女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
友「…お義姉ちゃん、私もやり方変えて動いてみるよ」
笑って、そうお義姉ちゃんに宣言する。
それを見て、フと綺麗な微笑みを見せてくるお義姉ちゃん。
しかし、すぐにその顔を引き締めた。
姉「動くのは良いけれど、
友「
なにそれカッコイイ…!!
姉「世界っていうのは、どんな世界でも多少の矛盾を孕んでいるものなの。」
突然聞かされた素敵な響きの単語に私が呆けていると、真面目な顔のままお義姉ちゃんが話を続けた。
姉「この世界みたく、固着してしまう矛盾というのは滅多になくて、大概の場合はその矛盾を矛盾ではない様に希釈してしまうの。コレはわかるわね?」
友「え、あ…はい。」
えっと、矛盾の希釈…あぁ、ここ数十年程は時間の跳躍に《
姉「希釈されるのは物品だけじゃないの、記憶もそうなのよ。」
友「記憶…の希釈…?」
記憶が希釈される、という事はつまり、あの暗躍の為に朦朧と繰り返した日々も、そういう事なのだろうか。
姉「私はね、あの日貴女が《蝶の標本》を持って現れた時に、その姿を見てようやく思い出したの。私がこの世界の私ではない事を。」
あの日、とは、私が化石展で男を取り押さえた時の事だろう。
「…たった3日とはいえ、良い夢を見させて貰ったわ。」と噛み締めるように漏らすお義姉ちゃん。
姉「外敵も居ない平和な3日間、ただ男にそっくりな彼と過ごせた。本当に、良い夢だった…」
瞼を閉じて、《蝶の標本》を胸に抱きそう呟く。
「けど」と瞳を覗かせ、その眼に私は正面から見つめられる。
姉「私の求める彼ではなかった。あの彼は、貴女の求める彼かしら?」
試すように問われ、反応が鈍ったけど、しっかりと頷いて答える。
姉「そう…なら、我武者羅に動いてでも助けて来なさいな。考えて動くなんて、本当に似合ってないわよ?」
念を押すように何度も「考えるのは似合わない」と言われ、肩が下がる。
今更気付いた事だけど、私だってそれくらいわかってるよ…
姉「それじゃあ話を戻すけれど、コレ。」
そう言って、胸の中に抱いていた《蝶の標本》を私の前へと、見せる様に構える。
話を戻すという事は、記憶の最適化の話かな?
そんな私の予想は的中し、聞かされたのは記憶の最適化への対処法だった。
姉「絶対的に有効…という訳ではないけれど、《蝶の標本》はパラドックスの影響を受けにくく出来ているわ。だから、例え矛盾を覚えている記憶が希釈されたとしても、《蝶の標本》を目にするだとか、或いは自分の過去を読むだとかをすれば、記憶の最適化は解除される…筈よ。」
最後のぼかしに「ハズ…?」と声が洩れる
姉「仕方ないじゃない、”私が化石展で《蝶の標本》を目にして思い出した”という根拠はあっても、ソレを客観的に裏付ける確証は無いのよ。」
言いながら、視線をあっちこっちと逸らして自身の毛先を空いた手で弄り出すお義姉ちゃん。
目を瞑ったかと思えば、「ンッンン!」とわざとらしく咳払いを挟んでから私を見る。
姉「だから、動いたらまずは《蝶の標本》を探しなさい。世界によっては、彼のせいで《閻魔帳》なんて呼ばれてるけれど、同じ物だから。」
――――――――――――――――――――――――
そう、そうだ。
私はその忠告を聞いて、それからあの3日間の箱庭の世界以前の時間に戻ろうとして、その時間の跳躍先では《蝶の標本》がどこにあるかをお義姉ちゃんが大体のアタリを付けてくれて、その内の一つだったこの家にまた潜入する為に、孤児院に入って…それから…
友「結局、《蝶の標本》を見つける前に、世界に記憶を希釈されちゃったんだ…」
この時代に私と似た容姿と同じ名前の
女「友さん、貴女といい男さんといい、少し私を放置して一人で納得し過ぎではありませんか?」
突然、目の前からそう声を掛けられて思い出す。
そうだ、今は女ちゃんが目の前にしていたんだった。
友「たはは、ごめんごめん。ちょっとトリップしてた。で、何の話だったっけ?」
頭を掻きながら、申し訳ないと謝りながら、意識を今に戻す。
女ちゃんの話が
いやぁ、やっぱり私は考えるの苦手だなぁ。
女「男さんが亡くなられているというお話ですが」
私は倒れた。
女「友さんっ?!」
――――――――――――――――――――――――
友「なんで、会ってもないのにもう死んでんだよぅ…」
女「あぁ、もう、いい加減泣き止んでくださいよ。」
力を失ってカーペットに倒れた私を、甲斐甲斐しく診てくれている女ちゃんに泣きつく。
「鬱陶しい…」と言いながらも私を引き剥がそうとしない女ちゃんはかなり優しい子だと思う。
女「亡くなられているなら、助けに行けば良いではないですか。何を泣く事があるのですか。」
私を診る為にカーペットへと腰を下ろしていた女ちゃんの細い腰に抱き着き、メソメソと泣く。
義姉としてみっともない姿だけど許してほしい。
友「だって、だって、私じゃ助けられないんだもん…」
女「…どういうことです?」
ポンポンと背中を優しく叩いてくれていた手のリズムが止まり、抱きしめている体が少し強張ったのを感じる。
今まで、ずっと、色んな方法を試して男を助けようとしたのに、結局助けられなかった。
どれだけ足掻いても、あの嵐に弾かれて、結局男に置いて行かれてしまう。
何か活路を見出したくて、今度はこの世界に、しばらく前の時間に跳んで来て、高校に入学して暫く経っているのに、
なのに、男があの時代で私を助けて命を落とすっていう矛盾が、もう既に確定してしまっている。
矛盾を解きたくて時間を跳んで来たはずなのに、その矛盾が更に拡がってしまっている。
友「わたし、私、男を助けたいのに、あの嵐の中に入れないんだよ…弾かれちゃうんだよ…」
何度も、何度も、あの嵐の中で男のもとに何度も向かったけど、結局、男を庇ってあの
同じやり方を何度試しても、逆にどんどんと距離が遠ざかっていくばかりだった。
もっと前の時間に跳んだつもりでも、どうしても男があの時代に現れた前後にしか跳べなかった。
友「私、何度も何度も、目の前で男が、ごめんって…」
女ちゃんの服に顔をうずめたまま、抱きしめる力を強くした。
頭の上でため息が聞こえて、私の背中に乗っていた手が今一度リズムを刻む様にポンポンと背中を叩き始める。
女「私は”どういうことです?”と訊ねたのですがね…まぁ、良いでしょう。私も手伝いますよ。」
友「…え?」
女ちゃんの言った言葉が理解できなくて、間抜けな声とみっともない顔を晒しながらその表情を見上げる。
女「私は、ある方と彼を助ける約束をしてしまいましたので、私に二度も乱暴を働いた彼を、遺憾ながら助ける手伝いを致します。そう申したのです。」
友「…え?」
詳しく手伝う旨を説明されたはずなのに、何故だろう、「二度も乱暴」とか聞き捨てならない事を言われた気がする。
乱暴って何…?私が女ちゃんの立場だった時にそんな経験ないんですけど…?
友「ど、どういう事かな?詳しく聴いても良い?」
女「生まれてから二日程度しか経っていなかったとは言え、彼は夢中になるとあんなにも乱暴なんですね…」
そう言って、
男、何やってんの?!私そんな経験ないんだけど?!
しかもそのまんざらでも無かったっぽい反応はなんなの?!駄目だからねっ!?
駄目だ、そんな事を聞かされたら、こんな所でグズグズ泣いている場合じゃない。
友「ちょっと…何が何でも男に訊かなきゃいけない事が出来たかも…」
女ちゃんの膝元から立ち上がって、顔を濡らす涙をグシっと拭う。
女「貴女のそういう考え無しな所、単純で操りやすくて良いですね。」
友「たはは、お義姉ちゃんにも褒められたよ」
アルカイックスマイルを見せる女ちゃんに、やる気十分と笑って答えて見せる。
思い出したなら、やっぱりまずは動いてみないと、諦めるのには早いよね。
それに今回は、女ちゃんが手伝うなんて言ってくれたんだし……あれ?
少し疑問がわいて、立ち上がった姿勢のまま固まる。
あれー…私、もしかして…
女「どうかなさいましたか?」
友「…いや、その…誰かに手伝ってもらうの、初めてかもしんない…」
私、こんな単純な事も考え付かなかったの…?
嘘だぁ…いくら考えるのが苦手だからって、そんな…えぇ…
女「…考え無しなのはどうかと思いますよ。」
友「か、考えてるよ!結構割と!」
協力的な時間渡航者なんてそもそも男以外に知らなかったし!
そ、それに前の時間ってか、前の世界だとお義姉ちゃんが最後に手伝ってくれたし…
あ、お義姉ちゃんが数年も何もしなかったように見えたのって、もしかして私から助けを求められるのを待ってたとかじゃ…
女「結構、割と、考えておられるのですか?」
友「…自信なくなってきた」
頭を抱えると、大きな溜息を吐かれてしまった。
うぅ、私一応、義姉なんだけど、全然尊敬されてなくない?!
こ、これでも学校での成績は良いのに!!
友「せ、成績は良いから、大丈夫だよ、頼って!」
女「…高校数学でも必要になれば、頼りますね。」
うわぁん!馬鹿にされてるっ!!
絶対尊敬されてない!
女「さっさと跳びますよ」
友「えっ、い、いきなり?!」
《蝶の標本》を開いて、男の最後の言葉が記された項目を開く女ちゃん。
かなりアグレッシブだなぁ女ちゃん
女「お互いに、考えるより動く方が得意でしょうに」
友「う、それもそうだ…」
考え過ぎた結果、何をするにも腐っていったのが前の世界の私じゃないか。
女ちゃんに言われて踏ん切りをつけた私は、「儘よ!」と、男の最期の言葉に触れて、ソレを起点にして時間を跳躍する。
光となってゆく最中、女ちゃんの焦ったような「あ、馬鹿!」という言葉を聴いた気がして冷や汗が流れたが、もう止まれなかった。
――――――――――――――――――――――――
友「だめぇっ!!!」
男「友っ?!」
俺の体を蝕んで立ち上って行く蒼い嵐の渦の中から、友が飛び出してきた。
友は嵐を突き破って来た勢いそのままに、仰向けに倒れた俺の体にしがみつく。
たった数時間だが何日間にも感じた間、俺が追い求めていた人が、目の前に居る。
あぁ!抱きしめ返したいのに何でこういう時に腕が無いっ!
俺の手足はとっくに蒼い光となって、嵐の中に吞まれていた。
しかし、そんな後悔をしている間にも、俺にしがみついた友の衣服が、俺の手足の様に端から淡く蒼い光となって散って行く。
男「友、離せ。お前も巻き込まれ――」
俺の胸に顔をうずめる友にそう言葉をかけるが、キッと顔を上げて俺を睨む友に、言葉が続かなかった。
友「馬鹿っ!!ばっかやろう!!!ボクがどれだけ頑張ってお前をあの世界に作ったと思ってんだ!!」
俺を睨む幼い顔つきの友の瞳の端、キラリと滴が舞い上がり、蒼く発光して消えた。
友「お前を助けるために!どれだけガマンしたと思ってるんだ!!」
そう言った友は、俺の首にがっちりと両手抱き込む様にしがみ付き、首元にその顔をうずめた。
また、泣き顔見ちまったな…。
男「へいがーる、涙声でそんなこと言わんでよ…」
あやす様にそう声をかけてやる。
友「うっさいっ…!!泣いてない!!男が今目の前に居るから、私は泣いてない!」
「笑ってるんだよこれは!」と、鼻濁音で怒鳴る友。
そうか、なら頬や首筋に感じる冷たい感触は…死にたくない俺の冷や汗なのだろう。
けどな――
男「――悪い、友。」
友「なんだばっかやろう…」
男「正直、また会えただけで悔いは無い。」
友「…っ!!」
首元に抱きつく力が、ぐっと強くなった。
友「ばっかやろう…ほんとにばっかやろうっ!!」
男「それしか言えねぇのかよ」
友「だまればか!また、またお前は私の前から消えるのか!!」
友「一番最初の友達だった時も!仕事の相棒だった時も!!」
友「やっと普通の恋人になれると思ったのに、お前は消えるのか!!」
友「私の命だけ救って!そうして消えるのか!!なんどやりなおせばずっと一緒にいてくれるんだお前はぁっ!!」
友「お前はなんでいつも私を助けるんだぁっ!!」
男「………」
俺が生まれた理由――
――こいつが望んだから。
俺が此処に居る理由は――
男「――お前と一緒に居たいからだっ!」
嗚呼、やっと言えた…
友「ばかっ!!だったら諦めるな!こんな時じゃなくって!後で言え!」
男「いいや!こんな時だからこそ言うね!俺はお前が居ないと駄目だ!駄目駄目だ!」
友「私だってそうだよばかぁっ!!」
男「馬鹿馬鹿言うな馬鹿!俺だって諦めたくねぇよ!!」
友「わかった!私が男の物か何かで未来に跳ぶ…っ」
男「もうほとんど残ってねぇよ!お前だって今巻き込まれてんだぞ?!とっとと離れろ!!」
友「やだっ!離れない!!一緒に居るっ!!」
友の肩まで、蒼く光り始めた。
男「この俺のことは諦めろ!!他の俺を当たれ!」
友「なんで……なんでそんな酷い事言うんだよぉ…」
心を鬼にして、泣かせてでもコイツを引き剥がさなければならない。
俺の手足を完全に砕いてか、光の嵐は勢いを増して、明滅する巨大なすり鉢状の壁を形成する。
友「私の…私の思い出を全部詰め込んで……私の欠片なのに…」
友「この男じゃなきゃ!…そうじゃなきゃ…もう立ち上がれないよ…」
友「……男…諦めないでよ…」
友「私だって、男に助けられて、パラドックスに放り込まれて、男が居ない世界を知っちゃったんだよぉ……」
友「だから…だから…っ!!」
女「そこまでです、お惚気トラベラー共…」
えっ
時間軸矛盾の嵐の中へ入れた理由は、次回以降説明します。
※改稿情報
11/14/2016:脱字の補間。