Fate/lost mirages   作:Y-SSK

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※更新履歴
2017/09/11 文章の加筆・修正。


第玖話 そして、奇々怪々は集い来る 後篇

 時間は少々遡る。

 

 

 サーヴァントの戦場である倉庫街から、遥か離れた場所に位置する遠坂邸。その地下室にて、時臣は間諜たる綺礼より届けられる戦況を聴きつつ、敵陣営の情報の整理に勤しんでいた。

 

 

 セイバーとランサーの戦闘。そしてライダーの乱入。

 

 戦争の初期でありながら三騎のサーヴァントが一堂に会するという異常には、さしもの彼も驚きを隠せない。しかしながらこの状況は、情報を収集するにはこれ以上にない好機である。時臣は部屋で一人、綺礼の報告を机に広げた羊皮紙に書き込みつつ、頭の中では戦術の構築を黙々と行う。

 

 

(今回アインツベルンが召喚したサーヴァントはセイバー。刀身が自在に変化する剣を武器とし、威力の低い攻撃ではまるで歯が立たない強固な肉体を持つ……か。肉体も確かに厄介だが、問題は剣の方だろう。刀身が特定の形を持たないということは、もしかすれば長さにも際限が無い可能性があるな。

 

 もしそうであれば、遠距離攻撃ができるアーチャーの優位性がセイバーに対しては役に立たないことになる。剣士(セイバー)だからといって、飛び道具が無いと思ってかかると危険か。同じように、槍兵(ランサー)の投げ槍にも注意を払う必要があるだろう)

 

 

 弓兵(アーチャー)のクラスが持つ他のサーヴァントよりも優れている点とは、その名に恥じぬ長大な攻撃範囲を持つことである。相手に対して遠方、もしくは高所に立った時、相手の攻撃が届かない安全圏から一方的に狙撃することができるのだ。更には相手の感知範囲外から狙撃を行えば、『暗殺者(アサシン)』の真似事をするのも容易だろう。

 

 

 しかし、その優位性を覆されるようなことがあったとしたら。

 

 アーチャーは遠距離攻撃に優れる反面、セイバーやランサーに比べて近接戦闘を苦手としている。故に相手に近づかれる前に敵を斃すことが戦術の基本となるわけだが、相手が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を持っていた場合、戦況が不利に傾くことになるのは言うまでも無い。

 

 そしてそれを可能にすると目されるのが、セイバーが持つ不定形の剣であり、ランサーの槍の投擲技術である。優位な場所に陣取っているからといって油断すれば、彼らの凶刃が即座に牙を向くことになるだろう。人は見かけで判断してはならない――――陳腐ではあるが、その言葉の内に秘められた意味は(ないがし)ろにできるものではない。

 

 

(しかし、ランサーの行動は目に余るな。奴は神秘の秘匿のルールを()()()()()()違反しているようだ。マスターの意思によるものではないことは幸いだが、早いところ手を打たなければ聖杯戦争の存続にも関わる)

 

 

 一通り情報を纏め終えた時臣は、ランサーが行った凶行に頭を悩ませる。『神秘の秘匿』は聖杯戦争における最重要事項。それが守られなくなった時、この戦争は魔術協会と聖堂教会の双方の手で闇に葬られることになる。遠坂の悲願を達成するためにも、それだけはなんとしてでも避けなければならないことだ。

 

 もしランサーが今後も同じことを繰り返すようであれば、彼等にペナルティを課すことも視野に入れなければならない。マスターが彼女を上手く制御できるのであればそれに越したことはないが、聴いた限りのことからランサーの性格を鑑みるに、それは難しいように思えた。

 

 

(取り敢えず、一通り事が終わったら言峰さんに相談するべきか。こういった話は私の独断で解決するべきではない。あの人ならいい知恵を貸してくれるだろう)

 

「ねぇ、時臣さん」

 

「! これはアーチャー殿、如何されましたか?」

 

 

 不意に声が聞こえた背後を振り向くと、そこにはアーチャーの姿。いつも通りに空間の裂け目から上半身を乗り出している彼女は、友人に話しかけるような気さくさで軽く手を振っている。相変わらず使い魔(サーヴァント)とは思えない態度だが、それに関しては既に時臣も慣れてしまっており、殊更不快という訳でもなくなっていた。

 

 

「折角の宴だというのに貴方、引き籠もってばかりでしょう? 心配だったから様子を見に来たのよ」

 

「それには及びません。アーチャー殿の忠告を考慮して、屋敷の結界を更に強固にしましたから。サーヴァントは兎も角、マスターに破られることは決して無いでしょう……それに、ここにお越しになった理由はそれだけではありませんね?」

 

「あら、わかっちゃうかしら?」

 

 

 時臣の指摘にアーチャーは扇子で口元を隠しながら妖しく微笑む。彼女の顔に浮かぶ表情は至極穏やかのものであるが、それにも関わらず時臣の脳裏からは嫌な予感が離れようとしない。

 

 

「一つお願いがあるの……私も()()()に行ってきてもいいかしら?」

 

「あそことは、倉庫街のことですか?」

 

「えぇ、そうよ」

 

「……理由をお伺いしても?」

 

「ただ観察するのも飽いたわ。実際にあの娘たちに会って実力を図るのも必要だと思わない?」

 

 

 交わされたのは極々短い会話。しかしながらその内容は、時臣の先の予感に反しないものであり、彼は心中で溜め息をつく。

 

 アーチャーが提示した案とは敵陣営への威力偵察。確かにそれは歴とした戦術の一つであり、決して無意味なものではない。しかし綿密な計画を練ってから行動を起こしたい時臣からしてみれば、早々に自身の手の内を晒すアーチャーの案には忌避感を覚えざるを得ない。唯でさえアサシンとの戦闘でアーチャーの情報が漏れ出してしまっているのだ。これ以上の(おおやけ)への露出は(いたずら)に相手に情報を与えるだけでしかない。

 

 従って今の方針を遵守するならば、アーチャーの提案は有無を言わさず固辞するべきものである。無論それをした所で彼女が大人しく引き下がるとは思えないが、何も言わずに勝手にされるがままというのも問題だろう。頭の中で考えを纏めた時臣は、アーチャーに対し否定の意を告げようとする。しかしそれを遮るかのようにして、アーチャーの方から先に言葉を被せてきた。

 

 

「悩んでいる所に申し訳ないけど、その時間は無いみたいね」

 

「それはどういう――――」

 

『師よ、急ぎお伝えしたいことが……!』

 

 

 アーチャーが口にした意味深な台詞の真意を問おうとするが、今度は綺礼によって言葉を遮られる。続けざまに変化する事態に辟易しそうになるも、時臣はそれを飲み込んで平静を装い綺礼に応答する。

 

 

「どうした綺礼?」

 

『先程乱入したライダーが大規模な魔術を行使するようです! 恐らく、宝具に類するものかと!』

 

「宝具の使用? それだけであれば慌てる必要も……」

 

『ライダーに集まる魔力の量が異常なのです! 憶測でしかありませんが、先程のランサーが行使した宝具とは比較になりません! しかもセイバーとランサーは同じ宝具で迎撃するつもりのようです!』

 

「なっ……」

 

 

 緊迫する綺礼の口から告げられた言葉には、流石の時臣も耳を疑わざるをえない。

 

 サーヴァント同士の宝具の打ち合い。それが如何なる被害を齎すというのか。綺礼の言葉だけにしても、ライダーの宝具はランサーが先の用いたそれを遥かに凌ぐという。更にはそれを宝具にて迎撃せんとする二騎のサーヴァント。迎撃するのだから、その威力はライダーのそれに勝るとも劣らない筈である。

 

 そんなものが真正面から衝突したらどうなるかなど、最早考えるまでもない。致命的な結果を引き起こすことは疑いようがなかった。

 

 

「……アーチャー殿。貴方の率直な意見をお聴かせ願いたい」

 

「良いわよ、何かしら?」

 

「もしも倉庫街にいる三騎のサーヴァントが全力で宝具を打ち合った場合、どれだけの被害が予想されますか?」

 

「今のライダーの宝具が基準となるけど、それでも?」

 

「構いません」

 

「そうね、仮にライダーの宝具が押し勝てば、先ず間違いなくあの区画は壊滅するでしょうね。更地になるか、若しくは瓦礫が残るかの違いしか無いわ。運良く相殺したとしても、爆発により生じた音は未遠川を挟んで反対側の深山町まで到達するわね。新都の方にも当然届くでしょうし、人払いの魔術程度で隠蔽できるようなものではない。結果として予想される被害の程は……」

 

「いえ、アーチャー殿、もう判りました」

 

「あらそう?」

 

 

 アーチャーの口から淡々と告げられる被害予想に、時臣は堪らず途中で止めさせた。これ以上語らせても、これから起こる深刻な事態の想像をより生々しくするだけである。

 

 最早一刻の猶予も許されない状況。何としてでもあのサーヴァント達を止める必要があるが、三騎ものサーヴァントを抑止するなど不可能に近い。何故ならば、単純に三騎分の宝具に拮抗できる力を用意することが出来ないからだ。可能性があるとすれば()()()()()()()()()()で以って、文字通り宝具を無力化する必要があるだろう。しかしそんなことができるのは――――

 

 

「アーチャー……いや、()()()殿()。お願いしたいことがあります」

 

 

 アーチャーを振り返り、彼女を真剣そのものの目つきで見つめる時臣。これまで頑なに口にしてこなかったアーチャーの真名。それを言葉にしたことを考えても、そこから彼の本気が垣間見えよう。

 

 一人の魔術師の決心を前に、アーチャーは目を細めて再び扇子で口元を覆う。

 しかしながらその下に隠された口の形は、先とは違って笑ってはいなかった。

 

 

 

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 三騎のサーヴァントによる宝具のぶつけ合い。空前絶後の状況の中で、ウェイバーは自身の死を明確に予感していた。サーヴァント一騎の宝具だけでも常人には耐え難いというのに、三騎分もの宝具が目の前で炸裂せんとしたのだ。彼が自身の死を幻視してしまったのはある意味当然のことと言えよう。

 

 しかし彼の予感に反して、目の前で起こった出来事はあまりにも突拍子無く、そして不可解なもの。宝具同士が衝突するその直前、前触れ無く空間が引き裂かれたかと思うと、底すら見えぬ無間の闇が姿を表し、ライダーの宝具の一撃を容易く飲み込んだのだ。セイバーとランサーの宝具も同様の末路を辿り、役目を果たすこと無く深淵の彼方へと飛び去ることとなった。

 

 

「何だよ、これ……!?」

 

 

 ライダーの宝具を無力化した存在を見て、ウェイバーは戦々恐々と呟く。彼が暗闇の正体を知るべく目を凝らすと、二重円の紋様を持つ白玉の群れ――――言葉を変えれば、()()()()に酷似したものが浮かんでいることに気がついた。

 

 数える気も失せる程の夥しい数の眼球。その全てが、闇の中からこちらを凝視している。感情の無い無機質な視線を前に、ウェイバーの背筋に怖じ気が走った。まるで自分が無価値なモノであるかのような錯覚。それは鬱々たる感情を想起させ、彼の心を強くささくれ立たせる。

 

 皆が凝視する中、やがて空間の裂け目は収縮を始める。あたかもチャックのように端から塞がっていき、終いには最初からそんなものなど無かったかのように、跡形もなく蒸発した。

 

 

「……マスター、気をつけろ。いるぜ、()()()が」

 

 

 一連の出来事を見届けたライダーは箒の柄を握り直し、強い警戒感を持って周囲を一瞥する。それと同じくして、ランサーとセイバーも周囲に漂い始めた異様な雰囲気に気づき、その出処を探り始める。

 

 

「アイリ、私の傍から離れるんじゃないわよ」

 

「えぇ、わかってるわ」

 

『ランサー、警戒を怠るな。必ず何処かに潜んでいるはずだ』

 

「言われなくとも」

 

 

 先程まで闘争が嘘のような静けさ。吹き付けてくるはずの海風すらも、この時ばかりは(よう)として感じられない。互いの吐息が聞こえるまでに、痛いほどの静寂が彼等の周囲を満たした。

 

 

「外の世界に出られて興奮するのは良いけれど、少し節度のある振舞いを覚えるべきね」

 

 

 果たして、どれほどの間そうしていただろうか。やがて響いてくる、この場の誰のものでもない声。凛とした、しかし(なまぐさ)い雰囲気を感じさせるそれを聞き届けた一同は、その声の出処であろう方角を一斉に振り向いた。

 

 

 彼等の目の先にあったのは、奇跡的に戦闘の破壊から免れた一本の街灯。その頂点を見やると、妙齢と思われる女が一人、優雅な表情を浮かべながらそこに腰掛けていた。

 

 月明かりに淡く照らされるその姿を見た瞬間、皆が皆一様に理解する。この(いぶか)しい女こそが、先の怪異を引き起こした元凶であると。そして一部――――セイバーとアイリスフィール――――を除いた者達が、その女の正体を即座に看破する。

 

 先日、アサシンを過剰に過ぎる暴力で以て殺戮せしめたサーヴァント。聖杯戦争の『始まりの御三家』の一角、遠坂が呼び出した弓兵(アーチャー)の名を冠する者であると理解した。

 

 

 一体何時からそこに座っていたのか。いや、あの場所はサーヴァントの知覚範囲の内側に位置する。探し回ることなどするまでもなく、アーチャーを発見することが出来たはずである。にも関わらずそうならなかったのは、アーチャーは声を発する直前までこの場に居なかったことを意味し、引いてはアーチャーが空間転移に類する力を有していることの証明であった。

 

 

「おいおい、勘弁してくれ。何でお前まで出てくるんだよ。誰も呼んでないぞ」

 

 

 新たな乱入者の登場に対し、いの一番に口火を切ったのはライダーだった。半ば呆れたような口調で話す彼女の表情は、如何にも厄介者を目にした人のそれである。唯でさえサーヴァントが集まりすぎているというのに、さらに四人目までもが姿を表したのだ。彼女が抱いている思いは、アーチャー以外のこの場に居合わせた者達にとって共通したものであろう。

 

 

「あら、それは心外ですわ。私だってそのつもりは無かったのよ? ()()()()()()()()がやんちゃをするものだから、仕方なく出張ることになってしまったの。まったく子供ではないのだから、少しは自制してほしいものですわ」

 

 

 明らかに歓迎されていない雰囲気の中、しかしアーチャーは飄々とした態度を崩すこと無く、大仰な仕草をしながら溜息をつく。細められた瞳には明らかな侮蔑が宿っており、粗相をした悪童を見るような至極冷めたものであった。

 

 

 アーチャーが言葉を口にし終えた瞬間、場の空気が矢庭に凍りつく。時間が停止したかのように思えるそれは、場に満ちた殺気に因るもの。その殺気の出処は、アーチャー除いた三騎のサーヴァントであることは言うまでもない。素性も知らぬ馬の骨にいきなり侮辱されたのだ。仮に彼女の言に筋が通っていたとしても、それを素直に受け入れるような輩はこの場には存在しない。

 

 アーチャーに収束する厭悪(えんお)が篭った三本の視線。中でもセイバーのものが特に強烈であり、小動物程度ならばそれだけで死に至らしめられそうなほど。自尊心が一際大きい彼女にとって、アーチャーの侮辱は何よりも許し難いことである。故に彼女は内に宿る黒い感情を取り繕うこともせず、吐き捨てるようにして言い放った。

 

 

「気に入らない、気に入らないわ。最初から全てを知っているかのようなその口調……虫酸が走る。何様のつもりなのかしら?」

 

「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ。碌な修練も経ずに天へと至った貴方が人を諭すなど、思い上がりも甚だしい。奢侈淫佚(しゃしいんいつ)に耽る姿の方がお似合いでしてよ、()()()()

 

「なんですってぇ……!?」

 

 

 しかしセイバーの憎まれ口は、更なる罵詈讒謗(ばりざんぼう)によって塗りつぶされる。奢侈淫佚(しゃしいんいつ)――――つまりアーチャーはセイバーに「酒肉を貪り、房事に溺れる姿の方が似合っている」と言ったのだ。人柄の評価としてはこの上ない汚名である。

 

 セイバーが()()()()()()()()()()()()ことにも気づかず、怨嗟の声を上げるのも無理からぬ事。そしてその怒りを抑える理由など、今の彼女には有りはしなかった。

 

 

 

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(不味いな……)

 

 

 一触即発の雰囲気の中、遠方にて身を潜める切嗣は眼に視える光景に歯噛みする。

 

 これまで手出し無用を決め込んでいた彼ではあったが、ここまで場が混沌としてしまっては苦言の一つも漏らしたくなるというもの。全体の半数以上のサーヴァントが集うこの現状は、最早何が起こっても不思議ではない。そしてその起こった出来事が良いものであるとは当然限らず、先の見えぬ不安感が彼の心を焦燥に駆らせている。

 

 

 考えられる限りでの最悪な事態は、他のサーヴァントが一斉に敵に回ること。一対多数の『一』の立場になることこそが、絶望の最たる状況だろう。そしてその立場になる切っ掛けは、劣勢の立場にある場合であったり、他の者の信頼を得られなかった場合であったりと多岐にわたる。何が引き金となるのか判らない以上、このような膠着状態に陥った場合は下手に動かないことが最善なのだ。

 

 しかしセイバーにはそのような配慮など皆無のように見え、自身を侮辱したアーチャーに対し露骨な敵意を見せている。もしもそのまま戦闘に入り、セイバーの方が劣勢であると判断されれば、ランサーやライダーまでもがアーチャーに加勢するやもしれない。そうなってしまったが最期、セイバー一人でアイリスフィールを連れて逃げ出すことは到底不可能だろう。

 

 

(目下、一番の問題は……)

 

 

 切嗣はスコープを動かし、街灯に居座るアーチャーの姿を覗き見る。遠坂のマスターが呼び出した謎のサーヴァント。アサシンとの戦闘を記録した映像を見た後、彼女の種族と思われる怪物の伝承がないか調べてみたが、結局見つけることは叶わなかった。

 

 

 幻霊(サーヴァント)は存在を否定された幻想の者達。存在が()()()()()ということは、過去においては()()()()()()()ということであり、彼らの記録は遺失すること無く今尚もこの世界に現存している。従ってサーヴァントの特徴を調査し、それと合致する幻想と照らし合わせていけば、いずれはその正体に辿り着くことができるのである。

 

 

(だが、アーチャーに該当するような種族の怪物は見つけられなかった。空間を切開し、それを経由して移動する存在……擬似的な空間転移を使えるのなら、かなりの力を持っている筈。ならば相当著名な怪物だと踏んでいたんだが……いや、過ぎたことを気にしても仕方ない)

 

 

 自身の予想が空振りした事実を切り捨て、目の前の問題に思考を切り替える。

 

 セイバーとアーチャーの戦力差を比較するなら、アーチャーの方が若干優勢なだけでそこまで大きな開きはない。空間の裂け目から繰り出される光弾の雨も、セイバーの技量であれば難なくいなすことができるだろう。だがそれよりも警戒するべきは、セイバーの素性を看破した思考力ないし洞察力である。

 

 

(ああいった手合は穴蔵に篭もらせると厄介なタイプだ。相手は安全圏に逃げ込んだまま、こちらばかりが戦力を削られることになる。奴がマスターに何か入れ知恵をしていたとしたら……)

 

 

 遠坂のマスターが生粋の魔術師であることは事前の調べでわかっており、これまで同じような存在を数多く葬ってきた切嗣としては、然程脅威とは考えていなかった。だがアーチャーがマスターに知識を貸し、魔術師が持つ共通の弱点――――近代兵器を軽視する価値観を修正していたとしたら。戦闘における彼のアドバンテージは大きく損なわれることになる。

 

 

 次々と湧き出る問題に切嗣は頭を悩ませるが、状況は彼に考える時間を与えない。彼がスコープの先をアーチャーから外し、再び戦場を俯瞰しようとした時、()()()()()()()()がその視界に映り込んだ。

 

 

 (なんだ、あれは……?)

 

 

 不審に思い『何か』が見えた場所へと視線を戻すと、そこにあったのは形の定まらぬ靄の塊。辛うじて人型と思える矮小な姿をしたそれは、のそのそと覚束ない足取りでコンテナの影からその身を露わにする。

 

 白き煙に覆われた頭部に浮かぶ、眼と思われる二つの紅き光。爛々と輝くそれから感じ取れるのは、底無しの憤怒の感情。見ているだけでも背筋に冷や汗が流れ落ちる姿には、とてもではないが理性などあるようには見えず、若干腰を低くして前屈みになっている様はさながら獣のようである。

 

 『何か』がサーヴァントであることは疑いようがない。そして、彼の者が当て嵌まるクラスはただ一つ。未だ正体が不明となっている二つ内の片割れ。狂気とともに暴威を撒き散らす『狂戦士(バーサーカー)』のサーヴァントであろう。

 

 

 新たな来訪者の出現に戦場にいる者達も気づいたようであり、彼等の視線が一気にバーサーカーへと集中する。好奇、警戒、不可解、狼狽……様々な種類の凝視がバーサーカーに降り注ぐが、それを受ける当人は気にした様子を見せること無く、ひたすら空の一点を見上げていた。

 

 

 その視線の先にあるのはアーチャーの姿。激憤が乗せられた両眼が彼女へと向けられている。アーチャーもそのことに気づいているようであり、扇子で口元を隠しつつ細目でバーサーカーを見据えている。

 

 何故バーサーカーは数あるサーヴァントの中でアーチャーにのみ関心を示しているのか。バーサーカー自身の嗜好なのか、それともマスターの意向なのかは判別のしようがない。一つだけ言えることは、バーサーカーはアーチャーに対して、一際大きな敵意を抱いているということだけだ。

 

 

「――――阿、阿阿阿゛阿゛阿゛阿゛阿゛ーーーーッッッ!!!」

 

 

 聴く者の鼓膜を突き破らんばかりの大音声(だいおんじょう)。臓物ごと吐き出すかの如き絶叫が狂人の口から轟き、莫大な音圧が戦場の空気を蹂躙する。全身に叩きつけられた音の暴力に怯む者達を他所に、バーサーカーは激情を迸らせながら、相も変わらず佇むアーチャーへ目掛けて襲いかかった。

 

 

 

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「次から次へと面倒くさいわねぇ……!」

 

 

 セイバーは一人、目まぐるしく変化する状況に悪態をつく。

 

 最早異例という言葉すら生温い、五体目のサーヴァント『狂戦士(バーサーカー)』の乱入。人の形をしているだけの生物なのかすら定かでない()()は、他の雑踏には目もくれずにアーチャーへと飛びかかった。

 

 セイバーはバーサーカーが身に纏う禍々しい雰囲気を警戒していたが、当のバーサーカーはそれに全く見向きしなかったため、彼女の警戒は終始杞憂に終わる。その事実を受けてのセイバーの内心は拍子抜け半分、苛立ち半分といったところ。ちなみに苛立ちの理由は、アーチャーを倒そうと息巻いていた所に水を差されたからであった。

 

 

「あらあら、はしたないこと」

 

「加゛ッ、阿゛阿゛阿゛!!!」

 

 

 その一方で、空より迫り来るバーサーカーを前に、アーチャーは扇子をパチンと小粋に閉じると、自身の足元の空間を引き裂いてその中へと落ちる。そして裂け目が閉じると同時に、バーサーカーの腕部と思われる部位が勢い良く振り抜かれた。

 

 獲物を捉えること無く空を切るバーサーカーの一撃。しかしそれはアーチャーが座していた街灯を()()()()で叩き折り、更には爆音とともに地面に大きな罅を入れる。ただ単に腕を振るっただけで、直接触れていないにも関わらずこの威力。あの矮躯な体の何処にそれだけの力を溜め込んでいるというのか。

 

 

 空を流れるバーサーカーは、勢いをそのままに奥のコンテナへと着弾。盛大な音を上げて鉄塊をグシャグシャに轢き潰した。その後何事もなかったかのように起き上がるが、そこを目掛けて幾条もの光の帯が散弾さながらに空から降り注ぐ。

 

 光の帯の出処は、述べるまでもなくアーチャーである。彼女は先程居た場所の正反対の位置に、空間の裂け目に腰を掛ける形で現れ、それと同じ小さな裂け目の穴から光の帯を打ち出していた。

 

 

 その光景は正しく、アーチャー対アサシンの再現。嘗てのアサシンと同じように、バーサーカーが立つ場所にアーチャーの凶弾が突き刺さる。舞い上がる土煙にバーサーカー姿が見えなくなるが、それでも攻撃の手が休まることはない。延々と弾丸を打ち出し続けるアーチャーの表情はすまし顔で、功に焦っているようには見えず、寧ろ何かを試しているかのように思われた。

 

 

「……まじかよ」

 

 

 空を浮かぶライダーが唖然とした様子で小さく呟く。常人には疾すぎて理解できぬ攻防も、サーヴァントの視力をもってすれば追いかけることなど造作もない。最初から最後までの出来事を、ライダーは余すこと無くその眼に収め、その光景を自身の頭の中へと刻み込んでいた。

 

 しかし今回に限っては、寧ろ見えなかったほうが良かったのかもしれない。バーサーカーが持つ異常性というものを、否が応にも理解してしまったからだ。

 

 

 緩やかに吹き流される風によって、辺りに立ち込める土煙が拭われていく。その場のあらゆるものが穴だらけとなった惨状の中で、それでも尚バーサーカーは健在だった。

 

 

 傷を負っているようには見えない。

 痛みを堪えている素振りもない。

 更には怯んでいる様子すらもない。

 白い靄の小人はしかと両足で大地に立ち、未だ怒りをその身に湛え続けている。

 

 

 アーチャーの猛攻を受けての生還。しかし、ライダーが驚愕しているのはそこではない。ただ生き延びただけならば、豪胆たる彼女がここまで驚くことなどありえない。

 

 ライダーの驚愕の理由は、バーサーカーの無傷の容姿。それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったからだ。同じく頑丈なセイバーであっても、アーチャーの猛攻を直に受けてあのような平静を保ち続けられるとは到底思えなかった。

 

 

「……なぁ、マスター。あいつってどれだけ強いんだ? 教えてくれないか?」

 

「……」

 

 

 ライダーは判然としない口調でウェイバーに質問を投げかけるが、ウェイバーは返事を返さない。訝しげに思って背後に気を遣ると、ウェイバーの視線は目の前の光景――――正確にはバーサーカーの姿に釘付けになっていた。目を剥いているその顔からは、明らかに信じ難いとでもいうかのような、その心の内が困惑の極地にあることがまざまざと見て取れる。

 

 

「マスター、どうした?」

 

「……無いんだよ」

 

「無いって、何がだ?」

 

「あのサーヴァントのステータスだよ! ()()()()んじゃない、()()()()()()んだ!」

 

「……はぁ? ってことは何だ、あいつはサーヴァントじゃないってのか?」

 

 

 ウェイバーの叫びを聞いて、ライダーは一瞬間を置いてから一驚の声を上げる。

 

 あの靄の塊がサーヴァントであるなら、マスターであればそのステータスを読み取ることができる。仮に宝具等でステータスを隠蔽する手段を持っていたとしても、それは所詮情報を誤魔化すだけでしかなく、()()()()()()()()()()()()を隠蔽できるわけではない。

 

 マスターに与えられる透視能力は、聖杯戦争を構築するシステムの一つ。それを妨害するならば、先ずは聖杯そのものを欺く必要がある。そして当然のことながら、聖杯によって喚び出された一介のサーヴァントに斯様な暴挙を働くことなどできるはずもなく、聖杯戦争のシステムの構築に携わった者か、世界に名を馳せるような神代の魔術師でもなければ不可能だろう。

 

 

(でも、実際にバーサーカーにはそれが出来ている。絡繰が絶対にある筈だ。考えられるとするなら、あの白い靄はバーサーカーの宝具、しかも自律型のやつかもしれない。となると、どこかに本体がいるはずだけど……)

 

 

 金色の瞳でバーサーカーの姿を捉え、思考を埋没させていくライダー。人間であるが故に非力な彼女が持つ武器の一つが、その類稀なる洞察力である。幻想郷(むこう)での戦いの最中、自身よりも遥かに強大な敵を相手取る内に培われた観察眼。サーヴァントとなって記憶失ったとしても、その身に染み付いた技能が色褪せることはない。

 

 

「これは中々、随分と()()()()のようね」

 

 

 場面は再び戻り、光弾を雨あられと降らせ続けるアーチャーは、幾度もなく襲い来るバーサーカーをそう評価していた。

 

 バーサーカーがアーチャーに目掛けて突進した回数は、既に二十を超えている。そのいずれも神速であり、未だ疲労の兆候を見せることはなく、更に加速し続けているように見えた。雄叫びを上げながら一心不乱に同じ所作を繰り返す姿は、正に『狂戦士(バーサーカー)』のクラスに相応しい。

 

 周囲の地形を十全に利用し、ゴムボールのように飛び回るバーサーカー。重力をまるで無視した動きでもって、あらゆる角度からの攻撃を試みる。だがそれでも、彼の一撃が届くことはない。思慮のない滅多矢鱈な攻撃では、アーチャーの宝具と思われる次元移動の力の前にはあまりにも無力だった。

 

 

「幾゛阿ッ!!!」

 

 

 アーチャーに飛びかかり、空間の亀裂に逃げ込まれ、背後から奇襲を受けるということ繰り返して数度。いい加減埒が明かないと悟ったのかは定かではないが、バーサーカーは動き回ることを止めて唸り声を上げながら敵を見上げる。そして一際大きな奇声を上げたかと思うと、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 瞬く間に肥大化する片腕。霧の柱とも思える姿へと変貌したそれは、巨人の腕と見紛うばかりの大きさである。小柄な体に対するあまりの不釣合いさに、「右腕に体がくっついている」と表現しても差し支えない。

 

 

 バーサーカーはその腕で周囲に散らばる鉄の残骸を鷲掴みにすると、それアーチャーに目掛けて投擲した。その動作は勢いを感じさせない力無き一投だったが、それに反して手から離れた残骸は音速を軽々と突破し、標的へと目掛けて飛来する。その速度を見て回避は難しいと判断したのか、アーチャーは再び障壁を展開、轟音を響かせながら飛来物を防ぐ。

 

 

「……!」

 

 

 役目を果たすこと無く、バラバラになって地に落ちる鉄屑。それにより塞がれた視界が開かれようとした矢先、バーサーカーの巨大な腕の拳が目前へと迫り来る。そこで初めてアーチャーは顔に余裕以外の感情――――とは言っても、僅かに目が見開かれただけだが――――を表わし、対処のために咄嗟に手を動かそうとするが間に合わず、障壁諸共強く殴り飛ばされた。

 

 

 硝子のように障壁が砕け散り、大きく後ろに後退するアーチャー。それに対してバーサーカーは、間隙を突いて追撃せんと肉薄する。上に位置する狂戦士。下に位置する弓兵。どちらが優位なのかは、誰が見ても一目瞭然。

 

 宙に投げ出された相手を地面に叩き落とさんと、腕を振り下ろそうとするその刹那。バーサーカーの意志に反して、その腕が何かに引き止められた。

 

 

()()()をするのはその手かしら?」

 

 

 バーサーカーの腕を取り囲むように浮かび上がる幾何学模様の陣。それは腕輪のようにバーサーカーの腕に嵌まり、束縛対象をその空間へと固定する。万力で締め上げられるような感覚に、しかしバーサーカーは痛がる素振りを見せず、鬱陶しそうにそれを振り解こうとする。だが抵抗をするより先に更なる枷がもう片方の腕に課せられ、そして間を置かず両足にまで拘束がなされることとなった。

 

 

「宇゛、宇゛宇゛……!」

 

「即席の緊箍児(きんこじ)ですわ……それでは、御機嫌よう」

 

 

 宙吊りになったまま、低い唸り声とともに怒りの視線を敵へと向けるバーサーカー。それとは対称的に、アーチャーは品のある声色で言葉を返すと、目の前に一回り大きな空間の裂け目を作り出す。そして次の瞬間、膨大な光量の奔流が裂け目から迸り、バーサーカーの体躯を容易く飲み込んだ。

 

 

 虹色と紅色が混ざった光線を見て、アーチャーとバーサーカーの戦いを凝望していた者達が一斉に目を剥く。光の奔流の正体、それが先刻裂け目の中へと消えていった三騎のサーヴァントの宝具であると理解したが故に。彼らの宝具は裂け目に飲み込まれた後に消失したのではなく、アーチャーが生み出した異空間の中をずっと彷徨っていたのだ。

 

 

「――――――――!!!」

 

 

 声にならぬ叫び声を上げて、バーサーカーの姿が焼却されていく。一瞬抗おうとする素振りを見せるも、流石にサーヴァント三騎分の宝具の前では力不足と言う他ない。最終的には拮抗することすら出来ずに吹き飛ばされ、大きな火の玉となって彼方の海へと墜落することとなった。

 

 

「一先ずは一件落着かしらね……さて」

 

 

 退場したバーサーカーを見送った後、アーチャーはセイバーとランサーの方へと向き直った。細められた視線を向けられ、恐怖とともにアイリスフィールの体に強烈な怖じ気が走り抜ける。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、相手の奥底を見透かすような瞳。彼女が生み出す空間の裂け目から見えた眼球のように、アーチャーの視線は無機物を見るかのごとく、アイリスフィールではない()()()()を捉えているように思えた。

 

 

「次にお相手をしてくれるのはどなたかしら? 私としては一人ずつでなくとも構わないのだけど?」

 

「……言ってくれるじゃないの」

 

 

 アーチャーの不遜な物言いに、武器を構えて睨みつける二騎のサーヴァント。それを前にして、やはりアーチャーは余裕を崩すこと無く、不敵な笑みを浮かべつつ地上を俯瞰する。

 

 数で見れば彼女のほうが圧倒的に不利。この場の全てを相手取ることは、自ら死地に赴くことと変わりない。それにもかかわらず、何故あれほどまでに余裕な顔をしているのか。未だ見せていない、この盤上をひっくり返すような奥の手を秘めているとでも言うのか。バーサーカーを容易く撃退した力と彼女が持つ底の知れぬ雰囲気。それらへの警戒感から、セイバー達は戦いの一歩を踏み出せずにいた。

 

 

「来ないのであればこちらから……あら?」

 

 

 こちらを見上げたまま動こうとしない相手を見て、アーチャー自らが戦局を動かそうとする。再び開かれる無数の裂け目。その中央から瞬きが生じるや否や、彼女は突如何かに気を取られたかのように素っ頓狂な声を上げた。

 

 

「……もういいの? これからが面白くなるところなのだけれど……そう、仕方ないわね」

 

 

 あらぬ虚空を見つめ、ぶつぶつと独り言を繰り返すアーチャー。彼女と会話をする目に見えぬ相手の正体は、恐らく彼女のマスターであろう。急速に萎んでいくアーチャーの覇気を見るに、これ以上の戦闘を止めるよう命令したようである。恐らく多勢に無勢になることを危惧したのであろうが、何れにせよこの戦いに一旦の終止符が打たれたことには違いなかった。

 

 

「堅実なのは良いのだけれど、やはり彼には放胆さが必要ね。少し期待していたのだけれど……」

 

 

 アーチャーは無為無聊(むいぶりょう)な雰囲気を漂わせなから、誰に対するものでもない言葉を小さく呟く。しかしそれも僅かな間のことであり、次の瞬間には当初の胡散臭い笑みが張り付いている顔へと戻っていた。

 

 

「用事ができましたので、私はこれで御暇(おいとま)させていただきますわ」

 

「ちょっと、やりたい放題やって逃げる気?」

 

嘲罵(ちょうば)された手前、それをそのままにするのは私の沽券に関わるわ。貴方は此処で死になさい」

 

 

 アーチャーよりやおらされた撤退宣言に、当然のようにセイバーとランサーは非難の言葉を上げた。自身を罵倒した者を生かして帰す理由などあるはずもなく、彼女等はこの場で痴れ者を誅せんと敵意を剥き出しにしている。しかしアーチャーはどこ吹く風と言った様相を崩すことなく、優雅な所作で扇子を広げて口元を隠すと、子供を諭すような口調で話し始めた。

 

 

「お誘いは嬉しいのだけど、そう急くことはないわ。祭祀の幕は上がったばかり……()()()調()()()()()()もいるようですし、時節到来の折にまたお相手しましょう。

 

 それに、ライダーはもう逃げたみたいよ?」

 

「なぁっ……!?」

 

 

 アーチャーの指摘にセイバーが空を見上げると、そこにいたはずのライダーの姿は影も形もなかった。どうやらアーチャーとバーサーカーが戦っている最中に、音に紛れて撤退したようである。タイミングを考慮するなら、アーチャーが空間の裂け目から宝具の奔流を発射した時だろうか。

 

 あまりの逃げ足の速さに呆れ返るが、多数のサーヴァントが入り乱れて混沌としている現状を鑑みれば、撤退という判断も然程悪いものではない。この場に居た四騎のサーヴァントの中で、明らかにライダーは格下である。強力な宝具を有しているとはいえ、今リスクを犯す道理はないということなのだろう。

 

 

「いつの間に……こうなったらお前だけでも!」

 

「アーチャーならもういないわよ。私達が意識を逸らした隙に引いたみたいね。槍を投げる暇も無かったわ」

 

 

 意気揚々とセイバーは振り返るも、アーチャーは既に姿を消した後。唖然とするセイバーに、ランサーは嘆声もかくやといった口調で説明する。先程までの騒乱が、まるで虚構であったかのように静まり返る倉庫街。台風一過、アーチャーは正しく台風としての役割を果たし、この戦いを最後まで乱し切ったのである。

 

 

「~~~~ちくしょうッ!!!」

 

 

 やり場のない怒りを抱えたままとなったセイバーは、とりあえず周囲に散らばる鉄屑を手当たり次第に切り飛ばした。切れ切れとなった鉄屑が空を舞う姿を無視し、息を荒くしながら憮然と佇むランサーへと問いかける。

 

 

「はぁっ……で、貴方はどうするの? もう一回やり直す?」

 

「興が削がれたわ。今日はここでお開きにしましょう。いいでしょう、マスター?」

 

『ふん、貴様に言われるのは癪だがな。今日一日で状況が動きすぎた。一旦情報を整理するべきだろう……撤退するぞ』

 

「了解。それじゃあ、互いに生きていたらまた会いましょう、セイバー」

 

 

 ランサーとそのマスターはそっけない会話を交わし、彼等も撤退の意思を固める。そしてランサーは短い別れの挨拶を告げると、返答を聞くこと無く霊体化して姿を消した。

 

 後に残されたのはセイバーとアイリスフィールの二人のみ。破壊の限りが尽くされた倉庫街に、冬季の風が吹き荒ぶ。暫くの間彼女等は無言のままであったが、やがて沈黙に耐えきれなくなったのか、アイリスフィールはセイバーに恐る恐る話しかけた。

 

 

「セイバー、大丈夫?」

 

「大丈夫に見える?」

 

「……ごめんなさい」

 

「……冗談よ。私は平気」

 

 

 寂寥を漂わせるセイバーの背にかけられる憂慮の言葉。それ対する返答は、些かの棘が纏われたもの。却って機嫌を損ねてしまったのかと思い、咄嗟にアイリスフィールは謝罪する。しかし当のセイバーは先の言葉を冗談で済まし、微笑みの表情を浮かべて振り返った。

 

 だがやはり、少しばかり無理をしているのだろう。顔には隠しきれていない気疲れが見え、自身の感情を無理やり押し殺していることが察せられた。

 

 

「それで、これからどうするの?」

 

「森の中にある別宅に向かうわ。切嗣たちとはそこで落合う約束をしているの。でもその前に、切嗣が預けてる自動車(おもちゃ)を取りに行かないと……」

 

玩具(おもちゃ)ねぇ……そんな趣味がある奴とは思えないんだけど。それは何処にあるの?」

 

「一度新都の方まで戻らないと。場所は私が知ってるから」

 

「じゃあさっさと行くわよ。遅れて切嗣(あいつ)に嫌な目で見られるのは癪だしね」

 

 

 僅かな会話の齟齬を感じさせながら、二人も倉庫街を立ち去っていく。やがて戦場を監視していた者達もこの場を去り、漸くの静穏がその地に訪れるのだった。

 

 

 




とりあえず倉庫街の戦いはこれで終わり。
次の話で第一巻分は終了予定。



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