女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
箱庭で生まれた向こうの男が過去で少女を救った時、ソレまで居たパラドックスは、「少女の居ない矛盾を抱えた世界」から「少女の居る矛盾を抱えた世界」へと動きだした。
新しい世界に於いて男は
しかし、助けられた少女が「少女は生き伸びて代わりに男が死ぬ新しい世界」を拒んだ。
そうして、彼らは新たなパラドックスへと至った。
其処には、生きる事を諦めたくなかった男と、その男を救おうとした友さんと、俺との約束を守ろうとして友さんの手伝いをした女ちゃんの3人だけではなく、唯の観測者…と言うより、唯の読者であった筈の俺の意思まで介入した上で、新しい世界の始動に「待った」をかけた状態で停止した。
世界が動かなかった理由は単純。
その世界の創造主達、或いはその世界へと到達した者達の意思が揃っていなかったから。
其処に至った向こうの男だけが、当時の現状に満足してしまったからだ。
「助けたい人は助けた、だからそれでいいじゃないか」と、あの停止した世界を受け入れて、新たな世界を半ば諦めてしまっていたのだ。
男「けれど、あのままじゃあ、俺たちは守りたいものを何も守れなかったかも知れない。」
女「だから、彼に接触してきた…と?」
公園のベンチにて、俺の隣に腰かける女ちゃんの問いかけに「そ。」 と、単音で肯定を返す。
昼下がりの公園、俺が暮らして来た世界にて、俺は女ちゃんと約束した茶話会を開いていた。
男「まぁ、缶コーヒーだけど。」
クリーム色の塗装がされた缶を片手で弄ぶ。
やや飲みにくいソレと、折角の茶話会だと言うのに大した持て成しも出来ないでいる現状とに、眉をひそめる。
女「ふふっ、私はこれでも満足していますよ?」
男「そっか、ならいいかな。」
女ちゃんからのそんなフォローに内心嬉しく思いながらも、努めて静かに返す。
眼前、少し遠くの遊具で他の子供と遊ぶチビの声。
平穏な空気に浸りつつも、視界の端でコーンスープの缶を呷る女ちゃんを見る。
コクリと小さく咽を鳴らし、「ふぅ」と一息吐いてから俺を見る。
女「では、教えていただけますか?」
男「ん?何を?」
意地悪く、そんな風にはぐらかしてしまう。
しかしソレは意識しての事ではなく、普段
関係ない人だとか、チビを巻き込まない為に意地悪く言葉をはぐらかす事が
内心で「やってしまった」と自己嫌悪中な俺に微笑んでみせて、女ちゃんは俺の言葉へ答えてくれた。
女「…色々ですよ。過去のことや、今の状況、これからどうしていくか…等々です。」
そこまで言って、缶を小さな一口分呷る。
過去の事・今の状況・これからどうするかという3つの質問であるが、詳しく訊き辛く且つ詳細に答え辛い話である。
なんと言っても、俺自身全部わかってる訳ではないのだから。
男「んー…じゃあ、まず、そうだなぁ」
なんと答えたもんかと言葉に悩む。
俺の視線の先には、声を上げて笑うチビの姿があった。
…よし。であるならば、女ちゃんが目下一番気にしてそうな――
男「――君の正体について教えようか。」
女「っ――!!」
いきなり核心を突かれてか、女ちゃんはコーンスープを咽る。
女ちゃんに返して貰った…というより、貰ったハンカチを差し出すが、幸い噴出してはいなかった様で「だ、大丈夫です」と手で遮られる。
息が整うのを待って、話を始める。
男「…女ちゃんがあっちの世界に現れた理由だけどね?それは多分、あの友さんにとってあの世界を始める理由が女ちゃんだったからじゃねぇかな。」
女「私が…ですか…?」
寒そうに服を着込んで、両手が見えないくらい袖の中に隠した手でコーンスープの缶を大事そうに包みながら、まん丸に目を見開いて此方を見る女ちゃんを横目に、「うぅむ」と唸りながら思考をまとめる。
男「…実はね、あの友って人が新しい世界を作った時から、俺はその『
女「そんなに…以前から…?」
驚かれるが「っても、そんなに昔じゃないけどね。」と断っておく。
せいぜい数日前であるし、切欠だって偶々その世界を分岐させる瞬間を記述として見つけただけだ。
甘いラテを一口呷るが、相変わらずあまり美味しくないソレに少し残念な気持ちになる。
この銘柄なら、ナシナシのが好きかも知れない。
男「なんだろうな…あの世界は記憶や思い出で作られてたから、強い記憶程優先されてあの世界に反映されてたんだと思う」
あの人にとっての優先順位とは「向こうの男>家族>食事>友人>己」と言った具合で、度々己を蔑ろにしがちだ。
それなのに、女ちゃんという言わば過去の自己が、向こうの男とほぼ同じ時期に現れたのは、友さんにとってあの箱庭の世界で己を慰めるに至った苦しみの時代が、女ちゃんの年頃から始まったからだろう。
言ってしまうなら後悔の産物なのかも知れない。
だがまぁ、そんな後悔のお陰で今こうして女ちゃんと飲み物片手に話せるというなら、結構な事じゃないか。
男「あの人にとって、それだけ女ちゃんの頃の記憶が大切だったって事だろうさ。」
女「大切な、記憶…」
悩ましく、缶の中を覗き込む女ちゃん。
その視線が俺とかち合い、不安気に揺れた。
女「私自身は、実際に貴方とは会っていなかった…と?」
何を不安に感じているのかと思えば、そんな事か。
失礼とはわかっていても、少し笑ってしまう。
男「どうだろうね?俺はその記憶があるし、女ちゃんだってその記憶を持ってるんだろ?」
だったら、何を不安に思う事があるだろうか。
『世界五分前説』なる言説があるが、例えあの話の様にこの世界が5分前に作られた物であったとしても、俺にとっては記憶と経験がこの身とこの魂に宿っている限り恐れる事など無い。
けれど、所詮ソレは俺個人の考え方だ。怯える女ちゃんにそんなご高説を垂れる訳にもいくまいて。
男「今回の件は、”俺と女ちゃんは面識があった”って事でいいんじゃないかな。」
チビから目を離さないままで笑う。
女「…なんとも、煮え切らない言い方ですね。」
心なしか、届いた声から思い詰めた空気が薄れていた。
男「よくわからない事は言い切らなくていいんだよ。」
女「ふふっ…そうですね。そのような柔軟な思考は、良評価に値します。」
意図せず、二人同時にあたたか~い飲み物を呷る。
男「…ほっ」
女「…ふぅ」
温もりを噛み締める様に息を吐き、女ちゃんの質問の続きへどう答えるか考える。
男「今のこの世界の事だけど。何を話してて何を話してないかがわかんないなぁ。」
結局そこで思考が堂々巡りしてしまい、答え兼ねてしまう。
女「それほどまでに複雑な経緯が?」
男「うん、凄く。口で言うにはめんどくさ過ぎる。」
『
この本って『デラワーカメラ』としても使えるんじゃないだろうか?
…いや、未来がいくらでも変えられる以上はそれは無理か。
男「まぁ、俺たちは今、凄い偶然でこの世界に居る。って認識で十分だと思うよ。」
これ以上考えても頭が凝り固まってしまうだけだ、ここは単純に考えて飲み下そう。
女「ふふっ、そうですか。柔軟すぎる思考は曲者ですね。」
口元はマフラーで隠れていてわからないが、女ちゃんの目は凄く柔和に笑っている。
俺達が居る今の此の世界は、歴史が変わったという部分は見当たらないし話も聞かないが、大きな変異として、女ちゃんが向こうの世界から此方の世界へと来れる様になっている。
向こうの世界は、今や様々なパラレルワールドに跳ぶ時間渡航者にとっての『駅』の様な世界になった。
世界の壁を越えたメンバーによって動き始めたあの世界だからこそ、今まで其々が枝分かれして二度と接する事が無かった様々なパラレルワールド同士に、間を繋ぐ横のバイパスが生まれて跳べる様になっているのだ。
そうして繋がっていく世界は今も尚増えている。
基点となった向こうの世界――ややこしいので、以降は女ちゃんの案に則って便宜上『
横繋ぎになってしまった以上、「
『駅』が今の様にあらゆる世界と繋がり始めてから、俺は多くの世界で悪質な時間渡航者の氾濫が起きるのでは?と気が気で無かった。
しかし、なってみれば意外なもので、逆に以前よりも目につくいざこざや絡んでくる連中は激減した。
わざわざ同じ世界で反抗し合う事も無く、求める世界を探す為に当ての無い旅を始める者まで居る程だ。
時間渡航者にとっての制約が減り、より一層の混乱が!という俺と女ちゃんの恐れは見事に外れてしまい、この世界でほのぼのとチビを見守りつつ過ごすのが、専ら最近の俺達である。
男「…女ちゃんは、思い出を守る為!つって時間渡航者相手に大立ち回りしそうだったんだけどなぁ。」
俺の独り言に、女ちゃんはその眠たそうな半目を不思議そうに輝かせて俺に視線を送る。
女「今まさに思い出を守っていますが?」
男「…?そうなの?」
とてもそうは見えないのだが…
女「ふふっ、そうなんです。」
まぁ、女ちゃんがそう言うならそうなのだろう。
楽し気な女ちゃんと二人、遠くで遊ぶチビへと視線を戻す。
まだ少し残っているラテを持て余していると、視線を動かさないまま話しかけられる。
女「…それに、もし、私の過去が危うくなって、消えてしまうようなパラドックスが起きても――」
そこで言い淀みながら、コンコンとプルタブを指で弾く音が挟まる。
女「――…貴方なら、助けてくれるでしょう?」
その言葉は疑問でも提案でもなく、確認の意味合いにとれた。
男「へっへへ…ソレは当然。」
女「ふふっ…なら、それで良いんです。」
二人同時に、温くなった飲み物を呷る。
男「…ふぅ」
女「…ほっ」
女ちゃんが此方の世界に来る時は、いつも『蝶の標本』を女ちゃんに預けている。
自分の能力を卑下したくないという驕った考えもあるにはあったが、多くは唯そうしたかったからそうしたのだ。
向こうの俺じゃあ無いが、目の前に女ちゃんが居るのなら、其方と向き合って接したい。
男「…さってぇ~これからの話だけど。」
逆上せた事を考えている自分に気恥ずかしくなってそう声を上げるが、「はい。」と相槌を打つ女ちゃんに依って、恥ずかしさは変わらずそこにあった。
構わず、これからの予定について言葉を続ける。
男「…暫くは『駅』で平和に過ごしてる俺と協力して、過去に居る未来の俺の罪をなんとかしようと思う。」
動物として至極当然の事をしている存在を指差して「罪」だのなんだの言うのはちゃんちゃら可笑しいが、まぁ…こういうのは”俺”というでかい括りの問題だ。
『駅』という基点が確立されている為、女ちゃんやチビ、友さんと言った同じルーツを持つ人物の存在が消える事無く、新たに一つの平行世界として、あの時代で家族と共に暮らし続ける少女の世界が始まっており、正直言って襲撃者一人の犠牲でそんな平和な世界が築けたのだから御の字ではある。
…しかし、まだまだ理想を追い求めたがる『駅』の俺は納得していないのだ。
俺としては、理性を失う原因そのものをなんとかしたい所なのだが。
女「あぁ、そういえば、その問題が残っていましたねぇ。」
なんて他人事で言うが、女ちゃん、当事者ですよね?
男「お嬢さん、一番大事な所ですよ?」
女「ふふっ、私にとっては、今この時のほうが大事ですので。」
…嬉しい、というか正直恥ずかしい。
女「顔、紅いですよ?」
男「っ――!!」
手玉に取られてるっ?!
女「ふふっ、こちらの世界に来て正解でした。」
男「…そっか、それはなによりだ。」
甲斐があるというか、冥利に尽きるというか…
熱い顔を仰ぎながら、女ちゃんのその言葉を噛み締めていると、女ちゃんが膝を此方に向け、真剣な表情で口を開いた。
女「それで…協力して過去に取り残された貴方を救うと仰いましたが、具体的にどのように?」
確かに、直ぐではないとは言っても、動く準備として具体的な話は用意しておいた方が良いだろう。
男「う~ん……そうだなぁ―」
しかし、身体の作りが近いヒト属ですら食う上に、ヒトの多い場所を彷徨っていた化物相手に、どうやって人食いをさせない様にするのやら…
男「―じゃあ、次は、スナック菓子でも喰わせてやるかな?」
女「何も考えていないのですね?」
図星を突かれて「うぐっ」と声が洩れる。
仕方ないんです、理性を失ってゆく事への対処法もわからないのだから、何でも試してみるしかない。
具体的な話を求めていたのに何も用意できない事で不甲斐なく思っていると、女ちゃんが「ふふっ」と笑う。
女「まぁ、貴方達が次に行動を起こす際は、私も同行致しますよ。」
男「ど、どうして…?」
俺としては、あまり危ない事に巻き込みたくはないのだが…
女「決まっているじゃないですか。…あの化物に言いたいことがあるからです。」
…それはやはり、女ちゃんの中にも割り切れない部分はあるのかもしれない…。
そう考えを改め様とした所で、女ちゃんはバっと立ち上がり、『蝶の標本』を構えて宣言した。
女「”そこまでです、タイムトラベラー!”…と。」男「またかよォッ?!」
そんなふざけた調子なら危なくて連れて行けませんからね?!
次回で、本編は完結です。
そろそろ別の作品も書きたいのですが、時間が作れなくなる為、以降このタイトルを続けるにしても更新は不定期となります。
挿絵も不定期ながら差し込んでゆきます。
よろしくお願いします。