肩を並べてゆらゆら揺れる2人を乗せてバスは行く。静かな車内は今日も仄暗かった。隣の座席に目を見やると、一日学業に勤しんだ疲れからか、ひゃみさんは単語帳を膝上で開いたまま、うつらうつらと首を前後している。バスが大きく揺れたのに合わせて、その虚ろな瞳がパチッと見開かれた。微笑ましい気分を覚えながら僕は言う。
「大丈夫?着くまで寝てたら?」
「うん、うん、大丈夫だよ…」
眼(まなこ)をこすらせながら彼女は応える。言葉に反してその声は今にも消え入りそうだ。
「着いたら起こすよ。」
「………………………」
ひゃみさんの反応はすでになかった。僕は淡い期待を抱きながら、微かにではあるが、体を左へと傾けつつ、その表情を伺う。普段は目を合わせることすら稀なのに、今ならその容貌をこんなにも近くに感じることができる。艶やかな髪に、綺麗に整えられた前髪ー閉じられた瞳を覆うのは長く沿ったまつげ、その下にはー
うっすらと隈(くま)が見える。
(疲れてるのかな…)
透曰く、彼女はいつも誰よりも早く学校に来て教室で黙々と勉強しているらしい。因みに透も朝が早い族の1人なので、よく通学バスで一緒になるそうだ。
その話を聞いた時は少しだけ透に嫉妬しつつも、僕も偶然を装って同じ便に乗ろうと何度か試みた…が、結局朝が弱い自分には不可能だと悟った。
ひゃみさんの顔をまじまじと見ていると、なんだかやけに顔色が悪いようにも見える。車内の照明のせいであってくれればよいのだが…
なんとなく後ろめたい気持ちになったので、僕は居住まいを正し、窓の外へと視線を移す。
雨こそ降っていないが、おどろおどろしいまでの暗雲が、空一杯に立ち込め、辺りを闇に包もうとしていた。
※
2人の行き先は作戦室。今日は謹慎解除後、初の防衛任務だ。合同で風間隊も任務に就くと聞いている。ひゃみさんが新しい作戦室を訪れるのは、今日が初なので、僕が先導して本部の廊下を歩く。ただ単に、並んで歩くのが気恥ずかしい、と言うこともあるのだが…
「くしゅん、」
その音に僕は振り返り、ひゃみさんに問う。
「本当に大丈夫?」
「平気だよ。バスの中で寝てたから、ちょっと体が冷えただけ。」
その笑顔を見て僕は確信する。
"また、無理してるな…"
こんな時、どういう言葉をかけるのが正解なのだろう?どうすれば彼女の力になれるのだろう?僕にはそれが分からなかった。
そのまま暫く二人で歩き続け、ようやく作戦室にたどり着く。ドアが開くと、二宮さんが立ち姿でジンジャーエールを飲んでいた。見慣れた光景に僕は少しだけ、胸を撫で下ろしたのも束の間ー
「あの…この間はいきなり帰ってすみませんでした。あと、荷物…移してもらってありがとうございます。」
部屋に入るなりひゃみさんは深く頭を下げる。
完全に失念していた。二宮さんとひゃみさんが顔を合わせるのは、ひゃみさんが旧作戦室を飛び出していったあの日以来だと言うことを…
「礼なら犬飼に言え。」
いつもと変わらぬ口調…だからこそ窺いしれない二宮さんの表情。しかして、二宮さんもひゃみさんもそれ以上言葉を交わすことはなかった。それ以降、室内には重苦しい空気が流れている。無論、三人の内誰一人として言葉を発するものはいない。無力な僕は、犬飼先輩の到来を待つほかなかった。
"ゴゥーン"
拷問にも等しい時間がやっと終えるー
「あら、B級と言っても意外と広いのね。」
はずだった。