Fate/lost mirages   作:Y-SSK

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※以下予防線
・二作品間の辻褄を合わせるため、作者独自の超理論による捏造が行われる可能性があります。
・致命的なミスは修正するよう努めますが、それ以外ついては
 「きみは じつに ばかだな」と思いつつスルーしてください。
・気が向いたら書く形ですので、更新は遅い&不定期です。
・Fate関係はstay nightとZeroをノベルとアニメ共に経験済み。
・東方関係はEasyシューターレベルの二次設定大好き人間。

※修正履歴
2017/01/22 レイアウトの修正。文章の加筆・修正。
2017/05/15 文章の加筆・修正。


Stage.1 ~幻想再誕~
第壱話 無垢なる咎人と天人くずれ


 聖杯戦争。

 

 

 それは、あらゆる願いを叶える願望器『聖杯』を求めて行われる殺し合い。

 忘却の海にたゆたう幻想が現世(うつしよ)に顕現し、その異能を知らしめる闘争。

 宴に集いし者達は、魔を統べる七人の術師と比類なき神秘を携えし七人の使い魔。

 術師は使い魔と盟約を交わして(あるじ)となり、使い魔は(あるじ)を勝利へと導くべくその武を揮う。

 

 

 始まりの(いくさ)から数え、既に都合三度。しかし、未だ聖杯は成就せず。

 後に遺されしものは夢破れし者達の亡骸と、使い魔達による死合いの(きずあと)のみ。

 聖杯より齎された恩恵は絶無なるも、されど群がる亡者は数知れず。

 今宵もまた、罪深き咎人達が我欲を満たすために死の舞台へ足を踏み入れる。

 

 

 ある者は、手の届かぬ願いを叶えるために。

 ある者は、一族の宿願を成し遂げるために。

 ある者は、無二なる栄光を掴み取るために。

 ある者は、己の才を世に知らしめるために。

 ある者は、絶望の内にある人を救うために。

 ある者は、歪み澱んだ欲求を満たすために。

 そしてある者は、秘めたる謎の答えを知るために。

 

 

 十四人の闘争者。十四種の願望。

 願いは数あれど、聖杯が聞き届けるのはたった一組の主従限り。

 

 

 罪人(つみびと)共よ、奮起せよ。

 己が願望器の担い手と信じて疑わぬならば。

 武力と策謀を駆使して屍の丘を築き、その頂の果てへと進め。

 

 

 

 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 欧州のとある国に所在する、深い深い山の中。

 

 

 そこは夥しい数の樹木が生い茂り、獣道すらない光景が立ち入る人々を惑わせる迷いの森。冬期になれば凍てつく吹雪が昼夜問わず吹き荒れ、生命の時間を止める牢獄へと変貌する秘境である。そんな辺鄙(へんぴ)な場所である為に、森の周囲に点在する集落にすら現代文明と呼べる利器は見られることはなく。良くも悪くも、近代の情緒を遺した人の営みが未だ根付いている。

 

 時代に取り残され、緩やかな衰退に向かう村々。そこには昔から口で伝えられてきた、一つの奇妙な噂があった。

 

 

 曰く、迷いの森の何処かには、見るも荘厳な古城が静かに(そび)え立っている。

 曰く、その古城には過去に魔女狩りに追われた魔法使い達が今でも暮らしている。

 

 

 歴史のある村々にはよく聞かれる御伽噺。いや、その陳腐さを考えれば子供の戯言にも満たない、実に他愛のない物語だろう。現代の常識に染まった者達が聞けば、一笑に付した後に翌日には頭から忘却している類の代物である。勿論、その噂を信じる者は集落の中にすら限られ、ましてやそれを確固たる真実と考えている者など皆無であった。

 

 

 だがそれにも拘らず噂が今でも伝えられてきているのは、何かしらの理由がそこにはあるのだろう。噂の元となった大森林の神秘性がそうさせたのか。それとも、ただ単に辺境の集落にとっての数少ない娯楽として残されたのかは定かではないが。

 

 いずれにせよ、そういったものが未だ有るということだけは紛れもない事実であり、噂の真贋を詮索することは無意味である。世の中には知る意味が無いものがあり、知るべきではないものがあるのだから。

 

 

 

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 その日、迷いの森は数十日続いた荒天の末に訪れた安息の直中にあった。

 

 

 空は依然として分厚い雲に覆われているが、それでも一切の生命の営みを許さない猛吹雪と比べれば望むべくもないことである。むしろ間断のない厳しさの中に一抹の優しさがあるからこそ、そこで生きる者たちは天の慈愛に感謝し、その日を懸命に生きることができる。常態と化した平和は倦怠を生み、倦怠は人の心を腐らせる。腐った人の心が何を齎すのかと言えば、それは語るまでもない。

 

 

 天の慈愛が齎された森の中で、白銀の雪に覆われた大地に刻み込まれた足跡が見える。

 

 その数は二人分。一つは大きく、先が角ばった靴の跡のようであり、見るからに成人男性のものと思われる。対して、もう片方の足跡はとても小さく、そして丸みを帯びたもの。それは明らかに童子のそれであり、前者のものから考えるならば、その童子は成人男性の息子か娘のものであろう。そしてその考察は事実であり、少しばかり木々が疎らになった場所にて、『黒の男』と『白の少女』が仲睦まじく歩いていた。

 

 

 何故、人が立ち入らぬ森の奥深くに彼らは居るのか。その答えは明確であり、同時に人が聴くには俄かに信じ難いもの。彼らはあの御伽噺に現れる魔法使い達に連なる者共であり、童子に至ってはその末裔なのだ。

 

 

 『黒の男』の名は衛宮切嗣(えみやきりつぐ)。ぼさぼさの黒髪に加えて顎には無精髭を生やし、厚手の黒いコートを羽織ったその姿は、如何にも現代の荒波に揉まれて疲弊した凡人のように見える。

 しかしその実態は、裏社会で悪名を轟かせる冷酷非情の暗殺者。一部の者からは『魔術師殺し』と揶揄され、蛇蝎の如く嫌悪されている()()使()()である。

 

 対して『白の少女』の名はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。雪のように白い銀髪に、これまた雪のように白い肌。大部分を白で統一された肉体にあって、唯一の例外は紅玉(ルビー)のような妖しい輝きを湛えた双眼だ。

 

 彼女こそが、千年以上続く魔術師の大家であるアインツベルン家の後継。切嗣の一人娘であり、そして人の枠から中程外れた人造人間(ホムンクルス)そのもの。二人は今回の吹雪が収まった日に決まって行う、森の中の散歩に勤しんでいた。

 

 

 散歩とは言うものの、自分達の住まいである古城から遠く離れることはない。精々、城壁の周囲にある木立を見て回る程度である。敷地の外にはアインツベルン家が飼う番犬達が闊歩しており、迂闊に踏み込めば彼等の餌になることは免れない。第一、城の主たる老人が城の外に出ることを許しはしないだろう。

 

 

 当然、それは彼等の身を案じているからではない。切嗣はあくまでも特例を以て居住することを許された客人であり、今も尚その人柄を信用されていない。つまりは、目の届かない場所に行かれるのを警戒してのことに過ぎない。

 

 イリヤスフィールはアインツベルン家の重要な『聖杯の器』……彼等が二百年に渡って執り行っている魔術儀式『聖杯戦争』の核となる()()であるという理由からである。故に二人のこの城における自由というのは、監視の眼が常に有ることが前提の上で成り立っているものでしかないのだ。

 

 

 そのような籠の中の鳥のような身の上だが、彼等の表情からは悲壮の感情は微塵も見えはしない。例えそれが箱庭の中でのみの自由だったとしても、今は親子水いらずで触れ合うことが出来る貴重な一時(ひととき)。その時間を一秒余さず過ごすために、二人は全力を賭けて遊びに興じていた。

 

 

「ふふっ、あんなにはしゃいじゃって」

 

 

 そんな白雲の空の下で繰り広げられる仲睦まじい光景を、遠くから眺める女がいた。

 

 灰色の石で積み上げられた古城の一室に居る彼女は、備え付けの暖炉によって暖められた部屋の窓から二人の姿を見下ろしている。彼女の顔に浮かぶのは疑うまでもなく『母の慈愛』のそれであり、その身が持つ美貌と相まって聖母のような温かさを醸し出している。

 

 

 眼下の少女と同じ、銀髪紅眼の女性。彼女、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは衛宮切嗣の夫であり、そしてイリヤスフィールの実母。娘と同じく聖杯の器としての機能を有する人造人間(ホムンクルス)として生まれ、今回執り行われる聖杯戦争で夫と共に戦場に赴き、その身命を捧げることを確約された存在だ。

 

 その事実を考えると、今彼女が浮かべている表情が含む意味合いも多少なりと変わってくる。瞳から零れる慈愛の視線は、近い未来に必ず訪れる永劫の別れまでに愛娘の姿を眼に焼き付けようという最後の思いから来るものなのだろう。

 

 

 だが、そこに悲しみはない。その宿命は一族の千年の悲願を成すためのものであり、そして何より自身の夫が生涯抱えてきた願いを叶えるものなのだ。娘の前では決して見せることのない、切嗣が持つ暗殺者としての闇の一面。それを取り除き、彼と娘を幸福な親子として歩めるように出来るのであれば、自身の命を捧げることに微塵の躊躇いも無い。

 

 例え夫の願いを真に理解するには至らずとも、ただの道具として死ぬのではなく同じ想いを抱いた伴侶として逝くことが出来るのであれば、それ程喜ばしいことはないと考えていた。

 

 

「この寒い中でよくやるわねぇ。人生朝露(じんせいちょうろ)……だからこそ、今を大切に生きろと偉い人は言うけれど、私には到底無理な話だわ」

 

 

 そんな謹厳なる雰囲気を、一言で台無しにする輩が一人。その者は部屋に備え付けられた豪奢なベッドの上で大の字になっており、気怠い表情でアイリスフィールの姿を見上げていた。

 

 その髪の色は、白雲に隠された先に見える晴天の青より蒼く。身に纏う空を映すドレスには、虹を模しているのであろう色煌びやかな装飾が施されている。ベッドの上に無造作に投げ捨てられているのは宇宙にも似た黒色の帽子。その鍔にはこぢんまりとした桃の飾りが四つくっつけられ、深緑の葉がその瑞々しさ誇示している。床に無造作に脱ぎ捨てられた履き物の色は、命を育む雄々しい大地の黄色をしていた。

 

 

 白と灰と黒が過多に存在するこの空間において、その少女は余りにも鮮烈に過ぎる。なまじ色が少ない場所であるが為に、彼女が持つ色彩は尚一層のこと自己主張を強くしており、白黒(モノトーン)に浮かび上がる彩色(カラー)のように、彼女の存在は文字通り周囲を隔絶していた。

 

 

「セイバー、あなたも一緒に遊んできたらどうかしら?イリヤもあなたのことを気に入ってるみたいだし……」

 

「冗談。今私があの中に入ったとして、碌でもないことになるのは眼に見えてるでしょ? 私と彼の間を取り持ちたいのでしょうけど、下手な親切心は却って事態を悪化させるわよ? 打草驚蛇(だそうきょうだ)ってね」

 

 

 アイリスフィールの提案に、『セイバー』と呼ばれた少女は即座に否定の意を示す。眉根に皺を寄せた顔からは明確な嫌悪の意思が見え、生半可な説得では梃でも動かないであろう事実を容易に感じることができた。

 

 

 厳かな雰囲気のこの場には似つかわしくない少女。何を隠そう彼女こそが、此度の聖杯戦争で喚び出された七騎の内の一人。『剣』の象徴にして、最優の(クラス)と謳われしセイバーの幻霊(サーヴァント)である。

 

 見てくれは二十にも満たない少女の姿。しかしその体に内包された神秘は、この世の者ではないと容易に理解できるほど濃密。その筋の者ならば、一目見ただけで彼女の圧倒的存在感に足が震え、下手をすれば粗相をしてしまいかねない。何故なら彼女は、この世界から既に失われて久しい神秘を宿す者であり、それ故に現代の魔術師にとっては奇蹟としか言い表すことが出来ない、正に規格外の存在なのだから。

 

 

 しかしそのような身の上であるにも関わらず、彼女には緊張感というものが一切感じられなかった。現にセイバーの今の姿は、ベッドの上で駄々をこねる童女そのものであり、威厳という言葉など何処吹く風といった様相だ。

 

 その事実はこれまでの彼女の行動を見ても一目瞭然である。セイバーは召喚されてからというもの、城のあちらこちらを勝手気侭に徘徊し、そこで働く者達にちょっかいを出しては無視され、ふて腐れるということを続けていたのだ。その実に我が儘かつ身勝手極まりない行動に、さしものイリヤスフィールですら呆れ顔になる有様であった。

 

 そんな姿を度々眼にしてきたからなのだろう、怪物とも呼べる彼女の機嫌を損ねたという事実を前にしても、アイリスフィールの心の中は至極穏やかであり、むしろ手のかかる二人目の娘を相手にしているかのような感情が首を擡げていた。

 

 

「あら、イリヤに好かれていることは否定しないのね?」

 

「好かれていると言うより、体のいい玩具と思われている感は否めないのだけれど?」

 

「でも、事実としてあの子とは仲が良いのでしょう? それだけでも安心できるわ。召喚された時から、あなたは何処かつまらなそうにしていたから……」

 

「こんな何も無い場所に押し込められていたら、誰だって不機嫌になるわよ。ここじゃ娯楽も何もありはしないし、一歩外を出歩けば変な監視が付きまとうし……自業自得とか言わない」

 

 

 顔をベッドに押しつけながら、くぐもった声で愚痴を零し続けるセイバー。彼女の心を覆う陰鬱な感情が、口から零れて寝具に染み渡っていく様子を眼で知覚できそうである。そんなはしたない姿を見て、アイリスフィールは小さく苦笑した。そもそも彼女がここまで不平不満を口にするのは、偏に彼女が召喚に応じた理由に起因する。

 

 

 幻霊(サーヴァント)は自身の願いを聖杯に叶えてもらうために、召喚者の呼びかけに応えてこの世に現出する。その理由は様々で、強大な力や永遠の命が欲しい等と願う者もいれば、ただ「戦いたいから」という退屈凌ぎとしか思えない理由で参加する者もいる。

 

 セイバーの場合、その願いが属するのは圧倒的後者。召喚された折、アイリスフィールからの「聖杯に託す願いは?」という問いに対し、臆面もなく「ただの暇潰しよ」と答えたのだから疑うべくも無いだろう。

 

 

「その心配はもう大丈夫よ、セイバー」

 

「え? ……ってことは、漸く?」

 

「昨日の夜、切嗣が言っていたわ。 明日にはここを発つって」

 

「つまり、その、ついに始まるのね?」

 

「そう。 七人の魔術師と七騎の幻霊(サーヴァント)によって行われる小さな戦争――――聖杯戦争が」

 

「――――ふ、ふふ」

 

 

 噛みしめるように呟くアイリスフィールに対し、セイバーは少女には全く似合わぬ獰猛な笑みを浮かべた。何せ、退屈に押し潰されそうになった末の朗報である。空腹の我慢を重ねた上でご馳走を差し出されたものであるから、歓喜に震えるのは当然のことかもしれない。

 

 豹変とも言える雰囲気の変わり様に、心の中で若干尻込みするアイリスフィールであったが、その変化は共に戦う者としては悪くはないものであった。

 

 

「この戦いは熾烈を極めるわ。何せ至上の神秘を纏った存在が七騎も召喚されるんだもの。いくら最優と誉れ高いセイバーと言っても、油断をすれば……」

 

「はっ、私を誰だと思ってるの? この私――――比那名居天子(ひななゐてんし)がその辺の有象無象に後れを取るわけがないわ。他の奴等全員ぶっ飛ばして、聖杯でも何でも取ってきてあげるわよ!」

 

 

 アイリスフィールの不安の言葉に対し、自信満々な顔で大言壮語を放つセイバー(ひななゐてんし)。その物言いは神をも恐れぬ傲慢不遜であるが、不思議と信憑性を感じさせるものであった。

 

 広言も度が過ぎれば信じたくなってしまうもの。かの劉備元徳が人徳による治世を唱え、それに多くの人々が集ったように。壮大な夢物語は、人々の心を酔わせるには十分に足るものである。

 

 

「あらあら、さっきまでの元気の無いあなたは何処に行ったのかしらね? 何時もその調子でいてくれたらいいのに」

 

「馬鹿ね、意味もなく気なんか張ってたら、本番前に疲れちゃうわ。それじゃあ肝心なところで全力が出せないでしょ。一心精進(いっしんしょうじん)で打ち込むからこそ、見合った結果が得られるものなのよ」

 

「なんだかそれっぽいことは言ってるけど、結局は怠けたいだけじゃない」

 

「うっさいわね、何とでも言いなさい……ふふん、一体どんな奴が出てくるのかしら? この戦いは怪力乱神(かいりょくらんしん)坩堝(るつぼ)……いいわ、凄く良いわ! 楽しみだわ!」

 

 

 まだ見ぬ強敵達に思いを馳せ、遠足前の子供のように心を高鳴らせるセイバー。その姿は外見に相応しい年頃の少女にしか見えず、彼女が常識の埒外に位置する者であることを忘れさせる。

 

 例え幻霊と呼ばれる存在であっても、現世(うつしよ)の人々に近い感性を有しているのだろう。むしろ根源に至ることを至上としている魔術師達よりも、倫理の点から言えば正常(まとも)であると言えるかもしれない。その光景を、アイリスフィールは自身の愛娘へ向けるものと同じ暖かな視線で見つめ、此度の戦いの意味を再度自覚する。

 

 

 聖杯戦争はこれで四度目。アインツベルン家は過去の戦争の全てに参加し、その何れに於いても敗北を喫してきた。最早状況は進退窮まるまでになっており、アインツベルン家八代目当主であるユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン――――『アハト翁』の焦燥も相当なものとなっているだろう。

 

 おそらく、残された機会は後二回。もし自身の代で失敗し、続くイリヤスフィールの代でも望みが叶わなかったならば、アインツベルン家は第三魔法への到達を諦め、千年の研鑽に幕を下ろすことになる。それだけは決して許されないことだ。何故ならば、アインツベルンの歴史に幕が下ろされるということは。愛娘が戦場に赴き、その命を無意味に散らすことに他ならないのだから。

 

 

(一族の悲願と切嗣の願い……その全てに、この戦いで決着を付ける。彼女なら、絶対に私達を勝利に導いてくれるはず。私達が彼女に心を預ければ、彼女は必ずそれに応えてくれるわ)

 

 

 セイバーは非常に尊大な性格ではあるが、向けられた信頼には必ず報いようとする――――アイリスフィールは、彼女の人柄をそう分析した。

 

 

 セイバーは自身の力を絶対的なものとし、それを信じて疑わない。そしてその実力を誰かに疑われたり、卑下されたりすることを極端に嫌う。

 

 イリヤスフィールと初めて対面した時、セイバーの強さに疑念を抱くイリヤスフィールに対して激昂したことはまだ記憶に新しい。怒りの感情に任せて、サーヴァントの切り札とも言える宝具を抜き放ちそうになった程だ。危うく切嗣がサーヴァントを完全に律することが出来る、三度限りの魔術刻印である令呪を使う一歩手前までになったが、滅多に見せることがないアイリスフィールの無言の威圧により、セイバーが刃を納めることで事なきを得た。

 

 後にその時の状況を振り返るにあたって、セイバーよりも母親の方が怖かったというのはイリヤスフィールの弁である。

 

 

 詰まるところ、セイバーは自分の事を何よりも一番に考えているのだ。そんな彼女に対して上から命令するなど、ましてや道具のように扱うなど到底不可能。『使い魔(サーヴァント)』という視点から見たならば、先ず間違いなく彼女は落第だと断言出来るだろう。

 

 しかし、『幻霊(サーヴァント)』という視点でならばその限りではない。幻霊(サーヴァント)はただの使い魔に非ず。主人(マスター)との関係を一言で表すなら、「同じ目的を有した共闘者」という言葉が相応しい。主人(マスター)幻霊(サーヴァント)無しでは聖杯戦争を生き残ることは出来ず、逆に幻霊(サーヴァント)主人(マスター)がいなければこの世で存在を保つことが出来ない。二者の間柄は一蓮托生であり、上から下への一方通行で済ませられるほど単純なものではないのだ。

 

 

 ならばどうするか。セイバーは誰かに従うような性格ではなく、その時点で「主人と使い魔」という上下関係は破綻せざるを得ない。かといって彼女に頭を垂れ、その関係を逆転させたとしても上手くいくとは思えない。彼女は高慢であると同時に聡明である。言葉の節から時折垣間見える博覧強記(はくらんきょうき)。人から外れていることに因る長命、それによって培われた経験を持つ彼女に、上辺だけの敬意を向けても直ぐさま喝破されるだろう。

 

 故にセイバーに対してすべきことは、支配することでも恭順することでもなく、掛け値無しの『信頼』を示すこと。即ち彼女が持つ力を『信じ』、そして『頼る』ことである。

 

 彼女は自分の力を絶対的なものであると信じているが為に、自身に向けられた信頼に反故することを決して良しとしない。何故なら信頼に応えられないということは、信頼していた者達がセイバーの力に失望することと同義だからである。自尊心が強い彼女にとって、誰かに失望されることは耐え難いことの筈だ。

 

 

 だからこそ自分達がセイバーのことを心から信じれば、彼女は全力を以てそれに応えるであろうことをアイリスフィールは確信していた。セイバーを上手く扱うことを注視した魔術師らしい、実に打算的な考えである。しかし実のところ、主従関係を抜きしてセイバーのことを信じてみたい心も中にはあったりする。セイバーの快活な姿はイリヤスフィールのことを連想させ、とても微笑ましい気持ちにしてくれるのだ。不信の感情を向けて、彼女の顔を曇らせることは本意ではない。

 

 

「セイバー、あなたならアインツベルン悲願を叶えることができる。千年もの間続いた戦いに幕を下ろすことが出来るはあなただけよ。だから頼りにしているわね、天子ちゃん?」

 

「天子ちゃん言うな。……ま、あの男の思い通りになるのは癪だけど、貴方がそう言うなら頑張ってあげなくもないわ。大船に乗ったつもりでいなさい」

 

 

 頼られていることに多少ばかり照れているのか、セイバーは少し口ごもりながら胸を張る。その姿が何処か面白くて、アイリスフィールは殊更顔を綻ばせた。しかしそれと同時に、彼女の心には一つの棘が突き刺さっていた。その理由は、切嗣とセイバーの関係が劣悪極まりない状態にあるという現状によるものだ。

 

 

『アイリ。セイバーの制御については、基本的に君に任せようと思う』

 

『それはどういうこと?』

 

『君はセイバーと、僕は舞弥と組んで別行動を取るということさ。君たち二人は正面切ってサーヴァントと戦い、僕らはその裏で油断しているマスターを狙う。敵方は()()()()()()()()()()()を望んでいる奴が多いだろうからね。それを利用して、僕は隙だらけになった奴等の背後を突く』

 

『……』

 

『僕からの指示は、君を通す形でセイバーに伝えて欲しい。出来るだけ派手に暴れさせてやってくれ。セイバーに注目が集まるほど、僕らは裏で動きやすくなる。相手のサーヴァントをどれだけ釘付けに出来るかどうかが、この作戦の成功を左右するんだから』

 

 

 セイバーを召喚する前日。聖杯戦争の戦略を練る話し合いの中で、切嗣はアイリスフィールに対し戦争中におけるセイバーの扱い方を説明した。

 

 その方法とはアイリスフィールをカモフラージュとし、衛宮切嗣(マスター)セイバー(サーヴァント)が完全に別行動を取るというもの。マスターとサーヴァントは、常に行動を共にするのが聖杯戦争の常識。何故ならサーヴァントに対抗できるのは同じサーヴァントだけであり、マスターが単独で敵サーヴァントに出会おうものならその時点で詰みだからである。

 

 その常識を逆手にとり、敵を罠に嵌めようする切嗣の姿は、正しく暗殺者に相応しいと言えよう。

 

 

 だがこの作戦にも、いくつかの懸念すべきことはあった。それはセイバーの意思を最初から無視しているということ。

 

 言ってしまえば「お前の守護には期待していない」と面と向かって言い放つようなものだ。もしも召喚されたサーヴァントが主従関係を重視する者だったならば、その時点で衝突は避けられないだろう。果たしてサーヴァントを上手く連携が取れるのか――――アイリスフィールの脳裏に一抹の不安が過ぎったが、元々戦いというものに疎い彼女である。きっと切嗣の中には何か考えがあるのだろうと、その時ばかりは安心していた。

 

 

 しかしやはりというべきか、アイリスフィールの考えは実に甘かったを言わざるを得ない。その事実は、彼等を取り巻く人間関係の現状が証明してしまっている。

 

 召喚の儀が行われてからこれまでの間、切嗣は一度たりともセイバーに対して口を利いていない。切嗣が言うには、「セイバーと親密に関係になると、アイリスフィールが正規のマスターでないことがばれるかもしれない」からとのことだが、それにしたって最初から存在していないかのように扱うのは明らかにやり過ぎだ。そのおかげで、セイバーの切嗣に対する心象は底辺にまで墜ちてしまっている。

 

 今はアイリスフィールが間を取り持つことで、なんとか関係の瓦解を防いでいるが、そんなことを何時までも続けられる訳がない。彼女は、聖杯戦争の途中で脱落することが既に決まってしまっているのだから。

 

 

 何故、切嗣がこれほどまでに頑なにセイバーを拒絶するのか。その感情の理由を、アイリスフィールは夫に聞いていない。おそらく聞いたとしても、何かしらの理由を付けてあしらわれることを理解していたから。だから彼女は、切嗣の本心を未だ知らない。

 

 だが、聞かずとも推察することは出来ていた。外界の魔術師だった彼に出会い、そして伴侶となってから幾数年。ただ『衛宮切嗣』という男を知りたくて、好奇心の感情に流されるままに幾つもの言葉を重ねていた中で気付いたこと。衛宮切嗣が聖杯に望む願い。その理由となる彼の行動原理。それは、「衛宮切嗣は人類皆全てが幸福であってほしいと、誰よりも心から願っている人である」という事実だった。

 

 

 全人類の恒久的幸福。

 神の御業を以てしても不可能である理想を、未だに諦めることが出来ない愚か者。

 

 

 「誰かを救うならば、誰かを切り捨てなければならない」という残酷な現実。それを眼前に突きつけられ、血反吐を吐くほどの苦悩と共に自身の理想との折り合いを模索した結果。「大を生かして小を殺し尽くす」という、最も合理的で醜悪な方法がその最適解であるという考えに至ってしまったのが彼だった。

 

 

 夢と現実が折衷した時、そこから彼の理想(じごく)が始まった。それぞれの命の集団を天秤にかけ、多い方を救い、少ない方を切り捨てる。そこに感情を挟むことなく、ただ重さを比べるだけの計器のように。もっと多くの人々を救うために、衛宮切嗣は少数を効率よく殺戮する術を次々と身につけていった。

 

 自らの手で誰かを不幸に陥れる行為は、人々の幸福を願う彼に心臓を荊棘(いばら)で縛られるが如き苦悶を与え続けたことだろう。心の中でどれだけの謝罪の言葉を繰り返し、そして血の涙を流したのか。それを知るのは当人のみである。だがそのような責め苦を容認してまでも、彼は自身の夢を捨てることが出来なかったのだ。

 

 

 そんな彼にしてみれば、幻霊(サーヴァント)――――別の言葉で『妖怪』と呼称される存在は、根源を目指すためには如何なる犠牲も躊躇わない魔術師や、戦争という惨劇を華やかなように着飾らせる英雄と同じくらい嫌悪に値するものである。

 

 妖怪の存在意義とは、人間の恐怖させること。そして、人々を夜の闇に怯えさせることである。もっとざっくばらんに表現するならば、彼等は()()()()()()()()()()()()のだ。人の幸福を願う彼にとって、人の不幸を望み、悲鳴と慟哭を啜る魑魅魍魎など吐き気を催すほど浅ましいものであるに違いない。

 

 

 だからこそ彼は、そんな幻霊(サーヴァント)達が未だ住む世界があるという事実を知った時、並々ならぬ怒りを見せた。その世界の存在を教えたのは他ならぬアイリスフィールであり、聖杯戦争に参加する上で最低限識るべきこととして彼に教授したのである。アイリスフィールにとって、彼の人間らしい感情を発露した姿を見たのがこの時であり、その時の様子を今でも彼女ははっきりと思い出すことが出来た。

 

 そのことを考えるならば、結局の所切嗣とセイバーの確執は避けられないことだったのかもしれない。例えセイバー(ひななゐてんし)以外の誰が召喚されたとしても結果は同じだろう。彼は幻霊(サーヴァント)を、そして彼等が住む異世界そのものを嫌悪している。故に人間であろうが妖怪であろうが、亡霊であろうが妖精であろうが、彼がそれらを等しく憎悪することは疑いようがなかった。

 

 

 いや、セイバーに関しては彼女自身が聖杯戦争を『暇つぶし』と称してしまったことが一番の原因か。切嗣にとっては己の願いを叶える重要な戦い。それを彼女はただの遊びとしてしか認識していなかった。彼が自ら自身の思いの内をしっかりと打ち明けていれば、あるいはもっと別の結末が待っていたのだろうが、それが事実上できなくなった今となっては意味のないことである。

 

 

(聖杯戦争まであと数日。それまでに、少しでも切嗣がセイバーに心を開いてくれると良いのだけど……)

 

 

 初めとは打って変わって上機嫌になっているセイバーを尻目に、アイリスフィールは自陣営の今後を憂う。自分達の間に漂う不和。それがこの戦いに何処まで影響を及ぼすのか、彼女にはまだ想像することが出来なかった。

 

 

 




我が儘な総領娘様、冬の大地に立つ。


サーヴァントステータスに関しては、原作一巻分が終わるごとに順次公開する予定です。





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