女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
思い出した…
思い出してしまった…
いや、違う。思い出さなきゃいけなかったんだ。
頭の中に湧き出した、膨大な時間の記憶。
私が忘れてしまっていた世界の記憶。
余りの情報量に少し眩暈がしたので、頭の中で整理しよう。
まず、私は男を他の
けど、私や他の人達と違って男のルーツは未来にあるから、時間渡航者が私達以外に存在しない世界を作ってしまったせいで未来が揺らぎ、男の存在そのものが不安定になってしまった。
苦肉の策として、その揺らいだ存在のまま男を世界に繋ぎとめたのが、あの三日間だ。
結果は、世界に反映する思い出を誤ってしまって、あの
その化石が見つかって時間跳躍技術の体系化が進んだっていうのに、私は男とのデートを楽しむなんて浮かれた理由で、化石展でその記憶を反映してしまった。
そして、私の目の前で錯乱して、女ちゃんに取り押さえられた彼を見て、耐え切れなくなって逃げたんだ。
男を独り、その世界に閉じ込めて、私があの時代から救い出される事なく殺されてしまう世界にして、私自身のルーツを途絶えさせた筈なんだ。
けど、結果はまた男に命を助けられた。私の思い出で出来た彼に命を救われた。
けれど、男はそこで命を落としてしまった。男があの化物とやり合って死んでしまうのは、本当はとてつもないパラドックスが起きている筈なのに、世界は変わらず時を刻み続けて、私は
私を今の時代に連れて来たのは、私の思い出で作った男ではなく、私の思い出そのものだった。
確かに、私の命を助けた男は私自身の思い出で作られていたから、私自身にソレがなければ男があの分岐した世界で作られる事もなく、過去の私が助けられる事も無くなるとは言え、ここでも大きな矛盾が生じてしまっている。
まさか、あまりにも私達が矛盾を生み過ぎて、位相や時間軸の近い平行世界が巻き込まれ始めているのだろうか…
昔、私が世界を分岐させるよりも遥か昔、その当時男と共に、時間を超えてやってくる襲撃者と戦っていた頃に聞いた事がある…
「世界は多少の矛盾は許容するが、生じた矛盾に因果が引き寄せられる。」
とかなんとか…
時間跳躍の
一度世界に許容されてしまった矛盾を解くのは至難だ。
世界は、処理し切れなかったり、希釈し切れなかった矛盾を抱えた時に停止してしまう事もあるけど、その矛盾に引き寄せられた因果が流れとなり、因果の流れが世界を超えて時間的影響を与える事がある。
要するに、矛盾を拡大させない為に時間の流れの影響を停止してパラドックスが発生するのに、外からそのパラドックスの中へと向かう時間の流れが出来てしまっていたのだ。
それには世界の外からの影響が無ければいけないのだけど…
いや、今はそこまで踏み込む事もないか。
大まかに体感で覚えている物事の順序だけを組み立てさえすれば。
男に命を助けられて、けどそこで男は命を落としてしまうという矛盾が発生し、私はあの時代に留められて独り頼る宛もなく野垂れ死にしてしまっただろう。
けどそれだと私の命を助けた男があの時代に跳んで来た切欠が無くなってしまうから、矛盾を希釈しようとした世界が私の思い出に因って私を今の時代に連れて来た。
けど私はそうして今の時代に跳ばされて来たせいか、時間軸としては未来の出来事である筈の、私の思い出で作った男との記憶を持っていた。
これも明らかな矛盾だ、やっぱり矛盾が新たな矛盾を因果として引っ張って来てしまっているようだ…。
あぁもうややこしい…
私がその男との記憶を有していたからこそ、私は今の時代に跳ばされ戸籍の無い孤児として施設に預けられてもすぐに、あの時代へと戻って何度も男を助けようとした。
何度も何度も、あの数分の青い嵐の中へと飛び込んで、その度に弾かれて、それ以前の時間に跳んで結果を変えようとしても、まるでもう因果も運命も定まってしまったかのように何度も目の前で嵐に吞まれて消える男を見て、私はもうその時には疲れ切っていたのだろう。
なんとかして男を助けようと、一旦今の時代に戻って何度も何年も繰り返し暗躍し続ける内に、私自身の記憶が世界に希釈されて、”思い出を守りたい”という強い思いだけが残った時間渡航者の女ちゃんとして、最初の日の男の前に姿を晒した。
けれど、あの世界での3日目のあの日、化石展の隕石ブースで私が男を取り押さえた時点で、私の意思が多少なりとも反映された世界は終わった。
あの日も、あの身勝手な友という義姉はまた己を消そうとしたけど、彼女は消えず、私が取り押さえていた男が消えてしまった。
その先の結果を何度も遠くから見ていた筈なのに、私は、確かにその身で触れていた男が突然消えてしまったという、それまででは感じられなかった感触を得て、酷く狼狽した。
身勝手にも消えてしまうつもりだった義姉も、自分ではなく男が消えるという結果に酷く狼狽えた。
慌てた私は、散々挑戦して無駄だった筈なのにも関わらず、またあの時代に跳んで男を助けようとした。
しかしやはり結果は失敗で、そこでようやく私は一つの事に気付いた。
男を助けようとしてあの時代に何度も跳び返った筈なのに、その時代ではいつも、
そして悟ってしまった。
あの嵐の発する未知の圧力は世界が抱えた修正不可能な矛盾そのものなのだと。
私程度の力では多少抗って影響を与えようとしても、私の命が助かって男の命が失われたという最悪の形の矛盾に戻されてしまうのだ。
あの時間軸矛盾の嵐の中では、私が何をした所で矛盾は解ける事はないのだと。
あの隕石ブースに居た義姉は、明滅するように現れたり消えたりを繰り返す私をどう思ったのだろうか。
最早あの義姉は私の過去ですらないのでその気持ちはわからない。
けれど、何度も男を助けようとした末に諦めて膝を折ってしまった私から《蝶の標本》を取っていった義姉は、その後に何度か明滅するように時間跳躍を繰り返して、隕石ブースの床にへたり込んでしまった。
私と同じく、どうする事も出来ないと察してしまったようで、《蝶の標本》を取り落していた。
開かれた項にその時から記されていた男の謝罪の言葉を、今はハッキリと思い出せる。
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そのまま、その世界で義姉――お義姉ちゃんや家族と共に齢を重ねつつ、どうにかして矛盾を解けないものかと模索し、試しては膝を折るの繰り返しだった。
そもそもが世界の許容量を超えて停止したパラドックスから分岐した世界だ、「生じた矛盾に因果が引き寄せられる。」という言葉の通りなら、そこに大きな因果が引き寄せられて固まってしまうのは当然の事なのかもしれない。
何年か沈黙を保ち、すっかり大人の女性になったお義姉ちゃんが、ある日私に言った。
姉「私は平行世界へ跳んでみるわね。」
何も動きを見せず、てっきりふさぎ込んでいるものだと思い込んでいたお義姉ちゃんが、突然そんな事を言ったものだから、私は大層焦った。
友「平行世界なんて、また自分勝手に世界を作りかえるの?」
私の意地悪な問いに「ええ」と肯定を示して、《蝶の標本》を開いた。
お義姉ちゃんのそんな姿勢に、慌てて噛み付く。
友「そんなの身勝手が過ぎるよ!また別の世界が同じような酷い事になったらどうすんのさ!」
姉「その時の為に、この解けなくなった矛盾を解く術を探るのよ」
ふわりと波打った長髪をかき上げながらそんな事を言って、お義姉ちゃんは更に続けた。
姉「今のこの世界は、決して私の髪の様に手櫛が抵抗なく通るように真っ直ぐな形ではないわ」
手櫛をうった方ではない手を伸ばして、私の頭を撫でる。
姉「張りつめてばかりな貴女の、このボサボサと枝分かれしっぱなしの髪が近いわね。」
優しい手付きで、しかし手入れの時間も捨てていた私の髪にはギシギシと、手櫛で髪を梳かれる。
姉「本当なら、あんなに大きな矛盾を抱えていて、世界が停止しない筈はないの。でも、世界は今もこうして時間の流れの影響を受け続けている。」
「何故だかわかる?」と訊かれたが、考えるのは苦手なので首をかしげた。
その際、艶もなく滑りも悪い髪が何本か滑り落ちた感触が頭皮をくすぐった。
姉「世界線、或いはこの時間の外から影響を受けているからよ。」
私は今度は逆の方向に首を傾げた。
基本的に、世界の流れはその世界の中で完結するものだと思い込んでいたからだ。
しかしそんな私に、お義姉ちゃんは儚く笑んで見せてから「根拠ならあるわよ」と語る。
姉「友、貴女、髪の手入れをすれば、高校の頃の私にそっくりよ?」
何を言っているのか、この時はまったく理解できなかった。
だってそんなの当たり前じゃないか、肉体的にはお義姉ちゃんの若い頃の姿なのだから。
姉「貴女は沢山失敗して来たのね…諦め癖がついてしまっているのがわかるわ。」
言われて気付く。
どれだけ模索しても、「どうせ」と頭で考えてしまっている自分に。
姉「でも、私にそんな癖は無い。」
ハッとした。
そうだ、この人が私であるなら、何年も何もせずにじっとしていられる訳がないんだ。
この人はこの人なりに、私では考えもつかない方法を模索していたんだろう。
姉「欲しいものがあるなら、何年経ってもどんな手を使っても手に入れて見せる。例え一度諦めても、諦めたままで居てられないの。」
「それが私なりのケジメよ。」と宣言してから、お義姉ちゃんは私の手を取った。
視線を合わせて、「貴女はどうなの?」と問われる。
そんなの、決まっていた。
私だって、諦めが頭にあっても、それでも諦めきれないから今もずっとどうすればいいのかを考えていたのだ。
姉「そこが違うと思うのよね。」
友「えっ」
まだ何も言っていないのに、そう断ずる。
《蝶の標本》でも読んだのだろうか?と思えば、両手は私の手を取っていて、《蝶の標本》は机の天板に閉じたまま置いていた。
姉「私が見るに、貴女は考えて動くタイプじゃないわ。寧ろそれは私のスタイルよ?」
あぁ、そういえば、どうして私は思慮が先行しているのだろう。
今までのせいで、すっかり考える事が癖になっているのだろうか。
しかし、その思慮も全てが、解けない矛盾の前には無駄であった。
成程、確かに諦め癖がついてしまう訳である。
姉「外見は似ているのに、中身は全然違う。どうしてかしらね?」
そんなもの、もうお互いに経験が違うんだから当然だと思う。
姉「だってもう私達はそれぞれが別人なんですもの、当然よね?」
そう言ってから、片手を放し、もう一度私の髪を弄り始める。
姉「あの日、化石展以降の記憶は、貴女は持っていたの?」
指先で傷んだ髪をくるくると巻き始める。
ふるふると首を振って答える。
姉「つまり、無限のループではない。」
指先に巻いた私の髪を視界の端に視る。
クルクルと巻き付いているが、ぴょんと毛先は外へとはねている。
姉「この世界は、この人差し指の様に彼の起こした矛盾を軸として、私と貴女だとか、幾つかの世界が渦巻いているわ。」
するりと、そこから指を抜く。
残された髪は、癖がつきながらもはらりと毛先を下におろした。
姉「だから、外から軸を外してやるのよ。」
友「でも…そんなの危険じゃないの…?」
「でしょうね」と嘆息交じりに漏らし、クスリと笑み…―
姉「―なら、危険でも彼が隣に居る道を諦められる?」
友「無理…かな」
ボソリと、小さく、しかし確かに私自身の気持ちがそこにあった。
姉「あの日の化石展からしか、貴女の事よく見れていなかったけれど、その考えナシな笑顔は素敵よ。」
そう言われて初めて、自分が笑っている事に気付いた。
一体、笑顔になるのはいつ振りだっただろうか。
今となってはその時間すら思い出せないが、確かにそこに希望があった。
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あの時お義姉ちゃんが居てくれたからこそ、私は今こうして女ちゃんの前に居るのだけれど…
友「なんで忘れてたの…私…」
考えなしってのも、考え物だよ、お姉ちゃん…。
尻切れトンボで申し訳ないが、次こそこのサブタイの話を終わらせまする。
※改稿情報
11/13/2016:誤字脱字衍字の修正。