遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

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第九話だ~い。
今回もぉ、決闘無しの日常パートになりま~すらぁ。
そんなわけで、行ってらっしゃい。



第九話 花は笑うよどこででも……

視点:あずさ

 

 パチッ

 

「……」

 普通に眠ってたのに、急に目が覚めた。

 目が覚めたから体を起こして、目覚まし時計を見てみる。

「まだ夜中だよ……」

 ただでさえ朝には弱いんだから、変な時間に目を覚ますのは嫌なんだよなぁ……

 

『……どうした、あずさ? ポコチン殴った夢でも見たのか?』

「……」

 どうしてだろう……そんなわけないのに、すぐに否定できなかった。

「……あんたのそれなら、遠慮なく潰すんだけどね……」

 否定する代わりに、そう、脅しの言葉を掛けておく。男の子なら普通は怖がりそうな言葉らしいけど、白い着物姿で寝転がってるシエンは、笑ってるだけだった。

『バーカ。精霊にんなことしても人間ほどダメージ受けねえよ。いくら見た目人間に近いからって、ただのデザインなんだからよ』

「そうなの……?」

『そりゃそうだ。確かに人間や生き物にデザインされた以上、そいつらと同じようには体はできてる。毛の生えてない動物とか足の生えた植物とか、見た目は奇天烈でも基本の構造は普通だ。性別もある。人間的な女なら胸も出るし、男ならタマキンも着いてる。だが、それだけだ。仮にそれを潰したとして、当然痛えことは痛えが、せいぜいお前らにとって、腕とか足とかを潰された程度の痛みだ』

「……それでも十分痛いんじゃないの?」

『まあな。そして、その痛みを感じて、しばらくすればまたすぐに治って終わりだ。まあそれでも続けていればいつかは死ぬが、一番確実なのは、本体であるカードの方を、燃やすか破るかすることだな』

「……え、カードの方が本体なの?」

『……私達の方が本体だと思ってたのか?』

 そう、シエンは当たり前だろって顔で、呆れ顔になった。

『少なくとも私達が宿った時点で、本体はカードの方になるに決まってんだろう』

 ……よく分からないけど、要するにわたし達から見れば、わたし達が映ってる写真が本体だと思ってたのか? みたいな感覚、なのかな?

「……まあいいや。まだ遅いし、寝るよ」

『あいよ。おやすみ』

「……シエンは寝ないの?」

『精霊には飯も睡眠も必要無えっつったろ。気分によるさ』

「そう。寝ないなら良いけど、寝てる間に悪戯しないでよね……」

『しねえよ、ガキじゃあるまいに……』

「よく言うよ。六人の中で一番子供っぽいくせに……」

『はっ、言ってろ……』

「……」

 

『……なあ』

「……」

『……お前もいい加減、ガキみたいに意地張ってねえで、素直になったら良いんじゃねえか?』

「……」

『一応、経験則で言わせてもらうが、言える時に言いたいこと言っとかねえと、後で一生後悔することになる、かもしれねえぞ』

「……」

『あいつの心は今も変わってねえ。いつだって純粋なままだ。だが、純粋なせいで、何だって受け入れちまう。そんなあいつのそばには今、あの女帝の姉ちゃんに、舞姫の嬢ちゃんもいるんだぜ。俺にはよく分からん感情だが、いい加減、うかうかできる状況でもねーんじゃねえの?』

「……」

 

 分かってるよ……

 けど、そんな単純な話しじゃないんだよ……

(バカシエン……)

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:外

 

 パチッ

 

 目を開いてみると、いつもの天井が見えた。灯りは点いていないが、外からは光が漏れ、朝であることが分かる。

 身体を持ち上げてみると、いつもの壁が見えた。外の光もまだ弱く、灯りが無いせいで薄暗いものの、見知っている部屋の壁の色ははっきりと知覚できた。

 覚めたばかりでボンヤリとする頭を振り、意識をはっきり覚醒させる。

 そして立ち上がり、万丈目準は、風呂場へと向かっていった。

(寝ている間に汚れたこの体を、誇り高き白の制服の如く綺麗に洗い流さねばな)

 そんなことを考えながら、純白の寝間着を脱ぎ、風呂場のドアを開く。

 

「あら、準さん。おはようございます」

「準、おはよー」

「む……」

 その、二人分の声を聞き、それがすぐ、覚えのある声だと言うことにも気付いた。

(アズサ)か」

「ええ。すみませんが、お先に頂いておりますよ」

「まあそれは、構わんが……」

「なに? どうかした?」

「いや……正直、お前達が何をしても今更驚きは無い。無いが……」

「……?」

「仮にも異性なら、風呂くらいは別々に入るべきではないのか……」

 

『……』

 頭を抱え、二人から目を逸らしながら、文句を垂れる万丈目に対して、二人は顔を見合わせ、疑問を表情に浮かばせた。

「別に今更ですよ」

「毎日一緒に入ってることだしね」

「毎日……?」

『毎日』

 平然と、口を揃えて答える二人に対して、万丈目はただ、苦笑するしかない。

「準さんは、『おジャマトリオ』の皆さんとは一緒に入らないのですか?」

「何の話しだ?」

『え……?』

 二人の反応に対して、万丈目は首を傾げる。今の万丈目にとっては、何を言っているのか理解のできない言葉に、聞き返すしかない。

「……まあいい。俺はお前達の後にしよう」

「良ければご一緒にどうですか?」

「……遠慮しておこう。さすがにお前達二人は目に毒だ」

「なんだいそりゃ? そら明日香ちゃんとかに比べりゃ大した体はしてないけど、目の毒ってほどだらしない体はしてないっての」

「違いますよアズサ。よく見なさい。私達のようなガリガリの体など、明らかに目に毒ですよ」

「ああ、そっち……?」

「ちがーう! むしろずっと見ていたいほど綺麗な体しているわー!!」

 

 そんな悲鳴と共に、羞恥も遠慮もかなぐり捨て、やたら卑下する友人二人に、事実を指摘する。

 結果、直立していた二人の体をばっちり見てしまい、鼻血を流して倒れることになるのは、この数秒後のことである。

 そしてその際、万丈目は、こう思ったという。

 

(梓……体に似合わず、でかいんだな……)

 

 ……

 …………

 ………………

 

 万人が、というわけではもちろん無いだろうが、学生というものは大抵、平日の朝というものに対して、拒否反応を芽生えさせるものである。

 時間に遅れないよう、決まった時間に目を覚ますことの辛さはもちろん、いつも通りに始まる学校の、長い登校への道や、退屈な授業、それら諸々の義務の始まりに対して芽生えるのは、ほとんどが希望ではなく、億劫である。

 まして、周囲の生徒、学園から、劣等生、ドロップアウトと断じられ、蔑まれ、諦めを強要され、絶望を突き付けられる、オシリスレッドの生徒達にとっては、その感情はより顕著なものである。

 

 彼もまた、そんな顕著な億劫のせいで重くなる足取りで、憂鬱な気分に苛まれながら、階段を下り、食堂の前に立った。

 昨年度の中盤辺りに、食堂の調理担当が、中年のおばさんに加え、一人の美女が立ち、料理の味も良くなった。お陰で過去には苦痛の一つでしかなかった不味い食事の時間が、今では一日の中では唯一の楽しみに変わっている。

 だが、その味にも慣れれば、楽しみもありがたみも次第に失せていく。おまけにその調理担当は、最近になってまた一人増え、三人目は、元レッドだというイエロー寮の生徒だ。

 その、三人目の生徒と、二人目の美女がデキているということは、アカデミアでは公然の秘密となっている。おまけにそこまでイケているようにも見えないその三人目は、その他にも一人か、二人の女子からも言い寄られているという。

 今日もそんな、世に言う『リア充爆発しろ』状態で、且つ、尊敬も親しみも持てない、同い年の生徒の作った料理で腹を満たすころになると思うと……

(余計に気分が沈んでいく……)

 なまじ女子にモテたことのない落ちこぼれであるだけに感じる、劣等感の極みだった。

(今日は朝食、抜こうかな……)

 憂鬱な気分から、そんなことを考えていたものの、毎朝の習慣から、気が付けば、その手はドアに手を掛けていた。

 そして、その手はいつものように、ドアを開くための力を込めている。嫌だと思っている人物の前に立つことすらも習慣となっている。やめようと思えばやめられることなのに、結局気が付いた時には、いつもと同じことの繰り返し。

 これが人生というものなのか……

 ドアを開く、一秒にも満たない時間の中、そんな感情が押し寄せ、彼の心を押し潰していた。

 

「おはようございます」

 

 ドアを開いた瞬間に聞こえてきた、その綺麗で上品な声。その声の主である、おそらくはこの学園で最も多くの人達からの、親しみと尊敬を集めている、その、男子生徒の顔を見るまでは……

 

 

「うんめええええええええ!!」

 

 そんな声を上げたのは、レッド寮一の食いしん坊として名高い、遊城十代である。

 朝食を食しながら、満面の笑みを浮かべ、その味に思わず声を出す。彼の学園生活初日から見られた行動だった。

 もっとも、十代の場合、大抵の食事は、貧層だろうが同じだろうが美味そうに平らげてしまうため、それだけで食事の良し悪しを判断することは難しい。

 事実、十代以外の生徒達は、

 

『……』

 

 言葉を出さない代わりに、顔中の筋肉を収縮させ、目を閉じ、涙を押さえる者さえいる。

「……そこまで、クソ不味い料理でしたか……?」

 調理場からその様を見ている梓は、余りに閑散としたその光景に、表情を沈ませていた。

 だがそんな梓に、翔とカミューラは笑い掛けた。

「逆だよ。全員、美味しすぎて声も出ないって顔だよ」

「え……なぜ、そんなことが分かるのですか?」

「試しにおかわりが欲しいか聞いてご覧なさいよ」

「はぁ……おかわりが欲しい人はいますか?」

 

『おかわりー!!』

 

「……っ!」

 梓の問い掛けに、言葉を失っていたレッド寮の生徒達が、一斉に声を上げた。

「うわぁ、凄い……」

「確かに凄いわ。いつも私達が作ってるのと同じ料理なのに、ちょっと手を加えただけで、倍以上の美味しさになるなんて……」

「いやあ、頼もしい助っ人が増えてくれて心強いよ」

 台所で、梓の後ろに立つ、翔、カミューラ、トメさんが順に、梓の人気と、料理の評判に関して言葉を繋いでいった。

「よかった……不味さに口を閉じていたわけではないのですね……」

「梓さんの腕なら、そんな心配必要無いよ」

「そういうこと。さあ、おかわりをつぐわよ」

「さあさあ、おかわりが欲しい人は並んでちょうだいな」

 

 事実、梓の作った朝食を、クソ不味いと思った者は一人もいなかった。不味いどころか、内心では、食しながらそれぞれこう思っていた。

 

(涙が出るっ……!)

 

(犯罪的だっ……!)

 

(うますぎるっ……!)

 

決闘(ろうどう)のほてりと……部屋の熱気で……暑苦しい体に……)

 

(梓さんの料理……!)

 

(染み込んできやがる……! 体にっ……!)

 

(パク……うわっ……! 溶けそうだっ……!)

 

 食べている者のほとんどが、どこかの賭博士さながらに顔を長くし、言葉を探す時間すら惜しみながら、ひたすらに朝食を咀嚼していく。

 そしてまた、おかわりをした者達は、料理を舌で転がし、味に舌鼓を打ち、涙を流しながら、漏れ出そうになる声を堪えるのである。

 

 そして、そんな梓の姿を、いつものメンバーもまた、嬉しそうに見ていた。

「まさか、梓までレッド寮に住むことになるなんてね」

「しかも、万丈目の部屋とはな」

 十代と同じ席に座る、明日香、三沢が言う。それに対して、鼻を赤く腫らした万丈目は複雑な表情を浮かばせながら、ご飯を口にかっ込み始めた。

「……万丈目君、ちなみにそのお鼻はどうしましたの?」

「……何でもない」

 ももえの質問に対してだけは、そう短く答えた。

 ちなみにももえは、元々ブルー寮にいたのだが、結局、翔についてくる形でレッド寮までやって来て、明日香と同じ部屋に寝泊まりをしている状態にあった。

「……けど、本当に美味しいわ」

「ああ。しかし、レッド寮の食事をこれだけ美味く仕上げることができると知っていれば、去年の学園祭の時も、ぜひ食べに行ってみたかったな」

「私も他の女子生徒達から聞いたのですが、とても評判が良かったですよ」

「いいな~。食ってみて~」

 と、そんな平和な会話を繰り返しながら、彼らはこれから始まる今日に、希望を見出していた。

 

 だが、どこの世界にも、例外と言うものは存在する。今回の例外は……

 

『ぎゃああああああああああああ!!』

 

 そんな悲鳴と共に、今まさに、食堂の片隅で行われていた。

 

「……なあ、何なんだよ、あれ……」

 十代がそれを見ながら、万丈目に対して呟く。

 その視線の先には、少なくともこの場では数人の者にしか見えない光景が繰り広げられていた。

 マナとアズサ。二人の決闘モンスターズの精霊がそこにいた。そして、マナは腰を横に傾けていて、アズサはそんなマナの腕に肩を掛け、頭を上に出している。

 要するに、『コブラツイスト』の体勢で、技を掛けられている側のマナが、ずっと悲鳴を上げていた。

 そんな二人を見ながら、十代は、万丈目よりも遅く来たこともあって、先にここに来て食事をしていた万丈目に尋ねていた。

「うむ……」

 

 

 時間は少々遡る。

 元々、ブルー寮にいた頃から、エリートとして早起きが習慣となっていた万丈目だったが、(アズサ)達はそれよりも遥かに早く目を覚ましていた。そして、いつも行っている早朝訓練が終わり、シャワーを浴びていたタイミングで、万丈目が目を覚ましたのである。

 いつもなら、この後はアズサのために朝食を作る時間だった。だが、うっかりしていたことに、食材は全て、ブルー寮の自室へ置いてきてしまっていた。かといって、料理をしない万丈目が、調理前の食材を買い込んでいるはずもない。ボロのレッド寮とは言え、小さいながら台所はある。だが、食材が無いのでは、当たり前だが料理などできない。

 なので、時間を持て余してしまい、二人で食堂へと降りることにした。

 そこでは既に、翔、カミューラ、そしてトメさんの三人が、朝食を作る準備を始めていた。ブルー寮にいるはずの梓が、こんな時間にレッド寮にいることにも驚かれものの、せっかくだから自分も、という提案には、それ以上に驚かされた。

 そんなこんなで、いつもの三人に、梓を加えた四人で料理をしていたのだが……

 

「マナ、邪魔!!」

『ひぅ……!!』

 料理をしながら、限界を超えた翔が、そう叫んだのである。理由は今言った通り、精霊のマナが、見えず、翔以外の物質には触れないことを良いことに、プカプカと浮いた状態で、翔にベタベタとくっついていたためである。

 それは、翔がレッド寮に来てからというもの、毎日続いていたことだった。それでも、マナに悪気は無いことは分かっていた翔は我慢もした。それでも、包丁を使っている時に頬擦りされ、鍋をかき混ぜている時に顔の横から覗きこまれる。そして、背中に、男子としての煩悩を刺激せずにはいられない感触を味わわされる。

 無論、翔も四六時中三人の女子にベタベタ引っ付かれていることから、異性やそういったスキンシップに対して、ある程度の耐性は身に付いている。だが、少なくとも料理という、少なからず危険を伴う行為の只中でそんなことをされたのでは、必要な時に、必要な集中を練ることができない。

 そんな中でも、どうにか我慢して料理をしてきた。

 それが今日、とうとうブチキレた、というわけである。

 梓は目を見開き、トメさんはどうしたのかと悲鳴を上げ、カミューラは、小声で「よく言った」とガッツポーズを取った。

 そして、ブチキレられたマナは、それでも翔の元を離れない。そのため、同じ精霊で、万丈目と共にやることなく料理風景を眺めていたアズサが、マナを引っ張り、食堂の隅まで引き摺っていった。

 それでも、マナは翔のそばにいたいと駄々をこねたため、リアルファイトに発展し……

 

「……で、こうなったのか」

「ああ……」

 話しを聞きながら、二人は、大勢の生徒達が食事している中で、二人の精霊によるプロレスショーを眺めていた。

 

『がががががががが……』

 今なおアズサからコブラツイストを掛けられているマナは、痛みに耐えかね、涙目になりながら、呻き声を上げていた。

『な、なぜ……攻撃力も、レベルも私の方が高いはずなのに……』

 その、決闘に関わる者にとってもっともな疑問に対して、アズサは技を掛けた状態から、平然と答える。

『そら君の場合、攻撃力は魔力込みの数値でしょう。あいにく僕の方は同じ魔法使い族でも、魔法らしい魔法なんて使えないから、普通に武器を使っての肉弾戦がメインだもの。決闘じゃルール上敗けなきゃだけど、リアルファイトなら300の差くらい、腕力で逆転できるって、のっ』

『みぎゃああああああああ!! そ、そんなの有りですかああああああ!?』

『大有りだね。嘘だと思うなら、早く脱出してみ、なっ』

『いぃぃいいあああああ!! 『卍』はやめてええぇぇぇえええええええ!!』

 

「シュールだな……」

「シュールだ……」

「シュールですわ……」

 

「シュールだね……」

「シュールね……」

「お二人とも、楽しそうで何よりです」

 精霊の見えている、十代、万丈目、ももえ、翔、カミューラ、そして梓が、順にコメントしていく。梓だけは、二人の行為が遊びに見えたようで、微笑ましそうに、穏やかな声でのコメントだった。

 

「ほらほら、翔ちゃんに梓ちゃんも、そろそろご飯にしたらどうだい?」

 そんな光景を見ていた時、見えてはいないトメさんから、二人にそんな声が掛かる。

「そうだね。時間も時間だし、僕らもそろそろ食べた方がいいよ」

「私は大丈夫なので、翔さんはどうぞ……」

「何言ってるの、さあ早く……」

「え、あ……」

 梓の食事習慣を知らない翔は、遠慮をしているものと感じながら、梓を無理やり朝食の席へ座らせた。

 

「いただきます」

「……いただきます」

 向かい合いながら座り、互いに手を合わせる。何気に、アカデミア随一の美男子二人が揃って食事しているなど、十代やカミューラ達以外は夢にも思うまい。

 そして、十代達以外の普通の生徒達は、単純に美人な梓の食事シーンを遠巻きに眺めていた。

「……あれ?」

 そんな、眺める者達のうちの一人が声を出した。そして、

「おいおい、梓さんに何てもの食わせてるんだよ」

 と、そう言いながら、梓の前に置かれたお盆から、納豆の入った小鉢を取り上げる。

 

「あ」

 遠くから、技を掛けながら眺めていたアズサの、マナの悲鳴と重なる形で漏らしたそんな声を、聞いた者は果たしていたかどうか。

 

「……」

 

「……え? どうした?」

「梓さんが……」

「泣いてる……?」

 

「……」

 

「おい! 血涙流してるぞ!」

「な、何で!?」

 

「ど、どうしたの? 梓さん……」

 目の前でそんな顔を見せられた翔が、真っ先に尋ねた。

「……とう……」

「え……?」

 真っ赤な液体を、目からしとしとと滴らせながら、梓は再び、声に出す。

「……なっとう……」

「は……?」

 そして、はっきりと……

 

「私の……納豆……」

 

「な、納豆……!?」

「えぇ!?」

「梓さん、納豆好きなの?」

「……私の……大好物……納豆……私の……私の、納豆……」

 低い声を出しながら、目からの出血は勢いを増していく。そんな目で、まるで呪詛の言葉を連ねるように、納豆を取り上げた生徒に対して、恨めしそうに、言葉を、視線を、そして、目からの出血を向けていた。

「ごごごご、ごめんなさい! 梓さん! お返しします、納豆!」

 納豆を取り上げた生徒が、急いでそれをお盆に戻す。それで、視線は生徒から、納豆へと戻ったものの、それでも一度始まった流血は止まらない。生徒達はなお慌てた。

「な、泣かないで下さい! 俺の納豆あげますから!」

「おぉ、俺のもあげます!」

「俺も!」

「俺のも食って下さい!」

「俺も!」

「俺のもどうぞ!」

 と、血涙を止めない梓に対して、周囲にいたレッド生達が、一斉に自身の納豆を差し出した。

「……」

 それを見た、梓の顔に……

「……」

 更に大量の血流が、頬を伝った。

「えぇ!? 何で!?」

「納豆が足りかったのか!?」

「誰か! 誰かありったけの納豆を持てー!!」

 と、そんな悲鳴を上げる中、梓は再び、言葉を漏らす。

「……ぎ……」

「へ?」

 再び、梓の一番近くにいた翔が聞き返す。そしてまた、はっきりと答える。

「……ネギが、足りない……」

「ネギ?」

 

「こんなに大量の納豆に対して……付け合わせのネギが、私の一人分では、少なすぎる……」

 

「納豆の次はネギかよ!?」

「あの刻みネギって納豆に入れるためだったのか!?」

「じゃ、じゃあ、俺のネギあげますから、機嫌を治して……!」

「俺のネギもあげますから!」

「俺のも!」

「俺も!」

 

 と、納豆の次は、刻みネギを差し出している横で、

 

『あああぎゃあああああああああああ!!』

 

「すげー、『パロ・スペシャル』だ。生で本物見れるとは思わなかった」

「あんな技を軽々やってのけるとは、アズサもやるなぁ……」

 今更、梓の言動に対して驚きという感情を捨て去っている、精霊の見える二人は、梓よりも、アズサの方が面白いと思い至ったらしい。未だにマナに技を掛け続けているアズサに対して、コメントを続けていた。

 

『ああああうあうあうあああああ!! もう料理は終わったのにいいいい!!』

『今食べてる最中だし、人間の食事は邪魔しちゃだめだよ。僕らにとっては趣味の一つでも、彼らにとっては生きる糧として一番大事な行為なんだから』

『それは分かりますけどっ、私は翔さんのおそばにいたいぎゃあああああ!!』

『……まったく。君は良いよね。同じ精霊なのに、自分の本当の気持ち、気安く口にできてさ……』

『え……?』

「何でもな、いよっと」

『むあああああああぎゃああああああああああああ!!』

 

「おお! 『OLAP(オラップ)』!」

「あの、禁断の技か……!」

 こちらはこちらで、盛り上がっていた。

 

「納豆に……ネギ……」

 大量の納豆とネギに囲まれながら、梓は、血で真っ赤に染まった顔に、満ち足りた、穏やかな笑みを浮かばせた。

「ふぅ、やっと涙が止まった……」

「さあ、思う存分食べて下さい……」

「……はい」

 

『まったく、同じ精霊なのに、立派なおっぱいしやがって、よっ』

『ぎゃああああああああああああああああああああああ!!』

 

 今日も、レッド寮は平和である。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 朝食を終えた後で、梓を含む生徒達は寮を出て、学園へと向かっていた(もちろん、差し出された納豆は全て平らげた)。

 

『うえ~ん、痛かったよ~……』

「よしよし、良い子良い子……」

 遠巻きに、自身の精霊の惨劇を眺めていた翔は、声を掛けながら、頭をさすってやった。いくらマナの言動が元々の理由とは言え、さすがにあれだけ痛い目を見たのだ。そこはいたわってやるべきだろう。

『いや~、プロレス技って楽しいね。今度決闘でも使ってみるかな』

 アズサの方は、梓にそんなことを話しながら笑っていた。

 そんなアズサに対して、梓は真剣な表情を浮かべながら言った。

「使うなとは言いませんが、あの手の関節技というのは主に、対人間を想定して編み出された技術ですよ。魔法使い族や戦士族ならともかく、獣族やドラゴン族、機械族相手では難しいのでは?」

『む……』

 梓からの指摘に、アズサは少しだけ考えた後、晴れていた表情を曇らせた。

『残念。キャメルクラッチとか九所封じとか、色々使ってみたかったのに……』

「またマナさんにお願いしてはいかがですか?」

『それしかないか……』

 

『絶対に嫌です!!』

 

 そんなふうに、いつもの日常の中で繰り広げられる、いつもの光景。

 だからこそ、誰かが望まぬ光景だとしても、日常である以上、それは起こる。

 

「梓」

 

 梓が、十代らと並んで歩いている中で、そんな声が聞こえた。

 誰の声かは、敢えて語るまい。

「おはようございます。星華さん」

「おはよう」

 そう挨拶を交わした後で、梓は十代らに一礼し、星華の隣へと並び立った。

「わざわざお迎えに来て下さらずともよかったのに。女子寮から遠かったでしょう?」

「気にするな。お前のいるところなら、たとえ地の果てだろうが追い掛けてくれるわ」

「そうですか……これを。今日のお弁当です」

「うむ。いつも済まないな。今ではこれが毎日の楽しみだ」

「それは良かった。今後はドローパンはともかく、カップラーメンは控えた方が良いですよ」

「む……あの美味さが分からんとは……」

「分からないというか、そもそも食べたことが無いので、知らないのですが……」

「そうか……なら私が、至高の一品を勧めてくれよう」

「はぁ……」

 

 いつもと同じように、並んで歩き、互いに微笑み合い、信頼し合いながら、いつもの道を歩いていく。大勢の生徒は、そんなアカデミアの(暫定)ベストカップルの姿に胸を弾ませ、笑みを浮かべていた。

 ごく、一部の者達を除いて……

 

「……梓、いつまで星華さんといる気かしら……」

「いくら本命は別にいるって言っていても、もう恋人同士だと見なされても文句は言えんな……」

「毎朝弁当を作って、学園への行き帰りまで一緒となるとな……」

「……」

「どうした? 翔……」

 一人、あからさまに不機嫌な顔を浮かばせる翔に、十代は問い掛ける。

「……僕、星華さんのこと嫌い」

「……」

「それに、星華さんと一緒にいる梓さんのことも……」

「梓も?」

 聞き返され、翔はまた、答えた。

「どうして星華さんと仲良くしてるのか知らないけどさ、自分の気持ちがはっきりしてるなら、はっきり表に出すべきだよ。いつまでもはっきりさせないでふらふら流されて、そんなことじゃ、あずささんはもちろん、星華さんのことまで傷つけてるって、分からないのかな……」

「翔……」

 一連の話しを聞いて、十代は、翔の肩に手を置いた。そして、自分の意見を言った。

「多分梓も……お前にだけは、言われたくないと思うぜ」

「うぐっ……」

 

 

 そんなこともあり、梓と星華は、いつも通り並んで歩いているうちに、アカデミアへ辿り着いた。

「では、ここで」

「うむ。また昼休みか、放課後に会うとしよう」

「ええ……」

 と、そんなやり取りをして、別れようとした、その時だった。

 

「へぇー、そうなんだ~」

 

 のんびりと間延びした、少女の声。その声に、梓は反射的に振り返る。

 そこにいたのは……

「あずささん……と、エド、さん……?」

 あずさが楽しそうに笑いながら、エドと、並んで歩いていた。

「……あ、梓くん、おはよう」

「おはよう、ございます。あずささん。エドさん……」

「ああ……」

 笑っているあずさとは対照的に、エドは、微笑んでいた表情を真剣なものに変え、挨拶を返す。エドらしいと言えば、エドらしい反応だった。

 だが、梓が気になったのは、それ以上に、二人が並んでいる、ということ。

「お二人は、そんなに仲良くなられたのですか……?」

「なんだ? 仲が良いと何か悪いのか?」

「いえ、仲が悪いよりは、ずっと良いでしょうが……」

 表情を沈めた梓に、あずさが説明をした。

「えへへ。今朝偶然会ってね、色々お話ししてるうちに仲良くなったんだ~」

「そうですか……」

 そう、答えた梓の顔は、穏やかに微笑んでいた。

 だが、僅かに眉をしかめ、口元をしかめている。いつも梓の顔を見ている者が見れば、一目瞭然の変化だった。

「……」

 そして、笑って話している梓の腕を、星華は掴んだ。

「では、そろそろ私達も行くか」

「え、ええ。そうですね……」

 その返事を聞き、その手を引いて、歩いてく。

 その二人の背中を、あずさは、無言で見つめるだけだった。

 

 

 

 




お疲れ~。
決闘は次にあるゆえ、それまで待ってやっておくんなぁ。
んじゃ、次話まで待ってて。

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