私が誕生したときには、バルタン星人の種々の超能力はすでに備わっていた。
テレパスによる深い
かつては、バルタン星にも「文字」や「言語」が存在していた。
しかし、テレパスによる感応は、それをはるかに超える伝達速度、正確さを私たちにもたらした。
現代の人間たちと同じく、科学による効率化を求め続けた私たちは、他人という隔たりを消そうとした。
その結果として、テレパスによる感応を選んだのだろう。
プライバシーは必要とされなかったのか?
どうだろう、少なくとも人間たちが恥部だと扱うことは、バルタンの科学によってほとんど解決されていた。
生理的現象、性的興奮それ自体への見方が変わっていたのである。
寿命が延び、クローン技術による肉体再生技術が確立していくと、私たちは個体数を増やす必要性が感じられなくなった。
むしろ、ポンポン増やすことで、食糧難や土地不足を招き、かえって非効率となりうる。
足りない分はクローンで増やせばいい。
この辺りの考えが、私たちの性的欲求を減少させていったのだろう。
種々の超能力は、私たちの身体にも変化を及ぼした。
両腕の大きな鋏は、その名残であるように思う。
手を道具として扱うことは、どこか精密さに欠けてしまう。
「手」の熟練は、長い年月がかかることである。
私たちは、この不便な道具に頼らない道を選んだ。
人間たちは機械を使っているが、私たちは超能力を使用している。
頭に思い浮かべたイメージ通りにテレキネシスで動かせばいいのである。
もちろん、機械も使用しているが、多くは機械それ自体に任せるのではなく、私たちの精神感応とリンクさせ、操れるものであった。
『ウルトラマン80』で登場したバルタンの宇宙船も、彼の精神感応に対応した動きを見せていたように思う。
億を超えるバルタンの人々が精神感応をつなげることで、それ自体が一つの大きな意思となった。
私たち一人ひとりは、一滴の水の粒である。
それが集まって、大きな湖を形成していた。
私たちが群体であると言われる所以であるように思う。
私たちは個人というものがなかった。
大いなる意思に導かれるままに、全員が目的に向かって力を合わせていた。
それが切れたのが、一つがあの爆発であり、もう一つはウルトラマンとの決戦の時であった。
私はそこで初めて一人になった。
この広い宇宙で、青い星に一人取り残され、仲間を探し続けた。
この宇宙に、バルタン星人の居場所はない。
初代以降のバルタンは、私と同じ思いを抱いたのだろうか。
彼らは呪縛から解放され、何を思ったのだろうか。
彼らが抱く「怒り」、そして地球侵略への「欲望」こそが、バルタンの大いなる意思からの解放を意味していたように、私は思う。
◇
ベルナーゴ神殿。
冥府の神ハーディを祀る神殿都市である。
特地の人々の死生観というものは、死後の多くが冥府へと導かれると信じられている。
そこで、ハーディによる審判を受けるのである。
死後の魂は、一部例外としてエムロイなど別の場所へと行くことがあるが、それはあくまで例外。
その多くがこのハーディの元へと招かれる。
そのため、特地の人々の大半は、ハーディに対する信仰を忘れない。
ハーディの祭壇は、その地の地下深くに安置されていた。
地上から逆三角形のピラミッドの形で伸びる穴は、彼女の支配領域を示している。
ハーディの祭壇の前に、青い肌をした女性が一人、立っていた。
死神を連想させるような鎌を持ち、白色のゴスロリ風の衣装に身を包んだ彼女は、何やら独り話しているようであった。
「――――了解っすよ、主上様。亜神ジゼル、必ずやお姉さまを、主上様の元へとご招致致しますわ」
ジゼルと名乗った女が、祭壇に向けて言葉を交わす。
傍らで見ている分には、彼女が何やら独り話しているようにしか見えなかった。
それでも、彼女は見えない何かと交信しているようだった。
「――――は、もう一件?い、いえ、もちろん主上様のお願いならば、断ることなどいたしません。何でも、私に言ってくれて――――」
見えない
それに了承した彼女が、頭を垂れる。
「了解しました。主上様の元に、必ずや
若干固いが、恭しくも頭を下げた彼女の後ろで、パリパリと何かが割れるような音が響き渡る。
彼女の口元が三日月の形に変形し、それと呼応するように後ろから鳴き声が発せられる。
赤と黒の狂獣が、鎌首をもたげる。
「――――亜神ジゼルにお任せを」
冥神の使徒が、死の鎌を肩に担ぎ、狂獣と共に旅立つ。
ターゲットは、黒の死神と、異邦人。
赤と黒の力を侍らし、彼女は飛び立った。
◇
その日は、雨が降っていた。
しとしとと降り続ける中、デシは相も変わらず部屋の中をぼうっと眺めていた。
自衛隊の仮設住宅の一部屋では、電球もつけず暗い部屋の中で一人、こうしている。
初めは何人か、彼のことを心配して見に来てくれる人がいたが、もう誰も彼の様子を見には来ない。
自分たちでは力になることができないと、わかっているのだ。
デシが人と会うのは、朝昼夕の食事の時だけ。
それ以外は、一人こうして部屋の中で虚空を眺めている。
零れ落ちていく、何もかも。
ぽっかりと開いた胸の黒い穴から何もかも。
しかし、転機は突然に訪れる。
コンコンと、ノックする音が聞こえた。
デシは反応もしなかった。
代わりに、返事を待たずに扉を開ける音がした。
入って来たのは、緑色の自衛官二人と、褐色の肌と銀の髪を持つダークエルフの女性。
自衛官たちが、何と言ったのかは、デシには聞こえなかった。
目の前の彼らは見えておらず、相も変わらず虚空を見ている。
ダークエルフの女性が、デシの両腕を掴んだ。
彼女は叫んでいた。
悲痛な表情を浮かべて、すべてを失う覚悟を以って、その少年に思いを伝えている。
ある種の狂気が、彼女を突き動かしていた。
自衛官二人はぎょっとして、彼女を止めようとしている。
それよりも先に、デシが反応していた。
彼の瞳が定まっていく。
白かった顔面をさらに白くし、彼は悲痛の音を奏でた。
それはおおよそ人が出せるような声ではなかった。
それは聞いている人々を突き刺すような威力を持っていた。
彼はあの日、あの夜の記憶を封じていた。
それは子どもながらの、防衛機制だったのかもしれない。
バラバラのまま記憶の奥底にしまっていたパズルが、今彼の中で組み立てられていく。
それは悲しい現実。
それは恐ろしい出来事だった。
『「アクマ」はどこにいる?』
ダークエルフが発した疑問だ。
デシは「アクマ」という言葉の意味を解さなかった。
特地には、馴染みがない言葉だったからだ。
しかし、その言葉をピースとして、彼の中のパズルが組みあがっていく。
『炎龍よりも恐ろしい』
『お前も襲われたのだろう?』
『二つの大きな目』
『神に対立する異形』
そのようなキーワードから、ある光景が浮かんでくる。
それは悲しい記憶だった。
あの夜、デシは死を覚悟した。
炎の中、父の剣を抱く自分。
そして、後方から忍び寄ってくる巨竜。
開かれる牙、むせかえるような血の匂い。
そして、「アクマ」の嗤い声。
アクマはこちらを見ていた。
デシの方を見ていた。
声が頭をこだまする。
それらが、情景を容易に想像させる。
狂った。狂う。狂え。狂え。狂え。狂え。狂え――――――
何かが
彼の胸の内が、急速に埋まっていく。
それはコールタールのようにどす黒く、へばりつく感情だった。
◇
ダークエルフのヤオは、目の前で起こった光景を見て、ほくそ笑んだ。
デシの瞳が、自分と似た色をしていたからである。
それは真っ黒に燃える、復讐への炎だった。
彼女の日常が突如として崩れたのは、数か月前だった。
ダークエルフの一族が暮らすシュワルツの森に、突如として炎龍が飛来したのである。
何人もの同胞たちが、竜の供物となった。
彼らは狩場であった森を捨て、山岳地帯へ散り散りになった。
その日から、彼女たちの恐怖に満ちた日常が始まったのである。
いまだ満ち足りぬ炎龍は、獲物を狩るためにどこからともなく飛来する。
ヤオたちダークエルフも、生きていくためには食物をとらなければならない。
巨獣と餓死、恐怖と恐怖の板挟みにあいながら、彼女たちは必死に生きていた。
しかし心は次第に摩耗していく。
そこで彼女たちの部族は、起死回生の賭けに出ることにした。
炎龍は強大な力を持つ獣だ。しかし、決して無敵ではない。
片目に突き刺さる矢が、えぐれた左腕がその証拠だ。
遠いところから流れてきていた噂に、「緑の人」のうわさがあった。
ダークエルフたちもその噂を聞き及んでおり、彼らに助けを乞うたのである。
一族の遣いの者として、ヤオが選ばれたのだった。
アルヌスにたどり着いた彼女が抱いたのは、まずは驚きであった。
そこには、彼女が見たことも、聞いたこともないような鉄の武器が使われていたのである。
その音が、その威力が、彼らの力を示しているようであった。
なるほど、これならばあの炎龍も――――――
彼女の中で確かに芽生えた希望という光。
それは、次の瞬間にガラガラと音を立てて崩れていく。
シュワルツの森は帝国との国境を越えた先にあった。
ジエイタイの人々は現在、帝国と戦争の最中である。
その中で、国境を安易に超えることなど、認められないというのである。
彼女は縋った。少し、ほんの少しの助力で良いのです。
しかし、返事はNOだった。
希望を打ち砕かれた彼女は、悲嘆に暮れた。
しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。
故郷には彼女の帰りを待っている一族の者たちがいるのである。
大命を帯びた彼女は、一度拒否されただけでへこたれるわけにはいかないのである。
そこで彼女は、ある布石を打つことにした。
それは「アクマ」のささやきだった。
しかし、もはや後がない彼女は、手段を問わなかった。
例え罵られても、八つ裂きにされても任務を遂行する。
そんな妖しい光を瞳に宿しながら、彼女はアルヌスの街を散策した。
彼女が緑の人―――つまりは自衛隊の人々を探す間に、アルヌスで聞いて回るうちに、わかったことがあった。
一つは、自衛隊のこと。炎龍を退けたその力を動かすには、どうすればよいのか。
もう一つは、その自衛隊ですら叶わないような絶対的な力を持った存在。
それは空からやってきた。
それは人類にあだなす存在。
異世界の神はその存在と戦い、そして勝利するという逸話。
「アクマ」の概念を、ヤオはそこで初めて知ったのである。
信じられなかった。
彼女たちの常識では、神に逆らおうなどというものが存在することなど、ありえなかったのである。
神は平等である。
大いなる力を有した特地の神々は、その有した権能を行使し、この世界を形作っている。
その箱庭の中で、ヤオ達ヒト種や動物、植物たちが暮らしているだけなのだ。
死は万物に訪れるし、生もまたしかり。
神は隔絶した存在と、信じられているのであった。
しかし、異世界から来た神は違うようである。
彼は遠い夜の星からやってきて、私たちのために戦うのだ。
「アクマ」はこの星を狙ってやってくる、それを許さない存在なのだそうだ。
正と負、善と悪のような対立を、ヤオは聞いたのだった。
その光の神は今何処に?
ヤオは人々に聞いて回った。
多くの人は、知らないと答えた。
自衛隊の人々は、空の星に戻っていったと答えた。
――――では「アクマ」は?
文字通り、ヤオは悪魔に魂を売り渡そうとしたのである。
神と対立するほどの力を持つものならば、炎龍を退けてくれる。
彼女には、その後どうなるかという想像をする余裕がなかった。
追い詰められた彼女は、ある噂を聞いた。
どうやら、一度異世界の神と悪魔は、この地に現れたらしい。
そしてその前に、あのロゥリィ・マーキュリーと戦闘になったらしい、と。
話を聞いていくうちに、ある少年に行き当たった。
その少年と「アクマ」は、何らかの関係があるらしい。
少年は今、閉じこもっている。
詳しいことはわからないが、その「アクマ」のせいではないか、という噂だった。
そうして、ヤオは少年の元へとたどり着いた。
まだ年端もいかないヒト種の子どもだった。
目の焦点はあっておらず、暗い部屋の中で一人、虚空を眺めている。
痛ましいと思った。しかし、止まれなかった。
自衛官たちが優しく語りかけているのを待たずに、ヤオは少年に詰め寄った。
――――アクマはどこにいる?
変化は劇的だった。
少年の口から、恐ろしい声が上がった。
くしゃくしゃになった顔からは、生気を感じられなかった。
しかし、それでもなお、目には力が宿っていた。
そして、おぞましい負の感情も。
間違いない。
彼は、「アクマ」を知っている。
彼女が待ち望んでいた変化が起こっていることを、確かに予感していた。
彼女の中には、今、まぎれもなく悪魔が棲んでいた。
彼女の濁った瞳には、現実の光景を正しくは写してはいなかった。
◇
走れ。走れ。走れ。
デシはわき目も降らずに走った。
彼の口からは、荒い呼気が吐き出される。
胸の内が熱い。
何やら、奥底から熱いものがこみ上げてくるようであった。
それは粘り気のあるもので、どんどん頭の方へと昇っていく。
走っていないと、それに全身が侵食されるようだった。
息とともに、その熱いものも吐き出される。
ものすごいエネルギーが、彼の胸の内から生み出されていた。
何だ、何だこれは?
その疑問に応えることができずに、デシは走り続ける。
やがてたまらず、地面に体を投げ出した。
苦しいが、何かから解放された気がした。
しかし、また別のナニカが、彼を縛っていく。
それはどす黒い、へばりついたナニカだ。
「お主、何をやっとるんじゃ?」
いつの間にか、デシの近くに来ていた老人が尋ねた。
彼は義足をつけた足を引きずりながらも、ここまで来たらしい。
デシは体を起こした。
依然として、彼の体からはものすごいエネルギーが生まれているようだった。
足は疲れているが、まだまだ動く。
「―――――なんという目をしている」
老人はデシの中でくすぶっている黒い炎を見た。
彼の長い人生の中で、幾度となくその炎を宿した者を見てきた。
多くが、破滅した。
目的を達成した者たちも、残りの人生は悲惨だった。
それをまだ小さな子が、復讐という名の炎を宿しているのである。
やめろとは、言わなかった。
言っても無駄なことは、老人にはわかっていたからである。
「坊主、力が欲しいか?」
ピクリと、デシが反応した。
その反応に気を良くした老人が、優しく語り掛ける。
「儂についてこい」
そのようなことを言った。
デシは首肯した。
彼の胸に宿ったエネルギーが、老人によって行先を得たのであった。
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