Fate/lost mirages   作:Y-SSK

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※修正履歴
2017/06/12 文章の修正。
2017/07/17 文章の加筆・修正。


第漆話 月下の攻防~青赤演舞~ 後篇

「まったく、面倒なことをしてくれたよ」

 

 

 セイバーによって齎された霧が倉庫街を隅々と舐めまわる中。その激戦の中心から凡そ百メートル程間を開けた場所、輸送コンテナの山の一角に身動きせずに潜む影が一つ。

 

 その正体である衛宮切嗣は、己の得物であるスナイパーライフルに装着された電子スコープにより、此度の闘争の一部始終を観察していた。少し離れた所には、同じように銃器を手にした久宇舞弥の姿も見える。

 

 切嗣は液晶を通して微かに映る自身のサーヴァントの姿を眺めながら、忌々しく苦言を漏らしていた。

 

 

 アイリスフィールが身につけている発信機を辿り、この倉庫街へと駆けつけた二人。彼等はその場に足を踏み入れた後、即座に戦場の雰囲気を嗅ぎ取ると、二手に別れて戦いの様子を覗き見ることができる場所へとその身を納めた。

 

 サーヴァントが発する闘気と殺気。生存本能を励起させる張り詰めた空気の中で、両者はこの場に在るはずの役者達、そして()()()()()()を探し始める。そしてそれは、程なくして見つかった。

 

 

 切嗣が覗く熱感知スコープに映り込む三種の人影。二つの赤白色の大きな影と、それよりも遥かに小さく、しかし人体特有である青緑色の影は、それぞれ二騎のサーヴァントとアイリスフィールのものであることは間違いないだろう。サーヴァント達は相対する敵の対処に意識を割いているようで、自分達が見られていることに気づく様子は全く無い。アイリスフィールも彼等の戦いに眼が釘付けになっており、余程のことでない限りは気を逸らしそうになかった。

 

 その様子を確認した後、切嗣は更にその周囲へと目を向ける。すると戦場から僅かに離れた場所、自分達とは反対側のコンテナの山の上に、身を隠すようにして蹲る人影が見えた。体格から推測するに成人男性、厚手のコートらしきものを羽織っており、戦場の様子を微動だにせずに凝視している。

 

 

 それを眼に収めた途端、切嗣は直感し、そしてほくそ笑む。

 その影こそがセイバーと打ち合っているサーヴァント、ランサーの(あるじ)であると。

 

 

 念のため、別のスコープを通して確認する。すると映ったのは切嗣としては見慣れた、魔術師が発する特有の色彩。そこで遂に切嗣は、視界の人物が目標(ターゲット)であることを確信した。

 

 

 十字砲火により確実に仕留めるため、即座にインカムで舞弥に連絡を取る。しかし残念なことに、彼女からは死角の位置にあり、銃撃は不可能であるとの知らせが入った。

 

だが問題はない。切嗣が持つ銃から放てる凶弾は、彼とランサーのマスターを隔てる距離程度ならば、さほど減衰せずに着弾することが可能だ。ましてや相手は、科学に対する警戒など一切しない魔術師の典型。銃弾を防ぐ科学の防護を身に着けている可能性など、万に一つも有り得ない。

 

 

 この絶好の機会を逃す手はない――――そう決断した切嗣が、銃口をランサーのマスターへと向けたその時だった。突然、一帯を霧が覆い始めたのだ。それはあれよあれよという間に濃くなっていき、遂には目の先さえ満足に見えないまでになってしまう。無論のこと、このような状況ではランサーのマスターを狙撃するなどできるはずもない。

 

 

 一体何が起こったのか。

 周囲を警戒し息を潜める切嗣の頭の中に、ある一つの答えが浮上する。

 

 それはセイバーが持つ宝具、『緋想の剣』。本人の弁に拠ると、なんでも『気質』なるものを操ることが可能で、全力を出せば天候すらも自在に変容させることができるという。詰まる所、セイバーはランサーとの決着を着けるために宝具の力を開放し、斯様な環境を生み出したのだ。

 

 

 そしてその結論に至った切嗣が、思わず零した言葉が冒頭の苦言である。このような事態が起こる可能性を想定していなかったわけではない。しかし宝具の使用を禁じてしまうと、セイバーの戦力が下がって護衛や囮としての役割に支障を来すことになるのも事実。そのため敢えてそのままにしていたのだが、結果はご覧の通りである。

 

 

 零した愚痴が理不尽なものであることを切嗣は自覚している。しかしそれでも、彼は口にせずにはいられないのだ。

 

 切嗣が理想とする「誰もが幸せである世界」に最も近い場所、『天界』。その民でありながら、『暇潰し』というただそれだけの理由で忌むべき戦場へと降り立ったセイバー(ひななゐてんし)。自身が渇望しているものを、いとも簡単に投げ捨てた彼女に対して抱いた烈火の如き憤激は、遥か過去に忘れ去って久しいものであった。

 

 彼がセイバーに対し、頑なに口を利こうとしないのもそういった理由に拠る。もしも相手が彼女でなかったならば――――セイバー(ひななゐてんし)ではない他の者であったならば、ここまで固辞することもなかっただろう。人間が怪物の餌となることを容認した世界(げんそうきょう)の住人である以上、彼の中の評価が最低になることは変わりようがないが、()()()()()()()事態にまで発展することは無かったかもしれなかった。

 

 

(さて、これからどう動くか。霧がいつ晴れるのか分からない以上、この場に居続けるのは無意味。それなら、アイリ達を観察しやすい場所まで前進するか? いや、これ以上近づくとランサーに気取られるかもしれない。奴の魔力感知に引っかかる可能性もあることを考えると、念話でアイリ達に呼びかけるのも却下か)

 

 

 切嗣は事態の打破のために黙々と思考を続けるが、中々良い案は浮かばない。いつもの戦場であれば使えそうな策も、人の埒外の存在が跋扈する聖杯戦争では全くの無力。何気ない一挙一動が死に繋がるやも知れぬ以上、より一層の警戒を強いられることになるのは必然である。

 

 

 見通しが悪いこの状況で動き回るのは危険だ――――最後にそう結論を下した切嗣は、霧が晴れるまでの間は様子見に徹することにした。

 

 何もすることなく時間を無為に過ごすのは、あまり褒められることではない。だが、功を焦っての行動は破滅を招くことになる。謀略で心を揺さぶり、浮足立った獲物を狩り取る方法を常道としている切嗣であるからこそ、想定外の事態において冷静であることの重要性を何よりも理解していた。

 

 

「……?」

 

 

 ふと、切嗣は何処からか視線のようなものを感じ取り、その方向へと目を向ける。

 

 斜め後ろに聳え立つ、高さが三十メートル程あるコンテナ運搬用のクレーン。一般にデリッククレーンと呼ばれるその機械の頂点付近は、セイバー達の戦いを観察するには()()()()()()()()()ということもあり、別陣営の者が居座る可能性があることから、重点的に警戒すべき場所だった。

 

 そんな場所から視線を感じたという事実に、切嗣の中で警鐘が鳴り響く。しかし辺りを見回しても人の姿など欠片も見当たらず、霧に覆われた巨大な機械が不気味に鎮座しているのみである。

 

 

 (ただの思い過ごしか……?)

 

 

 不審なものが無い以上、いつまでもそこを注視する意味もまた無い。だがそれでも尚、切嗣はクレーンの頂上から目を離すことができなかった。()()()()()()()が自分を見つめている――――そういった感覚に陥った場合、その殆どが自身に危機が訪れる前触れであることを、長い戦場経験から理解していたが故に。復讐のために己の命を奪わんとする魔術師達を相手にする内に、彼は()()()()()()()()を漠然と感じ取ることができるようになっていたのである。

 

 

 だが結局のところ、彼が異常を発見することはなく。しかしクレーンから視線を外すことが出来たのは、舞弥にセイバー達に動きがあったことをインカム越しで伝えられた時のことであった。

 

 

 

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 《えー、まいくてすとまいくてすと。 こちらアサシンです、目的地に付きました、どーぞ》

 

 《アサシン、無駄口を叩くな……それで、周囲の状況は?》

 

 

 セイバーが己の宝具で濃霧を生み出す少し前のこと。倉庫街に鎮座するデリッククレーンを登り終えたアサシンは、眼下に広がる鉄箱の山を俯瞰しつつ、自身のマスターたる言峰綺礼に念話を送る。それに応答した綺礼は、緊張感のないアサシンに苦言を零しつつも彼女に周囲の様子を確認するよう指示を飛ばした。

 

 

 何故アサシンがこの場にいるのか。その理由は、時臣から倉庫街に出向いて様子を確認するように指示を受けたからであり、何故時臣がそのような指示を出したかのかと言えば、偏に彼がアーチャーから意味深な忠告を受けたからである。

 

 

『時臣、どうやら堕落した天女が俗世に紛れ込んでいるようですわ。何やら夜伽の相手を探している様子。少しお相手をしてあげたらどうかしら?』

 

 

 前触れもなく時臣の前に空間の裂け目を作り、頭だけを出しつつ言葉を告げて去っていったというアーチャー。突然起きた出来事に対して時臣が如何なる感情を抱いたのかは、その場に居合わせなかった綺礼には知る由もない。ただ、さぞ狼狽したことだろうというのは想像がついた。

 

 彼は絶対な安全圏と考えられていた遠坂邸の魔術工房にいたにも関わらず、奇襲により――――しかも味方のアサシンの手で――――命を落としかけたのだ。今の時臣は綺礼に指示を出しながらも、外部からの攻撃に対して常に神経を尖らせている状態。そんな所に奇襲紛いの悪戯を仕掛けようものなら、下手すれば椅子ごとひっくり返ってもおかしくはない。

 

 

 ふと、床に転がる時臣を見てカラカラと笑うアーチャーの姿を思い描き、それは詮無いことだと一蹴した綺礼は、その光景を綺麗さっぱりと消し去って脱線した思考を正しいものへと切り替える。

 

 

 《んーっと、ちょっと離れた広い所に誰かいるよ。なんだか戦ってるみたいだね》

 

 《……どうやらサーヴァントのようだな。武具の形状から見るに、セイバーとランサーか? それに、セイバーの近くにいる銀髪の女は……?》

 

 

 ぷつりと、アサシンの頭の中から綺礼の言葉が途切れる。大方、共闘者である時臣に銀髪の女について確認を取っているのだろう。そんなマスターの働きを他所に、アサシンは遠くで繰り広げられている剣戟を、相も変わらぬ微笑みで眺め続ける。

 

 武具がぶつかる毎に広がる火花の大輪。その光景を望む彼女は、一時的に消し去られた筈の幻想郷の記憶に覚えのない郷愁を馳せる――――などということはなく、エメラルドグリーンの瞳を僅かに見開いたまま、()()()()()()()()()()その場を動かずにいた。

 

 

 《アサシン、聞こえるか? これからの方針を指示する》

 

 《ん、いいよー》

 

 

 幾ばくかの後、再び綺礼の声がアサシンの頭の中に響く。先程と比べてやや覇気が失われたようなそれに対し、彼女はやはり感情の起伏に乏しい気の抜けた返事を返した。

 

 

 《セイバーとランサーの戦力を確かめるため、お前はこの場で引き続き戦況を監視しろ。私も共感知覚で観察を行い、その都度師への報告を行う》

 

 《近づかなくていいの? 私ならもっと近くに寄れるけど》

 

 《ステータスを見るにお前の気配遮断はかなり優れているが、態々不要な危険を犯す必要はないというのが師の考えだ。それに、あまり近づくと()()()()()()()()()()()()()()()()()。既にお前を制御するために令呪を一画消費しているのだぞ? これ以上の貴重な令呪を浪費する事態は回避せねばならん》

 

 

 綺礼はアサシンから示された提案を厳格な声で却下し、それに続けて吐き出すようにして懸念を零した。

 

 アサシンが保有するスキルの内の一つである『無意識』は、「攻撃時の殺意を抑制する」という利点、そして「自分自身の行動を制御できなくなる」という欠点を持ち合わせている。この後者の欠点こそがアサシンが抱えている唯一にして最大の問題であり、先日彼女が引き起こした遠坂邸襲撃も、その欠点が暴走した末のことであった。

 

 

 最早時間をかけて対策を練っている余裕はない。そう判断した時臣は、綺礼に対してアサシンを令呪で縛るよう指示。『無意識』の根源となっているスキル、『イドの怪物』を弄ることで、アサシンの行動を制御することを試みた。

 

 しかし『イドの怪物』は、アサシンの宝具にも密接に関わっているスキル。不用意に封印してしまえば、最悪()()()()()()()使い物にならなくなってしまうかもしれない。

 

 アサシンのスキルを極力活かし、尚且つ彼女を制御する。この二つを両立するにはどうするべきか。限られた時間の中で時臣が出した結論は、ざっくばらんに言えば「アサシンの肉体に綺礼の意識を憑依させ、アサシンが無意識に陥った場合に綺礼が彼女の肉体を制御する」というもの。

 

 そしてそれを成す魔術の名は『魂魄併存』。パスが繋がった相手と感覚器の知覚を共有する魔術、『共感知覚』の上位版とも言える代物だ。

 

 

 常識的に考えれば人間の意識を幻霊(サーヴァント)の体に放り込もうものなら、幻霊(サーヴァント)の強大な自我によって矮小な人間の意識など瞬く間に焼却されてしまうのが必定である。

 

 だが、ことアサシンに限っては例外。何故なら彼女は意識と肉体の結びつきが曖昧であるが故に、『言峰綺礼の意識』という異物が肉体に入り込んだとしても、それを排除する防衛機構が働き難いのだ。

 

 勿論、代償が無いわけではない。万が一にも両者の意識が互いに干渉しないように、貴重な令呪を一画消費してアサシンの肉体を作り変える必要がある。しかしそれを差し引いたとしても、目下の危険であるアサシンの暴走を抑制できることは非常に魅力的であり、それ故に時臣が実行の判断を下すには十分であると言えた。

 

 

 よって今の綺礼は、己のものではない少女の肉体のリアルな感覚に齟齬を覚えながらも、アサシンの意識と共に此度の戦場の調査を行っていた。

 

 

 《むぅ、さっきから思ってたんだけど、ちょっと辛辣すぎるんじゃない? 私だって勝手に動いちゃうこの体には結構困ってるんだから》

 

 《感情の無いお前が苦悩するなどと、それは明らかに矛盾しているのではないか?》

 

 《うー……》

 

 

 愚痴を零されたアサシンは()()()()()()()()()()抗議を申し立てるが、それを綺礼は無情にも切り捨てた。普段の彼らしくない、節々に棘を感じさせる言葉。その違和感の理由を知るのは、それを発する当人のみである。

 

 

(さて、ここからどうなるか)

 

 

 ()()()()()()()()()()雰囲気を醸し出すアサシンを無視し、綺礼は目の前に広がる精彩が失われた光景を眺める。

 

 

アサシンの眼球に映り、綺礼の脳へと送られるのは二騎のサーヴァントが己の得物で打ち合う映像。本来ならばそれには、驚嘆と畏怖の感情を覚えて然るべきなのだろう。しかし、彼の心の内にそういったものが湧き上がることは決してない。まるで感情そのものが抜け落ちてしまったかのように、彼の心は常に虚脱が支配している。

 

 

 

 「己の心を知らぬ男」と「己の心を捨てた少女」。

 歪を抱えた主従は、寒風が吹き荒ぶ高所にて下界を望み続ける。

 

 

 

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 「夜の黒」と「霧の白」が溶け合う中で、山吹色の閃光が風切り音を立てながら空を駆ける。その光の踊るかのような不規則な動きは、見た者に『神秘への魅了』と『怪奇への狼狽』の双方を思い起こさせ、その心を大きく掻き乱すことだろう。

 

 だが今の状況では、そんな感情に囚われる余裕など微塵も有りはしないだろうが。

 

 

「ほらほらぁ! さっきの間での威勢はどうしたのよ!?」

 

 

 静穏をバラバラに切り裂くかのような女性の高声が轟く。その声の根源たるセイバーは、手に持つ宝具を執拗に目の前の敵へと振り下ろし続けていた。

 

 途切れること無く引き起こされる破壊音と、それに伴って飛散する瓦礫の数々。彼女の豪腕によって齎された暴威は、周囲の地面を隙間も残さず損壊せしめ、アスファルトを捲り上げるどころか、地中に埋められた配管までをも掘り起こす勢いである。

 

 

「っ……!」

 

 

 そんな暴虐の嵐の中をランサーは、犬歯を剥き出しにするほど食いしばりながら、己の槍一本で耐え凌ぐ。迫りくる刃を巧みな槍術によって受け流すことにより、彼女は防戦一方ながら今尚も健在だった。

 

 元より『槍兵(ランサー)』は生存に特化したサーヴァント。戦線離脱を実行しやすい持ち前の俊敏さに加え、長物の武器は敵を容易に間合いへと近づけさせない。要は「敵を斃しやすい」のではなく、「敵に斃されにくい」のだ。聖杯戦争が最後まで生き残れさえすれば勝利となる形式である以上、ランサーが七つあるクラスの中でも()()()と評されるのは当然の帰結であろう。

 

 しかしそれを加味したとしても、今のランサーの状況は危機の極地にあると言えた。

 

 

 セイバーの宝具から放たれる光。それがジリジリとランサーの皮膚を爛れさせる。彼女の肌はあたかも赤熱した炭に晒され続けられたかのように所々が赤く腫れ上がり、水膨れとなり、最後には破裂して体液を滴らせている。

 

 その原因は、セイバーの宝具が帯びた気質『快晴』にある。それランサーにとって、()()()()()()()()()()()と言える代物だ。少し近づくだけでも皮膚が焼かれるのだから、直接刀身に触れようものなら、火傷どころでは済まされない。

 

 

 加えて厄介なのが、宝具から光と共に放たれる度し難い圧力。かの宝具はランサーにとって天敵であるがために、彼女に対して否応なしに死のイメージを想起させるのだ。

 

 宝具の光による火傷に限らず、肉体に生じる物理的損傷はマスターから供給される魔力を使えば立ち所に治療できる。しかし精神への攻撃は如何ともし難い。いくら心を鍛えても、本能の髄までこびり付いた鬼胎を払拭することは非常な難題と言えよう。

 

 

 本人は克服したと思っていても、恐怖という名の蛇は依然として心中の奥底を這い回っているものだ。そしてそれが、ふとした拍子に首を(もた)げた時――――死合に於いてそれは致命的な隙となる。

 

 

「――――ッ! ぐぁ!?」

 

 

 セイバーによる横薙ぎの一閃。もはや斬るのではなく、殴り飛ばすかのような大雑把な一撃を受け、ランサーは大きく弾き飛ばされた。力の押合いにおける敗北。先程までほぼ互角に戦っていたことを考えると、この現状は些か納得し難いものである。しかしその疑問を解することは簡単だ。

 

 ランサーの全身を襲う怖じ気と倦怠感。その理由がセイバーの宝具に拠るものであることは疑いようがない。如何に強靭な肉体を有する者であったとしても、その肉体が不調に苛まれているのであれば、発揮できる力量が大きく減退するのは当然のこと。

 

 

 故に()()()()()()では、セイバーの剣筋を真っ向から防ぐことは出来ない。その力の差を埋めることは難しく、そう遠くない内に彼女が切り捨てられることは、誰が見ても容易に想像がつくことだった。

 

 ――――しかし、それを黙って見過ごすような愚を犯す()ではない。

 

 

『ランサー、何を梃子摺っている。貴様の力はその程度のものか? そうだとするならば、お前の評価を数段下げざるを得ないな』

 

 

 弾き飛ばされたランサーが体勢を立て直し、セイバーが追撃をかけようとしたその刹那、一人の人間の声がその場に居る者達の鼓膜を刺激する。その出処が判然としない、男とも女とも区別がつかない声色は、明らかに自然なものではなく、ひいては超常の力が働いていることは明白である。

 

 

 即ちこの声の持ち主が超常の力を揮う魔術師であり、それと同時にランサーのマスターであることは疑いようがなかった。

 

 

「ランサーの、マスター……!?」

 

 

 自分達が相対する敵陣営の片割れの登場に、アイリスフィールはその姿を収めるべく周囲を見渡す。しかし、その姿を捉えることは叶わなかった。考えてみれば当然のことで、()()()()()()であるマスターがサーヴァント達の戦いの近くに居座るなど正気の沙汰ではない。例外としてアイリフィールのこの場に居るのは、それが切嗣の策だからであり、それがなければ(いたずら)に危険を冒しているに他ならないのだから。

 

 

「随分な言い草ねご主人様(マスター)。貴方の指示で()()()()()()()()()のに、それを無視して糾弾するなんてイジメもいいところだわ。意地の悪い小姑かしら?」

 

『ふん、その枷があっても問題は無いと言ったのは誰だ? 己の力量も測れぬ蒙昧ならば、私の指示には素直に従うことだ、使い魔(ランサー)

 

「その貴方の指示に従った結果が()()じゃない。私の落ち度を突くのは良いのだけれど、自分の失策を棚上げにしないでもらいたいわね」

 

『減らず口を……』

 

 

 売り言葉に買い言葉とはこのことか。言葉だけ聴けば軽口の叩き合いに聞こえなくもないが、それに乗せられた感情は明らかにその枠に収まるものではない。ナイフとナイフの突きつけ合い。それは一度(ひとたび)油断すれば、嘲罵の刃が降り注ぎかねない言葉の応酬である。

 

 

(ランサーとそのマスター、明らかに仲が悪いわ……私達も人のことを言えないけど)

 

 

 目の前の主従のやり取りを見て、アイリスフィールはたちまち彼らの間に漂う不穏な空気を察する。会話を聴くにランサーのみならず、そのマスターまでもが自尊心が高いようだ。魔術師というものは得てしてプライドが高いらしいが、ここまで型に嵌まった性格というのも珍しい。

 

 召喚されるサーヴァントは、マスターに似通った者が喚び出されることが多いと聞く。それは馬が合うサーヴァントと手を組み易いということであるが、逆に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――即ち、同属嫌悪に陥りかねないサーヴァントを引き当てる可能性もあるのだ。

 

 

『……ふん、お前への叱責は後回しだ』

 

 

 幾度かの侮言を交わした後、ランサーのマスターは一方的に会話を打ち切る。ランサーもその気が失せたようで、少々つまらなそうな顔をしながらも話をぶり返すことなく、改めて己の敵へと視線を向ける。

 

 

 その途端、セイバー達に突き刺さり始める殺気。おそらく、セイバーの戦闘力を警戒してのことなのだろう。

 

 戦いを通して垣間見えた、セイバーの宝具が持つ力。それはランサー達のみならず、他の陣営にとっても取り分け危険視すべき代物である。その仕組みはともかく、相手サーヴァントを一方的に弱体化させることができるのだ。真正面から斬り結ぼうものなら、いつの間にか衰弱させられて切り捨てられることにもなりかねない。

 

 

 これ以上戦闘を長引かせるのは不利と判断したのだろうか。ランサーのマスターは己がサーヴァントに対し厳命する。

 

 

『そのセイバーが持つ奇怪な剣、かなりの難物のようだ――――良かろうランサー、今を以て枷を外すことを許す。その力を十全に発揮し、速やかに敵を排除せよ』

 

「――――畏まりました、我が主(Yes, sir my master)

 

 

 変化は劇的だった。

 

 例えるならば、穏やかな(さざなみ)が荒れ狂う巨浪に変貌したかのような。ランサーから発せられていた濃密な気配が、さながら榴弾が爆発したかのように膨れ上がり、背骨を氷柱が貫いたかのような強烈な悪寒となってランサーの姿を目に収めている人間へと襲いかかる。その場にいるアイリスフィールのみならず、コンテナの物陰に隠れている切嗣と舞弥、アサシンの肉体を通して監視している綺礼、果ては遥か彼方の冬木大橋に座しているウェイバーにまで行き届き、その心を恐怖で強く揺さぶった。

 

 ランサーの背中から緋色の風が吹き出す。それは肉眼で確認できるまでに濃縮された魔力の暴風。彼女の内で荒れ狂う力が器に収まりきらずに漏れ出しているのだ。その風は周囲の霧を吹き飛ばし、遮られていた月の光を再び地上へと齎した。

 

 

(彼女は一体、何者なの!?)

 

 

 ランサーの威圧をその身に受け続けるアイリスフィールは戦慄する。ランサーは少なくとも、一介の生ける屍(リビングデッド)ではないことは確実だ。この世から忘れ去られるような脆弱な幻想ではなく、今尚も人々の中で語り継がれるような怪物に違いない。

 

 

「さて、厄介な枷も無くなったことだし、第二幕と行こうかしら?」

 

「は、今更本気を出した所でどうにもな――――!?」

 

 

 紅蓮の風を身に纏うランサーの言葉にセイバーは放言で返そうとするが、それが叶うことはなかった。何故ならその一言を終える前に、ランサーがセイバーの眼前まで移動し、手に持つ槍で五つもの連撃を放ったからだ。

 

 

 背中から吹き出す魔力を推進力として瞬時に接近。こめかみ、心臓、肝臓、腎臓、膀胱――――凡そ人体の急所として知られている箇所を、手に持つ槍で寸分の狂いなく、ほぼ同時に穿つ。

 

 それを受けたのが常人ならば、最後まで自分が死んだことすら気付かないだろう。しかしセイバーはサーヴァント、彼女の体は意識するより先にランサーの槍を弾き落とそうとする。しかし如何に人外の身であろうと、至近距離で放たれた連撃を処理するのは至難の業だ。故にセイバーは全てに対処することが出来ず、五撃の内の二撃をその身に浴びた。

 

 

「がっ……!?!?!?」

 

 

 セイバーの肉体に直撃したランサーの槍だが、やはり天人の肉体を傷つけることは叶わない。しかし、それによって生じた痛みはこれまで比ではなく、急所を突かれたことに拠る激痛がセイバーの脳髄に突き刺さる。彼女は思わず苦悶の声を上げそうになるが、それを無理やり飲み下してランサーへと反撃する。

 

 振り下ろされる緋想の剣が、(しな)るようにしてランサーへと迫る。しかしそれをランサーは難なく回避。更にはその身を翻してセイバーの背後に回り込み、先の攻撃で仰け反っている彼女の背中に渾身の突きを放った。鈍い音と共にセイバーの体が宙へと打ち上げられる。

 

 

「舐っ、めるなぁぁぁぁッッッ!!!」

 

 

 咆哮を上げて眼下のランサーを睨めつけるセイバー。ランサーの攻撃を一瞬とはいえ見失ったこと。己の反撃をいとも簡単に躱されたこと。そして何より、己の宝具に拠る威圧が()()()()()()()()()()()ということ。

 

 手加減していたと思っていたら、逆に手加減されていた――――その事実が、セイバーの心中を驚愕と憤怒で埋め尽くす。

 

 それと同じくして、極大の光を放ち始める緋想の剣。セイバーの感情に呼応しているのであろうそれは、もはや光の柱と形容できるまでに巨大化していた。それを振り回せば敵を斬るどころか、その周囲をも根こそぎ薙ぎ払うことになるだろう。

 

 

 最早、質量兵器と化したそれをランサーに振り下ろさんとして、セイバーは己の体に奇妙な違和感を覚えた。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 違和感の正体を知るべく己の体に視線を落とすと、左足首に()()()()()が巻きついているではないか。しかもその鎖は意思を持っているかのように、足を締め上げながら胴体の方へと這い上がってきていた。

 

 

「『抗い難き不運の鎖(ミゼラブルフェイト)』」

 

 

 その鎖の繋がる先、末端を握りしめるのは紛れもなくランサー。鎖の銘――――否、()()()()()を呟いた彼女は、鎖を掴んだ右腕を思いっきり自信の方へと引っ張り寄せる。

 

「こんなもの、ぶった切って……ぐっ!?」

 

 

 ランサーの意図に気づいたセイバーは手に持つ剣で鎖を断ち切ろうとする。だがそれより先んじて、鎖はまるで意思を持っているかのようにその身をくねらせ、瞬く間に彼女の五体を縛り上げてしまった。

 

 急速に巻き上げられる紅色の鎖。それまるで生ける大蛇のように獲物(セイバー)を空高く持ち上げ、そして勢い良く地面へと叩き付けんとする。

 

 

「――――!?」

 

 

 動きを封じられたまま、地面が頭上に迫ろうとするその刹那。セイバーは地に立つランサーの姿をその眼に収めた。

 

 

 あろうことか、ランサーはセイバーを見ていなかった。俯いている彼女は腰を低くして左足を前に踏み込み、右手に持つ槍の穂先を地面へと垂らしている。

 

 戦いの中で幾度も見た刺突の構え。だがそれは、これまでの刺突とは一線を画す。

 

 

「我が手にするは天意を貫く魔性の槍。何人たりとも、その穂先を彷徨わせること能わず」

 

 

 ランサーの口が紡ぐのは、紅槍へと下される勅令の一節。それを拝聴した紅槍は主の命に応えるべく、その身に宿す異能を開帳した。

 

 ランサーより注ぎ込まれた魔力が紅色の光子となり、何十にも、何百にも渡って重なり槍全体を包み込む。その行為は魔術師の間では『強化の魔術』に分類されるものであるが、この場にいる魔術師にそれを見抜くことは出来ないし、()()()()()()()。何故ならその魔術には悪魔の外法が混じっているのだ。下手に理解しようとすれば、魔術からの精神汚染によって廃人化は免れない。

 

 

 鎖に引かれて空から降ってきたセイバーが、ランサーの目の前を通り過ぎようとする直前。その時になって漸くランサーは伏せていた顔を上げた。

 

 眼球の中心に座する()()()()()。妖しい光を宿したそれは、猛禽類の眼のようにセイバーの姿を捉えて離さない。僅かに釣り上がった口角から覗く()()()()()()()を含めて、彼女の凄惨な面様は人が表せるものでは断じて無い。

 

 

「有象無象を通貫せよ――――『崇高なる紅魔の鎗(スピア・ザ・グングニル)』ッ!」

 

 

 ランサーが叫んだその瞬間、セイバーの体が爆ぜた。ランサーの肘の先より吹き出す魔力を推進力に、音を遥かに置き去りにする速度で突き出された一撃が、セイバーの腹部を捉えたのだ。

 

 

 右ひねりの衝撃がセイバーの体内を蹂躙し、その背後へと突き抜ける。その威力は余波にも関わらず、背後に建つ街灯を根本から圧し折るほど。爆音が空気の壁となって周囲に伝播し、地に積もる砂塵を彼方まで舞い上がらせる。

 

 ランサーの死槍を一身に受け止めたセイバーは、錐揉みをしながら後方へと吹き飛び、背後のコンテナへと突っ込んだ。空を裂くような金属音の断末魔を上げながら、轟音と共に崩れ落ちるコンテナの山。降り注ぐ鋼鉄の瓦礫に、セイバーは為す術なく押し潰される。

 

 

 呆然とする一同を尻目に、濛々と土色をした雲が立ち上がる。訪れる静寂の中、打ち捨てられた緋想の剣の刀身が淡い光を放って霧散していった。

 

 

 




ランサーの槍をセイバーのお腹にシュゥゥゥーッ!!
超!エキサイティン!!


次回、傍観者がわらわらと乱入する予定。



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