Fate/lost mirages   作:Y-SSK

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※修正履歴
2017/01/22 レイアウトの修正。文章の加筆・修正。
2017/07/17 文章の加筆・修正。


第弐話 浅薄なる凡人と泥棒少女

 彼、ウェイバー・ベルベットは魔術師である。

 

 社会の荒波に漕ぎ出したばかりの若輩なれど、その身の内に秘めたる才は他の俗人に比ぶべくも無い。彼が生まれた家系は、確かに本人で三代目という歴史の浅いものであり、彼自身も著名な魔術師に師事されたわけでもはない身の上である。

 

 しかしながら魔術教会の総本山である『時計塔』に招かれ、他の数百年の歴史を持つ他の魔術師達と肩を並べていることは紛れもない事実。それ自体が、彼の才能が他に類を見ないものであることを如実に表していると言えるだろう。

 

 だからこそ彼は自分の才能を疑うことはしなかったし、当然のように時計塔でも自身の才能が評価されると信じ切っていた。

 

 

 しかし、現実は彼を無情に叩き潰す。

 

 

 時計塔に通い始めてから今までの間、彼の才が真に評価されたことは一度もない。むしろエリート気取り――――実際にエリートなのだが――――の愚劣な輩、同期生どころか教師にすら三流魔術師として嘲笑われる始末だ。

 

「魔術師としての価値は、重ねられた歴史に比例する」というのが魔術師達にとっての常識。魔術師としての価値を決める魔術回路の数は、魔術師としての歴史を重ねる毎に増えていくものだからである。故に彼等の元締めともなる場所ともなれば、その固定観念は水晶よりも堅牢で、金剛石(ダイヤモンド)よりも傷つくことがないものへと成り果てているのは自明と言えよう。如何に才能を持っていたとしても、歴史が浅いという時点で、彼は他の凡百と同等の存在でしかなかったのだ。

 

 

 才能に溢れた自身が路傍の石のように足蹴にされ、歴史だけが取り柄の無能が評価されている。その現実に己が天才であると()()()()()()ウェイバーが怒りを抱かないわけがない。例えその判断が長年の経験に基づくものであったとしても、()()()()()自身は時計塔に革命を齎す存在だからである。

 

 歴史の格差が生み出すのは魔術回路の差、言ってしまえばどれだけ多くの魔力を運用できるかでしかない。如何に魔術回路(ねんりょう)が多くても、魔術(エンジン)がお粗末では得られる結果は高が知れている。即ち魔術(エンジン)の構造をより深く理解し、魔術回路(ねんりょう)を効率的に運用できる手法を編み出すことができれば、歴史の格差など容易く覆すことができるはずである。

 

 そう信じて止まない彼は、自身の才能を評価しない輩を「骨董品の価値観に縋り付く痴れ者」と断定し、革命児たる自分が彼らの目を覚まさせるべく行動を起こしたのだ。

 

 

 しかし結局の所、その決意すらも時計塔にとっては塵芥よりも無価値なものでしかなかった。

 

 

 彼自身が渾身の出来であると自負して纏めた、今後の魔道の進むべき道を示した一冊の論文。それをあろうことか、彼自身の師が一ページ目を読み切る前に、本人の目の前で破り捨てたのだ。更には「こんな無駄な事をしているから三流なのだ」と、彼の努力すらも憐れみと共に一笑に付したのである。

 

 数年に及ぶ労苦の結晶を、()()()()()()()()()()()()()()()()と一蹴された彼の心中は如何なるものであったのか。狼狽、屈辱、失望、慟哭……ありとあらゆる感情がその心を蹂躙し、彼は悔恨の涙を流すことすら出来ずに師の下を走り去った。

 

 

 時計塔に未来は無い。

 

 既に骨の髄まで腐りきり、吐き気がするほどの腐臭を垂れ流しているだけに過ぎない。

 

 このような場所にいては、自分は腐った彼らと同類になり下がってしまう。

 

 

 ウェイバー・ベルベットはこの出来事を以て、時計塔を見限った。『魔術の最高学府』という黄金色の肩書きも、赤錆に塗れた薄汚いものにしか見えなくなってしまったのだ。彼が当初思い描いていた輝かしい未来は、既に暗雲が空を覆い、煙霧が地を漂う曖昧模糊(あいまいもこ)なものへと成り果てていた。

 

 そんな暗澹たる思いのまま日々を過ごしていた彼の下に、一つの噂が風に乗って届く。

 曰く、己の功績を台無しにした憎き師、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが極東における魔術儀式に参加するとのこと。その儀式の名前は『聖杯戦争』と呼ぶらしい。その事実を知った彼の行動は早かった。聖杯戦争の情報を夜通しで調べ上げ、その実態を知った時、彼の心は驚愕に包まれた。

 

 

幻霊(サーヴァント)』と呼ばれる、究極の神秘を纏った使い魔を使役して行われる問答無用の殺し合い(バトルロワイヤル)

 その勝利者には、あらゆる願いを叶える願望器『聖杯』が与えられる。

 

 

(これだ。これこそが自分が求めていたものじゃないか)

 

 

 それを知った時、ウェイバーは直感的にそう理解した。

 

 歴史や肩書が一切役に立たない、己の実力のみが頼りの真剣勝負。時計塔で切り無く行われていた権力闘争に辟易していた彼にとって、その戦いは何よりも魅力的に感じられた。武力行為はあまり好きではないのだが、それによって得られる栄誉に比べれば些細なこと。この戦いに勝利すれば、自身の才能を家柄などに左右されることなく内外に知らしめることができるのだから。そう思い至った彼は、あろうことか聖杯戦争に参加することをその場で即決した。

 

 聖杯戦争の参加条件は「聖杯にマスターとして選ばれ、令呪を所持する」こと。聖杯は「冬木の地にその身があって」、「自身を得ることを深く望み」、「魔術の素養を備えた者」をマスターに選ぶらしい。文献を見るに、御三家と呼ばれるアインツベルン、マキリ、遠坂に連なる者は優先的にマスター選ばれるそうだ。

 

 とすると、残された枠は後四つ。召喚できるサーヴァントが早い者勝ちであることを考えると、ここで迷って時間を無駄に浪費することは、聖杯戦争への参加資格そのものを逃すことにも繋がりかねない。「兵は神速を(たっと)ぶ」と何処かの偉い人も言っていることだし、この判断は何ら間違いの無いことである。

 

 

 ウェイバー・ベルベットは自身の英断に酔いしれ、そして勝利の先にある栄光に期待感を膨らませつつ、その日の内に荷物を纏めてロンドンを発った。

 

 彼の姿が見えないことに他の人が気付いたのは、それから暫らく経ってからのことであったが、誰もそのことを気に留める者はいなかった。何故ならウェイバーという名の学生は、魔術師にとって非常識な妄想を垂れ流す者として有名になっており、何人(なんびと)も彼に近づこうとはせず、ましてや懇意にしようと思う者など皆無だったのである。従って彼がいなくなっても、精々この場所に耐え切れず夜逃げでもしたのだろう思うのが関の山。そんな彼等に、彼が命を賭けた魔術戦争に馳せ参じる程の命知らずだったなどと想像できるはずもなかった。

 

 ちなみにウェイバーの頭の中からは、()()()()()()()()()()()()()ことなど完全に忘却されていたが、そのことに彼が気付くのはまだ先のことである。

 

 

 彼が己のパートナーを召喚する、およそ一七時間前の出来事であった。

 

 

 

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 そして時が流れて現在。

 ウェイバーは極東の街、冬木市の一角にある公園の中で、夜の風に凍えながら頭を抱えていた。

 

 

 「どうして、こうなった……?」

 

 

 彼の顔に浮かぶ感情は『困惑』の一言に尽き、焦点の合わない目を地面に向けたまま微動だにしない。来ている服は乱れに乱れ、整えられていた筈であろう黒髪は、突風に晒されたかのようにぐちゃぐちゃになっているという有様だ。

 

 傍から見ればただの危ない学生にしか見えず、事実として彼の周りには公園に来てから現在に至るまで、誰一人として寄り付いてこなかった。しかしそれは彼にとって、ある意味幸いだったと言えるだろう。

 

 彼の心中は焦燥の極致にあり、ちょっとしたことで奇声を上げかねないほど精神的に参っている。もしも夜遊びしている女学生か何かが今のウェイバーに声をかけ、彼が絶叫を上げて暴れようものなら、確実に日本の警察機関にお世話になってしまうことだろう。近頃は猟奇的な連続殺人事件が巷を騒がせていることもあり、最悪彼がその殺人犯の容疑をかけられる羽目にもなりかねない。

 

 

「どうして、こう、なった……?」

 

 

 ウェイバーはこれで何度目なのかもわからない疑問を口にしつつ、夜空の浮かぶ月を茫然と見上げた。自分は一体、何処で間違えたのか。今自身に降りかかっている不幸の原因は何なのか、それが全く思い当たらない。

 

 ロンドンを発って、早一日が過ぎようとしている。その間自分が果たして何をしていたのか、ショッキングな出来事が多すぎて中々思い出すことができないが、とりあえず記憶の最初から順々に辿ってみることにする。

 

 

 冬木の地に来て、先ず始めにしたことは拠点の確保。

 

 当初は冬木市のホテルを拠点とする心積もりであったが、いざ財布の中を見てみると閑古鳥が鳴いていており、危うく野宿する羽目になるかと思われた。しかしその問題は、彼の天才的な(せせこましい)頭脳に浮かんだ「お金がないなら、何処かの家に泊めてもらえばいいじゃないか」という、これ以上ない名案(おもいつき)により解決済みである。

 

 ウェイバーは今、その地に住んでいた白人の老夫婦に暗示をかけ、彼等の孫として生活している。何かにつけて自分の事を気にかけてくる老夫婦が煩わしいことと、日々の食事に少々不満があること以外は実に良い拠点を得たと言えるだろう。

 

 

 次にしたことは、サーヴァントを召喚するための準備。

 

 召喚の儀式を行うためには必要ものは、兎にも角にも『生贄』である。小動物ならば何でも良いが、自身が何時も使っていたものは鶏だったため、彼は鶏を探し求めて街中を探索した。 しかしその結果は散々。養鶏場を見つけることが出来ず、仕方なく地域の小学校にあった鶏小屋に目を付けたものの、捕まえる際に鶏が暴れたために彼の腕は血だらけとなり、衣服にいたっては鶏糞でこれ以上ない悪臭に包まれることとなった。

 

 そうした苦労の末に手に入れた、儀式用の鶏三羽。彼らは自宅に連れ帰った後も、ウェイバーがノイローゼになりかけるほどの喚声を丸一日上げていたが、数刻ほど前にサーヴァント召喚の成功と共に己の役目を全うし、天に召された(地獄に堕ちた)ところである。

 

 

(何も間違ったことはしてないよな?)

 

 

 ロンドンを発ってからサーヴァント召喚を行うまでの道程を振り返ってみたが、致命的と言える失敗をした記憶はない。確かに気の逸りによって起きた小さなミスは多少あったが、それらの問題は自身の優れた頭脳によって対処した。少なくとも、自身がここまで精神的に追い詰められるような事象が引き起こされるほどの要因は存在しないと言い切れるだろう。

 

 

「とすると、やっぱり()()()鹿()が原因か……」

 

 

 思い出したくないことを思い出してしまったかのように、ウェイバーは再び頭を抱える。これまで長々と思考してきたが、実際の所は既に答えを知っていたのだ。ただそれを彼は思考の外に弾き出していただけであり、今になって現実を直視させられる羽目になったと言うだけのことでしかない。

 

 この日は間違いなく、幸福の中で終えることができると本人は確信していたが為に、今ウェイバーに覆い被さっている失意は普通以上に重苦しいものへと成り果てている。だが、それを解決することなどできるはずもなく、彼は数時間前の出来事を思い返して悲嘆するしかなかった。

 

 

 

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 ウェイバー・ベルベットが改心の出来と自負した召喚儀式によって喚び出された幻霊(サーヴァント)()()騎乗兵(ライダー)(クラス)を当て嵌められ、魔方陣の中から光の輝きと共に出現した。

 

 三大騎士に当て嵌まる存在ではなく、ステータスも『宝具』と『幸運』のパラメーターを除き平均かそれ以下。聖杯戦争を安全に勝ち抜くためには少々心許ないと言える自身の(しもべ)。しかし召喚を成功させた当時のウェイバーの頭の中からは、()()()()()()()()など綺麗さっぱり、遙か彼方へと吹き飛んでしまっていた。

 

 

 魔方陣が起動すると同時に湧き出した、魔術師としての常識では考えられない圧倒的な魔力の波動。それを前にしただけで、ウェイバーは興奮でその場から一歩も動けなくなってしまったのだ。余波だけでもその有様なのだから、神秘の塊とも言える幻霊(サーヴァント)目の前に現れた瞬間ともなれば、全身から色々な物を吹き出した挙げ句、失神してもおかしくはない。幸いにしてそのようなことは起こらず、人間としての尊厳やら何やらを失わずには済んだのだが。

 

 

「サーヴァント『騎乗兵(ライダー)』。マスターの要望に応えて参上したぜ。それじゃあ聞くけど、お前が私のマスターか?」

 

 

 サーヴァントによる召喚完了の宣言と契約の確認。澄んだ声色が雑木林に響き渡り、その場で呆けていたウェイバーの意識を現実へと引き戻す。

 

 彼の体はサーヴァント召喚による極度の魔力消費に疲労を訴え、迅速なる休息を求めていたが、興奮の直中(ただなか)にある頭脳はそれらの要求を悉く遮断する。目の前の存在は、これから自身の使い魔となるのだ。ここで主人としての威厳を示さなければ、自身は使い魔に侮られてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。そう言った意味では、召喚に際して興奮の余り粗相をしなかったことは正しく僥倖と言えよう。

 

 

「あ、あぁ、僕がお前のマスターだ」

 

「そうか、よかった。中々応えてくれないから、事故で喚び出されたのかと思ったよ」

 

「事故だって? 僕がそんなヘマをするわけ無いだろ!?」

 

 

 いきなり失礼としか言い様のない言葉をかけられたウェイバーは、条件反射とも言える反応で自身の使い魔に食ってかかった。本来であればこれから協力関係となる者に対し、このような不躾な行為をするはずはない。しかし今の彼は平時の状態にはほど遠く、しかも「自身の魔術を軽視される」ということが、時計塔にいた頃に体験した苦い経験を彷彿させるものだったが為に、この様な衝動的な行動を招いてしまっていた。

 

 

「どうどうマスター、今のはただのジョークだ。経路(パス)の繋がりを見れば、正式な召喚だってことは一目瞭然だぜ。不慮の事故なら、何かしらの不具合があるだろうからな」

 

 

 軽率な言葉でマスターを激昂させた挙げ句、罵倒されたライダー。しかし当人に悪びれた様子は一切無く、それをあっさり冗談で片付けてマスターを宥めようとさえしている。その呆れるほどの図々しさに、さしものウェイバーも毒気を抜かれざるを得ない。

 

 

(ダメだ、ここは冷静にならないと……)

 

 

 ある程度の平静を取り戻したウェイバーは、気を取り直して自身のサーヴァントの姿を確認する。

 

 ライダーの外観は小柄な自分よりも背が低い、金色の髪を右片方だけ三つ編みにした少女といったところ。しかし金髪にも関わらず、顔立ちは日本人特有の童顔で、そのことが彼女の見た目の幼さを殊更強調しているように思える。

 

 この国では黒髪の人間が多く、それ以外の髪色は奇異の目で見られる事が多い。しかし幸いなことに、冬木市は外国からの居住者が多い街である。故に()()()()()()()()()衆目を惹き付けるとは言い難いだろう。

 

 

 だが、()()()()()()()については擁護することは出来ない。その最たるものが彼女の服装である。

 

 大きなリボンが結ばれた『黒の三角帽子』を頭に載せ、服は白と黒を基調とした前掛けと思われる装飾がついたスカートを履いている。それだけでも明らかに常識を逸脱しているが、彼女の左手に握られているものが本人の異常性を決定づけていた。

 

 ライダーの手に握られていたもの。それは『竹箒』。現代となっては文明の利器である掃除機に取って代わられ、見る機会がだいぶ少なくなった清掃用具。それを彼女は、自身の一部であるかのように堂々と肩に担いでいるのである。

 

 

 三角帽子と竹箒。

 この二つの要素から導き出されるものはただ一つ。

 つまり、彼女の正体は――――

 

 

「おい、マスター!」

 

「うわっ!? な、なんだよ?」

 

「なんだ、じゃないぜ。これからどうするんだ? 他のサーヴァントを探すのか?」

 

「いや、特には決めてない、けど……」

 

 

 ライダーからの質問に、ウェイバーは口籠る。そこで彼はサーヴァントの召喚ばかりに気にかけて、それ以外のことを蔑ろにしていた事実に気づいた。

 

 サーヴァントの召喚は聖杯戦争におけるただの過程であり、決して目的などではない。最終目標はこの戦いに最後まで生き残ること。それが果たせなければ自身の望む栄誉を得ることはできず、ただ無様に負け犬の烙印を刻まれるだけである。

 

 目の前のことに浮かれ、大切のことを忘れていた自身への嫌悪。それを意図せずとは言え自身に気付かせた使い魔への鬱屈。ウェイバーはそれらの感情に気落ちするが、それを他所にライダーはマスターの言葉を聞いて何かに納得したように言葉を続けた。

 

 

「ってことは、今は暇なのか。なら都合がいいな」

 

「暇なんかじゃない。これから準備をしないといけないんだから」

 

「でも具体的に何をやるか、まだ決めてないんだろ? 決めているなら、とっくに私に命令しているはずだからな」

 

「ぐ……」

 

「なぁに、時間はたっぷりあるんだ。別に焦る必要はないぜ……というわけでマスター、乗ってくれ」

 

「はい?」

 

 

 ライダーの言葉、そして彼女の行った行動にウェイバーは瞠目した。何故なら彼女は自身の手に持っていた箒を股に挟み、自身の背後に位置する箒の柄を叩いて何やら手招きし始めたのだから。

 

 その姿を例えるならば、二人乗りのバイクに乗った彼氏が、彼女を後部座席に乗るよう催促しているかのようだ。ただし言うまでもなく、役割の配分は『彼氏』がライダーで、『彼女』がウェイバーである。

 

 

「ぼさっとするなよ。私はこの辺りのことを何も知らないんだ。マスターが案内してくれないと、何処にどう行けばいいのかわからないじゃないか。それに地理も把握しておきたいしな」

 

 

 ライダーの少しばかり呆れた言葉を聞き、ウェイバーは漸く得心(とくしん)する。

 

 聖杯戦争は冬木市全土を舞台として行われる。ボクシングのように予め決められたリングが用意されているわけではない。この土地のあらゆる場所が、血で血を洗う戦場へと変貌するのだ。地元の人間に『円蔵山』という名で呼ばれている山や、比較的に人気が少ない冬木市東側の港のみならず、下手をすれば一般人が多く住む西側の深山町で戦闘が行われるかもしれない。流石に神秘の漏洩のリスクを無視して住宅街で戦いを仕掛ける愚か者はいないだろうが、油断は禁物である。

 

 

 そういうことを鑑みれば、ライダーの提案にも納得がいく。戦争の準備は情報を集めることから始まると言うし、おそらくその為の地理調査なのだろう。つまり彼女は、早速サーヴァントとしての役割を果たそうとしているのだ。口こそは軽いが、主人に言われなくともやるべきことを率先して行動する辺りは優秀であるといえる。

 

 いきなり不遜なことを言われた手前、こいつは大丈夫なのかと不安だったが、その心配は杞憂だったようだ。そしてその優秀なサーヴァント呼び出した自分はやはり優秀であると、彼は改めて確信した。

 

 

 気分が若干上向いたところで、ウェイバーはライダーに誘われるままに彼女の箒に跨る。先程は途中でライダーに話しかけられた為に思考が途切れてしまったが、今では彼女の正体についてある程度の推測がついていた。

 

 彼女のシンボルとも言える三角帽子と竹箒。そして『騎乗兵(ライダー)』という(クラス)に当て嵌められる幻想の存在と言えば、それは一つしか無い。

 

 

 彼女の正体は中世欧州において、超自然的な力や妖術を用いて人々に害を齎したとされる『魔女(ウィッチ)』と呼ばれた者達。一般では()()を自在に操るとされ、創作小説等でもよく見かける実にポピュラーな幻想だ。

 

 本物の魔術師であるウェイバーにしてみれば、彼等が究極の神秘である魔法を操るなどという話は噴飯物でしか無い。一般人がその話題をしているのを聞く度に、「それは()()じゃなくて()()だ!」と怒鳴りつけたくなる衝動に毎回駆られる程である。故に彼は魔術の「ま」の字も知らない一般人が口にする魔女について、あまり良い印象を持ってはいなかった。

 

 しかしそれは、()()()()()()()()()()()()()に限ってのこと。目の前の彼女は、この世から失われた神秘そのものといって良い存在である。凡人が垂れ流す妄想の中にいる存在とは訳が違うのだ。ライダーは魔法には至らずとも、ウェイバーを含めた現世の魔術師では到底扱うことのできない魔術を使役できるのだろう。

 

 

 と、そこでウェイバーの頭の中に一つの疑問が湧き上がる。彼女の正体が魔女であるならば、どうして『魔術師(キャスター)』としてではなく、『騎乗兵(ライダー)』として喚び出されたのか。確かに魔女を描写する場合において、彼等が箒で空を飛ぶ様子を描かれることはある。しかし彼女等が空を飛ぶのは魔術あってのこと。箒で空を飛ぶという行為が魔術に依るものならば、やはり彼女のクラスはキャスターが相応しいと思えるのだが。

 

 

「マスター、準備はいいか?」

 

「いいけど……柄が硬いな、もう少しなんとかならないのか?」

 

「あー、マスターの体重じゃあ、ちょっとクッションが弱いかもな。後で直しておくよ」

 

「わかったよ」

 

「よーし、じゃあ飛ぶぜ」

 

 

 ライダーの掛け声とともに、跨っている箒が彼等の体に浮遊感を与え始める。そして地面から一陣の風が吹き上げたかと思うと、足が地面を離れて体が宙に浮き始めた。

 

 下から突き上げられているのではなく、上から釣り上げられているとも違う。突然重力が失われた――――星の束縛から解き放たれたかのような感覚だ。「空を飛ぶとはこういうものなのか」とウェイバーは心の中で感心した。

 

 

 飛ぶこと自体は魔術を使用すれば可能だ。自身の体重を軽減する魔術があるのだから、それを応用すれば体重をゼロにして宙に浮くことくらいは造作も無いだろう。だができるからと言って、それを実際に行う魔術師は皆無に等しい。そのようなことをしても、魔術師の目標である根源に辿り着くことはできないからである。

 

 詰まる所そのような魔術は遊びでしかなく、そんな遊びをしている暇があるなら、他のことをするのが遥かに有意義と言えるだろう。故にウェイバーにとって「魔術を利用して空を飛ぶ」という経験はこれが初めてであることは自明であり、その未知の感覚に少なくない高揚感を感じていた。

 

 

 二人の体はどんどん地上を離れ、高度を上げていく。ものの十秒もしないうちに、彼等は雑木林を抜けて上空へとその身を躍らせていた。そこでウェイバーは、一つの大変な事実に気づく。果たして、自分たちの今の姿はしっかり隠匿されているのだろうか?

 

 

「おいライダー! 認識阻害の魔術はちゃんと貼ってあるのか!?」

 

「おっと、ここではそういうルールだったっけ。忘れるところだったぜ」

 

「それなら早く貼れ! そうしないととんでもないことになる!」

 

「はいはい、わかったからそんなに騒ぐなって……っと、これでよし。向こうにいたときは、こんなことする必要は無かったんだけどなぁ」

 

 

 ぼやくライダーを見て、ウェイバーは「こいつは本当に魔術師なのか?」と訝しんだ。魔術師にとって神秘の漏洩は、人命よりも優先されるべき事柄であるはずなのに。やっぱり彼女が優秀であると判断したのは早計だったかもしれない。

 

 

「じゃあ今度こそ準備は整ったところで、マスター、飛ばすからしっかり捕まってくれよ!」

 

「飛ばすって、どのくら――――」

 

 

 意味深なライダーの言葉に返答する間もなく、次の瞬間、ウェイバーは風になった。

 

 空気の塊がウェイバーの顔面を叩きつけ、頭が急加速した肉体に置き去りにされかける。彼等は静止状態から時速数百キロメートルまで急加速したのだ。急激な加速による負荷が体を駆け巡り、視界の端へ次々と光が消えてゆく。そのあまりに暴力的すぎる飛行に、ウェイバーはライダーに静止の命令を下すこともできず、涙を流して悲鳴を上げることしかできない。

 

 その中で彼は思った。()()()()()をする彼女クラスには、間違いなくライダーが最適であると。

 

 

 

「ひゃっほー!」

 

「うひあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!」

 

 

 ちなみこの後、ウェイバーの悲鳴は冬木市の子供達の間で「夜中に当然響く見えない怪物の声」として噂となったとかならなかったとか。

 

 

 

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「…………………………………………はぁ」

 

 

 

 今までのことを振り返り、ウェイバーはこれまで以上に深い溜息をついた。

 

 ライダーによる地獄のフライトからというもの、彼は冬木市のあちこちを隅から隅まで駈けずり回された。

 

 荒々しいという言葉すら生温い運転技術によって目的地に付き。

 息も絶え絶えながら、その場所の概要を知る限りの範囲で説明し。

 そして再び、戦闘機の羽に載せられているのかと錯覚するほどの超スピードに晒される。

 

 それを何回か繰り返して――――三回目以降は数えることを放棄していたので、総計はわからない――――漸く開放されたのである。時間にして一時間と少しという短いものであったが、彼の体は既に魔力枯渇も相まって疲労の極地にあり、今にでも布団に入りたい気持ちだった。

 

 

 しかし、今それをする訳にはいかない。何故ならライダーがこの場にいないからである。彼女はウェイバーに「ちょっと野暮用で街に出かけてくるぜ」などとのたまって何処かに行ってしまった。本来ならば止めるべきだったのだが、胃袋の中身をぶち撒けそうなくらいのグロッキーな状態でそんなことが出来る筈もない。 よって生返事を返して送り出し、彼自身は公園のベンチ休息を取ったのだが、今になって「やはり止めるべきだった」と後悔し始めている有様である。

 

 

(あいつ、公衆の面前で魔術なんか使ってるんじゃないだろうな?)

 

 

 ウェイバーは最悪の事態を想像し、キリキリと痛む腹を抑える。

 

 もしもライダーが魔術の存在を公然に晒してしまえば、その問責は彼の方へと向かうだろう。ウェイバーはライダーの主人(マスター)である。使い魔(サーヴァント)が犯した失態の責任を主人(マスター)が取るのは当然のこと。そして『神秘の漏洩』という重大違反を犯したのであれば、その償いはただ謝るだけでは済まされない。下手をすれば魔術協会の処刑人か、聖堂教会の代行者が粛清のために殺しに来る。こんなくだらない失敗のせいで死ぬなんて真っ平御免だ。

 

 

「よう、待たせたなマスター!」

 

 

 そんな彼の悲壮をぶち壊すかのようにして、ライダーの陽気な声が公園に響いた。何やら重いものが入った布袋を肩に担ぎ、大変ご機嫌な様子だ。今にでも鼻歌を歌いだしそうな雰囲気である。その姿を見た瞬間、ウェイバーの頭から何か大事なものが「ブチィッ」とキレた。

 

 こっちはこんなにも胃を痛めているのに、何だその嬉しそうな顔は?こんな不幸な目にあっているのは、それもこれも全部ライダーのせいなのだ。一片怒鳴りつけなければ腹の虫が収まらない。

 

 彼はベンチから勢い良く立ち上がると、ずんずんと音がしそうな歩調で怒りの形相を浮かべながらライダーに歩み寄り、そして爆発した。

 

 

「一体ッ、どこに行ってたんだよお前ぇ!?」

 

「どこにって、街に出るってちゃんと言ったじゃないか……それより、なんでそんなに怒ってるんだ?」

 

「マスターをほっぽいて出歩くサーヴァントがいるかっ!っていうかお前、街中で魔術なんか使ってないだろうな!?」

 

「あー、使ったと言えば使ったな」

 

「は、はいぃ!?」

 

「話は最後まで聞いてくれよ。流石に人前で使っちゃあいない。ここでは神秘の漏洩だかはしちゃいけないんだろ? だからコソコソ使ってやったさ」

 

「そういう問題じゃ――――」

 

 

 ない、と続けようとしたところで、ウェイバーの口がライダーの人差し指で抑えられる。何するんだと反論しようとすると、彼女は「しーっ」と口を横に引き伸ばしながら周囲を見渡していた。

 

 

「マスター」

 

「な、何だよ?」

 

「いやさ、なんか視線を感じないか?」

 

「え?」

 

 

 ライダーの意味深な言葉に、ウェイバーは周囲を見渡す。視界に映るのは雑草が所々生えた地面と、少し離れた場所生える公園樹だけだ。辺りには人気は微塵も感じられない。とすると、動物か虫の類だろうか?

 

 

「他のマスターの使い魔……か?」

 

「いいや、違うと思うぜマスター。ただの使い魔なら、私なら何処から見てるのかすぐわかる。だけどこいつは、そこまではっきりとはわからない」

 

「じゃあ何だよ?」

 

「んー……アサシン?」

 

「なっ!?」

 

 

 ライダーの導き出した答えにウェイバーは絶句する。

 

暗殺者(アサシン)』と言えば、マスター殺しを得意とするサーヴァントだ。ステータスは全クラスの中で最低であることが多いが、その分『気配遮断』のスキルに秀でており、戦闘状態にない状況ではサーヴァントですら気配を感知することは困難であると聞く。油断したら最後、死んだことも気づかずに頭と胴が別れることにもなりかねない危険な存在だ。

 

 

 そんな奴が自分の近くにいる。ウェイバーの背筋に今までにない悪寒が走った。サーヴァントを召喚してから半日も経っていないというのに、もう敵のサーヴァントと遭遇するとは。だがよく考えてみれば、有り得ない話ではない。聖杯戦争に始まりのゴングなど存在しないのだ。自身のパートナーを手に入れたその瞬間から、既に殺し合いは始まっているのである。

 

 ウェイバーは傍らに立つ己の使い魔を見る。今自分が頼ることができるのはライダーだけだ。彼女がどうにもできなければ、その時点で自分の命は終わってしまう。

 

 

 「ライダー……」

 

 「……」

 

 

 ウェイバーは不安を隠しきれない声でライダーに話しかける。しかし彼女は無言を貫いたままだ。公園の静けさが耳に刺さる。空間そのものが死んだかのようだ。見えない刃物を押し付けられているかのような、冷たい感覚が首筋に走る。()()姿()()()()()()ということがこれほど恐ろしいとは、ウェイバーにとっては初めての経験だった。

 

 そもそも彼は命の危機に陥るような経験など、精々一、二回しかしたことが無い。初めて恐怖を覚えたのは、自身の魔術回路を開いた時。そして二回目が初めて魔術の行使を失敗したときだ。言ってしまえば彼は戦場を知らぬ一般人に過ぎず、他人の手によって命を奪われかけるような体験などしたことがない。死神に鎌を振り上げられている感覚を、彼は今ここで初めて知ることになった。

 

 

 「……おかしいな」

 

 「な、何が?」

 

 

 息が詰まる空気の中で幾分か時間が経った頃、漸くライダーは口を開いた。そのことにウェイバーは少なくない安心感を覚えたが、それよりも彼女が抱いている疑念に注意が向く。

 

 

「殺気をまるで感じないんだよ。何ていうか、ただ見ている感じだ」

 

「見てるだけ?」

 

「あぁ、()()()()()だ。観察されてるって言えばいいのかな、まぁそんな感じだな」

 

「観察されてる……か」

 

 

 ライダーの言葉に、ウェイバーの頭が回転を始める。

 

 獲物(ウェイバー)を目の前にしたアサシンが、何もせずにただ見ている理由。ライダーが居るからだろうか?それにしたって、牽制すら仕掛けてこないのはおかしい。いや、そもそも()()()()()()()()()()()時点でアサシンとしてどうなのか?暗殺者なのに安々と気づかれるなんて、あまりにもお粗末すぎるのではないか?

 

 ならば、他のクラスのサーヴァントだろうか?だがそうあれば、ライダーが視線の出処を見つけられないのは不自然である。サーヴァントの気配というのは、隠そうと思っても隠しきれない代物。何せ彼等の体は、高濃度のエーテルで構成されているのだ。魔術を知らぬ者ならばいざ知らず、魔術師、ましてや同じサーヴァントがその気配の出先を感知できないなどあり得るはずもない。

 

 

「む、視線を感じなくなった」

 

「え?」

 

「どうやら(やっこ)さん、どこかに行ったらしいぜ。何だったんだか」

 

 

 ああでもない、こうでもないと悩んでいるウェイバーを他所に、警戒を続けていたライダーが、危機が遠ざかった旨を告げる。その瞬間鉛のように重く感じられた空気が、そのようなものは始めから無かったかのように、跡形もなく霧散した。

 

 公園の外から人々の喧騒が聞こえてくる。音の大きさを考えるに、少し前から聞こえていたはずなのだが、全く気づかなかった。その事実に、自分がどれだけ神経を張らせていたのかが理解できる。

 

 

「っ、はぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

 どっと覆いかぶさってきた疲労と共に、ウェイバーは盛大に息を吐いた。悪い意味でここまで緊張したのは、彼にとっては久方ぶりである。サーヴァント召喚の時の高揚感を伴った緊張とは違い、これはとてもじゃないが心臓に悪い。寿命が幾分か縮んだような気さえした。

 

 

「マスター、今からそんなんじゃこの先保たないぜ? 何なら私特製の精神安定剤でも奢ってやろうか?」

 

「う、うるさいなっ! 黙ってろ!」

 

「へーへーっと……まぁ、霧雨魔法店は二十四時間年中無休で開業してるから、その気になったら注文してくれよ?」

 

 

 茶化してくるライダーに対してウェイバーは反論するが、やはりその声には覇気がない。痩せ我慢をしていることがひと目で分かるため、ライダーは益々にやけ顔を浮かべて軽口を叩く。

 

 全くもって度し難い使い魔だと、ウェイバーは心の中で悪態をついた。このサーヴァントには、マスターに対する敬意というものが感じられない。一応形式的にはウェイバーのことを主人(マスター)と呼んではいるが、内心ではそんなことを微塵も思っていないことが見え見えだ。まるで酒飲み友達に話しかけるような気楽さである。

 

 

「お前が作った薬なんて怪しすぎて飲めるわけ無いだろ!? まさか、僕のこと隙をついて毒殺する気じゃないだろうな!?」

 

「それはいくらなんでも失礼すぎるぜ。人に渡すものくらい毒味するに決まってるだろ……偶に幻覚見たりはするけど大丈夫だぜ」

 

「明らかにやばいことを暴露して、なんで堂々としてるんだお前はぁッ!?」

 

 

 このサーヴァントには常識というものが無いのか。あまりにも無茶苦茶さに、ウェイバーは顔に青筋を立てて絶叫した。

 

 このままでは、他の陣営と戦う前にライダーに精神を潰されかねない。今すぐにでも聖杯に連絡を取ってクーリングオフの申請を叩き付けたいところだが、無論そんな便利な制度があるはずもない。彼は聖杯戦争の間、このクレイジーなサーヴァントと運命を共にしなければならなくなったのである。

 

 

 自分は果たして、生き残ることができるんだろうか。こんなの、自分が想像していたのと違う。本当ならもっと()()()な使い魔を呼び出して、気分絶好調のまま一日を終えるはずだったのに。

 

 

「なんだって、こんなことに……」

 

「気楽に行こうぜマスター。そんなにイライラしてたらすぐ禿るぞ?」

 

「お・ま・え・の、所為だろうがッ! というか縁起でもないこと言うんじゃない!」

 

 

 最近前髪が後退してきている自分の師(ケイネス)を思い出し、自分がその姿とそっくりになる様を想像する。直ぐにウェイバーは後悔した。

 

 

「もう嫌だ……さっさと帰って寝たい」

 

「おっとマスター、言い忘れてたことがあったぜ」

 

「なんだよ!?」

 

「街に行ってた時に気づいたんだけどさ、マスターの名前、まだ聞いてなかったよな?」

 

「あぁ、名前か……」

 

 

 契約を交わす上で、最も重要な名前の交換。本来であれば、そのようなことを忘れていた事実に軽く絶望するところだが、今となってはそれを気に揉む気力など、ウェイバーの中にはもはや残されていない。のろのろとした頭から自分の名前を引っ張り出し、肩をがっくりと落としたままそれを口にした。

 

 

「僕の名前はウェイバー・ベルベットだ」

 

「私の名前は霧雨魔理沙(きりさめまりさ)。どこにでもいる()()()()()使()()だぜ。よろしくな!」

 

 

 マスター(ウェイバー)とは対称的に、ライダー(きりさめまりさ)は明るい声で自身の右手を差し出す。それを見てウェイバーは実に面倒くさそうにしながら、しかしおざなりにはせずにその手を握り返した。

 

 それは彼の中にかろうじて残っていた、主人(マスター)としての矜持の現れなのだろう。いくらサーヴァントに舐められたとしても、最低限の礼儀すら欠いてしまえば、マスターである資格すらも失ってしまう。形だけでも主従関係を保つための、ウェイバーなりの足掻きといったところだろうか。

 

 そんなマスターの健気な努力を知ってか知らずか、ライダーは満足げな笑顔を浮かべた。

 

 

「それじゃあ自己紹介も済んだところで、家に帰るとするか!」

 

「そうだな……」

 

「そうと決まったら早速乗ってくれ、マスター。快速宅空便であっという間にお届けするぜ!」

 

「いや、歩いて帰る……あんな地獄を見るくらいなら、そっちのほうがマシだ」

 

「えー、しょうがないなぁ……」

 

 

 ブツクサと文句を垂れるライダーを無視して、ウェイバーは公園の外へと足を向けた。

 

 漸く、聖杯戦争の初日が終わろうとしている。まだ始まったばかりだと言うのに、ここまで疲れることになるとは思わなかった。自分たちが斃さなければならない陣営は六つ。数こそは両手で数えられるものだが、おそらくその何れもが強大な存在であることは間違いない。

 

 

 果たしてこの常識を欠いたサーヴァントで勝ち抜いていけるのだろうか?ウェイバーは底知れぬ不安を抱えたまま家路につくのだった。

 

 

 

 

 

「ところでライダー、さっきから気になってたんだけど、肩に担いてる袋は何だ? 形から考えると……中身は本か何かか?」

 

「これか? ちょっとばかり図書館に行って拝借してきた」

 

「拝借? 今の時間は閉まってるはずだけど……」

 

「そりゃそうだろ。だから霊体化してから中に入って、裏口の鍵をちょちょいと弄って出てきたのさ」

 

「はぁ!?」

 

「なぁに、心配すんな。死ぬまで借りるだけだぜ」

 

 




Q.この聖杯戦争の間にウェイバーが胃薬を飲む回数を答えよ。


なぜウェイバーにはこんなにも振り回されキャラが似合うのか。



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