迷路の如く幾重も張り巡らされたコーナーを抜け出し、目的地であるだっだっ広い空間に足を踏み入れる。体育館を思わせる3階分ブチ抜きの"箱"。その4面ある壁には小部屋ブースの扉がビッシリと取り付いていて、唯一の例外は巨大なモニターが備えられた正面だけだった。
C級ランク戦のロビーはあまねく隊員達で今日も賑やかだ。特に今日はランク戦が近いためか、腕を磨くB級隊員の姿も多く見受けられる。
人混みが不得手な僕がここを利用するときは、出来るだけ速やかにブースに籠らなければならない。しかし、どうやら今日はそう上手くはいかないみたいだ。犬飼先輩の不気味な笑みの正体は、すぐに明かされた。
「あ、辻先輩だ!」
トレードマークは前ツノのような跳ねた前髪、の小柄な男子が興味津々と言った面持ちで駆け寄ってくる。それを嚆矢として、付近の隊員達が集まる集まる。
「二宮隊がB級降格ってホントっすか⁈」
この遠慮知らずで前のめりな男子は人見隊アタッカー、小荒井登。
「やっぱりあの噂は本当だったんだ…」
やや気弱そうな、モジャ髪の長身は香取隊アタッカー、三浦雄太。
「あ、それなら俺も聞きました。」
この純朴そうな、ネコ目のセンター分け少年は柿崎隊ガンナー巴虎太郎。
「何、何それ!俺知らないんだけど!」
最も目を輝かせているのは、小型犬のような草壁隊、中学生にしてエースアタッカーの緑川駿。
「二宮さん、根付さんにアッパーかましたらしいよ。」
応じるのは人見隊もう1人のアタッカー、跳ねた後髪が特徴の奥寺常幸。
寝耳に水だった。
「え…何それ、初耳なんだけど」
周囲から驚きの眼差しを向けられるものの、一番に驚いていたのはその視線を浴びている自分だった。
いつのまにか(ほぼ)B級アタッカー陣によって形成された集団は、騒ぎに興味を持った更に多くのC級野次馬陣に取り囲まれ、渦中の自分はもう、もみくちゃ状態だった。薄れる酸素と高まる熱気が僕の理性をじわじわと嬲る。
(やっぱり、僕は人混みが苦手だ…)
薄れいく意識の中で、声にはならないつぶやきを発した時だった。
「へい、ボーイたち!辻ちゃん困ってるだろ!はい、どいた。どいた〜!」
人混みを散らして現れた朗らかな声の持ち主はー
「陽介くん!」
「辻ちゃん大丈夫?」
雰囲気が犬飼先輩によく似た彼は、米屋陽介。頭部のカチューシャとピンピン跳ねた後髪がトレードマークの三輪隊エースアタッカーだ。
「もう〜まだ話終わってないのに〜、ねぇ、よねやん先輩は根付さんがアッパーかまされたって噂知ってる?」
集団から抜け出そうとする僕と陽介くんに依然まとわりついてくるのは、駿くんだ。
「あ〜、あれだろ、影浦先輩が根付さんをブン殴って減点喰らったっていう、」
流石ボーダーきっての社交派、お耳が早い。
「そうなんだ!"ニノさんが"っていうのはデマか〜、それにしても根付さん、全治何週間かかるんだろ…」
「けど、二宮隊が降格になったってのはホントだぜ、それから影浦隊も…
荒れるぜ、今度のランク戦。」
その不敵な笑みは、彼が根っからの戦闘民族であることを雄弁に物語っていた。