女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
女「何をしているのですか、ロリコン。」
男「夢じゃないっ?!――あでっ」
突然耳に入ってきた声に驚いて飛び起きる。身体は不思議な浮遊感に包まれていた。
まず目に入ったのは、自室のベッドから見慣れた天井。
しかしそれを天井であると認識する前に、背面に響く鈍い衝撃に意識が覚醒させられ、ベッドのマットレスとは違う固い何かの上でもんどりうつ。
ジタバタと暴れる脚と比べて、首の後ろを抱える腕はじっとして大人しく、ちらりと目を向ける先にはベッドの脚が見える。
多分、ベッドの上から落ちて、背中で床に接触したのだろう。
男「―っててて……今、凄い飛んだなぁ」
目覚めた瞬間にこの身を包んだ浮遊感は、飛び起きた…というよりも、跳ね起きた際に文字通り跳ね上がったのだろう。
ベッドの中央で寝ていたはずなのに、跳ね起きてからノーバウンドで床に落ちた様子であった。
男「―意外、と、俺は女を怖がってるみたいだな。」
ベッドに手を突いて立ち上がり、グッと伸びをする。軽く腕をまわして背中の具合を確かめる。
コンコンとベランダの方で何かが小突かれる音がして、腕を止めてそちらに注意する。
チュンチュンという雀の鳴き声と、何羽か連れだってバサバサと飛び立った羽ばたきの音が聞こえた。
男「……鳥か。」
なんだそうかと、ため息を伴いベッドに腰かけ、もう一度伸びをしつつ背中からマットレスに倒れる。
今朝の日記は何を書くかと、頭の後ろで腕を組んで考えていると、またもコンコンという音がベランダから聞こえた。
カーテンは閉め切ったままなので外は覗えないが、どうせまた雀なので放っておく。
あまりにも数が集まってきて騒がしくなるなら、流石に追い払うくらいはするかな。
男「…今何時だろ」
カーテンの隙間から差し込んでくる光の角度を見るに、朝である事に間違いはないが、正確な時刻はわからない。
日記を書くついでに時計を見ようとして、ベッドから立ち上がる。
ベランダから響く音が、トントコトントコトコトトンッ!!と騒がしく鬱陶しいので、時計をチェックしたらそのままベランダに出て雀を追い払うか。
机の横に置いた鞄から日記を取り出し、天板に乗せてからセットしていない目覚まし時計を手に取る。
男「…まだ学校までは時間あるな。」
時計を元の位置に戻し、筆記具を日記の横に出してベランダに向かう。
二度寝なんて気分でもないし、学校の時間までどうするか。
昨日の昼にクリームパンを友と食べて以来、何も腹に入れていない事を思い出したが、家に家族も居ないし、一人で食事をするのも気が滅入る。それにそもそも空腹ではないので朝は抜く事にしよう。
そんな事を考えてカーテンに手をかけた瞬間―
ーキュキュキュキュキュ~~ッ!!―
男「?!」
窓ガラスを爪で引っかくような音が部屋に響いた。
慌てた俺は、飛び上がってベランダのカーテンを開ける。
ベランダの戸の向こうから、朝日の薄明光線が写って目に焼き付いた。
男「うおっ眩しっ」
慌てて目元を腕で隠すと、「アホですか。」なんて言葉が、くぐもってはいるがやけに聞き慣れた声で耳に入る。
俺はついに、悪夢の実体化まで会得してしまったのだろうか。
ベランダには女が居た。
女「朝早くに失礼致します。」
他人の敷地に勝手に踏み込んでいる癖に、後から恭しく断りを入れて頭を下げる女に、「まぁ構わんが…」なんて冷静なフリして戸を開けて部屋に誘い込む俺は、しばらく思考が止まっている自覚が無いまでに冷静ではなかった。
男「さぶっ!?」
半ば条件反射気味に開いた戸から、日光と共に入り込む寒風によって、若干思考能力が回復した。
片手でベランダの戸を押さえて、もう一方の手で肩を抱く制服姿の俺を横目に覗き見て、女は一瞬ほくそ笑むような顔をした。
女「貧弱ですね、お邪魔します。」
いやいや、暖かい部屋の中から突然冬の朝の外気に晒されたらこうもなろうて。と思ったが、口に出すと色々と言いたい事がせき止められなくなりそうだったので、「玄関から来いよな…」という注意の一言に留めた。
俺、優し過ぎない?寝起きで思考が纏まってないだけなんだけども。
女「ご家族に迷惑かと思いまして。」
ガラガラトンとベランダを閉め切り、カーテンも閉じている後ろで女がそんな事を言う。
しかしそれは余計な気遣いである。父親も母親も仕事の関係で中々帰って来ない。そして俺には兄弟が居ない。
故に今は家に俺しかいないのだが――
――?!、ま、まてよ……
家に若い男女が二人だけ……これは青年誌的に、非常に不動でテンプレートな展開ではないだろうか…?!
こ、このままでは、意外と心配性な女が過去の俺へ制裁を加えかねない…!!
コンマ2秒でそこまで考えた俺は、机になおしていたキャスター付きの椅子を転がして用意した。
男「どうぞどうぞ。」
女「ベッドに失礼します、窮屈なのは苦手なので。」
言いながらベッドの縁に腰掛けた女。
しくったっ!!ひじ掛けか?!ひじ掛けが気に入らないのか?!
自分がベッドの側に行くつもりであったが、仕方ないので自分で椅子に腰を据え、シリンダーのガス圧を弄って一番低くし、出来るだけ女と目線の高さを合わせる。
しかし、明らかに俺でもゆったりと座れるこの椅子で、体格差を考えれば窮屈さなんてないだろうに、何故こいつは断ってまで異性の部屋のベッドなんていう危険な場所に腰かけたんだ……!
ま、まさかこいつ!!誘ってやがるのか?!?!し、しかし俺には昨日心に決めた人が――
そうして、一人混乱している俺を他所に女は話を切り出した。
女「お訊きしますが、時間跳躍を行いませんでしたか?」
男「へ…?」
たった一人の妄想大戦争中に話しかけられ、少し呆ける。
が、急いで持ち直す。
男「…いや、してないけど。なに?もう免罪符は期限切れ?」
時間跳躍をした疑いがあるって事だろうか?
しかしその覚えがないので、俺にとって今後の平和な生活に影響する問題であれど首を捻るしかない。
俺の返答に、女は「そういうわけでは…」と一度言い淀むが、ニヤリと笑みを浮かべて、例の本を開いたかと思えば―
女「…ありますね。えぇ。まぁ知らないならいいのです。」
―そう言葉を続けた。
俺の平穏を脅かし兼ねない情報であるというのに、そんな意地の悪い笑みを浮かべるのは止めてくれ。
しかし、遭遇すると一分以内に例の本を開く奴だな。やはり害虫か。
”時を超えて対象の行いを記す”なんて恐ろしい能力を持つというその本を、膝の上で広げてニコニコとこちらに笑みを飛ばしてくる女。
心の平穏を保つためにも、せめて本の性質は少しでも知っておきたくて、本の名前を訊ねてみる。
女「特に銘打たれておりませんが…以前、《閻魔帳》と呼ぶ人が居ましたね。」
懐かしむ様に、視線を宙に浮かせる女。
しかし《閻魔帳》か、言いえて妙だな。中身を見たことはないが。
ん…?《閻魔帳》…どこかで聞いた覚えがあるな。内申点を記す本……いや、そっちじゃない。もっと別の所でその名前を…
女「ただ、だとしたら酷いシステムです。」
不鮮明な記憶の中、思い当たりそうな事象を模索していると、囁くような声でそんな言葉が聞こえた。
「何故?」と問えば、女は膝の上の《閻魔帳》に視線を落とし、開かれた無地と空白のページをさらりと撫でた。
女「言いましたよね、コレは時を越えて人の行為を記す書物―」
そうして語られるのは、女が知る限りでの《閻魔帳》の性質。
”時を超えて記される”とは言っても、”未来の事は記されず”、どちらかと言えば”現在の事も記されない”。
”過去となった事のみ記される”のだという。
では、何故”時を超えて記される”と言うのか。女はその理由を――
女「―世界が違えど、過去であれば記される。パラレルワールドの出来事ですら、過去の事であれば記されるのです。」
――そう語った。
女「そんな理不尽な本を読んだ閻魔によって、覚えの無い罪で地獄に落とされたら堪りません。」
俺は「はぁ、まぁ確かに。」 と返したが、お前が言えた事かと思った件については口にせず堪える。
女「なので、私はコレを《
「ばたふらいさんぷるぅ?」と首を傾げた俺は悪くない。
まだ《閻魔帳》の方がわかりやすいと思うんだが、「バタフライサンプル」とやらはどういう意味なのか問えば、「”バタフライエフェクトをサンプリングする本”、という意味です。」と、自慢の品を見せびらかす子供の様な態度で説明された。
女「時間渡航者を取り締まるにはもってこいなのです。」
通信販売かなにかなのか?と思いたくなるようなプレゼンテーションを受けたが、興味もないので「ふ~ん」と聞き流し、1つ思った事を口にする。
男「つまり俺は今、丸裸なのか。」
俺のそんな一言で、女の表情が固まった。
錆びついているかのようにゆっくりと、嫌悪感を表すものに変わる。
女「……貴方はすぐにそちらの方向に話を持っていきますね。」
男「待ちたまえ、とても遺憾だ。」
そういう意味ではないし、どちらかと言えば、コイツが一番そちらの方向に持っていっている気がするのだが。
しかし、この方向で話が進むのは俺にとって不利であると理解しているため、弁明もそこそこにコホンと咳ばらいを前置いて話を戻す。
男「俺の事しか書いてないの?」
じとりとした視線を一度俺から外し、ため息を吐いてからもう一度視線を合わせてくる女。
女「今はそうですね。しかし、知りたい人の事ならばいくらでも表れます。」
そんな答えを聴いて、なんとなく、友が今どうしているかが気になった。
女「……スケベな顔をしていますね。」
俺はその時ばかりは、否定をしなかった。
俺のそんな様子を見て、女はまたも意地悪くニヤリと笑み、わざとらしく《閻魔帳》を両手で持って読む様に構えた。
女「おや?今、パラレルワールドでは貴方がこの本を強奪して熱心に読みふけり始めたと書いてありますね。その際に思い描いた相手は…」
慌てて、その本を抑えて閉じる俺。
男「読まなくていい。」
女「残念です。」
ちらりと舌をのぞかせるこの女は、自分が同じ事をされる場合を考えないのだろうか…いや、考えているからこそこういう事が出来るのかコイツの場合。
男「なんとな~く察しはついてるんだけどさ…」
様子を覗う俺の質問に、女は「はい?」 と訝しみながらも言葉を待った。
男「その本で、自分の事は見たりしないの?」
《閻魔帳》を指差しそう訊ねるが、女は眉を八の字にして、なんとも言えない表情で俺を見返す。
女「貴方は、この本を手にしても尚そんな恐ろしいことを言えますか?」
男「…どうだろうなぁ」
むしろ、他人の事を読まないと思う。
タイムトラベルですらズルく感じているのに、他人の過去を常に把握するなんていうこれまで以上のズルをして、俺が更なる卑屈にならない未来を想像できない。
女「1ページ読めばわかりますが、全ての人は常に生きるか死ぬかの選択をしています。」
つらつらと語りながら、閉じたままの《閻魔帳》を膝の上に置き、ハードカバーをパラリと捲る。
女「選べる行為が百あっても、そのうち半分は死ぬ道、残り半分が生きる道になっていて――」
露わになった最初のページ、遠目に磨きたてたパピルスのような質感と見受けられるそれに、黒いインクを引いたように文字が浮かび上がる。
女「過去に残した蟠りを紐解いて、あの時ああしていれば生活がもっとよくなったかもしれない。という勝手な目算が真実だった時――」
――それまで歩んできた生きる道を全て後悔し、死ぬ道に転することになるのですよ。
女「そうなって、すぐ傍にあった死の選択をした人を、この本越しにですが、いつも見ています。」
ふぅ、と一息吐いて、パタンと《閻魔帳》を閉じる。
女「自分もそんな内の一人だとは……怖くてとても思いたくありません。」
女の独白は、時間渡航者である俺だからこそ共鳴するところがあって、
そしてその辛さはこの苦しい想像をはるかに凌駕するんだろう。
けど―
男「女さん、貴女は昨日、学校で俺に似たようなことしようとしましたよね。」
恥ずかしい事を抽出して叫ぶとか何とか。
女「理屈で追い詰めようとも、私にはこの本があります。敵に回さないでください。」
男「いや、うん、悪かった。気にしないでくれ。」
《閻魔帳》を構えて、今にも「お前の弱みを読み上げるぞ」と、言わんばかりの女に、俺は得意のはぐらかしでうやむやにする。
だって反撃が怖いじゃないか!!今さっきだって、友に関して恥ずかしい項目増やしたばかりなんだし!!
両手を顔の高さに上げて、無抵抗をアピールする。
女「では――」
そういって、女は俺にその本を寄越す。
男「ふぇっ…?」
不意に眼前に突き出された《閻魔帳》に、またもだらしない声を上げてしまう。
女「貴方も、この本を読めば、タイムトラベルに慎重になるかと思いまして。」
受け取らない俺にしびれを切らしてか、女は《閻魔帳》をコチラに向けて開き、まっさらなページを晒す。
女「私が持っていますので、自由にご覧下さい。」
突然の出来事にしどろもどろになるが、その魅力的な提案に俺は半ば折れていた。
元々、タイムトラベルの行使には慎重なのだ、ズルをして手痛いしっぺ返しをくらう様に、他者の辛い過去を見て心に傷を負った所で、これ以上俺が何を失う?
ゴクリと喉を鳴らし、俺はゆっくりとページを捲った。
男「さ、索引はいずこに?」
女「そんなものはありません。適当に開いて、知りたい人を思い浮かべてください。」
ああそういえば、白いページに文字が突然浮かび上がっていたなと、先ほどの様を思い出す。
ぱらぱらと紙を送り、自分の知りたい人物について意識する。
―俺が知りたいのは…
友……いや、違う。
同級生…?違うな。
俺の家族…違う。
目の前のコイツ…それも違う。
学校の教師…これも違う。
どれもこれも、これから向き合っていくべき存在であって…
だから、俺が知りたいのは…
―俺が知りたいのは…
このSSに登場する女は、とある理由により言葉遊びが大好きです。
その為、カックイイ言葉には滅法弱く、丁寧に振舞っているつもりのその所作も、ただの演技です。
誤解を恐れず言うならば、「厨二病娘」です。
個人的にですが、「邪気眼」と「厨二病」と「中二病」で、微妙に意味を変えて使い分けています。
みなさんは、そんな風に使い分けているスラングはありますか?
あ、次回で一章は終わりです。