バルタン星人の奇妙な野望   作:チキンライス

12 / 13
第12話 バルタンレポート3

 

 

 

 

 

 私が誕生したときには、バルタン星人の種々の超能力はすでに備わっていた。

 テレパスによる深い()()()()は、バルタンの社会を大きく変えていた。

 かつては、バルタン星にも「文字」や「言語」が存在していた。

 しかし、テレパスによる感応は、それをはるかに超える伝達速度、正確さを私たちにもたらした。

 現代の人間たちと同じく、科学による効率化を求め続けた私たちは、他人という隔たりを消そうとした。

 その結果として、テレパスによる感応を選んだのだろう。

 プライバシーは必要とされなかったのか?

 どうだろう、少なくとも人間たちが恥部だと扱うことは、バルタンの科学によってほとんど解決されていた。

 生理的現象、性的興奮それ自体への見方が変わっていたのである。

 寿命が延び、クローン技術による肉体再生技術が確立していくと、私たちは個体数を増やす必要性が感じられなくなった。

 むしろ、ポンポン増やすことで、食糧難や土地不足を招き、かえって非効率となりうる。

 足りない分はクローンで増やせばいい。

 この辺りの考えが、私たちの性的欲求を減少させていったのだろう。

 種々の超能力は、私たちの身体にも変化を及ぼした。

 両腕の大きな鋏は、その名残であるように思う。

 手を道具として扱うことは、どこか精密さに欠けてしまう。

 「手」の熟練は、長い年月がかかることである。

 私たちは、この不便な道具に頼らない道を選んだ。

 人間たちは機械を使っているが、私たちは超能力を使用している。

 頭に思い浮かべたイメージ通りにテレキネシスで動かせばいいのである。

 もちろん、機械も使用しているが、多くは機械それ自体に任せるのではなく、私たちの精神感応とリンクさせ、操れるものであった。

 『ウルトラマン80』で登場したバルタンの宇宙船も、彼の精神感応に対応した動きを見せていたように思う。

 億を超えるバルタンの人々が精神感応をつなげることで、それ自体が一つの大きな意思となった。

 私たち一人ひとりは、一滴の水の粒である。

 それが集まって、大きな湖を形成していた。

 私たちが群体であると言われる所以であるように思う。

 私たちは個人というものがなかった。

 大いなる意思に導かれるままに、全員が目的に向かって力を合わせていた。

 それが切れたのが、一つがあの爆発であり、もう一つはウルトラマンとの決戦の時であった。

 私はそこで初めて一人になった。

 この広い宇宙で、青い星に一人取り残され、仲間を探し続けた。

 この宇宙に、バルタン星人の居場所はない。

 初代以降のバルタンは、私と同じ思いを抱いたのだろうか。

 彼らは呪縛から解放され、何を思ったのだろうか。

 彼らが抱く「怒り」、そして地球侵略への「欲望」こそが、バルタンの大いなる意思からの解放を意味していたように、私は思う。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ベルナーゴ神殿。

 冥府の神ハーディを祀る神殿都市である。

 特地の人々の死生観というものは、死後の多くが冥府へと導かれると信じられている。

 そこで、ハーディによる審判を受けるのである。

 死後の魂は、一部例外としてエムロイなど別の場所へと行くことがあるが、それはあくまで例外。

 その多くがこのハーディの元へと招かれる。

 そのため、特地の人々の大半は、ハーディに対する信仰を忘れない。

 ハーディの祭壇は、その地の地下深くに安置されていた。

 地上から逆三角形のピラミッドの形で伸びる穴は、彼女の支配領域を示している。

 ハーディの祭壇の前に、青い肌をした女性が一人、立っていた。

 死神を連想させるような鎌を持ち、白色のゴスロリ風の衣装に身を包んだ彼女は、何やら独り話しているようであった。

 

「――――了解っすよ、主上様。亜神ジゼル、必ずやお姉さまを、主上様の元へとご招致致しますわ」

 

 ジゼルと名乗った女が、祭壇に向けて言葉を交わす。

 傍らで見ている分には、彼女が何やら独り話しているようにしか見えなかった。

 それでも、彼女は見えない何かと交信しているようだった。

 

「――――は、もう一件?い、いえ、もちろん主上様のお願いならば、断ることなどいたしません。何でも、私に言ってくれて――――」

 

 見えない()()が、彼女に指令をもたらした。

 それに了承した彼女が、頭を垂れる。

 

「了解しました。主上様の元に、必ずや()()をお連れしますわ」

 

 若干固いが、恭しくも頭を下げた彼女の後ろで、パリパリと何かが割れるような音が響き渡る。

 彼女の口元が三日月の形に変形し、それと呼応するように後ろから鳴き声が発せられる。

 赤と黒の狂獣が、鎌首をもたげる。

 

「――――亜神ジゼルにお任せを」

 

 冥神の使徒が、死の鎌を肩に担ぎ、狂獣と共に旅立つ。

 ターゲットは、黒の死神と、異邦人。

 赤と黒の力を侍らし、彼女は飛び立った。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 その日は、雨が降っていた。

 しとしとと降り続ける中、デシは相も変わらず部屋の中をぼうっと眺めていた。

 自衛隊の仮設住宅の一部屋では、電球もつけず暗い部屋の中で一人、こうしている。

 初めは何人か、彼のことを心配して見に来てくれる人がいたが、もう誰も彼の様子を見には来ない。

 自分たちでは力になることができないと、わかっているのだ。

 デシが人と会うのは、朝昼夕の食事の時だけ。

 それ以外は、一人こうして部屋の中で虚空を眺めている。

 零れ落ちていく、何もかも。

 ぽっかりと開いた胸の黒い穴から何もかも。

 しかし、転機は突然に訪れる。

 コンコンと、ノックする音が聞こえた。

 デシは反応もしなかった。

 代わりに、返事を待たずに扉を開ける音がした。

 入って来たのは、緑色の自衛官二人と、褐色の肌と銀の髪を持つダークエルフの女性。

 自衛官たちが、何と言ったのかは、デシには聞こえなかった。

 目の前の彼らは見えておらず、相も変わらず虚空を見ている。

 ダークエルフの女性が、デシの両腕を掴んだ。

 彼女は叫んでいた。

 悲痛な表情を浮かべて、すべてを失う覚悟を以って、その少年に思いを伝えている。

 ある種の狂気が、彼女を突き動かしていた。

 自衛官二人はぎょっとして、彼女を止めようとしている。 

 それよりも先に、デシが反応していた。

 彼の瞳が定まっていく。

 白かった顔面をさらに白くし、彼は悲痛の音を奏でた。

 それはおおよそ人が出せるような声ではなかった。

 それは聞いている人々を突き刺すような威力を持っていた。

 彼はあの日、あの夜の記憶を封じていた。

 それは子どもながらの、防衛機制だったのかもしれない。

 バラバラのまま記憶の奥底にしまっていたパズルが、今彼の中で組み立てられていく。

 それは悲しい現実。

 それは恐ろしい出来事だった。

 

『「アクマ」はどこにいる?』

 

 ダークエルフが発した疑問だ。

 デシは「アクマ」という言葉の意味を解さなかった。

 特地には、馴染みがない言葉だったからだ。

 しかし、その言葉をピースとして、彼の中のパズルが組みあがっていく。

 

『炎龍よりも恐ろしい』

『お前も襲われたのだろう?』

『二つの大きな目』

『神に対立する異形』

 

 そのようなキーワードから、ある光景が浮かんでくる。

 それは悲しい記憶だった。

 あの夜、デシは死を覚悟した。

 炎の中、父の剣を抱く自分。

 そして、後方から忍び寄ってくる巨竜。

 開かれる牙、むせかえるような血の匂い。

 そして、「アクマ」の嗤い声。

 アクマはこちらを見ていた。

 デシの方を見ていた。

 声が頭をこだまする。 

 それらが、情景を容易に想像させる。

 狂った。狂う。狂え。狂え。狂え。狂え。狂え――――――

 何かが()()()デシは、自衛隊の静止の声も聞かずに飛び出した。

 彼の胸の内が、急速に埋まっていく。

 それはコールタールのようにどす黒く、へばりつく感情だった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ダークエルフのヤオは、目の前で起こった光景を見て、ほくそ笑んだ。

 デシの瞳が、自分と似た色をしていたからである。

 それは真っ黒に燃える、復讐への炎だった。

 彼女の日常が突如として崩れたのは、数か月前だった。

 ダークエルフの一族が暮らすシュワルツの森に、突如として炎龍が飛来したのである。

 何人もの同胞たちが、竜の供物となった。

 彼らは狩場であった森を捨て、山岳地帯へ散り散りになった。

 その日から、彼女たちの恐怖に満ちた日常が始まったのである。

 いまだ満ち足りぬ炎龍は、獲物を狩るためにどこからともなく飛来する。

 ヤオたちダークエルフも、生きていくためには食物をとらなければならない。

 巨獣と餓死、恐怖と恐怖の板挟みにあいながら、彼女たちは必死に生きていた。

 しかし心は次第に摩耗していく。

 そこで彼女たちの部族は、起死回生の賭けに出ることにした。

 炎龍は強大な力を持つ獣だ。しかし、決して無敵ではない。

 片目に突き刺さる矢が、えぐれた左腕がその証拠だ。

 遠いところから流れてきていた噂に、「緑の人」のうわさがあった。

 ダークエルフたちもその噂を聞き及んでおり、彼らに助けを乞うたのである。

 一族の遣いの者として、ヤオが選ばれたのだった。

 アルヌスにたどり着いた彼女が抱いたのは、まずは驚きであった。

 そこには、彼女が見たことも、聞いたこともないような鉄の武器が使われていたのである。

 その音が、その威力が、彼らの力を示しているようであった。

 なるほど、これならばあの炎龍も――――――

 彼女の中で確かに芽生えた希望という光。

 それは、次の瞬間にガラガラと音を立てて崩れていく。

 シュワルツの森は帝国との国境を越えた先にあった。

 ジエイタイの人々は現在、帝国と戦争の最中である。

 その中で、国境を安易に超えることなど、認められないというのである。

 彼女は縋った。少し、ほんの少しの助力で良いのです。

 しかし、返事はNOだった。

 希望を打ち砕かれた彼女は、悲嘆に暮れた。

 しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。

 故郷には彼女の帰りを待っている一族の者たちがいるのである。

 大命を帯びた彼女は、一度拒否されただけでへこたれるわけにはいかないのである。

 そこで彼女は、ある布石を打つことにした。

 それは「アクマ」のささやきだった。

 しかし、もはや後がない彼女は、手段を問わなかった。

 例え罵られても、八つ裂きにされても任務を遂行する。

 そんな妖しい光を瞳に宿しながら、彼女はアルヌスの街を散策した。

 彼女が緑の人―――つまりは自衛隊の人々を探す間に、アルヌスで聞いて回るうちに、わかったことがあった。

 一つは、自衛隊のこと。炎龍を退けたその力を動かすには、どうすればよいのか。

 もう一つは、その自衛隊ですら叶わないような絶対的な力を持った存在。

 それは空からやってきた。

 それは人類にあだなす存在。

 異世界の神はその存在と戦い、そして勝利するという逸話。

 「アクマ」の概念を、ヤオはそこで初めて知ったのである。

 信じられなかった。

 彼女たちの常識では、神に逆らおうなどというものが存在することなど、ありえなかったのである。

 神は平等である。

 大いなる力を有した特地の神々は、その有した権能を行使し、この世界を形作っている。

 その箱庭の中で、ヤオ達ヒト種や動物、植物たちが暮らしているだけなのだ。

 死は万物に訪れるし、生もまたしかり。

 神は隔絶した存在と、信じられているのであった。 

 しかし、異世界から来た神は違うようである。

 彼は遠い夜の星からやってきて、私たちのために戦うのだ。

 「アクマ」はこの星を狙ってやってくる、それを許さない存在なのだそうだ。

 正と負、善と悪のような対立を、ヤオは聞いたのだった。

 その光の神は今何処に?

 ヤオは人々に聞いて回った。

 多くの人は、知らないと答えた。

 自衛隊の人々は、空の星に戻っていったと答えた。

 ――――では「アクマ」は?

 文字通り、ヤオは悪魔に魂を売り渡そうとしたのである。

 神と対立するほどの力を持つものならば、炎龍を退けてくれる。

 彼女には、その後どうなるかという想像をする余裕がなかった。

 追い詰められた彼女は、ある噂を聞いた。

 どうやら、一度異世界の神と悪魔は、この地に現れたらしい。

 そしてその前に、あのロゥリィ・マーキュリーと戦闘になったらしい、と。

 話を聞いていくうちに、ある少年に行き当たった。

 その少年と「アクマ」は、何らかの関係があるらしい。

 少年は今、閉じこもっている。

 詳しいことはわからないが、その「アクマ」のせいではないか、という噂だった。

 そうして、ヤオは少年の元へとたどり着いた。

 まだ年端もいかないヒト種の子どもだった。

 目の焦点はあっておらず、暗い部屋の中で一人、虚空を眺めている。

 痛ましいと思った。しかし、止まれなかった。

 自衛官たちが優しく語りかけているのを待たずに、ヤオは少年に詰め寄った。

 ――――アクマはどこにいる?

 変化は劇的だった。

 少年の口から、恐ろしい声が上がった。

 くしゃくしゃになった顔からは、生気を感じられなかった。

 しかし、それでもなお、目には力が宿っていた。

 そして、おぞましい負の感情も。

 間違いない。

 彼は、「アクマ」を知っている。

 彼女が待ち望んでいた変化が起こっていることを、確かに予感していた。

 彼女の中には、今、まぎれもなく悪魔が棲んでいた。

 彼女の濁った瞳には、現実の光景を正しくは写してはいなかった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 走れ。走れ。走れ。

 デシはわき目も降らずに走った。

 彼の口からは、荒い呼気が吐き出される。

 胸の内が熱い。

 何やら、奥底から熱いものがこみ上げてくるようであった。

 それは粘り気のあるもので、どんどん頭の方へと昇っていく。

 走っていないと、それに全身が侵食されるようだった。

 息とともに、その熱いものも吐き出される。

 ものすごいエネルギーが、彼の胸の内から生み出されていた。

 何だ、何だこれは? 

 その疑問に応えることができずに、デシは走り続ける。

 やがてたまらず、地面に体を投げ出した。

 苦しいが、何かから解放された気がした。

 しかし、また別のナニカが、彼を縛っていく。

 それはどす黒い、へばりついたナニカだ。

 

「お主、何をやっとるんじゃ?」

 

 いつの間にか、デシの近くに来ていた老人が尋ねた。

 彼は義足をつけた足を引きずりながらも、ここまで来たらしい。

 デシは体を起こした。

 依然として、彼の体からはものすごいエネルギーが生まれているようだった。

 足は疲れているが、まだまだ動く。

 

「―――――なんという目をしている」

 

 老人はデシの中でくすぶっている黒い炎を見た。

 彼の長い人生の中で、幾度となくその炎を宿した者を見てきた。

 多くが、破滅した。

 目的を達成した者たちも、残りの人生は悲惨だった。

 それをまだ小さな子が、復讐という名の炎を宿しているのである。

 やめろとは、言わなかった。

 言っても無駄なことは、老人にはわかっていたからである。

 

「坊主、力が欲しいか?」

 

 ピクリと、デシが反応した。

 その反応に気を良くした老人が、優しく語り掛ける。

 

「儂についてこい」

 

 そのようなことを言った。

 デシは首肯した。

 彼の胸に宿ったエネルギーが、老人によって行先を得たのであった。

 

 

 

 

 

 




たくさんのお気に入り、評価、感想ありがとうございます。
 
感想は返せなかったりもしますが、すべて見させてもらっています!ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。