シベリア送り25ルーブル
「……なあ」
「……なによ、早くしなさいよ」
人気の無い校舎の一角で、俺は頬を赤くした女の子と相対していた。
「……でもさ」
「いいから!やれって言ってるの!」
女の子は怒ったようにそっぽを向いてしまう。俺は震えながら女の子へと手を伸ばし、
「無理だよ!寒すぎんだよ!いいからそのホッカイロ、俺に寄越せ!!」
「寒くなきゃ、シベリア送りの意味無いじゃない!」
「そもそもなんで俺こんなことしてんだよ!」
「アンタが気安くカチューシャの頭を撫でるからよ!!」
女の子ーーカチューシャが頬に当て暖をとっているホッカイロを奪おうとした腕は空を切り、逆に叩かれてしまった。
人気の無い、そもそも日当たりが悪く寒いせいで人が来ない教室に俺とカチューシャは2人きりだった。が、何もロマンチックな雰囲気は無く、俺がひたすら書類と睨めっこしているのをカチューシャが上から命令してくるだけだ。そもそも俺が処理している書類は戦車道の物で、俺関係ないんだけど!
「はやくしなさいよボルシチ!夕方から夜にかけてもっと寒くなるんだから!」
「その名で呼ぶな!地味に浸透して、今じゃ1年にも呼ばれてんだぞ!」
「あら良いじゃない。私は好きよ、ボルシチ」
「そ、そういう意味じゃ無いし……」
「何?照れてるの?顔赤くしちゃって、可愛いとこあるじゃない!」
「ちげぇよ!寒いんだよ、この鬼畜幼女!!」
「なっ!?カチューシャを怒らせたわね!この、ウドの大木!!」
「上等だ、今日で三年間の因縁に決着をつけてやる!!」
椅子から立ち上がる俺と教壇の上に立つカチューシャ。目線の高さはあまり変わらない。睨み合いながら、この三年でカチューシャと相当喧嘩してるな、と思い出していた。
一年生の春、
クラス発表の掲示板の前で名前を探していた俺にぶつかってきたのがカチューシャだった。
『すまん。小さくて見えなかった』
当時から身長180後半だった俺は咄嗟に口から出た言葉ですぐに謝った。が、謝り方が悪かったんだろう。額に青筋を浮かべたカチューシャが、
『あら、そこまで無駄に大きいと動きも鈍いノロマになるのね。以後気をつけるわ』
もともと喧嘩っ早い俺があからさまな挑発に乗ってしまい、風紀委員が止めに来るまでに取っ組み合いする程に発展していた。それからというもの、顔を合わせれば喧嘩する様になっている。まあ取っ組み合いは最初の1回だけであとは口喧嘩で収まっているし、学年が上がるにつれて仲は改善されて今じゃ一緒に街に行くことだってある。今みたいに喧嘩になる方が多いけど。それに風紀委員との関わりがそこで生まれたために今じゃ副風紀委員長なんて大層な役職についてるわけでもある。
「だいたいなんでいつも私の頭に手を乗せるのよ!」
「置きやすい位置にお前の頭があるのが悪いんだよ!」
「なによ身長自慢!?無駄にデカイだけでしょ!!」
「無駄じゃないですぅ!そっちこそ無駄に小さいくせに生意気な!!」
「2人ともそこまでです」
ヒートアップしていく俺らとは別の、冷めた声が割って入る。いつの間にか開いていたドアから女子2人が入ってきていた。
「ノンナ!クラーラ!聞いてよ、ボルシチが!!」
「はあ!?俺なんも悪くねぇだろ!」
『喧嘩するほど仲がいいというやつですね、同志ノンナ』
『そのようね。……忌々しいですが』
「「日本語で話せよ(話しなさいよ)!!」」
「……2人とも息ピッタリですね」
溜め息を零し俺を恨めしげに睨むノンナと何が面白いのか微笑んでいるクラーラ。2人も戦車道の受講者でノンナは副隊長としてカチューシャの面倒を見ている。そのせいか、ことある事に俺を睨んでくるのにもいい加減慣れてしまった。プラウダ校生なのにロシア語が苦手なおかげで怒りも鎮火した俺とカチューシャは席に座り直し、まだ手を出していない書類に取り掛かる。
「……って、なんで俺やらされてるんだよ」
「誰が先週の土日にカチューシャを街に連れ出して遊び回ったんでした?」
「うっ!」
「遊び疲れたカチューシャが書類整理もせずに寝たのは誰のせいでしょうね?」
「……俺のせいです、はい」
「だったら無駄口叩かずにやりなさい」
「……Да」
刺のある言葉で刺されまくった俺は黙々と作業に勤しむ。途中何回かカチューシャに聞いたり、間違えを指摘されながら書類整理を進める。ノンナの厳しい視線に耐えながら、カチューシャに目を向ける。偉そうにふんぞり返り、ドヤ顔で俺を見下している。ちっこいクセに傲慢で横暴、小さな暴君と呼ばれるのもわかる。付き合ったりしたらカチューシャからこき使われて、世間の皆様からはロリコン扱いされること間違いなしだ。なのに何故、
(俺は惚れてしまったんだ!?)
最初は仲が悪かったし、そんなこと考えもしなかった。しかし、関わりが深くなるにつれて子供っぽい所をフォローしなきゃいけないと思ったり、我が儘言われるのが苦じゃないと思い始めたりして最終的に惚れてしまっていることが判明した。さっき言われた頭を撫でるのだってそうだ。最近、カチューシャと触れ合いたい気持ちがどうも先走ってしまう。考え出したら顔に出てしまいそうなので、頭を抱えたくなる気持ちを押さえつけ、書類整理に没頭する。が、
「ボルシチ、頭にゴミ付いてるわよ」
「え、マジ?どこ??」
「そっちじゃないわ。ほらここに……ね?」
「サンキュ……っ!?」
頭の横に手を添えられ、カチューシャとの距離が近い。そのせいで、顔が赤くなってしまったようで、
「な、なんで顔赤くしてるのよ!?」
「あ、赤くねぇし!寒いだけだし!!」
「そんなボルシチみたいに赤くなってたら説得力無いわよ!!」
「だから寒いからだって!……って、なんでカチューシャも赤くなってんだよ!?」
「あ、あんたにつられたのよ!あんたが赤くなったりするから悪いの!!」
「通用するか、そんな言い訳!鏡でカチューシャの顔見せてやろうか!」
「ああもううるさい!ちょっと黙りなさい!!」
「ぐぅっ!?」
言い合いに発展しお互いの額をぶつける勢いのせいで鼻先が触れそうな距離になった時、顔をカチューシャの手が挟んで変な声が出た。けどこの状況、なんかこう……キス直前みたいな体勢だな。
「……」
「……なにか言いなさいよ」
「……黙れって言ったのお前だろ」
「うるさい」
カチューシャも何故か大人しくなり、互いの視線が絡まる。少し潤んだカチューシャの瞳に吸い寄せられる様に距離が縮まってーー
「死にたいようですね、ボルシチ」
「「わあぁっ!?」」
突然発せられた言葉に飛び上がり、椅子から転がり落ちた俺とクラーラに抱きとめられているカチューシャ。そして視線で人が殺せそうなノンナが黒光りするなにかを握っている。って、
「ノ、ノンナ様、それはマカロフじゃ……。モデルガン、ですよね?」
「貴方の頭で試してみましょうか?」
「やめてください。死んでしまいます」
祈るように手を合わせ懇願の姿勢を見せていると、今日何度目かの扉の開く音が聞こえた。
「あ。ボルシチ先輩だば、こさいっだなが」
「隊長と副隊長もいっだの」
ひょこっと扉の影から顔を出したのは、これまた戦車道受講者の後輩ニーナとアリーナだ。神に祈りが届いたようだ、これからは毎朝祈りを捧げよう。3日で飽きると思うけど。
「おうボルシチ先輩だ。どーした?」
「風紀委員長が鬼の形相で探してましたよ。あのデカブツだばどごほっつきあるいっだなや!みだいな感じで」
「隊長も。今日夕方がら聖グロの隊長さんがこっちゃ来るって」
「マジか!?やっべぇ!悪ぃカチューシャ、俺行くわ。埋め合わせは後日必ずするから!!」
「しょーがないわね。いいわ、行きなさい」
「恩にきる!」
やっぱり神に祈るのはやめよう、早速俺を殺しに掛かってきてる。手早く筆記用具を回収し俺は扉から飛び出し……と。その前に。
「ニーナ、アリーナ。教えてくれてありがとな」
「えへへ~。礼には及ばねぇですよ~」
「んだんだ。当たり前のことですよ~」
教えてくれたニーナとアリーナの頭を撫でる。この子らもちっこいからなんか撫でたくなってしまうのだ。こらそこ、ロリコンとか言うんじゃねぇ。
「いいからさっさと行きなさい、よっ!」
「いってぇ!何も蹴ることねぇだろ!……でもまあ、その通りだからな。ホントすまねぇ、またな!」
尻にカチューシャの鋭い蹴りが入ったし、今度こそ退散しよう。扉から飛び出した俺の視界の隅で、カチューシャが小さく何かを呟いた気がした。
***
「……バカ」
「隊長も好きなら好きで言えばいなさ」
「なっ!?」
ボルシチがいなくなった教室で、カチューシャは少し寂しそうに溜息をつき言葉を零す。が、ニーナに聞こえていたようで思いがけない突っ込みに動揺を隠せていない。
「別に好きじゃないわよ、あんな奴!!」
「でもカチューシャ様、さっき凄く寂しそうでしたよ?」
「んだんだ。ボルシチ先輩を見る目が恋する乙女だけよの~?」
一年生二人にクラーラが加わり、姦しくなりカチューシャの顔が赤くなる。
「あ、アンタたち!粛清するわよ!?」
「ちなみにカチューシャ様、ボルシチは優しくて格好いいと女子に人気ですよ?」
「え。……そ、そうなの?」
「んです!クラスの中には付き合いたいって子も多いですよ!」
「ボルシチ先輩、背もたっげし勉強もスポーツも万能、それに風紀委員までやって「ーーバァァン!!」
『ビクッ!?』
喧騒を断ち切るような机を叩く音。ビクつく4人の視線を集めるノンナがゆらりと幽鬼の様に顔を上げる。
「いけません、カチューシャ。あんな男の情報を耳にしては」
「え、いや。ボルシチが周りからどう見られてるのか気になるし……」
「聞かなくても大丈夫です。男は皆ケダモノと決まっています」
「け、ケダモノ?」
「隙あらば家やホテルに連れ込んでいかがわしい行為を目論む輩の事です」
「??よくわからないけど、ボルシチの家になら何度も泊まってるわよ?」
『!?』
空気に罅が入る音が確かに聞こえた。クラーラは驚きと好奇心で、ニーナとアリーナは良からぬ妄想で顔を赤くしている。ノンナに至っては顔の表情が全て抜け落ち、全身から黒いオーラが立ち上っていた。
「……ボルシチの家で何をしていたんですか?」
「え、えっと。夜通し……」
『夜通し!?』
「べ、ベッドの上で……」
『ベッドの上!?』
「ア、アンタたちさっきから怖いわよ!!」
鬼気迫る表情で詰め寄ってくるノンナ達に痺れを切らしたカチューシャは、逃げるように教壇の影に隠れた。しかし、意味深な所で言葉を切ったせいでノンナの表情は般若のそれとなり、
「……カチューシャ、少し野暮用を思い出しました。ダージリンとのお茶会に少し遅れます」
「あ、うん。いってらっしゃい……」
マカロフのセーフティを外したノンナは眼光鋭いまま教室を出ていった。残された怯えたままのカチューシャと少し冷静になったクラーラ達が静かにボルシチへと黙祷を捧げるのであった。
「それでカチューシャ様。結局ボルシチの家で何をなさっていたのですか?」
「え?普通にゲームだけど」
「……ダスビダーニャ」
哀れボルシチ。クラーラがなんとも言えない表情でボルシチに別れを告げた時、校舎のどこかで銃声が轟いた。
「でもボルシチ先輩もいい加減気づいてもいなさ」
「んだの~。隊長のアプローチに全く気付かないなんて、鈍感にも程があるの~」
「え?そ、そんなにわかりやすい??」
般若と化したノンナの怒気に当てられたのか、隠していることも忘れ後輩二人の意見に耳を傾けるカチューシャ。
「だって隊長だば、自分の好物のあだ名を付けたり」
「ボルシチ先輩だけ、ことある事にシベリア送りにしてたり」
「土日におめかししてボルシチに会いに行ってれば」
「「「誰だって気づくと思います」」」
「そんなに合わせていうことじゃないでしょ!?でも……うぅ~」
顔を赤くしてうずくまるカチューシャ。その姿に3人は『プラウダ高校生全員、カチューシャの思いを知っている』という言葉をそっと胸の中にしまい込んだ。
「いい加減、告白なさってはいかがですか?」
「ま、まだダメよ!冬まで待って冬将軍を味方にしないと!!」
「隊長、冬将軍がもう2回来てるって聞いたんだども」
「うっ!……あっちが告白するまで粘る」
「恋愛で持久戦はご法度ですよ」
誘引、包囲は出来ているのがなんとも言えないと思うクラーラ。その後も色々と言い訳を捲し立てた後、聖グロリアーナの隊長とのお茶会に逃げ出したカチューシャの後ろ姿を見送った3人は同時に溜息を吐いた。
地吹雪のカチューシャ。その名の通り、まだ春は来そうにない。
ガルパンで一番好きなキャラはカチューシャ様です!肩車したい。
なので今後もカチューシャ様の話多いかもしれません。仕方ないよね、だってカチューシャ様可愛いものw
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