女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
いつも、何かを忘れている気がする。
買い物のメモを忘れるだとか、授業で出た課題を忘れるとかじゃなくって、もっと大切な何かを忘れている気がする。
級友「友~?もう下校時間だけど~?」
友「へっ?…あ、うんうん!すぐ行く~!」
何時ものように、実態のわからない欠けた何かを心の中で模索していたら、委員仲間の友人の声で現実に引き戻された。
そっか、もう完全下校時刻か。
言われて初めて時間に気付いて、受付の椅子から立ち上がる。
背もたれに掛けたマフラーはそのままで、準備室に置いてあるコートと鞄と鍵を手に取る。
コートは受付の椅子に羽織らせるようにマフラーと同じく駆けて置いて、鞄は椅子のクッションの上に置く。
委員以外に誰も残っていない図書室をぐるりと周って、窓の戸締りを確認していくのだけれど、ふとした拍子に、何故だか天窓の直下にある本棚が気になった。
周囲の窓の鍵を確認し終えてから、その本棚の前に立つ。
友「…なんか違う」
本棚の前に立って「ここではない」という感覚に襲われる。
自分にとってベストな位置をなんとなくで模索し始めて、その本棚の辺りをウロウロとして、ようやく落ち着く位置を掴んだ。
友「けど…なんでここが落ち着くんだろ?」
本棚の陰から顔を出す様にして、本棚に手を突いている。
顔を出して覗いた先には、上にあの天窓が見えて、横には今手を突いている本棚。下には本棚の間を通る道。
なんだか落ち着く位置なのは確かなのに、それでもやっぱり何かが欠けている様な気持ちになる。
何か、大切な何かを忘れてる気がするんだけど…。
級友「どしたん?」友「いぎゃあああっ!!」
突然背後から肩を掴まれて、驚きの余り下品な叫び声が上がる。
腰が砕けたようになって図書室の冷えた床にへたり込みながら、私の背後に立っていた友人を仰ぎ見る。
級友「な、なにしてんの…びっくりしたわぁ…」
吃驚したのはこっちだっつーの!
制服の袖口で友人の足をバシバシ叩く。もう!もうっ!!
級友「悪かった悪かったって!冷えるんだからウチの柔肌傷つけんの止めーや!」
友人「何が!柔肌じゃ!ボケェーっ!!」
そもそもそんな本気で叩いてねーわ!
ケタケタと笑いながら、「準備室は確認終わったから、鍵だけ閉めといて」と言い残し、友人は離れて行った。
あー、もう!超ビビった…。
友「…でも、級友じゃないけど、ホントどうしたんだろ、ボク。」
もう一度、本棚の正面の道、天窓の真下を見る。
やっぱり、何かが足りない気がした。
準備室の鍵を閉じて、受付の椅子に掛けたコートとマフラーを身に着ける。
図書室の出入り口で寒がりながら私の鞄を持って待っている友人から、鞄を受け取る。
友「ありがと~」
お礼を言うけど、なんだろ。やっぱり何か足りない気がするんだよなあ。
級友「彼氏欲しい。」
なんだ急に。
友「女の私に言われても困るんですけど」
私の至極真っ当な返答に、「だってさ~」と言いながら図書室の空調を切って出入り口の引き戸を開けて道を譲ってくる友人。
級友「荷物持って待ってたらさ~、なんでウチが寒い中待ってんだろ?って思うっしょ?」
友「へーへー、悪ぅござんした」
なんだ、私への不満かこんにゃろ。
友人が抑えたままの戸から図書室を出て、廊下の窓で自分の外見を少し整えながら返す。
級友「いやいや、違くてさ~友を待つのは全然良いんだけど、私だって男つくって待たせたり荷物持たせたりしたいじゃん」
友「なにそれ即物的」
お前の彼氏はバトラーか何かか
マフラーの位置を整えて、前髪を手櫛でクシャっと崩す。
元々癖毛で天然パーマ入ってた筈なのに、放っとくとすぐストレートになって前髪が貼り付いちゃうなぁ…
私の横に並んで、同じように窓に反射させて友人は言う。
級友「でも彼氏出来たらしたくない?」
友「級友は無理でしょ」
こんなもんかと前髪弄りを切り上げて、友人の後ろを通って図書室の鍵を閉めた。
窓を見ながら「なにそれー!ひどくない?」と抗議する友人に向き直り、ゴホンと一つ咳払い。
友「義務でもないのに図書委員なんて余りの委員を真面目にやってる級友に、待たせたり荷物を持たせたりなんて出来る訳ないでしょ。」
自分でも言ってる途中で可笑しくなって、たははと声が洩れる。
「うっ」と言葉に詰まる友人に「選り好みしなけりゃすぐ出来るでしょ?モテない訳じゃないんだし」と励ましを入れてやってから、職員室へと鍵を返しに歩き出す。
級友「好みのタイプにモテなきゃ意味ないっつーの!」
後から追いかけてきて、言葉と同時に背中に両手を置かれる。
勢いがついててこけそうになったけど、立ち止まって踏ん張る。
級友「友だってモテる癖に彼氏作んないじゃん」
背中から捕まれて、がくがくと揺さぶられる。
友「いや、私はホラ、アレだから。作らないってかなんてーか。」
級友「長続きしない?」
長続きしない…なんだろう、何か引っかかるけど、何に引っかかってるのかわかんないな、私。
「うーん」と唸り出した私に友人は「あ、マジ?!彼氏居たの?!」と騒いでいるが、いや、居た覚え無いから。
友「居ないよ、居た事も無いし。」
級友「じゃあ今の意味ありげなうーんは何?何系のうーんな訳?」
いやぁ、そんなグイグイ来られても私もわかんないんだけど…
っても、「何系?何系な訳?」としつこく訊いてくる友人をあしらう為にも、一回己の恋愛経験について見つめ直してみる。
うーん…ないな、恋愛経験。告られてもパッとしないってか、友人じゃないけどそもそも好みじゃないし。
お義姉ちゃんから聞いた話じゃ、男の人はヤリメ…?だかヤリモクだかな人が多いから、簡単に告白に応えたらそれだけで勘違いしちゃって大変なんで、悩むくらいならバッサリ断った方が後腐れないらしいし。
そもそもボクは好きな人が居るし…――ん?
友「うーん…?」
級友「何何?何なん?!超気になるんだけど!」
あーもう、鬱陶しいな!
友「何でもないってば、そもそも恋愛すらした事ないのに。」
考えるのもめんどくさくなって、適当に答える。
友人はその答えが気に入らないようで「えー?!勿体無くない?!」なんて騒ぐけど、うっさいなーホントもう。
友「勿体無いのはお互い様っしょー?」
級友「いや、まぁそうだけどさー」
「もう冬なのにウチら夢無いねー」なんて隣でボヤく友人よ、私を勝手に巻き込まないで欲しい。
――――――――――――――――――――――――
帰宅後、自室にて学年通信に目を通してから、すっかり暗くなった空を窓から見上げる。
学年通信は、数日後に学校行事で化石の展示会へ行くという通知が記されていた。
化石展…何か、何かを思い出せそうなのに、思い出せない。
誰か、大切な人が寝静まっているそばで、こうして夜空を見上げたような…。
そして、そのままボクもその人のそばで横になって、暖かく眠りに落ちて行ったような…。
訳もなく悲しい気持ちに浸りながら、夜空を見上げ続けていると、控えめなコンコンというノックの音が響いた。
友「ん、あいてるよー」
迎え入れる声を上げれば、「失礼します」と断って、大きな本を抱えた義妹である女ちゃんが入って来た。
友「どしたの女ちゃん?」
女「お義母様が、食事の準備が出来たと。」
おぉ、晩御飯!
直前までのセンチな気持ちを一新し、今はお義母さんのご飯の事で頭がいっぱいになった。
いやぁだって仕方ないよ。お義母さんのご飯超おいしいし、ボリュームあるから食べる事に集中しないとだし。
友「よぉし、じゃあ行こう!」
女「はい。…あの」
窓辺から離れて、部屋を出ようとしたら、女ちゃんに呼び止められた。
「どしたの?」と訊ねれば、女ちゃんは腕に抱えたその本を見せてきた。
女「友さん、貴女はこの本についてなにかご存知ですか?」
友「その本について?」
確かに私は図書委員ではあるし、活字を読むのが好きだけれど、本に詳しいって訳ではないので少し困る。
パッと見てもわからないので、念のため手に取って装丁を見回してみる。
何の印字もなく、パラリと捲ってみればパピルスのような質感の無地の項だけが無数にまとめられていた。
パタンと閉じてもう一度装丁を見るけれど、古い本なのか新しい本なのかすらわからない。
友「んー…?ごめん、わかんないや。」
女「そう、ですか。わかりました。」
心なしか残念そうに俯いて、その本を受け取る女ちゃん。
次の間には顔を上げて「さぁ、食事に下りましょう。」と言って踵を返して下の階へと降りて行った。
友「んー、しくったかなぁ」
女ちゃんはこの家に養子として迎え入れられてからまだ日が浅い。
小さな孤児院かと問いたくなる程孤児を抱える我が家だけれど、義親曰く、「子供を作れないから養子をとる事にした」のだとか。
私は既に養子となってから随分経つからとっくに家族の空気に慣れてしまったし、お義姉ちゃんなんかは私が来た頃には馴染み切っていて、私が馴染めるように色々と気にかけて貰った。
今はお義姉ちゃんは遠出してるみたいで、中々家に帰ってこないから、今度は私が女ちゃんを義妹としてウチに馴染めるように頑張りたいんだけどな…。
私がこの家に来たのも女ちゃんと同じくらいの年だったから、なんとなく気持ちはわかるのだけど、わかるだけで適切な対応が出来るって訳じゃないしなぁ…。
友「とりあえず、食べて、そんで動いてから考えよう。」
あの本に関して、何か引っかかるものを感じながらも、私はそれを見過ごした。
――――――――――――――――――――――――
友「ごちそうさま!」
女「ご馳走様でした。」
二人して手を合わせ、食後の礼をする。
友「あ、持ってくね」
椅子から下りて、食器をキッチンへ持って行こうとする女ちゃんを制して、二人分の食器と、おかずが入っていた大皿を運ぶ。
女「ありがとうございます。」
友「良いって良いって」
こんな小さい子にこれだけの皿を運ばせるのは怖いものがあるし。
まぁ私も身長はそんなに大きくないんだけど…
シンクに置いて水を張った食器用の桶に皿を入れて、リビングでくつろいでいるお義父さんに「浸けといたよー!」と声を掛ける。
「はいよー」と返答が聞こえたので、食器洗いは後でお義父さんに任せて、濡れた手をタオルで拭いてからキッチンを出てリビングに戻ると、ソファーに座った女ちゃんとお義父さんが話し合っていた。
女「この本について教えていただきたいのです。」
リビングテーブルの上に置いた先程の本を見ながらそう訊ねる女ちゃんに、「おおコレか、懐かしいなあ」なんて答えながら本を手に取るお義父さん。
そんな二人を、ダイニングテーブルの椅子に腰かけながら何とはなしに眺める。
というよりも、その本を見る。いやむしろその隣、バスケットに入れられた飴を見る。
晩御飯食べたばかりだけど、椅子から立って、話の邪魔をしないように静かに飴をとる。
お義父さんがそれを見て「1つ頂戴」と言うので、適当に一つ渡して手に乗せるとそれの封を切って「その本の事か」と女ちゃんとの話に戻った。
女「この本はお義父様の書斎で見つけましたが、私、コレと似た本を持っていた人を知ってるんです。」
へぇ、珍しい本だと思ったけど、意外と売られてたりするのかな?
と思いつつ、封を切っていない飴を手の中で転がしながらダイニングチェアにもう一度腰かける。
女「私、この本が売り物ではない事も知っています。」
あ、売り物じゃないんだ。配布物とかかな?
飴の封を切って、口元に運ぶ。
女「この本を持っていた人は、この本を《閻魔帳》と読んでいました。」
飴が手元から零れ落ち、思考が止まった。
女「この世に1冊しかない本がどうしてここの書斎にあるのですか?」
掲示板時代にはなかった完全書下ろしの噺です。
実は拙作は、掲示板時代の作中でサラッと触れられた周回済みの世界だったりします。
友や女の義理の両親の設定なんかは、此方で連載する際に……あ、そだ、1,000UAありがとうございます。
記念に、ちょっと各話毎に挿絵を挟んだり、キャラの見た目の絵をキャラ設定として描いたりして見たいと思います。
その為、投稿済みの噺の多くにおいて改稿の表示が更新されるかと思いますが、本文に手を入れる際はその噺のあとがきにてアナウンス致しますので、なにとぞお付き合い願います。