そんなわけで~ぇ……
言ってらっしゃい。
視点:あずさ
「……結局変な時間に目が覚めちゃったよ……」
港を歩きながら、ついそんな独り言を言ってみる。人に聞かれると恥ずかしいけど、まあ、この時間なら聞かれる心配は無いよね。
「……あ、日の出」
海の側から白い光が見えたから、そっちを見てみると、ちょうど、朝になったみたいだ。
「う~……学校が始まるまで、まだ時間あるよねぇ……」
今からまた寝たら、確実に寝坊しちゃうだろうし、そもそももう眠れる気しないんだけど。
それにしたって、こんな時間に目が覚めることもないのにな~……
『暇なら、昔みたく鍛えたらどうだよ?』
と、何もすることなくて困ってるわたしに、そんなことを提案してくる声。
「……いいよ。今更鍛えたって、意味ないよ……」
『そうか? なんなら、私達が相手してやってもいいぞ。昔のあいつにそうしたみてえによ』
「いらないって。第一、これ以上鍛える理由ないしさ……」
『そうかよ』
シエンが軽く拗ねながら、向こうを向いた。
そりゃあ、鍛えることは、今でも嫌いじゃない。けど、元々鍛えてたのは、虐められのが嫌だったからだし、その後鍛えてたのは、今より強くなりたかったから。それだけ。
もう、わたしのこと虐めようと思う人なんていないし、今のわたしがこれ以上鍛えたって、今より強くなんてならない。何となく分かる。
「とは言っても……」
また、朝日を眺めてみる。今から学校が始まるまで、本当にすることが無い。暇潰しになるかと思って散歩してみたけど、あるのはいつも見る景色だけだし。
「森に行ってみようかな……」
森は、ダメだね。真面目な梓くんのことだから、今もトレーニング、続けてそうだし……
もういいや。これ以上は、何だか考えなくていいことまで考えちゃう。
お部屋で大人しくしてよっと……
「……ん?」
と、部屋へ帰ろうと向きを変えた途端、後ろから、波を切る音が聞こえてきた。
振り返って見ると、
「クルーザー?」
今言った通り、白い、クルーザーが、目の前の船着き場まで近づいてきてる。
で、見てる間に、到着した。
「お客さん……?」
そう思いつつ、そのまま見てる。すると、えっと……でっき? に、知ってる人が歩いてきた。
「あ、エドくん」
「ん?」
名前を呼んだら、エド・フェニックスくんもこっちに気付いたみたい。
「……君か」
「おはよう、エドくん」
「あ、ああ。おはよう」
挨拶したら、普通に挨拶を返してくれた。正直、人を小馬鹿にしてる感があるけど、普通にお話しはできるんだね。
「凄い船だね。エドくんの?」
「ああ、まあね」
そう返事をしながら、何だか胸を張った。この歳でプロ決闘者な上に大学へ行ったりとか、色々大人っぽい印象だけど、こういう自慢げなところは子供っぽいなぁ。
「よければ中を見てみるか?」
「えぇ? いいの?」
「ああ。そこで待っていろ。すぐに梯子を繋げる」
「ああ、大丈夫」
そう返事をしながら、クルーザーのでっきに向かって、ぴょーんて跳ぶ。少し高さはあるけど、このくらいなら余裕だね。
「……」
と、そんなわたしのことを、エドくんは何でか呆然と見てる。
「どうかした?」
「……いや。中を案内しよう」
「おぉ~、すご~い」
外からじゃ分からないけど、クルーザーの中って綺麗なんだねぇ。
テーブルに長椅子に、台所までついてるんだ。
「ここなら一人暮らしもできるね」
「ああ。しばらくはこの船を拠点とするつもりだ」
「え? ブルー寮に住むんじゃないの?」
「いや。プロの活動のために世界を飛び回る必要があるからな。住まいは移動できる方が便利で良い」
「ふぅ~ん。プロって大変なんだねぇ」
でもそっか。よく考えたら、わたし達全員の憧れな、プロ決闘者が今、目の前にいるんだよね。何て言うか、目の前にいても、住んでる世界は全然違うんだなぁ……
「おぉ! 何だかたくさんある」
「ん? ……て、なぜ冷蔵庫を開けてるんだ?」
「あ、ごめん、開けちゃまずかった?」
「いや……まあ構いはしないが……」
視点:エド
たまたまアカデミアまで、自前のクルーザーでやってきたのだが、そこには、僕を決闘で破った少女、平家あずさがいた。
彼女と決闘をしながら感じた印象は、ただ、決闘の実力が高いだけではなく、強い意志と、強い覚悟を持った、とても強い女、ということだ。
可愛い顔には似合わない、確かな強さだった。
それは何と表現するべきか……
たとえば、以前たまたま見た水瀬梓も、相当の強さを持っていた。何度もシンクロ召喚を行い、同時にHERO達をも操り、相手を圧倒してみせる。だがそれだけ激しい決闘だったのに、どこか冷めている。光のように強く、だが氷のように冷たい、そんな印象の強さだった。
だが、この平家あずさは全くの真逆だ。決闘中の姿勢こそ、水瀬梓よりも静かにしていた。決闘の動き自体も、その時に必要なカードを的確に選択し、効果を発動させるという、静かな物だった。なのに、その行為一つ一つに意志を感じさせる。闇のような静けさの中にありながら、その実、炎のように熱い、そんな強さだった。
水瀬梓の決闘を初めて見た時は、本当に彼女があの男を倒したのか疑わしいとも感じた。だが、彼女の圧倒的な強さは身を以って知っている。事実なのだろう……
そんな、強い少女が親しげに話し掛けてきたから、こちらもとりあえずの親しみを込めて接してみたが……
普通に挨拶をされて、クルーザーに感動し、僕の立場を考えてくれている。
かと思えば、冷蔵庫を勝手に開けたり、先程はこのクルーザーに、自力で飛び乗って見せたり。
色々な意味での強さはあるが、それ以上に、その可愛い顔の通りの、幼稚な面もあるらしい。
「……なんか、出来合いの料理ばっかりだね」
冷蔵庫の中身を見ながら、そう無遠慮に言いだした。
「ああ。料理はできるが面倒だからな。ほとんどは温めればそのまま食べられる食事で済ませている。それでも、栄養バランスには気を配っているが」
「そっか……けど、何だか寂しい食事だね、それ……」
「なに?」
本当に遠慮の無い女だな。そう思った時には、何かを思いついたように、笑っていた。
「よし。じゃあ、朝ご飯を作ってあげよう」
「は?」
いきなり何を言っているんだ? この女は……
「台所借りるね」
「え? お、おい……」
こちらも意見も聞かず、平家あずさは冷蔵庫から食材を取り出すと、そのまま台所へ歩いていった。基本が出来合いとは言え、中にはプロとしての営業先で頂いた食材とか、調理前の状態の食材もいくつかある。
それを取り出して、そして、止めようとした時には、既に台所の流し場に、包丁片手に立っていた。
「プロだからね、そりゃ大変なのは分かるよ。ご飯食べる時間も無いくらい忙しいなら、それはそれで凄く立派だと思う。でもさ、やっぱ食事の何が嬉しいって、出来上がった温かい料理を食べるのが嬉しいことだと思うしね」
そんなことを喋りながら、両手を動かしていく。
喋りながらではあるが、その手際は実に見事だ。普段から料理には慣れているという手さばきで、目の前の食材を捌いていき、下ごしらえを済ませていく。
そして、フライパンを火に掛け、調味料を手に取った。
僕自身、料理はそれなりにこなしている。だからこそ、この手際の良さには、思わず惚れ惚れするものを感じる。プロコック並み、とまではさすがにいかなくとも、普通に家庭を守る主婦としての腕前は身に着けている感じだ。
「できたー」
途中からは座ってその様を見ていたが、終始その手際は見事な物だった。
そして、料理を終えた平家あずさは、そのできあがった料理を僕の前に置いた。
「お口に合うか分からないけど、召し上がれ」
「……」
目の前に置かれているのは、オムライスだ。鶏肉と野菜とを絡めて作ったチキンライスを、とろとろに輝く半熟卵が包み、その上にトマトケチャップを掛けている。
「ふむ……見た目は素晴らしいな」
美味そうだと言いそうになった言葉を閉ざし、そう言っておく。問題は見た目でなく、味だ。
オムライスと一緒に出されたスプーンを手に取り、一口分よそい、口へと運ぶ……
「……」
軽く塩の効いた半熟の卵と、トマトケチャップの甘味、そしてチキンライスの調和。
普通に美味い。
さすがに今まで食べてきたどのレストランにも劣る味ではある。だが、素朴ながら、手作り感に溢れた温かみのある味わいだ。この味の満足感は、出来合いでは味わえないな。
「良い腕をしているな」
「本当? よかったぁ~」
ホッとしたように微笑んでいる。中々愛嬌のある笑顔だ。
「君も食べていくといい。朝食はまだなんだろう?」
「え? いいの?」
「ああ。というか、遠慮なしに冷蔵庫から食材を取り出して台所を使ったんだ。今更遠慮など不要だ」
「あはは、そっか。ごめんなさい……」
指摘してやっと気付いたのか。何と言うか、いまいち掴み辛い性格だな……
……
…………
………………
「へぇー、そうなんだ~」
二人で朝食を終えた後、時間が来るまで二人で話していた。そして時間になったから、二人でアカデミアまで行くということになり、こうして話しながら歩いている。
何となく見ていて癒される笑顔。のんびりと間延びした、可愛らしい声。何となく、聞いていて癖になる声だな。ずっと聞いていても飽きないかも知れない。それだけで、会話をするのに楽しさを感じる。
「あずささん……と、エド、さん……?」
む?
声のした方を見てみると、そこには、水瀬梓が立っていた。
「……あ、梓くん、おはよう」
「おはよう、ございます。あずささん。エドさん……」
「ああ……」
水瀬梓……平家あずさと同じくシンクロ使いであり、同時に、数は少ないようだがHEROも使う男。
平家あずさもそうだが、この男も、いずれ必ず倒す……
「お二人は、そんなに仲良くなられたのですか……?」
「なんだ? 仲が良いと何か悪いのか?」
少しだけ挑発混じりに答えてみる。すると、水瀬梓は身を怯ませた。
「いえ、仲が悪いよりはずっと良いでしょうが……」
そう言いつつ、なぜだか表情が沈んでいる。どうかしたか?
「えへへ。今朝偶然会ってね、色々お話ししてるうちに仲良くなったんだ~」
「そうですか……」
と、隣の平家あずさが返事を返しながら、微笑んでいる。
ふむ……可愛いな。綺麗な顔をした水瀬梓とは、全くタイプの違う可愛らしさだ。
「……では、そろそろ私達も行くか」
そんな平家あずさの顔を見ていると、水瀬梓の隣の女子……確か、小日向星華。アカデミアの女帝が、その手を掴んだ。
「え、ええ。そうですね……」
水瀬梓がそう返事をしたのを聞いて、その手を引いて、歩いていってしまった。
「……じゃあ、わたしも自分の教室行くね」
「む? ああ、そうだな。ではまた、いつでも遊びに来てくれ」
と、別れる直前に、そう言う。
言った後で、気付いた。
遊びに来い? なぜそんなことを言ったのだ? プライベートは一人で過ごす方が好きなはずだが……
「本当? ありがとう」
と、考えていると、平家あずさはまた笑顔になって、礼を言う。
「じゃあ、またね」
そして、水瀬梓達の去っていった方へ歩いていった。
「……」
まあいい。何だかんだ、あの女と話しをするのは楽しいし、何より、一緒にいると癒される。プロとしての仕事が無い間、その癒しを感じていて損はない。
「あの、エド様……」
と、平家あずさのことを考えていると、突然隣から、別の女子の声が聞こえた。
見ると、顔の知らない女子が三人、そこに立っている。アカデミアへ来る前に、主立った決闘者については調べてあるが、三人とも僕の記憶には無い。つまり実力は、その程度だということだろう。
「何だ?」
まあそれでも返事はしておくが。
「今話しておられたのはもしかして、平家あずさ、ですか……?」
……何だこの女? 口調は丁寧なようだが、平家あずさの名を出した途端、顔をしかめたぞ。
「ああ。たまたま仲良くなってね。それがどうかしたのかい?」
しばらく、三人で押し黙った後で、
「えっと……言いにくいことなのですが……」
と、本当に言い辛そうに、平家あずさの去っていった方をチラチラ見ながら、話し始めた。
「その……平家あずさには、あまり、近づかない方がいいと思います……」
「なに?」
何だこの女? 僕に言い寄ってくる女は大勢いる。こいつもその一人か?
と、思ったが、顔を見た限り違うらしい。そういう感情も無いわけではないようだが、これは妬みとか嫉み以上に、もっと単純に、平家あずさのことを恐れている、という様子だ。
「どういうことだ?」
無視してもよかったのだが、あの可愛らしい女の子を見ながら、恐怖を浮かべる状態でそんなことを言う、そんな不自然さの理由がどうしても気になった。
「えっと……あの、平家あずさ、なのですが、何と言うか……ものすごく、乱暴者、というか、暴力的、というか……とにかく、怒らせたら、ものすごく怖い人なのです……」
「……」
わけが分からない。
怒らせれば怖いのは当然だろう。実際、決闘をしながら、この女を怒らせるのはまずいと感じさせられた。だが、乱暴者に、暴力的? 決闘をした日から今日まで、それほど関わりがあるわけではないが、そんな言葉とは真逆の、のんびりとした平和な人物にしか見えない。
信じられないが……仮にそれが嘘だとしても、この女達の脅えようは嘘には見えない。
「……忠告感謝する。だが、僕が誰と関わるかは僕が決める」
これ以上は考えていても仕方がない。適当な言葉を返して、すぐにアカデミアの中へ入った。
視点:外
『……』
学校を訪れ、教室の中へ入る。学生なら誰もが行う、日常の一風景。
そして、その後に必ず訪れる沈黙と、好奇や恐怖、侮蔑といった差別的な視線もまた、少女にとっては自然なものとなっていた。
特に何も考えず、できるだけ、生徒の密集していない、端の席を見つけ、そこへ座る。
それを合図に、生徒達は再び談笑を楽しむのだが、話しながら、その視線は主に少女の方へ泳いでおり、泳がせつつも、その目には結局、僅かながらの恐怖と、侮蔑が滲んでいる。
予鈴が鳴る。と同時に、談笑していた生徒達が一斉に席に座り始める。だが、誰もが少女の周囲の席には座ろうとはせず、他に空きが無い場合は、渋々、嫌々といった様子で隣に座る。座った後は、僅かな隙間だけでも距離が取れるよう、彼女とは逆方向へ椅子をずらす。
あまりにもあからさまな、少女――平家あずさという存在への退避だった。
「いい加減、アカデミアから出ていってくれねえかな、あいつ……」
誰かがそんな、その場の誰にも聞こえる声での言葉を漏らした。
「……」
だが、あずさは特に気にした様子はなく、ただ教壇の方を見ている。
漏らした当人は、つい言ってしまった後で焦ったようだが、そんなあずさの様子を見て、問題は無いと悟ったらしい。
彼が悟るのと、他の生徒達が悟るのは、同時だった。
「本当、決闘もあれだけ強いなら、わざわざアカデミアに来て学ぶ必要もないのに……」
「けどあんなに乱暴者なら、プロ決闘者にはなれないだろうけど。なれてたまるかよ、あんな奴が……」
「いや、プロにはなれるでしょう。プロレスラーか、プロの相撲取りに……」
『あはははは……』
主にブルー寮の男子女子が、そんな言葉を投げ合っている。共にあずさを嗤い合い、蔑むことで、価値のない優越感に浸り、余裕を感じている。
これも、今では日常の一風景だった。
あずさを避ける理由は主に、その存在と、力に対する恐怖からだった。
まずは、決闘の実力がとにかく高いこと。少なくとも、今日までの半年以上の期間で敗けた記録は無く、時間が経つにつれ、更に強くなっていった。更に、最近になって、シンクロモンスターまで持っているという事実まで発覚した。
しかも、彼らは知らないことだが、同じくシンクロモンスターを使う、二年生で最強と名高い水瀬梓をも、とうの昔に倒してしまっている。そんな強い彼女に、勝てるはずがないと、誰もが諦めてしまっていた。
だがそれ以上に脅威なのが、殴るだけで地面をへこませ、校舎を揺らすしてしまうという事実。そんな腕力で殴られれば、大けがどころでは済まない。
決闘でも喧嘩でも、いずれにせよ大けがに繋がる。そんな強さに対する恐怖が、彼らがあずさに近づかない理由のはずだった。
だが、そんなことを話し合うのが、元々、エリートという枠の内側にいたせいで、枠の外側にいる劣等生達への差別意識を芽生えさせた生徒達である。そんな彼らが、恐怖から生まれた批判の心を覚えたことにより、いつの間にか批判ではなく、平家あずさという、一人の人物を差別してもいいという大義名分に変わった。
結果、言葉だけなら大丈夫だからと、陰口という形であずさを蔑み、その楽しさを覚えたことで、やがて、皆にとっての共通の娯楽と変わっていった。
あからさまな非難や虐め、暴力と言った、直接的なアクションを起こす者はいない。そんなことをすれば、あの凶暴怪力女に仕返しの理由を与えてしまう。だから、雰囲気を味方に、言葉を武器とし、陰口を投げつける。そして、その先にいるあずさの姿を楽しみ、あの女よりも上だと認識し、自らの心を満たしていく。いつの時代も、恐怖と差別は紙一重だ。
もちろん、全員がそうであるはずがない。あずさのことを知る友人達は元より、彼女の優しさを知る、二年生以上のレッド寮生は、そんなことはしない。まして、あずさの仲間達は全員が、アカデミア内でそれなりの力を持つ者達だ。むしろ、それだけで、あずさにとっても精神的には優位なはずだった。
それでも、元々根付いてしまったエリート意識、そして、あずさに対して生まれた差別意識が合わさったそれは、気が付けば、彼らがやめろと言ったところで、止められないほど大きなものへと変わってしまっていた。
今、あずさの仲間達ができることは、そんな侮蔑の声に顔をしかめ、不快を感じ、そして、あずさのことを思い、あずさと、今までと変わらぬ友人関係を築くこと、それしかなかった。
……
…………
………………
視点:あずさ
さ~て、学校が今日も終わった。帰って晩御飯の支度しよっと。
『……』
……
『……』
……
(どうかした? キザン)
珍しく顔を見せたと思ったら、何だか渋い顔してるけど。
『あずさ……』
(ん?)
『……平気なのか? あんなことを言わせておいて……』
(え? いつものことじゃん)
そう普通に返したけど、余計にその顔が険しくなっちゃった。
『なぜ笑っている……』
(笑えなくなる理由が無いから)
『……』
で、また黙るし。まあ、怒ってくれるのは嬉しいけど、実際、何とも思わないからなぁ。
『梓も梓だったけど、君も大概だよね』
『本当です。もっと悲しんだり怒ったりしてもいいのでは?』
(そんなことしたって、お腹空くだけだよぉ。良いじゃん。言いたい人には言わせておけば。それで満足なんだし)
『だが、このまま放っておくと、今以上にヤバいことにもなるんじゃねえのか?』
(その時はその時だよ。いよいよ我慢ができないって時は、それこそ腕力に物を言わせるだけだし)
『……お前達の場合、それができてしまうのが怖ろしいな』
(そうだよぉ。わたしを怒らせたら怖いよぉ)
『自分で言うなよ……』
呆れてる真六武衆達。まあもっとも、わたしのこと知ってる人で、本格的なことができるだけの度胸がある人がいるなら、逆にこんなことしない人達だと思うしね……
「平家あずさ」
「はい」
名前を呼ばれたから返事をすると、そこにいたのは、
「ああ、星華さん。こんにちは」
「こんにちは」
一人なんて珍しいな。
「今日は、梓くんと一緒じゃないんですか?」
「……」
聞いた途端、何だかちょっとだけ怖い顔になって、黙っちゃった。
「……貴様」
「はい?」
「……私をバカにしているのか?」
「……はい?」
いきなりの質問の意味がよく分からなかった。だから、一度聞き返したんだけど、
「……まあいい。悪いがこれから、私と決闘をしてもらう」
「いいよー」
「い……いいのか……?」
「決闘は挑まれたら断らないよぉ。決闘者ですから」
「……」
なにその複雑そうな顔? 断ると思ったのかな……
「……よし。では始めるぞ」
「は~い」
ということで、広い場所に移動しました。周りはわたし達以外誰もいません。
そこで、二人して決闘ディスクを構えて……
『決闘!』
星華
LP:4000
手札:5枚
場 :無し
あずさ
LP:4000
手札:5枚
場 :無し
さ~て、梓くんとの決闘でどんなカードを使うかは知ってるけど、どう動くかな?
「先行は私だ。ドロー」
星華
手札:5→6
「私は、『マシンナーズ・ギアフレーム』を召喚する」
『マシンナーズ・ギアフレーム』ユニオン
レベル4
攻撃力1800
「このカードの召喚に成功した時、デッキから、『マシンナーズ』と名の付くモンスター一体を手札に加えられる。私はデッキから、『マシンナーズ・フォートレス』を手札に加える」
星華
手札:5→6
「『マシンナーズ・フォートレス』は、手札からレベルの合計が8以上になるよう機械族モンスターを捨てることで、手札または墓地から特殊召喚できる。レベル7の『マシンナーズ・フォートレス』と、レベル2の『マシンナーズ・ピースキーパー』墓地へ送る。そして、墓地へ送った『マシンナーズ・フォートレス』を特殊召喚」
星華
手札:6→4
『マシンナーズ・フォートレス』
レベル7
攻撃力2500
「おぉ、いきなり来た……」
「まだだ。永続魔法『前線基地』を発動。手札のレベル4以下のユニオンモンスター一体を特殊召喚する。二体目の『マシンナーズ・ピースキーパー』を特殊召喚だ」
『マシンナーズ・ピースキーパー』ユニオン
レベル2
守備力400
「そして、ピースキーパーのユニオン効果で、フォートレスにこのカードを装備する。カードを一枚伏せ、ターンエンドだ」
星華
LP:4000
手札:1枚
場 :モンスター
『マシンナーズ・フォートレス』攻撃力2500
『マシンナーズ・ギアフレーム』攻撃力1800
魔法・罠
ユニオン『マシンナーズ・ピースキーパー』
永続魔法『前線基地』
セット
「おぉ~、最初から飛ばしてますねぇ」
「当然だ。お前の強さはよく知っている。やり過ぎて損なことはない」
「でしょうね。じゃあ、わたしのターン」
あずさ
手札:5→6
「さあ、全部焦土に変えちゃうよ~」
「焦土、か……」
「永続魔法、『六武の門』、『六武衆の結束』を発動。そして、相手の場にだけモンスターがいる時、手札の『真六武衆-カゲキ』を召喚」
『真六武衆-カゲキ』
レベル3
攻撃力200
「この召喚により、門に二つ、結束に一つ、武士道カウンターが乗ります」
『六武の門』
武士道カウンター:0→2
『六武衆の結束』
武士道カウンター:0→1
「更にカゲキの召喚に成功したことにより、手札の『六武衆-カモン』を特殊召喚」
『六武衆-カモン』
レベル3
攻撃力1500
『真六武衆-カゲキ』
攻撃力200+1500
『六武の門』
武士道カウンター:2→4
『六武衆の結束』
武士道カウンター:1→2
「『六武衆の結束』を墓地へ送り、効果発動。このカードに乗った武士道カウンターの数だけ、カードをドローします。二枚のカードをドロー」
あずさ
手札:2→4
「カモンのモンスター効果。自分フィールドにカモン以外の六武衆がいる時、このカードの攻撃を放棄する代わりに、相手の場の表側表示の魔法・罠カードを破壊できる。わたしはユニオン状態の『マシンナーズ・ピースキーパー』を破壊」
「……ではこの瞬間、ピースキーパーの効果を発動する。フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時、デッキからユニオンモンスター一体を手札に加えることができる。私はデッキから、『オイルメン』を手札に加える」
星華
手札:1→2
「ありゃ……更に、速攻魔法『六武衆の荒行』。わたしの場の『六武衆-カモン』と同じ攻撃力を持つ六武衆を、デッキから特殊召喚できる。わたしはデッキから、攻撃力1500の『真六武衆-シナイ』を特殊召喚」
『真六武衆-シナイ』
レベル3
攻撃力1500
『六武の門』
武士道カウンター:4→6
「魔法カード『紫炎の狼煙』。デッキから、レベル3以下の六武衆を手札に加える。わたしはデッキから、『真六武衆-ミズホ』を手札に加え、そのまま特殊召喚」
『真六武衆-ミズホ』
レベル3
攻撃力1600
『六武の門』
武士道カウンター:6→8
「ミズホは場にシナイがいる時、特殊召喚できます。更にもう一つの効果。フィールドのカモンを生贄に捧げて、『マシンナーズ・ギアフレーム』を破壊します」
「むぅ……」
「ここで、門の効果発動。武士道カウンターを四つ取り除いて、デッキから、『六武衆の師範』を手札に加えます。場に六武衆がいることで、そのまま特殊召喚」
『六武衆の師範』
レベル5
攻撃力2100
『六武の門』
武士道カウンター:8→4→6
「もう一度、門の効果。今度は武士道カウンター二つで、六武衆の攻撃力を500アップさせる効果を使用。二つ使って師範の攻撃力を500ポイント、残りの四つでカゲキの攻撃力を1000ポイントアップさせます」
『六武の門』
武士道カウンター: 6→0
『六武衆の師範』
攻撃力2100+500
『真六武衆-カゲキ』
攻撃力200+1500+1000
「『マシンナーズ・フォートレス』の攻撃力を超えられたか……」
「伏せカードが一枚残ってるけど……バトル! 『六武衆の師範』で、『マシンナーズ・フォートレス』を攻撃! 壮鎧の剣勢!」
これで攻撃が通れば、わたしの勝ちが決まるんだけど……
「罠発動『ゲットライド!』。私の墓地に存在する、『マシンナーズ・ピースキーパー』をフォートレスに装備する」
「やっぱ凌がれたか……」
なんてことを言ってるうちに、墓地から蘇ったピースキーパーが、フォートレスにくっついた。そして、師範の剣を受けて破壊された。
星華
LP:4000→3900
「ライフは減るが、ユニオン効果によりフォートレスは無傷。更にピースキーパーの効果で、二枚目のギアフレームを手札に加える」
星華
手札:2→3
「ええ。そう来ると思ってました。今度はカゲキで、フォートレスを攻撃! 雷刃四方破斬!」
「今度は破壊されるか……」
星華
LP:3900→3700
「だが、フォートレスの効果が発動する。このカードが戦闘によって破壊される時、相手フィールドのカード一枚を破壊する。私はミズホを破壊する」
「ですよねぇ……」
なんてこと言ってる間に、破壊されちゃうミズホ。
「……残った『真六武衆-シナイ』で、星華さんに直接攻撃。
「うぅ……」
星華
LP:3700→2200
「一枚カードを伏せて、ターンエンド。このエンドフェイズ、門の効果でアップしていた攻撃力は元に戻ります」
あずさ
LP:4000
手札:1枚
場 :モンスター
『六武衆の師範』攻撃力2100
『真六武衆-カゲキ』攻撃力200+1500
『真六武衆-シナイ』攻撃力1500
魔法・罠
永続魔法『六武の門』武士道カウンター:0
セット
星華
LP:2200
手札:3枚
場 :モンスター
無し
魔法・罠
永続魔法『前線基地』
「なるほどな……確かに強い。シンクロモンスターを使うまでもなくここまで圧倒してみせるとは」
「えへへ。まあ、本当はあんまり使っちゃいけないカードですし。シンクロモンスターって……」
「ふむ……あの梓が自分以上に強いと認めただけのことはある」
「え……」
梓くんが……?
視点:星華
梓の名を出した途端、今までただ微笑んでいただけの顔に、明らかな熱が灯るのが分かった。
「……やっと人間らしい顔を見せたな」
「はい?」
平家あずさには悪いが、これからかなり失礼なことを言わせてもらう。
「お前は確かに強い。だが、決闘していて分かった。お前、普段決闘をする時、何も考えずカードをプレイしているだろう」
「何も考えず……?」
「そうだ。一つ聞かせてもらうが、お前、決闘が始まる前、相手が私なら勝てる、と思っていたな?」
「え……?」
あからさまに動揺し、視線を逸らしている。ごまかすのが下手な女だ。
「もっとも、私だけではなく、おそらくは丸藤翔や、エド・フェニックスに対しても、そんなことを思っていたんじゃないのか?」
「いや、それは……」
今度は焦りだした。少なくとも、今私に感じている形とは違う、ということだろう。
「まあそれは別に良い。相手が誰か、理由はどうかということで、モチベーションが変わるのは仕方がないことだ。第一、本当の形は、おそらく違うだろうからな」
「違うって……?」
「私なら勝てる、ではなく、私になら敗けない、でもない。自分は勝つ、でもなく、自分は敗けない、でもない……」
「……?」
「敗けられない……敗けることはできない……『敗けること』が、今の自分にはできない。勝つのが当然となってしまってな」
「……!」
どうやら当たったようだな。
「お前の六武衆デッキ、強力な展開力と、それぞれ用途の違う能力を武器とし、そこにシンクロモンスターまで加わった、優秀且つかなり強力なデッキだ。丸藤翔との決闘や、エド・フェニックスとの決闘でも見せてもらったが、そのプレイングは見事としか言いようがない。だが、その二度の決闘と、今回の決闘を見て分かった。お前は決闘中、ほとんど同じ動きしかしていない」
「同じ動きって……?」
「最初に永続魔法を発動する。ここから召喚と特殊召喚を繰り返し、武士道カウンターを貯めつつ、六武衆達の効果を使い分け、相手の場を蹴散らし、最終的には大量展開の末の攻撃で倒す」
「うん。それが六武衆の戦い方ですけど……」
「もちろんお前自身、デッキのカード全てを知り尽くしているからこそできる芸当なのだろう。だがお前の決闘は、カードを使っている、というよりも、カードに使われている、というようにしか見えない」
「……!」
今気付いた。まるでそんな表情を見せた。
「今まで私自身、大勢の決闘者を見てきた。誰もが良くも悪くも、カードを巧みに操り、自分のものとすることで勝利し、或いは敗北を喫していた。もちろん、デッキによってある程度の動きのパターンは決まっているのだろうが、それでも皆、決闘中の姿は、決闘者としての気概に満ちていた。だが、お前の決闘は、毎回同じ工程を繰り返し、その後も同じ、勝利という結果を得ている。しかもお前自身、勝つことが当たり前だと思っているだろう」
「いや、それは……」
「無論、決闘者ならば、誰もが自分の勝利を信じて戦っている。それは当たり前だ。だがお前のそれは違う。勝利を信じ、目指しているのではない。勝利を最初から知っていて、そこまでの工程を繰り返し行っているに過ぎない」
「……」
「こんなことは言いたくないが……初めてだ。まるで、機械と決闘している、そんな気分になったのは……」
「機械……」
その言葉には、どうやら少し傷ついたようだ。
「お前の決闘、昨年度も何度か見たことがある。今より遥かに弱かったとは言え、少なくとも、ここまで思いや魂の籠もらない、無機質な決闘ではなかった。決闘を愛する熱い気持ちが伝わってくる、良い決闘をしていた。それなのに、今のお前は決闘を楽しんでなどいない。だが、他の落ちこぼれのように嫌になったわけでもない。今のお前にとって、決闘は片手間の作業と化してしまっている。違うか?」
「……」
何も言わないが、少なくとも、何も言わないその顔は、肯定しているように見えた。
「なぜこんなにも変わってしまった?」
「……」
やはり答えは沈黙。もっとも私自身、何となく理由は分かっている。
「……それが、梓以上の力を得るための代償だったからか?」
「……」
「決闘への愛情を捨てねば勝てぬほど、梓は強かった、ということか?」
「……まだ、決闘は続いてますよ。星華さんのターンです」
「……」
これ以上話す気は無い、ということか……良かろう。
「……私のターン」
星華
手札:3→4
「……平家あずさ」
「……」
なおうつむく平家あずさに、私は、私の言いたいことを言う。
「私を見ろ」
「え……?」
「私だけではない。お前のデッキを見ろ。そして、水瀬梓を見ろ」
「……っ」
「お前は紛れもなく、決闘者だ。アカデミアの頂点、統焦、平家あずさだ。勝利を確信するのも良いだろう。決まった動きとなるのも良いだろう。だが、そのお前が、誰よりも決闘と向き合うことを忘れ、機械の如く、心の無い決闘をすることだけは、あってはならない。誰もが恐れる力を手にするなら、その力を存分に示し、自身の存在を示し、そして名乗れ。自身の誇るべき名を」
「……」
「今、私が手本を見せてやる。私を見ろ」
そして、腰からそれを取り出し、天へと向け……
「私の名は、小日向星華! 括目せよ! これが私の生き様だ!」
ドォンッ!
「……」
……発砲に意味はあるのか、という質問は禁止だ。
「私は速攻魔法、『リロード』を発動する。手札全てをデッキに戻してシャッフルし、その後、戻した枚数ドローする。私の手札は三枚」
三枚の手札をデッキに戻し、シャッフル……
(……えぇ! 片手でくるくるシャッフルしてる! カウボーイじゃないんだから……)
シャッフルを終えて再びデッキにセットし、三枚ドロー。
「来た。私は手札から、レベル8の『マシンナーズ・カノン』を捨てることで、墓地に眠る『マシンナーズ・フォートレス』を特殊召喚」
星華
手札:3→2
『マシンナーズ・フォートレス』
レベル7
攻撃力2500
「更に『前線基地』の効果により、『オイルメン』を特殊召喚」
『オイルメン』ユニオン
レベル2
攻撃力400
「そしてこのカードだ。『神機王ウル』を召喚」
『神機王ウル』
レベル4
攻撃力1600
「……あれ? マシンナーズかユニオンじゃないの?」
「それが基本軸というだけだ。それだけではないさ。『神機王ウル』に、『オイルメン』を装備する。バトルだ。『神機王ウル』で、『真六武衆-シナイ』を攻撃。
ウルの両手から発射された光の弾丸が、シナイを貫く。
「『神機王ウル』がバトルした時、相手に与える戦闘ダメージは0となる。この瞬間、装備された『オイルメン』の効果により、一枚カードをドローする」
星華
手札:0→1
「……『神機王ウル』で、『真六武衆-カゲキ』を攻撃」
「……え? 二度目の攻撃?」
「『神機王ウル』は、相手フィールドのモンスター全てに一度ずつ攻撃できる」
「だとしても、攻撃力はカゲキの方が上なのに……」
「機械族デッキを相手にした時、最も警戒すべきカードが何か分かるか?」
「……あぁ!」
「そう。速攻魔法発動『リミッター解除』! これにより、フィールド上の機械族モンスター全ての攻撃力を倍にする」
『神機王ウル』
攻撃力1600×2
『マシンナーズ・フォートレス』
攻撃力2500×2
「閃光破砕弾!」
今度はカゲキが破壊された。戦闘ダメージが無いのが残念だな。
「一枚ドローする」
星華
手札:0→1
「最後だ。『神機王ウル』で、『六武衆の師範』に攻撃! 閃光破砕弾!」
「手札の『紫炎の寄子』を捨てて、効果発動! このターン、六武衆モンスター一体は戦闘では破壊されない!」
あずさ
手札:1→0
平家あずさが手札を一枚捨てた瞬間、師範の前に仔猿が現れ、ウルの放った光弾から守った。
「ちっ……ならば、ダメージだけでも受けてもらう。『マシンナーズ・フォートレス』で、『六武衆の師範』を攻撃。マシン・フルシュート!」
「うぅ……!」
巨大要塞から発射された弾丸を、師範は耐えたが、その流れ弾が平家あずさへ向かった。
あずさ
LP:4000→1100
「一枚カードを伏せる。これで終了だ。そしてこの瞬間、『リミッター解除』によって強化されたモンスターは全て破壊されるが、ユニオン状態の『オイルメン』を破壊することで、『神機王ウル』の破壊を免れる」
星華
LP:2200
手札:0枚
場 :モンスター
『神機王ウル』攻撃力1600
魔法・罠
永続魔法『前線基地』
セット
あずさ
LP:1100
手札:0枚
場 :モンスター
『六武衆の師範』攻撃力2100
魔法・罠
永続魔法『六武の門』武士道カウンター:0
セット
ライフは逆転した。攻撃力2100の師範が残っていることが不安要素ではあるが、このターンを凌げば勝機はある……
「……どうして?」
む?
「いきなり決闘に誘ってきたのはともかく……どうして今更、そんなイジワルなこと言うんですか……?」
……ふむ。
「お前には、私の言葉がイジワルなものに聞こえたのか」
「……」
「それならそれで構わん。私はただ、お前に嘗められているのが気に入らなかっただけだ」
「……わたし、星華さんのこと嘗めたことなんて……」
「ああ。自覚は無いだろうな。お前の場合、嘗めているのではなく、もっと単純に、事実の中でジッとして、何もしていないだけだろう。嘗めることも……求めることもな」
「求め、る……?」
平家あずさのようなタイプの人間には、はっきりと話してやらねば分からんだろうな。
「お前は求めているのではないのか? 強くなり過ぎてしまった自分のことを、倒してくれる誰かを」
「……」
「そして、その誰か……それが、水瀬梓ではないのか?」
「……!」
やはりな。
「もっとも、そんな理屈など抜きにして、お前は本当は、梓のことを求めているのだろうがな」
「……」
「そして、それが分かったから、私ははっきりと言いたいことを言いにきた」
「……言いたいこと?」
そう。私が本当に言いたい一言が、これだ。
「平家あずさ。お前に、水瀬梓は渡さない」
「……っ! ……今更何言ってんの? 梓くんの恋人は、星華さんじゃん……」
「……」
結局、この女の気持ちと言うのは、この辺りが限界か。
だが……少し揺さぶってみるか……
「お前がそれでいいというなら、それでもいいさ。どの道、梓がお前のことをどう思っていようが、お前のような、何もかも諦めてしまっている女が、梓にふさわしいとは思わん」
「……」
「あのような、美しくも強い男に似合うとすれば、それはやはり、誰もが認め、納得する存在でなければな。それこそ、私のような」
「……っ……」
「どうやら私の勘違いだったようだな。お前のような化け物に、梓が恋をするなど……」
「うるさいよ」
視点:外
「……」
あずさの声が聞こえた。聞こえたからその顔を見てみた。その顔は、冷たいその声とは逆に、燃え上がっていた。
「さっきから、いちいち分かりきってること、好き放題に言ってさ……梓くんのことだって、なんにも知らないくせに……」
「
あずさ
手札:0→1
「……」
声色と、雰囲気の全てが変化した、あずさの姿に、星華は声を失いながらも、表情を変えることはせず、努めて冷静に、その姿を見据える。
「『強欲な壺』発動。カードを二枚ドロー」
あずさ
手札:0→2
「魔法カード『死者蘇生』。墓地の『真六武衆-カゲキ』を特殊召喚」
『真六武衆-カゲキ』
レベル3
攻撃力200+1500
『六武の門』
武士道カウンター:0→2
「チューナーモンスター『六武衆の影武者』召喚」
『六武衆の影武者』チューナー
レベル2
攻撃力400
『六武の門』
武士道カウンター:2→4
「チューナー……来るのか」
「レベル3の『真六武衆-カゲキ』に、レベル2の『六武衆の影武者』をチューニング」
「紫の獄炎、戦場に立ちて
「シンクロ召喚! 誇り高き炎刃『真六武衆-シエン』!!」
『真六武衆-シエン』シンクロ
レベル5
攻撃力2500
『六武の門』
武士道カウンター:4→6
「バトル」
シンクロ召喚の後、特に何を言うでもなく、淡々と、平然と、言葉を続ける。正に、星華の言った通り、機械のように。
「『六武衆の師範』で、『神機王ウル』に攻撃」
「……ここまでだな。罠発動『ゲットライド!』。墓地のピースキーパーを装備する」
相手の発動した魔法・罠カードの発動を無効にし、破壊する。それが『真六武衆-シエン』の効果。それを知っての発動だった。
「……通します」
「なに?」
無効にされると思った。だが、あずさは動くことなく、ピースキーパーは装備された。
「そして、攻撃が通ります」
そして、師範の刃はウルではなく、その傍らにいたピースキーパーを切り裂いた。
星華
LP:2200→1700
「リバースカード、オープン。速攻魔法『六武衆の理』発動」
「それは……!」
「フィールドの六武衆一体を生贄に捧げて、お互いの墓地にいる六武衆を特殊召喚する。師範をリリースして、『真六武衆-ミズホ』を特殊召喚」
「……なるほど。前のターンで攻撃を凌がなければ、そのカードを使われて敗北していたわけか」
「……ミズホで『神機王ウル』を攻撃。瞬切華」
同じ攻撃力を持つ二体がぶつかり合い、互いに破壊された。
「……平家あずさ」
まだ、『真六武衆-シエン』の攻撃が残っている。それを受ける前に、星華は声を出した。
「お前の、梓に対する思いの強さは理解した」
「……」
「だがこれだけは言っておくぞ」
あずさの怒りの形相を恐れることなく、星華は、語った。
「確かに、私はお前達とは違う。梓の過去や、その時の姿など、何も知らない。そして、梓がそれを、私に知られたくないと願うなら、私は一生知らないままでも良い」
絶対の自信に満ちた、熱の籠もった言葉を、悠然と立ちながら、紡いでいった。
「そして、それを私が知る日が来たとして、その梓の姿がどうであれ、私は、水瀬梓のことを愛すると決めた」
「どんな姿でも……?」
「どんな姿でもだ。醜かろうが不潔だろうが、私は、どんな梓でも愛して見せる。それが私の決めた、私の生き様だ!」
「……」
あずさは俯きながら、ボソリと、声を出して答えた。
「だったら愛してあげて……『真六武衆-シエン』の攻撃。紫流獄炎斬……」
最後の宣言は、最も静かな声だった。そんな静かな声とは裏腹に、シエンの放った斬撃は、熱く、激しかった。
星華
LP:1700→0
「……」
「……」
決闘が終わり、二人とも、挨拶や、言葉を交わすことはしない。
あずさはそのまま踵を返し、去っていた。
去っていきながら、こう思っていた。
(勝ったのはわたしなのに……なんで、こんなに悔しいのかな……)
「……」
星華は去っていくあずさの姿を、無言で見つめているだけだった。
そんな星華に……
「……ああ、いた」
慣れ親しんだ声。それが後ろから聞こえる。振り返ると、同じく慣れ親しんだ笑顔。
梓の笑顔だった。
「梓か」
「銃声がしたので来てみたのですが、どうかしたのですか? いつも放課後に待っていたのに」
「……いや」
今あったことは敢えて言わない。そのまま梓の隣に立った。
「……今日は、梓一人だけか」
「……ええ。一人です」
梓の周囲を見ながら言った星華の言葉に、梓は普通に答えた。
「そうか……なら、真の意味で、今日は二人きりだな」
言いながら微笑みかけ、梓に寄り添う。
「……ええ。そうですね。私達は今、二人きりです」
そんな星華の、穏やかな笑顔を見ながら、梓も、笑い掛けた。
「だから今日は、聞きたいことがあります」
「聞きたいこと?」
「ええ。正直、二人でなければ聞き辛いことで、今まで言い出せませんでしたが……」
そう、動揺しながら、可愛らしく困っている梓に、星華は笑顔で声を掛ける。
「何だ? 何でも聞け」
「では……」
梓は、少しだけ顔をしかめながら、周囲を見回し、そして、尋ねた。
「その……あなたはなぜ、嘘をつくのですか?」
「嘘……?」
「……なぜ、私が好きだなどと、嘘をつくのですか?」
……
…………
………………
「……」
あずさは一人、朝と同じように、港を歩いていた。
「……」
何を見るでもなく、ただ、あのまま女子寮に戻ることはしたくなかった。そのために、たまたま足の向かった先が、この港だった。
そして、そんな港には、彼女にとっては数少ない、友好的な存在がいる場所だということを忘れていた。
「やあ、あずさ」
声のした方を見ると、そこには今朝仲良くなった顔、エドの姿があった。
「ああ、エドくん……」
今の心境とは真逆の、いつもの爽やかな笑顔を浮かべる。
そんな笑顔に、エドも気を良くし、笑顔を浮かべた。
「良ければ上がっていかないか? アメリカの美味しいお菓子がある」
「えぇ? 貰っていいの?」
「もちろんだ。さあ、上がってくれ」
「うん!」
……
…………
………………
「……」
「お前一人か? アズサ」
自室へ帰り、中にいる人物を見ながら、万丈目は尋ねた。
いつもなら、精霊として梓に寄り添う『氷結界の舞姫』、アズサが、部屋の中に一人、寝転がっていた。
「まあね。たまには一人の時もあらぁな。僕も梓も……」
姿勢を変えず、万丈目に背中を向けたまま答える。いつもと同じように、せっかくの綺麗な顔と声なのに、怠慢と男臭さが入り混じった、女の子らしさの欠片もない仕草で。
(だからもっと姿勢を正せ。寝っ転がりながら肘を着くな、膝を曲げるな、ケツを掻くなケツを……)
細身ながらも扇情的な、美しいボディラインを浮かべる紫色のタイツ。それが、そんな仕草のせいで、風呂上りの爺さんが着るような、
色っぽい美少女の背中と、ジジイの背中の融合を垣間見て、万丈目は、米神の辺りに痛みを覚えつつ、溜め息を吐いていた。
(一度、『氷結界の舞姫』のファン達に、この姿を見せてやりたいものだ……)
『氷結界の舞姫』に魅入られた、一部の男子生徒達の顔を思い浮かべつつ、『アズサ』の姿を見る。目の前にいるのは『アズサ』であって、彼らの理想とする『氷結界の舞姫』では決してあるまい。
いつの世も、理想と現実には、残酷なまでの差があるものだ……
「……ねえ、準」
寝っ転がっていた姿勢を座らせながら、結局背中を見せたまま、声を出す。
どうでも良いことだろうが、座り直し、
こちらへ振り返り、綺麗な顔を見せるまで、どこかのオヤジだと言われても仕方がない。
「なんだ……?」
そんな姿にまた頭痛を感じつつ、それでも、返事はした。
「僕の恋人になってよ」
……
…………
………………
ガン、ガン、ガン……
暗い場所だった。
夜が暗いのは当たり前だが、場所が現代日本となると、それこそビルや街頭の少ない田舎や山、海へ行かなければ、真の意味での暗さを体験することは難しい。
もっとも、彼女が今いる場所はそんな、光の少ない暗さの中にありながら、美しい満月の光のお陰で明るい空間となっている。
そんな、自然の美しい明かりの下にありながら、彼女の放つ雰囲気は、奈落のように暗く、地獄のようにどす黒い色をしていた。
ガン、ガン、ガン……
彼女は、とある屋敷の中の、庭にいた。庭一面に、移動用の平らな石と、その周囲に白い庭石を、流水のように綺麗に並べ、まるでそこが水の上であるように錯覚させる。
そんな、月の光に照らされ、白い輝きを跳ね返す『枯山水』に背中を向けながら、彼女はその庭の端、庭と外とを隔てた白い塀を、ひたすら殴っていた。
それなりの力を込めて殴り続けたせいで、拳の皮はめくれ、血が滲んでいる。お陰で白く美しい塀に、醜い赤と黒が刻まれてしまっているが、彼女はそんな汚れも、拳の痛みもまるで気にせず、ただひたすらに殴り続けている。
いつだってそうだった。何かムカつくことがあれば、こんなふうに、壁でも木でも、とにかく殴らなければ気が晴れない。殴ることで、塀が血で汚れることなど日常茶飯事だから、屋敷の家政婦や庭師も、そんな塀の掃除は手慣れたものとなっていた。
もっと柔らかい物を殴ればいいだろうが、あいにく屋敷の中に丁度いい物は無い。さすがに柱や障子を殴るわけにはいかず、仕方がなく、わざわざ誰もいない庭に出てきて、屋敷からは見えない、暗い場所に立ち、誰も見ぬ間にこうして壁を殴り続けていた。
ほんの二年ほど前なら、こんなふうに、わざわざ拳を痛めるようなことは無かった。殴るのにちょうどいいものが、屋敷の中にあったからだ。
壁や木とは違い、それは程よく硬く、程よく柔らかく、そして、壁や木と同じように、抵抗もしない。屋敷で一番偉い男が、気まぐれでゴミ捨て場から拾ってきた、
そんなサンドバックを、毎日のように殴ること。それが、ムカつくことばかりの世の中で生きていく中で、最高の娯楽だったというのに……
それがどうだ。屋敷に来て六年、今では七年だが、人間のように歳を数え、それが高校生と同じになったからと、全寮制の学校へ行ってしまった。
ゴミにそんなことをしてやる理由が理解できなかった。サンドバックが無くなったことで、壁以外に、殴るものは無くなった。
もっとも、今彼女がムカついているのは、サンドバックを無くしたことではない。サンドバックが、学校で楽しそうに笑っていたこと。そんなゴミが、今まで一度もしてこなかった口答えと抵抗を、平然と行ったこと。そして、人間のように、大勢の仲間に囲まれ、守られていたこと……
「あの、ゴミがああああああああああああああ!!」
ガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ……
腕の動きの速度を上げ、余計に強く塀を殴り、血の跡を刻んでいく。痛みも汚れも、今の彼女にはどうでもいい。ただ、彼女が求めているのは、あの無駄に綺麗なゴミの顔を、ゴミらしく、汚く歪め、手元に連れ戻し、再びサンドバックとして思うままに殴ること、それだけだった。
ゴミが笑っていることが許せなかった。
生きていることが許せなかった。
楽しんでいることが許せなかった。
幸せを感じていることが許せなかった。
全てが許せなかった。
理由など無い。ただ許せない。だから、そんなゴミの綺麗な顔を目の前の白い壁に思い浮かべ、ただ、殴り続ける。
ガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ……
「双葉様……」
殴り続ける彼女――双葉に、低い声で、男が話し掛ける。
双葉は腕を止め、だが顔は壁へ向けたまま、
「ちゃんと用意したんだろうなぁ……? あのゴミを、速攻で腐らせる手段をよぉ……」
体中を震わせ、拳からは血をダラダラと垂れ流し、誰が見ても分かるほどの怒りに包まれながらも、問い掛ける。
そんな様子の双葉を、男は、それこそ廃棄場に捨てられた生ゴミでも見るような目で見ていた。
立場は間違いなく彼女が上だ。だから、話し掛けられれば応えるし、指示があれば従うし、頭も下げる。それでも、心の底では、いつも彼女のことを見下していた。
「……は。準備は整えております。すぐにでも、アカデミアへ出発できます」
そんな双葉に向かって、男は淡々と、仕事の完了を報告する。感情も感慨も無い、ただ、冷たいまでの事務的な言葉だった。
もっとも、怒りに囚われている双葉に、そんなことを気にする余裕は無い。
「あのゴミだけは、絶対ぇに許さねえ……あんなゴミ一つのせいで、なんであたしが家元に怒られて、睨まれなきゃならねぇ……悪いのは、捨てられたくせにこの家に居座って、サンドバックぐらいしか使い道の無えゴミなのによぉ……サンドバックの代わりに肉便器にしてやろうかと思ったら、島の学校まで逃げ出すしよぉ……」
思い出し、声を出すことで、余計にイライラは増大していく。必死でせき止めていた怒りの衝動が流れ出し、気が付けば……
ガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ……
「今度こそ……あのゴミ、徹底的にぶっ潰す。ゴミに心なんか無えからよ、あのゴミが心だって勘違いしてやがるもの、ぶっ潰してやるからよぉ……」
「仰せのままに」
「言っとくがな、相手を子供だと思って憐れむんじゃねえぞ。あれは子供じゃ無え。子供の見た目したゴミなんだよぉ……」
「分かっております。私とて、先祖代々水瀬家にお仕えする家系。それが、あんなどこの馬の骨とも知れない者を上げることには、憤りを禁じ得ません……」
「人間みたいに言ってんじゃねえ!! ゴミだっつってんだろうが!! ゴミなんだよ!! ゴミ!! ゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミ!!」
「……」
それ以上の言葉は無視しながら、男は一礼し、去っていく。ここから先、聞かなければならないような内容は全く無いと判断し、これ以上付き合わされるのは堪らぬと、拳を痛め続ける目上を放って、歩いていった。
双葉はそれに気付かず、殴り続けながら、既にいない男に向かって喚き続けていた。
男自身、今言った言葉に嘘は無い。男も水瀬家に仕える身として、あの少年――梓に対しては、複雑な感情を噛み殺していた。
由緒ある家系に突然、養子を、それも、ゴミ捨て場に捨てられていたような孤児を引き取った。頭首家族の優しさは知っているし、可哀想だという気持ちもよく分かる。それでも、格式高い家柄の人間のすることではないと、どうしても反感を抱いてしまった。
頭首の養子である以上世話はするが、それでも、頭首夫婦やその一人息子のように、心から敬うことはできなかった。
複雑な気持ちと反感から、梓のことを受け入れることはできない。
だが、双葉やその他の連中は、はっきり言って、梓以上に受け付けない。
彼の感じているそれは、少なくとも、今の双葉や、それ以外の親戚連中のような、存在自体を不純物と見なした、異常なまでの拒否反応や怒りとは、全く形の違う感情だった。
未だ壁を殴り続ける双葉や、それ以外の親戚連中に対して、彼は常に、軽蔑を、減滅を禁じ得なかった。
実のところ、彼らの今の姿は、梓が水瀬家へやってくる前と後とで、そう大きな違いは無い。心優しい頭首親子と、その養子以外の全員、気に入らないことがあれば、何かと物に当たり、暴言を撒き散らす、そんな連中だった。
そんな連中の前に、たまたま梓が現れ、全ての怒りの矛先を梓に変えた。そして今は、その梓が逃げたことに対し、怒りを露わにしている。
梓を拒否するのは、連中もまた彼と同じように、梓という存在を受け入れられなかったからだろう。その気持ちが強く、暴力に走ったというなら頷ける。
だが彼の目にはそうは映らず、それを理由に、梓というおもちゃで楽しく遊び、おもちゃが無くなったから駄々をこねて怒っている。そうとしか映らない。
そんな姿を臆面もなく見せつけられて、目上としての敬いなど、感じられるはずがない。
(これが、由緒ある水瀬家を支える末孫達の姿とは……)
連中の姿に、彼はいつも、そんなふうに嘆いていた。
そして、去っていった男に気付かないまま、双葉はひたすらに、壁を殴り、男に向かって叫んでいた。
ガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ……
「聞いてんのか大谷!! あれはゴミだ!! 人間じゃねえ!! ゴミなんだよ大谷!! 返事はどうした大谷!! 大谷ぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
ガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ……
お疲れ~。
星華姉さん書き辛ぇ……そしてなぜか、双葉さん書き易い……
つ~わけで、次話では再びあの人と、こっちじゃ初のあの人が出ますら。
雲行き怪しくなってきたけれど、どうなることかねぇ~。
てなことで、次話まで待ってて。