辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

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78 ロスト・トウキョウ・モーメンツ

僕は局長室に戻り、どうすれば現状を打破できるのかを考えた。

だが、何も手立ては浮かばない。

どう考えても僕の力でどうこうなる問題ではなかった。

もはや与党は、野党からの追及を逃れるために僕と篠崎代議士を人身御供に仕立てようとしている。

そして官僚側も同じだ。

その状況を静観している。

政府との間におかしな波風を立てたくないのだ。

僕はこのままでは、雑誌からは標的にされ、国会では証人喚問され、最終的には罷免されるだろう。

頭の中が真っ白になった。

今すぐここを抜け出し、どこかに消えてしまいたくなった。

だが、そんなことはできない……。

まるで嵐の前のように静かだった。

その日は、ほとんど誰も局長室にやってこなかった。

まるで、この局長室が、処刑を待つための部屋のように感じられた。

この部屋の外では、熊のようなトーチャーが、刃物を研いで準備をしているのだ。

僕は気を紛らわせたくて、アイフォンを立ち上げ、イヤホンで音楽を聴いた。

「静けさ」から連想がいき、ジェネシスの「ウィンド・アンド・ワザリング」を選択した。

確か邦題が、「静寂の嵐」だったからだ。

眼を閉じて音楽を聴くと、一時だけ気が楽になった。

逃避以外のなにものでもないが。

もしも今、人が入ってきたら、一体なんだと思うことだろう。

気楽なもんだと笑うだろうか。

それとも、相当精神的に参っているらしいと分かってくれるだろうか。

……ジェネシス。

そういうと、篠崎代議士に初めて誘われたコンサートは、ジェネシスのギタリストの、スティーブ・ハケットのライブだった。

と、そこまで考えて、昨日の高田の言葉に思い当たった。

高田に教えられた篠崎代議士の遺した伝言だ。

『あのコンサートのレコードを、八王子のステレオ・ジャックに預けてある』

僕はノートパソコンを開く。

ステレオ・ジャックが実在するかどうかをまず調べた。

それは実在していた。

八王子の駅前から、歩いて15分ぐらいの場所にある。

そして、スティーブ・ハケットのアルバム。

……これもあった。

『ロスト・トウキョウ・モーメンツ』というタイトルで、ライブ音源がリリースされているらしい 。

トウキョウと銘打ちながらも川崎のチネチッタ・クラブでのライブ音源。

年度も当たっている。

まさに、僕たちが20数年前に行ったあの日のライブだ。

その音源がリリースされていたのか。

どこか感慨深い気持ちになる。

だが、それはレコードではなく、CDでのリリースだった。

時代的にもそうだろう。

篠崎代議士は、レコードと言ったらしい。

どういうことだ?

 

そこで、《スティーブ・ハケット》《ロスト・トウキョウ・モーメンツ》《レコード》で、再度検索をかける。

すると答えが出てきた。

200枚限定でレコード盤がリリースされていたらしい。

これのことだ。

 

僕は立ち上がった。

今日はこれ以上、ここにいてもどうしようもない。

定時になったら八王子へ向かおう。

そう決心した。

 

続く




話の切れ目の問題で、今回は短くなってしまいました。
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