女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
頑張れよ、こっちは女ちゃんとの約束があるんだから…
本の中で活字として形容されて躍る彼の奮起を眺め、そんな事を思う。
次いで文字が浮かぶであろう空白を見つめていると、予想していた通り文字が浮かぶ。
―…まかせとけ、オリジナル。―
男「いや、だからもうお前はお前だっつの。」
そういう卑屈なところが違うのかなぁ~…
文字の中で世界に抗う彼を眺めながら、その後の空白に己の言葉と思考が記された事を見受ける。
『閻魔帳』から視線を逸らして、空を見上げながら溜息を吐く。
誰も居ない教室の窓枠に腰かけた姿勢のまま膝の上に閉じたその本を置くと、窓の外の眼下から学生らの楽し気で活気ある喧騒に混じって俺を呼ぶ声がした。
壱「おーい!どうした男!!らしくもなく黄昏やがって!!」
声に向けて視線を落とせば、三人組の男子生徒らが寒そうにしながらも俺を見上げて手を振っていた。
男「あぁ、気にすんなー。」
その言葉へなんでもない風に返し、今一度空を見上げる。
「あんだぁっ!そのナメた反応はぁっ!!」というクラスメイト壱の怒声が耳に届いたが、今の俺にはソレよりも重要な問題を抱えている為、ふぅと一つ息を吐くに止める。
弐「俺達…男に先を越されたのかな…精神年齢的に…」
先を越すだって…?ははは、寧ろ追い越すも何も切欠が無いから、今の俺に思い悩んでいるってのにさ…
参「はっ?!まさか!!!男ォ~~!!貴ッ様、魔法使い見習い仲間の俺たちを裏切ったんじゃ…!!」
男「うっせ!馬鹿!!モテないから悩んでんだよっ!!」
なんで俺はモテなくて、あっちの俺はモテるんだよ!
頑なに彼女とは認めないし、相手も彼氏とは言わないけど、明らかにアイツらもう付き合ってるじゃねぇか!
『閻魔帳』越しにしか知らない平行世界の俺への恨めしさを、抜ける様に晴れて柿の実みたいな色に染まった冬の空へと飛ばす。
俺の悲痛な叫びを聞いた三人組は、「そりゃそうか、男だもんな」だの「馬鹿と煙と男はモテないもんな」だの「良い奴過ぎてな…」だのと、好き勝手言いやがる。
最後のお前、ありがとう。でもそれ褒めてないよね?
気が楽だからって、男子がほとんどの学校を選んだのは失敗だったかな…。
男「…お前らが全員女だったら良かったのに…」
壱「突然怖い事言うなよ?!この高さで案外聞こえるんだからな?!!」
男「気にすんな馬鹿ども、とっとと帰れ。」
文字通り上からの俺の忠告を素直に聞いて、馬鹿共は「お前もなー」とだけ残してわいわいと騒ぎながら帰っていく。
男子高校生って徒党を組むとなんであんなに五月蠅ぇのかねぇ。
…でも、女子のグループも結構五月蠅いか。
普段物静かな連中ならそんな事も…いや、アイツらはアイツらで会議通話の時めちゃ五月蠅ぇ。
結論!遊ぶ時は全員五月蠅い!
学校の塀の外を、駅ではなく住宅地方面へと進んで行く三人組の背中を見送る。
男「遊びの誘いが無かったって事は、全員寄り道せずに帰るんかね。」
まぁ、流石に休校日にまで学校に来て日没まで補修受けてたら遊ぶ体力も無くなるか。
門限もあるだろうし。
男「俺も早く帰らねえと、母ちゃん五月蠅ぇからなぁ…」
そうぼやいて、思い出す。
この本に書かれたパラレルワールドの俺には、親も妹も居なかったんだっけ。
男「………」
閉じた”閻魔帳”の背表紙を撫でる。
男「それは…嫌だな。」
一人暮らしに憧れたりはするけれど、親も友達も居ないのは耐えられそうにない。
やはり、この本に記された彼は俺ではない。
例え俺が元ネタとなっていたとしても、考える事は似ていても行っている事は俺とは違う。
友という片割れを求めて、あの化石展の日から過去を求めて、我武者羅になって女ちゃんと出会った瞬間へと跳び立った彼は、最後には「俺だったらこう考える!」という様な思考を次々と踏襲していった。
常に人を見下した態度だし、言われた事も全然聞かないけど、少しでも多くの人を救えるならなんだってするという、俺らしくもソイツらしい矛盾を手に入れた。
男「なまじ、多少なりとも似てるもんだから、うじうじされっと胃がキリキリして来んだよな…」
読んでいて大変辛かった。
お前、うじうじしながら毎回友とかいう人に依存してんじゃねぇよ!と怒鳴りたかった。
男「けど、俺にはもうパラドックスを起こす度胸なんてねぇよ…」
友って人に確かに依存していたし、他人を生きる理由にするなんていう重苦しい奴だったが、気持ちはわからなくもなかった。
しかし、だからと言って俺にその大切な人を助ける為にパラドックスを起こす様な度胸はない。
一度だけ手違いで遥か遠い過去まで飛んでしまい、そこで喰われかけていた一人の女の子を回収してしまったが――
男「――慌ててこの時間に連れて来て、無理矢理タイムパラドックスを押さえ込んだけど…」
歴史として見たなら、彼女はそこで食い殺されて、人類の存続云々には関わっていない筈だと思ったから、その時代に生きたまま放置するのではなく、
かなり無理やりな修正をしたつもりだったので、自分の居た時代にまで戻ってからすぐは暫く恐怖心が拭えなかった。
ただでさえおっそろしい
ガタガタぶるぶると震える俺に抱えられたままだった少女は、俺の腕の中でじっと俺を見つめていた。
そんな当時の事を思い出して、「アイツめちゃんこ小さかったなぁ」等と自分でも自覚する程に気持ち悪い笑みを浮かべて空を眺めて居ると、噂をすれば影と言わんばかりに、俺の遥か下にある地面に伸びる影が駆け寄って来ていた。
妹「あにぃちゃー!!」
またも、窓の外から俺を呼ぶ声。
どうして俺を呼ぶ声はこうもやかましいのだろうか。
男「人気者は辛いぜ…」
ふぅと息を吐き、格好をつけて片手で顔を隠して瞳を閉じる。
妹「あはは!かっこわるー!!」
容赦ない突っ込みに、窓から外へ擦り落ちてしまった。
慌てずに『閻魔帳』で自分記事の最新ページを早引きして文字の先に跳びながら、『閻魔帳』を落ちた窓目がけて放り投げる。
その本は、窓の中から伸びた手にしっかりと掴まれた。
誰も居ない教室が蒼い光に満たされて、気付けば俺はその教室の中から窓枠に腰掛けている俺を見ていた。
窓の外では、遠くから誰かが走り寄ってくる音が微かに聴こえる。
その音が止むと、子供の大きな声が響き、窓枠に腰かけたままの俺は阿保な事を抜かした後に窓から落ちた。
馬鹿だなぁとその様を見届けてから窓枠に近付き、下から飛んできた『閻魔帳』をしっかりと受け取り、息を目一杯吸い込んで――
男「恰好悪いって言うなァっ!!!」
――怒鳴った。
妹「うるせー!!」
ちっこい癖に大仰に体を仰け反らせて、俺のする様な反応を見せる少女。
男「お前も五月蠅ぇわっ!」
足を掛けて窓枠に仁王立ちし、ソイツを見下ろす。
妹「あぶないぞー?」
男「うむ、そうだな。」
流石にそう何度も事故で落ちたくないので、少女の忠告を聞いてゆっくりと教室の床に足を下ろし、同じ姿勢でも今度は安全に見下ろす。
どうやら本当に心配だった様で、少女は無い胸を撫で下ろしてふぅと息を吐いた。
申し訳ない事をしたもんだと苦笑し、『閻魔帳』を開いてその少女の事を思う。
一応、少女は俺の妹みたいになっているが、古い時代から勝手に連れて来た子なので義理の妹であり、更に言えば近所の老夫婦宅に養子として迎え入れさせた子である。
俺はそんな義理の妹の事を「チビ」と読んでいる。
チビの事が記されている『閻魔帳』の最新のページを開いて、まだ何も記されていない空白に指を添える。
そのまま両手を窓の外に突き出し、チビを見る。
妹「………?」
俺を見る眼をまん丸にして首をかしげているチビに、にっこりと笑いかけて時空を跳び越える。
一瞬の浮遊感の後、地に足が着いた抵抗と重力を感じた瞬間、前方目がけて駆け出す。
放射状に散って行く蒼い光が濃すぎてよくわからないが、うっすらと見えるチビの向いている方向からして、このまま真っ直ぐ進めば校舎にぶつかるだろう。
それを承知の上で、光の壁を突き抜けると、すぐ目の前に校舎の壁があった。
両手を突いて指と手の平・手首・肘・肩の屈伸で勢いを殺し、体を浮かせてから手の力だけで跳ね返る様に少し後ろへ跳ぶ。
見上げると落下してきた『閻魔帳』が視界を覆った。
男「ふごっ!!…」
妹「あにぃちゃんかっこ悪い…」
中々恰好がつかないものである。
男「…五月蠅ぇ」
恰好悪いのは重々承知だっつの。
顔に被った『閻魔帳』を掴んで
今の一連の行動は、害意ある
わざわざ階段で降りるのが面倒くて、横着してこうやって降りて来たのであって、決してチビを待たせたくなかった訳ではないので、その様に留意しろよ、俺。
男「さて…」
チビの頭に『閻魔帳』を乗せる様ににポフっと軽く置く。
妹「あうっ」
男「帰るか。」
妹「うんっ」
『閻魔帳』で隠れて見えないが、チビは満面の笑みを浮かべているだろう。
俺がロリコンに目覚めない内に、モテ期は来ないものだろうか。
チビを家に送り老夫婦から「いつもありがとう」とお礼を言われて、更には飯までご馳走されそうになったが、「いや、今日は補修がキツくて、もう寝たいんっす」と嘘を吐いて断り、残念そうな老夫婦とチビに後ろ髪惹かれながら俺も自分の家に帰った。
本当は俺は補修なんか無く、ただチビを隣の学校に送迎する為だけに登校していたのでそれ程疲れてはいないのだが、『閻魔帳』に記された事象の続きが気になっている為、自室でさっさと読みたいのだ。
チビをこの時代に連れ帰ってどうしたかというと、まず孤児として国に届け出た。
その後は完全に役人に任せて、たまに思い出してはその身を案じる程度で数ヶ月程気ままに暮らしていたが――
――今思えばそれがまずかった。
詳しくDNA検査などをすれば、チビの遺伝子がとんでもない価値の物である事はすぐにわかるのだ。
時代を超えてここに来た事ぐらい、視る人が視ればわかるのだ。
そんなことが世間に知れては大騒ぎになるが、政府にすでに未来人が紛れ込んでいたらしく、幸運にもその情報が公表される事は無かった。
しかし悪い事に、素行の悪いトラベラーにチビが狙われるようになってしまったのだ。
俺がソレを知ったのはずっと後の事だった。
更に数ヵ月後、TVのニュースで身元不明の幼児の惨殺事件が取り上げられ、チビの事かもわからないのに居ても立っても居られなくなった俺は数ヶ月前――チビを連れて来た時間へと跳躍した。
幾度の時間の繰り返しと幾つかの些細な情報操作により、家の近所に住む子宝に恵まれなかった老夫婦の家へとチビが養子として迎えられるように仕向け、他の時間渡航者からチビを守る為に、俺は影で暴れ周るようになった。
繰り返す時間の中で何度も政府関係者にバレたりもしたが、その記憶も最早俺にしか残っていない。
その長い戦いで、時間渡航者の組織の様な奴らからかっさらった、この『閻魔帳』を有効に使わせてもらった。
それ以来、もうパラドックスなんて起こす気にはなれなくなった。
今は比較的平和だが、悪意ある時間渡航者は未だに影で誅して過ごしている。
男「………」
自室のベッドに転がり、蛍光灯に手を透かしてみる。
男「貧弱な力だった…」
他の時間渡航者は皆、俺よりも優遇された条件で時を飛び越えて来た。
何度も過去を消されそうになったが、運命なのか運がよかったのか、辛くも今まで生き延びてきた。
過去を消されそうになる恐怖を、眼で見て感じてきたからこそ、最早タイムパラドックスを起こす踏ん切りはつか無くなってしまったのだ。
ふと、異世界の俺のことを思い出す。
俺の手垢がべっとり着いた『閻魔帳』を開く。
思い馳せるは
そうして記されていくのは――
――俺の事
――チビの事
――異世界の俺とされた、彼の事
――その彼女である友さんとやらの事
――女ちゃんの事
後の二人は、なんかいつもイチャついてるばかりで読んでるとイライラしてくるから、意識して記述されない様に除外している。
頭からパラパラとページを進めるが、学校で見た時より多く捲っても、アイツがパラドックスに到達したページには至らなかった。
その理由を少し考えて、アタリをつける。
男「…おぉ、そうか…過去を変えられたか…。」
彼が世界の構造を友さんとやらから知らされた時も、似た様な事があった。
過去の記述が次々と消えていったのだ。
本来ならどんなパラドックスが起ころうとあり得ない事だが、彼が生まれる以前の記述は、ただ友さんとやらの思い出を切り貼りしてでっち上げた急造の物でしか無かった為、その思い出の元々の保持者の過去が消えてしまっては、連鎖して記述も無かった事になっていく様子である。
しかし、切り貼りされて作られた物以外の、彼自身の思い出だけは記されたままだった。
彼はその点に目聡く気付けた様で、それを元に過去へと跳び、あの箱庭の世界から解き放たれてパラドックスへと至った。
そして今、学校で読んで彼と対話した時よりも記述と記される人物が増えているという事は、無かった事にされた事象をもう一度やり直せたんだ。
なんとなく誇らしい気持ちになりながら尚もページを捲っていると、学校で読んでいた内容の記述の先に幾つかの文章が増えていた。
男「ん~と…なになに?」
―はっ!ここはっ?!学校……くっ、あの女…一体私に何を…―
ん~…?この言葉使いは…
幾つか記述を読み飛ばす。
―友さん、貴女はこの本についてなにかご存知ですか?―
男「おぉ!!これ女ちゃんだ!」
俺のテンションMAXである。
―またこの時代の《
その
―この世に1冊しかない本がどうしてここの書斎にあるのですか?―
―…この義父は良い方ですね、何故だかあの人を思い出します。―
―…この義姉はダメな人か。―
―友さん、貴女といい男さんといい、少し私を放置して一人で納得し過ぎではありませんか?―
―私は、ある方と彼を助ける約束をしてしまいましたので、私に二度も乱暴を働いた彼を、遺憾ながら助ける手伝いを致します。そう申したのです。―
その後は、
男「女ちゃんまであいつの事追っかけて…お兄さん悔しいよ…」
血の涙を流すが、ハンカチを差し出してくれるような人は居ない。
約束というのは、俺との事だろうが…それを置いても何だか複雑である。
…いやいや、やめやめ!
とりあえず状況を整理する為にも、ページを戻って女ちゃん以外の記述も読む。
―ここは…ここはどこ…?―
―私は、私は消えたはず…ど、どうして生きてるの?!―
―男は…?男はどうなったの…?―
男「…フム、友さんか。」
どうやら、彼女さんはパラドックスに産み落とされたみたいだ。
―私はなんてバカな事をしていたんだろう。―
―ボク以外の彼女でも出来たのかな?だったら悔しいけども―
―思い出してしまった…―
―考えなしってのも、考え物だよ、お姉ちゃん…。―
―私は倒れた。―
―男、何やってんの?!私そんな経験ないんだけど?!―
―ちょっと…何が何でも男に訊かなきゃいけない事が出来たかも…―
その後には、先程の玄関先での俺とチビのじゃれあいが記されていた。
男「…つまり、あちらの男さんは彼女を救えて、その彼女さんは『閻魔帳』で急いで過去に飛んだ……と。」
はは、なんか、なーんか――
男「――バカップルめぇ…っ」
唸りながら、興味本位で次のページを見る。
この『閻魔帳』の特性の一つに、記される事項は体感時系列順という性質がある。
彼の居たパラドックスの世界は、厳密には過去に跳んだのではなく、場所だけ飛んで時間の影響を世界が停止させた世界であった為、学校での様に俺と『閻魔帳』越しにやり取りが出来たのである。
あの世界では、彼と、『閻魔帳』だけが時間の影響を受けて、それ以外は時間の影響を受けずに停止していたのだ。
大体のパラドックスは大凡同じ性質で止まっているものだと思う。
もしかしたら、今もどこかで停止した平行世界があるかも知れない。
が、今はそんな事どうだっていい、重要な事じゃあない。
時間を跳んだ友さんと…あと本命の女ちゃんが、跳んだ先で何をしているのかが気になった。
ば、バカップルが過去で何してるのかなんて、これっぽっちも興味ないんだぜ!
なんてお茶らけた気持ちで眼を通した記述は、俺にとって驚愕の景色が描かれていた。
男「んな…アホな…」
いや、アホなのは俺か…?
男「自分以外の生物を…時間跳躍させる…?」
そんな事、出来たのか。
自分の為にしか使わないので、想像すら出来ていなかった。
だが確かに、俺もチビをこの時代に連れて来ていた事に思い至る。
必死過ぎて、トラウマにでもなっていたのか、朧気にしか認識していなかったんだな…
野生動物との戦闘による恐怖心もあったのだ、己の事ながら仕方ないと言えよう。
男「俺なんか、拙い4次元殺法で伸しただけなのに…」
男「…蒼い光の嵐だってぇ…?」
いつも己の身を包むあの幾らかの蒼い光を思い出す。
とても嵐なんて呼べる程の量ではない。
男「…はは…ははは……」
そんな広域を丸ごとタイムトラベルできるのか
男「…バケモンだろ…」
自分の手を見る。
この能力の真価を、垣間見せられた気がした。
実はこの男の視点で描くのは2度目です。