Fate/lost mirages   作:Y-SSK

10 / 12
※更新履歴
2017/09/18 文章の加筆・修正。


第拾話 狐憑きは蒼然たる地の底にて笑う

 その男は、自身の出自を何よりも嫌悪していた。

 

 

 彼の家系の起源は数百年前まで遡ると言われているが、その具体的な数字は定かではない。辛うじて判る軌跡といえば、一族は嘗てロシアの何処かの土地を収めていて、その後幾つかの国を転々とし、今住む場所へと移住してきたということだけである。

 

 

 そんな外来の一族の生まれであるが故に、彼の風貌は生まれた頃より、他の者とは目に見えて違うものとなった。中でも特筆すべきは、水底を思わせる深い蒼みを帯びた髪色であろう。彼の一族が今住まう地――――日本は、基本的に黒髪の多い国である。一際の異彩を放つ彼の頭髪は多くの人々の、特に同年代の子供の注目を集めることとなった。

 

 もっとも、当人はそれを誇りに思ったことなど一度もない。何故なら彼にとっての蒼髪とは、自身が如何に一族の卑しい血を引き継いているのか、それを証明するものでしかないからである。成人となった今でも割り切ることは出来ず、鏡の前に立つ度に、あの悪夢が、あの厭悪が、そしてあの懴悔が記憶の底から這い上がり、彼の心を苦悶へと陥れるのだ。その苦痛から逃れるために、何度その色を塗り潰したことだろうか。

 

 

 彼の人生に影を落とす、一族に綿々と伝わる厭わしき外法の教え。『魔術』と呼ばれるそれを操る、(おぞ)ましき蟲の翁。もしも彼が奸邪を飲み込める器を持っていたならば、自身の生い立ちにここまで苦悩することはなかっただろう。一族の外法に何ら疑問を見出すこと無く、彼自身もその末席へと連なっていた筈である。しかし悲しいことに、彼は何処までも()()()だった。一族の血を引いているとは到底思えないほどに、彼の感性は一般人のそれと大差なかったのだ。

 

 更に付け加えるならば、彼にとっての不幸は一族の邪悪に立ち向かえるだけの勇敢さをも持ち得なかったことだろう。だからこそ彼は、これ以上にない過ちを犯すこととなったのだ。自身の宿命を拒絶し、一族との縁故を断ち切り、果てには愛する女を置き去りにするという過ちを。

 

 

 もしも、自身を犠牲にしてでも一族を押し止めることが出来たなら。

 若しくは、自らの諫言を以て人々を惨禍から遠ざけることが出来たなら。

 

 

 仮定の話をするのは容易いが、起きてしまった現実は変えられない。「ああすればよかった」と後悔した所で、全ては後の祭りである。既に彼の愛した女は()()の手により娘と引き離された。引き離された娘は姉との(えにし)すらも焼却され、今は夥しい魔蟲の群れに人としての尊厳を貪られ続けている。彼の瑕疵(かし)によって引き起こされた惨劇は、彼自身の命を対価にしても取り返しの付かないところまでになってしまった。

 

 だから、今度こそ(たが)えない。

 嘗て自分の身の可愛さに犠牲となってしまった人々を、今度こそ深淵から救い出すために。

 自身の手が血に汚れようとも、心が悪意に腐り落ちようとも構わない。

 己の命と、己に敵する六人の命。その全てを贄に捧げて、万能の願望機をこの手に収める。

 

 

 それこそが、あらゆる道を躓き続けた男――――間桐雁夜(まとうかりや)に許された、唯一の贖罪なのだから。

 

 

 

 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

「……づッ、ァ、ガハッ!」

 

 

 冬木市の地中に埋まる、生活排水が一挙に集まる用水路の一つ。その暗闇の中で、間桐雁夜の意識は覚醒した。横たえる彼の周りに広がるのは、彼自身の体液によって形作られた血の水溜り。その血潮は用水路の天井から滲み出る泥水と混ざり、暗褐色の汚泥となって傍を流れるドブ川へと流れ落ちていく。

 

 果たして何時から気を失っていたのか。雁夜は喉に溜まった血痰を吐き出しながら、体内を這い回る不快と激痛を耐えつつ、蟲食いだらけの記憶を掘り起こした。

 

 

(……そうか、俺はバーサーカーの魔力供給に耐えきれなくなって、気絶したのか)

 

 

 震える四肢に活を入れ、何とか苔生した壁にその身を(もた)れかけさせた雁夜は、これまでに起きた顛末を、そして自身の身体に起こったことを思い出した。

 

 

 自分はあの憎き男、遠坂時臣が操るサーヴァント――――アーチャーに、自身のサーヴァントであるバーサーカーをけしかけたのだ。セイバーとランサーの剣戟を傍観していた最中、突如湧いて出るようにして現れた一人の女。荘厳華麗な衣服を身に纏ったその姿を視認し、それが時臣の同朋であると理解したその瞬間。燃え盛る憎悪の赴くまま、待機させていた己の使い魔を突撃させたのである。

 

 しかし結果は散々。バーサーカーの拳がアーチャーに届くことは終ぞ無く、他のサーヴァントの力を利用するという反撃により、バーサーカーは為す術無く海に沈むこととなった。傷一つ付けられなかった事実という情けない事実には、流石に怒りすらも湧いてこない。アーチャーが規格外すぎるのか、バーサーカーの力が及ばなかったのか、それともマスターである雁夜が未熟だったからなのか。おそらく、その全てなのだろう。

 

 一方でバーサーカーが戦っている間の雁夜と言えば、バーサーカーを維持するための魔力(ねんりょう)を捻出すべく、体に埋め込まれた刻印蟲――――それらが暴れ回ることで齎される激痛を、絶叫を上げながら耐えていた。しかし全身の肉という肉を体の内側から咀嚼されるという、酸鼻という言葉も及ばない痛みを前に、最後にはその意識を手放してしまったのである。戦闘の最後まで意識を保つことこそは出来たものの、それは奇跡としか言いようが無く、次も気を失わずに済むとは限らない。

 

 

「……クソッ! くそぉッ!」

 

 

 滲み出るかのように、悔恨の言葉が雁夜の口から漏れる。何度も何度も地面を拳で殴りつけ、皮膚が裂けた手の甲から赤黒い血が流れ出るが、怒りのあまり痛覚が麻痺している今の彼がそれに気づくことはない。頭から流れ落ちる血が目尻を伝い、雁夜の顔は血涙を流す鬼の形相を呈している。憤怒と激痛を堪える呻き声が用水路の中を反響し、百千の獣が唸っているかのような不気味さを齎していた。

 

 

 「まだ足りないのか!? やっと、やっとここまで来たのに、ちくしょうッ……!」

 

 

 忌むべき己の一族『間桐』の毒牙にかかった少女――――間桐桜(まとうさくら)を救うため、聖杯戦争への参加を決めたのが一年前。雁夜はその時マスターとしての資格を得るべく、今まで蛇蝎の如く嫌悪していた魔術の道へと自ら足を踏み入れた。

 

しかし元より魔術の道とは、己の半生を費やして始めて修めることができるもの。たった一年でマスターの資格を得るなど、()()()()()()では不可能である。そこで一族の長たる老人より提示された()()()()()()()()()。それは刻印蟲と呼ばれる蟲の大群に自身の肉体を贄として捧げるという、自殺以外の何物でもない狂気の手段だった。嗜虐を隠そうともしない老人の悪意の前に、しかし雁夜はそれを甘んじて受け入れた。そして間桐の屋敷の底を今日まで生き延び、マスターの条件たる魔術の習得を成し遂げたのである。

 

 

 しかし、無謀をこなした代償は大きかった。体の内外を蟲に喰われる苦悶――――常人ならば確実に発狂するそれを、雁夜は桜を守れなかった自責の念と仇敵(ときおみ)への憎悪を精神の支えに、何とか耐え抜くことは出来た。しかし蟲の暴虐に晒され続けた肉体は精神よりも先に限界を超え、近い未来に訪れる死を待つのみとなってしまったのだ。

 

 

 鮮やかな蒼髪は、一本残らず白髪へと変わり。

 それなりに色男であった顔立ちは、木乃伊(ミイラ)のように痩せこけ。

 皮膚の下に浮き出る血管は、のたくる蚯蚓(みみず)を思わせる程に生々しく脈動している。

 

 それが間桐雁夜の今の姿であり、その姿を見たならば誰もが生きていることを不思議に思うだろう。

 

 

 そんな屍体の一歩手前となった彼に残されている余命は僅か一月。しかもそれは幸運にも生き長らえた場合の話であり、それよりも早い内に刻印蟲に喰い殺される可能性の方が高い。しかし今の彼にとっては、自身の余命など最早眼中に無いことである。そもそも自身の命を気にするのであれば、聖杯戦争への参加など端からするわけがない。

 

 従って、自身の生死は雁夜を煩わせるに至るものではない。

 しかし、他の理由として憂慮していることが彼には在った。

 

 

(今までの傾向を考えると、聖杯戦争は大体二週間程度で終わる。問題は()()()で他のマスターを斃すまで、俺の命が保つのかどうか、か……)

 

 

 この命が尽きる前に、聖杯戦争に勝利することができるのか。

 それこそが雁夜にとっての至上の命題であり、同時に如何ともし難い難題であった。

 

 

 雁夜は先の見えぬ未来を思いながら、()()()()()()()靄の塊――――バーサーカーを見やる。自身が呼び出した『狂戦士(バーサーカー)』のサーヴァント。それが如何なる存在なのかを、雁夜当人も良く理解していない。バーサーカーが持つステータス隠蔽の力はマスターにも及んでしまうようで、依然として彼は己の従者の委細を知らずにいた。

 

 あの憎き蟲爺が言うにはかなり著名な存在らしいが、()()()()()()()は雁夜にしてみれば枝葉末節なものでしかない。彼が自身のサーヴァントに求めるのは、時臣を鏖殺できるだけの力を持つか否か。それさえ満たすことができるのならば、バーサーカーの正体が神であろうと悪魔であろうと、実に些細な事である。

 

 

(まさか()()だけで此処まで魔力を持っていかれるなんてな。これがもし()()だったら、根こそぎ吸い尽くされて死んでたかもしれない……本体が今何処にいるのかはわからないけど)

 

 

 謎が多いバーサーカーについて、雁夜が認知している数少ない情報の一つ。それは「バーサーカーは自分自身の分身を生み出し、それを使役できる」というもの。ステータスを隠蔽されながらも、少しでもバーサーカーの情報を得るべく試行錯誤を繰り返す中で気づいたことだ。

 

 そのことに気づいた切欠は、マスターとサーヴァントを繋ぐ回路(パス)に異常があったこと。バーサーカーの召喚の折、膨大な魔力が吸い出される感覚を雁夜は覚えたが、その魔力が行き着く先が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに疑問を抱いた。自身から吸い出された魔力を辿っていくと、何故かは分からないが途中で霧散してしまうのだ。

 

 消費されるはずの魔力は一体何処へ消えたのか。思考を重ねた結果、雁夜は「眼の前にいるバーサーカーは本物ではない」という一つの結論を導き出した。バーサーカーの『本体』は別の何処かに存在し、そこに魔力が流れている。そしてその『本体』が、目の前にいる靄の塊を操っているのだと結論づけたのである。

 

 

 では、その『本体』は何処にいるのか。残念ながら回路(パス)を辿ることが出来ない以上、『本体』の居場所に辿り着くことは叶わない。令呪を使えば強制的に呼び出すことができるだろうが、ただそれだけのために貴重な切り札を消費するのも愚かしい。

 

そしてなにより()()()()()()()()()辿()()()()()()()()()()()()()のもまた事実。例え分体であろうと戦うことはできるのであり、雁夜自身それ以上のことをサーヴァントに求めるつもりは最初(ハナ)から無いのだ。故にバーサーカーが何者なのかを一切知ること無く、雁夜はバーサーカーを使役していたのだった。

 

 

(っ……!? また左足が……それに血も足りない……とにかく、此処を出ないと……!)

 

 

 弛緩した筋肉と回らない頭に、残り少ない血液を叩き込む。数十分もの時間を要して体を落ち着かせた雁夜は、出口のマンホールを目指して這いずるように動き出した。

 

 

 体液の跡を地面に残して進む姿は芋虫さながら。その無様な風貌には人らしさなど欠片も無く、更には敗者の惨めな感情が雁夜の心を飲み込もうとする。だがそれでも、彼がその歩みを止めることは決して無い。

 

 恥や外聞など()うの昔に棄てている。その心の内に残っているのは、間桐桜を救わなければならないという義務感。そしてその桜と彼女の姉たる遠坂凛、そして嘗ての自身の想い人であった遠坂葵(とおさかあおい)を絶望の淵に追いやった遠坂時臣を、己の手ずから誅殺するという復讐心のみ。それ以外の雑多な思考は、憎悪の業火によって彼の中から寸分残さず焼却されていた。

 

 

「桜ちゃん……」

 

 

 荒い息に紛れて、知らず知らずの内に雁夜の口から言葉が溢れる。

 

 魔術師の家に生まれてしまったがために、人並みの幸福を奪われるどころか、理不尽な不幸に沈められた一人の少女。諦念と共に心を閉ざした彼女が受けている惨痛と比べれば、自身が受けている苦痛のなんと易々たることか。体内を蠢く蟲達の悍ましさも、自身の犯した咎に対する懲罰と思えば幾分か紛れるというものだ。

 

 聖杯戦争は始まったばかり。しかし既に満身創痍である自身を思うと、先の険しさに心が潰れそうになる。だが、如何に困難な道程であろうとも成し遂げなければならない。間桐桜への救済は、聖杯戦争に勝利する以外には齎されないのだ。己が脱落したら最後、その全てが無に帰すことになる。

 

 

「絶対に、絶対に助けてみせるから……」

 

 

 少女の笑顔を取り戻すことだけを希望の灯火にして、雁夜は瀕死の体に鞭を打つ。

 そんなマスターの後ろをついて回るバーサーカーは、ただひたすら赤い光眼を彼に向け続けている。

 

 

「――――■■■■、■■■■」

 

 

 雁夜が独り言をつぶやいた時、バーサーカーの理性の無い瞳が唸り声と共に揺れ動いたが、そのことに気がつける者は誰も居なかった。

 

 

 

 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 雁夜が隠れ潜んでいた用水路よりも更に奥深く。(かす)かな光をも喰らい尽くす、鬱々たる闇が氾濫する広袤(こうぼう)に、決して存在するはずのない二つの人影が見え隠れしている。彼等は地面に広がる水溜り―――――更に言うならば()()()()()()()()()()()()()を覗き込み、映し出される出来事を静かに鑑賞していた。

 

 

 今水溜りには灰色の瓦礫と塗料で着色された鉄屑の山々が全面に映り込んでいる。つい数十分ほど前までは、そこは『倉庫街』と呼ばれる冬木市の一区角であった。深夜故に人が寄り付かず、森閑とした静けさを保っていたものの、不運にも魔術師同士の殺し合いの舞台となったがために、見るも無残に破壊される憂き目に逢ってしまったのである。

 

 

「ヒューッ! 何!? 何あのやべぇの!? 特撮とかじゃないマジモンのリアル!?」

 

 

 二人組の片割れである男が、興奮冷めやらぬ紅潮した顔で堰を切ったように叫ぶ。その実に大人気ないはしゃぎ様は、まるでヒーローショーを間近で見た男の子のようだ。

 

 

 彼の名は雨生龍之介(うりゅうりゅうのすけ)。身に纏っているのは紺色のジーンズとパープルブルーのYシャツ。年頃の青年が着るには些か地味な衣服であるが、その一方で右手指に嵌められた猫目石(キャッツアイ)の指輪と豹柄模様の革ブーツが、彼の風貌に小洒落た印象を抱かせる。誰がどう見ても街を歩く一般的な好青年にしか見て取れず、明らかにこの場には相応しくない人物である。

 

 然してその実態は、冬木市を恐怖の底へと陥れている『猟奇的連続殺人事件』の実行犯だというのだから、世の中わからないものだ。

 

 

 殺人犯としての雨生龍之介が行う手口は残忍そのもの。彼によって弄ばれた人間の遺体は、陵辱の限りを尽くされている。四肢の欠損などはほんの序の口。ある者は自身の(はらわた)で地面に幾何学模様を描かれ、ある者は頭蓋から脳を取り出されて己の血を汲む酒坏(さかづき)となった。彼の手にかかったものは誰ひとりとして人間らしい死を迎えてなどおらず、近頃では殺人犯(りゅうのすけ)の人物像を予想しようとするニュース番組で持ち切りだ。

 

 

 だが、誰ひとりとして雨生龍之介という男の人間性を看過できたものはいない。そもそも、常人の感性で彼を理解できる者など皆無であろう。彼にとっての『殺人』とは、例えるならば行きつけのバーに通うようなもの。彼は街中(バー)繰り出しては好みの人間(カクテル)を選び取り、彼等が奏でる苦悶(テイスト)絶叫(パフューム)を心ゆくまで堪能するのである。そういった享楽的な殺人を「COOL」と称する雨生龍之介を理解できるものなど、同じ狂人の感性を持つ者に限られるのは自明の理であろう。

 

 

「なぁ()()()()()()聖杯戦争(セイハイセンソウ)だっけ? あんたもアレに参加するんだろ? もしかしてあいつらみたいにレーザービームをぶっ放したりできちゃうの?」

 

「ふふ、そう急かさないの。 お楽しみは後々にまで取っておかないともったいないでしょ?」

 

 

 龍之介が疑問を投げかけるのは、彼と同じく倉庫街を観察していた一人の女。『青蛾』と呼ばれた彼女は、柔らかな表情を浮かべて龍之介を窘めた。

 

 鮮やかな蒼髪を稚児髷(ちごまげ)に結い、その結い目には(かんざし)の代わりに(のみ)が挿されている。水色のワンピースの上に薄い白の羽衣を纏うその姿は、清楚でありながらもどこか蠱惑的であり、暗闇に包まれたこの場にしては少々不釣り合いな、霊妙な(おもむき)を醸し出していた。

 

 

 絵画の一枚に描かれていそうな妙齢の婦人。その正体が聖杯戦争におけるサーヴァントの一騎、『魔術師(キャスター)』であることを知る者はこの場に居ない。彼女の主人(マスター)たる者――――雨生龍之介ですらも知り得ないことである。

 

 もっとも、龍之介は魔術とは欠片も関わりの無い一般人であり、幾重もの偶然が重なった結果として聖杯戦争に巻き込まれただけなのだ。従って聖杯戦争の常識など当然知っているはずもなく、図らずも喚び出してしまったキャスターに強い興味を持ち、その後を付いてきているにすぎない。

 

 

 常人からかけ離れた感性を持つ龍之介が、見知らぬ女(キャスター)に興味を示す理由。それは彼女が龍之介の琴線に触れるような――――彼曰くFANCYな――――人間の殺害方法を、召喚された折に披露したからだ。

 

 キャスターとしては戦力を集める手始めとして、自身にとって慣れた手法で殺人を行っただけであり、龍之介(マスター)に取り入る意図は全く無かった。しかし最近黒魔術的な儀式殺人の傾倒していた龍之介にとって、キャスターの御業は非常に心を擽るものに映り、結果として一種の敬意を抱くに至っていた。

 

 

 「それにしても、貴方のような素敵な殿方に喚び出されて本当によかった。 ()()()()()()()()を創れるなんてびっくりよ」

 

「だろ? 姐さんのFANCYな殺し方を見てビビッときたのはいいんだけどさ、丁度いい素材が中々見つからなかったんだよね。姐さんが手伝ってくれなかったらあんなにCOOLな作品は作れなかったよ。マジ感謝してる!」

 

 「どういたしまして、龍之介さん」

 

 

 眼を輝かせて感謝を述べる龍之介に、キャスターは変わらぬ微笑みで答えを返す。

 

 彼らの傍に直立しているのは女型の人体模型。キャスターの手を借り、龍之介の渾身の手で制作された()()である。造形は学校施設でよく使用されている人体模型と大差ない。しかし決定的に違うのは、その人形を構成しているあらゆる器官、()()()()()()()()()()という点であろう。

 

 

 左半身の切り開かれた胸部から覗く艶やかな心臓。それは早鐘の如く打ち鳴らされ、近くに寄り添う肺は小刻みに膨張と収縮を繰り返している。腹部に収まる鮮やかな血色の(はらわた)は、腹から零れ落ちないように錦糸で釣り上げられ、忙しなく中で蠢き続けている。

 

 一方、全ての生皮を剥がされた右半身は、細いラインの筋肉が剥き出しとなっており、時折ヒクヒクと脈打つように痙攣している。その間を縫うようにして走る毛細血管を見れば、赤黒い鮮血が絶えることなく流れ続けている様子が見て取れ、蛙の標本さながらに生命の証をまざまざと誇示していた。

 

 

「ア゛ッ、ぎィィ……!」

 

 

 露出した咽頭からくぐもった声がか細く響き、だらしなく開かれた口からは止め処なく唾液が滴っている。

 瞼を切除されて覆い隠すものが無くなった眼球は、乾きの苦痛の悶えながら忙しなく回転し続けている。

 

 その人形の素体となった人間が誰だったのか、蹂躙され尽くした顔からは最早窺い知ることは出来ない。しかし、そこに浮かぶ表情は紛れもなく苦痛のそれである。時折聞こえる人形の叫びは、龍之介の毒牙にかかった哀れな女の、終わらぬ地獄からの開放を求める声なのだろう。

 

 しかし彼女が捕らえられている空間は、地上よりはるか深くに位置する冬木市新都の地下放水路の中。その場所に足を踏み入れる者などいるはずもなく、その願いが叶うことは決して無い。

 

 

「でも姐さんの仙術ってすっげぇよな。最初に見せてくれた奴……なんだっけ? ユーレイとか別に気にしたことなんて無かったけどさぁ、あんなのを見せられちゃったら信じるしかないよね」

 

「『招財童子(ヤンシャオグィ)』よ。流石の貴方にも刺激が強すぎたかしら?」

 

「いや、めっちゃコーフンしたよ! 妊婦さんから取り出した赤ちゃんを殺したら黒いのがブワーッてさ! ホラー映画とかで見たことあるけど、マジで本物を見られるとは思わなかったぜ! ……でも会話ができないのは残念だったかなぁ。『死ぬ』ってどんなもんなのか教えて欲しかったんだけど」

 

 

 常人ならばその場で吐瀉物をぶち撒ける光景を前に、龍之介とキャスターは暢気に会話を繰り広げる。何処からか鼻を捻じ曲げんばかりの悪臭が漂ってきているが、彼等は微塵たりとも気にしていないようだ。

 

 当人達にとって、斯様な環境は既に慣れたものなのだろう。龍之介は言わずもがな、これまで何十人もの人間を肉塊に変えてきた殺人鬼。キャスターについても、その会話から察するに碌な行いをしてきていないことは容易に察することが出来た。

 

 

「ところで姐さん、姐さんの言う()()は大分溜まってきたけどまだ集めるの? オレとしては創作のための材料が集まるからいいんだけどさ」

 

「そうね……」

 

 

 龍之介の問いかけを片耳に受けつつ、キャスターは思案しながら自らの()()へと足を向ける。その先に広がるのは、太めの蝋燭が点々と地面に置かれた空間。鼻腔にへばり付くような臭いと、数多の嬌声が木霊するその場所には、数十人の裸婦が地に立つ蝋燭の淡い光に照らされ、両手を縛られてコンクリートの壁に繋がれていた。

 

 穴という穴から体液を垂れ流し、あらぬ方向に眼球を向けながら時折思い出したかのように叫び声を上げる姿からは、理性など欠片たりとも感じられない。中には龍之介(オス)の存在を感知した途端、鎖を引き千切ろうと暴れる者もおり、もはや発情した獣のそれである。

 

 

 そんな彼女等の淫臭に紛れて漂う、(いぶ)された香木の香り。中央に据え付けられた人の膝程の高さがある香炉から漏れ出す燻煙こそが、女達の自我を溶かし尽くした元凶。キャスターが用意したそれは、彼女が持つ宝具の制作を効率化させるための道具である。

 

 その匂いを嗅いだ女は性欲の歯止めが効かなくなり、文字通り()()()()()()()()()性交を続けることになる。加えて常時発情状態にすることで排卵を促す効果もあり、妊娠しやすい――――即ち宝具の材料である胎児の量産を可能としてくれるのだ。ちなみに香の効果があるのは人間の女性だけであり、サーヴァントたるキャスターが影響を受けることは有り得ず、男性である龍之介にも当然影響は無い。

 

 

 母体として最適化された女に男の精を植え付け、魔術にて胎児の発育を急速に促し、成熟したそれを摘出した上で殺害。

 そうして生まれた胎児の怨霊を、「もう一度生まれ直したい」という彼らの願望に付け込んで使役する。

 

 それこそが茅山派(マオシャンパイ)道教の邪法。

 キャスターの宝具の一つ『招財童子(ヤンシャオグィ)』なのだ。

 

 

「うーん、大分集まったようだし、そろそろ次の段階に行ってもいい頃合いかしらね」

 

「お、なになに姐さん? もしかして新しいやつを見せてくれるの?」

 

 

 苗床の一人である女、その膨らんだ腹を指でなぞりながら呟くキャスターに対し、周囲の獣の喧騒など意にも介さず、龍之介は期待に満ちた視線を彼女に投げかける。

 

 キャスターが視線を向けた先には、整然と床に横たわる別の女達の姿。()()()の正体とは、キャスターの邪法に耐えきれず、肉体的或いは精神的に死した者達である。うら若き少女から熟れた婦人まで、その年齢幅はかなり広い。恐らく、出産が可能な女性を無差別に攫ってきたのだろう。

 

 屍体に一つを一瞥した彼女は、懐から複雑怪奇な文字――――雄鶏の血で『勅令陏身保命』と書かれた一枚の紙を取り出す。

 

 

「龍之介さん。貴方は、『本物の死が知りたい』と言っていたわよね? 日頃の創作活動もそのためのものだとか」

 

「あぁ、うん。そうだけど? ドラマとか映画のやつってものすごくチープだからさ。自分でやったほうが何倍も()()()()()()()()()()んだよね。同じ殺し方でも死に方は色々だし、下手なホラー映画なんかよりもずっと見応えがある」

 

 

 自身に渦巻く願望を、包み隠さず曝け出す龍之介。

 彼の凶行の理由は、聴くだけならば至極単純。『死』と呼ばれる、生きている限りは決して体感できないモノへの好奇心に拠るもの。

 

 

 『死』とはどういうものなのか?

 死に近づく時の感覚はどんなものなのか?

 そして『死』に至った時、人は何を思うのだろうか?

 

 

 多くの人々は、口々に「死とは恐ろしいものだ」と語る。しかしその反面、恐怖たる『死』をテーマにした創作に、人が群がり易いこともまた事実である。

 

 例えば嘗てにおいて、罪人の公開処刑は一般大衆の普遍的な娯楽であった。磔刑、絞首刑、斬首刑――――罪人が己の末期に顔を歪ませて死に絶える姿を、人々は自身の目に深く焼き付けていたのだ。勿論、それらの中には悪が裁かれることに快感を得ていた人間はいたかもしれない。しかし大衆の多くが『怖いもの見たさ』で処刑場へと足を運んでいたであろう。そしてその『怖いもの見たさ』の源となっているのは、『死』に対する知的好奇心であることは疑いようがない。

 

 詰まるところ、龍之介が行っていることは『処刑の見物』の延長線上に位置するものでしかない。人の死を起こすのが自分であるか、それとも他人であるかの差異しか無いのだ。自分自身の手で人を死へと突き落とし、その時の様子を観察して死を理解すること。ただそれだけの、実にシンプルな理由である。

 

 

「私も今まで色々な人の死に目を見てきたけれど、流石に()()()()()()()()()()から、貴方の期待には答えられそうにないわね……ごめんなさいね?」

 

「いいよ姐さん、別に謝らなくても。オレとしては姐さんの仙術を見れただけでも十分さ。おかげでインスピレーションがどんどん湧いてきてるし、これから忙しくなりそうだよ」

 

「それはよかった。貴方と共にいられる時間はあまり長くはないけれど、その間は貴方の手助けをしてあげるわ」

 

「オーケー姐さん。オレも姐さんの手伝いをするからさ。一緒に頑張ろう!」

 

「えぇ、頑張りましょう龍之介さん」

 

 

 血臭と性臭、嗚咽と啼泣が同居する中で、彼等の快活な笑い声が響く。魔術の欠片も知らない者がマスターになるという異常。聖杯がマスターの資格を持つ魔術師を見出だせなかったがために、苦肉の策として生み出された即席の主従が彼等。それにも関わらず、互いの仲が至極良好であるのは如何なる奇跡か。彼等の波長が噛み合っているからなのか、それとも他に理由があるのか――――。

 

 

 運命の悪戯によって引き合わされた狐憑き達。二人の宴はまだ始まったばかりである。

 彼等が生み出した()()が世に放たれ、冬木の街に阿鼻の如き地獄が齎されるのはまだ先の話。

 

 

 

 




全ての陣営が出揃った所で第一巻分終了。次回から第二巻分が始まります。

無印Fateまで簡単な構想は練ってありますが、そこに辿り着くのはいつになることやら……
まぁ気長に書いていきますので、よしなに。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。