仮題・・・恋姫世界に幕末日本をぶち込んでみた。 作:3番目
孫権は、丹陽の田舎の村に不釣り合いな御邸を訪ねる。
母孫堅死後、姉孫策の強硬なやり方に反対し、政争に敗れこの片田舎に押し込められた。
叔母孫静の隠棲先である。
孫権達は門を通され家人に案内されて、数人の家人を控えさせてお茶を飲みながら庭園を眺めている。叔母の下へ通される。
「お久しぶりです、叔母様。」
「あら、久しいわね蓮華、良かったら、そこに掛けてちょうだい。」
かつて、自分達が幼い頃は悪戯をする姉や妹を叱りつけ、母の死後は姉と政治闘争を繰り広げていた穏健派筆頭の姿は完全になりを潜めており、力となってくれるか不安に思えた。
二人はしばし昔話に花を咲かせた。
「叔母様・・・お願いがあります、私に力を貸してください。」
「蓮華・・・雪蓮と何かあったのね、話してみなさい。」
孫静は一瞬で目つきを鋭く変えた。
「姉上は武を持って天下を狙っています。ですが・・・」
「あなたは優しいからあの子の過激なやり方についていけないと言うところですか?」
「確かに叔母様が表を退いた後、叔母様同様姉様のやり方に反発していました。ですが、それだけではないのです。私達を押さえている袁公路は姉様や冥琳の思っているほど弱くはない。それに袁公路の背後にはもっと強大なものもいるのです。」
「私は、表から退いて長い・・・今の世情には疎いのですが・・・やはり、力で支配しようとするものはより強い力によって滅ぼされると言う事か・・・」
孫権は孫静にこれまでの経緯を話す。袁術軍が十分に強い事、袁術の背後にいる徳川の事、徳川が牽引する国々の事。
それを話しても耳を傾けず、覇道を歩もうとしている事。
それを止めたい事。
「蓮華、貴方の歩もうとしている道はきっと辛いものになるでしょう。私が出来ることは精々旧臣達にあなたに便宜を図るように手紙を書くことぐらいよ。それも、あなたの味方になる確証もない者達ばかりよ。私としては精々中立的な立場をとるように根回ししておくけど期待しないで頂戴。」
「それで十分です、叔母様。」
孫権は孫静の下を後にした。
数日後、孫権らは孫静の伝手を頼って旧穏健派の将である張昭と魯粛との間で会合を持つことが出来た。
孫権が会合の席に到着すると二人は頭を下げて出迎えた。
張昭、彼女は自由奔放で悪く言えば感情的な孫呉の将の中で諫める側の人間であり、その本質は穏健思考だ。下についている魯粛も同様であった。
「孫権様・・・いらっしゃいましたか・・・」
孫権から見ても張昭はかなり思い悩んでいるように見えた。
「・・・・・・・・」
もう一方の魯粛も、どちらに着くべきか迷っており今回の会合次第でどう動くかを決めようとしているのが推察できた。
一目見て二人は本題前のワンクッションを必要としていないのが見て取れる。
姉が自分を敵として見ているゆえに、彼女たち二人も姉や周瑜に気取られまいと短い時間で多くの情報を欲しているのが理解できたゆえに、孫権も率直に本題に入る事にした。
「伯母上からだいたいの話は言っていると思うけど・・・。どうかしら?」
孫権の問いに魯粛・張昭の順に答える。
「私達文官は孫策様とは度々対立しており、考えも孫権様に近い事は間違いありませんよ。ですが・・・」
「むぅ・・・・・・協力は出来ない・・・・・・張家も魯家も家柄としてはそれなりだが、私兵を持った兵力として換算するのならば期待されても困るのだ。特に張家は文官の家柄、集められる私兵などたかが知れておる。」
張昭がやんわりと孫権と共に挙兵する事に関しては消極的なようだ。
「魯家も張家ほどではないにしろ孫策様に表立って敵対できるような力はありませんよぉ。揚州で割り振られた土地も立地的に孫策様の直轄地に近いのであまり不用意なことは出来ません。・・・ですが、孫権様の仰ることは理解しています。・・・・・・ですが・・・」
魯粛が続けるのを手で制した張昭は魯粛の代わりに伝える。
「私は以前、孫静様の穏健派閥に所属しておきながら最終的には孫策様についてしまった経緯もある。当時としては、あの判断に間違いはないと思っておる。だが、この短い期間でずいぶんと状況が変わってしまっておる。私達の様な政を主とする文官にとっては孫策様の方針に対立することも増えてしまった。・・・・孫策様は袁術殿からの独立を狙っているようじゃな。」
孫権の知っている張昭の立場はかなりぐらついていると言える。
先代孫堅の時代は殆ど政の全権を掌握し事実上の宰相のような立場にあった。孫堅死後は孫静に付き穏健派の重鎮として孫策と対立していたが、孫策に孫堅の勇猛果敢な覇王の姿を見て徐々に孫策の方へ傾き、孫静を裏切る様な形で孫策に与したこともあり、孫策下の現孫家においては周瑜に孫家の宰相位を奪われるような形になり、閑職とまではいかないがかつての様なこれぞ重鎮と言ったような立場からは遠ざかってしまっていた。そして、彼女は張昭はやはり本質的には穏健派なのだ。考え方の違いから孫策とすれ違うことも多々あり煙たがられると言う悪循環が始まっていたのだ。だからと言って今更、面と向かって孫策と対立などできないし、自分が孫策の今の立場に押し上げた当事者の一人なだけにその負い目から動くに動けなくなっているのを孫権は感じていた。
ちなみに、魯粛も文官系軍師と言った立場で家柄の関係もあり軍事にある程度影響力はあるものの内政の方に力を入れたいと思う当人としては軍部に上げる策は全体的に消極案が多い。その為、積極案を多く上げる周瑜や、うまく立ち回っている陸遜の陰に隠れてしまうのだ。そう言ったところに不満を持っているのかもしれない・・・。彼女の立場は軍部における文官派の調整役である。説明が長くなってしまったので話を戻す。
「文官達はそれなりに袁術殿やその盟友である徳川や越について警戒しているようね。」
孫権は姉やその周囲の武官たちが表立っているため、その後ろの文官団も同様なのではと想像していたが、そうではない様だ。
「そうだな。徳川に関する情報は周瑜あたりが持っていそうだが我らはあまり持ってないな。だが、徳川の影響下にある袁術軍の兵達の精鋭化は目に見える脅威の一つであるし、越に関しても、あれは孫堅様とその周囲が特別強かった訳であって越族が弱いわけではない。どちらかと言えば強い方ではないだろうか・・・。孫策様も確かにお強いが、孫堅様の頃の様な確たる地盤があって強兵で構成された大兵力を抱えていたわけではない。気質こそ変わらんが世代交代やその後の太守が孫堅様のやり方を引き継いだわけではないゆえに兵の質に関してはあの頃ほどの苛烈さはない。今の袁術軍やその同盟国を相手に戦うには不安が残ると思うが・・・・・・包よ、どう思う?」
張昭は魯粛の真名を呼んで意見を求める。なお、張昭と魯粛は互いに真名で呼び合うほどに信頼関係がある。
「そうですね。私は主流派から外れているので孫策様や周瑜様がどの様に動くかは把握できていませんね。ですが、軍部が敵対するであろう諸勢力に対してどのように判断しているかならわかります。袁術軍は南陽や汝南汝陰の兵と小都がいくつかと言ったところ、最近になって蘆江や柴桑を加えましたが即座に動かせる様な戦力はないでしょう。凡そ4都分の結構な兵力を保有しているように見えますが・・・汝南袁家は内政に力をかなり入れており軍が疎かです。親衛隊や一部の常備兵を除けば強兵と言える兵力は1都分あるかないかと言ったところでしょう。残り3都は農民兵、そう強力な戦力を持っているわけではない。反董卓軍の時に注目を集めた長槍兵も白兵戦をすればすぐに崩壊する弱兵であることを隠しているにすぎません。ゆえに袁術軍は袁術の周辺以外は特に恐れるにあらずと考えているようです。他もお話ししますか、孫権様?」
「えぇ、お願いしするわ。」
長い話になるので一拍置く意味合いで孫権に確認する。無論孫権も続けるように促した。
孫権の両サイドに控える甘寧と呂蒙も真剣に応じる。
「越族に関してですが、雷火様が仰るように侮りがたいと考えていますが・・・・交州攻略中の越族がこちらに手を出す余裕はしばらくないと考えているようですね。交州南海の東端に近い場所で士氏の残党が会稽の王朗の援助を受けて抵抗しているようですのでいずれは滅ぶにしろ、しばらくは越族の足を引っ張ってくれるでしょう。その間は揚州に兵を出すことはありえないと考えていますよ。あと、同盟国と言えば琉球王国がありますね。あの国も最近になって馬祖島や海壇島に金門島と言った海峡沿いの島々を次々と攻め落として王朗と対立していますが、あの国の地力から考えて大陸に手を出すことはないでしょう。そして、孫権様が気にしているのは徳川日本国ですね。」
魯粛の言葉に孫権は頷き、魯粛の雰囲気が少し変わったのを察して張昭も息をのんだ。
「徳川日本国、孫権様達がお持ち帰りになられた情報はかの国を分析するには重要なものとなりました。『二つの大海を支配し、東西南北の果てをも望む、漢に勝るとも劣らぬ大国、その財は天にも届く。』などと言われるだけあって以前より北海の陸地を囲う石壁を造ったり、馬車数台分の金塊を献上するなど、その財力はとんでもないものがありました。軍事力に関しても華北での戦いで射撃戦に長けているが弱卒であると言うような情報も流れるようになってきました。軍部が注目したのは徳川日本国が東西南北の端まで手を伸ばしていること。世界中に軍を展開している・・・・つまり、多くの兵を遠方に置いているゆえにすぐに動かせる兵力は多くない。仮に開戦するとしても、すぐに兵が集まれるわけではない・・・海を隔てているとはいえあれだけの大国、遠方でも兵を大きく動かせば目立ちます。敵が兵を動かし始めてもこちらに攻め込むまで準備する時間が必ずできます。それともう一つ理由があります。徳川程の大国が今まで、袁紹や袁術に直接的な支援を華北の時以外には一度もしていない。徳川はその財や武器には見るべきところも多い・・・ですが、何か事が起こった時も徳川はよほどの事がない限り動かない。っと考えているようですね。」
魯粛が話し終えたのを見計らって、張昭が結論を述べる。
「正直一方的にこちらが喋ってしまったが、我らは孫権殿に御味方する。しかし、戦力の提供は出来ない。だが、孫策が事を起こしても一切同調しない。これが答えだが・・・よろしいか?」
「えぇ、それで構わない。あなた達の立場もわかっているわ。それだけでも十分よ。」
孫権が甘寧と呂蒙を伴って席を立つと張昭と魯粛も頭を下げて見送った。
孫権は短期間であったが張昭ら旧穏健派の文官らを中立的立場に置くことに成功した。
孫権達は次の目的地である陸家へと向かった。
徳川日本国では、幕府の公式発表で御台所が公表された。
幕府官報が発刊されたのと同時に、中外物価新報、江戸日日新聞、讀賣新聞、江戸朝日新聞、江湖新聞、郵便報知新聞、瓦版が一斉に号外を発行。
さらに、試験段階であった社団法人の各地の放送局が臨時試験放送の名目で放送を行う。
当時ラジオは地方でもだいたいの村落の公民館に設置しており、これにより徳川日本国の殆どの国民が徳川家茂の御台所に大陸の袁公路こと美羽がなったと事を知るところとなるのであった。
また、その姿は官報や新聞にしか映っておらず、江戸や京都に大阪と言った大都市では新聞販売所に行列ができたと言う。さらに言っておくとその新聞を求めて地方の農村からやってくる様なものもいたとか。
地方ならば公民館や役場においてあるラジオに近隣住人たちが噛り付いていた。
新聞を覗き込む江戸庶民
「これが、御台様か~。お可愛らしい方だなぁ」
「別嬪さんじゃあ~」
「なんでも、歌や舞踊を嗜むとか。」
「御台様は教養にあふれるお方なのじゃろうか?」
「大奥を再建するのか?」
「上様同様に大変な美食家だとも書いてあるぞ。」
「なんでも、上様は待ちきれないようで式を挙げる前に御自ら御台様を迎えに行くらしいぞ。」
現代人の感覚なら美羽との婚約は犯罪である。しかし、江戸時代の元服がおおよそ数え年で12歳で成人とされており、徳川日本国ではその慣習が今でも普通にあったため。誰も違和感を持たない。と言うか合法ロリである(この世界の合法ロリは法律の方が歪めてあります。)。
幕府では家茂と美羽の結婚式場に伊勢神宮と出雲大社が候補に挙がり、祝賀会場のには鹿鳴館と帝国ホテルが挙がっている。
江戸湾
汝南袁家の北揚州制圧を直接祝う為と言う名目で徳川家茂の呉への外遊が決定されていた。
江戸湾では外遊のための船の前で家茂ら外遊団とその護衛、見送りの重臣達が言葉を交わしていた。
「余と美羽が晴れて夫婦となるのだ。汝南袁家を立てる意味合いでも余が大陸へ渡ることは悪い事ではない。」
「そうですね。ですが、袁公路殿に一日でも早く会いたいと言うのが本音ではないのですか?」
「はっはっは、彦丸には敵わんな!向こうには主の弟も居ったではないか?向こうで逢うこともあろうて良い機会と思って、小言は控えて欲しいものだ。」
「上様の身を案じての事にございます。」
「うぅむ、お主はいつからこんなに小うるさくなったのやら・・・」
家茂と彦丸の掛け合いに定敬が彦丸の肩を持つ発言をする。
「上様、本来ならばこの彦丸の言うことが正しいのですから小言は甘んじてお受けください。」
「定敬も彦丸も、妻が出来ればこの気持ちが分かるだろうに・・・」
小姓頭や重臣達に小言を言われ、少々ふて腐り気味に船に乗り込む家茂とやれやれと言わんばかりの彦丸、そんな二人を見送る重臣達。
御座艦弩級戦艦葵と外洋一等砲艦天城・磐城の3隻が出港した。
この時は徳川日本国の誰もが今後のお祝いムードを想像した。しかし、それを裏切る嵐がもうすでに目の前に迫っていたことをこの時は誰も気が付いていなかった。