女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
女「――聞いていますか?」
一見さんの癖に俺がタイムトラベラーだと見抜いたこの生徒 ―名前は女というそうだ― は、
「ここでは人目につきます」と、場所の改めを薦めてきた。
もちろん俺は二つ返事で快諾。
だって、―――こんな機会そうそうないだろうっ?!
男「モチロン!聞いてる聞いてる!」
俺の返事が気に入らないのか、遭遇してからこっち、無表情だった顔の眉間にしわが刻まれた。
女「でしたら、私が言った様にこの手を離して欲しいのですけれど。」
彼女が言う様に、手を離して欲しいと何度か忠告を受けたが、そんなものは却下だ。
男「どこで俺の能力知ったの?!教えて教えてっ!!」
言いながら両手で握った彼女の手をぶんぶんと振るう
女「なぜっ、そんなにっ、よろこんでっ、いられるのっ、ですかっ!」
喜びのあまり、子供の様な対応をしてしまったせいか、「―あぁっ!もう煩わしいっ!!」 と手を振り払われてしまった。
振り払われたのは仕方ないとして、そんなことよりも彼女の疑問に応える事を優先する。
なにせ俺自身一番言いたかった事だからっ!
男「だって、俺と同じ能力でも持ってる奴だったら嬉しいじゃないか!」
ずるっ…と何も無い場所で女が足をくじく。器用な奴だ。
コホンと一つ咳払いを挟み、彼女は距離を離しつつ姿勢を正してから口を開く。
女「貴方には、危機感というものが欠落しているのですか?」
男「危機感なんかより、孤独感が、好奇心が、ワクワクが勝っただけさ!」
女「…孤独感?」
その一言を反芻し首をかしげる女生徒に、バッと両手を開いて心から漏らす。
男「ずぅっと、ずぅ~っと待ってたんだ!!」
そう、俺はずっと待っていたんだ。
男「俺が、"俺だけがこの時間で一人ぼっちじゃない"って教えてくれるような奴をさ!」
俺自身、独白とも懇願とも割り切れていないような返答に、目の前のコイツは「………へぇ」と口にし、眼の色をチラリと妖しく変えるも、すぐにまた冷たい色を纏うような視線に戻す。
身を引き、警戒の姿勢を解かないまま、女は感心したように続ける。
女「個人的には、同情致します。けれど、貴方には処罰を与えねばなりません。」
男「あだ…素直に喋ってもごまかせなかったか……」
なんとなく、ほんとになんとなくだけど、こいつからは警察のような厳かな雰囲気を感じていた。
多分、時空警察とかそんな身分なんだろう。
だとしたら、毎日のように時間を飛び越えて面白おかしく過ごしている俺はなんらかの処置を施されるか処罰を下されるはずだ。
男「…危機感はあったさ、アンタが警察みたいな組織だったら、俺はただじゃ済まないんじゃないかってね。」
これもズルをし過ぎた罰なのだろう。
俺はそう受け入れたつもりになって、「今の間に覚悟は出来ている。」と宣言し、好きなようにしろ、と小さく腕を広げて相手の対応を待つ。
決まったな…俺の最期、カッコ良く決まったな…。
なんて子供染みた恰好つけを噛み締めていると、女の顔があからさまに訝し気な表情に変わった。
女「…観察していた時とはずいぶん性格が違うのですね。」
冷たい空気を纏うような視線と相まって、受け入れた気になっていた覚悟が早くも崩されそうになったが、グッと堪えてなんとか居直る。
男「実はこっちが素だよ。あんまりいろんな人と仲良くしたくないんでね。」
そう、”仲良くしたくない”のであって、”距離の取り方がわからないから仲良くしようにも方法がわからない”なんてことはないのだ、決して。
女「…口が軽いのは変わりませんが。」
ぬぐっ…予想以上に容赦ないな…。
己の対人能力の低さを思い返しかけた折に、そんな評価を貰ってしまい、「口が軽いのがダメなんかな…」などと本気で反省しかけたが、いやいや本題はそこではないと話題を戻す。
男「それで…?処罰ってのは…」
女「そうですね……う~ん―」
目線を俺から外さずに、わざとらしく頬に指をあてながら考える姿勢を見せる女。
対して俺は、果たしてどんな処罰が下るのかと息を吞み、開いていたはずの両手をいつの間にか握り込んでいた。
拿捕か?留置や拘留か?はたまた賠償か極刑なんてことも…
女「では、タイムトラベル禁止で。」
そう言った女は、後ろ手に本を取り出した。
男「………」
女「………」
そして、もう話は終わりとばかりに、手に持ったその本をパラパラと眺めはじめた。
男「えっ」
女「えっ」
えっじゃねぇよ。
男「それだけ?」
女「それだけとは?」
俺の質問の意図が掴めていないのか、オウム返しのように言葉を返すコイツに、一瞬呆けてしまう。
男「えっ、あっ、いやいや、処罰ってのの事だよ!」
慌てて、質問の補足をする。
いやいや、まさか禁止するだけなんて事ぁないでしょう?ねぇ?
女「えぇ。記録を見るに、使用頻度の高さからしてかなり
そこまで言った女は、パタン…と視線を落としていたその本を閉じ―
女「やめさせれば十分な処罰になるかと思いまして。」
―子供のように無邪気な笑顔を見せてそう言った。
処罰の内容、とっても精神的…だが待てしかしだなぁ
男「いやいや!上司とかに相談しないの?!」
女「上司?そんなものは居りませんが。」
結構重要な情報を簡単に返してくる女である。
アンタも大概口が軽いねぇっ!
男「そういうのってホイホイ口にしていいことなのか?!ってか、それ以前に上司が居ないって……横並び社会かよ…」
女「……?」
縋る様な俺の問いかけに、コイツは冷たい視線――と思っていたが、改めて見るとただ眠そうなだけの瞳を向けてくるばかりで、そのまま首を傾げやがった!
雰囲気ぶち壊しである。俺がこいつから感じた緊張感はなんだったんだ…
男「わかんないならいい…」
根掘り葉掘り問い続けるような気分でもなくなってしまい、投げやりに話を切り上げようとする。
どうせタイムトラベル禁止ってだけなんだ。後から「やっぱこういう罰則に変更ね」なんて言われて重罰化されようが聴いてやんねーかんな。と心の内で割り切ろうとする。
今の俺の言葉に「そうですか。」と興味なさげに返したコイツは、またも先程のB4サイズ程の本を広げて、そこに視線を落とした。
男「…いやちょっとまて、1つだけ答えて貰おう。そんな重要なこと、ペラペラと喋っていいのか?」
もう教室に戻ろうか?とも考えたが、このままだと今日書く日記がコイツに対する謎と不満に彩られ、悶々としたまま眠りに就く事になりそうだと思い直し、そのまま歩き出しそうだった俺の足を留めてそう訊ねる。
女「?…あまり重要な事ではありませんでしたが。」
変わらず眠そうな瞳で、めんどくさそうに、且つなんでもなさそうに返してくる女にちょっとイラッと来たため、「どうしてやろうか?」と悪巧みをし始める――
――パキッ!――
――と、何かが壊れるような感覚と共に、頭の片隅へ蒼い銀河のイメージが割り込んだ。
「―こうすれば納得していただけますか?」
思わず頭を抱えそうになった瞬間、後ろからいきなり声をかけられ、肩で大きく驚いてしまった。
遅れて跳ね返るように振り向くと、
―距離を取っていたとはいえ、直前まで目の前に居た筈の女がそこに居た。
男「………あぁ、なるほど…」
女「ご理解いただけましたね?」
心なしか先程よりも距離をとり、先程よりも険しい目線で俺を見つめる女。
女「こういうことですので、並大抵の人間風情の運動神経では、私の不意を突いたり組み伏したりは出来ません。」
そうか、コイツは予想通り、俺と同じような能力を持っているのだろう。
つまり、俺がさっき言い渡された禁止令を破っても、簡単に追い詰める自信があるという事。
コイツは意外とやり手なのかも知れない。
不意を突く事も組み伏す事も……組み…伏す…
男「……ナチュラルスケベィ」
女「遺憾です。」
険しかった視線をまたも眠たげなものに戻しながら、遺憾の意を示す女。
いや、でも組み伏すなんてぇ……ねぇ?
男「…お前、今未来から来ただろ」
俺の指摘に女は、眠たそうな半眼を真ん丸く見開いた。
またも変な空気になりそうだった為、誤魔化しを兼ねて俺の予想の答え合わせを諮っただけなのだが、反応を見るにコイツとしては予想外の指摘であった様子。
女「よく理解できましたね、驚きです。」
男「言っただろ、俺はこっちが素なんだ。」
驚きっつったって、普段の俺は特別素のイメージを崩す様な事してたか?
あ、さっき教室でめちゃめちゃイメージ崩すような事してたじゃねぇか…そりゃあ友達も出来ない訳だよ…
いや、もう止めよう。昔の事なんて気にしちゃいけないんだ、きっとそうなんだ。今一度己を戒めて、今を見よう。目の前のコイツと向き合おう。
そうだ、過去なんてどうだっていいんだ、大事なのは今とこれからさ…
女「ご指摘の通り、私は数十秒後に突然、私に向かって飛び掛ってきた貴方から逃げる為、そして貴方を納得させる為に時間を飛びました。」
男「いつぞやの俺がご迷惑おかけいたしましたぁっ!!」
疑問に思うのはわかるが、解決策が強引過ぎるぞ消えた時間の俺!!
誤解を与えかねないだろうがっ!!っていうか実行しちゃってるから、誤解でもなんでもなく現行犯ですね!!
女「構いません。観察していた時からそういう人だとは理解していましたから……」
そりゃあそんな力任せな奴だと考える頭なさそうに見えますよね!
女「でも、少し怖かったです…」
男「本当にごめんなさい。」
――――――――――――――――――――――――――――
男「冷静に考えて、あいつが時間を越えてきたのは良かったんだろうか?」
教室。友と向かい合う様に突き合わせた席に着いて、クリームパンとそして机の中に押し込んだ青年誌をそれぞれ手にしながら、誰に言うでもなくボソボソと独りごち、先ほどの事を改めて考える。
男「……いや、なにも言うまい。」
どう転んでも
想像するだけで己がみっともなく感じて、思わず大きなため息が出る。
そんな無常感を紛らわすように、膝の上に広げた青年誌のページをクリームパンを持っていない方の手で手繰り捲る。
友「昼休みに教室で青年誌を堂々と読みながら溜息を吐く君は一体なんなんだ。」
男「研究だよ…」
どういった挙動がそう捉えられかねないかのな…
最初の
俺個人としてはかなり切羽詰った問題であるのだが、悲しいかな唯一の友人からは「聞きたくなかったな」と言いたげな空気を放たれるという、切ない誤解を与える結果に至った。
ハハッ、俺、お前の気持ちわかるよ。
男「俺は今、読心術を会得したのか?」
なんてお茶らけながら、膝の上の青年誌を閉じて机に押し込み、視線を上げて友と目を合わせるが、その瞬間まで引いたような表情をしていたコイツは、途端に誤魔化しの笑顔を浮かべた。
クソぅ…なんて憎たらしい笑顔なんだ…
またもため息を吐きそうになったが、何度も吐いてるといい加減に幸せの残量が気になってしまうので堪える。
友から少し視線を外し、ため息の代わりとばかりにクリームパンに齧りつ……
友「………」
男「………」
…クリームパンに齧りつ――
友「………」
男「………」
――こうとする度に友から圧が飛んでくる。明らかに先程とは表情が違う。
薄くリップスティックを着せてぷるりとしたその唇は、変わらず弓なりに反り上がっているが、瞳は丸く見開かれて猛禽のソレを連想させ、その視線は俺の手にしっかりと収まったクリームパンを捉えて離さない。
読心術なんて、そんな大層な術はいらなかったかな。
手に持ったクリームパンを動かす。友の視線がそれを追う。
動かす、追う。動かす、追う。
動かす度に、友がだんだんと前のめりになってきて、ゆっくりと机に肘をついて、両手が顎の高さで組み合わされる。
組んだ手で口元を隠すようにしながらも、ギラついた瞳はゆらゆらぎょろぎょろと俺のクリームパンを追う。
楽しいな。と、荒んでいた心に一滴の嗜虐心でもって潤いをもたらす。
友「イジワル…」
ついに我慢できなくなったのか、友は涙目でそんな事を言う。
童顔だから変にドキリとさせられるが、いやいや、こいつは友達だから。と己に言い聞かせて、片手に収まっているクリームパンを両手で掴む。
男「半分やるよ。」
言うが速いか、組まれた手は解かれて「待ってました!」と言わんばかりにコチラに広げられ、隠れていた唇は弓月を象るように開き、獰猛さが滲んでギラギラしていた瞳は、その光をキラキラとしたものに変えて薄く潤んでいた。
クリームパン一つで安い奴だなー。
なんて思いながら、弄んだ詫びというよりも、弄ばれてくれた礼として、ソレを半分に割り食い止しではない方を渡そうとするが―
友「ちょっとでいいよ」
―身を乗り出した友に噛み付かれて、クリームパンの片割れは連れ去られ、差し出し損ねたきれいな半月が俺の手元に残った。
男「へいがーる」
友達っつっても、一応異性なのでそういう無防備な事はやめてくれませんか、勘違いしちゃうので。
俺の内心の慌て様を知ってか知らずか、席に腰を落ち着けて笑顔で俺の食べ止しをモグつく友は、一通りクリームパンを味わった後に、はて?と疑問を口にした。
友「なんか、はじめてこういうこと成功した気がする。」
男「…………。」
…そりゃあ、お前がそんなことする度に何度も時間を越えてやりなおしてますからね。
友「ふふん、まぁ嫌われてないみたいだしどうでもいいか!」
なんて言いながら、笑顔で食事に戻る友。
おまえさん幸せそうですね。
でも教室の空気は凍ってますよ。
男「………」
いやはやまさか、こんな問題が出てくるとは。
これは…案外あの処罰は効くかも知れない。
『Chanel N°5(シャネルの5番)』という香水のお話。
言わずと知れたブランド『CHANEL』から今も世に贈り出されているその香水には、1920年代より続く長い歴史を誇ります。
そんな中で、その名を再び世に広めたという、僕の好きな逸話を一つ。
1954年の2月、彼の『マリリン・モンロー』が、インタビューにて「夜は何を着て寝ますか?」と訊ねられ、「『シャネルの5番』を5滴」と答えたとか。
その話を知った時から、僕は「女性の化粧というのは着替えのようなものなのだな」と認識を新たにし、電車の中で化粧をされている忙しない女性を見かける度に「あぁ!あの人!今!服を着ようとしている!!裸に服を!着ようと!!今まさに!!」なんて思考が巡り、人生が少し楽しくなりました。
ちなみに僕の寝間着は基本的に裸です。