女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
時は放課後、向かうは図書室、往くは廊下。
角から顔を出し、右、左、前方、と周囲に顔を巡らせる。
人影ナシ、目標は目前。…よしっ
男「今だっ…」
女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」
午後に入ってからが、俺の本当の地獄だった。
女が下した「タイムトラベル禁止」という俺への処罰で、友からの相次ぐアプローチを捌ききれずに、周囲からの視線に晒されメンタルダメージ。
そして、意外と心配性な女自身の相次ぐ訪問によるダイレクトアタック。
今日つける日記の予定内容は、順調にいつもより長くなっていった。
男「おまえ、いい加減にしろよ!」
どこかから飛び出して来た女と対峙し、切実な願いを怒声に込めた。
女「と、いいつつ私がボロを出してもいいように、と人通りの少ないルートを選ぶ貴方は紳士気取りですか?」
男「余計な気遣いさせてんのはお前だっ!」
依然として俺を通すまい、といった気概を感じさせるコイツに「なんで現われる度に俺の正体を叫ぶ?!」と疑問をぶつけるが…
女「嘘は言っておりませんが…?」
男「それが問題なんだよぉっ!!」
そんな風に返してくる為、改善は見られなかった。
体育の後トイレで用足ししようと、ジャージのウェストバンド部分に付けられたネームスペースに手をかけた時。
裏庭の清掃時に、気になる掲示物へと近寄った時。
誰かの落し物を拾った時。
そして今――この女、事あるごとに「時間跳躍はさせません!!」と殴りこんでくるのだ。
男「心配しなくとも飛んだりしないからもう叫ばんでくれ…」
女「そういいつつ、その今持っている本に記された情報を辿って過去へ飛ぶつもりですね。そうはさせません。」
言いながら、勇ましくあの本を開いて「かかってこい」といわんばかりに構える女。
本の虫か何かなのだろうか、コイツは…。
男「借りてた本を返しに行くだけだっての…」
と説明するも、「つまり図書室にて古い本を探して過去に遡るつもりですね。そうはさせません。」と、増々勢いづく。
同じことを繰り返す女に、この話題を続けてはいけないという天啓を得た俺は、話をはぐらかそうと試みる。
男「その本はなんなの?」
女「人の行いを、時を越えて記す書物です。」
おうおう、なんつーおっそろしい物を構えてやがんだ…
しかし、記されるだけであれば、例え恐ろしくとも説得以外の何に使えるとも思えず、「…それで何するつもり?」と訊ねる。
女「貴方の恥ずかしい行為のみを抽出して音読します。」
男「えぇいっ!本の虫という名の害虫めっ!!」
おおよそ考え付く限りで最も最悪な説得であった。
こいつは、時間を跳ばないタイムトラベラーを社会的に抹殺するのが仕事なのだろうか。
ちっこい体躯に似合わず、こいつの声はどこでも良く通るのでそれも併せて迷惑だ。
男「こんなことされても俺は跳んでないぞ!どうだ?!これをしばらくの信用にしてはくれないかっ!!」
「こんなこと」とはもちろん脅迫の事である。
ここまで脅されて尚、逃げる手段を意識出来ている内であれば、大体の人が逃げる事を選ぶだろう。
俺の場合その手段を禁止されている上に、その禁止行為だって簡単に行動に移せるが故にこういう状況になっているわけだが…
女「いいでしょう。」
男「即決?!」
己の詰み具合を顧みて、またもどうしようもない事態に頭を抱えようかとしたタイミングで、女の打てば響くような判断が下され戸惑う。
女「ただし、しばらくの…です。」
なんだ簡単だったんじゃねぇか!と光明が差したような気がしたが、現実はそんなに甘くなかった。
いや、しかし度々足止めを喰らう現状に、打開するきっかけが見出せたのだから良しとしよう。
どもりながらも俺は「あぁ!」と前置いて続けた。
男「それまでに別の信用を用意しておこう…」
さて、これで足止めは一旦終わりだろう。と思いたいが、コイツはまだ俺を睨んでいた。
女「また私を襲おうとしたら、過去の貴方を叩きます。」
男「絶対しないって…」
現にこうして距離をとり続けている。
物の本によると、ある種の男性は女性に近づいただけで刑事事件として取り扱われるそうだ。
研究により導き出された結論に則って、俺は今も女とある程度近付き過ぎないように意識している。
そんな努力も、こいつが延々と距離を詰め続けてくるので、あまり意味は無いが…
…図書室の前でグルグルと回り続ける二人組み。
端からみれば奇妙だが、放課後の校舎には生徒は滅多にいないので心配無用だ。
一通りグルグルとし合っていたが、お互いの位置を当初と入れ替える位置についた辺りで、女が立ち止まって視線を少し彷徨わせた。
女「…ですが、研究と称してあの本を読んでいたではないですか……溜息を漏らすほど熱心に…」
?!ま、まって?!何の話?!
またも俺はコイツからのイメージを損なうような事をしていたのか?!
いや、でもコイツに処罰を下されてからは一日と経ってないし、ならコイツと遭遇する前の事……じゃない!あぁっ!理解した!昼休みのアレか!
男「アレは真逆の勉強だ!!」
そういう風に捉えられかねない行為とはどういったものかを研究するものであって、決してそういう行為に及ぶ為の研究ではない!
俺の尊厳をかけた弁明に、しかし女は「真逆…」と呟いてから恐ろしい方向に話を転がす。
女「私にはそんな趣味はありません…ぴ、ピンヒールだなんて履きませんから…!」
男「真逆のベクトルが違う!!というか意外と詳しいなお前!!」
頭二つ分程小さなこいつを女王様と呼ぶつもりなど無い。せめて友を連れて来……いや違う!そうじゃない!!
というか、誰にであろうとそんな敬称を使うつもりは無い。そうだ、冷静になれ俺、コイツに流されるな…
女「”お前”ではありません。私には”女”という名前があります。」
男「?!」
突然の指摘に不意を突かれ、思考が止まった俺に、女はその先を続けた。
女「貴方はすこし女性に対して”お前”だの”アイツ”だの”アンタ”だの言い過ぎです。」
男「えっ、あぁ、うんごめん、なさい…女さん…」
女「よろしい。貴方のそういった部分は良評価に値します。」
思わず口を突いて出た謝罪の言葉に、女は一つ頷いた。
男「あ、え、はい。………って、違う!」
またも流されそうになったがそうはいかんぞ!そもそもコイ……女が何度も突っかかってくるという話であって…
思考を元の流れに戻そうとした時、―ガラガラ―と俺の背後から重い引き戸が開かれる音が響く。
慌てて振り向くと―
友「何騒いでんだーい?」
図書室少し開いた出入り口から、友が顔を覗かせた。
そういえば図書室の前で盛り上がり過ぎていたと今になって思い至り、「あ、いや悪い。気にしないで。」と友に言葉を返す。
友「一人で騒いでたんかい?」
友のそんな返答に呆け、「えっ」と返せば、「えっ」と返ってくる。
言葉の意味がわからず周りを瞬時に見回したが、いつの間にか女は居なくなっていた。
アイツ俺に説明押し付けて逃げやがったなっ!!
男「あ、あぁ!うん、一人なんだぁ~ははぁ~!すっごく胸糞悪い事から、タイムトラベルで逃げてきたからさ~!ハハハハハ」
友を放っておくのも怪しまれるので、即興で嘘を吐く。
しかし「すっごく胸糞悪い事」は現に経験したのであながち嘘でもない。いや、逃げきれなかったので結局嘘か。
俺の拙い嘘を訝しんでか、友は頬に指を添えてうんうん唸り始めた。
しまった、逆に怪しかったか…?
出来れば、友には今の事情を知って欲しくない為、少し焦る。
友「ん~…時間を飛んで、今に着いて騒いでたって事は……」
冷や汗を流す俺に気付いていないのか、友は変わらず頬に指を添えたまま視線を廊下の隅に落としながら、状況を読み解く様に言葉を並べる。
そして、何か一つの結論に至ったのか、憎たらしい笑みを浮かべてから俺に視線を向けて、手元に握る本を指さしてきた。
友「もしかしてぇ、今その本に落書きでもして、それを辿ってきたりした?」
よかった!こいつ考え過ぎてる!
友は俺の能力の制約を知っている為か、どういう手順を経て時間を跳んだかを解き明かす方向に思考していたらしい。
男「あ、あぁ!そうそう。ごめんな、図書委員に迷惑かけて。」
これ幸いと、俺はその友の推論にのっかり図書室に向けて歩き出すが、またも悩むように唸り始めた友が突然「バッカヤロ!」と声を荒げ、びくりと肩で驚き足を止めてしまう。
友「なぁんて言うほどでもないっしょ?本への落書きなんてありふれてるし。」
そう言う友は、やはり意地悪く笑っていた。
よ、よかった、どうやら友は怒ってない。
いや、そもそも怒られるような事してないし、むしろ何もしてないはずなんだけどな。
まぁいいかと区切りをつけて、俺は「あはは」と乾いた笑いを漏らした。
男「あ、あとついでに、いつも”コイツ”だの”ソイツ”だの言った事も含めてゴメン!」
本気で怒られた気分になってしまっていたが、今の内に一緒に謝っておこうと、先程女に指摘された事も謝っておく。
友「”コイツ””ソイツ”って…ボク本人を相手にしてない時の言い方だよね」
男「あ」
墓穴であった。
いや、俺友達居ないし、それを使うのは内心でだけですよ?ホントだよ?
慌てる俺が滑稽であったのか、友は「ぷっ」と息を漏らし笑う。
友「まぁいいや、意外と気にしてたみたいだから許してやろう。」
そう言って俺から本をとり、「たはっ」といつものように一つ笑ってから「この本の返却はボクが済ましておいてあげよう。」と残して、戸を開いたまま図書室にさっさと戻っていった。
男「…ありがとう」
――――――――――――――――――――――――――――
友「もしかして、さ…」
少し後の図書室にて、本の返却を終えた後適当な机に着いて、適当に見繕った本を読んでいた俺に、受付の奥に腰かける友はそう切り出した。
もう最終下校時間も近い為か図書室には俺たち二人以外に誰も居ない為、図書室の静謐な空気を気にしないトーンで「うん?」と返して言葉の後を誘う。
友「ボクの仕事が終わるまで、いつも待っててくれてる?」
言いながら、ニヤついた友がローラーの付いた受付の椅子に跨って、スイスイとこちらに回り込んできた。
なんだその笑みは。
男「…どうだろうな。」
気恥ずかしくなって、視線を外してそう言うも
友「ふふん、寂しい奴め。」
なんて心無い言葉が返された。
意外と傷つくな。
男「そういうお前……は大丈夫だな。委員仲間とも仲良いし、教室でも浮いてないし。」
何か言い返してやろうかと思ったが、この話題において俺は分が悪い事を確認しただけで終わった。
というか、俺の相手しててよく浮いてないよね友は。
友「あ…気にしてた…?」
男「そのことを今おま…友に気付かされたっす。」
自己保身やら慈善的だか独善的だかの判断やらで、俺はあんまり友達を作らない。
こんな能力を持っている身で、誰かと仲良くしていていいのだろうかと考えてしまうのだ。
結局はその仲良くなった思い出も消してしまうのだから。
教室では出しゃばりたがりを演じながら、その実誰よりも秘密を抱えている。
男「…真逆のものが合わさり最強に見える……」
現状をいい様に表すならそうなるだろう。
流石一級のナイトは言語センスも黄金の鉄の塊ですね
友「そんなヘンなこと言ってるから友達が少ないんだよ。」
男「うっせぇ…!きにしちゃいねぇやぁぃ!!」
友の容赦ないツッコミに思わずそう返したが、鼻がむずついたのだろう俺は、言いながらズズッと鼻をすすってしまう。
いや、外寒いから仕方ないね。図書室は暖かいけども。
なんだか視界も薄く滲んでいた。いやいや、気温が急に変わるとレンズって曇るし仕方ないね。図書室は随分前から暖かかったけども。
友「大号泣じゃないか、悪かったよ…はい、君のハンカチ返すから。」
そう言って、見覚えのあるようなハンカチを手渡された。
礼を言ってそれを受け取り、頬と鼻を軽く拭ってから、改めてハンカチを見る。
男「って…これ探してたやつじゃねぇか。友に貸したまんまだったのか。」
変な臭いのするハンカチを懐かしみながら、視線を友に向けると、なんだか恥ずかし気な表情の友がそこに居た。
友「色々助かったよ、ありがとう。……色々と」
…ま、待て。な、なんだ!その含みのある言い方は!
言った友は、誤魔化すように「ふぇーっふぇっふぇっふぇっ!!」 なんてわざとらしく笑って視線を逸らした。
男「俺のハンカチで、何をした…?」
なんなんだろう、何をしたんだろう、いやらしいことかな、だったらいいな。いや、ダメだろう。
願望と自責と疑念とが混ざった問いを投げかけるも、友の答えはさっきの表情はなんだったのかと言いたくなるほど淡泊であった。
友「そこの受付でこぼした牛乳拭いた。」
男「クッッッッッセ!!!!!」
友は図書委員の仕事と俺のハンカチを何だと思っているのか。
友「喜ぶかと思って」
男「喜ぶかぁっ!!」
友は「くさいってなんだよー、それでボクの脚も拭いたんだぞー」なんて抗議の声を上げたが、”脚も”であって”脚だけ”じゃないんでしょう?!なんでそれで喜ぶ流れになるんだよ!!
友「だって男がいつも読んでる本だと、よく女の子が牛乳被ってるじゃないが。」
男「それは教室限定での読み物だろうがっ!!」
あとそれは牛乳じゃないし!厳密には言わないけれども!!
男「それに、ビショビショの受付台と男物のハンカチを見て誰が喜ぶっ?!」
友「いや、なんかこう…妄想たくましい人が…」
男「なぁ、近い内にあの本全部処分するからその考え方は辞めようよ。」
教室にあんな物を持ち込んだ俺が悪かったから…
友「さて!ほんなら一緒に帰ろうやァ、あにさんよォ。」
パンッと手を打ちながら、友はいつものセリフを言い放った。
今の流れ繋がってたか?と思ったが、まぁ友は普段からそんな感じなので今更問わない。
しかし図書委員はどうするのかと気付いて「仕事は?」と訊ねた。
友「最後まで残ってたのは牛乳拭いてたボクだけだよ~」
自分で仕事増やしてたんじゃねぇか。
つまり、やる事が終わったから話しかけてきたのだろう。
そう察した俺は「やれやれ」と席から立ち上がって軽く伸びをする。
男「おっし、じゃあ送ってくッスよ。」
委員の仕事で、窓とカーテンの戸締りをして回っている友を待つ。
俺はその間、マフラーを首に巻きながら、読んでいた本を片付ける。
棚の中に本を押し込むと、見上げた視界の上部に天窓が写る。
高い場所にある窓から見る空は、白い画用紙に筆で水を広げたように、うっすらと曇っていた。
男「図書室のあんな位置にあんな窓があってカーテンすら閉めていないなんて…」
友「君って細かいよね。」
よく似た柄のマフラーを口元まで巻き込んだ友が、本棚の影から顔を出してそんなことを言う。
男「何を言う、アルプスのコヤリの上くらいの広さはあるぞ。」
友「畳一畳にも満たない狭さなのか」
いやいや待ちたまえと、本棚に向き合っていた身体ごと友に向き直り、その言葉に訂正をいれる。
男「ばか者、空がコヤリを握り締めてこの星を支えておるのだ。」
つまり俺はあの空のように広い心を持っているのである。今日はうっすら曇ってるから、あの空はそんなに広くはないが。
友「タイムトラベル以外だとすぐふざける~」
俺の返答が気に入らなかったのか、口を尖らせてそんなふうに零す友へ「まぁ気にするな。」と声をかけ、俺はまた空を見上げる。
俺は俺の悩みで精一杯みたいなんだ。
だから、それ以外でくらいふざけさせておくれよな。
窓の鍵をチェックし終え、「後は準備室の戸締りだけだから、先に出てて」と言った友に従い、友の分も荷物を持って出口でぼぅっと待つ。
家に帰れば考えなければならない事が沢山あるな。
男「まずは日記にセーブでもするかぁ?」
俺は毎日2回以上は日記をつけている。
その理由は単純で、何かの手違いで予想以上に時を遡ってしまったりなどした場合に、日記を辿って未来に帰るのである。
理由はわからないが、手持ちの物は過去に飛んで未来を変えても、未来の形のままなのだ。
そしてその未来の情報を辿って跳んだ先は、改変される前の未来となる。
原理がわからないが、保険として有用なので活用するのだ。
帰ったらすぐに日記をつけよう。そう考えて鞄の中の日記を意識していると、明け放した図書室の引き戸から友が現れ、ガラガラと戸を閉めてからカチャリと鍵を閉めた。
くるりと振り返る友は、鍵を持った手を小さく掲げてみせる。
友「うぃ~っす」
男「うぃ~す」
言いながら、走り寄ってきた友と小さなハイタッチを交え、友の鞄を手渡した。
男「鍵を持ちながらするもんじゃねぇなぁ。」
友「痛かった?」
心配する友に「ちょっとだけ。」 と軽く返す。
寒くて、肌の痛覚が敏感になっているのだろう。冷たさは痛覚に響くからな。
二人並んで職員室に向けて廊下を進む中、チラリと友の顔を見る。
てっぺんがうっすら赤くなった鼻をマフラーからみせて、ススッと鼻を鳴らしながら不思議そうに見返してくる。
ニヤリと笑い後ろに回って、うなじの辺りでマフラーを蝶結びにしてやった。
友「おぉー、かわいい~?」
俺としては割ときれいに結えたので、満足して歩き出す。
男「さて、帰るか。」
友「おぉいちょっとまてぇい!!」
「感想は?!」と抗議の声をあげる友を後ろに、ハイタッチの際に受け取った鍵を弄びながら職員室を目指す。
歩きながらふと窓を見ると、笑っている俺がそこに写り込んでいた。
友が居れば、他に友達なんていらないんじゃないかと思い始めたが、果たして本当にそうなのだろうか。
家に帰ったら、俺が友をどう思っているかも整理しなけりゃならんかな。
リア充爆発しろ。
※改稿情報
11/16/2016:挿絵の追加。