二宮隊の夏   作:てしてし

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12.夕凪のコンツェルト

今日一日溜め込んだ憂さを目一杯晴らすかの如き熱気が、学校全体を覆う。それは教室の窓を突き破るかの如き、けたたましい吹奏楽部の音出しであり、武道場からここまで響いてくる癪な奇声であり、グラウンドから突き刺さるように届く甲高い打球音であった。

 

"この感じにはどうも馴染めないな…"

 

放課後の熱気にあてられた僕は、涼しい風を求めて1人屋上にいる。今日は、4ヶ月に一度の本部基地の清掃・点検の日であり、上層部と一部の実働部隊・エンジニアを除いて一般職員、及び隊員は非番だ。大体B級ランク戦の二日前、というのが恒例になっている。

 

放課後の喧騒…もとい活気の中で、ふと異質な声音を耳にする。気になって中庭側のフェンスに近づくと、こちらの校舎とあちらの校舎を結ぶ4階(最上階)の渡り廊下にズラーと整列した男女が、すごい声量で

「ア・エ・イ・ウ・エ・オ・ア・オ」とか

「カ・ケ・キ・ク・ケ・コ・カコ」だとか叫んでいる。

 

"なにしてるんだろう、アレ"

暫く凝視していると、そのうちの一人がこちらに気づいたようだ。顔の表情までは判別出来ないが小柄な、恐らく短髪黒髪の少女がこちらを見ている。そのシルエットはどことなくひゃみさんに似ていた。

 

"ひゃみさん、大丈夫かな……"

 

思い出したように思いを馳せる。昨日、任務前に熱を出したひゃみさんは大事を取って早々に帰宅した。そして今日、その姿を学校で見る事はなかった。

 

真面目で正直で健気で頑張り屋さんで、でもだからこそすぐ無理をしてしまう…それがひゃみさんがひゃみさんたる所以(ゆえん)だった。

 

それに、ひゃみさんが何かに追い立てられるように無理をしている気持ちは、僕自身も分からなくはない。実際僕も、陽介くんに"前のめりな剣"と評された日以降、ソロ戦を狂ったように重ねており、そして尚且つ未だに孤月の感覚を完全には取り戻せていないのであった。

 

いや、僕だけでなく、恐らく二宮隊の誰しもが得体の知れない焦燥感を抱いているに違いなかった。それはあの部屋に居ればわかる。

 

「四面楚歌だな。」

 

突如背後で発した声に(おのの)き、振り返るといつからそこに居たのか、透が立っていた。いや、驚くべきはー

 

"心を読まれた⁈"

 

という事。しかし、透は至って平然として薄緑の紙箱を片手に立っている。どうやら先の言葉は、僕の心を読んだわけではなく、学内の至る所から響いてくる狂騒…もとい協奏を(たと)えたもののようだ。いや、そうと見せかけて本当は僕の心を読んだのかもしれない……そう思わせるのが透が透たる所以だった。

 

「随分と長く物思いに耽っていたな。」

 

透の言う通り、いつのまにか先程の五十音の呪詛は鳴り止んでおり、西からの日差しがその鋭さを一層増していた。

 

「あ、やっぱり辻くんだ!」

 

明るくハッキリとした声が発した方に目を見やると、透の背後に先程の小柄な女子がいた。

 

「"グキ"か?」

 

透が謎の言葉を発して振り返る。

 

「あれ?奈良坂くんも一緒だったの?」

 

「三上か。」

 

今のは狙って言ったのだろうかー

 

いや、この際そんな事はどうでもよい。さっきは気づかなかったが、この(つぶ)らな瞳の持ち主は

(まご)うことなく、風間隊オペレーターの三上歌歩さんだ。ちなみに透のクラスメイトでもある。

 

うん、髪色が違いこそすれ、やはりシルエットがひゃみさんにそっくりだ。その彼女が何故かおもむろに僕に近づいてくる。鼓動が早鐘を打ち出したー

 

「昨日は、風間隊がご迷惑をおかけしてごめんなさい。あの、他の二宮隊の方々にも宜しくお伝え下さい。」

 

三上さんは、小型犬の様な愛らしい顔を申し訳なさそうに歪め、畏(かしこ)まった口調でそう言うと、深く頭を下げた。

 

「……いや、そんな……別に、」

 

駄目だ、呂律(ろれつ)がまわらない。何を隠そう、この僕、不肖辻新之助はひゃみさん以外の女子とはまともに会話が出来ないのである。三上さんは目をきょとんとさせて、小さく首を傾げている。

 

「何かあったの?」

 

透がフォローに入ってくれる。

 

「あ、うん。昨日は風間隊と二宮隊が防衛任務だったんだけど、歌川くんと菊地原くんが熱出しちゃって……風間隊は急遽お休みもらったの。」

 

「……あ、そ、それなら加古隊が代わりに入ってくれたから……」

 

「そうなんだ。良かった!」

 

彼女の顔が晴れる。

 

「いや、それは……災難だったな、」

 

透は何かを悟ったようだった。

 

「風が気持ちいいね〜」

 

三人並んでフェンスに背を預けるように座り込む。暮れなずむ夕陽を背にしたその光景は中々に絵になるものだった。

 

左端に座る三上さんが自前の小さくてかわいらしい"大福"に、これまた小さな口で噛り付く。口の端にわずかに粉をつけて笑うその顔は本当に幸せそうだった。

 

「やっぱり疲れ身には甘いものだね。」

 

「"疲れ身"って何かしてたの?」

 

真ん中に座る透がチョコ菓子を摘まみながら問う。

 

「発声練習。ほら、こんな時でもないと中々部活に行けないし……」

 

(へー、三上さん部活に入ってるんだ……でも、)

 

「何の部活に入ってるの?」

 

それは半ば独白だったからなのか、自然に言葉に出ていた。そのことに、僕以上に透は驚いているようだった。三上さんは何ら変わらず、にこやかに応えてくれる。

 

「放送部!何かしら本職のためになるかな〜と思って入ったの。」

 

「たまには休まないと身体壊すぞ?」

 

こう言うことをサラリと言える透が羨ましかった。

 

「そうだよね。ここんところお天気が悪いからかな〜、学校ですごい風邪流行ってるし……あ、そう言えば亜紀ちゃんも休みだったって栞ちゃんに聞いたんだけど……」

 

「あ、うん……昨日からちょっと……」

 

「そっか、心配だね?」

 

愛玩犬が()うような表情で、三上さんは聞いてくる。

 

「え、あ……うん……」

 

その言葉に別段深い意味があった訳ではないのだろうが、僕はなんとなく返事をためらってしまった。朱に染まる頬はしかし、西陽に照らされて二人に気付かれることはなかった。

 

 

その翌日も、学校にひゃみさんの姿はなかったー

 

 

 

 

 




三上 歌歩

年齢 16歳
誕生日 2月23日
身長 152cm
血液型 A型
星座 みつばち座
好きなもの とんこつラーメン・大福・漫画







<<予告>>


ー彼らは"努力は必ず報われる"と言うことを、その身を以て証明してくれました。ー

ーしゃあねぇ、こうなりゃ一か八か、総攻撃で二宮退治といくぜ!ー

ーここは……俺が抑えます!ー

ーその鈍い刃じゃ、俺は斬れない。ー


少年達は、各々の思いを抱きて剣を手に取る。

B級ランク戦の"幕が開く"ー

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