女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
「おつかれさまです、タイムトラベラー。」
霧散する蒼い光を眺めながら、何処か遠くにそんな言葉を聞く。
白色の光に満たされた円柱状の部屋の中、俺へとそんな言葉をかける声へと首を向ける。
「誰だ…?今更俺に何の用だ……?」
カツカツと靴のかかとを鳴らし、此方へと歩み寄ってくる滲んだ様な人影を見る。
それはみるみる大きくなり、部屋の明度が落ちると共に輪郭をハッキリとさせ、目の前で俺を見上げて立ち止まった。
そして、その顔にはどこか見覚えがあり――
「どうも、お待たせ致しました。」
「っ!!」
――近くで見てようやく気付く。その顔は昔の俺と同じ顔であった。
「遠い未来、貴方の生まれた時代より救出に参りました。」
涼しい顔でそんな事を言ういつかの俺に、戸惑いを隠せない。
「なぜ、なぜ今頃?!どうして今更なんだ!!こんな理性を失った化け物を…」
「理性ならば、少しずつですが取り戻しているではありませんか。」
言葉を飲む。
最もだ。
俺はどうして今、理性で体を動かせている…?
「あの時代で、懐かしい匂いを嗅いだからでしょう。」
何かの資料を手繰り、そんな分析をする目の前の俺は、光無き瞳でその資料を流し見る。
コイツの言う懐かしい匂いとはなんの事だろうか…?
疑問に思い思考に耽ていると、声を止めた俺を不審がってか目の前の俺が資料から此方へと視線を向ける。
「遠い昔、貴方が自分自身で救った少女を、お忘れですか?」
…嗚呼、成程。あの少女か。
穴倉の中、脚を血に染めながら俺を呆然と見詰めていた少女を思い出す。
つまり、俺は彼女の匂いで昔の記憶を刺激されたと、そういう訳か…
「…しかし俺は、結局あの子の家族を…」
結局、俺はあの少女から居場所を奪う事を、自制も対処も出来なかった…
その事に思い至り、膝を折って床を呆然と見る。
「御安心下さい、その様な記録は最早御座いません。」
「……なに?」
突然の否定に、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
しかし、目の前のコイツは明確に否定の言葉を吐いた筈だ。
「貴方が喰らったのはあの時代の人間ではなく、我々の組織の前身であった『
『
『本』蒐集部隊とは、そんな『本』をあらゆる時間軸に於いて同一の場所に保管し、常に歴史を正しく保治しようとしていた組織である。
そんな監視を嫌っていた俺にとって『本』は閻魔帳の様な物であり、蒐集部隊は度々俺の手から『本』を奪いに来る厄介な敵でしかなかった。
「何故かあの時代に一人穴倉に閉じ込められていた様ですが、恐らく
製本者達とは『本』を製造したと見られる
記される内容の全てが西暦2000年代に於ける一般的な夫婦の生活と見られるが、接触する為に送り込んだ時間渡航者が戻って来る事は無く、送り出した直後にその人員の記述が途絶えてしまい、更にはそれと同時に製本者達の記述が『本』の容量を超える程の量が一斉に更新される為、度々時間を跳躍して繰り返している不老不死ではないかと見られている。
そんな製本者達の仕業だとするなら、膨大な記述の更新があったという事か…
俺は、俺はあの子の家族を奪わずに済んだのか…?
声ならぬ声でそう訊ねると、目の前の俺は「はい」と答えた。
「貴方が、あの時代で陸や空や海の生物を喰らって生きていた文献は残っていますが…――」
言いながら、部屋の中央、丁度俺の背後に据えられた台座へ回り込み、其処に据えられた『本』を開く。
「――人間を喰らった痕跡は、最早ここに記された無き世界の記録でしか残っておりません。」
その言葉に、俺は顔を覆って床へと倒れ込む。
「そうか…そうか…」
未来が、変わったんだ。
理由はわからない。
仮に製本者達が何かをしたのだとしても、俺には彼らが何を思ってそれを行ったのかはわからないし、今こうして隕石の直撃を避けた事すら予想外なのだ。
隕石の摩擦熱で大気に焼かれるか、硫黄の雲に覆われた灼熱の地球で苦しみもがきながら生き延びてしまうと思っていたのに、今はこうして見覚えのある超未来の一室に居るのだから。
…あぁ、そうだ。まだそれが残っていた。
「…どうして俺を、この時代に連れ戻した…?」
今更、俺に一体何の用があるというのだろうか。
まさか本当に「ただ隕石衝突の瞬間を見せるつもりの指令だった」なんて言わないだろう。
「失礼を承知で申します。」
淡々とした物言いに、未だ床に倒れたままで首だけを起こして其方を見る。
台座の横に立ち、俺へと頭を下げているソイツが居た。
「どうか、貴方に我々を導いていただきたい。」
「…勝手な事を」
部屋の設備を見るに、ここは培養管の中で俺が作られた最初の時代であると推察出来る。
それは「貴方の生まれた時代より救出に参りました。」というコイツの発言からもわかる事だ。
そしてコイツの言う「我々」とは、組織の事だろう。
組織の判断で俺をこの時代から追い出したと言うのに、一体どういう理由でそんな結論に至ったのだか…
「無個性である事に命を懸けてきた我々ですが、貴方の今回の行動、発言の内容と、我々に巨大な影響を与えました。」
「待て、先から我々我々と、お前は一体誰だ!更なる未来の俺なのか?!」
もしも俺と同じ存在であるなら、見限った組織を「我々」と呼称するのは不自然だ。
その問いにも、過去の俺とまったく同じ顔をしたソイツは淡白に答える。
「いえ。私は、貴方の後継機として生み出されたヒト型
「な…」
狂ってる。
この時代の人民は本当に狂っている…
俺と同じ存在をもう一度作り出すなんて、タイムパラドックスの恐ろしさを誰一人として主張しないのかっ…!!
怒りを震わせ、静かに拳を硬く握り締める。
太く長く伸びた歪な爪は其れに因って少し欠け、硬質の肌にはまた新たな裂傷が走る。
「…本当にそっくりだよ…」
その光の無い瞳も、その淡白な反応も、最初の俺にそっくりだ。
自分はその為に生み出されたのだからと、多くのヒトに求められるから動く。
考える頭も、疑問に思う感性も持っているというのに、跳躍に必要な情報の処理と肉体の制御にしかリソースを割かず、自己が無い。
「多くの方が貴方の再来を求めた為に今一度と私を生産されましたが、私では力不足のようです。」
勝手に生み出された上で不用品扱いされたのだ、お前だって疑問に思ってはいるだろうに、どうしてソレが怒りに繋がらないんだ…
己の過去の在り方に、仕方がないとは言え憤りを感じる。
コイツは、圧倒的に己に対する選択肢の多さを理解できていないし、ソレを己で選ぶ意義も見出していないのだ。
「民衆は、貴方を連れ戻すようにと声を揚げています。」
だからこそ、こんな風に簡単に己の存在を捨てる様な事を口に出来る。
「………」
それがこの時代のデフォルトなのだと、己に言い聞かせて怒りを鎮める。
やはり、この時代は異質である。
数万人規模で多くの人間が一所に集まって居ると言うのに、話し声なぞ聞こえず、足音と小さな呼吸の音以外に音がしない。
そんな街が幾つかあるだけの世界だ。
ふぅと息を吐き、拳を解く。
静かになった部屋の中、己の耳鳴りよりも小さなノイズを耳が拾う。
どうやら部屋の外、建物全体に響いている音の様だ。
この時代は静かなものだと思っていたのだが…
「外では何が…?」
「民衆が、貴方の帰還を待ちわびております。」
言葉の意味がわからず、首を捻って目の前のソイツを見る。
あの、死んだ目つきの者達が…?
どういう事だ、どうして保守的思想からかけ離れている…?
「先も申し上げた通り、貴方の主張が、行為が、民衆に心境の変化を与えました。」
「最悪の場合パラレルワールドに逃げる、という手段も得られました。」
「故に、我々民衆は変化を求めています。」
「それを、貴方に導いていただきたいのです。」
つまり、何か。
全てを俺のせいにして、更には失敗しても他所の世界に逃げると…?
「………」
腐っている。
性根から腐り切っている。
そんな者たちを俺に丸投げして、導けだと……?
やってやろうじゃないか。
「…案内しろ。」
「はい。」
潰してやる。
この世界はルートとして確立された歴史に依存して、寄りかかって此処まできた。
次は、パラレルワールドにまで依存するつもりだ。
そんな事させやしない。
俺が導いて退路を断ってやる。
この世界を、変えてやる。
「こちらです。」
「あぁ…。」
部屋を出て暫く通路を進み、大きな舞台裏へと通される。
歩みを進める毎に、建物に響いていたノイズが大きくなってゆく。
ザワザワと騒がしい音が響く、緞帳の下りた広いステージの中央、演説台へ案内される。
大きなノイズが、視界前面、緞帳の向こう側から聞こえてくる。
「…俺は
「…いつかの
「人民の成長こそを…求めるッ!!」
俺の気合と共に、ステージの幕が上がる。
同時に、ノイズが止む。
向こうに見える闇には、ホール全てを埋め尽くすほどの人、人、人。
その民衆の顔を見回す。
「………。」
集まっている人の目にはそれぞれ、まぶしいぐらいの輝きがあった。
「タイムトラベルはッ!!ここまでだァッ!!!」
これで本編はおしまいです。
以降の拙作は、外伝の更新と挿絵の挿入を目的に細々とやってゆこうかと思います。
ですが、そろそろ他の作品も書きたい為、更新のペースは気長にお待ちください。
感想等を貰えると、モチベーションが上がります。
さぁ、次はスレを落としてしまった『銀河ヒッチハイクガイド』の二次創作だ…。