FGOの幻霊は霊基不足による英霊のなり損ない。
本作の幻霊は「幻想の霊魂」を縮めたものになります。
なお幻想少女達は死んでるわけではありません。
そのあたりの設定は後ほど。
※更新履歴
2017/06/18 文章の加筆・修正。
2017/06/20 文章の表現修正。誤字修正。
『ここまで呆気ないとは、聖杯戦争とは存外温い戦いのようだな』
セイバーがコンテナの山に押し潰され、静まり返る最中。その沈黙を破るようにして、ランサーのマスターは目の前の光景に白けきった言葉を溢した。その声色は明らかな失望を湛えている。
その言葉を鑑みるに、恐らく彼はこの一戦に対等な戦いを期待していたのだろう。互いに自身の持ちうる全力を発揮し、その上で勝敗を決める由緒正しき決闘のようなものを。それだと言うのに、少しばかり
『ふん、興醒めだ……ランサー、セイバーのマスターを早々に討ち取り仕舞いにしろ』
「いいえ、まだよ。貴方の目は節穴なのかしら?」
『貴様、何を言って……』
気勢を削がれた彼は、ランサーにアイリスフィールの殺害を催促する。マスターはサーヴァントを失ったとしても、他のマスターを失ったサーヴァントと再契約することで戦線復帰することが可能だ。生かしておく利点は存在しないため、マスターを殺害するのは聖杯戦争の定石である。
しかしランサーは、あろうことかその指示を固辞した。彼女は怪訝な声を上げる主人を一顧だにせず、ずっと顔をセイバーが突っ込んだ鉄屑の山に向け続けている。
その山から立ち上っていた砂埃は既に鳴りを潜めており、月光に照らされた無残な姿は、さながら墓標のようにも感じられる。
ギチギチと、金属の擦れる音が突然鳴り響く。その出処は紛れもなく、目の前に聳える鉄屑の山から。その音は次第にガチャガチャと、そしてガタガタと振動を増しながら大きくなり――――
「痛ったいわねぇ! こんのやろーーーっ!!!」
壮大な叫び声と共に爆発した。
噴火の如く吹き飛ばされたコンテナの残骸が空を舞い、それらは火山弾さながらにあちらこちらへと降り注ぐ。その内の一つ、一際大きな塊がランサー目掛けて落下するが、ランサーはすました顔で手に持つ槍を一閃し、その塊を難なく両断した。
「あー、もう最悪……こんなの久方ぶりだわ」
声のする噴火口を見やると、そこには踏みしめるように歩いてくる人影が一人。それは紛うことなきセイバーのもの。被っていた帽子は何処かに吹き飛び、全身は土埃まみれ。蒼髪は所々が撥ねており、元の清流のような滑らかさは見る影もない。
「あら、随分と遅いお目覚めね。余程ベッドの寝心地が良かったのかしら?」
「えぇ、貴方の寝かし付け方が見事だったものだから。流石にあの布団の感触は最悪だったけど」
刺々しく皮肉を返すセイバーの腹部は、衣類が弾け飛んだかのように臍が丸出しであり、見るも痛々しい青痣が浮かび上がっている。先程までは如何なる攻撃を以てしても、彼女の肉体には傷一つ付けられなかったことを鑑みれば、ランサーの宝具の凄まじさがそこから窺い知れよう。
しかしそれでも、セイバーに致命傷を与えるには至らなかったようだ。当人の様相からは痛みを無理に堪えている素振りは露とも見受けられず、未だ十全に動けるようにすら見える。
『そのセイバーの肉体、かなりの強固さを備えていると踏んでいたが、よもやここまでとはな。ランサーの一撃を受けて平然とするなど、ただ頑丈であるというだけでは説明が付かん。一定以下のランクの攻撃を減衰させるのか、それとも無効化するのか……何れにせよ、穴を見つける必要があるか?』
「……その必要はないみたいよ?」
敵サーヴァントが持つ規格外の耐久性を見て、ランサーのマスターは苦々しい言葉を呟きながら思慮し始めるが、ランサーがそれを遮った。彼女は地面を――――正確には地面に散らばる
ランサーの視線の先にあるのは、黒色のアスファルトと、地面から抉り出された種々多様な砂利の数々。そして、それに混じる
「私の槍が当たる直前、何かで防御したみたいね。感触が少し変だったわ。硬質のもの、恐らく岩か何かでしょうね。防御と言うには大分お粗末だったけれど……ねぇ、セイバー?」
「………………ふん」
ランサーの問いかけに、セイバーはむっすりとした顔で無言を貫く。不躾な対応で返された彼女は、しかしそれ以上の追求をすることは無く、不満すらも漏らさず薄い笑みを浮かべるのみ。
実際の所、ランサーの質問に意味はない。どのようにしてセイバーがランサーの一撃を防いだのか――――確かにその委細は気になるが、それは然程重要なことではないからだ。
注目すべきは「セイバーがランサーの攻撃を防御した」というその一点に尽きる。
セイバーが防御の行動を取った。
つまりそれは、
セイバーの体に宿る驚異的な強靭さ。一見あらゆる攻撃を跳ね返すようにも思えたそれにも、限界と呼べるものは確かに存在している。もしもランサーの宝具が何物にも邪魔されること無く、セイバーを直に穿っていたとしたら。おそらく、セイバーがこの場に立っていることは無かったかもしれなかった。
「セイバー、大丈夫!?」
「うん? あ、アイリじゃない。怪我はなかった?」
「私は大丈夫。待ってて、今治すから……」
駆け寄ってきたアイリスフィールの魔術により、セイバーが被った傷は瞬く間に治療される。腹部に生々しく残っていた痣も綺麗に無くなり、破れた衣服も魔力によって編み直される。数秒もすると、戦う前と同じ姿のセイバーがそこにあった。
「これが治癒魔術ってやつ? 別に平気だったんだけど……ま、ありがとね」
セイバーは治った体を確認しつつ、アイリスフィールに対して口籠りながら礼を返すと、地に落ちた緋想の剣に向けて手を
それを一振りすると再び光刃が現れる。その姿から放たれる輝きは、先程のものと寸分たりとも違わない。緋想の剣は持ち主の意思に応じて自在に姿形を変えるが、その一方で持ち主の心理をも如実に反映してしまう。意志薄弱な者が持てば
つまり未だ刀身が輝きを失っていないのは、セイバーの心が折れていないことを示しており、依然として彼女が戦い続けられることを示していた。
「あら、またやる気かしら? あれだけ完膚無きまでに負かされたのに」
「馬鹿にしないでくれる? 私はそんな軟な性格はしてないのよ。それとも何、貴方こそこの程度のことで泣いちゃうのかしら?」
「あら、言うじゃない」
挑発を真っ向から切り捨てるセイバーを見て、ランサーは満足げな顔を浮かべた。どうやら彼女もかなりの好戦的な性格のようである。心なしかセイバーも高揚しているように見え、どうやら二人は意外と気が合うのかもしれなかった。
「さて、続きといきたい所だけど、その前に……」
「……何よ?」
槍をぶら下げたまま何処か遠くを眺め始めるランサー。敵を目の前にしてその視線を外すという行為に、意気揚々と剣を構えていたセイバーは拍子抜けする。しかしそんなことは意にも介さず、槍兵の両眼は
そして幾秒の後、彼女の口から漏れた言葉は――――
「こんなにも素敵な舞台を、料金も払わず覗き見しているなんて……そんな不埒者には、制裁が必要よねぇ?」
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「……………………あっ、やべ」
「どうした? ライ――――ぅぐぇ!?」
冬木大橋の天辺で倉庫街の戦いを観戦していたライダーは、突然素っ頓狂な声を上げたかと思うと、足元で座っていたウェイバーの襟首を思いっきり引っ張った。無論のことウェイバーはいきなりの事に対処できるはずもなく、喉元を締め上げる衣服により潰れた声を上げるしかない。
為す術なく倒れゆく体に、ウェイバーは背中から地にぶつかる時の鈍痛を想像して身構える。しかし、その痛みはいくら待っても訪れない。代わりに来たのは、内臓が迫り上がるかのような気持ち悪さを覚える浮遊感。そして瞳には先ず星空が映り、次に欠けた月が浮かび上がり、更には
「う、うわああああぁぁあぁぁぁーーーーッッッ!?!?!?」
己が置かれた状況を理解したウェイバーは、喉が張り裂けんばかりの絶叫を上げる。眼下に見えるのは、灰色のアスファルトとその上を走り抜ける自動車の群れ。もはや考えるまでもない、ライダーはあろうことか橋の上から飛び降りたのだ。迫りくる地面を前にして彼の思考は漂白されかけるが、それすらも忘れさせる暴威が視界に飛び込んでくる。
倉庫街の方から迫りくる一条の光。紅色を帯びた
ウェイバーは自身が落下中であることも忘れ、空へと駆け上がる紅い流星を見送る。もしも橋から飛び降りなければどうなっていたことか。鋼鉄を容易く削り取る一撃を、まともに食らって無事でいられるとは到底思えない。
「な、な……おぶっ!?」
「うっひゃ~危なかった! あんなの喰らったら一溜まりもないぜ!」
全身を支配していた浮遊感が消え失せ、星の重力がウェイバーの体を引っ張る。そして再び襲い来る喉への締め付け。首吊りもさながらな姿になっているのは、宙に浮いたライダーが彼の襟首を掴んでぶら下げているからだ。
藻掻く主人をよそ目に、当のライダーは箒に跨り、遠く離れ行く流星を実に快活な声で眺めている。いきなり命を狙われたと言うのに、動揺した様子など微塵も感じられない。寧ろそれを楽しんですらいるようである。
「う゛、ぶ、ライ、ぐるじ……!!!」
「おっとすまんすまん、今引き上げるよ」
襟首を掴む手をぺちぺち叩くという、主人の懸命な救難信号に気付いたライダーは、いそいそと彼を箒の上へと引っ張り上げた。
「ぷはぁっ! はぁ…………いきなり何するんだ! 死ぬかと思ったじゃないか!?」
「でもあれを受けてたら絶対死んでただろ? 結果的に助かったなら何も問題無いじゃないか……おぉっと!?」
「おわぁ!?」
恒例となった言い合いをする暇もなく、再び数多の紅い流星が彼らの下へと飛来する。当たれば死は免れない魔槍を、ライダーは不規則な飛行を駆使して巧みに躱していくが、どうにもその動きにキレが無い。
それもその筈、今の彼女は
「ヤバイぜマスター、このままだと狙い撃ちだ!」
「ならさっさと逃げるか隠れるかしろよ!」
「いや、思うにこれはただの牽制だ!
「どうするんだよ!?」
既に逃げる選択肢は潰されている――――その事実にウェイバーは悲鳴を上げた。元々自分達がここに来た目的は、あくまでも敵陣営の偵察のためである。物理的にも精神的にも色々と不足しているこの状況で、勝ち目の薄い戦いに自分の命を賭ける覚悟など、彼にはあるはずもない。
だが状況は彼を待ってはくれない。すべき行動が既に定められている以上、彼等に許されているのは
「しょうがない……こうなったら当たって砕けろだ! マスター、行くぜ!」
「おい、待っ……」
ウェイバーの返答待たずして、ライダーは箒を強く握りしめて加速した。目指すはランサーとセイバーが待つ戦場。サーヴァント二人を相手に勝利する道筋があるわけではないが、ここで何もせずに串刺しにされるよりかは遥かに良い思ったからだ。
(ちょいと予定外だけど、まぁなんとかなるだろ。いざという時は――――)
ライダーはスカートのポケットに手を入れ、そこに仕舞われている物を掴む。それはライダーが所有している武器の中で、最大の火力を有するもの。下手すれば一帯を焦土にしかねない危険を孕んだそれをいつ使うべきか。彼女は目的地に着くまでの僅かな時間をその思考に費やすのだった。
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「どうやら、やっとその気になったみたいね。手間を掛けさせるわ」
「っていうか貴方、それ何本持ってるのよ」
「さぁ? 何本かしらね? どうぞお好きに想像してみなさいな」
彼方に見える冬木大橋から強烈な存在感を放つ何かが迫ってくるのを感じ取ったランサーは、呆れたような口調で、しかし上機嫌にその言葉を口にした。その一方でセイバーは、先程までランサーが行っていた行動に眉根を潜める。
何故ならランサーはどこか遠くを見つめた後、突然に手に持った槍を見ていた方角に向けて投擲したのだ。しかも彼女は槍を投げ終わった後、再び同じ形の物を手の中に出現させ、矢継ぎ早に連投し始めたのである。さしものセイバーも呆気にとられるしか無く、ランサーが一通りの行動を終えるまで傍観するしか無かった。
『ランサーッ!!! 貴様何をしている!? 神秘秘匿の大原則を忘れたのか!?』
「そんなこと、私の知ったことではないわ。どうせ
主人からランサーに向けて激しい怒号が飛ぶが、彼女はそれを歯牙にもかけない。
今しがたランサーが行った行為は、魔術師にとっては人命よりも優先される筈の『神秘の秘匿』の原則を大幅に逸脱するものだ。神秘の塊であるランサーの槍を、よりにもよって人が集まる市街地に向けて放り投げるなど、他の魔術師が見れば間違いなく卒倒するだろう。
聖杯戦争は無法の殺し合いではない。魔術師としての秩序の下に、厳粛に行われるべき儀式なのだ。故にその秩序を乱すような失態を繰り返し犯す者には、相応の罰が与えられるのがこの戦争のルールである。
しかしランサーにしてみれば、そのようなものなど思慮するにも値しない。
忘れ去られたが故に、誰も知ることのない神秘となった者達。現世において終わりを迎えている彼女達にとって、神秘の漏洩など最早意味を為さない。
『ちっ……これ以上好き勝手するのであれば、令呪による拘束も辞さんぞ』
「あら怖い。
「……まぁね」
ランサーとそのマスターのやり取りを黙ってみていたセイバーは、突然振られた問いに対して素っ気なく答え、先程ランサーの槍が飛んでいった方角を見据える。
遠方からこちらに向かって接近してくる黒点。それから発せられている、他を明らかに隔絶した圧倒的気配はサーヴァントのものに相違無い。先程のランサーの奇行は、あのサーヴァントを炙り出すためのものであったことをセイバーは理解していた。
が、そこで彼女の中にランサーに関する一つの疑問が燻り始める。
(にしても何時から気づいてたのかしら? あんな遠くの気配まで察知できるなんて、ちょっとおかしいでしょ)
サーヴァントは他のサーヴァントの気配を察知することができるが、無論のことその範囲には限界がある。平均的なサーヴァントの気配察知の範囲は、相手が気配を隠していなければ、自身を中心として凡そ二百メートル程。セイバーの場合、気質操作を応用すれば更に広げることが可能だ。
しかしそれでも、ランサーの規模には届かない。あの不明のサーヴァントがいた場所は赤色の大きな橋、そこまでの距離は目測でも一キロメートル以上ある。しかも向こうが気配を限りなく断っていたであろうことを考慮すると、彼女の察知範囲は更に大きいと考えられるだろう。
そのような知覚力など、最早一介の人妖が所持して良い代物ではない。非常に高度な魔術を駆使するか、何らかの武術を極限まで究めたのであれば可能であろうが、ランサーにそのような力を使った様子は見受けられない。
一体どのような
「到着っと……おい! いきなり何しやがる!」
冬木大橋にてこちら観察し、ランサーによってここまで追い立てられてきた不明のサーヴァント。ゴシックな衣服を身に纏い、竹箒に跨って宙に浮く彼女は、一同が見上げる中で上空に急停止すると、眼下のランサーに向けて怒りをぶち撒けた。
「あら、コソコソと泥棒鼠みたいに嗅ぎ回ってるのがいけないのよ? 身の回りをうろちょろする害獣を放っておくと碌な事にならないもの」
「誰が泥棒鼠だ。私がしてるのは
「盗みを働いた挙句開き直るなんて、その鉄面皮なら鼠よりも猫の方が的確だったかしら?」
「可愛いだろ? 一家に一匹、飼ってくれたら癒やしの空間をお届けするぜ?」
「お生憎様、私は犬の方が好みなの。ベッドに寝転がるだけの無駄飯喰らいは必要ないわ」
「いや、何言ってるんだよお前ら……」
口喧嘩の応酬を続けるサーヴァント達に、竹箒の後ろに乗っていた少年が疲れ果てた声で突っ込みを入れる。彼は恐らく竹箒に乗るサーヴァントのマスターなのであろうが、サーヴァントとはいえ少女の腰にしがみついている姿は何とも情けない。滲み出ている悲壮感を見るに、どうやら自身のサーヴァントにかなり振り回されているようだった。
周りを気にせず口喧嘩を止めない二騎と、それを何もすること無く眺める周囲。凡そ戦場とはいえない雰囲気が立ち籠め始めるが、どうやらそうは問屋が卸さないらしい。
『おや、これはこれは……君は
突然呟かれたランサーのマスターの忌々しげな言葉。それを聞いた途端に少年――――ウェイバーはその身を固くする。侮蔑と憐憫、そして多分の憎悪を含んだ声。自身へ明らかな殺意を向けている人物の正体、それを理解してしまったが故に。
『君のような愚物が何を考えてここに居るのか……それはどうでもいいことだ。興味もないからね。だがこの場にいるということは、君は私と果し合いする可能性を知った上でことだろう? そうであれば話は早い、
「あ、う……」
『何、君は絶望と苦痛の中で泣き叫びながら死ぬだろうが、勉強代としては安いくらいだと思わないかね? 身ほど知らずの凡俗が、魔術師に楯突くととどうなるのか……君の無様な末路は、他の魔術師にとって実に良い教育材料になるだろうねぇ』
彼の視界が明滅し、口の中から水分が脱落していく。最早まともに声を出すことも覚束ないウェイバーを知ってか知らずか、ランサーのマスター――――彼の師たるケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、
本当の魔術師の闘争だの、他の魔術師の教育材料だの、それらの言葉はケイネスの心の内を露たりとも示してはいない。彼の怒りの本質はもっと別の、ただ単に「高貴なる魔術師の決闘に愚劣な輩が混じっている事が許せない」というものだからだ。
唯でさえ言うことを聞かない
「マスター、この声の奴知ってるのか? 高飛車が鼻について嫌な感じがするぜ」
急に沈黙して身を震わせ始めたウェイバーに対し、彼のサーヴァントが声をかける。彼女の顔には明らかな不快が張り付いているが、その原因がケイネスにあることは疑いようもない。ただその怒りの理由は、
『口の利き方には気をつけることだ
「顔も知らない奴にヘコヘコする理由なんて無いな。水飲み鳥みたいなことをするのは願い下げだぜ。それと今の私にはライダーって名前がついてるんだ。本当は真名を名乗ってやりたいところだけど、乙女の秘密ってことで今は内緒にしとくぜ」
何故か自信有り気に言い放つサーヴァント――――ライダーに、一同は「何を言ってるんだこいつ」という顔になる。自ら乙女と名乗る胆力もそうだが、自身の情報を明け透けに暴露するのは、情報が要となる聖杯戦争においてはあまりにも非常識にすぎた。
当然のことながらウェイバーはライダーに対し、ケイネスへの恐怖も忘れて怒鳴りつける。
「おいバカッ、何であっさりとクラスをバラしてるんだよ!」
「別に隠すようなもんでもないだろ。私の姿を見ればライダーかキャスターなのは一目瞭然だし。何より隠れて小細工するのは好きじゃない」
「好き嫌い言ってる場合か!?」
「言うに決まってるさ。やりたくないことを嫌々するなんてモチベーションが上がらないし、ましてや全力なんて出せるわけがないだろ? やりたいことは全力で、やらなきゃいけないことはそこそこに、面倒なことは後回しにするのが長生きする秘訣だと私は思うけどな」
「いや、それはそれでどうなんだ……」
「ふふ、アハハハッ! 良いわ、本当に面白いわねライダー!」
ライダーの言葉に大きく脱力するウェイバーに、その様子を見たランサーは大きな声で哄笑した。彼女は心底愉快そうに笑っているが、他の者としては何故笑っているのか理解できない。抱腹絶倒もかくやといったランサーを見て、ライダーは不機嫌そうな顔をしながら言葉を溢す。
「何だよランサー、別にお前を笑わせたつもりはないぜ?」
「そうでもないわよライダー? 貴方のエゴイスティックは笑いを通り越して称賛に値するわ。
「……お褒めに預かりどうも。お礼に何かあげようか?」
「遠慮しておきますわ。渡されたプレゼントがパンドラの箱だったりしたら笑えませんもの」
「そうか、そりゃあ残念だ」
ランサーの辞退の言葉を聞いて、ライダーはわざとらしい残念無念と言った表情で懐に入れようとした手を引っ込める。
彼女が取り出そうとした物が何なのか、「自分達の拠点でライダーがせっせと制作していた道具である」ということ以外は、マスターたるウェイバーもよく知らない。だが今の彼にとって、その程度ことは些事でしかない。敵するランサーの発言の中に聞こえてきた一文。その意味を理解した彼の心は、波乱の前触れである緊張の只中に在った。
「なぁライダー、お前――――」
『は、ははっ! 人間、人間と来たかぁ! 随分とステータスが低いと思って見ていれば、よもや碌な神秘も持たない輩とは。無能な君には実にお似合いの
ウェイバーがライダーに話しかけるより先に、ケイネスが嘲りの言葉と共に笑い声を上げた。
ライダーは人間のサーヴァントである。
この事実はこの場にいる人々に、そして何よりウェイバーに対して強い衝撃を与えた。
聖杯戦争にて喚び出されるサーヴァントは、知っての通りこの世では既に遺失した幻想の者達であり、故にその正体の殆どが妖精や悪魔といった人外、良くても人に限りなく近い亜人である。彼等は例外なく
そのような怪物たちの中で、
勿論幻想が人々の身近に在った神代であれば、俗に英雄と称される存在を確認することはできるだろう。しかしそんな彼等も、神や精霊といった超常の存在の加護を受けたり、普通ならば人間が持ち得ないような力を持って生まれたりと、そういった幸運があって初めて怪物殺しを成している。
詰まる所、
『これほどまでに滑稽な者達に会うのは初めてだよ。己の実力も見極めきれない白痴者のマスターと、虚栄心だけが強い無力なサーヴァント。なぜこんな輩がこの戦争に参加できたのか理解できんが……することは一つだ、ランサー』
「……そうね、マスター」
先程までの大笑とは打って変わって冷徹な声色で指示を出すケイネスに、首肯したランサーが槍を構え直す。
その姿から放たれる殺気は、先程までセイバーに対して向けていたものの半分にも満たない。果たしてランサーもケイネスと同じように、ライダーのことを見くびっているのか、それとも別の理由があるのか。それを窺い知ることは出来ないが、何れにせよサーヴァントの殺気を生身の人間が浴びるには毒に過ぎるのは紛れもない事実であり、ウェイバーを心の底から萎縮させるには十分である。
「ラ、ライダー……」
「……ちっ、こっちが黙ってれば好き勝手言いやがって」
恐怖に声を震わせるマスターを背にして、ライダーは三角帽子の鍔を掴み深々と被り直す。彼女が今浮かべている表情を見ることは出来ないが、少なくとも激情を抱いていることだけは違いない。何故なら周囲に漂う殺気に勝るとも劣らない怒気が、ライダーの全身から発露しているのだ。ウェイバーがランサーの殺気に当てられて尚正気を保てているのは、彼女の怒りが気付けとなっているのも理由の一つであった。
「人間は妖怪よりも弱い……あぁ、認めてやるよ。ぐうの音も出ない正論だ。私はセイバーやランサーに比べれば貧弱な人間さ。それどころか、同じ人間の中でも強い方じゃない。私の戦う
だけどな、知ってるか? 化け物を倒すのはな、何時だってそんな弱っちい人間なんだぜ!」
ライダーはそう啖呵を切ると、ドレスのポケットから茶色の角ばった物体を取り出した。
正八角形の角柱の形状をしたそれには、中央に白と黒で形成された円、そしてその周囲に三本の縞らしき文様があしらわれている。恐らくライダーの宝具の一つなのであろうが、拳一つ分の大きさしかない上に形が形であるが為に、それが武器であると即座に認識できた者は殆どいなかった。
しかしその者達の中にあって、ライダーの宝具を
「あー、これはかなり不味いかも……」
「どうしたのセイバー……?」
ライダーを見て独り言を呟くセイバーに、アイリスリールは疑問を投げかけて、そして気づいた。今のセイバーの表情は、いつもの余裕綽々といったものではなく、明らかに焦燥に駆られている者のそれである。
ライダーが手に持つ道具の危険性。セイバーは『天人』であるが故に、それの正体を容易に察することが出来たのだ。
白と黒で構成された円――――其れは『太極図』。
周囲にあしらわれた三本の縞模様――――其れは『八卦』。
二つを合わせると、陰陽道に於ける『先天図』と成る。
その文様が刻まれた
八卦炉は天界に存在する火炉であり、元は仙丹を練る為に用いられるものである。しかしながら『西遊記』の作中においては、天界の食物を貪って鋼の肉体を手にした斉天大聖孫悟空を焼き殺すために使用された。何故なら八卦炉の中で燃え盛る火――――『
地上を滅ぼしかねない天界の炉が起動する。ライダーから送り込まれる魔力を火種として、炉心が金切り声を上げて
「ライダーったら、この辺を更地にでもするつもりなのかしら?」
「馬鹿言ってないで止めるわよ、ランサー」
呆れた顔をするランサーに、セイバーが叱咤の言葉を投げかけ、彼女自身も迎撃の構えを取る。
もしもライダーの一撃が放たれたならば、この倉庫街とその周辺は先ず間違いなく吹き飛ぶだろう。着弾までの僅かな時間に、マスター達を安全圏に逃がすことなどできるはずもない。かと言ってライダーを直接攻撃すれば、八卦炉に込められた魔力が制御を失い暴走する事も考えられる。
従って行うべき最善の対処は、ライダーの一撃と同等、もしくは其れ以上の威力を持つ攻撃で相殺することしかない。それでも被害は甚大であろうが、今考えつく最善の策はそれしか無かった。
「はぁ、面倒くさいわねぇ。 私が合わせてあげるから、タイミングは任せたわよセイバー?」
「なんか含みがある言い方だけど、今は何も言わないわランサー。貴方の方こそ遅れるんじゃないわよ!」
二人の掛け合いを他所に八卦炉の輝きが頂点に達し、そして一点に収束する。それは魔力充填の完了の合図。後は目標に目掛けて封を開放するだけで、放たれた魔力の鎚が射線上の存在を尽く薙ぎ倒すだろう。
眼下にて構える二人の騎士を不敵な笑みで見下ろすライダー。
対して空に浮かぶ魔女を睨め付けるセイバーとランサー。
一時の膠着。しかしそれは、薄氷のように脆いものであることは自明の理。
その緊張を先に打ち破ったのは、当然の如くライダーだった。
「止められるものなら止めてみな! 吹っ飛びやがれ! 『
「いくわよ! 『
「突き穿ちなさい! 『
ライダーにより振り下ろされた八卦炉から、極彩色の砲弾が撃ち出される。
それに目掛けてセイバーの剣から紅色の光弾の一群が、ランサーの手から真紅の槍が放たれる。
ほぼ同時に開放された濃密な神秘の奔流。
それらは敵する神秘を討ち滅ぼすべく、ただひたすらに突進し、そして――――
突如出現した漆黒の狭間に飲まれた。
幻想少女達「宝具のぶっぱは任せろー!」(バリバリ
マスター達「やめて!」
神秘の秘匿とはいったい……うごごご!
次回、スキマのお姉さんが登場。