無限に広がる宇宙。
輝く星々の間を、悠遊と飛びまわる光があった。
ウルトラマンゼロ。
光の国の戦士である彼の使命は、宇宙の平和を脅かす者と戦うことである。
銀河の海を泳ぎ、悪がいないか、彼は今パトロールを行っていた。
彼の行動範囲は文字通り多岐に渡る。
まだ若輩の身ではあるものの、彼がこれまで行った功績は数えきれない。
漆黒の宇宙に、輝きを放つ星々。
美しい光景だ。
この光景を壊すことだけは、阻止しなければならない。
そうゼロが決意を新たにしたとき、彼の左腕につけられたブレスレットから光が放たれた。
それは一条の光の線となって、漆黒の宇宙で方向を示す。
空間が歪み、
映し出された景色には、彼がよく知る宇宙人の姿があった。
バルタン星人。
その周りに、宙に浮かんで身動きを取れなくなっている地球人の姿を見た。
――――俺の出番か。
ブレスレットが形を変え、銀色の鎧となってゼロの身体に装着される。
光を纏い、ゼロは穴に飛び込んだ。
行先は、地球。
彼が飛び出した先の空は、青かった。
なるべく被害を出さないように、建造物の少ない場所に着地する。
「バルタン星人!こんなところにまで何しに来やがった!?」
これが、彼が地球に来るまでの出来事であった。
◆
バルタン星人―――寺島鋏魅は今、近所の喫茶店でウルトラマンゼロと向かい合っていた。
「お待たせいたしました。アイスコーヒーになります」
ウエイトレスが、寺島達が頼んだコーヒーを机に置き、ごゆっくりと言い残して持ち場に戻っていった。
彼らは寺島の家に戻った後、歩いて近所の喫茶店の中に入っていった。
寺島の背には黒いバッグが背負われていた。
ウルトラマンゼロは、バルタンの科学で作られた人化の指輪を装備することで、人間の姿となっている。
宇宙人二人は、ともに人間の姿に化けて喫茶店に入った。
ここは寺島の行きつけの喫茶店だった。
個人経営のこじんまりとした店で、趣がある。
店主に断りを入れ、端の団体席に移動する。
テーブルをはさんで、寺島とゼロは向かい合っていた。
「それで、話ってのは?」
ゼロが話を促す。
「まずは礼を言わせてもらう。――――来てくれてありがとう」
そう言って頭を下げる。
「正直に言うと、君がこうして素直についてくれるとは思っていなかった」
逃げる準備もしていたんだがなと、寺島が苦い笑みを見せる。
ゼロは鼻を鳴らすと、
「誰が逃げるかよ。それよりも、俺をここに連れてきた理由と、あの場で逃げた理由を説明しろ」
寺島はうなづくと、ごそごそと背中に背負っていた黒いバッグを漁りだした。
そして少し厚みのある本を取り出し、テーブルの上に乗せた。
カラフルな着色が施された本だった。
ゼロはその本を見て目を見開いた。
タイトルは、『ウルトラ大全集』。
そして文字の下には、
「――――俺じゃねえか!?」
どういうことだと、寺島をにらみつける。
寺島は中身を見てみろと手で促す。
ページを開いてみると、ところどころカラーで、光の国の戦士の姿が描かれていた。
ウルトラマン、ウルトラセブン、ゾフィーたちウルトラ6兄弟。
ウルトラの父、母、ウルトラマンキング。
彼が知っている、違う宇宙出身のウルトラマンであるダイナ、コスモス。
そしてウルトラマンエックス。
更にはノアの神の姿まで描かれていた。
それだけではない。
そこには歴代ウルトラ戦士たちが戦ってきた、怪獣や宇宙人の姿まで印刷されていたのである。
ゼロが今まで戦ってきた相手に加え、怪獣墓場で見かけた宇宙怪獣、光の国で見た先頭記録の中に登場した侵略宇宙人。
それらが全体像に加え、スペックや出身星を含め何行か書かれているのである。
ゼロはゼロのページを開いた。
自分の姿を客観視するのは変な感じだが、鏡で見る姿と相違ない。
ゼロスラッガー、エメリウムスラッシュ、ワイドゼロショットという光線技の羅列。
ストロングコロナ、ルナミラクルというダイナとコスモスから受け取った力。
そしてバラージの盾を装備し、次元を超えることができるウルティメイトゼロの姿。
ベリアルとの一件から、自分の中に芽生えた究極の光「シャイニングウルトラマンゼロ」。
いつの間にか、ゼロは席を立ってその本に釘付けになっていた。
「どういうことだ!?」
「落ち着きたまえ、順に説明していこう」
寺島が静かに座るように促す。
ゼロが視線を感じ周りを見渡すと、店内の人間の視線がこちらに集まっていた。
どうやら、少し力が入りすぎていたようである。
周りの人間の視線を受けて、幾分か冷静さを取り戻したゼロが椅子に座りなおす。
寺島はゆっくりと、黒い液体をのどに入れていた。
グラスを再び置くと、
「結論から言うと、この世界にウルトラマンは存在しない」
◇
現在、自分の所属している宇宙とは別の宇宙が複数存在しているという考え方だ。
詳しい説明は省くが、要は
世界と世界とを隔てている壁を突破し、別の宇宙に行くことは、基本的にはできない。
だが時折、そのことを可能にする存在がまた、広い宇宙には存在する。
それらを称して、寺島は「特異点」と呼んだ。
次元を超越することのできるウルトラマンゼロも、その一人に数えられるかもしれない。
彼に力を与えたノアの神は、寺島が知っている特異点の一つだ。
特異点の形状は様々である。
ノアの神のように「人型」をしているものもあれば、怪獣墓場のように特定の「場所」を示すこともある。
次元を超えることのできる船もあるかもしれない。
とにかく、次元を超えることができる存在は限られており、特異点は皆すさまじい力を持っているものである。
実はウルトラマンゼロが世界を超えたことがあることは、一度ではない。
彼は何人も違う世界のウルトラマンと出会っている。
さらに、ウルトラマンがいない世界にも行ったことがある。
しかし、彼はその時までは知らなかった。
ウルトラマンの存在が、創作の中にしか存在しない世界のことを。
今回ゼロがやってきた世界は、そんな世界。
◇
店の中に備え付けられた年代物のテレビから、ニュースが流れてくる。
『ウルトラマンは、本当にいたんです!!』
そんな言葉を、マイクを持った男が力強く話している姿が映っている。
その横には、スクリーンに映されたウルトラマンゼロと、バルタン星人の姿。
銀座で向かい合った姿を、どうやら撮影されていたようである。
「納得できたかね?」
「つまりは、ウルトラマンはおろか、他の宇宙人も存在しない宇宙だってことだな?」
「そうだ。ちなみに、バルタン製の宇宙望遠鏡で、万年単位で宇宙を探索したが、他の知的生命体の姿は終に発見することができなかった」
「それじゃあ、M78星雲の光の国は……」
「ない。バルタンの星も同じく」
先ほどまでは驚いていたが、マルチバース間を移動することができるゼロは、平常に戻りつつあった。
可能性の一つであるとして、何とか納得させようとする。
今開いているページには、ゼロに加えグレンファイヤー、ミラーナイト、ジャンボット、ジャンナインのチームであるウルティメイトフォースゼロが、各々ポーズをとった姿で描かれていた。
こんな写真撮ってないぞと思いながらも、寺島の話を聞く。
「……納得はできた。続きを話してくれ」
「それでは私自身の話をしようか。私の名はバルタン星人『テラー』。地球では寺島鋏魅と名乗っている」
「どうしてこの世界にいる?バルタン星が存在しないんだったら、お前の宇宙は別にあるはずだ」
「いかにも。私がいた宇宙では、バルタンの星はすでに滅んでいる」
「だからこの世界に来て、地球を征服しようってか!?」
「話は最後まで聞きたまえ。第一、私は地球侵略などに興味はない」
その言葉を聞いて、ゼロが目を細めた。
「珍しいことを言うバルタン星人だな。――――ならなぜこの世界にやってきた?」
「先に言っておくが、私がこの地球にやってきて億の年月が経っている。地球は地球人のものなどという陳腐な応答には応じる予定はない」
ゼロは目を見開いた。
自分は現在5900歳。しかし地球人で換算するとまだまだ若い高校生ほどである。
それどころか、光の国の誰よりも年を経ているということになるではないか。
バルタン星人もそれほどの長寿ではない。
「……一体」
「私がこの世界にやってこれたのは、ただの偶然だ」
曰く、バルタンの星滅亡のきっかけである実験に巻き込まれ、気づいたらこの地球に転移していたという。
バルタンの宇宙船ごと転移したおかげで、地球に氷河期が起こり恐竜は絶滅してしまった。
食物を生産できないため、宇宙船内に備え付けられた冷凍スリープ装置で永い眠りつき、宇宙船の修理はナノマシンたちに任せていた。
再び起きたときには、人間たちが社会を作り出していた。
テラーは宇宙船を人間に見つからない場所に隠し、自らは人間の姿に化けて生活を行っているという。
何代もの代替わりを経て、現在は寺島を名乗っている。
「他の生き残った同朋たちがどうなっているか心配だったが、君の存在がその証明をしてくれたよ」
どこか暗い表情で、コーヒーの入ったグラスの表面に浮かんでいる水滴をなぞる。
バルタン20億3000万の生き残りは、もういないのだ。
どこかで、再び仲間に出会えることを夢見ていたのかもしれない。
「ウルトラマンを恨むつもりも、地球を侵略するつもりもない。私はこの地球で、人間として生きていくことを決めたのだ。そのためにも、バルタンの姿を隠し、地球人に化け、地球人と同じように物を食べ、仕事をし、法を守り、会話し、勉強している」
「ならなんで、あんたは姿を見せたんだ?」
テレビでは銀座に出現したバルタン星人テラーの姿が映されていた。
『バルタン星人の真意は?』
『地球侵略の前兆か?』
『ウルトラマンゼロと今どこに?』
そのような言葉が飛び出してくる。
寺島は無機質な目でその言葉を見ていた。
「バルタン星人はウルトラマンの敵だ。つまり悪であると見られている。ニュースでも、そんな話ばかりだな」
その言葉をこぼした寺島の横顔は、どこかもの悲しそうに見えた。
「私の目的は一つだ。この星で生きて、この星でひっそりと息絶える。バルタン星人とではなく、地球人として。……地球侵略など、ちゃんちゃら可笑しい」
「……本意か?」
「疑うのも当然だ。私が嘘をついている可能性もあるからな。――――なら、もしも私が人類に牙をむいた時は、その時は――――――」
「その時は?」
――――――君の手で、私を裁いてほしい。
◆
オレンジ色の陽が巨大な影をつくる夕暮れ、寺島とゼロは帰路についていた。
地球の夕暮れは美しい。
かつてメトロン星人が渇望したその光景を、二人は目に焼き付けていた。
バルタン星人テラーの処遇については、ゼロをして前例がないことだったため、光の国に相談に行くことにした。
彼の処遇については、彼自身が決めたことである。
バルタン星人としての姿を見せた以上、平穏な日常はもうやってこない。
何かしら人間に、テラー自身にも影響を与えることだろう。
彼は光の国から監視をつけてほしいとゼロに言った。
バルタンの生き残りではなく、地球育ちの宇宙人として生きていくためにも、信用を勝ち取りたい。
侵略宇宙人にはなりたくないと、彼は言った。
厳しい、強い決意を宿していた。
もし彼がゼロとの約束を破った、その時は地球人の前で、バルタン星人の姿となって死ぬ。
悪のバルタン星人の一員として、一生を終える。
そう言った彼の頬に、一筋の涙が通った。
「悪いな、ここまで送ってもらって」
夕闇の公園、ゼロと寺島が相対する。
ゼロが連続で次元移動を行うためには、間に休憩を挟まなくてはならない。
喫茶店で時間をつぶしている間に、彼の次元へのエネルギーが貯まっていたようである。
辺りに人気がない夜の公園で、ウルトラマンゼロとバルタン星人の姿となる。
ゼロがブレスレットを変形させ、ウルティメイトイージスを装備する。
「じゃあな、バルタン星人テラー」
「その名を呼ばれるのも最後かな、ウルトラマンゼロ」
二人は顔を見合わせ、笑いあった。
やがてゼロは次元の彼方に消えていき、姿を消した。
残った寺島はしばらくの間ゼロが消えた空を見上げて、やがて家路についた。
代り映えないであろう平穏な日常に、戻っていった。