女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」   作:下品な牛乳◆N1RGqRourg

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時間軸矛盾の嵐の中で。~放たれた彼と旅人~

 

 舞い落ちる。

宇宙(ソラ)から落ちた星屑が如く、無数の淡く蒼い光となった身で地表を目指す。

男「―――ッ!!」

 クレーターの中、(ケダモノ)が少女に飛びつかんとしている様を上空から既に確認できた。

俺が夢でみた景色そのものだ。

グンと勢いを増し、獣と少女の間へと降り積る。

踏み込み、腰だめに構えた拳を半身で構えて後ろにし、半歩前へ出る動作を着地と同時に終える。

後は、目の前にまで迫り来ているであろう獣に拳を全力で叩き込むだけだが…

光から実体へと凝集して間がなく、時間跳躍前後の蒼い光が身体から外へと霧散している最中であり、淡くとも確かに蒼く光るオーブのせいで視界が確保できない。

露程も無い直感に頼りて殴ろうと閃くが、間を置かずに止める。

極限まで加速された思考の中、周囲を濃く包む無数の蒼い光を見る。

目まぐるしく状況を分析する自身の加速された思考のせいで、それが空中で静止している様に視えたが、しかし僅かながらも確かに流れ動いている。

己を起点とし、放射状に花開くが如く全ての光は動いていた。

じりじりと離れて行く無数の光のドームの中、視界前方に違和感を覚える。

2,3程の光が、跳ね返るかの様に此方へと戻ってくる。

この光は本来俺にしか見えず、いつも放射状に拡がって直ぐに霧散するのだが、拡がる際は何にも影響されず透過してしまう為、すぐにその差異に勘付いた。

跳ね返ってる…?っそうか!!

何にも影響されず透過してしまう光だが、唯一、俺の様な生身には反射されるのではないだろうか。

でなければ”俺を中心にして放射状に拡がる”なんて指向性を持つ事すら無いかも知れないのだから。

そこまでを瞬時に推察し、此方へと漂ってくる粒子を撃ち抜くように、その更に向こう側へと拳を突き出す。

放つ拳も嫌にゆっくりに見えるが、拳から腕から肩から腰から背筋から、其々が連なったようにビキビキと嫌な感覚を響かせている様を感じるに、慣れない恰好ながらも己の全力で拳を撃ったのだろうと、他人事の様に断ずる。

拳を繰り出す合間にも、腕から無数の蒼い光が爆発するように散ってゆく。

突き出した拳が、不快な暖かさを持った柔質の何かに包まれる。

当たったっ――!!

その時を待っていたと言わんばかりに、辺りの景色が加速を始め、身体を駆けたビキビキという嫌な感覚が痛みとして脳にフィードバックされる。

体を包む大気によるぼんやりとした暖かさと、ソレと比べてハッキリと手に取るが如く感じられる拳の先の生暖かさ。

光を吐き出し続ける拳が獣の脇腹にめり込んでいた。

一瞬の生暖かさと、そのまま拳が止まってしまいそうな反発に眉根を吊り上げ、腕がはちきれんばかりに拳を振り抜く。

男「――――ァッ!!」

 よろめきながらも、自身の肉体に喝を入れる為に小さな怒号を漏らす。

上手く重心が乗った様で、一転して面白いぐらいに目の前の傾斜を転がり上ってゆく獣を視界の端に見受け、拳を振り抜いた後に勢いがつき過ぎて安定しそうに無かった姿勢を、そのまま前に倒して前転の勢いに使う。

肩、背中、腰と地面を転がり、脚がつくとそのまま立ち上がった。

 

男「あー…さて…。」

 

 拳をぶつけるまで熱中していた思考が急速に冷えて、そのギャップに軽く前後不覚に陥りかけるが、グッと奥歯を嚙み合わせてゴクリと喉を鳴らし意識をしっかりと持ち直す。

問題はここからだ。

この後、恰好つけた事を叫んでいたのは覚えてるが――

 

男「――その後は覚えてないんだよなぁ~…」

 

 というか夢ではその続きを視ていない。その前に目が覚めてしまったのだから。

思わず前傾姿勢でガクリと肩を落とすが、慌てて姿勢を正す。

離れはしたが未だ目の前にあの獣が居るのだ。

脇腹は柔らかかったが、どんな動物だって腹は弱点だろうな。もう一度殴るとしても、やはり腹を狙う事になるか。

前方で、よろめきながらも起き上がる赤茶けた皮膚を持った獣を見据える。

ソレはまるで四つん這いの人間で、しかし所々が硬質化した様にひび割れた肌を持ち、捻じれながらも伸びきった太い爪や剥き出した牙を見るに、明らかに危険な野生動物だ。

先程の構えを左右で入れ替えた様に、足を半歩後ろに引く。

相手は獣だ、同じ方で殴ってもすぐに対応されるだろうし、何より目前にて様子見に徹してじわりじわりと旋回するコイツを殴り飛ばした時に痛めたようで、片方の拳には力が上手く入らない。

ならば其方の手を前に構えて、力を込めず相手との間に置くだけに留める。

獣と真っ向切って戦うなど恐れ多くて、今になって手足が震えるが、思考だけは冷えた様に張り詰めて揺れずにいた。

逆の手で殴るにしても、また素直に腹を殴らせて貰えるか…?

蹴り飛ばすのはどうだろうか…いや、足を殺されたら最悪だ。

ハッキリと隙が見えるまでは足は使わないに限る。

そもそも腕より強い筋力があった所で震えた足腰に力が込められるものか。

なら今とれる手段はなんだ?後ろの少女を連れて逃げるか?

いや、このすり鉢状に周囲を囲まれたクレーターの壁の中、文化人な俺がどうやってこの獣から逃げられるだろうか。

逃げるにしてもやはり、足を弱らせてからでなければ無駄だろう。

ではどう相手を弱らせる…?

周囲は大小様々な石だらけで、探せば割ってナイフに出来そうな石や、投げて使えそうな物もあるだろうが、探していられる時間そのものは無い。

やはり多少の怪我は覚悟して徒手空拳にて臨むしかないか…

夢で見たこの景色は、俺と友の思い出らしいが、であるなら後ろの少女だけでも絶対に守り切らねばならないだろう。

今この場には俺と少女と獣だけ、少女は立ち上がれず増援なんて期待できない。

俺に出来るのは殴る蹴ると時間跳躍のみである…―ん?

 

時間跳躍…?

 

自身の思考を切欠に、1つの景色を思い起こす。

それは俺が見た夢の終わり、格好つけた事を言って…どうしたんだっけ…

確か、今後ろに構えてる手が派手に蒼く光ってたよな…

今しがた奴に見舞った、時間跳躍後の余韻の中放った拳よりも眩しく光が溢れていたはずだ。

だが今、跳躍時の蒼い光は完全に失せてしまっている。

…ということは、またどこかの時間に飛んで殴るのか…?

男「どこの4次元殺法だ。」

 馬鹿馬鹿しいと思わず口端が緩むが、己が身一つで時間を跳躍出来るという事は、条件さえ揃えば可能であると気付く。

しかし、今は《閻魔帳》の様に跳躍の鍵となる情報が手元に何も無い。

《閻魔帳》は多分、この時間で在るべき場所に存在するのだろう。

「パラドックスの影響を受け難い」という事だったから、俺が跳躍に使えた以上その存在自体はある筈だが。

眼だけで、簡単に周りを見まわす。

クレーターの縁にぐるりと囲まれているが、それ以外に何か時間跳躍の媒介になりそうなものは――

 

――あ、…そうか。

 

体感時間で数時間前まで居た、隕石ブースを思い出す。

目の前に居る獣を一回り小さくした様な再現人形が展示されていた。

 

あぁ…そうかそうか…

 

夢の中で最後に放った叫びを思い出す。

 

そういう事か。

 

つい、緩んだ口端が釣り上がった。

 

だが、そんな事出来るだろうか…?

 

いや、必ず出来るんだろう。

 

男「オリジナルめ…”弱小な能力”なんて大嘘こきやがって…」

 後ろで腰撓め(こしだめ)に構えた拳へと意識を集中し蒼い光を呼ぶ。

クレーター内側の溝から噴出した淡く蒼い光が、うねりながらも幾本もの筋となって大量に拳にまとわりつく。

俺の能力は、”情報が記録された時間にしか跳躍出来ない”のではない。

”それが記録された時間であれば、どんな情報だって起点に出来る”のだ。

 

つまり、”地球に記録された隕石の情報”を辿って跳ぶ事だって可能なんだ。

 

獣は俺の様子に危険を察知したのか、狼狽える様に首をまわして周囲を警戒した後に、俺の後ろの少女ではなく俺にめがけて飛びかかって来た。

男「小さい女の子を泣かせる奴は…っ」

 それを見据えて、姿勢を少しづつ低く固めて行く。

男「過去に飛ばされて死んでしまえっ!!」

 腰撓めに構えた拳を、先程よりも全力で打ち込まんとする。

ギリッと歯を食いしばり、体中の筋をビキビキと軋ませて繰り出した殴打。

男「~~~~~ァァーーーーーッ!!!」

 先程痛めた半身の痛みに共鳴し、毛の先一本一本まで悲鳴を上げている様な鋭い痛みがビキビキと全身を駆け巡るが、それを処理しているリソースの余裕は脳にない。

泣き言をかみ殺し、突き出した拳に纏いつく蒼い光の本流の指向制御に力を注ぐ。

男「―俺も一緒に行くかもなぁっ!!」

 俺の能力で時間を跳躍する際、時間を超えるのは俺だけではない。

俺が身に着けている衣服や日記などの所持品も共に跳躍し、跳躍の起点となった情報だけは時間的矛盾を生む為に蒼い光となって霧散してしまうが、跳躍の起点としなかった他の衣服や所持品は消えない。

今にして思えば、あの光となって消えてしまう現象がオリジナルの言う「矛盾が世界によって希釈される」という事なのだろう。

服や所持品なんて、無意識化で認識していなければ時間跳躍に巻き込めるとは到底思えない。

つまりコレも俺の認識1つで応用が利くのだろう。

人や建物や地域だって、強く認識すれば時間跳躍に巻き込めるかも知れない。

俺自身の記憶では一度だって試した事は無いが、巧くいけば獣だけを過去に――このクレーターが出来る寸前の時間に送る事が出来るかもしれない。

この思惑が正しければ、殴る為に力を込める必要は無いのだが、万一失敗したら俺だけが過去に跳ぶ事になるので、せめて少女が逃げられる程度の時間を稼ぐ為にと、本気で拳を繰り出した。

拳の先から伝わるのは先程の柔質感とは異なった、固い岩の様な皮にぶつかって響く強い反発。

腹を撃てなかったのは痛いが、構わず振り抜く。

肘、肩、腰へと重さが痛みとなって響くのを恐れたが、予想に反して抵抗は全く無く、拳の先に在った筈の獣の体は、完全に蒼い光へ姿を変えて霧散した。

 

上手くいった…!!

そう考えながら、先程よりも不格好に前へと倒れて仰向けになる。

繰り出した拳からは、まだ蒼い光は離れてくれない。

天へ向けてその拳を突き上げると、蒼い光の纏いつく範囲が徐々に拡がり、手首から先の衣服が徐々に光と化して解けて行くのを見受ける。

 

空へと吹き上がる、嵐の様な光の奔流。

 

足から、腕から、粉々になって巻き込まれていく感触がする。

 

男「おぉ…俺、このまま隕石が衝突する時間に跳ぶのかな…」

 

 体の粒子化が、肘膝まで及び、覚悟をゆっくりと固める。

 

多分、跳躍した先ので俺は生きてゆけないだろう。

 

何せ隕石の衝突だ。拳大の隕石でも家屋が全壊し得るのに、町内を一つ飲み込めそうな程に長大なクレーターを地球に刻む隕石だ。

 

男「は、ははは。失敗か…」

 

 結局、友に会えなかったな。

 

拳を下ろし、最期の景色を楽しむとする。

 

日が落ちたばかりの中天から深い紺色の帳を下ろし、クレーターの縁をぐるりとなぞる様に沈んでいく紫色の空を、儚く蒼い光の粒が大挙して力強く塗り潰して行く。

 

龍のうねりが如く蜷局(とぐろ)を巻く嵐が、クレーターに倣いすり鉢状に形を整えてゆき、塗りつぶされていた空を今一度覗かせた。

 

「おぉ」と声を漏らしてしまう程の絶景であった。

 

蒼く蠢く空に台風の目の様な穴が開き、そこから空の向こうの天の川が悠然と覗けるのだ。

 

男「…友と見たかったな、こんな景色。」

 

 まぁ、こんな景色を見たら後は隕石に焼かれて死ぬしか無い訳だが。

 

男「…ごめんな、友。」

 

 

友「だめぇっ!!!」

 

 

 

 





 実は、この男がちゃんと時間跳躍したのは今回が初めてなんです。
以前のそれは箱庭の世界で他人に制御されていたので。
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