女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
男「――……俺は、」
次のページへとかけていた指を浮かし、《閻魔帳》の表紙に伸ばす。
風がそよぐ程に強く閉じた《閻魔帳》が、パタンと音を立てる。
俺の拒絶を受け取って、女は「…そうですか。」と瞳を閉じた。
男「本を読んでいてわかったろう。俺は弱い人間なんだ。」
他人との接し方がわからないから、気ままに振舞っている様な事しか出来ないし、対応も相手に甘える事しか出来ない。
男「今知らなきゃいけないと思っていても、他人の事をずるして知りたくない。」
自身すら保てていなくて、文句は言っても他人から言われた通りに動くしかない俺である。
ここで誰かの過去を把握したとして、その相手に何ができるというのだろうか。すべき事もわからず、結局は相手の言う通りに動くしか出来ないだろう。
だからこそ、《閻魔帳》で他人の事を読もうとは思わない。
男「逆に、俺の事なんか、俺が一番わかってやれているんだ。」
他人と接する前に、せめて俺自身をもう少し強く保ちたいが、それにしたってこの本に頼るほどの事とは思えない。
男「これは、どうやら俺が好意を抱いているらしい奴の話だがな…」
俺自身の事で、今更こんな本を頼る必要もないだろう。
知らない知識はあれども、自分の事であれば日記のお陰あって忘れている事もあまりない。
男「”いつ、どんな時代に居ようと、自分のことを全て理解してやれるのは自分だけ”だそうだ。」
だからこそ、俺が《閻魔帳》に頼る必要はない。
平行して存在したとしても、異なる世界となればそれは最早俺ではない。それはただの他人だ。
そして、俺はそんな他人に滅法弱い。自分の事でないのにすぐに影響されそうになってしまう。
いや、むしろ自分との共通点を他人に求めるからこそ、他人に影響されるのだろう。
タイムトラベルという、恐ろしい力を己の意志一つで行使できるのに、こんな本1つで大勢の他人に影響されていてはいけないのだ。
男「だから、へたれの俺はその本で他人の事を読んだりしない。ましてや自分を理解する為にそんなもの使ったりしない。」
他人に影響されるのであれば、せめてこんな本ではなくて、面と向かって向き合って影響されたいし、影響を与えたい。
ただの傍観者じゃあ、俺という存在がこの世界のどこからもいなくなってしまう気がするから…。
俺の独白を聞いて、女は《閻魔帳》を自身の膝下に引き戻した。
女「逃げましたね」
男「言ってろ。」
本音を言えば、魅力的過ぎて怖いんだよ。
やりたい事はやるべきだとは思うが、やりたくない理由や、やってはいけない理由があるならば、むしろ決してやってはいけないだろう。
そんな状態で行動に移しても碌な事がないんだ。
女「…興味深かったのですがね、貴方がこの本を手にした時どのような反応をなさるのか。」
そう言った女は、《閻魔帳》を一撫でした後にコチラを見つめて、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべて言葉を続けた。
女「――《
男「あぁーやめろやめろ!ねばらないでくれ!!誘惑に堕ちそうだ!」
そのパラレルな俺の気持ちが痛いほどにわかってしまう…
あぁ!ダメダメ!パラレルワールドって時点で他人なんだから影響されるな俺!
むしろこんな明らかにヤバい代物を手にして迎えた転機なんだから、良い影響を受けたとは限らないだろうに!
誘惑に負けそうになるので、このドツボな思考をどこかへ逸らせないかと思考を巡らせて、女に訊ねた。
男「……ってか、女さんはどうしてこんなに朝早くに俺の部屋に来たんだ?」
そう、ソレだ。それさえわかれば、今の誘惑にももう少ししっかり反発できたはずなのだ!
そう考えて己を戒めていると、パラパラと《閻魔帳》に目を通していた女が、此方に視線も向けないまま話す。
女「…たとえそうだとしても、別の誘惑からこの本の閲覧へと持ち込ませましたがね。」
チラリ…と、第2ボタンまで離した制服の襟から健康的な肌色を覗かせる女。
いつぞやの教師の様に、きわめて仏の表情で事を流す俺。
なるほど、コイツはやはり誘っていたのか。しかも脅す為に。
心の中で友の顔を思い浮かべて、今一度己を見つめ直しながら、先ほどの女の言葉で生じた疑問を口にする。
男「お前さん、今、俺の思考まで読まなかったか?聞けば聞くほどおっかない代物だなぁソイツは。」
俺のベッドの上で広げられている《閻魔帳》を顎で指し、読まなくてよかったと、その選択をした直前の自分を認めてやる。
女「えぇ、貴方のことだけは何故か特別詳細に記されゆくのですよ。」
本に落としていた視線を俺に向けて、「何故でしょう?」と首をかしげる女。
―いやいや!かしげられても俺もわからんって!!
俺がその本に直接思考を書き記している訳でもなし、その本を読んだ事も無い俺にわかる道理はないが、推論程度はと口にする。
男「時間渡航者だからじゃねーの?俺と女以外に居るのか知らないけど。」
女「そうなのでしょうか?私も貴方以外には遭った事がございませんのでよくわかりません。」
そうか、そんなに厄介かけるのは俺相手の時だけなのか。友達でもあるまいにコイツは…。
というか、この女も女で俺以外に遭遇した事がないとか、さらりと重要な事言ってくれちゃってまぁ…。
本格的に頭を抱えてうずくまりたくなったが、いい加減、コイツに影響されるのも馬鹿馬鹿しくなってしまったので、さっさと話を進める。
男「それが知りたくてこんな時間に?」
カーテンを開けてわかったが、外は綺麗な朝焼けがうかがえた。
日の高さからみて、机に置いてある目覚まし時計は少し速いのかもしれない。後で時間を合わせるとしよう。
机の上に戻していた目覚ましをもう一度手に取り、背面の竜頭と電池の有無を確認していると、女の「いえ」という返答が届いた。
女「目下特筆すべき質問はこちらにお邪魔した時にお訊きしたので最早構いません。」
こいつ、わざとめんどうな言い方して煙にまこうとしてないか。
なんだか俺の唯一の友人と通ずる雰囲気を感じながら、ため息を零して女と視線を合わせる。
男「何が知りたかったんだ、安眠を妨害した罰として教えなさい。」
女「貴方が目覚めてから窓を叩いたと記憶してますが…」
わざわざそんなことを調べる為なのか、女は本のページを手繰ってゆく。
細かい奴だと思ったが、…《閻魔帳》も変なところが不便だな。
分厚い本だとは思ったが、まさか本当に過去の事が全て記されているとでも言うのだろうか。
女「あぁ、ありました。貴方のことはいささか仔細に記されすぎている気もします。たった数分のやりとりで一体何ページ使うつもりですか。」
男「それを聞かされた俺の身にもなってみてくれ。」
「今対面している貴方一人に対象は絞っているはずなのですが…」なんて続ける女に、《閻魔帳》の仕様も聞かされた以上の事を知らない俺は苦言を呈する。
さっき起床してから、そんなに詳細に記されるような行動をした覚えがないんだがなぁ……いや、というか本題はそこじゃねぇ。
男「そんな刹那的な話を広げなくて良いんだよ。何を知りたかったのか教えてくれ。」
俺のそんな言葉に女は一つ頷いてから、「ここを読めばわかるかと思いますが―」と流れるように《閻魔帳》に記されたある一文節を俺に見せるて指し示す。
数瞬前の抵抗感を思い起こす間すら与えずについ目で追ってしまったその一文は――
男「―”昔なじみの友に会いに行った”?」
女「その直後の事象はこちらです。」
男「”なんだ夢か”……?」
えっ、なに?夢落ちの話?
だからね初心者眼には、何が疑問なのかよくわからないんですよ。
俺の視線だけでの訴えが届いたのか、女は「そうですね、あまり見たくないというものを見せるのも酷でしょうし」とそのまま身を引いて、音を立てて《閻魔帳》を閉じた。
女「かいつまんでお話します。」
そうして女が俺に聞かせた話は、俺の中にあった”読みたくない”という抵抗感を、違う色に変えてしまうような話だった。
――――――――――――――――――――――――
男「……つまり、俺の事、特に今ここに居る俺の事以外の記録は、”ほぼ全てが第三者視点で記されている”って事か?」
女「遠いどこかでの物分りの悪い貴方にあたらずに済んで本当によかったです。」
そう言って薄く笑みながら頷く女に、「この能力を持っていたら嫌でも考える力は身につく」と思ったが、口にはしない。
また本題から逸れて、いらない話の枝葉が拡がるだろうからな。
男「……一応訊くが、それとさっきの文節がどう関係するんだ。」
俺のそんな問いに、「うっすらと求める応えの輪郭が視えてきましたね?」なんて返してくる女。
多分、女は俺と同じことを疑問に思ったのだろうが、今そういう余計な問答要らないから…
男「んなことはいいから、まずは俺の答え合わせをしてくれ。」
懇願に対して返ってきた「わかりました。」という言葉に、自分の顎を撫でて話を聞きながら思考に耽る姿勢をとる。
女「つまり、”主観的な文章が連続しているのに、その前後が不明瞭だ”という事です。」
膝と肘を突き合わせて両手の指を組みその手で口元を隠すという、考える為であろう姿勢をとって「前後でなくとも不明瞭ですが。」と続ける女に、俺は顎をなぞりながら「確かに」と頷いた。
…昔馴染みって誰だ?
男「俺の昔馴染み……友―は違うよな……そんなに長い付き合いでは――」
―アレ?
自身で発した何気ない呟きに、思考が停止した。
女「どうなさいました?」
心配するように覗き込んでくる女の顔も、固まった思考の中では認識できなかったが、何か、何か大切な事を見落としている気がして、俺は掴みかかる様な勢いで女に向き合い、《閻魔帳》を指差した。
男「わ、悪い!その本をちょっと読ませてくれ!」
女「???」
眉根を寄せて、首を右左とかしげる女。
それでもしっかりと《閻魔帳》を握り締めて、俺がページを手繰れるようにと、此方に向けて開いてくれた。
先程と同じページで開かれた《閻魔帳》の先程の一文を見受けた後、表紙へ戻るようにと一枚一枚捲ってゆく。
あと少しで表紙をも捲ろうかというところで、それは記された。
男「――”ケダモノから少女を守った。認めたくは無いが、アレは最早ケダモノなのだ。”………」
女「本当にどうなさいました?貴方だけ答えを得たようで不満なのですが」
男「……俺はここに記されている通りなのか…?」
女「男さん?」
男「……もしかして、この一人称で記されている奴とはよく似ているが違うパラレルの世界に居るのが今の俺なのかも…」
女「………」
男「………いや、むしろこの話自体が大嘘なのかも…よくできた嘘で、夢の話の事だって、寝言をかいつまんでまとめただけなのかも…」
本当に俺の事だけを記しているのかと女に問えば、戸惑いながらも「分岐して、今の貴方に至らなかった情報は省いているつもりです」と返す女。
いや、だがそんな筈はないんだ。ここに記されているのは他人だ。
男「…なぁ、でなきゃおかしいだろ?なんで俺の知らない事を知ってる奴が、俺と違う認識を持ってる奴が、俺とまったく同じ人生を歩いてんだよ…」
「俺の事は数分で何ページも消費するほどに詳しく書かれている」と言われた事を改めて女に確認するが、「はい、その通りです」と答えて怯え始める。
女の片方の手から滑り落ちそうになった《閻魔帳》の地ををしっかりと握りしめて、過去の事は全て記されるのかと問えば、「は、はい、おそらく、親から産み落とされたその瞬間から、全て」と頷く。
男「なのになんで昨日の出来事より前の記録が粗末なんだ?もう1ページ捲ったら表紙だぞ?」
《閻魔帳》をぶんどり、開いたまま両手で強く握りしめる。
男「俺の人生は昨日始まったのかよっ!!!!」
熱くなり、蹴り飛ばす様に椅子から立ち上がる。
いや、確かに熱中しているが、思考は逆に冷えていた。
それまでの己の過去を一つ一つ思い返して、湧き出した違和感の正体が浮き彫りになっていく確信があった。
俺と友は結構長い付き合いな気がしていたが、どれくらいの付き合いになるのかはわからない。
友からの熱烈なアプローチを無かった事にする為にタイムトラベルを用いていたと認識していたが、昨日以前のアプローチの内容は思い出せない。
俺の両親は仕事の都合で中々帰って来ないのは知っているが、両親がどんな仕事をしていてどんな顔をしているのかも知らない。
飛ぶように本の最初のページを掴み、捲る。
――”ケダモノから逃げる少女をみかけた。”――
俺の事について記された、本の冒頭はそう記されてあった。
男「……違う…違う違う…俺は昨日、寝不足だったんだ…」
その理由はわからない―
男「昼休み、まで寝ていられると思ったんだ……」
その理由はわからない―
男「そしたら案の定居眠りを見過ごしてもらえて……」
その理由はわからない―
男「………」
昨日のうち、覚えている記憶の最古は、それだけだ。
男「………俺って…」
《閻魔帳》を取り落した自分を、冷静に見つめる自分が居た。
男「俺って…昨日、突然学生として生まれたのか…?」
第一章
「俺は友達が少ないのに青春ラブコメとは間違っている'sGATEの選択(端的)」 了。
次回、INTERLUDEを経て第二章、「思い出の箱庭の外へ」が始まります。