プロとしてやるべきことはといえば、紅茶を片手に試合をやっつけたり、時には地元住民へファンサービスを行うことだ。この案件に関しては、自ら進んでアクションを起こしている。
元々人と話すことは好きだし、地元そのものだって愛している。主な理由は、食べ物が美味しいからだ――数年前は、食べ物の良し悪しなんて分からなかったのに。
ここ最近は、写真撮影も多くなった。女性主体の武芸ということで、選手そのものにスポットを浴びせることも多い。時には、特集を組まれることもある。
そうすることで、女性には共感を、男性には魅力を与え、戦車道を繁栄させていくつもりらしい。ダージリンも、「なるほど」と頷いているつもりだ――ダージリンは特に注目されているらしく、あっち行って撮ったり、こっち行って撮ったりと、結構忙しかったりする。今となっては、試合よりも撮影時間の方が長いかもしれない。
この件に関しては、間違いなく西住まほに勝った、勝ったのだが――まほは、プロ戦車道の評論家として、世間から注目を浴びていたりする。
戦車関連の知識は豊富だし、何より偏りというものが存在しない。どのチームに対しても、平等に厳しい指摘を食らわせ、平等に利点を称賛する――このスタイルは大いに支持されていて、お偉いさんがたのウケも良いらしかった。
まほもまた、戦車道の繁栄を願っている。
プロになってまだ数年、割と活躍はしているが――いつでも順調、とはいかない。時には試合に負けるし、時にはチームメイト同士で口論になることもある。試合結果によっては、評価が上がったり下がったりするのも結構痛い。
ダージリンは、こうしたところはしっかりと目を向けるタイプだ。それ故に、腹が痛くなることもある。紅茶はいつだって手離せない。
まったく、プロというのも大変だ。評価によっては、仕事を失うかもしれないし。
けれど、それでも、ダージリンは今日という日まで生き残ってきた。
たぶん、一人だけだったらとっくの昔に潰れていただろう。めげそうになった時には、くじけそうになった時には、いつだって仲間が手を差し伸べてくれたものだ。
ある仲間は、プロレス観戦でストレスを発散させてくれた。ある仲間は、カラオケですっきりさせてくれた。ある友人は、ドラッグタンクレースでスカッとさせてくれた。こうした息抜きが出来ているからこそ、ダージリンは明日もプロを続けていられる。
そして何より、ダージリンには「帰るべき場所」がある。練習の繰り返しで疲労し、幾多もの撮影でヘトヘトになろうとも、「帰るべき場所」がダージリンの飢えを満たしてくれるのだ。
「ただいま」
帰宅する。同時に、ダージリンの帰りを喜んでいるかのような足音が響く。
それを耳にするたびに、「帰ってきたんだ」と思う。実感するたびに、「やっぱり、この人が好きなんだな」と想う。
「おかえり、ダージリン。今日もお疲れのようだね」
あの頃から、茶山は何一つとして変わっていない。顔つきも、言葉遣いも、声も、性格も、これっぽっちも変化していない。
だから、婿入りした茶山のことを、ずっと「茶山」と呼び続けている。この青春だけは、いつまで経っても手放さないつもりだ。
「茶山さんもお疲れのようで」
「いやいや」
そうして、茶山に軽く抱きしめられた。
――どうやら、今日は顔に疲れが出ていたらしい。茶山はいつだって、ダージリンの命を見逃さない。
「……茶山さん」
「うん」
「ありがとう」
「うん」
甘えるように、ダージリンは茶山を抱きしめた。
「休みになったら、一緒に何か食べにいこう」
「はいっ」
こうした生活を繰り返していって、数日が、数週間が、数か月が、数年が過ぎ去っていく。これからもきっと、それは変わらないだろう。
とても、愛おしい――
ダージリンは、常にプロであろうと今年九月まで生き抜いてきた。
振る舞いは勿論、髪型も服装も言葉遣いも、プロらしく徹底してきたつもりだ。何だったら、試合と写真撮影とインタビューが同時に襲い掛かってきても良い。
が、
ダージリンはあくまで人間であり、食べ歩きが好きな女性だったりする。だから、たまには旅行へ出かけたくなっても仕方がないのだ。
ここ数年はしっかり働いた気がするし、期待にだって応えられた気もする。相変わらずまほとは五分五分だが、いつかはのんびりと勝ち越してやろう――それよりも、今は、
「懐かしいわね」
聖グロリアーナ女学院学園艦に降り立ち、ダージリンが思い切り空気を吸い込む。意外にも味は覚えているようで、「ああ、これこれ」とか思考した。
前々から「里帰り」したかったのだが、何だかんだいって後回しにしてしまっていたのだ。やはり、海の向こう側は遠い。
……一気に、記憶が逆行する。
在校中に、いつか優勝してやると意気込んだあの頃を。聖グロ戦車道博物館を見て回って、「いつかは自分も」と願ったあの時を。試合中に一滴も紅茶をこぼさず、内心はしゃぎまくったあの日を、
「本当、懐かしいなあ」
茶山と出会った、あの瞬間を。
「何年ぶりかしら」
「四年くらいかなあ」
ダージリンに手を繋がれている、ベレー帽を被った女の子が「へえー」と返事をする。
「……どこ、見て回ろうか」
「そう、ね」
スカーフが、風に揺られる。
ダージリンが、空へ視線を逃がす。聖グロへお邪魔するのはもちろん、英国風の街並みで散歩がしたいし、大道芸人もチェックしておきたい。聖グロ戦車道博物館にも興味があるし、百貨店で買い物もしておきたい――オレンジペコの話によると、ダージリンのチャーチルが、百貨店のエントランスに飾られていたらしい。
そうか、よかったよかった。
気が抜ける。同時に、腹が鳴った。
今は真昼間だ、何かを食べるには丁度良い。茶山も、「何か食べようか」と笑いかけてくれた。
聖グロリアーナ女学院学園艦へ到着して、最初に口にするもの。それは――
茶山の顔を見る。すぐに、発想した。
―――
牛丼が食べたくなった。それしかなかったから。
かつての「待ち合わせ場所」だった牛丼屋の戸を、一秒もかけずに開ける。昔はここに入るのに、右往左往してたっけ。
数年ぶりの牛丼屋は、あの頃と何も変わっていない。昼だからとおじさんおばさんが多くて、あちこちから雑談が聞こえてくる。
少し足を踏み入れた途端、肉の匂いが鼻をくすぐった。それに伴って、いよいよもって腹も空く。
「あ」
ダージリンが、空席に指をさす。そこは偶然にも、茶山と鉢合わせをした場所だった。
茶山も覚えていたのだろう、「うわー」と嬉しそうに声を出す――本当、全部ここから始まったのだ。
ダージリンが席に着き、その真正面に茶山も腰かける。これまでは前と変わらない、違うのは――
「さ、お母さんの隣に座ってね」
「うんっ」
ベレー帽をかぶった女の子――自分の娘も、牛丼屋の空気に馴染んだのだろう。テーブルの上に刺し込んであるメニュー表を引っこ抜き、ほうほうと眺めている。
親の血を色濃く継いだらしく、昔からよく食べる子として育っている。ちょっとやそっとの丼なら、すぐに平らげてしまうのだ。
間違いなく、まちがいなく、ダージリンと茶山の子だった。
注文して数分後、「お待たせしました」の一声とともに、牛丼定食が家族全員分運ばれてきた。
これは美味そうだと、茶山が目を輝かせる。ダージリンは、「懐かしいわねえ」と声を漏らす。娘は「おおーっ」と興奮していた。
「そうそう、この牛丼をきっかけにね」
「何回も聞いたから」
呆れ顔をされてしまった。ダージリンは「はいはい」と苦笑して――娘が、箸を1セットつまみ取る。我慢出来なくなったのだろう、箸で肉を取ろうとして、
「待って」
箸の動きが、ぴくりと止まる。
「何かを食べる時は、まずはこの格言を言ってから……ね?」
ダージリンと茶山が、祈るように両手を合わせる。
全ての命へ感謝する為に、料理人へ敬意を表する為に――茶山とめぐり合わせてくれて、本当にありがとう。
「いただきます」
「いただきます」
娘も、すぐにやるべきことを把握した。
静かに手を合わせて、はやく食べたいと口元が緩んでいて、まるでダージリンと茶山のようで――
これからも、私は友と生きよう。
これからもずっと、私はこの人を愛し続けよう。
これからもここからも、私は娘を守り続けていこう。
それが私の、戦車道なのだから。
「いただきます!」
これで、「3007日間」は完結です。
「お嬢様と一般市民の恋愛」という、メタルな恋愛を書き終えることが出来ました。
これを書くのに、喫茶店&紅茶デビューを果たし、リアル食べ歩きを行い、色々なことを調べてきました。あとメタルも買いました。
本当、完結させられて感動しています。
沢山の評価を、感想をいただき、まことに感謝しています。ここまで書くことが出来たのも、読者様の応援のお陰です。
ここまで読んでくださり、本当に本当にありがとうございました。
ご指摘、ご感想がありましたら、お気軽に書いてください。
少しだけ、お休みをいただきます。次はアンチョビか、大野あやかもしれません。
それでは、最後に、
ガルパンはいいぞ。
ダージリンは、情熱的だぞ。