女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」   作:下品な牛乳◆N1RGqRourg

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ルーツは未来に。~放たれた彼と彼女と思い出の守り手~

 

 

男「あの(ケダモノ)――バケモンの正体はなんなんだ?」

 

 長く太い爪、粘質の唾液でぬらぬらと照り返す剥き出しの牙、赤く網目状の(ヒビ)が入った分厚く固い皮膚、骨が浮き下腹部が垂れて柔らかく、一見貧弱そうだがよく見ればその皮膚に確かに動物らしく逞しい筋肉が浮いていた(ケダモノ)

だがアイツは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

友「………」

 訊ねようとも、尚沈黙を深くする友。

合わせた手を所在無さげに揺らして、逸らした顔を俯かせる。

男「なら、質問を変えよう。―」

 言葉を選んでいるのもあるだろうが、それ以上に、言いたくない様子の為、答えを得られそうな問いを探って行く。

俺はただ確認をするだけなので、答えが欲しい訳でもないが、答え合わせは必要だ。

男「――アイツは未来から来たのか…?」

 あの時代のヒト属が、あんな進化を遂げるとは思えない。

であるなら、考えられるのは《あの時代に居たが別の時間から来たヒト属》という事。

俺のそんな確信めいた疑念に、友は困ったように笑って答えた。

友「…うん。アイツ―ボクの家族を喰ったアイツは、未来から来た人間だよ。」

 己の言葉に、悲しそうに表情を歪ませて、「いや、人間なのかな…?」と言葉を続けた。

男「アイツの正体を知ってるのか?」

友「……うん。」

 正体を知っている。

しかし、家族が喰われた過去を変えなかった。

それとも、変えられなかったのだろうか。

男「アイツは――」

 友の返答に、突き詰めるように、突き崩すように、俺の中の答えをぶつける。

 

男「――俺のオリジナルか?」

 

友「……――」

 

 押し黙る友。

永い、永い永い沈黙の先、もはや答えは期待できないか、と見切りをつけようとしたところで――

 

友「――…うん。」

 

 ――友の首が、縦に振られた。

それを見受け、俺は瞼を下ろしてただ息を吐いたが、友の隣に居た女は、いつも眠たそうなその瞳を見開いてたじろいだ。

しかし、何かを堪える様に《閻魔帳》を強く抱き直して、話の続きを目線で求めている。

そうか、俺のオリジナルが、ああだったのか、ああ成ったのか。

しかし…

男「…どうして、あんな獣がオリジナルに…?」

友「…言わなきゃだめ…だよね……?」

 未だ尻込みする友に、女と目を合わせてその意志を問う。

見つめられた女は一瞬だけ視線を泳がせたが、すぐに強く此方を見返して、1つ頷いて見せた。

それに応えて、俺も1つ頷いてから友を見る。

男「俺と女は聞きたい。」

友「………えっとね…」

 

 辛そうな表情のまま、友はゆっくりゆっくりと、その全てを話してくれた。

 

友「―…まずね、今まで経験した時間のループの中では、ボクと男は最期まで一緒に居る事が出来なかったの。」

 友の合わさった手が力なく解かれて、左右に離れてゆく。

友「さっきも言ったけど、他の時間渡航者(タイムトラベラー)と完全に対立しちゃった時とかは、真っ先にボク達は離れ離れにされたんだ…」

 自身の胸を指差し、次いで俺を指差す。

友「でも、相手も自分達と同じ時間渡航者なら、こっちだってやりようはいくらでもあるんだよ。それは実は大した問題じゃない、むしろ日常茶飯事だった時もある。」

 此方を指していた手が、グッと強く握り込まれる。

友「……一番の問題はね、男の存在自体だったんだ…」

 握り込まれた拳が、再び力なく解かれて下がった。

男「俺の存在自体が問題…?」

友「うん、…今の男が覚えてるかわからないけど、男は《生まれた時から時間跳躍の能力を持たされてた》んだよ?…」

 生まれた時から…持たされていた……?

あの三日間の世界で、俺を作った存在に抱いていた漠然とした恐怖が再び俺の心に湧きだす。

しかし、結局その存在は友の事だったではないかと思い直し、湧いた恐怖に堪える。

友「すっごく…すっごぉぉく遠い先の未来でね、遺伝子レベルから、もっと言えば成長や劣化のルールから、男は作られたんだ。」

 遺伝子レベルというのはなんとなく理解できるが、その後の「成長や劣化のルール」というのがよくわからない…

そんな俺の表情を見てか、「うんとね」と顎に手を添えて、捕捉を述べる友。

友「例えば、未来で自分に起きる事が全てわかっていたら、時間をかければその全てに対処しきれるじゃない?」

男「お、おう…」

 数秒後に足を挫くと知っていれば、細心の注意を払うだろう。

重い荷物を持ち上げる時は、腰を壊す例を恐れて、腕で荷物を固定して脚で持ち上げる様に意識するだろう。

しかしそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言えるだろうか…?

 

友「最初に私を助けてくれた男と、私の家族を襲った男の身体はね、遺伝子が未来を予測演算していて、それぞれの体組織がどのタイミングで劣化するかまでわかっていたから、何が起きてもプラスマイナスで0になるように、成長したり修復したりしてたの。」

 

男「……」

 余りにも恐ろしい話に、俺は言葉を失ってしまう。

友の隣で話を聞いていた女は、「『ラプラスの悪魔』…」とだけ呟いた。

友「――最初に出会った男は、周りからすれば、一切の成長も老衰もしない、不老不死に見える存在なんだよ。」

男「そ、そんな馬鹿な。俺のオリジナルは、生まれたときからキメラだったのか?!そんなもの、何の為に生み出したんだよ!!」

 下手すれば世界がひっくり返るような存在だ。

いや、パラドックスなんてもんが起こるんだ、実際に何度ひっくり返ったかわかったもんじゃない。

何でそんな恐ろしい存在を生み出したんだ!何で誰も止めなかったんだ?!

 

友「…人類全員が望んじゃったんだ…男の存在を。」

 

男「?!」

 俺が…?…人類全員に…っ?

男「そ、そんなはずないだろ!お、俺は…あ、いやオリジナルは、そんな救世主的な存在だったのか?!それがこうなったのかっ?!それがあんな姿(ケダモノ)になったのか?!」

 俺の詰問に、友は慌てるでもなく、ただ苦しそうに「うん」と答えた。

 

友「人類全員の目的と手段が逆転しちゃったんだ。」

 

 目的と、手段が…どういうことだ…?

男「人類全体に同一の目的があるのか…?”生きたい”とか”眠りたい”とか…?」

 いや、しかしそうなると「目的と手段が逆転」というのが引っ掛かる。

友「ううん、違う。もっとわがままな事を、全員が本気で望んじゃったんだ――」

 

友「――後悔を失くしたい……過去を変えたい!…って。」

友「”過去を変えたい”って目的があったから、色んな人が血眼になって”時間を越える手段”を模索するでしょう…?」

友「いつしか全ての人がその事柄にとりつかれちゃって、”時間を越える技術”をもっと明確にする為に、めちゃくちゃに”過去を変えてまわった”んだって。」

 

友「そうして、遺伝子レベルまで時間渡航者の男が生まれた。」

 

男「……とんでもだな…」

 突飛過ぎて驚けない。

とても俺に関係のある話とは思えないが、でも、俺のオリジナルの話なんだよな…。

友「実際、男の存在はトンデモだよ。だって機械とか使わずに、自分の身体さえあれば時間を越えられるんだから。」

 言われてみればそうなので、思わず「……う」と言葉に詰まる。

ま、まぁそれはそうだ…。

しばらく突飛な世界に居すぎて、自分自身の反則性を忘れていた。

友「…タイムトラベル理論やタイムマシンの究極的存在の男は、そこにいるだけで時間を歪ませる。――」

友「――ボクも、何度か時間跳躍に巻き込まれただけで能力が身についちゃったしね。たははっ!」

 打って変わって、心底嬉しそうにはにかむ友。

…俺には、オリジナルの犯した罪は、許せない。

友を笑わせた嫉妬もあるだろうが、何より、友の人生を狂わせたのはオリジナルだ。

…たとえそうしないと友が死んでしまうとわかっていても……

友「でも、ボクはやっぱり後天的に能力を手にしただけだから、体の成長は人並み程度なんだ…」

 そう言って腕を広げて、自身の身体を示す友だが、「ちっこいけど…」と小さく呟き、ため息を吐いたのは聞き逃さなかった。

友「…まぁ、だから、男とは寿命が違いすぎるんだよ。これが、いつまでも一緒に居られない理由その1。」

 そう言って寂しそうに笑った友だが、俺を見て「男がどんなもんかはまだわかんないけどね」と微笑んだ。

 

女「それで、あの化物(ケダモノ)については…?」

 自分の恐ろしい出生の秘密の片鱗と、俺の知らない友とオリジナルの思い出を垣間見ただけで、頭の中が一杯になってしまった俺は、女のその指摘でようやく話の全てはまだ聴いていない事を思い出した。

友は女に頷いて見せて、改めて続きを話すが、その表情は先程の様に徐々に沈んでいく。

友は眉間に深いしわを刻みながら、唇をかみ締めていた。

友「…理由その2だけど…男はね、身体全体が”超未来”から”原始”へと移り変わってく存在なんだ…」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…?

友「――だから、どう頑張って過ごしても、最期には結局、時間っていう概念すら忘れた獣に変わっちゃうんだよ。」

 友は、そこで話を区切りたがっていたが、「詳しく訊いてもいいか?」と無理を言って続きを催促すれば、「ん、ちょい待ち。」と言葉を選び始めた。

友「―おっけ。」

 やがて、話を組み立てる事に疲れたのか、眉間を揉みながらもそう言って続きを聞かせてくれた。

友「…男は遺伝子レベルで時間渡航者だって言ったよね。」

男「…あぁ。」

 体組織全てが時間跳躍に特化した演算装置兼、入出力装置と化しているのだ。と認識している。

友「…それはね、それまで蓄積された遺伝子記憶や細胞記憶を、連続的なタイムパラドックスで忘れていくっていう事なんだ。」

男「は…?」

 遺伝子の記憶を忘れていく…?

友「少しだけ簡単に言うと、子供は親に似るよね?」

 俺の理解できていないという表情を悟った友が、またも言葉を選ぶ。

友「教育の仕方もあるけど、多くは親から受け継いだ遺伝子の記憶によって、思考パターンが決まってくるんだ。」

 それは、優生学の観点だった。

いや、しかし細胞レベルで時間跳躍に特化した存在という事は、その見地から切り込まれたという事でもあるのだろう。

 

友「…男はね、人間の両親を持ちながら、遺伝子記憶は猿人として生まれて、歳を重ねる毎にネズミ、魚、プランクトンって退化して行くような存在なの。」

 

 つまり、俺は…いや、俺のオリジナルは、人類に望まれて生まれて、そこに居るだけで世界を壊して、最後にはその力を制する理性すら失ったって事か…

男「…細胞記憶だけじゃなくて、遺伝子の記憶まで忘れていくって…そういう、事か…」

友「酷い人たちだよね…そんな奴を生み出しておいて、手に負えなくなったら見捨てるんだよ。」

 見捨てる…そうか、見捨てられたから、始末する為に狙われたって事も、あった訳か。

己の手を見つめて、その拳を握る。

まったく現実感のわかない話だが、おそらく、真実なのだろう。

友は、そんな男を護りたくて、あの箱庭の世界へと分岐させた。

しかし、男は遥か先の未来で生まれた存在だから、分岐させた時点で未来が揺らいで男は存在できず、友の思い出だけで作られた俺が、あの世界に生まれた…と。

 

女「貴女は、あの化け物に同情してしまうほどに知ってしまったのですね…」

 怯える様に、悲しむ様に、女はそう言った。

女「私、…理解する時間が欲しいです…。」

 それだけ残して、髪を揺らして立ち去って行く。

どこかへと去りゆく女の背中に、俺はかける言葉が無かった。

 

友「女ちゃんは、さ。」

 女の背を見送る俺の横に立ち、そう語り始める友。

友「命を助けられた覚えはあっても、その後一緒に過ごした時の思い出は無いみたい。」

 その言葉は、懺悔の言葉であった。

友「だから、思い出を守りたいって漠然とした目的はあったけど、その思い出がどんな思い出なのかわからなくってさ。」

 誰かに裁かれたがっている、友の叫びであった。

友「今になってようやくその思い出がなんなのかわかったってのに、その思い出に家族を奪われたんだって…」

 誰かに助けを求める事が出来ず、独りで抱える愚か者の慟哭であった。

友「私、最低だよね…」

 だからこそ、そばに居たい俺はこの言葉を友に贈るのだ。

 

男「あぁ、最っ低だな。」

友「…っ」

 断罪だ。

友、そうやって俺たちを遠ざけようとしたって無駄だぞ。特に俺はな。

男「独りで勝手に盛り上がって、勝手に散らかして、挙句女の子まで泣かせて。」

 友、気付いてくれ。独りは嫌なんだろう?

友「ちょ、酷くない…?何もそこまで…」

男「そこまで言われる様な事、散々して来たろ?」

友「…そう、だけど…」

 俺だって独りは嫌だ。だからこそ俺がこの言葉を贈るんだ。

男「そもそもここはお前を慰める為の場所じゃ無い。なんでもかんでも思い通りになると思うなよ。」

友「うぅ…」

 友、隣を見ろ。お前は独りなのか?

あの女の背中を見ろ。誰が独りなのかを、考えろ。

男「少なくとも今は、お前は独りじゃないんだから、もっと他人を頼るべきだ。」

友「…頼って、良いのかなぁ」

 違うぞ、友。お前が欲しかった物は、お前独りで手に入るのか?

お前が裁かれればそれで全てが救われるのか?

男「誰にも頼れない様じゃ、時間跳躍禁止だな。」

友「そんなっ?!」

 友、お前独りで事が済むなら、最初から俺や女なんて現れていないんだよ。

俺の人生だって、女の人生だって、各々で歩いていくしかないんだ。

だから勝手に嘆いて、勝手に無頼に振舞おうとして、勝手に巻き込むのだけはやめてやれ。

「巻き込みたくなくて、でも結局巻き込む」なんて事よりも、「最初っから頭を下げて手伝って貰う」ってのが良いんだよ。

心持ちも整っていないまま巻き込まれてたら、それこそ各々の人生を歩んで行けないんだ。

男「何をそんなに恐れる事がある?」

友「だ、だって…」

 揺れはしているが、一押しが足りないみたいだ。

だったら、こう言ってやろう。

 

男「…()()()()()()()…?」

 

 その言葉を聴いた友は、「うぅ」と唸って俺と向き合った。

友「…ズルい」

 ぼやくように発した言葉に、「ズルくて結構!」と返しながら、友の頭を滅茶苦茶に撫でて髪型を崩す。

腕の中で「うがーっ!!」と騒ぐ友に、追い打ちをかけてやる。

男「友はなんか、独りで動くのが癖になってるな。」

友「うっせ!バッカヤロウ!」

 そう叫びながら俺の両手を掴んで振り下ろし、解放された友は「頼るからな!バカ!」と叫んで何処かへと駆けて行った。

男「…二人とも、ここがパラドックスだって事忘れてねぇかな。」

 行方の知れなくなった二人に倣って、俺も行く宛てなくふらふらと歩き出した。

 

 

 

 

 




 

 ズルい理由については、弐章の2話を見て貰えればわかるかも。


※改稿情報
11/18/2016:誤字の修正。
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