Fate/lost mirages   作:Y-SSK

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※修正履歴
無し。


Stage.2 ~人妖跋扈~
第拾壱話 尊大なる神童とラプラスの悪魔


「――――して、何か申し開きをすることはあるか? ランサー」

 

 

 冬木市の新都に立つ高級ホテル、冬木ハイアット・ホテル。その最上階に位置する客室にて、聖杯戦争の参加者である一組の主従――――マスターのケイネス・エルメロイ・アーチボルトと彼のサーヴァントであるランサーの二人は、豪奢な机を間に挟んで対峙していた。

 

 

 ソファーに座るケイネスの口から溢れる言葉は、鉛のような重みを持って部屋の空気を圧迫する。そしてその眼よりランサーへと注がれる視線は、明らかに強い誹りを帯びたもの。ふざけた口答えをするならば、有無を言わさず処断する――――そんな殺気に等しい意志をそこから感じることができる。一見平静のように見えるが、果たして内心どれ程の激憤に駆られているのか。もしも不肖の弟子であるウェイバーがこの場に居合わせようものなら、恐怖のあまり卒倒してしまうに違いない。

 

 

「あら、なんのことかしら?」

 

 

 しかしその威圧を前にして、ランサーは事も無げにさらりと言葉を返した。そこに畏れや敬いなどといった感情は欠片もなく、とてもではないが主人(マスター)に対してとるような態度ではない。彼女の幼い容姿と相まって、その姿からは親の叱咤を飄々と受け流す悪童のような印象を抱かせる。

 

 ケイネスは立場上ランサーの主人(マスター)であるが、所詮は人の身を逸脱しない存在。サーヴァントから見れば、あまりに脆弱すぎる存在である。そのような者に払う敬意などないというのがランサーの考えなのだろう。もっとも、不遜を常日頃から滲ませている彼女が他人に敬意を払っている姿など、まるで想像できないが。

 

 

「……呆けるのであれば、その幼稚な脳に直接刻み込んでみるか?」

 

「残念、私に脳味噌なんて不出来な器官はありませんわ。そんなものを使っているのは人間だけよ、ご主人様(マスター)

 

 

 罵倒に罵倒を返しつつ、二人の視線が空中で交差する。ここまでランサーに不躾な態度を取られて尚、ケイネスが激高しないのは奇跡に近い。言葉に節々からわかるように、ケイネスという男は法外な迄の自尊心の持ち主である。会って間もない他人、しかも自身の使い魔(サーヴァント)に舐められるなど、まず以って容認し得ないことだ。

 

 それにも関わらず未だに彼が我を忘れていないのは、ランサーの幼すぎる容姿のためか。サーヴァントとは言え、幼子に対して大の大人が躍起になることに何か思うことがあったのか。それは本人のみが知り得ることであるが、いずれにせよケイネスは今、己の理性という理性を総動員し、荒れ狂う怒りを何とか()()()()()()()()にまで押し込めてランサーに対応していた。完全に封じることは残念ながらできていないが、普段の彼を考えるならば十分に及第点と言えるだろう。

 

 しかし、それもそろそろ限界に近い。元より自身の感情を律することは、ケイネスにとってはあまり慣れたものではないからだ。言わば膨らみきった風船のようなものであり、これ以上の空気(いかり)を溜め込めば破裂しかねない状態だった。

 

 

「そうか、あくまでも白を切るか、ランサー……ならば私にも考えがある」

 

 

 重苦しい言葉を皮切りに、ケイネスの魔術回路が起動する。魔術の才が集う「時計塔」をして、神童の名で讃えられる彼の魔術回路の本数は、凡俗の魔術師の数十倍に匹敵する強大なもの。それらから生み出される潤沢な魔力は、しかし本来の役目を果たすことなく、()()()()()()()()()()()()へと収束した。

 

 

「令呪を以って命ず。ラン――――」

 

「そこまでにしなさい、ケイネス。見ていられないわ」

 

 

 ケイネスがランサーへ令呪を行使しようとしたその直前、一つの声が二人の間に割って入る。紡ごうとした言葉を詰まらせたケイネスが声の方を見やると、そこには寝室の扉に背を預けている女が居た。

 

 

 燃え上がるような赤髪と底冷えするような眼光。それらの相反する要素を内包している彼女の名は、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。ケイネスの恩師たる男の息女であり、聖杯戦争におけるケイネスの協力者であり――――そして、ケイネスと生涯を共にする許嫁である。

 

 名門アーチボルト家に伯仲するソフィアリ家。それに連なる彼女は、将来の夫となる男を前にして、到底夫に向けるものではない冷徹な瞳でケイネスを射抜く。多分の呆れを含むその視線に晒されたケイネスは、狼狽したように口籠り始めた。

 

 

「ソラウ、何を……」

 

「ケイネス、貴方の気持ちはわかるわ。ランサーは貴方の言うことを聴かず、あまつさえ神秘を漏洩しかねない暴挙に出たんだもの。貴方にしてみれば、彼女の行動はさぞ怒りで煮えくり返るものでしょうね」

 

「それを理解しているなら何故止める? ランサーの身勝手な行動は度が過ぎる。今ここで止めなければ聖杯戦争どころの話ではなくなってしまうのだぞ? だから――――」

 

「だから令呪を使うというの? ケイネス貴方、まさか()()()()()()()()()を忘れたわけではないでしょうね?」

 

「それは……」

 

 

 ソラウの厳しい言及に対し、ケイネスは返答に窮する。

 

 令呪とは、幻霊(サーヴァント)に対する絶対命令権。その紋様の一画一画が、魔法に匹敵するまでの奇跡を引き起こすことを可能とする、膨大な魔力の結晶である。しかしそれ故に、使えるのは僅か三回限り。正に切り札のような存在であり、令呪を消費することはそれだけで敗北を近づけることになると言っても過言ではない。

 

 

「貴方がどんな命令を下そうとしたのかは知らないわ。でも数限られる貴重な切り札を、()()()()()()()のために使わないで。それに、これ以上ランサーとの関係を悪くするのもいただけないわ。」

 

「くだらないとは流石に聞き捨てならないぞソラウ。神秘の漏洩が我々魔術師にとって、どれほど深刻なことなのか……」

 

「そんなこと、今更貴方に説教されるまでもないわ。私が言いたいのはね、()()()()()()()()()()()()()だけのために令呪を使わないでと言っているの。それとも何、もはや令呪を使うことでしかランサーを制御できないとでも?」

 

「う、む……」

 

 

 ケイネスはソラウに反論しようとするも、流石にそう詰問されては返す言葉がない。

 

 

 確かに令呪を使用すれば、傍若無人な己の使い魔を大人しくさせられるだろう。だがそれは結局のところ他力本願であり、自身の力で制御できなかったというある種の敗北宣言と言える。

 

 そして再三言うように、ケイネスという男は自身の経歴に僅かな瑕疵が付くことも容認できない完璧主義者。そんな彼が使い魔を制御できないなどという、余りにも情けない結末を受け入れられるはずもなく。ソラウの指摘は、ケイネスの口を縫い合わせるには十分なものであった。

 

 

「痴話喧嘩は終わったのかしら? 私そっちのけで盛り上がっちゃって、狼ですらも食べそうにない光景だわ」

 

 

 そんな二人を他所に、ランサーはいつの間にかソファーに座って寛いでいた。彼女の目の前にあるテーブルの上には、部屋に備え付けられていたティーセットの一式が置かれている。その傍らには、お湯が入ったケトルを支えて滞空する蝙蝠が数匹。ティーポットには既にお湯が注がれているようで、そこからは芳醇な紅茶の香りが漂い始めていた。

 

 ランサーは優雅な所作でティーポットを持ち上げると、中身を静かにカップへと注ぎ込む。そして薄い湯気が立つカップを片手で持つと、それを一口。暫くの間紅茶を口の中で転がした後に飲み下すと、小さな溜息と共に口を開いた。

 

 

「……これは安物ね。十点中三点と言ったところかしら。ま、鍍金(めっき)だらけのこの部屋にはお似合いでしょうけど」

 

「ランサーッ! 貴様いい加減に……!」

 

 

 冬木市が誇る高級ホテルの紅茶に、辛口の評価を下すランサー。そんな彼女に腹を据えかねたケイネスが、青筋を立てて怒声を上げる。彼はランサーの童顔を殴り飛ばしたくなる衝動に駆られるも、しかし身を乗り出すより先にソラウに押し留められた。

 

 

「ケイネス、落ち着きなさい。貴方らしくもない……ランサーもランサーよ。仮にも使い魔(サーヴァント)の立場なのだから、無闇に主人(マスター)を挑発するのは止めなさい」

 

「……私が何をしようと、それは私の勝手。お前たち如きに縛り付けられるほど、()()()()()()()()()()()の名は安くはないわ。身の程を弁えなさい、人間(ムシケラ)

 

 

 レミリア・スカーレット。そう名乗ったランサーの少女は、魔術師二人をその鮮やかな紅眼で射抜く。それと同時に、今までとは比較にならない程の重圧が部屋の中を支配した。

 

 先程までの浮ついた雰囲気とは打って変わって、彼女の顔からは感情が消え失せ、その目つきは塵芥を見る侮蔑のそれである。今のケイネスとソラウの心境を一言で表すなら、「蛇に睨まれた蛙」という表現が適切だろう。ギロチンの枷に首が嵌められているかのような恐怖感が、彼等の精神を蝕まんとする。

 

 しかしそこで及び腰にならないのは、流石は魔術の名門に連なる者達と言うべきか。元より魔術師とは、死と共に歩むものであるが故に、それを骨の髄まで叩き込まれた彼等が無様に逃げ出すことはあり得ない。

 

 

 ――――例えそれが、人智を超越した怪物に殺意を向けられたとしても。

 

 

「ランサー」

 

「何かしら?」

 

 

 幾許かの沈黙の後、ソラウが重い口を開く。対するランサーの表情は変わることなく、ソファーに座りながらソラウを只々睨めつけている。

 

 

「……サーヴァントには、聖杯にかける願いを持つ者が呼び出される。ランサーにも、叶えたい願いがあるのでしょう? こんなところで仲間割れをしていては、勝てる勝負も勝てなくなる。当然、貴方の願いも叶えられなくなるわ」

 

「何を言い出すかと思えば、仲裁とは下らない。

 

 もう願いは叶っている。この戦いこそが我が願い……と言ったらどうする?」

 

 

 ソラウの窘めを一笑に付したランサーは、その眼を彼女だけに移す。それに伴い、発せられる殺気もソラウ一人に集中した。もはや質量を持っているかのような視線に、心臓を抉り出されるような錯覚を覚えるが、ソラウは努めて平静を保ちランサーを睨み返す。ここで折れてしまっては、永劫ランサーを制御できなくなると理解しているためだ。

 

 本来ならばこのような説得は、傍らに立つケイネスがするべきことである。しかし如何せん、彼は交渉事には向いていない。共生関係において、相手の立場を忖度(そんたく)する機敏さは持ち合わせていないのだ。降りかかる試練を、己の才覚だけで苦もなく解決してきたからこその弊害を言えよう。そしてそれは、こと聖杯戦争に限っては致命的といえる。

 

 

 サーヴァントはサーヴァントでしか倒せない。

 それが事実である以上、自身のサーヴァントとの決裂は、決して起こしてはならないこと。

 

 従ってケイネスが苦手とする――――本人は決して認めはしないだろうが――――ランサーとの交渉をソラウが代行することになるのは必然であった。

 

 

「それはないわね」

 

「何故?」

 

「貴方が怒りに燃えているのは、私に使い魔(サーヴァント)と呼ばれたから、でしょう? 自身の沽券をそこまで気にかける人が、()()()()()()()で召喚に応じるとは考えられないもの。

 

 貴方はもっと大きな……それこそ、自身の矜持(プライド)を投げ捨てて、他人に指図される立場になってまでも叶えたい願望、それを持っているはず。違うかしら?」

 

 

「……………………言うじゃないか、人間」

 

 

 一言一言、慎重に選び取られた言葉に、レミリアは長い沈黙の後にぽつりと言葉を零す。その瞬間、部屋を支配していた重圧が、ふっと綿毛のように軽くなった。未だヒリヒリとした緊張感は残っているものの、先程までの重苦しさとは比ぶべくもない。

 

 

「私の殺気を前にして、そこまで言い切る胆力……気に入ったわ。先の失言、今回は見逃してあげる」

 

「……そう、それは良かったわ」

 

 

 今し方のやり取りをなかったかのように振舞い、あっけらかんと言うランサー。普段通りの横柄な態度に戻っており、サーヴァントの反逆などという眼にも当てられない結末は、()()()()()回避されたようだった。経験したことのない怪物との弁論を終えたソラウは、内心大きな溜息をつく。

 

 

 ケイネスを確実に勝たせるために同行している以上、どんな難題であれ、それをこなすこと自体に不満はない。元より、政争のための道具として育てられてきた彼女である。例え望んだことではないにしても、それが自身の役割ならば異存はない。

 

 だがしかし、ケイネス本人の不甲斐なさに関してだけは思うことはある。断じて彼のことを嫌いというわけではないが、聖杯戦争のマスターらしからぬ振舞いを度々見せられては、苦言の一つも零したくなるというもの。

 

 

 この尊大すぎる態度がなければ、此度の戦いには何の憂いもなかったでしょうに――――

 そんな思いを心の片隅に燻らせながら、ソラウは未来の夫のことを見やるのだった。

 

 

「さて、それで、何の話をしてたかしら……あぁ、『神秘の漏洩』とやらのことだったわね」

 

「そうだ。神秘に携わる者ならば、決して破ってはならない禁忌をお前は犯そうとしたのだ。普通であれば、あの時点で私手ずから自害を命じている」

 

「あらご主人様(マスター)、ずっと黙っているものだから、てっきり眠りこけてしまったのかと思いましたわ。一度眠って頭を冷やしたほうがよろしいのではなくて? 血の巡りが良くなりすぎるとかえって体に毒よ」

 

「……ふん、安い挑発だなランサー。それはお前に当て嵌まることではないのか? 稚児は既に寝る時間だぞ、血染めの子鬼(レッドキャップ)

 

「さっさと話を進めなさい二人共。いい加減にしないと部屋から叩き出すわよ」

 

 

 せっかく仲裁したというのに、再び険悪になられては堪らない――――そんな気持ちを隠そうともせず、ソラウは苛立ち紛れに叱咤する。それを受けてか、ケイネスは渋々とした表情で引き下がり、ランサーも毒気を抜かれたようにして沈黙した。

 

 

「ランサー、貴方には先の行動……神秘を部外者に暴露しようとしたことに関する説明責任があるわ。こればかりは馴れ合いで済ませるわけにはいかないのよ。返答次第では、()()()()()()()()()貴方に制約を課さなければならなくなる。納得のできる答え、してくれるかしら?」

 

 

 静かになったことを確認したソラウは、改めてランサーに対して問いかける。

 

 ランサーが仕出かした凶行。先程の彼女はそれを追及しようとするケイネスを窘めていたが、何もランサーの狼藉自体を許したというわけではない。家督を継ぐことはできなかったとは言え、彼女も魔術師の一人である以上は、越えてはならない一線というものがあるのだから。

 

 

「見逃してくれると思ったのだけど、案外抜け目ないわね。まぁいいわ……貴方達は幻霊(サーヴァント)について、どの程度のことまで知っているかしら?」

 

「忘れ去られた、或いは世間に周知された神秘を扱う者、もしくは神秘そのもの。力を失い、体裁すらも保てなくなった、落伍した幻想……だったかしら?」

 

「その表現には一言物申したいのだけれど、それは後にするわ……えぇ、その認識で概ね正解。私達は人間による神秘の否定、貴方達風に言えば『認識者の拡大による神秘の希釈』によって現世での存在を保てなくなった者。

 

 それを聖杯の力を利用して、無理やり現界させているのが幻霊(サーヴァント)というわけ。聖杯の補助なしに現世に留まろうとすれば、例え潤沢な魔力があろうとも半日と持たずに消滅してしまうでしょうね」

 

「……それがどうしたというのだ? お前の蛮行と何の関係がある?」

 

 

 ランサーの勿体ぶった言葉に、ケイネスは僅かな苛立ちを含んだ声を上げる。幻霊(サーヴァント)とは、現世より既に失われた神秘。それは聖杯戦争に参加している魔術師ならば誰もが知っていること。今更になって長々と講釈を垂らされるまでもない。

 

 

「せっかちねぇご主人様(マスター)は……魔術師なら『世界の修正力』のことは知っているでしょう? それがそのまま答えになるわ。

 

 私達の神秘は()()()()()()()()()()()()()()()()()……それが今の世界の摂理。私達が現世に留まれないのは、世界が私達の存在によって生じる矛盾を許さないからよ。

 

 簡単に言えば私達が多少暴れても、大抵は世界が勝手に隠蔽してくれるの。一般庶民には私の姿はただの子供にしか見えないし、目の前で槍を出したとしても手品としか思わない。私が投げた槍も、おそらくは流れ星か何かと勝手に解釈している……いえ、()()()()()()()()()でしょうね。他ならない世界の手で。

 

 貴方たち魔術師が私のことを幻霊(サーヴァント)だと認識できているのは、(ひとえ)に神秘がなんたるかを知っているからなのよ……理解できたかしら?」

 

 

 世界は矛盾を許さない。存在するはずのないものが存在する場合、世界はそれを消去しようとする。

 

 魔術師の身近なものに例えるならば、『投影魔術』がその最たるものだろう。投影魔術は既に失われた物品のレプリカ、それを魔力によって編み上げる魔術だが、『既にないモノ』を無理やりこの世に復元するために矛盾を嫌う世界によって修正、存在を消されてしまうのだ。

 

 幻霊(サーヴァント)が世界から忘却されて消滅したものであり、世界がそれを理としてしまっている以上、彼等を現世に顕現させ続けること――――世界に刃向かい続けることは、生半可な魔術では成し得ない。それこそ、聖杯でもない限りは。

 

 

「待てランサー。今お前は()()()()()()()()()()と言ったな? その()()を逸脱した場合はどうなる?」

 

「あら、耳がいいわねご主人様(マスター)。そうね、認識、更には記憶の改竄でも誤魔化せない時は、最悪その主原因ごと排除して()()()()()()にしようとするでしょうね。例えば……ご主人様(マスター)は最初から聖杯戦争に参加してなかったとか」

 

「何……?」

 

「まぁ、そんなことは早々起こるものじゃないけどね。あの聖堂教会の隠蔽工作のことも考えれば、街一つが消えるようなことでもない限りは認識と記憶の改竄で十分よ」

 

 

 ランサーの説明に眉を顰めるケイネスであったが、ランサーはそれを気にすることなく話を終えた。彼女はカップに入った紅茶を味わいもせずに飲み下すと、ふぅと小さく一息をつく。そんなランサーの姿を、ソラウは意外といった顔をしながら見ていた。

 

 

「随分と詳しいわね、ランサー。貴方、魔術のことに関しては門外漢でしょう?」

 

「私は自らの力で幻想の郷に渡ったのよ。その辺りの仕組みについては、そこらの輩よりは熟知しているわ。本当は()()()()()()()が近くにいた気もするけど……まぁいいわ、思い出せないということは、つまりそうなんでしょうね」

 

 

 ソラウの問いかけに対し、にべもなく返答するランサー。彼女は物思いに耽るような素振りを見せながら、ガラス張りの壁の向こうに見える月を見て言葉を溢す。その姿はまるで、何かを思い出そうとして、結局諦めてしまったかのような。普段のランサーらしからぬ姿を、ただソラウは見ることしかできなかった。

 

 

 会話が途切れ、静寂が立ち込めようとした一室。しかしそれを切り裂くかのようにして、けたたましい防災ベルの音が鳴り響く。

 

 

「何事?」

 

 

 怪訝な声を上げるソラウを他所に、ケイネスは同じく騒ぎ出した部屋備え付けの電話の受話器を掴み取ると、ホテルの係員からの言葉に耳を傾ける。それは時間にして十数秒。しかし今起こっている騒ぎの実態を飲み込むには十分な時間であり、受話器を戻す頃には、彼の顔は冷徹な魔術師としてのそれに変貌していた。

 

 

「敵襲だ、ソラウ」

 

「敵襲ですって?」

 

「あぁ、大方先の戦いで暴れ足りなかった輩の仕業だろう。どうやら下の階で火災が起きたらしいが、敵方の人払いに違いない。人気のなくなった頃合いを見計らって攻め入ってくるはずだ」

 

「迎撃の手筈は?」

 

「ふっ、私を誰だと思っているんだいソラウ。そんなものはとうの昔に済ませている。時計塔から持ち出してきた魔術礼装の数々、それに私謹製の結界を組み合わせた工房となれば、凡百の魔術師ごときには一週間かかろうとも攻略は不可能だよ」

 

「そうね、でも相手がサーヴァントを使って力任せに突破してくるかもしれないわ」

 

「無論、それも承知の上だ。ランサー、お前は今すぐ階下に向かって相手のサーヴァントの足止めを……ランサー?」

 

 

 サーヴァントの相手はサーヴァントがすればいい。そういった思考から、ケイネスはランサーに迎撃の先行を命令しようとするが、当のランサーからの返事はなく。何事かと目をやると、彼女は窓ガラスから地上の光景を見下ろし、ぶつぶつと独り言を呟いていた。

 

 

「……………………ふぅん、中々エゲツないこと考えるわね、相手方も。飛び降りるのは……駄目ね。駆け下りるのは……流石に間に合わないか。そもそも外に出ると狙い撃ちにされる……?」

 

「ランサー、聞いているのか!」

 

「五月蝿いわね。貴方はさっさと準備をしなさい。忘れ物をしても知らないわよ」

 

「それはこっちの台詞だ! 早く迎撃を――――」

 

「何を勘違いしてるのかしら? 今するべきことは()()()()()よ。早くしなさい」

 

「は……?」

 

 

 ランサーの言葉に、ケイネスは絶句した。その表情から察するに、言葉の意味すらもあまり理解できていないだろう。傍らに立つソラウも強い猜疑の感情が見え隠れしており、ランサーの言葉の意図を理解しきれていないことが伺えた。

 

 そんな二人を見たランサーは軽く溜息をつくと、至極面倒そうな顔つきで再び口を開く。

 

 

「二度も言わせないで。この拠点はもう終わりよ。持てるものを持って次の拠点を見つけたほうが遥かに建設的だわ」

 

「な、にを……?」

 

「まだ理解できない? ご主人様(マスター)がこの結界にどれだけ自信を持っているのかは知らないけど――――『砂上の楼閣』って知ってるかしら?」

 

 

 砂上の楼閣。その言葉を聞いた瞬間、ケイネスの優れた頭脳が一つの可能性を導き出す。

 そしてそれは、彼にしてみれば俄に信じ難いものだった。

 

 

 自身の敷いた魔術工房。

 それが他の追随を許さないほどの堅牢さを誇っていることは、自他共に認める事実である。

 しかし、それを根本から成り立たせているものは何か。基盤となっているものは何か。

 

 

 どんなに荘厳な楼閣も、砂上に建ててしまっては瞬く間に崩れ去ってしまうように。

 ケイネスの魔術工房も、鉄筋コンクリートという()()()()()()()()()素材でできた建造物の上に成り立つものでしかない。

 

 

 その土台がもしも、崩されることがあったとしたら。

 

 

「ラン――――」

 

 

 ケイネスがランサーの真意を問い質そうとしたその直前、突き上げるかのような震動と共に、途方もない爆音が階下から轟く。ビル全体を襲う揺れは治まることを知らず、さながら地震でも起きたかのようだ。部屋を襲う横揺れに体を崩しながら、ケイネスが信じられないとでも言うかのように大声を張り上げる。

 

 

「まさか、建物ごと破壊するつもりか!? そんなことをすれば――――」

 

「『神秘の秘匿』が犯される? それこそ浅慮に過ぎるわ。神秘などに頼らなくとも、ビル一つを倒壊させる方法なんていくらでもあるというのに」

 

 

 狼狽えるケイネスとは対照的に、ランサーは冷めた眼で言葉を告げる。先ほどまでとは違った、淡々とした印象を受けるランサー姿に、ケイネスは僅かな違和感を覚えるが、周囲の状況がそれに思考を割くことを許さない。

 

 

()()()私達の負け。でも気にすることはないわ。『運命』の流れは複雑怪奇、この出来事も大きな流れの中の一つにすぎないのだから。いずれ必ず、我々にとっての天命が訪れる――――その時まで精々足掻いてみせることね、ご主人様(マスター)

 

 

 ランサーが言葉を言い終える刹那、一同の体を身の毛がよだつ浮遊感が襲う。

 

 その日、冬木市が誇る高級ホテルは無残な瓦礫の山と化したのだった。

 

 

 




積んでたゲーム処理してたらすごい時間経ってた。こわい(白目)
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