週明けの学校初日昼休み、僕と彼は校舎屋上のフェンス前に立っていた。頭上には三日ぶりの青空が、フェンス越しには澄んだ空気に包まれた平穏な街が広がる。
彼の名は、奈良坂透。三輪隊所属のNo.2スナイパーだ。彼と親しくなったのは高校に入ってからだったのだが、最近漸く、彼が巷で言われているような真面目一辺倒な人間ではなく、愉快な面も持ち合わせていることが分かってきた。もっとも彼自身にその自覚があるのかは依然分からない。
きつく口止めされてはいたが、今回の降格事件のいきさつを僕は彼にだけ打ち明けた。打ち明けたところで、僕の心のモヤがこの空のごとく澄み渡る……はずもなかった。
透はその端正な顔を空に向け、何かを思案しているようだった。一直線に並んだその前髪が涼やかな風にそよぐ。
やはり、スナイパーの後輩として、透は透で鳩原先輩に対する思いがあったのかな?なんて考えながらその表情を伺おうとした時ー
「跳び箱って、コンセプトが謎だよね。」
顔色一つ変えずに彼は言った。驚く僕には目もくれず、持ち前の落ち着いたボイスで彼は淡々と跳び箱の悪態をつく。
ふと、視線をグラウンドに落とすと、無数の水溜りが五月晴れの太陽を反射してキラキラと輝いていた。彼が跳び箱に敵意を向けているのは、この水捌けの悪いグラウンドにあった。何の事はない。4時限目の体育の授業が透の好きな持久走から、体育館での跳び箱・マット運動に変わった、ただそれだけのことだった。いつも球技や運動関係が槍玉に上げられるところが、できる文科系男子の透らしかった。
「また新たな真理に到達したね。でも、そうするとマット運動のコンセプトだって謎じゃない?」
「いや、マット運動には匍匐前進を始め、軍隊の鍛錬には不可欠な移動法や緊急回避の術が多く含まれている」
どうやら不得手の類でも、自らが価値を認めるものについては彼の照準から外れるようだ。
「バク転宙返りで緊急回避?」
僕は問う。
「荒船先輩だったら、やるかもしれない。」
その答えに思わず笑ってしまった。僕に振り返った彼の口元もまた、ニヤリと緩んでいた。
「やっと笑ったな」
そう言って彼はしゃがみ込むと、空になった弁当箱の一段目の箱をどかし、二段目の箱に隠された、更に新たな黄緑色の箱を取り出す。バリバリと丁寧に箱を開封し、中袋を開けると優しい甘さが僕の鼻腔にまで届く。中袋に入ったチョコ菓子を外箱の中に全て移し替えるのが彼のスタイルである。そうして、漸く一つめのソレは彼の口へと運ばれた。
「雨後のたけのこは格別だ」
これは確信犯だな。そう、僕は解釈した。
奈良坂 透
年齢 16歳
誕生日 9月14日
身長 177cm
血液型 AB型
星座 おおかみ座
好きなもの チョコ菓子・お茶