幻想悪魔伝~Nameless Little Devil~ 作:超淑女
今日も人里から離れた店には小悪魔がいた。
一階にある応接用の部屋には、誰も居ない。
その代わりそこには水が流れる。シャワーの音が響いている。
小悪魔家の一階の大半を占める応接室の二階に通ずる扉、その横にもう一つ扉があった。
そこには木の札がかかっている。『入浴中にて、しばらくお待ちを♪』と書いてあった。
シャワーの音が止まって———扉から出てきたのは、もちろん小悪魔だった。
扉がしまると同時にかかっていた札はしまった勢いで回転して『どうぞ』という言葉に変わった。
ロングコートとベスト、手袋もしていなかった。
それら全ては机の上にある。もちろん拳銃と椎名にもらったペンダントも机の上。
そして、まだ乾いていない頭をわしゃわしゃと拭きながら、机に座る。
机の上には服と、皿に乗ったピザがあった。
そのピザをくわえてから、足を組んで机に乗せる。
片手を上げてピザをもう片手で口に入れた。
そして指がなる。その瞬間、小悪魔の右方向の次元がガラス細工のようにわれて、人型のものが現れた。
その肌は灰色。体中に白いオーラのようなものをまとい、手と足に金色の防具を装備している。一番目立つのはそれの背中だろう。その背には同じく金色の防具が装備されていた。
それは悪魔。よって小悪魔の狩りの対象だ。
拳銃を瞬時にとって、その人型の胴体に向けて撃った。
だが、それは人型の手にある手甲で防がれる。
それを見て笑うと、頭に向けて撃つ。
人型は倒れて、灰へと還った。
「アルマジロ…ですかね」
アルマジロ。スペイン語で『武装したもの』を意味。
次元を割いて、数対のアルマジロが現れる。
小悪魔が、溜息半分に体に力を入れた。その反動で天井まで飛び上がると、部屋の天井に足をつけて二体を撃つ。その額に直撃した魔弾。二体は灰へ。
「Too easy!」
そのまま脚力で天井からスピードを上げて、一体のアルマジロの額を蹴って地面に倒す。
一度ジャンプしてそのアルマジロの胴体に乗ると、双銃を持ったまま他のアルマジロを見て笑う。
「Come on!」
アルマジロに片足をのせたまま、片足で床を蹴る。
滑るアルマジロ、それはさながらスケートボードのようだ。
滑りながらアルマジロを的確に撃ち貫いていき、最後に飛ぶ。
飛ぶと同時に乗っていたアルマジロに銃弾の雨を浴びせる。
それに対応できずに全ての魔弾を体に受け、灰へと還った。
すべての敵が消えたのを確認して椅子にすわる。
足を組んで机の上に乗せ、ようやくリラックスできると大きく息を吐いた時。
扉が開いた。
「どなたです? シャワーならお好きに使ってください」
そう言って、扉を開けた人物を見て驚く。
白い耳をつけた少女。
「犬走……椛さん?」
入って来た少女は無言で礼をした。
レミリアのパーティーで呼ばれる面子の一人だ。
良く紅魔館に潜入していた射命丸文の捕獲などにきてくれたのを覚えている。
彼女は小悪魔を見て驚いている様子は無い。
つまりは知っているのだろう。小悪魔の職業と噂を……。
「オーライ、依頼ですか?」
足を下ろして、立ち上がる。
椛の前に立つと椛が咳払いを一つ。
「その通りです」
その言葉に待ってましたと言わんばかりの笑みを見せる。
そして、自分の胸に手を当てると話を始めた。
「この小悪魔、悪魔狩りでしたらどんな依頼も破格のお値段で引き受けましょう!」
その言葉に、椛は頷いた。
こうして今回の依頼は始まる。
依頼内容遂行のため、小悪魔はここ『妖怪の山』と呼ばれた場所にやってきた。
だがそれも昔の話、今じゃ悪魔ばかりが巣ぐう山。
酷く嫌な雰囲気を前方から感じる。
まだ妖怪の山の入り口。そこで待ち合わせをしているから、幸い悪魔にも襲われない。
悪魔が襲ってくる場所と襲ってこない場所の区別とは一般人にはわかりにくい。
だが、小悪魔は一目でわかる。同じ悪魔だからだ。
特有の雰囲気があるのだ。神聖というか、浄化されきるような雰囲気。
まぁ、とりあえずこの場は安心ということで依頼主である椛からも指定されていた。
ここで待ち合わせだが、誰が来るのか聞いていない。
「お待たせしました」
そんな声が聞こえた。
近づいてくる感覚すらしないほどだった。
振り返る。そこには黒い髪をなびかせる彼女。
「射命丸文さん?」
そこには幻想郷最速と呼ばれた烏天狗がいた。
射命丸文。だがあの頃と違った。
その髪は腰上ほどまで伸びて、帽子もしていなければ、ゲタも履いていない。
背中から出ている翼は片方しかなかった。
そしてその目にはサングラスをしていたどういう理由か知らないが、ブン屋をやめざるをえなくなったからか、カメラすら持っていなかったのだ。
「この声、まさか本当にあの小悪魔さんだったんですね」
その言葉に違和感を覚える。
考えながら近くの岩に座ると、ひらめいた。
なぜか理解、そして―――真剣な表情に変わる。
「文さん、目が」
10年前のように文は笑った―――つもりなのだろう。
それは自嘲するような、寂しい笑みだった。
「はい、見えません。この両目は既に使い物にならないものになってます」
その言葉に、小悪魔は文の目を見た。
サングラスの奥の瞳を覗き込もうとするが、暗くて見えない。
溜息半分、文に質問してみる。
「見えないのに、どうやって?」
「感覚と雰囲気ですかね、そこにいるのが誰かまで特定できるようになりましたし……目があってもなくても既にたいしたことはありません」
少し沈黙がおとずれる。
小悪魔は気に入らないとでもいうような目をした。
文は雰囲気からかそれを察して苦笑。
「未練はもちろんあります。写真をとれないし、美しい物もこの目じゃ写せないんです」
小悪魔は察した。
「だからですか、そんなに楽しく笑えないのは」
「はい、笑い方なんて忘れてしまいました」
その言葉に、寂しそうな顔をする文。
これ以上この話しをしているとダメになると察した小悪魔は話しをそらす。
「それで、依頼内容はここにきてから聞かせてくれるはずだったんですが……」
小悪魔のその言葉に、文が頷く。
「依頼内容は悪魔に占領されたこの山の開放です」
目を細める。
こんな巨大な山の悪魔を全滅させろと言っているのだろうか?
そうだとしたら自分の力を買いかぶりすぎている。
それこそ力ある悪魔を殺さない限り無理だ。
「別に全滅を頼むわけではありません、力のある敵を倒してくれれば構いません」
「敵、悪魔では無いんですか?」
感じた疑問を素直に口にした。
だが、口にせずにおけば良かったと思ってしまう。
「はい、悪魔メフィスト・フィレスと……その配下である八坂神奈子、東風谷早苗の抹殺が目的です」
小悪魔が目を見開く―――驚愕で言葉が出てこない。
八坂の神と風祝が敵で、悪魔の配下。
素直に、言葉が出なかった。
次に出たのは笑い。
「クククッ……ハハハッ!そうですか……そうですかっ……悪魔の軍門に下るとは、落ちましたね大和の神」
笑いながら山の頂点を見る。
そして文に視線を移すと、頷いた。
文も雰囲気から察したのか、歩き出す。
力の強い悪魔『メフィスト・フィレス』
一本道を登ればつくのだろう。ただし悪魔が襲ってくるかもしれない。
「あぁ、大丈夫ですよ、私は戦えますので」
その言葉にさらに笑う小悪魔。
頼もしい。
否、射命丸文が、足手まといにならなくて良かったと———。
「結構」
———小悪魔は心中穏やかではなかった。
しかし、真相を突き止めるために、悪魔を全て滅するために、小悪魔は走る。
山道を走っている小悪魔と文の二人。
しばらく走っているが、二人とも一向に疲れたそぶりを見せない。
文がクスクスと笑う。
「まだ、付いてきますか小悪魔さん」
「えぇ、余裕ですよ」
「ほぉ……私についてくるとは、変わりましたね」
何度目だろう。
この『変わる』という言葉、それはいいことであれ悪い事であれ、必然。
皆、変わっていくのだろう。
小悪魔がそうであるように、文がそうであるように、霊夢がそうであったようにだ。
「重い言葉ですねぇ、変わるって」
その言葉に、苦笑気味に口を歪める。
言っていることが理解できたのだろう。
変わるのはどこも同じということだ。
「途中で先が見えなくなりますよ」
文の言葉は、よくわからなかった。
だが、すぐに理解。
走っていた山道に深い霧がかかる。
道も良く見えなくなるほどなので、文と小悪魔はなるべく離れないようにしながら走った。
やはりおかしかった……何時間走っただろう。
いくら走っても、山頂につかない。
そこまで遠くは無いはずだった。
「ここらで休憩しましょう」
文の言葉で、小悪魔も止まる。
二人は息を荒げる事などない。
だが、走った距離は計り知れなかった。
「……霧は抜けていませんよね?」
「まぁ、相変らずマシュマロしかりの真っ白ですよ……この中にマシュマロマンがいても気付かないぐらいで」
頷く文。
「あたりにあるモノなどは感でどうにでもなるんですけど、霧などはどうしても……感よりも貴女の目の方が確実ですね。近くに休める場所でも探しましょうか」
その言葉に小悪魔が頷こうとしたが、文を見て首を横に振る。
「はい」
しっかりと返事をして答えると、文が頷く。
彼女の腕を掴んで引く小悪魔。
少し文は驚いたようだが、すぐに馴れてか、ついてくる。
小悪魔は好奇心におわれている。そのサングラスの奥がどうなっているか———。
「そのサングラスの下の目はどうなってるんですか?」
―――白い霧のせいだろうか、なんとなく聞いてしまった。
文が黙る。不穏な空気があたりを包む。
――—きっと霧のせいです。ガッデム、マシュマロマン。
そんな意味不明のことを考えながら歩く。
少しだけ沈黙が訪れるので、彼女は
「そうですね。見せても構いませんが、傷はありません」
なるほど、と返事を返してから振り返る。
それに気付いたのか、予測していたのか文は立ち止まった。
お互い自然と手を離すと、小悪魔は文の顔を見て文は正面を向いたままだ。
「これです」
サングラスを外して、その目を晒す。
瞳は―――綺麗だった。
失明しているなど、信じられないような瞳だ。
すぐにサングラスをつける。
「はたては綺麗だって言ってくれたんですけどね」
「いえ、綺麗でしたよ? 惚れちゃいそうです」
冗談を交えながらそう答えるが、文は苦笑して首をかしげる。
「ありがとうございます」
それだけの返事。
小悪魔は再び文の手を掴んで歩く。
だが、今度は文も強く小悪魔の手を握り締めた。
表情だけで苦笑してみた。
「どうかしましたか?」
雰囲気で気付かれて、クスクスと笑ってしまった。
しばらく歩くと、洞窟が見えた。
そこの内部は少し深いが行き止まりがある。
今日のところはそこで休む事にする二人。
火をつけて、洞窟の中を照らすと、小悪魔は念のため悪魔の来ないように入り口を草でカモフラージュした。
二人が壁によりかかる。
二人の間にある火がお互いの顔を照らした。
「ある人に、死んだって聞いたんですけど……」
その言葉に、可笑しそうに笑う文。
ツボに入ったのかいつまでもクスクスと笑っている。
まぁ、自嘲気味の笑いであることはかわらないが——―。
「だ、誰情報ですか?」
だが、文が笑っているにも関わらず小悪魔は笑っていなかった。
いたって真面目な顔をしている小悪魔の眼は、咎めるような瞳にも見える。
「……クククッ」
突然、小悪魔が笑いだす。
先ほどの目が嘘のようだ。
「冗談ですよ。からかってみただけです」
「はい、そうですよね」
文は相変らず自嘲気味に笑う。
本当に、笑えなくなってしまったんだと思う。
そして彼女は横になった。
「おやすみなさい、お先に寝かせていただきますね」
サングラスを外して、文が横になる。
仰向けで、両手を胸の少し下に置いている所を見ると、死んでいるようにも見えた。
そこで小悪魔は気づく、気づいてしまう。
彼女に足りなかったものがわかってしまうのだ。
「生気ですか……」
生きている気力が無いから、違和感を感じているのである。
それを理解すると、深く息をついた。
小悪魔はコートを脱ぐ。
ホルダーから銃を、首からネックレスを外す。
「はぁ」
深い溜息を吐いき小悪魔は拳銃を分解し始める。
焚き火の明かりで明るくなったそこで、整備をしている小悪魔。
「妖怪の山の妖怪は全て地下へと行った……と思ったら、まだここを取り返す気だったんですね」
呟いて苦笑した。
まだまだ妖怪たちは諦めていなかったのだ。
昔の幻想郷に戻れる日は来るんだろうか?
「なら、私も戦わなくて良い日が来るんですかね……」
そう言ってから、ハッと鼻で笑う。
「情け無い。私はただ、撃つだけじゃなぃですか」
悪魔を撃つ。仇を討つ。二つを目的にひたすら彼女は戦うのだ。
止まるのは、そう——―その身が朽ち果てた時ぐらいだろう。
突如。声がした。苦しそうな声だ。
身構えることはなかった、その声の主は文だったから。
突如、汗をかいて服の胸元を掴んで苦しそうにしている。
「あぐっ……あぁっ、逃げて逃げて逃げて……怖い怖い怖いっ……ひぃっ! くるなっ! こないで! あぁぁっ……ぐっ……」
寝ながらも叫ぶ彼女を、少し驚いたように見ている小悪魔。
酷く苦しそうに、その姿は何かを求めてるかのようだ。
「怖い怖いっ! 逃げて……ニゲテッ……チルノさんっ!!」
その言葉と同時に、小悪魔は後頭部を酷く硬い鈍器で殴られたかのような感覚に陥った。
今の文の言葉に頭を抱える。
文を見ても、ただひたすらに悪夢を見ているようだ。
「ひぃっ……チルノさんっ!逃げて逃げて逃げてっ!早くニゲテッ……」
それほど恐るほどの悪夢なのだろう。
すでに暴れていると言っても過言ではないほどだ。
胸をかきむしるようにして、悪夢から逃れようとしているのだろうか?
小悪魔が文に向ける目は哀れんでいる目では無い。
「チル、ノ……さっ……んっ……あぐぁぁっ、助け、てっ……目がっ、何もっ、見えなぃっ……」
細々とした声でそういうと、文の片手が空へと伸ばされる。何かを掴みたがるように伸ばしている。
相当なトラウマ。恐怖を覚えたまま死を意識するとこんな風になるのかと、唖然とした。
だがそれ以上に、彼女『チルノ』の名前が何度も呼ばれることに驚く。
「チルノさん、ですかっ」
小悪魔が笑う。
それは決して楽しそうではない笑みだった。
寂しそうにも、苦しそうにも、自分を笑っているようにも見える。
「怖い……助けて、お願い……助けて……くださ、い……」
文の手が地面に落ち、苦しそうな息遣いが続く。
小悪魔が銃の整備をやめてもう一度組み立てると、立ち上がって文の近くの壁に寄りかかる。
そして文の上体を少しだけ起こさせて、両足の間に文を寄せた。
「うっ……あぁぁっ、苦しぃっ……お腹、痛い……羽がっ、ちぎれてっ、真っ暗……」
文を背中から抱きしめる。
小悪魔の表情は前髪に隠れて見えないが、文の首に手を回して背後から抱きしめた。
優しく抱きしめると、文は暴れなくなる。
「いた、い……ん……」
ようやく、文が静かに眠った。
規則正しい呼吸と共に、文の顔も幾分か安心したように緩む。
小悪魔が顔を上げる。真横にある文の顔を見て、片手で頭を撫でた。
くすぐったそうな顔をしたが、安心したようだ。
「Scum(くそっ)……なにやってるんでしょうね、チルノさん」
行き違い食い違い。この世界には多いことなのかもしれない。
こんな腐った世界だけど、皆生きていくしかないのだ。
一度目の前で死の恐怖というものを見てしまうと、生きていたくなる。
文を抱きしめたまま、小悪魔は切なげに微笑んだ。
次回予告
晴れない霧。過去の霧。それらが晴れないのは、皆一緒で———。
それは神でも拭えない。
過去と現在の比例。二人と二柱が対峙する中、泣く一柱。笑う悪魔。
全ての過去を振りきるために、烏は一人、走る。
全ての過去を清算するために、悪魔は剣で舞う。
次回『神々が愛した——』
悪魔は神と踊る。
あとがき
戦闘は序盤だけでしたが、まぁ今回は戦闘メインの話ではないってことでwww
次回は過去編をチラッとですね。
山での話はまだ長くなりそうですがお楽しみいただければなによりです♪