3007日間   作:まなぶおじさん

8 / 8
 プロという身分になって、だいぶ慣れてきた気はする。

 プロとしてやるべきことはといえば、紅茶を片手に試合をやっつけたり、時には地元住民へファンサービスを行うことだ。この案件に関しては、自ら進んでアクションを起こしている。
 元々人と話すことは好きだし、地元そのものだって愛している。主な理由は、食べ物が美味しいからだ――数年前は、食べ物の良し悪しなんて分からなかったのに。

 ここ最近は、写真撮影も多くなった。女性主体の武芸ということで、選手そのものにスポットを浴びせることも多い。時には、特集を組まれることもある。
 そうすることで、女性には共感を、男性には魅力を与え、戦車道を繁栄させていくつもりらしい。ダージリンも、「なるほど」と頷いているつもりだ――ダージリンは特に注目されているらしく、あっち行って撮ったり、こっち行って撮ったりと、結構忙しかったりする。今となっては、試合よりも撮影時間の方が長いかもしれない。

 この件に関しては、間違いなく西住まほに勝った、勝ったのだが――まほは、プロ戦車道の評論家として、世間から注目を浴びていたりする。
 戦車関連の知識は豊富だし、何より偏りというものが存在しない。どのチームに対しても、平等に厳しい指摘を食らわせ、平等に利点を称賛する――このスタイルは大いに支持されていて、お偉いさんがたのウケも良いらしかった。
 まほもまた、戦車道の繁栄を願っている。


 プロになってまだ数年、割と活躍はしているが――いつでも順調、とはいかない。時には試合に負けるし、時にはチームメイト同士で口論になることもある。試合結果によっては、評価が上がったり下がったりするのも結構痛い。
 ダージリンは、こうしたところはしっかりと目を向けるタイプだ。それ故に、腹が痛くなることもある。紅茶はいつだって手離せない。
 まったく、プロというのも大変だ。評価によっては、仕事を失うかもしれないし。
 
 けれど、それでも、ダージリンは今日という日まで生き残ってきた。
 たぶん、一人だけだったらとっくの昔に潰れていただろう。めげそうになった時には、くじけそうになった時には、いつだって仲間が手を差し伸べてくれたものだ。
 ある仲間は、プロレス観戦でストレスを発散させてくれた。ある仲間は、カラオケですっきりさせてくれた。ある友人は、ドラッグタンクレースでスカッとさせてくれた。こうした息抜きが出来ているからこそ、ダージリンは明日もプロを続けていられる。


 そして何より、ダージリンには「帰るべき場所」がある。練習の繰り返しで疲労し、幾多もの撮影でヘトヘトになろうとも、「帰るべき場所」がダージリンの飢えを満たしてくれるのだ。

「ただいま」

 帰宅する。同時に、ダージリンの帰りを喜んでいるかのような足音が響く。
 それを耳にするたびに、「帰ってきたんだ」と思う。実感するたびに、「やっぱり、この人が好きなんだな」と想う。

「おかえり、ダージリン。今日もお疲れのようだね」

 あの頃から、茶山は何一つとして変わっていない。顔つきも、言葉遣いも、声も、性格も、これっぽっちも変化していない。
 だから、婿入りした茶山のことを、ずっと「茶山」と呼び続けている。この青春だけは、いつまで経っても手放さないつもりだ。

「茶山さんもお疲れのようで」
「いやいや」

 そうして、茶山に軽く抱きしめられた。
 ――どうやら、今日は顔に疲れが出ていたらしい。茶山はいつだって、ダージリンの命を見逃さない。

「……茶山さん」
「うん」
「ありがとう」
「うん」

 甘えるように、ダージリンは茶山を抱きしめた。

「休みになったら、一緒に何か食べにいこう」
「はいっ」

 こうした生活を繰り返していって、数日が、数週間が、数か月が、数年が過ぎ去っていく。これからもきっと、それは変わらないだろう。
 とても、愛おしい――


3007日間~

 ダージリンは、常にプロであろうと今年九月まで生き抜いてきた。

 振る舞いは勿論、髪型も服装も言葉遣いも、プロらしく徹底してきたつもりだ。何だったら、試合と写真撮影とインタビューが同時に襲い掛かってきても良い。

 

 が、

 

 ダージリンはあくまで人間であり、食べ歩きが好きな女性だったりする。だから、たまには旅行へ出かけたくなっても仕方がないのだ。

 ここ数年はしっかり働いた気がするし、期待にだって応えられた気もする。相変わらずまほとは五分五分だが、いつかはのんびりと勝ち越してやろう――それよりも、今は、

 

「懐かしいわね」

 

 聖グロリアーナ女学院学園艦に降り立ち、ダージリンが思い切り空気を吸い込む。意外にも味は覚えているようで、「ああ、これこれ」とか思考した。

 前々から「里帰り」したかったのだが、何だかんだいって後回しにしてしまっていたのだ。やはり、海の向こう側は遠い。

 ……一気に、記憶が逆行する。

 在校中に、いつか優勝してやると意気込んだあの頃を。聖グロ戦車道博物館を見て回って、「いつかは自分も」と願ったあの時を。試合中に一滴も紅茶をこぼさず、内心はしゃぎまくったあの日を、

 

「本当、懐かしいなあ」

 

 茶山と出会った、あの瞬間を。

 

「何年ぶりかしら」

「四年くらいかなあ」

 

 ダージリンに手を繋がれている、ベレー帽を被った女の子が「へえー」と返事をする。

 

「……どこ、見て回ろうか」

「そう、ね」

 

 スカーフが、風に揺られる。

 

 ダージリンが、空へ視線を逃がす。聖グロへお邪魔するのはもちろん、英国風の街並みで散歩がしたいし、大道芸人もチェックしておきたい。聖グロ戦車道博物館にも興味があるし、百貨店で買い物もしておきたい――オレンジペコの話によると、ダージリンのチャーチルが、百貨店のエントランスに飾られていたらしい。

 そうか、よかったよかった。

 

 気が抜ける。同時に、腹が鳴った。

 

 今は真昼間だ、何かを食べるには丁度良い。茶山も、「何か食べようか」と笑いかけてくれた。

 聖グロリアーナ女学院学園艦へ到着して、最初に口にするもの。それは――

 

 茶山の顔を見る。すぐに、発想した。

 

―――

 

 牛丼が食べたくなった。それしかなかったから。

 

 かつての「待ち合わせ場所」だった牛丼屋の戸を、一秒もかけずに開ける。昔はここに入るのに、右往左往してたっけ。

 数年ぶりの牛丼屋は、あの頃と何も変わっていない。昼だからとおじさんおばさんが多くて、あちこちから雑談が聞こえてくる。

 少し足を踏み入れた途端、肉の匂いが鼻をくすぐった。それに伴って、いよいよもって腹も空く。

 

「あ」

 

 ダージリンが、空席に指をさす。そこは偶然にも、茶山と鉢合わせをした場所だった。

 茶山も覚えていたのだろう、「うわー」と嬉しそうに声を出す――本当、全部ここから始まったのだ。

 

 ダージリンが席に着き、その真正面に茶山も腰かける。これまでは前と変わらない、違うのは――

 

「さ、お母さんの隣に座ってね」

「うんっ」

 

 ベレー帽をかぶった女の子――自分の娘も、牛丼屋の空気に馴染んだのだろう。テーブルの上に刺し込んであるメニュー表を引っこ抜き、ほうほうと眺めている。

 親の血を色濃く継いだらしく、昔からよく食べる子として育っている。ちょっとやそっとの丼なら、すぐに平らげてしまうのだ。

 間違いなく、まちがいなく、ダージリンと茶山の子だった。

 

 

 注文して数分後、「お待たせしました」の一声とともに、牛丼定食が家族全員分運ばれてきた。

 これは美味そうだと、茶山が目を輝かせる。ダージリンは、「懐かしいわねえ」と声を漏らす。娘は「おおーっ」と興奮していた。

 

「そうそう、この牛丼をきっかけにね」

「何回も聞いたから」

 

 呆れ顔をされてしまった。ダージリンは「はいはい」と苦笑して――娘が、箸を1セットつまみ取る。我慢出来なくなったのだろう、箸で肉を取ろうとして、

 

「待って」

 

 箸の動きが、ぴくりと止まる。

 

「何かを食べる時は、まずはこの格言を言ってから……ね?」

 

 ダージリンと茶山が、祈るように両手を合わせる。

 全ての命へ感謝する為に、料理人へ敬意を表する為に――茶山とめぐり合わせてくれて、本当にありがとう。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 娘も、すぐにやるべきことを把握した。

 静かに手を合わせて、はやく食べたいと口元が緩んでいて、まるでダージリンと茶山のようで――

 

 これからも、私は友と生きよう。

 これからもずっと、私はこの人を愛し続けよう。

 これからもここからも、私は娘を守り続けていこう。

 

 それが私の、戦車道なのだから。

 

「いただきます!」




これで、「3007日間」は完結です。
「お嬢様と一般市民の恋愛」という、メタルな恋愛を書き終えることが出来ました。

これを書くのに、喫茶店&紅茶デビューを果たし、リアル食べ歩きを行い、色々なことを調べてきました。あとメタルも買いました。

本当、完結させられて感動しています。
沢山の評価を、感想をいただき、まことに感謝しています。ここまで書くことが出来たのも、読者様の応援のお陰です。


ここまで読んでくださり、本当に本当にありがとうございました。
ご指摘、ご感想がありましたら、お気軽に書いてください。

少しだけ、お休みをいただきます。次はアンチョビか、大野あやかもしれません。

それでは、最後に、

ガルパンはいいぞ。
ダージリンは、情熱的だぞ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

黒森峰の逸見姉妹(作者:H&K)(原作:ガールズ&パンツァー)

ガルパンはいいぞ。▼ガルパンの長編小説です。▼3話ぐらいどころか50話超えました。▼以下あらすじ▼逸見カリエは二度目の人生を生きている。▼けれどもその人生はちょっと不思議で、戦車道という身に覚えが全くない競技に打ち込んでいた。▼双子の姉の逸見エリカとはそこそこ上手くやりながら、前世との折り合いも付けていくハートフルタンクストーリー。▼ガールズ&パンツァーの短…


総合評価:15975/評価:8.97/完結:59話/更新日時:2024年01月27日(土) 08:12 小説情報

守護龍として造られたらしいけど、特に護る義理はないので好きに生きます(作者:シェリーザ)(原作:東方Project)

『なんか都市を護るように造られた俺氏だけど、特に護る必要もないし好き勝手に生きさせてもらいます』▼人造龍という設定を聞いて書きたくなったのであります。擬人化は…入るのかな…?(入りました)▼追記:初心者ながら日常系の挿絵を描いてみました。▼https://img.syosetu.org/img/user/v2/5560/27/231674.png▼追記2:2…


総合評価:761/評価:6.44/完結:75話/更新日時:2026年07月13日(月) 09:16 小説情報

本当は怖いウマ娘プリティダービー(作者:電動ガン)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

与太話と本当に言えるか?力の強い女の子との付き合い方。


総合評価:885/評価:7.65/完結:22話/更新日時:2026年06月17日(水) 16:47 小説情報

緑礬の錬金術師(作者:ONE DICE TWENTY)(原作:鋼の錬金術師)

なんかハガレン世界に放り出されたちょーっと特異な少年の物語。


総合評価:52131/評価:9.01/完結:52話/更新日時:2023年01月13日(金) 07:19 小説情報

【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない(作者:音塚雪見)(オリジナル現代/恋愛)

本当に「化け物」みたいな奴しかいない。


総合評価:19398/評価:9.01/連載:139話/更新日時:2026年07月05日(日) 19:36 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>