仮題・・・恋姫世界に幕末日本をぶち込んでみた。 作:3番目
孫策軍が中部揚州を通過した頃、中部揚州の大領主笮融の下にインドより数人の僧侶がやってくる。熱心な仏教徒であった笮融は彼らを招き入れた。この笮融の仏教に対する思いは並々ならぬもので領内に約3000人収容可能な大寺院を建立する程であった。この災難の中で比較的被害が少なく物資や資金の提供を持って中立の立場にあった。
また、仏教の教えにも忠実で飢饉で喘ぐ民達を迎え入れ私財を削り民達に施しを与えるほどであった。
笮融は大寺院の楼閣に地元僧侶たちや熱心な教徒たちを集め、大説法会を開いた。そこで彼らに、インドの僧侶たちは衝撃的な言葉を告げた。
「仏の教えをないがしろにした故に孫伯符は仏罰を受けた。罰には、総罰・別罰・顕罰・冥罰の四種がある。揚州に大疫病が起り、大飢饉におそわれ、また他国から責められているのは、総罰である。疫病は冥罰である。鄱陽での戦いで敗れ、孫伯符やそれに連なる諸将は必ず討ち取られ現罰と別罰を受けるであろう。」
インドの僧侶たちの言葉に唖然とする聴衆達。インドの僧侶たちは構わず続ける。
「そして、顕罰と言う明確な罰が与えられる・・・それは我ら仏門の徒によって下られるのです。じきに鄱陽で孫伯符に従った不心得者が現罰と別罰を受けここを通過しようとするでしょう。我々は御仏の名のもとにこの者とそれに従う者達を全て討ち取らねばなりません。」
インドの僧侶たちは声を今までにないくらいに大きくして叫ぶ。
「邪なる者達を、仏門の敵を討ち取らねばならないのです!!御仏の恩為に!!仏敵を討つのです!!」
「「「「「おおおおおおおおおおお!!!」」」」」「「「「「仏敵を討ち取れ!!」」」」」
この説法に感銘を受けた笮融ら仏教徒たちは拳を掲げ雄たけびを上げる。
笮融のすぐ後ろに控えている徳川の外交文官がインドの僧侶たちに頭を下げる。
僧侶たちも手を合わせて経を唱えたまま頭を下げる。
徳川の外交文官達は笮融の意思でどちらにも転べるようにと秘密裏に招き入れられた者達であったが、裏でインドの僧侶たちと徳川の外交文官達は手を結んでいたのだ。
彼等こそ、パルティア王国とサータバーハナ朝より派遣されたインドの僧侶たちであった。
その後、笮融はインドの僧侶たちに連合軍と結ぶように説得される。
「連合軍の徳川様は仏教を手厚く庇護なさっている信心者です。また、袁公路様も徳川様の摂受を受けて仏教を手厚く保護されることをお約束されて要ります。笮融様に置かれましても御仏の教えに背いた孫伯符や劉正礼(劉繇)の様な者達に従うような過ちは犯すべきではありません。」
この様な説得を受けた笮融は袁公路の傘下に加わることを約束し敗走してくる孫伯符の軍勢を討ち取ることを約束した。
笮融は手持ちの兵を全て動員し、地元僧侶たちの協力を得て領内の全ての村落に対し決起を促した。仏教徒の多い中部揚州では「仏敵を討つべし」と言うわかりやすい標語とわかりやすい悪役孫策軍へと憎悪が向かい農民や庶民たちが農具や刃物を手に立ち上がった。
笮融は城下に集まった兵士や仏教徒たちに対して演説する。
「揚州に広がった大飢饉と大疫病は、御仏の教えをないがしろにした孫伯符のせいだ!!我ら仏門の徒はその総力を結集し、この災難を退けるのだ!!我らの敗北はそれ即ち揚州の仏教の敗北!!揚州の仏教の未来は我らにかかっている!!これは仏教の未来のための聖戦である!!皆の者!!我に続けぇえええええええええ!!!」
「「「「「御仏の為に!!仏敵討つべし!!進者往生極楽!!退者無間地獄!!」」」」」
馬に乗り先陣を切って走り出す笮融と仏教徒たち。彼らは目を血走らせて中部揚州を通過しようした孫家軍残党に襲い掛かった。
鄱陽の戦いで敗れ7000程度まで数を減らした孫家軍残党を率いている黄蓋は敗残兵そのものであった。黄蓋の手勢を含む比較的練度の高い兵であったが、大将たる孫策を失い、軍師である周瑜や程普・太史慈と言った有力な武将たちが戦死し生き残った将は自分だけだ。
黄蓋は残存する兵達と共に中部揚州の森林地帯を越えようとしていた。
消沈する黄蓋の耳に呪文のような言葉が聞こえる。
ボソボソと唱えられている呪文が徐々に大きくなっていく。
「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五!」
鎌や鍬・鋤と言った農具や包丁などの刃物を手にした農民たちが一心不乱に呪文を唱えながら兵士達に襲い掛かっていく。
自分達よりも多くいるのではないかと思うほどの農民たち。
「な、なんじゃ!?こやつらは殺しても殺しても次から次へと!?」
ガリガリに痩せているはずなのに呪文を唱え続けて戦い続ける農民たち。
「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五!」
黄巾党の乱で学んでいるなら懐柔するなり弾圧するなりすればよかったのだ。当時の孫家が行ったのは放置。確かに開戦ギリギリまで武装化の兆しはなく真言を唱えて神に祈るだけの比較的おとなしい存在だったとは言え下策であっただろう。
「進めば極楽!!退かば地獄ぞ!!」
中部揚州の大領主笮融の叫び声がこだまする。
さらにその背後から『進者往生極楽、退者無間地獄』と書かれた旗が上がる。
近隣の村々から次々と参戦してくる庶民達、怯まない農民兵の群れに飲み込まれていく黄蓋の率いる孫家軍。
将の黄蓋を含む大半の将兵が北揚州にたどり着くことはなくほぼ全滅であった。