われて気付き、はっと周囲を見回す。
何も聞こえない、何も動いていない。
ここが閉鎖された世界…?
男「どうなっているんだ…」
―其処は世界自体が処理し切れない程の矛盾を孕んだ時に生じる空白な世界―
―ようこそ、パラドックスへ。―
―ここは貴方だけの世界の始まりです。―
―時間は絶えず流れ続けていますが、貴方以外はまだ、その時の流れを受けていません。―
―貴方がその世界で矛盾しない限りの望む物に、時間の流れを与えてゆけるのです。―
―物事に関連する過去、或いは物品が経た過去は、その時間にご自身で直接干渉しない限りは世界が勝手に修正しますがね。―
世界が勝手に修正…?
―世界が処理を停止しない程度の矛盾であれば、その矛盾を希釈する様に修正してしまうのですよ。―
―貴方が一時とは言え友さんらの事を忘れた事がそうですね。―
男「…なら、なんで《閻魔帳》が此処に在るんだ…」
コレって女の持ち物だろ…?
―いえ。それは、貴方が持ち込んだものです。―
俺が…?
男「いや、だって跳ぶ時はしっかりと握ってたのに…コレは此処に落ちてたぞ…?」
―貴方が跳んだ先の時間では、その本は誰が持っていましたか?―
そりゃあ女だけど、でも女も何故か居なくなっちまってるし…
確か、この時間で俺は初めて女と会って、というか呼び止められたんだ。
―その本はですね、パラドックスの影響を受け難いのです。―
男「受け難い…?」
―難しい話になるので、割愛しますが…まぁ、ソレはどうでもいいんですよ。―
―そちらの世界、貴方はどうしたいですか?―
男「………」
そんなもの決まってる。
男「友を、俺の生活を取り戻す。ついでに女にも色々訊きたいから女も呼び戻す。」
―結構!その身勝手さは、まさに”男”を名乗るにふさわしい!!―
―友さんが慕った男は、身勝手な癖に人の為ならば何だってするような奴でした!―
―他人と関わった記憶の極度に薄い貴方がそう成れるか心配でしたが―
―『閻魔帳』を見るに、今の貴方は確かに全ての”男”と深いところで繋がっています!!―
―さぁ、その本を握り締めて、貴方の見た夢を辿ってください!―
―貴方の見た夢は、友さんと貴方の思い出です。最早貴方と違う他人の記憶ではありません。―
ひどいネタバレをされた気がする。
―愚鈍な貴方の事です。コレぐらいのお膳立てはサービスですよ。―
ボロクソに言われながらも、《閻魔帳》の最初のページを開く。
飛ぶ先は、とやらから少女を守るあの夢の場面だ。
―行け、俺。パラドックスを動かせ!―
―頑張れよ、こっちは女ちゃんとの茶話会っていう約束があるんだから…―
あの夢の一文に手を添えながら、別れの言葉を告げる。
男「…任せとけ、オリジナル。」
ようやくわかった。俺がコイツ相手に不快な不安を覚える理由。
似てるんだ、多分俺がコイツに。
―いや、だからもうお前はお前だっつの。―
―そういう卑屈なところが違うのかなぁ~…―
平行世界の俺の情けないぼやきを視界の端に見受けながら、俺の体は再び蒼い光に包まれた。
あの夢が、俺と友の思い出だって言うなら、夢で助けた少女は…
友が化石展のパネルで、ヒト属コーナーのコラムをじっと見ていたのは…
そしてその友が消えたって事は、きっと俺が置いて行かれた世界は、少女が救われなかった世界なのだろう。
だったら、もう一度救うまでだ。
待ってろよ、友。
次回、VSケダモノ。