2017/02/28 文章の加筆・修正。
2017/05/15 文章の加筆・修正。
2017/06/12 文章の修正。
2017/07/17 文章の加筆・修正。
「お、始まるみたいだぜ、マスター」
冬の海風が強く吹き付ける最中、遠見の魔術にて倉庫街の様子を伺っていたライダーは、対峙する二騎のサーヴァントを見て興奮の声を漏らした。これから始まるのは聖杯戦争の第二戦。初戦は一方的な蹂躙に等しいものであったことから、実質的にはこれが初めての本格的な戦いと言えるだろう。
何処からともなく漂ってきたサーヴァントの気配を感じ取り、居ても立ってもいられず飛び出してみたのが正解だったようだ。やはり使い魔を通さずに見る実物の姿は、その迫力が一味も二味も違う。二騎のサーヴァントから迸る魔力が、その周囲を陽炎のように歪ませているのが判る。
「にしても、こいつはちょいと不味いな。全員真正面からぶち破るつもりだったんだけど、計画を練り直す必要があるかなぁ?」
「ひぃぃ……ラ、ライダー、そんなことより、早くおろ、下ろし……」
今後戦うことになるであろう敵をつぶさに観察しながら、どうやって攻略するべきか思考に没頭するライダー。そんな彼女とは裏腹に、主人たるウェイバーは足元にへばり付き、今にも泣きそうな顔で呻いていた。
その様は恐怖に震える小動物とさして変わらず、マスターの威厳など微塵も感じられない。尤もその事実はウェイバー自身が何よりも理解していることであり、それでも尚このような醜態を晒し続ける程、彼の精神は
何故なら彼等が立つ場所は、冬木市の中央を流れる未遠川に架かるアーチ橋、『冬木大橋』の天辺。地上から約五十メートルも離れた場所に、命綱も付けることなく居座っているのだ。眼下を走る自動車がミニチュアの如く小さくなっており、その光景を見ただけでも高所の恐怖が津波のように押し寄せてくる。更には海風が突風さながら吹き付けてくるものだから、ウェイバーは赤く塗られた鉄骨の足場から落ちまいと、半べそを掻きながらしがみ付く他無かった。
「何だよマスター、情けないな。こんな
「お前と一緒にするなっ! こんな風の中両足で突っ立ってるのに微動だにしないなんて、どう考えてもおかしいだろ!?」
「そりゃあ、私はサーヴァントだしな。でもさ、マスターも魔術師なんだから風除けの魔術とか使えないのか?」
「触媒も何もない状況で使えるわけないじゃないか! せめて準備してくればまだ違ったのに、お前が無理やり連れ出すから……!」
風で髪をボサボサにしながら、ウェイバーはライダーに恨み言を吐き出す。
ウェイバーは確かに魔術師としての肩書を持つ。しかし実際の所は見習いの未熟者も良いところであり、彼が実際にできることはそう多くはない。魔術用の器材を使って簡単な薬品を調合することはできても、眼前を焼き払うような大規模魔術を行使すること、ましてやそれを戦いに利用することなど夢のまた夢なのである。
「しょうがないな、えーっと……………………これでどうだ?」
ライダーが何やらぶつぶつと独り言を零したかと思うと、その瞬間周囲が無風の状態へと置き換わる。あまりにもの突然の変化にウェイバーは困惑し、乱れた髪を治すことなく、笑いを浮かべるライダーを見上げた。
「な、何をしたんだ?」
「風除けだよ。マスターも知っているとおり、私は空を飛ぶからな。スピードを出すほど風で目を開けていられなくなるから、視界を確保するためにはこれが必要なんだ。ま、サーヴァントになってる今じゃあ、宝具でも使わない限りは必要ないけど……って、もう始まってるじゃないか!」
そんなことを言いながら、再び倉庫街へと視線を戻すライダー。しかし既にサーヴァントの戦闘は始まっていたようで、その瞬間を見過ごしたことに口惜しさを滲ませる。
それを見たウェイバーは、ライダーの許可をもらい共感知覚によって視界を借りると――――その間、変わらず彼は鉄骨にしがみついたままだった――――見えてきたのは二つの人影らしき者が高速でぶつかり合い、火花を盛大に散らしている光景だった。
間断なく動き回る彼等が、体勢を整えるために動きを僅かに静止させるその一瞬、辛うじて見て取れた姿。
片方は蒼髪に黒の帽子を被り、色彩豊かな衣服を身に纏った少女。手に持っている光り輝く剣を見るに、おそらくセイバーのサーヴァントだろう。
対するは薄紅色の珍妙な帽子をかぶり、同じ色をした中世を彷彿とさせるドレスを身に纏った幼女。目に悪い真っ赤な長槍を棒きれのように振り回すその姿は、ランサーのサーヴァントに違いない。
二者はそれぞれの得物を斬りつけ、或いは突き出し、また或いは薙ぎ払う。しかしその何れの動作も相手に対して決定的な痛手を負わせることはなく、武具同士の衝突が起きるのみに留まっている。しかしながら、それによって周囲に齎されている被害は、凡そウェイバーが想像できるものを遥かに逸していた。
想像できるだろうか。
見た目少女の者達が、目にも映らぬ速さで縦横無尽に動き回る光景を。
剣戟が衝撃波を生み、周囲に積まれた鉄箱を紙風船のように吹き飛ばす様を。
サーヴァント同士の戦闘を、人間のそれと比較するなどおこがましい。彼等の戦いは正しく災害。その一挙一動が、人が生み出した文明の産物を
「うーん見た感じ、青いやつは霊力、赤いやつは妖力を使ってるみたいだな。ってことは、蒼い方は人間か仙人、紅い方は妖怪ってことになるか」
「見ただけでそこまでわかるのか?」
「まぁな。マスターもコツを掴めば直ぐわかると思うぜ。人間と妖怪じゃあ、その存在からして全くの別物だからな。生まれる
「え? えぇっと……」
ライダーの問いに対し、ウェイバーは視界に映る二騎のサーヴァントに目を凝らす。ライダーの遠見の魔術の恩恵で彼等の姿は大きく見えるが、如何せん動きが早すぎた。人の身の動体視力では、サーヴァントの俊敏な動きに追従して表示されるステータスを読み取ることなど出来はしない。
「……………………ダメだ。早すぎて捉えられない」
「そっか。それじゃあしょうがないな。相手の戦いぶりを覚えて、それから対策を練るか」
ウェイバーの返答にそんなことを呟きながら、ライダーはその場にどっかりと座り込む。その一方でウェイバーはライダーとの視界の接続を切り、恐る恐るではあるがその場に居直った。
風除けの魔術で風が止んでいるとはいえ、この場所が二十階の高層ビルに匹敵する高所であることは変わらないのだ。そんな場所で不用意に動き回る愚行を起こすつもりなど無いし、元よりそれをするだけの度胸など彼には無いのだから。
「そう言えばさ、気になったことがあるんだけど」
「なんだ?」
「
「基本的にはそうだな。でも幻想郷とは言っても、冥界とか地底とか厳密にはそのくくりじゃない所もあるし、そういう所から喚び出される可能性もなくはないけど」
「だとしたらさ、今回の聖杯戦争で喚び出されたやつの中にお前の知り合いがいるんじゃないのか? 例えば、あそこで戦ってる二人とかさ。お前、
ウェイバーの言葉は最もなことであり、この聖杯戦争に関わった者ならば先ず必ず抱く疑問である。
つまり、そのような閉鎖空間ならば必然的に人と人の間隔は狭まり、比例して交友関係は多くなる。ましてやライダーはその性格からして、一箇所に引き籠もっているなどあり得るはずもなく。先ず間違いなく、様々な場所に足を運んで――――無論、その地に住む人の迷惑などお構いなく――――交流を結んでいたことだろう。
ライダーならば、倉庫街で戦っているサーヴァントの素性を知っているかもしれない。
もし知っているならば、そこから彼等の弱点を推察することもできるかもしれない。
そんな期待を込めての質問だったのだが、ライダーは
「あー、すまん、それは無理だ。私たちは召喚された時に、聖杯にその辺りの記憶を消されちまってるからな」
「消されてる?」
「そのままの意味さ。自分自身のこととか、幻想郷の知識とかは幾つか残ってるんだけど、それ以外はごっそり抜け落ちてる。私の親がどんな奴だったのかも思い出せない。その代わり、
「なんでそんな……」
「さて、ね。聖杯サマが言うには、
記憶を消されたと言うのに、何でもないかのように振る舞うライダー。しかし、そんな彼女の見てもウェイバーの心が晴れることはない。
自分のこと以外、何一つとしてわからない。それはつまり、ライダーはこの現世でたった一人になってしまったということを意味する。そして彼女をそんな状況に立たせてしまったのは、彼女をサーヴァントとして喚び出したウェイバー以外にない。
自分が喚んでしまったために、ライダーは過去を失ってしまったのではないか。
もしかしたらライダーは、記憶を消されたことを恨んでいるのではないか。
次々と湧き上がる憶測に、ウェイバーの焦慮は瞬く間に膨れ上がる。そして僅かな時間の沈黙にすら耐えきれなくなった彼は、倉庫街に目を向けたまま微動だにしない己の使い魔に、その心中を問うべく口を開いた。
「ライダーは辛くないのか?」
「ん? 記憶を消されたことか? そうだな、何も思わなかったって言えば嘘になる。少しくらいのショックは受けたな」
「……」
「でも、辛いって思ったことはない。私達
――――だから気に病む必要なんてないんだぜ、マスター? 私は寧ろ、喚んでくれたことに感謝してるくらいなんだからな!」
そんな言葉を口にしつつ、ライダーは底抜けな笑顔を浮かべながらウェイバーを顧みる。その顔に浮かぶ表情は、年相応の少女が見せる頬笑そのものであり、彼女が
(……なんだよ、心配してた自分が馬鹿みたいじゃないか)
そんな己の使い魔を見たウェイバーは、先程までの自身の滑稽さに嘆息する。勝手に疑心暗鬼に駆られて右往左往した挙句、その心の中を当人に見破られてしまうとは。
唯一の救いは、ライダーがそのことを気に留めていないことだが、それを差し引いてもウェイバーの矜持は傷だらけだ。キャスターでもないサーヴァントに魔術師としての御株を奪われ、挙げ句の果てには気さえも使われる始末である。
(なんで、こんなことになったんだろうな)
サーヴァント同士の鍔迫り合いが繰り広げられているであろう遠方を眺めながら、ウェイバーは自身の境遇を悲観する。嘗て思い描いていた理想から、遥かに乖離してしまった現実。挫折を知らぬ年若い彼が現状を受け入れ、次の一歩を踏み出すには、まだ少しばかりの時間を要するようだった。
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二騎のサーヴァントが邂逅を果たしてから数分。その現場となった倉庫街は、既に死地と成り果てていた。
周囲一帯に漂う殺気は、生きとし生けるものに否応なく生存の危機を覚えさせるものであり、必然としてその場所から一切の生物を遠ざける結果となっている。倉庫街を住処としている野良の犬猫は一匹残らず消え失せ、空には一羽の海鳥の姿すら見えない。もしも近くの堤防から水中カメラを海中に沈めたならば、画面に映し出されるのは死海さながらの光景であろう。
故に未だこの場に留まっているような輩は、生物として持ち得る筈の危機感が欠落してしまっている者か、危険を知って尚も居座る理由を持つ者、もしくはこの尋常ならざる殺気の大本となっている者に限られることは自明の理である。
「これが……!」
そんな奇特な人間の一人であるアイリスフィールは、言語の体を成していない感嘆を零しながら目前で繰り広げられている光景を正視していた。
それは一見、二人の少女達が玩具を持ってチャンバラをしているようにしか見えない。しかし彼女等が武具をぶつけ合う度に迸る衝撃は、さながら近代兵器の掃射によって生み出されるものと相違無い。あのような華奢な肉体から、如何様にしてこれだけの暴威を撒き散らすことができるというのか。その疑問への回答は、「彼女等が
セイバーの剣の一振りが真空の刃を生み出し、鋼鉄の箱をバターのように両断する。
ランサーの踏み込みが地面を砕き、砲撃が着弾したかのような穴を生み出す。
既にアイリスフィールの目では、音にも迫る速度で動き回る彼女等の姿を捉えることは叶わない。精々青と赤の残影が視界の端々に映り込むだけであり、彼女が唯一認知することを許されているのは、後に残される「破壊された倉庫街の光景」のみである。
これこそが聖杯戦争。本来ならば決してあり得ない、忘れ去られた神秘同士の死闘。常世に己の存在を想起させるかのように、彼女等は得物を振るい続ける。
(ちっ、速いわね……)
幾合もの剣戟の合間、セイバーは心の中でごちる。戦闘が始まってから数分が経つが、未だにランサーに対して傷一つすら負わせることが出来ていない。
その理由はランサーから繰り出される槍の刺突、それが想定外に速かったことに起因する。瞬き一回から幾十の、呼吸一回から幾百の連撃を繰り出す槍捌き。一瞬でも気を抜こうものなら、あっという間に自身の体はその穂先の餌食となるだろう。詰まる所、反撃に出ようにもその糸口を見つけることが出来ていないのだ。
「あら、呑気に考え事かしら? 剣先が鈍ってるわよ?」
「っ! 五月蝿いわね……!」
絶え間なく続く打ち合いの合間、ランサーからの飄々とした指摘にセイバーは刃を以て返答する。しかし当然の如く、その刃が獲物を捉えることは叶わない。
段々と苛立ちを募らせるセイバーとは対象的に、ランサーは未だ余裕を崩していない。決定打を見出だせていないのはお互い様であるはずなのに、気が立っているセイバーとは対象的に薄気味悪いくらい平静である。まるで赤子を見るかのような優しさを湛えた微笑みは、却ってセイバーの神経を逆撫でし、彼女の剣筋を力ませることとなっていた。
「舐め腐っちゃって……後悔させてあげようじゃないのッ!」
戦闘が加速する。
このまま受けに回っていては埒が明かないと判断したセイバーは、遂に一転攻勢に出た。セイバーの剣速が跳ね上がり、それに呼応するかのように宝剣の輝きが増大し、周囲を太陽のように強く照らす。すると、膠着していた状況に僅かながらの変化が生じた。
戦況の天秤がセイバー側に傾き始めたのだ。その理由は、セイバーが相手の間合いの内に積極的に踏み込もうとしているから。勿論それを黙って看過するランサーではなく、戦いやすい位置を保とうと後退するが、セイバーがそれを見越して更に前進してくる。初期の互角の打ち合いは、今を以て攻守が完全に別けられた。
一般的に槍は剣よりも強いと言われる。それは槍が剣よりも扱いやすく、何よりリーチが長いことから、常に先手を取る事ができるが為である。しかしそれは、槍の特性を十全に発揮できてこその話。一度間合いを詰められてしまえば、そこからは剣の独壇場であり、切り返しに難のある長物の槍では為す術もなく切り捨てられるだろう。
無論のこと、そのような行為は言うほど容易なことではない。自身を死に至らしめる穂先に対して自ら踏み込む胆力と、迫り来るそれを真っ向から打ち払う剣の技量、そして素早く内側に入り込める足の速さが求められるのだ。この中の一つでも欠こうものなら、策を成せぬどころか無様な死体を晒すことになるだけである。
だが幸いなことに、セイバーはそれらの条件を満たす要素を備えていた。
どんな相手にも物怖じしない不遜から証左される胆力。
最優と呼ばれる『
しかしそれらを差し置いて、何よりも重要なものが――――
「無駄に硬いわねセイバー! その体、ダイヤで出来ているのかしら!?」
「ふん、これがアンタと私の決定的な違いってやつよ。私の肉体美に精々嫉妬しなさい!」
「その五体、バラバラにして売り捌いたらどれくらいの価値になるのかしらねぇ!」
先ほどとは打って変わって、声色に怒気を帯びさせ始めるランサー。それも当然のこと、自身の槍が擦過しても、セイバーの体に
セイバーを自身に近づかせないよう、後退と同時に迎撃も行っていたランサー。セイバーが攻めに転じた以上は、相手の守りに怠慢が生じるのは当然のこと。そしてその隙を的確に撃ち抜くことは、彼女の俊敏をもってすれば造作も無いことである。セイバーが前に踏み込もうとする直前に見せる一瞬の停滞。それに合わせるようにして、ランサーは槍の刺突を繰り出していた。
ランサーの槍がセイバーに触れた数は、都合三十六回。その何れも直撃には至ってはいないが、彼女が生み出す瞬速の刺突ならば、掠っただけでも肉を根こそぎ抉り取る結果を齎す。本来であれば、目の前のセイバーは既に全身を血に染めていなければおかしいのだ。
しかし現実として、目の前のセイバーは血の一滴どころか
サーヴァントの一撃にも耐えきる体――――それこそが、セイバーの策を成り立たせている最も重要な要素。『天人』の種族特性が昇華された、彼女が持つスキルの内の一つである。それに由来する強靭な肉体を持っているからこそ、彼女は無謀とも言える攻めを気後れすること無く実行できるのであり、故にランサーの俊敏な動きにも食らいつくことが可能なのだ。
無論、傷は負わなくとも衝撃を打ち消すことは出来ない以上、痛みというものは少なからず感じている。しかしそれは、セイバーにとっては歯牙にも掛けるに値しない些細な事だ。天人が至る境地の一つである『無念無想』。曲がりなりにもそれを会得している彼女にしてみれば、その程度の苦痛など無いも同然である。
次第にセイバー有利へと傾く戦況。しかしそれは、セイバーが攻めの手を緩める理由にはならない。寧ろ彼女は更なる攻勢に打って出た。
「なっ――――」
ランサーの口から驚愕の言葉が零れ落ちる。それもその筈、セイバーが手にしている宝剣、その刀身が大きく揺らめいたかと思うと、突然にして
いきなりの出来事に目を剥く相手を尻目に、セイバーはその剣を容赦なく振り下ろす。それに対しランサーは、槍の柄でその一撃を受け止めた。
巨岩が地に落ちたかのような轟音と共に、ランサーが立つ地面が大きく陥没する。先程の一刀に、果たしてどれだけの力が込められていたというのか。脆弱なサーヴァントであれば得物ごと両断されていたであろうが、流石は三騎士に名を連ねるランサー。セイバーの刃を真っ向から受けたにも関わらず、見事それに耐えた。
もはや、飽きるほど繰り返された鍔迫り合い。以前であれば、互いに得物を引いて次の一撃に備えるところである。しかし此度に限っては、それは起こらない。
宝剣が、
「っ!? ちぃ!」
刀身の形状変化。槍の柄を乗り越えて迫るそれを、ランサーは咄嗟に体を反らすことで回避した。もし一瞬でも判断が遅れていたら、今頃彼女の頭は白桃よろしく真っ二つに切り分けられていたに違いない。しかし完全に避けきることは出来ず、僅かに掠めた刃がランサーの頬に一筋の赤線を刻むこととなった。
ランサーはその身を翻し、槍で牽制しながら大きく後ろに跳躍した。一方セイバーはそれを追うことなく、己の宝剣に対して高らかに宣言する。
「ふん、
するとどうだろう、その剣の刀身は揺らめく山吹色から煌々たる緋色へと姿を変え、その場に居る者を強烈に照らし始めた。
――――セイバーが担う宝具の
神仙のみが揮うことが許されるその宝剣は、天より望みて人を治める神具に他ならない。
曰く、この世の存在する万物には『気質』と呼ばれるものが宿っていると言われる。気質が与える影響は様々であり、生物に宿る気質はその種類によって宿主の性格を変化させ、大気に拡散されて滞留した気質は、時には天候すらも大きく変えてしまう。
そんな世界を取り巻く力を唯一操ることができる神具。それこそが『緋想の剣』であり、それ剣を手にするセイバーは『天』と『人』を掌握しているに等しい。
「何を――――!?」
その喫驚の言葉は、果たして誰が発したものだったのか。それが紡ぎ終えるのを待たずに、変化は突如訪れた。
ランサーの体から緋想の剣と同じ色の霧、緋色の霧が吹き出し始める。それは紛れもなく、ランサーの身に宿る気質そのもの。彼女の天質を示す煙霧は四方八方に拡散し、遂には広大な倉庫街をすっぽりと覆い尽くす。
辺り一面を漂う濃霧。緋色を呈していたはずのそれは、いつの間にか何の変哲もない白霧へと姿を変えている。アイリスフィールの瞳に映る光景は、さながら海霧が立ち込める闘技場と言ったところか。
「濃霧。それは生物から視界を簒奪し、あらゆる行動の意思をも失わせる。行動の意思を失うということは、即ち生物としての死を意味するに等しい――――どうやら貴方、『死』に纏わる逸話持ちのようね?」
「……」
「沈黙は肯定と受け取るわ。死霊か、それとも死人か……どちらにせよ、貴方が不浄の存在であることには変わりない。小奇麗に着飾ってはいるけど、実際は腐肉が詰まった
セイバーの言葉を真とするならば、ランサーの正体は『
アイリスフィールも魔術師の端くれ、そういった怪物についての造詣は多少持ち合わせている。しかし専門ではない以上、今ある情報だけでは数多の候補の中から一つに絞ることは難しいだろう。かと言って、確証もないままランサーの正体を断定することは、セイバーをサポートするどころか逆に混乱を与えかねない愚行である。
(不十分な根拠から導き出されたものを盲信するのは、戦場において決して犯してはならない誤りの一つ……切嗣はそう言っていた。もっと情報が集まるまでは、不用意に口にするべきじゃないわね)
現段階では、まだ何も口出しするべきではない――――そう結論づけたアイリスフィールは、再びセイバー達の姿を瞳に収める。依然として戦況はセイバーが優勢。この状況を維持しつつ外部からの横槍に警戒することが、この場における己の役目であることを再確認するに至った。
「地を覆う霧を晴らすことができるのは、天に昇る日輪以外に無い。生憎今は夜だけど、
「……なるほど、つまりさっきから感じる悪寒の正体は
自信気なセイバーの言葉に対し、ランサーは忌々しげに言葉を吐き捨てる。
緋想の剣は気質を
例えば、『気質』から『力』への変化。
大気を漂う膨大な気質を吸収し、その全てをエネルギーに変換して打ち出す。
それだけのことで、射線上にある物体を撃ち抜く魔力砲弾を生み出すことができる。
或いは、『ある気質』から『別の気質』への変化。
吸収した気質をコントロールし、相手の弱点である気質に変化させる。
そうすることで、敵に見合った特効効果を宝具に付与することができる。
近距離戦、遠距離戦双方をこなすことが出来る上、人妖あらゆる存在に対して有利に戦える――――それこそが、この聖杯戦争における
「さて、今の
――――貴方に耐えきることができるかしらね?」
そう告げたセイバーは、ランサーへと不浄を打ち払う清麗を帯びた剣先を突き付けた。その顔に憂いなど微塵もあるはずがなく、その表情は紛うことなき
戦いは既に中点を折り返し、セイバーが優勢の状況で佳境へと突き進む。
しかし、未だその結末を見通すことは叶わない。
彼等が観客のままで終わることなど有り得ず、必ずや舞台へと躍り出ることだろう。
それが
演劇は役者全てが揃って初めて幕が上げられる。
故に、彼女等が繰り広げている光景は只の余興にすぎないのだ。
「ぐっ、づっ、ハァッ……まだだ、
「……■■、■■■」
そして今、地下に蠢く者共がその薄暗がりより這いずり出ようとしている。
果たして彼等がこの場にどんな混沌を齎すのか。それが示されるのはもう少し先の話である。
ランサー「肉体美って、そんな貧相な体でよくそんなことが言えるわね」
セイバー「幼児体型の貴方には言われたくないわ」
てんこの体型はスレンダーが理想。異論は認める。