バルタン星人の奇妙な野望   作:チキンライス

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第三話 現状

 

 

 

 

 

 

 「銀座事件」から数日後。

 世間では皆、突然現れた「未知」に対して沸き上がっていた。

 異世界からの侵略者。

 おそらく一番著名であるだろう宇宙人。

 そして光の国の戦士。

 とある動画サイトに投稿された銀座事件の映像は、一日で何十万再生もの記録をたたき出したという。

 日本国の()()()ではないかとの声も上がったことがある。

 しかし、別のアングルから撮影された映像は、何百も別のアカウントで投稿され、実際に銀座には大きな傷跡が残されているのだ。

 そのリアリティ及び事実関係は、安易なCGによる合成ではないことを物語っていた。

 そして、今だ消えることなくつながっている『(ゲート)』。

 「門」周辺は現在、政府の命によって立ち入り禁止区域に指定されており、人々は遠目から撮影されたその映像を眺めるだけでしか、門に対しての情報を仕入れることができなかった。

 国会議事堂では、緊急特別国会が組織され、銀座事件の全貌、及びその始末をどうするのかについて議論を繰り広げている。

 人々の今一番の関心も、異世界への「門」及び宇宙人に向いていることだろう。

 特に、ウルトラマン及びバルタン星人に対する反応がすさまじい。

 連日どの新聞も一面を飾るウルトラマンゼロとバルタン星人の姿。

 ウルトラシリーズを公式配信しているバンダイチャンネルでは、加入者が爆発的に増えたとの報告があった。

 テレビ上では、ウルトラシリーズの再放送、または歴代のバルタン星人回を編集したものを流すのが、どのチャンネルでも行われていた。

 ウルトラシリーズの、特にウルトラマンゼロとバルタン星人のソフビは売れに売れ、おもちゃ屋から姿が消え去り、ネット上ではプレミアがつくほどであった。

 「門」に関する話題も確かに存在する。

 しかしそれを押しのけて世間の話題をさらっているウルトラマン達は、やはり人々の間で爆発的な人気を誇っている証なのだろう。

 さて、空に消えていったウルトラマンゼロとバルタン星人の姿は、今のところ確認されていない。

 はるか上空にて姿を消した二人の巨人がどこに行ったのかについては、憶測が憶測を呼んで、テレビでも、ネットでも、日常でも議論されている。

 

『ウルトラマンゼロがすでに倒した』

『今もなお、宇宙のどこかで戦っている』

『バルタンは逃亡し、地球人に化けて隠れて暮らしている』

『ウルトラマンは敗北し、バルタン星人も大きな傷を負ったために今癒しているところだ』

 

 面白いのは、必ずウルトラマンが勝つと言わない人がいることだろう。

 ネット上に投稿された動画を見た人の中に、バルタン星人が銀座で引き起こした現象に心当たりがあった者たちがいたのだ。

 『ウルトラマンマックス』に登場する、ダークバルタンという個体である。

 「最強、最速」がキャッチコピーのウルトラマンマックスは、まさしく「最強、最速」を冠するにふさわしい強さを持つウルトラマンだったが、彼の敵もまた強大な力を持っていたのだった。

 数いる怪獣の中でも、マックスのバルタン星人回は特に印象深い。

 ダークバルタンはその卓越した科学力をもって、一度はマックスを打倒し、続く再戦でさえ、マックス単体での打倒は終にかなわなかったのである。

 ネット上では、歴代最強の恐るべき力を持つバルタン星人として恐れられている。

 そして先日銀座に出現したバルタン星人テラーは、その体色とも相まってダークバルタンと同個体、もしくはそれに似た個体ではないかとの噂が飛び交っているのである。

 そして、ウルトラマンの弱点が光エネルギーの低下によるものだとしたら、ダークバルタンは強敵である。

 また、時空を超えてやって来たウルトラマンゼロも、議論に活性を与える要因となっていた。

 ウルトラマンゼロに対する世間の印象は、一言でいえば強いことである。

 映像内で注意深く見たところ、彼は「バラージの盾」、つまりはウルティメイトイージスを身につけていた。

 ウルティメイトイージスは鎧や楯だけでなく、一撃必殺の武器ともなりうる。

 最強の矛と楯とを持ち合わせる若き最強戦士とのカードに、人々は予測がつかないでいるのだ。

 そして何よりも若いが故の成長進度、及び彼が持つ不屈の闘志が、人々に可能性をもたらす。

 きっとゼロならば、ダークバルタンすら打倒してくれるだろうという可能性を。

 人々は今マヒしていた。

 創作(フィクション)の世界の住人が、次元の壁を越えて現実に現れたことで、夢に浸っていたのである。

 異世界からの侵略者や巨大化する宇宙人は、まぎれもなく現実の脅威として具現化したものだというのに。

 「銀座事件」も「バルタン星人」も、人間にあだなす悪意となりうるかもしれないというのに。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 伊丹は異世界に架設された自衛隊の駐屯地で、日本から持ち込まれた食料に口をつけていた。

 今日のメニューはカレーである。

 野菜がたっぷりと煮込まれた、栄養価の高いものだった。

 「門」が現れて数日間、盛り上がる世間とは裏腹に、自衛隊は戦っていた。

 バルタン星人が引き起こした反重力現象の影響で大した犠牲を払うことなく大量の捕虜を手に入れることができた。

 しかし、依然として開いたままの「門」からは、次々と後続の異世界からの侵略者が入ってくる。

 市民の平和を確保するためにも、自衛隊は異世界に入ることを決定した。

 内閣総理大臣からの命により、異世界の「門」が置かれているアルヌス周辺に仮設基地を作り、そこから侵略者たちを迎え撃ったのである。

 敵の戦力は前時代的なもので、鎧をまとい剣を振り回し、馬で駆けてくるといったものだった。

 対して自衛隊は新式の長銃など火薬兵器にて、遠方から火の雨を敵に対して降らせた。

 結果、侵略者たちはなすすべもなくその身を骸に変えたのである。

 もちろん、これで終わったわけではないことはわかっている。

 時の首相である北条重則は、異世界を日本国領の特別区と認定。

 事態の収束を図るためにも、自衛隊を送り出すことを決定したのである。

 敵は数を率いて再びアルヌスにやってきた。

 前近代時代の戦ならば、戦いは数というふうに決まっていたため、明確な脅威となったであろう。

 しかし、近代の火薬兵器を持ち込んだ日本軍は、瞬く間に異世界の軍隊を壊滅させてしまったのである。

 捕虜から、侵攻してきたのは帝国と呼ばれる国であることを聞き出した日本国は、報いを受けさせるために直ちに自衛隊を派遣したのである。

 その部隊の中に、銀座事件にて英雄となった伊丹耀司の姿もあった。

 警官や民間人と協力して皇居に籠城し、侵略者たちと戦った彼の功績は評され、二階級特進した。

 あれよあれよという間に、自衛隊の異世界派遣が決まり、伊丹もその部隊の中に組み込まれることとなったのである。

 何でこうなっちまったのかと、本気で頭を抱える伊丹の眼前で、倉田三等陸曹が同じようにカレーが盛られた皿をテーブルの上に置いた。

 

「しっかし、凄いことになっちゃいましたね。まじでファンタジーの世界に来ちまったとか……」

「俺としては、フィクションはフィクション、現実は現実のままがよかったけどな」

「何言ってるんですか、ファンタジーですよ!ファンタジー!エルフにドワーフに獣人に魔法に妖精。漫画や小説の中でしか存在しなかったあんな存在やこんな存在が!くぅ、俺、めっちゃ楽しみっすよ!」

「君は毎日が幸せそうでいいなあ」

 

 倉田は北海道の名寄駐屯地から派遣されてきた21歳のまだ若い隊員だ。

 伊丹が上下関係についてはとかく厳しくは言わないことを悟ると、こうして気軽く話しかけてくるようになった。

 倉田もアニメやゲームといったサブカルチャーが好きであり、オタクである伊丹とは話もウマもあった。

 現在、敵軍が壊滅しその報告を上のお偉方にしている最中であり、現地に派遣された自衛隊員にとって束の間の休息となっている。

 

「それにしても、伊丹二尉はウルトラマンとバルタン星人を生で見ることができたんですよね?」

「ああ」

「いいなあ、俺も生ウルトラマンを見たかったっすよ!!」

 

 どうでした、どうでしたと当時の様子を尋ねてくる倉田をいなしながら、伊丹は回想する。

 伊丹は一般に特撮オタと呼ばれるようなオタクではない。

 しかしウルトラシリーズの何作かは子どものころに見たことがあったり、動画サイトでバルタン星人回だけを編集した動画を見たことはある。

 男としては、ウルトラマンは義務教育。

 その上で、銀座事件当時のことを思い出す。

 ――――桁が違う。

 彼が自衛官という、国家の安全保障を担う、武力に携わる仕事に就いていたこともあるかもしれないが、それでも生のバルタン星人は、もの凄いものだった。

 皇居に避難した民間人と共に遠目からその光景を眺めていたが、伊丹には後ろで写真を撮っていた民間人と同じ楽観視することはできなかった。

 個体としての戦力差がありすぎる。

 仮に自衛隊がバルタン星人と戦ったとして、勝てるのだろうか?

 いや、人類が全戦力をかけて打倒することが必要となる相手だろう。

 しかも今回現れたのは一人だったが、もしも数が多かったらどうなることか。

 絶望的だ。

 テレビのように、ウルトラ警備隊なる科学特捜隊はこの世に存在しない。

 だから伊丹は、空の裂け目からウルトラマンが現れたときには安堵のため息をついた。

 助かったと、心の底から思ったのである。

 それからいろいろあって、あれよあれよと異世界にいる。

 自衛隊の部隊は二つに分けられ、異世界へと赴く舞台と、再びバルタン星人がやってたところに迎え撃つ部隊とで地球と異世界――――特地と名付けられた世界を行ったり来たりしている。

 さすがに自衛隊はプロであり、相手の戦力を過小評価したりしない。

 特地に派遣される部隊よりも、日本に残る部隊の方が目が血走っていたことを覚えている。

 伊丹も、特地に派遣されることが決まった時は、不謹慎だがほっと息をついたのである。

 幸い、まだ再びバルタン星人が日本に現れることはなかった。

 バルタン星人、及び現れる可能性のある他の侵略宇宙人に関しては、日本の国防だけではおさまりがつかない事態であるので、近々国連で話し合いが行われるそうである。

 現在国会では、ウルトラマンの第二話を視聴しながらあーだこーだ話し合っているのだそうだ。それも真剣に。

 普段なら笑い飛ばせるようなことだろうが、今はそんなことも言ってられない事態なのである。

 日本は、良くも悪くも平和な期間が長かった。

 それはそれですばらしいことなのだろうが、悪く言えば危機感が薄いのである。

 世間ではウルトラマン及びバルタン星人を受け入れるような報道をしている。

 仮にバルタンが侵略してきても、再びウルトラマンが助けてくれるだろうという確信を持っていた。

 しかし、自衛隊など国防に携わる人間からすると、ウルトラマンが助けてくれることなどという不確定要素に任せるわけにはいかないのだ。

 巨人および怪獣が現れたとしてその時市民を誘導するためにはどうしたらよいか。

 被害を抑えるためには、どれほどの軍備が必要になるか。

 敵は創作(フィクション)の中の住人なのである。

 設定がどれほど合致するのかはわからないが、戦闘を想定するためにはそのデータを信用しなければならないのだ。

 伊丹は、バルタン星人は嫌いではなかった。

 有名だし、造形もインパクトがある。

 それでも、仮に自分が戦うことになるかもしれない相手に対して、情を抱くわけにはいかなかった。

 だから、眼前で喜ぶ倉田の言葉に対しては、同意をすることができなかったのである。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 寺島は自分の住んでいる古いアパートの中で、一人テレビを見ていた。

 映像で映されているのは、「門」の姿だ。

 現在自衛隊によって辺りを封鎖され、「門」自体もビニールシートなどをかぶされて隠匿されてある。

 その光景を、ヘリコプターから撮影し、アナウンサーが解説しているのだ。

 細められた寺島の目は、その光景を射抜いていた。

 「門」の存在について、寺島が知ったのはゼロが自分の宇宙に帰ってからである。

 テレビでも新聞でも、ネット上にもその存在を確認する手段があふれていた。

 ()()()の時のためにも、彼は情報を収集して数日、違和感を覚えた。

 なぜ、次元のつながりが閉じないのか。

 怪獣墓場のように、マルチバースすべてにつながっている特殊な場所もある。

 しかしそこは不思議な力によってあふれており、ありていえば危険な場所なのだ。

 また、ゼロやノアの神のように一時的に次元を超越することができる存在もあるが、それも一時的なものである。

 ずっと異なる次元をつなげていることなど、できるものなのか?

 仮にできたとしても、膨大なエネルギーが必要なはずである。

 それをまかなうだけのエネルギー、及び回廊を安定させるための装置が、エネルギーに耐えきれるのか。

 かつて科学者として生きたバルタンの知識が、「門」の危険性について明確に答えをたたき出してくる。

 そして湧き出す、好奇心。

 いや、知識欲ともいうべきものだ。

 これまで眠っていたそれらの感情が、寺島の中にむくむくと沸き上がってくる。

 彼の頭にいくつも浮かんでは消える仮説。

 しかし仮説は仮説でしかない。

 証明するためには、――――――

 

 その日、一人の人間が数日間、地球から姿を消した。

 誰にも悟られず、何にも記録されずにバルタン星人テラーは、特地の大地に降り立ったのであった。

 

 

 

 

 

 


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