地球において、「竜」は東西問わず、広範囲に分布して存在している。
漢書においては、竜は様々な動物の部位の
頭は駱駝に似る。
角は鹿に似る。
目は鬼に似る。
耳は牛に似る。
腹は
鱗は鯉に似る。
爪は鷹に似る。
掌は虎に似る。
東洋、西洋合わせて伝えられている竜の姿は、様々であるものの、そのほとんどがこのようなキメラ型になっているのに異論を唱える者はおるまい。
そして、竜を爬虫類足らしめる最大の要素として、蛇が挙げられる。
蛇のように長い体躯に、もろもろの要素を取り付けたものが、竜としての姿なのである。
どうして蛇が取り入れられたのか、それは不明である。
世界最古の竜といえば、古代バビロニアの創世神話に登場するマルドゥク神に討伐され、天地創造の礎となった水神ティアマトだろうか。
はるか古代においては、人間にとって蛇は聖にも邪ともなる存在だったのだろう。
そして中世、近世を経て現代にいたるまで、蛇の体躯にさまざまな動物の脅威を集め、具現化したものが「竜」なのである。
「竜」はそのほとんどが絶対的な力の持ち主として描かれる。
人間よりもはるかに大きな体躯、天候を操り、厄災を生み出す権能。
そしてその悪役としての顔は、みごと討滅せしめた人物の威光を示すのにぴったりなのである。
何が言いたいかというと、そんな恐ろしい「竜」に、伊丹たち自衛隊は今追い回されていたのである。
日がまだ天高く昇る時間、遠くに見える山々のはるか向こう側から、赤い悪魔はやってきた。
古代龍に分類される炎龍は、巨大な体躯を維持するために長い間休眠している。
そしていざ起きると、活動するための大量のエネルギーを摂取するために、動物を襲い、その血肉を糧とするのである。
人間は竜にとって、格好のエサなのだろう。
コダ村の住民は、近隣の村が炎龍に襲われたとの報告を受け、ただちに避難を開始した。
彼らが作るキャラバンは、各地から避難してきた他の村の住民たちが合流し長蛇の列を作っていた。
人の波を横目に、伊丹たち自衛隊も車に乗って走っていたのである。
彼らが行軍するスピードは遅く、AT車のクリープ現象を利用してのろのろと走っていたところを、襲ってきたのであった。
赤い龍の片目には、矢による傷があった。
炎龍がエサを探す中、コダ村を含む住民たちが避難し住居を放棄したために、ここまでエサを求めてやって来たのである。
炎龍の咆哮が天に轟き、人々が混乱する中、自衛隊も行動を開始する。
車から轟音が響き渡り、先ほどの何倍ものスピードを伴って発進、竜の周囲でかく乱する。
彼らが今回特地に持ち込んだ火器は、主に六四小銃。
12.7mmの銃弾が炎龍の身体に当たり、火花を散らした。
しかし、絶対者として君臨する炎龍の装甲は厚く、期待していたような戦果は得られなかった。
かの全身を覆っている鱗は固く、銃弾をはじく。
かの大きな口から放たれる炎はすさまじく、十分な距離をとって回避したとしてもその熱気を感じ取ることができる。
かの巨大な体躯に似合った剛爪は、大地をうがち、天を割く。
異世界を相手にして圧倒的な技術を持つ日本の自衛隊からしても、こんなのどうしろとと言わしめるような存在だった。
まさしく、絶対者であった。
それでも、炎龍に対して自衛隊は自らの牙を突き立てていく。
満足なダメージが与えられないとしても、牽制の意味合いを込めた銃弾が、先ほどから雨のように炎龍に殺到している。
その銃弾の雨を、炎龍は煩わしそうに装甲を持って受ける。
蚊に刺されたようなダメージであったとしても、休みなく浴びせられる攻撃に、うんざりしたように尾を振り回す。
自衛隊と炎龍、ともにスピードを出すことができる手段を持っているが、有利なのは圧倒的に炎龍だった。
かの翼をもって、空を悠遊と飛ぶことのできる炎龍に対して、自衛隊はトラックで地面を這いずり回ることしかできない。
弾丸の雨が、炎龍の頭部に集中される。
それを嫌がって、炎龍が空に逃げる。
先ほどから彼らの特大の火力をお見舞いするために隙を伺っているのだが、巨体に似合わぬ俊敏さと、空を飛ぶことのできる炎龍の機動力に圧倒されて、狙いを定めることができなかった。
ましてや、彼らは常に動き続けていかなければならない。
炎龍がいつまた、炎を吐き、爪を立ててくるかわからないのだから。
ある自衛隊員の口から舌打ちが聞こえてきた。
千日手、いやこちらの燃料が切れるのが先か。
このまま迎撃を続けていても、こちらが不利となることは明白である。
どこかで、明確な隙を見せてはくれないものか……。
祈りか、願いか、彼らのそんな思いが届いたのか、炎龍がふと、動きを止めた。
空を滑空していた炎龍が突然鳴き声を上げると、そのまま地面に向かって墜落していったのである。
大きな砂ぼこりをたて、巨体が堕ちる。
地についてからも、もがき苦しむように全身をしきりに動かしていた。
妙にも思ったが、千載一遇のチャンスである。
「後方の安全確認!」
体に染みついた普段の訓練通りに、パンツァーファウストが発射される。
どこか目の前で見ている光景がスローに見えてくる。
土煙を立ててもがき苦しんでいる炎龍に対して、ゆっくりと近づいていく超威力の弾頭。
それはそのまま、炎龍の左肩辺りに着弾、爆発。
爆発で肩の鱗や肉をえぐり取られた炎龍はたまらず、空の彼方へと去っていく。
豆つぶよりも炎龍の影が小さくなるのを見届けると、自衛隊員たちはほっと一息ついた。
彼らは一先ずではあるが、絶対者を退けることができたのである。
周りの人間が沸いた。
◆
『デシ!!』
人の壁を押しのけ、自衛隊のトラックの方へと走ってくる男がいた。
ヨタであった。
幾分汚れを落としたらしい彼は、これまた良い顔色を取り戻した息子のもとへと戻って来たのである。
『父ちゃん!』
先ほどまでトラック内で寝かされていたデシは、その中で緑色の人々が、炎龍を撃退する姿を見ていた。
パンツァーファウストが炎龍の左肩に着弾し、逃げていく炎龍を姿を見送るまで、彼の震えは止まることを知らなかった。
彼のとなりには、父の姿はなかった。
周りでせわしなく動き、声を放っている自衛官の姿はあったが、彼は一人だったのである。
彼にとっては、それは永遠にも等しく感じられた時間だった。
ようやくその地獄から抜け出すことができた彼は、父の足元に抱き着いて大声をあげて泣いていた。
ヨタは泣き叫ぶ息子を抱きかかえると、トラックから出てくる自衛官の方に歩み寄っていく。
『すまない、息子が世話になった』
「……えーっと、『こんにちは』」
『君たちには返しきれないほどの恩がある。何か俺に手伝えることがあれば、何でも言ってくれ!』
「……だめだ、言ってることわかんねえ」
まだ特地の言葉を学び始めた伊丹にとって、ヨタが話しかけてくる言葉は難しすぎた。
しかし、どうやら好意的な態度ではあるらしい。
顔を見ても、喜びや嬉しさであふれていることから、息子が助かったことに対して礼を言いたいのだろう。
伊丹はそう推測した。あながち間違えでもなかった。
ヨタは右手を差し出した。
親愛の握手だ。
異世界にもそのような風習があるのかと、伊丹も右手を差し出す。
力強く、伊丹の手が握られる。
でかくてざらざらした手だった。
『ねーえ、ちょっといい?』
彼らの間に入って来たのは、黒のゴスロリだった。
白い意匠をこらしたハルバードを担いだ彼女は、伊丹とヨタの方へと近づいていき、そう言った。
『……これは、もしやエムロイの神官であらせられる、ロゥリィ・マーキュリー聖下ですか?』
『ええ、そうよぉ』
『お会いできて光栄です』
そう言って頭を垂れる。
伊丹には言葉は理解できなかったが、ヨタの態度から目の前のゴスロリが何か高貴な身分にある方なことが見て取れた。
ロゥリィは頭を垂れるヨタの方を見ていた。
口元には笑みが浮かんでいる。
しかし、目は笑っていなかった。
傍らにはまだ幼いデシが、父に侍って立っている。
『あなたの息子かしらぁ?』
『ええ、名をデシといいます。緑色の彼らに息子を助けていただきました。感謝が絶えません』
『そう、良かったわねぇ』
そう言うロゥリィの視線は、ヨタに固定されていた。
ヨタは頭を垂れているため、その様子に気が付かない。
いつの間にか生まれていた妙な緊張感に、デシは一歩後ろに下がった。
周りにいた自衛官も、その奇妙な空気に顔をしかめている。
『突然だけど、あなたの名前を伺ってもいいかしらぁ?』
『はい、ヨタといいます』
『あなたの周りで、昨夜何か起らなかった?』
『炎龍が私の村に来ました。応戦しましたが、力及ばず、村は破壊されました。他の皆とははぐれてしまい、ここまで息子と二人で彼らを探しているところです』
『そう、それはご愁傷様ぁ』
『ロゥリィ聖下にそう言ってもらえるとは、亡くなった村のものも無事エムロイの元にたどり着けることでしょう』
『そうねえ……、そうだといいわねぇ。間違ってもハーディのところになんて行かない方がいいわよねぇ』
『村の男は皆、勇敢な戦士です。女子供もそれに負けず、強い。此度の災厄にも負けない強さを持っております』
『ところで、昨夜
『―――――』
『その中にあなたのそっくりさんがいたのよねぇ。……名前は確かぁ、ヨタって言ったかしらぁ』
ロゥリィの纏う雰囲気が変わった。
ヨタが恐る恐る顔を上げる。
絶句した。彼女の顔には、笑みが浮かんでいた。
ただ、目は笑ってはいなかった。これっぽっちも。
それが壮絶さを物語っていた。
『ねぇ、どうしてかしらね。私が確かに感じた魂と、
ロゥリィが自らの身丈を超える得物を器用に振り回す。
それはちょうど、断頭台のギロチンに似ていた。
ヒュッと、風を切る音と共に、ヨタの首が宙を舞った。
一筋の赤い雫が、後ろのデシの顔にかかった。
ヨタの体が力なく、地面に倒れ堕ちていく。
デシはいきなり起きた目の前の光景に、ふっと意識を飛ばした。
◆
殺った!?
伊丹は突然黒のゴスロリが男の頭を吹き飛ばすのを見た。
彼には特地の言葉で話されている内容は理解ができなかった。
しかし、得物を持った少女が、尋常ではない空気を醸し出していることは理解できた。
いったい何が起こっているのか。
次の瞬間には、人が殺されていた。
目の前で、あっけなく。
何のために?何の理由で?
それを理解できないまま、男の胴体と頭部が、離れていったのである。
他の自衛官たちも息をのんでその光景を見守っていた。
『……どうしてぇ?』
沈黙を破ったのは、ハルバードで頭を刈ったロゥリィだった。
彼女の顔には、わかりやすい驚愕の色が見て取れた。
伊丹たち地球の者たちにも、彼女の反応は奇妙に思えた。
次の瞬間、地面に倒れ伏したヨタの身体が、起き上がった。
それはあり得ない光景だった。
ロゥリィも伊丹たち自衛官も、周りにいた特地の人々も信じられるものではなかった。
ヨタの身体はひとりでに足を動かし、とんで行った頭部を掌に納めた。
そしてそれを無理やり首と接着する。
首から流れ出る血液が、ビデオの巻き戻しのように戻っていく。
まるで魔法のような光景だった。
瞬く間に、ヨタの分かれた頭部と身体がくっつき、いつものヨタに戻ったのだ。
「やれやれ、これほど早く見つかるとは……」
ヨタの口から漏れ出た言葉は、日本語だった。
「どうやら『神』という存在を、私は甘く見ていたようだ」
そう言って、呆然としている周囲の視線を集めながら、ヨタが指を鳴らした。
次の瞬間には、ヨタはヨタとしての姿をしていなかった。
黒色っぽい灰色の体躯。
両腕につけられた大きな二つの鋏。
大きな二つの眼。
セミのような顔。
「……バルタン星人」
自衛官の一人がつぶやいた。
伊丹は再び、あの日銀座で目撃したバルタン星人を、この特地の地で見ることとなったのである。
バルタンは合成音声のような、低いノイズの混じった声で自衛隊に話しかけてきた。
「やあ、日本の自衛隊の諸君。君たちの知っての通り、私がバルタン星人だ」