女「そこまでです、タイムトラベラー!」男「またかよォッ?!」   作:下品な牛乳◆N1RGqRourg

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INTERLUDE
~そして旅人のエピローグ~


 

 永い、永い永い旅をした。

 

その旅の途中で、旅をしているという自覚を捨てた。

未だに俺は旅の途中だ。

 

 漫然と歩いているだけでは腹が減る。

眠気も襲ってくるし、性欲だって処理できない。

 

荒野の真ん中、夜の帳が空を覆おうと赤い幕を地平線の向こうに降ろしてゆく。

 

―困ったな―

 

 夜は危険だ、なんせ俺は夜目が効かない。

夜行性の奴らに囲まれたら一たまりもないだろう。

近くから、なにやら焦げ臭い臭いがした。

火が近くにあるのだろうか?ならば行幸だ。

その近くで休めば、暫くは安心かもしれない。

 

 臭いに誘われ、フラフラと歩みを進める。

―と、突然足元の抵抗が無くなった。

どうやら、もう少し視線が高くないとわからなかったような段差を踏み外したらしい。

 

流石に慌てて、受身の姿勢も疎かになる。

落下してゆく短い感覚の後に、強く背中を打ちつけた。

 

「―――ッ!!」

 

 一瞬、息が出来なくなった。

四つんばいの姿勢で起き上がり、視線を巡らせる。

大きな音に誘われて動物がやって来たりはしていないようだ。

小さく息を吐いて、自分の落ちた段差をふりかえる。

かなり横に広い段差だった、

 

―俺の背丈の2倍くらいあるんじゃないか?―

 

 それすらわからなかったという事は、空腹も限界に来て思考に割ける余裕が失せているようだ。

偶然、段差にその避けたような穴を見つける。

人がぎりぎり入れるかと言った隙間だが、そこから何かの焦げるような臭いも漂ってくる。

 

―お邪魔するかな。―

 

 とりあえず一晩、その穴倉で明かすことにした。

狩りは明日に持ち越しだ。

 

穴倉に入ると、かすかな動物の臭いもしてくる。

 

―しめた、これで飯も心配ないかもしれない―

 

 奥へと進む足取りも、少し軽くなった。

ゆらゆらと、儚く揺蕩う明かりを見つけ、走り寄る。

 

焚き火だ、暖かい焚き火だ。

 

生気の感じられない風を浴び続けたせいか、日中の散策で身体は冷え切っていた。

食欲が俺の中で首をもたげて荒れ狂っているが、暖かさから齎される安心感には勝らない。

焚き火の傍でまるくなり、俺はそのまま眠りに誘われて意識がゆっくり溶けていく。

 

―帰りたいな…―

 

 滲みゆく、洞穴の壁と焚き火の明かりの景色をみつめて、そんなことを思――

 

「ガッー――?!?!?!ッ―――!!!」

 

 突然、身体に鈍い痛みが降りかかった。

跳ねるように飛び起き、辺りを窺う。

 

「―――ッ」

 

 薄闇の向こう、明かりがぎりぎり届かない辺りで、4~5人が手に手に武器を持って俺を囲んでいた。

 

―話の通じる相手じゃあないんだろうなっ―

 

 この荒野でこれまでも何人かの人間に出会ってきたが、どいつもこいつも俺の言語は通用しなかった。

 

―そんなに肉体で語り合うのが好きか―

 

 ここでのルール、見ず知らず同士は生きるか死ぬかの戦いだ。

 

石槍や棍棒を此方の動きを誘うように振り、じわじわと俺を取り囲んでゆく野蛮人共。

歯を食いしばり、力が入りきらない身体に鞭打った。

 

「ガッ―――!!」

 

 腹から声を漏らしながら、集団に向かって飛び込む。

此方めがけて振り抜かれた棍棒を、姿勢を低くして辛くも避ける。

振りぬき隙だらけのソイツのわき腹に、全力でぶつかる。

 

押し倒しながら、強く棍棒を握り締めたそいつの手首に、指から伸びた欠けた爪を押し込む。

耳を噛み千切る。

首元でぎゃぁぎゃあと騒がしいが、その声で他の奴らの思考を止めてくれるならありがたい。

 

―ザッ…―

 

 と、足を踏み込む音が頭の上で聞こえる。

 

思考を挟む余地なく、俺はソイツの上から飛びのく。

すると、ソイツの首の横、俺の頭があった位置に石槍が突き立てられた。

 

―アレは…危ないな―

 

 石槍の威力を冷静に判断し、先ほどのタックルの要領で槍の柄にぶつかる。

大きく撓りながらも重さに負けた槍は。バキバキと音を立てて瞬く間に折れてくれた。

 

―が、俺が全力で飛びついた先では、また別の棍棒を構える男が居た。

 

空中で為す術無く、振り下ろされた打撃を脇腹で受ける。

 

「――カハッ!!」

 

 掠れた悲鳴を漏らしながら、またも地面に叩きつけられる。

 

痛みと空腹とで、最早心が冷静さを保てそうにない。

闘争本能を滾らせて、またも棍棒を振り下ろそうとする男の足首に噛み付いた。

先程と似たような悲鳴が頭上が聞こえるが、今度は他の奴を惑わせるような物は期待できないだろう。

 

遠のく思考でそう考え、ついに俺は理性を失った。

 

 

―しばらくのやり合いで、最期に立っていたのは俺だった。

 

 

気を失ったのか、或いは死んだのか、辺りには4人の男が血を滴らせて伸びていた。

 

俺はといえば、耳は欠けて全身の裂傷も酷く、片目は血がこびり付いて満足に見えない。

 

満身創痍で辺りを見回すと、穴の端、一人の女が藁を被って震えていた。

 

―あぁ、もう限界だ。―

 

 俺は血を滴らせながらそのうずくまる人に近寄り――

 

 

――空腹を抑えられなくなった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 甲高い悲鳴が頭上で聞こえる。

構わず肉を喰らう。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 悲鳴は嗚咽に変わっていた。

痛みに耐えられないのだろう。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 押しても鳴らないほどの肉塊になったそれを、尚も貪っていると――

 

――ピチャリ…

 

と、背後で音がした。

 

何事かと首だけそちらに向けると、小さな女の子が俺を唖然と見つめている。

 

身体ごと振り向くと、少女は逃げ出した。

走りゆく薄く白い肌を眺め、俺は違う欲を刺激された。

眠気など飛び、痛覚などは意識の埒外となっていた。

 

 

 追いかけて穴から飛び出す。

空には幾千の星が瞬いていたが、それよりもあの少女だ。

汗の臭いを追いながら、俺は小柄な体躯を思い浮かべていた。

 

 真っ直ぐに、真っ直ぐに、俺の理性を惑わす人影を追いかける。

つまずきながらも大きな岩肌を駈けてゆくその背中に、必死に追い縋るが…

 

―なぜ、何故追いつけない―

 

 身体が限界であることや、効率的な走法なども忘れて、我武者羅に追随する。

 

崖のような坂を上りきった少女は突如視界から失せた。

 

―そんなっ!!―

 

 あと少しでこの手の内であったというのに、指の間をすり抜けていってしまった寂寥感と焦りに、打って変わってもたもたとした足取りで崖を登りきる。

 

そこは、長大なクレーターの淵であった。

 

 穴を見下ろすと、そこで少女はうずくまっていた。

 

居なくなった訳ではないと知り、安心するも、焦りだけは拭えなかった。

 

―早く、早く、―

 

―早く奴を手にしたい―

 

俺を焦らせる懐かしい匂い。

その少女から漂ってきていた。

 

振り返った少女と視線がかち合う。

 

―もう構わない―

 

 耐え切れず、俺は飛び掛った。

 

これで、自分の家に帰れると信じて…―

 

 

――視界の端から、蒼く輝く大量の砂が瞬く間に俺の前方に降り注いだ。

 

 

 まるで、満天の星空がこの景色を止めに入ったかのように、砂時計のように星空から降り積もったそいつは、人の形を築き、轟音と共に俺の前に立ちはだかった。

 

―ギュゥォッ!!―

 

 足下と見て取れる位置から、蒼い光は弾けてゆき、眼前へと迫り来る拳を残して、その体を覆っていた蒼い光は溶ける様に失せた。

 

―瞬間、腹に異物がめり込んでくるような違和感と衝撃に、口の中に蓄積された胃液や血や肉の切れ端などを吐き散らして弾き飛ばされた。

 

 クレーターの斜面を駆け上がるように転がり、勢いがなくなった頃にフラフラと立ち上がった。

意識朦朧で、もはや前が見えない。

 

―そこへ声が響いた。

 

 

「小さい女の子を泣かせる奴は・・・っ」

 

「過去に飛ばされて死んでしまえっ!!」

 

 

 俺の体が、蒼い光になってゆく感覚がした。

目前から、蒼い流星が迫っていた。

 

ぶつかると感じた時、俺の体は光となって砕けた。

 

 




 首から上、頭には感覚器が集中していてしかも脳にも近い為に、そこで知覚するあらゆる感覚は大きな情報として認識される。
そんな話を聞いた覚えがあります。

口腔や外耳道の実際のサイズが、自分で意識している程大きな器官ではないというのも、その点に起因するそうです。

味覚・嗅覚・触覚・聴覚・視覚と、言わずと知れた五つの感覚、今ではヒトの感覚は5つ以上あるそうで、最早「シックスセンス」や「第六感」という言葉は、直感だけを示す言葉ではなくなってしまったようです。

 さて、現代日本では小学校において学ぶであろう五感ですが、その五つの中でも唯一、大脳新皮質を経由しない為に「最も本能的」とされる嗅覚のお話です。

本文中にて、旅人が食欲や睡眠欲とは別に刺激された欲求は三大欲求ではなく、介護医療において「夕暮れ症候群」とも称される「帰宅願望」です。

懐かしい匂いを嗅いで、実家や故郷に帰りたくなるといった経験が、全員とは言わずとも幾らかの方にはあるかと思われます。
その理由は、嗅覚が大脳新皮質を経ずに、記憶を司る海馬や偏桃体等のある大脳辺縁系と直接繋がっている為であり、においに紐づけされた記憶は思い出しやすいからだそうです。
この現象には、フランスの作家『ヴァランタン=ルイ=ジョルジュ=ウジェーヌ=マルセル・プルースト』〔Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust〕(1871~1922)の著作『失われた時を求めて』〔À la recherche du temps perdu〕にて描かれた描写から、著者である『プルースト』の名を冠して、「プルースト効果」と呼称されているそうです。

僕も、揚げ物を取り扱うお肉屋から伸びる換気扇の前を通ると、故郷にあったコロッケの美味しいお肉屋さんを思い出して、ほろりと淡い気持ちの溢れる事があります。
そうすると、涙腺と共に胃の噴門と財布の口が緩むので、中々僕の懐事情とコレステロール値を突き崩してくる厄介な現象です。

最近のおすすめは、カボチャコロッケとコーンクリームコロッケです。
ビバ、炭水化物。
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