その言葉を境に、恐怖で固まってしまったB級アタッカー陣を、僕と陽介くんはやっとの事で抜け出した。近くのソファーに腰掛けてようやく彼に安堵の声をかける。
「本当に助かったよ。」
「いいって、いいって!お礼なら今からたっぷりと頂くから。」
この不気味な笑顔、やはり彼はどことなく犬飼先輩に似ている。その表情から察するに二の句は容易に想像がついた。
「さぁ、いっちょバトろうぜ!」
※
"転送開始"
その無機質なアナウンスと共に僕の身体はトリオン体となって、市街地を模した仮想空間に転送される。
漆黒のスーツを見に纏う我が身に、夜風が染み込む。両脇に民家を臨む夜の路地。月は厚い雲に覆われている。
久々の感触を味わうかの如く、手のひらをゆっくりと持ち上げ、自らの意思で、手を閉じまた開く。
「この身体は、俺の身体であって俺の身体ではない…」
まるで、誰かに身体を乗っ取られたかのような、それでいて本当の自分が目覚めたかのような、そんなアンビバレンスで不思議な余韻に暫し身を浸らせる。やがて、夜風に当てられてか、トリオン体の特性なのか、俺の頭はいつになく冴え渡ってきた。
闇の先から足音が近づく。街灯が紫の半袖ジャケットを纏うそのシルエットを捉えた時、その影は既に戦闘体制に入っていることが伺えた。
闇深き一本道で睨み合う両者。
米屋は腰を低く落とし、長身の槍を構える。対する俺も孤月の鞘に手を掛ける。しかし、まだ抜かない。
一対一の戦いは間合いの取り合いが肝だ。
槍と刀ではリーチが違う。迂闊に敵の間合いに入れば一方的に攻められる。しかし、逆にその間合いさえ破れば今度は長身の槍では取り回しが面倒なために、こちらの間合いに持ちこめる。
故に自ら仕掛ける愚は犯さない。
敵は必ず仕掛けてくる。その一瞬にタイミングを合わせて居合斬りの要領で"施空孤月"を抜き放ち、敵の体制を崩して一気にこちらの間合いに持ち込む。
無論、米屋も"施空"を使用するだろうが、斬撃の速度ならば、長身の槍より刀の方が遥かに速い。
それを分かっているからこそ、米屋も迂闊には近づいてこない。
ヒリヒリとした緊張感が、孤月を握る右手を湿らせ、喉の渇きを奪う。
強く乾いた風が吹く。
深淵の雲のなかから月が顔を出さんとしたそのときー
(来たー)
米屋は助走を付けて一気に飛翔、月明かりを背にし、虚空で槍を構え直す。
(ここだ!)
「「施空孤月!!」」
凄まじい閃光が、空気を斬り裂く衝撃音と共に、稲妻の如く走る。
勝負は正に一瞬だった。
閃光を発したのは俺の刀ではない。米屋の槍だ。
「刺突だと…⁈」
俺の胸部には大穴が開いていた。この傷は斬撃のそれではない。つまり米屋は、俺が"施空孤月"を抜き放つよりも一瞬速く、槍を突き出し、その刺突に"施空"を乗せたということだ。
「ど〜よ辻ちゃん、俺の新技!」
彼は得意顏で、膝をつく俺を見下ろす。
「完敗だな…」
"トリオン供給機関破損"
再び無機質なアナウンスが流れた。