女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」   作:下品な牛乳◆N1RGqRourg

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ノーカン。~放たれた彼と彼女と思い出の守り手~

 

 女も友も何処かへ行ってしまったので、少し休憩を兼ねた解散という形をとる。

二人の事に関しては暫く放っておいて、お互いに任せるしかないだろう。

友の話を聴いて、パラドックスを動かすのが怖くなった俺は、まだ世界を始める勇気も無く、動かぬ空、動かぬ太陽、静かな街並みをただただ眺めて歩いていた。

 

ふと立ち止まり、見覚えはあれど見慣れぬ道を見回す。

交差点を抜けた先、「化石展」なる看板を見つける。

男「…こんな所まで歩いて来ちまったか……」

 疲労と時間の感覚は曖昧で、どれくらい疲れているのか、この世界でどれくらいの時間を潰しているのかはわからなかった。

今一度、隕石ブースを眺めてみようと館内へ歩き出しながら、視線を自分の腕に落とす。

太くも無く、細くも無い。黒くも無く、白くも無いこの腕が、あの骨と皮と肉でゴツゴツとした赤く罅割れた肌になるのかと考える。

パラドックスを抜ける事が、更に怖くなった。

 

男「あ」

友「あ」

 

 化石展会場内のあの土産屋で、友と出くわした。

友「お、おいっす!」

男「お、おじゃましました!」

 二人の事に関しては暫く放っておいて~なんて考えていた矢先のコレである。

腰を90°曲げて、そのまま身を反転させてダッシュする。

腰ほどの高さの商品棚に激突する。

友「おわっ?!だ、大丈夫かー!!」

男「お気になさらずーっ!!」

 荷物に埋もれながら、じたばたともがくが。

もがけばもがく程、出来た隙間へ積み重なった荷物が流動的に流れてゆき、抜け出せなくなっている事に気付いた。

男「………」

友「………」

 友と視線が合う。

意地悪な笑みを見せている。

男「…タスケテ」

友「…アイヨ」

 ひょいっと手を伸ばされて、ソレに摑まる。

荷物の中でもがいていた時と比べれば、すんなりと荷物の山の中から抜け出せた。

立ち上がって、荷物の山と友とを交互に見る。

男「あぁ、えと、こいつぁどうしやしょう…!」

友「落ち着いて…ここは君の世界なんだから」

 そ、そんな事言ったって……

何が原因でパラドックスから抜け出してしまうのかわからないのだ。

であるなら、俺の思った通りに動くというパラドックスで、こんなしょうもない事に願ったり思ったりしたくない。

友「やっぱり、怖くなっちゃった…?」

男「…正直…な。」

 こうして、取り戻した友と話しているだけでも、あの箱庭の世界で感じた物とはまた違う不安感が湧き出てくる。

今ではないとはわかっていながらも、いつ理性を失うかもわからないのに。

少し視線を合わせ辛くて、友から眼を背けた。

こんな情けない姿を晒して、頼ってくれるとは思えない。

寧ろ、こんな情けない姿を晒して頼られたくないという、ちっぽけな自尊心が俺に目を背けさせた。

すると、がら空きの背中に友が思いっきり抱きついてきて、2、3歩前につんのめった。

思わず「危ないだろっ」と背中の友を見やる。

友「危なくないよ…男は危なくない。」

男「いや、今まさに床に倒れ―」

友「私の大切な思い出で生んだんだもん。男は危なくないよ。」

男「………。」

 そういうことじゃ、ねぇんだけどな。

言いかけた言葉を飲み込み、浮き上がった腕を下ろす。

商品は自分の手で積み直し、背中にしがみ付く友を引き剥がす事は諦めた。

そのまま友を背中につけたまま、床の矢印に逆らって隕石ブースへと向かう。

ブースに一足踏み込むと、古い記憶が頭の奥底から浮かんできた。

あの、(ケダモノ)の偶像におびえる女を、必死にあやす俺の姿だ。

これはオリジナルの思い出なのか、はたまた友の思い出なのか。

どっちにしろ、湧き出した記憶に以前の様な拒否感は伴わない。

 

そうして、友を背中に引きずりながら入った隕石ブースには、またも先客がいた。

女「…おや、未来の剥製さんじゃあないですか。」

男「お、おう…」

 あの、それは剥製じゃないんです…偶像なんです…

しかし元となったのは未来の俺なので、なんと声を掛けたものかわからず、曖昧な返答になってしまう。

ソレを聞いた女は、視線を俺の少し横に向けた。

女「それに、ホームメイトさんまで。」

 そう言って話しかけられた友は、俺の背後からぬっと手を出して、挨拶する様に掲げた。

友「うぃーっす、お姉ちゃんと呼んでいいよ~」

女「お断りします。」

 友!軽い!軽過ぎる!

友からの冷や冷やするアプローチを軽く断ち切った女は、視線を俺達からあの獣の偶像に戻した。

男「あの…女さん?多少は落ち着きましたか…?」

 背中の重りに唸りながら、表情が見えなくなった女の様子を伺う。

女の横から覗ける手が、《閻魔帳》を強く握り込んだ。

俺の言葉に女は、ふるふるとその滑らかな長髪を左右に揺らし、小さく息を吸い込む。

女「納得はしました。…が、貴方達との距離を測りあぐねています。」

男「さ、さいですか…」

 若干刺々しい言葉に、女の中で大きな不安がうねっている様を感じ、どうしたもんかと頭を悩ませていると、女の方から言葉が続く。

女「…ここは貴方が到達し、築き始めたパラドックスです。」

男「………?」

 突然の確認に少し戸惑うが、自己確認、または独白の様なものだと思い、何も言わずに耳を傾ける。

 

女「…私は、なんなのでしょうか…」

 横手に掴んでいた《閻魔帳》を抱きしめて、女はぽつぽつと話し始める。

女「…ここは貴方が友さんを求めて辿り着いた世界。彼女が在るならば必然的に私もそこに在る事になります…」

 その声が震え、小さな肩は揺れだした。

女「…私はお荷物のように生き返り、命の恩人に家族を食い殺されました…」

 嗚咽を漏らすまいと顔を俯かせたが、それでも堪える声が耳に届く。

女「……私は………なんなのですか…」

 細く切れそうな声でそう漏らしたが、ソレに依って(せき)を切った様に、抑えていた言葉が溢れはじめる。

女「私は貴方にっ、何を言えばいいのですか!!」

 身体を揺らして言葉を発する。

女「ありがとうっ?!ご迷惑おかけしましたっ?!!余計な事をっ?!家族を返せっ?!?!」

 長髪を振り乱し、透明な雫が宙を舞う。

女「言いたい事がっ、言わなきゃいけない事がっ、いっぱいいっぱいグルグルグルグル…!!」

 遂には膝を崩し、その場にへたり込んでしまった。

女「私は、この世界でっ、誰の何になればいいのですかぁ…っ」

 会場の床に、その声が反響する。

俺の背から離れた友が、泣き崩れた女の下へと向かい、正面からその頭を抱きしめた。

友がその背をトントンと叩くと、友の背に女の腕がゆっくりとまわされる。

友は何も言わず、ただあやす様に背中を優しく撫で(さす)っていた。

 

男「あのさ…。」

女「なんですっ!!」

 涙声でそう答え、ギロリと鋭い視線で俺を射抜く女。

ぞわりと背中が泡立つが、臆せずに言いたい事を言う。

男「言いたい事があるなら、全部言ってくれ。全部聞くから。」

 少なくとも、今こうして話を聞けたのは、俺としてはありがたかった。

何せ、いつか俺は理性を失うかも知れない。

そんな中で考えたのは、人に怯えて関わってこなかった事への後悔で、パラドックスを動かす踏ん切りが付かない俺としては、今関われる唯一の他人が友と女だけなのだ。

結局は自分本位な理由で感謝しているだけだが、それでも人の話を聞けるのはありがたい事だった。

男「けど、”死ぬ”とかそういう事はナシな。」

 話を聞かせてくれたのだから、俺からも伝えておかなければいけない事がある。

コレは俺なりの感謝の気持ちだが、その気持ちが伝わるかどうかがどうでもいい。

女「…友さんが消えるからですか…?」

男「いや多分この友なら大丈夫だ。ただ…――」

 女よ、どうか聞いてくれ。

少なくとも今このパラドックスにおいて、お前は必要なんだ。

しかしそれだけじゃなくて、このパラドックスの向こうに、お前を求めている人が居る事を。

男「――パラレルワールドの俺が、お前との茶話会を楽しみにしてるんだ。」

女「っ!!」

 アイツの性格はなんだかいけ好かないが、それでも義理は果たしたい。

何より、今目の前で泣いている女が素直に頼れるのは、アイツなのではないかという予感があった。

男「一応、ここから過去に導いてくれた、俺達の恩人だからさ、頼み事は無下に出来ないだろ?」

女「……っ」

 俺の言葉に息を吞み、自分が握りしめた《閻魔帳》に視線を落とし、友から腕を離してその手で《閻魔帳》を愛おしそうに撫でる女。

一撫でした後にその本を確りと抱きしめて、小さく言葉を発する。

女「…貴方は、本当に卑怯です…」

男「何とでも言ってくれ、俺がまだ理解できる内にさ。」

 俺がいつ理性を失うのか、それはまだわからないから、聞ける内に聞きたい。

手が届く内なら、いくらでもその手を伸ばしたい。

そう思えたから。

 

顔を拭って、女が立ち上がる。

女「…殴られ損じゃあないですか…私……。」

 殴られ損…?

男「えっ…あっ、いや!それはホラ!!気が動転してたし!無かった事になったろう?!だ、だからノーカンでっ…」

 多分、女が言っているのは、あの箱庭の世界で俺がした…けど女が無かった事にしたという2度の暴力の事なのだろう。

しかし俺にはソレを行った経験がないので、ソレに関して俺に言われても困る…けど、獣の事に関しても俺の経験じゃないが聞いてやりたいし…あぁ、わからん!

女「…そうですね。――」

 俺の葛藤を知ってか知らずか、女は朗らかな声でそう言って身体を此方に向き直した。

 

女「――気が動転している時のノーカンなら、お相子ですよね。」

 

 そう言った女は、見た事も無いぐらいの清々しい笑顔で…

次の瞬間に俺が見たのは、視界いっぱい覆いつくす華奢な拳だった。

 

 




 

 短いですが、女がこれから頑張る理由です。

 ケジメや区切りはジッサイ大事。
『古事記』にも書いてある。
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