遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

106 / 175
注意事項。
今回のお話しだけど、人によっちゃあ、若干キツメなお話となっとります。
どのくらいキツイかと言われると……若干です。
大海的には、三つ書いた催醜のどれよりも遥かにキツイです。
途中で気分が悪くなったら、すぐに読むのおやめくださいな。
はっきり言って、ここまで呼んで下さった皆さんから一気に嫌われる自身があるからよ……

そんな話しでも読む勇気がある人には言う。

行ってらっしゃい。



第十話 王の目覚め

視点:明日香

「それにしても、随分集まったね」

 前の席に座ってる翔君が、そう十代に話し掛けてるのが聞こえた。

 私達は今、ブルー専用の決闘場にいる。そして、翔君の言った通り、私達だけじゃなくて、多分、アカデミアの生徒全員がいるでしょうね。

「僕のブルー昇格決闘の時とは偉い違いだよ……」

 確かに、あの時は、多分今の半分もいなかったでしょうね。けどそれも、今日ここで決闘する人を見れば納得だけど。

「相変わらず、梓はモテるってことね」

 後ろの席から、十代と翔君にそう話し掛けた。まあ、それもみんな分かってるから今更ことだけど。梓が決闘するっていうだけで、座ってるほとんどの人は嬉しそうにしてるし、授業で決闘する時も大体こんな感じだし。

「……だが、大丈夫なのか……」

 て、言ったのは、私の隣に座ってる、万丈目君?

「なにせ、今日の相手は……」

 

『……』

 

 その指摘に、私達全員、言葉が詰まった。

 

「ちょっと、あれ見て……」

 

 て、会話が止まったところで、周りから、そんな女子の声が聞こえてきた。

 彼女達がヒソヒソ声で話して、指差してる先にいるのは……

 

「統焦ったら、エド様と随分仲良しなったみたいよ……」

「嫌な女よねぇ。去年は水瀬梓さん、今年はエド・フェニックス、良い男と見るとすぐに近づくのねぇ……」

「逞しい女ですこと。腕力も神経も……」

 

「……」

 あずさが何かする度に、いちいち陰口を叩いて。

 かなり、ムカつくわ……

 

 

 

視点:あずさ

「……」

「あずさ?」

「……」

「あずさ」

「……うん?」

 決闘場を見てると、隣から声が聞こえた。

「なに? エドくん」

「どうした? 顔色が悪いぞ?」

「そ、そう、かな……?」

「水瀬梓の決闘に、なにかあるのか?」

 まあ、正直この決闘のこと考えたら、どうしたって嫌な気持ちにはなっちゃうけどさ……

「えへへ、何でもないよ。気にしないで」

「そうか……そうだ。今日作ってくれたお弁当、美味しかったよ」

 返事をしたら、エドくんは笑顔になって、別のお話しに変わった。

「本当? 良かったぁ~。不味いって言われたらどうしようかと思ったよぉ~」

「不味いどころか絶品だった。またぜひ作ってくれないか?」

「うん。いいよ」

 

 そんなふうに、取り敢えず、エドくんとの会話を楽しんでおく。

 そうだよ。わたしが気にしたって仕方がないよ。

 今日の決闘を一番気にしてるのは、当人の梓くんなんだからさ。

 だって、今回の相手って……

 

 

 

視点:アズサ

「……」

『……ヘイ、梓よ』

「……何ですか?」

 会場への入り口前で、目を閉じてる梓に話し掛けてみる。声も態度も、冷静そのもの。大した問題は無さそう、に、見えるけど……

『大丈夫かい? 今日の相手、あのおばさんが連れてきた奴だってよ』

「ええ……」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 そう。話しは昨日のことだ。

 何でか、梓と星華姉さんの関係が、普通なようでどこか複雑な感じになって、代わりにあずさちゃんが、エドとやけに仲良くなってることに、僕や、十代達が気にしだしたある日、僕ら……てか、梓は校長室に呼び出された。

 そこで、話しを聞いてみると……

 

「……またですか?」

「ええ。またです。あなたのおばさまである、双葉さんから、あなたの退学を賭けた決闘をしろと……」

 二人とも、顔も声も呆れてた。

 そらそうだよ。この間とは違うもん。この間は、長期間失踪してたもんで、その罰として退学させるっていう、一応の大義名分があった。けど今回は、そういうのは全然無い、一方的な要求の決闘だもん。はっきり言って、受ける義務も、理由も無い、

 もっとも、うちの梓の場合……

「分かりました。お受けしましょう」

 ほらぁ……

「う、受けるのですか? この決闘、あなたには何の得も無いでしょう?」

「ここで断ったところで、あの人のことだ。あらゆる手を尽くして決闘を強要してくるでしょう。それこそ、アカデミアの生徒か先生方か、誰に危害が加えられるか、分かったものではありません」

「危害……いくら何でも、そのような……」

「双葉さんの姿を見たなら、分かるでしょう? 忌々しい私のことを貶めるためなら何でもします。そういう人達なのですよ。水瀬家の人達は……」

「……」

 遠い目になりながら言って、校長もどうやら納得したっぽい。

 そうなんだよなぁ……水瀬家の中で本当に良い人なのは、梓と、そのお兄さんと両親、その他一人か二人。他ははっきり言って、イカレてる奴ばっかりだもん。気に入らないことがあったら、何であれ力ずくで押さえ込んでやろうって連中しかいない。

 昔、梓の性格が丸くなった頃、珍しく友達ができたと思ったら、その友達、次の日には事故に遭って大ケガしちゃったし。その後も、何度か死にそうな目に遭って、梓が近づかなくなったところで、やっとそういうのが無くなった、なんてこともあった。

 証拠は何にもないけど、そんな暇なことする奴なんて、他にいない。梓が友達を持ったって分かった途端、そんなことを平気でやる辺り、あいつら、気に入らないことを潰すには手間を惜しまないみたい。梓が良い思いすることに対しては特にね。中学時代の梓が友達作れなかったのは、本人の自業自得もあるけど、これも理由の一つだったりする。

 このアカデミアが全寮制で、場所が絶海の孤島で、且つ、あずさちゃんの脅しもあって、まだ手出しされなかったろうけど、これを受けないって言ったら……

 どうなるか、考えたくもないな。少なくとも、あずさちゃんに殺されるの覚悟で、何かしてくるのは間違いないだろうね。

「……それで、決闘の相手は、誰ですか?」

 一番重要な質問をする。あのおばさんが、自分で決闘するなんてことがあるわけないし、今度も助っ人頼んだことだろうね。

「ふむ……それはまだ私達にも知られていない。決闘当日にその正体を明かすらしい」

「まあ、そうでしょうね……」

 そりゃあやる前から手の内ばらすような真似、する奴はいないよなぁ……

「……決闘の日取りは?」

「明日の放課後。場所は、ブルー専用決闘場です」

「承知しました。無論、敗ける気はありません」

「ええ。私も、あなたが必ず勝ってくれることを信じていますよ」

 その会話を最後に、梓は一度会釈をして、校長室から出ていった。

 

 

 その日の内には、梓が決闘することが、アカデミア中に知れ渡った。そして、その相手がおばさんの用意した相手だってことは、例によって、十代やあずさちゃん達だけには話した。それでかなり心配されてたけど、やっぱ、みんな梓の強さはよく知ってるし、心配しつつ応援の言葉で激励してた。

 身近でこのこと話してないのは、何だかんだ、今一番近しいけど、梓の過去のことは知らない、星華姉さんだけだったりする……

 

「梓」

 

 と、考えてると、当人が目の前に立ってた。

「星華さん。客席に行かなくて大丈夫ですか?」

「客席からでは遠い。下から見せてもらうことにした」

「そう、ですか……」

 下にいちゃ目立つと思うけど……

 まあいいか。それよか……

「……」

「……」

 やっぱり、今までに比べてなんか変だな? この間まであった親しみが、無くなったわけじゃないけど、今の二人には薄いっていうか、なんていうか。

 僕のいない間に何かあったのかな……

 

『水瀬梓君、決闘場へ入場して下さい』

 

「……では、行って参ります」

「ああ。勝てよ」

 見送りの会話は普通にしてる。何て言うか、お互いに隠し事してる夫婦って、多分こんな感じなのかね……

 

 

「来た! 梓さんだ!」

「梓さーん!」

「頑張って下さい! 梓さーん!」

 

『梓さーん!!』

 

 ただ、梓が決闘場へ上がったってだけで歓声が上がる。いつもの光景だね。

 違うのは、後ろにもう一人いるってこと。

 

「おお! 星華さんがいるぞ!」

「あんな間近で梓さんの決闘を……」

「恋人の特権ですわぁ~……」

 

 目立ってる目立ってる。

 もっとも、本人はそんなの気にしてなくて、自信満々な顔してる。梓の勝ちを確信してるって顔だ。

 ま、当然僕も信じてるけどね。

 

「こんにちはぁ……」

 

 と、梓の向かいには、聞いてた通り、イカレたおばさんが立ってる。

 かなり爽やかで、なのに嫌らしい作り笑顔をこっちに向けてる。

「さぁて、アカデミアの友達へのお別れは済んでるかしらぁ?」

「……」

 梓は返事しないし。

 そりゃそうだよ。こいつと交わす言葉なんて無いもん。

「さあ……じゃあ、今日の助っ人呼ぶわよぉ」

 そう言って、右手を上げて……どうでもいいけど、この人よく見たら両手に包帯巻いてるけど、どうかしたかな?

 なんて思ってる間に、後ろの、ちょうど星華姉さんとは逆側の同じ場所に立ってる、白い着物着たお兄さんが、一礼した。

「大谷さん……」

 梓の、そんな呟き声が聞こえた。

 あの人は確か、代々水瀬家に仕えてる家系だって人で、水瀬家じゃ梓の家族以外でかなり希少な、まともな神経してる人だ。まあ、まともって言っても、梓のことは他の人達みたく拒絶してたけどさ。

 大谷さんて言うんだ。名前は覚えて無かったな……まあ、別に良いけどね。

 最初、その大谷さんが決闘をするのかと思ったけど、どうやら違うらしい。後ろにあるドアを開いて、誰かを招き入れた。そこから出てきたのは……

 

 

 

視点:外

 

「な、なにあれ……?」

 

 誰かがそんな、あからさまな不快の声を上げた。そして、その不快は、どうやら観客席にいる生徒全員が感じたようだった。

 大谷の開いたドアから入ってきたのは、一人ではない。二十人弱の、全員が男だった。

 だが、普通ではない。もっとも、見た目の上では、十分普通の見た目をしている。

 ただ、明らかに、この会場にいる者達や、それ以外の一般の人間とは一線を画していた。

 男の全員が、四十代、或いは五十代以上の男達だった。肌は不必要なほど黒いが、従事者の雰囲気は無い。体はガリガリに痩せているか、逆に異様に下腹部が膨らんでいる。髪の毛も髭も伸び放題、跳ね放題、曲がり放題で、その佇まいは、礼儀や、衆目といったものを気にするそぶりは無く、こうしていて何が悪いのかという態度で、力の籠もった、だが何の意志も無い目を、周囲に向けている。

 一言で言えば、みすぼらしかった。入ってきた男の全員が、そんなふうだった。なのに、服装だけ妙に小ざっぱりしていて、そのくせ、佇まいのせいで全く清潔感を感じさせない。

 まるで、普段から風呂に入らず、着替えもしない者達を、無理やり風呂に入れ、服だけ着替えさせた。そんな印象を、会場にいる学園側の人間は一瞬で感じ取った。

 

「え、えぇ……?」

「あれが、水瀬梓の相手の、決闘者なのか……?」

 あずさとエドが、明らかに動揺の声を上げた。

「……なんか、変わった奴ら、だな……」

 普段、陽気な十代でさえ、彼らの様子に、控えめながらも不信感を含んだ声を出した。

「……今度は、あの人達全員を相手にさせる気かな……?」

 翔も、そんな者達の様子に怯みつつ、決闘の心配を口に出す。だがそれには、隣に座るカミューラが答えた。

「違うみたいよ。ほら、決闘ディスク持ってるの、先頭に立ってる一人だけみたいだし」

 カミューラの言った通り、指を差した方向には、決闘ディスクを装着した男がいた。そして、それ以外の者達の腕には、それは無い。

「本当だ。じゃあ、あの人が代表ってわけか」

「何者かは知りませんが、梓さんが敗けるわけ……あれ?」

 翔の逆隣りに座るももえが、疑問を声に出す。翔にカミューラも、その疑問を疑問とし、梓の方へ視線を変えた。

「梓さん……?」

 そしてすぐに、翔以外の、仲間達が、そして、会場中の生徒達がそれに気付いた。

 

「……」

 

 梓は無言のまま、目の前に現れた者達のことを見ていた。だが、顔色は蒼白に変わり、目は見開かれ、口を半開きにし、開閉を続けている。

 そんな顔を含めて、両手足、体全体を、ガタガタと、擬音がこちらに聞こえてきそうなほど、震わせていた。

 梓は目の前の男達に、恐怖していた。

「梓……?」

 そんな梓の姿に、星華が疑問から声を掛けようとした、その時、

 

「おお! アナちゃんだ!」

「本当にアナちゃんがいるぞ!」

 

 男達が、一斉にそんな声を上げ、梓に向けてぶつけていた。

「アナちゃ……」

 

「アナちゃん、久しぶりだなぁ!」

「アナちゃん、見ない間に綺麗になったなぁ!」

「元気してたか? アナちゃん」

「なあ、また俺達と遊ぼうよ、アナちゃん!」

 

「アナちゃん?」

 初めて聞いた、梓の呼び名に、十代が疑問の声を上げる。十代以外にも、仲間達全員、男達の言動に疑問を感じ取った。

「あいつら、以前から梓のことを知っているのか?」

「そのような口ぶりだが、あの、明らかに浮浪者風な雰囲気……」

「……もしかして、梓が水瀬家に来る前の……」

 明日香が答えに辿り着き、その瞬間、全員が口を閉ざした。

 この事実を知っているのは、この場にいる仲間達だけ。他にも生徒達がいる状況で、梓が知られたくない過去を話すのは、やめた。

「……だとしても、あの梓の脅えよう……あれは何だ?」

 万丈目が、視線を梓に戻し、その様子を言葉にする。

 梓は変わらず、ガタガタと体を震わせていた。

 

『ねえ、梓、あれって……?』

 ガタガタ震える梓に向かって、アズサが呼びかける。そんなアズサの、顔や声にも、梓ほどではないにしろ、激しい恐怖と嫌悪が宿っていた。

「……アズサ……」

 返事としてか、梓がアズサの名を呼ぶ。そして、アズサが返事を返すのを待たず、次の言葉を紡いだ。

「あなたは大人しく……カードになっていなさい……」

『へ? ちょっと、何言って……』

「いいから早く……! この決闘、あなたが姿を見せることは許さない……」

『……!』

 声の大きさは、それほどでもなかった。だが、その目には、明らかな強い意志が籠もっていた。もっともそれは、命令、というより、無理やり力を込めての、懇願だった。

 そんな顔を向けられて、アズサは、逆らうことはできなかった。言われた通り、体を徐々に透過させ、やがて、完全に姿を消した。

 

「よし、俺に任せときな」

 と、梓が精霊と会話をしている間に、相手の準備も整っていたらしい。男達の中で、唯一決闘ディスクを装着した男が、前に出てきた。

 ボサボサした白髪頭に、もじゃもじゃの髭面、そして、顔や胸はガリガリに痩せているのに、下腹部だけは異様に膨らんでいる。現れた全員に共通している、分かり易い栄養失調体型をした男。服装だけ整えた、そんな、みすぼらしい男だと言うのに、太い眉毛を備えた目だけは、目の前の欲望をしっかりと見据える、無駄な力強さが宿っていた。

 

「いよ! 待ってました、プロデューサー!」

「いけー! プロデューサー!」

 

 前に立った男に、彼らがそんな声援を送る。

 プロデューサー? 生徒達の誰もがそんな疑問を感じたが、次の、プロデューサーの言葉で、その疑問は帳消しになった。

 

「任せときな! 俺達のアナちゃんは、俺の手で連れ戻してやるからよ!」

 

「は?」

「なに?」

 

 そんな言葉に、誰もが別の疑問を声に出した。

「連れ戻す……?」

 梓も、変わらない恐怖のまま、思わず聞き返した。

 それに対して、男は、満面の、見ている者に思わず吐き気を催させてしまいそうなほど、嫌らしい、強烈な笑みを浮かべて、答える。

「そう。あのおばさんが約束してくれたんだよ。お前を決闘で倒したら、アナちゃん、お前のことを、俺達の元へ返してくれるってよぉ……」

「……っ!!」

 その答えに、梓は一層目を見開き、震わせていた体を一瞬で硬直させた。

 

 そして、その答えに驚愕したのは、見ていた生徒達も同じだった。

「え、なに、どういうこと?」

「梓さん、あの人達と知り合いなの?」

 誰もがそれを疑問に思う中、仲間達は、自分達が正答に辿り着いていたことに気付く。

「やっぱりあいつら、昔の梓のこと知ってんのか……」

「しかも、梓と何か関わりがあったということね……」

「名前まで付けていたようだからな」

「ああ。アナちゃん、か……」

 

 多くの疑問と、動揺に包まれた決闘場の中で、彼らにこれ以上の思考はさせたくない。思考から無理やり目を逸らさせるため、梓は左手の、光の決闘ディスクを機動させた。

「お? 早速やるか?」

「……」

「そう怖がるなよ。何も怖がる必要なんて無いよ……」

「……っ」

 

「頑張れー! プロデューサー!」

「……なあ、気になってたんだが、何でプロデューサー?」

 後ろで見ている男の一人が、隣の男に尋ねた。

「ああ、あのおっさんがそう呼べって言うんだよ。何でも昔、人気テレビ番組の制作会社の社長やってて、プロデューサーも兼任してたんだとよ。まあ、その会社が潰れて、今や俺達と同じ、ホームレスの仲間入りだけどよ」

「へぇ……そりゃ、人気番組だったのか?」

「さあ。前に聞いてみたが、何でも、ゲームに勝てば賞金百万支払うって番組だったってよ。ビンボー人の高校生に挑戦させたのを最後に、打ち切りになったらしいけどな。それが元で会社が倒産したんだとよ」

「ほぉ……」

 

「じゃあ、始めようぜ。そんで、勝ったらまた、たぁっぷり楽しもうや……」

「……」

 ディスクを構えながら、舌舐めずりを見せる男の姿に、梓が、そして、生徒全員がドン引きしている中で……

 

『決闘!』

 

 

プロデューサー(自称)

LP:4000

手札:0

場 :無し

 

LP:4000

手札:0

場 :無し

 

 

「さて、まずは俺のターンみたいだな。ドロー」

 

プロデューサー

手札:5→6

 

「あぁ……悪いが、まだ決闘には慣れてないからな、時間が掛かっても許してくれよ」

「……」

 

「あいつ、決闘初心者かよ」

「確かに、普段から決闘をしているようには見えんが……」

 

「さて……俺は『きのこマン』を召喚だ」

 

『きのこマン』

 レベル2

 攻撃力800

 

「『きのこマン』?」

「何だ? 弱い上に、かなり古いカード使ってるぞ」

 見ている者達のほとんどが、目の前に現れたモンスターに対して、そんな言葉を漏らした。

 よくあるきのこの姿をした、赤い傘と、白い柄。柄はつぼの部分がしっかり土に埋まっていて、腕と目が二つずつ着いているが、足に相当する部分は無い。

 そんな、かなりシンプルな姿と名前を持つ、貧弱なステータスの、効果も持たない、ただの通常モンスター。決闘モンスターズの最初期によく見られたカードの一枚でしかない。

 一応、敢えて擁護しておくなら、そのシンプルなデザインや名前が逆にインパクトを生み、今の時代もそれなりの知名度を誇っている、ということくらいか。

 弱く、そして古い、そんなモンスターが目の前に現れたのでは無理もない。ほとんどの者は、呆れや拍子抜けを交えた、疑問を顔に出していた。

 

 そして、それを前にしている、梓は……

「……」

 ただでさえ白い肌の顔を、更に蒼白にしながら、震わせる体を、できるだけそのモンスターから離そうと、後ろに逸らしていた。

「確か、最初は攻撃できないんだよな。俺はカードを伏せて、ターンエンドだ」

 

 

プロデューサー

LP:4000

手札:4

場 :モンスター

   『きのこマン』攻撃力800

   魔法・罠

    セット

 

 

「やはりあの男、素人なのか?」

「あんな弱小モンスターを、守備にもせず攻撃表示で出すなんて……」

「攻撃を誘っているのだとしても、あからさま過ぎるわよね」

「……そんな相手を、梓はなんで、怖がってるんだよ……」

 十代らが疑問を声に出している間にも、梓は、震える手をデッキに手を伸ばした。

 

「わ……私の、ターン……」

 

手札:5→6

 

 ガタガタと震える手と、脅えきった表情。それに無理やり力を込めている様子で、手札のカードを、ディスクにセットする。

「私、は……『氷結界の武士』を召喚……」

 

『氷結界の武士』

 レベル4

 攻撃力1800

 

「……あー、このタイミングな。罠カード『落とし穴』発動」

「……!」

 カード名を妙に強調するように、プロデューサーと呼ばれる男が宣言する。同時に、梓の召喚した氷の武士は、足下に開いた穴の中へ、真っ逆さまに落ちていった。

「基本的なカードらしいから知ってるよな。相手の召喚した攻撃力1000以上のモンスターを破壊する効果だ」

「そのくらい……知っている……」

 そう、男の言葉に反論するが、その声はやはり震えていて、全く力が籠もっていない。

 それでも、出鼻を挫かれたことから、手札を見やり、次にすべきことを思案する。

「……か、カードを伏せます……これで、終了します……」

 

 

LP:4000

手札:4

場 :モンスター

    無し

   魔法・罠

    セット

 

プロデューサー

LP:4000

手札:4

場 :モンスター

   『きのこマン』攻撃力800

   魔法・罠

    無し

 

 

 終わってみれば、それは凡庸な一手だった。

 

「どうしたんだ、梓の奴。いつもと全然違うじゃねえか」

「終始、あの男達に何かに脅えていて、それがプレイングにまで現れている感じだな」

「一体、何に脅えているというの……?」

 

「水瀬梓……明らかにおかしい」

「……エドくんもそう思う?」

「ああ。一度、奴の決闘を見ているから分かる。水瀬梓は、あんな見え見えの罠に引っ掛かるような男ではない。引っ掛かるにしても、何か対策を施して然る男だ。それが……」

「……」

 

 仲間達だけではなく、見ている生徒達、教師達の全員が、その光景には疑問を持っていた。

「……」

 だが、そんな普段の梓の姿など知らない、自称プロデューサーは、そんな梓に、不気味な笑顔を向けていた。

「……あなたのターンです……」

 エンド宣言をしてから、全く動かず、ただ梓をマジマジ見ているだけの男に、とうとう業を煮やした梓が指摘する。すると、男はその顔を、更にニヤつかせた。

「……いやぁ、やっぱ、綺麗に成長したよなぁ……」

「……」

「昔から可愛い顔はしてたけど、それでもガリガリに痩せこけてたものなぁ……将来有望だとは思っていたが、まさか、ここまでとはなぁ……」

「……」

「そして、そんなアナちゃんにはなぁ……やっぱ、キノコがよく似合うよなぁ……」

「……! ……」

 ますます顔を引きつらせ、体をガタガタと震わせる。そんな様子の梓を見ながら、男はようやく、デッキに手を伸ばした。

「けどまぁ、まずは決闘してからだよなぁ……しかし、『きのこマン』じゃ形的に不満だな。もっとピッタリなのがデッキに入ってるんだが……ドロー」

 

プロデューサー

手札:4→5

 

「……おお! ちょうど引いたぞ。『魔界植物』を召喚」

 

『魔界植物』

 レベル1

 攻撃力400

 

「……っっ!」

 そのモンスターの登場で、梓は一瞬、身を硬直させた。

 

「また、古いカードが……」

「あんなカード、逆によく手に入ったわね……」

「俺は全然知らないカードだけど……」

「ああ。俺も、少なくとも実物は見たことは無い。見る必要も無いカードだからな……」

 新たに現れたモンスターに、仲間達が言った。

 他の生徒達も、そのモンスターには疑問を持った。

 不気味な色合いをした、見るからに腐った植物で、先端に穴の開いた芽と、それを支える茎。そして、その茎からいくつもの触手を伸ばし、蠢いている。名前も見た目も、植物で間違いない。これで悪魔族というのだから、決闘モンスターズは奥が深い。

 『きのこマン』と同じく、決闘モンスターズの最初期に存在したカードだが、『きのこマン』ほどの知名度すら無い、誰もが忘れたモンスターだった。

 

「……」

 そんな弱小モンスターだというのに、梓は、『きのこマン』を見た時以上に、顔を青くし、震えていた。

 

「どうしたっていうの、梓さん、さっきから……」

 と、翔が疑問を声に出した時、同時に、気付いたことがあった。

「……」

「……カミューラ?」

 隣に座っているカミューラから、異様な空気を感じ取り、名前を呼んでみる。

 見ると、カミューラは、いつもニヤついている顔を、醜く歪め、しかめていた。

「カミューラ、どうかしたの?」

「……」

 すぐには答えなかったが、しばらくの沈黙の後……

「……いえ……」

 そう、言葉を切りだした。

「……ちょっと、あの二体目のモンスターが、何かに似てるなって、思っただけよ……」

「なにか?」

「……いえ、気にしないで。私の考え過ぎ……だと、思うから……」

 それ以上は、聞いても答えてはくれなかった。ただ、終始、男のフィールドを見ながら、不快感を漂わせていた。

 

 そしてそれは、それを目の前にする梓も同じ。

 終始、不快感と、嫌悪感を漂わせながら、フィールドを見据えていた。

「じゃ、バトルだ」

 男のその宣言で、梓は身構える。そして、いつもそうするように、フィールドの状況を見て、次にすべきことを思案する。

(二体の攻撃力は、合計しても1200ポイントたらず。速攻魔法での強化や何らかの手を打つ可能性もあるが、二体の攻撃だけならわざわざ防ぐことも、ない……)

「『きのこマン』で攻撃」

 いつものように、行動を結論付けた瞬間には、『きのこマン』は迫っていた。地面から飛び出し、赤い傘を梓へ向け、体当たり(頭突き?)を放つ。

「……」

 それを、梓は無言で見つめた。赤く、艶を光らせる、丸い傘が、目の前まで迫ってきて……

「ぐぅ……!」

 梓の顔にぶつかった。

 

LP:4000→3200

 

「さ~て、今度はお待ちかね、『魔界植物』の攻撃だ」

「……」

 誰も待ってなどいない。そう言うよりも前に、『魔界植物』もまた、こちらまで歩いてくる。

「こいつの攻撃は、強力な酸で敵を溶かしちまうんだとよ」

 そんな説明を終えると同時に、目の前に立たれる。そして、茎の部分を傾け、芽に当たる、楕円形の先端を梓の顔に向ける。

「白いのをドピュッと……」

 攻撃名なのか判断のしづらい宣言を行うと同時に、穴がいくつも空いた芽の、穴からは、確かに真っ白な液体が漏れだした。それが、目の前の先端に徐々に溜まっていき、それによって、芽は大きく、硬くなっていき……

 

「うわあああああああああああ!!」

 酸が飛んでくる瞬間、梓は悲鳴を上げながら、膝を曲げ、その攻撃から身をかわした。

 

「な、なんだ?」

「梓さん、何であんなに怖がってるの?」

「たかが攻撃力400のダメージで、なぜあそこまで……」

 

 また、疑問の声が上がる。身をかがめ、攻撃を確かにかわした後も、梓は『魔界植物』を見ながら、体中を震わせ、顔は終始、恐怖で引きつっていた。

 

LP:3200→2800

 

 

「……」

「ねえカミューラ、さっきから本当、大丈夫?」

 決闘を見ながら、カミューラは一人、周囲とは違って顔を引きつらせている。いくら男達が不快とは言え、それだけには見えない。生理的不快感を浮かばせ、決闘を見ている。

「……大丈夫、だけど……ヤバい、本当に気分が悪くなってきた……」

 そう、翔に返事をし、顔を青くする。

 そしてそれは、カミューラだけではなかった。

 大半の生徒は、梓が異常なまでに脅える姿に疑問を感じているようだったが、残りの生徒は、カミューラと同じように、顔を青くし、引きつらせ、気分を害してしまっている。

「な、なに……?」

「一体……」

 

「そんなに脅えるなよ。慣れた光景じゃねえか。な、ア~ナちゃ~ん……」

「……っ」

「さてと、次は……魔法カード『ワーム・ホール』。こいつで次の俺のターンまで、『魔界植物』を除外だ」

 男が宣言しながら、魔法カードを発動した時、『魔界植物』の頭上に黒い穴が開き、そこへ、『魔界植物』が、頭(芽)から入っていった。

「おっほぉ~……」

「……」

 それに、男は恍惚の顔を、梓は、余計に不快感を浮かばせる。

 

「なんだ? あんなカード使って……」

「生贄要因の確保、か……?」

「それにしたって、モンスターを守るだけならもっといいカードがあるのに……」

「……」

 十代達が疑問の声を上げ、カミューラは、やはり不快の中にいる。しかも、直前に比べてより顕著に、顔を歪めていた。

 

「白いのを出した後なのが勿体ないがなぁ……」

「……」

「カードを伏せる。ターンエンド」

 

 

プロデューサー

LP:4000

手札:2

場 :モンスター

   『きのこマン』攻撃力800

   魔法・罠

    セット

 

LP:2800

手札:4

場 :モンスター

    無し

   魔法・罠

    セット

 

 

「やっぱ、素人だよなぁ……」

「ええ。さっきから、何がしたいのかも分からないし……」

「……」

 

「まさか!」

 突然、万丈目が大声を上げ、立ち上がった。そして、それを十代達が驚くよりも前に、駆けだしていた。

「おい、万丈目? どこいくんだよー!」

 そんな万丈目を、十代、明日香、三沢、翔、そして、後ろで見ていたあずさ、その隣にいたエドが立ち上がり、追い掛けていった。

 

「……」

 梓の顔から、なおも恐怖は消えない。それでも、とにかく立ち上がり、目の前のモンスターを見据え、デッキに手を伸ばす。

「私のターン……」

 

手札:4→5

 

 ガクガクと震え、目の焦点はあちこちへ泳ぎ、どうするか、そもそもどうもしないべきか……

 やがて、思考すること自体が恐怖となり、無意識に、手を伸ばしていた。

「『氷結界の水影』を召喚……っ!」

 

『氷結界の水影』チューナー

 レベル2

 攻撃力1200

 

 召喚した後で、激しい後悔の感情に苛まれる。

 梓の過去の姿であり、梓自身を象徴するモンスター。それを、よりによってこの男達の前に晒してしまったことに、後悔した後には、遅すぎた。

 だが、その後悔も、

「罠発動」

 その男の声により、一時の安堵に変わった。

「二枚目の『落とし穴』だ。そいつも破壊だ」

「……」

 これで壁モンスターは無くなった。それでも、あんなモンスター達に、モンスターとは言え、自分のことを好き勝手されるよりは、すぐに破壊される方がまだマシだった。

「……」

 破壊されたことで、また別の手を考える。

 だが、終始手が震え、嫌悪に苛まれ、冷静な判断ができない。そもそも、こんな男達を前に、冷静でいることさえも、不快でならない。

「ターン……エンド……」

 結局、何もできなかった。

 

 

LP:2800

手札:4

場 :モンスター

    無し

   魔法・罠

    セット

 

プロデューサー

LP:4000

手札:2

場 :モンスター

   『きのこマン』攻撃力800

   魔法・罠

    無し

 

 

「梓さん、本当にどうしたのですの?」

「いくらなんでも、あんな罠に二度も嵌まってしまうなんて……」

「今日の梓さん、やっぱりおかしい」

 ほとんどの生徒が疑問を、僅かの生徒は、変わらぬ嫌悪を、それぞれ浮かばせる。

 

「いいぞ! プロデューサー!」

「アナちゃんを追い詰めてるぞー!」

「そのまま倒せー! 勝てー!」

 後ろに並ぶ男達は、決闘する男を応援しながら、歓喜と、興奮と、卑しさを滲ませていた。

 そんな、男達の群れの中の一人に、

「おい!」

 万丈目が飛び込み、その胸倉に掴みかかる。

「ひぃ! な、なんだ、お前……」

「正直に答えろ……!」

 男の脅えようを見ながら、万丈目は顔を近づけ、質問の言葉を出す。その直後、彼を追い掛けていた仲間達も続いた。

 

「なんだ?」

 それに、梓の後ろに立っていた星華も気が付き、そちらへと走っていった。

 

「な、なんだよクソガキ、クソガキの分際で、大人を虐める気か……?」

「黙って答えろ! まさか、お前達の言うアナちゃんというのは、漢字の『穴』のことか?」

「漢字の、穴? 落とし穴の、あの穴か?」

 十代が疑問の声を出す。すると、掴まれた男は、

「……ああ、そうだよ。あれは俺達の、可愛い可愛い穴ちゃんだよ」

 と、ニタリ顔になりながら、答えた。

 その答えに、万丈目の顔が、一層怒りに歪んだ。掴んだ腕に力が籠もり、

「貴様らああああああああああああああっ!!」

 その男を、殴り飛ばしていた。

「な! おい、万丈目……!」

「やめろ! どうしたんだ!」

「ちょ、落ち着いて!」

 殴り飛ばした後も、なお暴れ出す万丈目を、十代、あずさらが必死で押さえる。

 やがて、クロノスら教員達も駆けつけ、男達はそこから離れた。

 

「俺のターン」

 そして、後ろが騒がしいことを無視しながら、男はカードを引いた。

 

プロデューサー

手札:2→3

 

「そしてこの瞬間、除外しておいた『魔界植物』が戻ってくる」

 その宣言で、先程発生したものと同じ黒い穴が空中に現れ、姿を消していた『魔界植物』が現れた。

 

『魔界植物』

 レベル1

 攻撃力400

 

「……」

 梓の表情筋の痙攣が激しくなっている間に、男はまた、手札に手を伸ばす。

「俺は、『きのこマン』と、『魔界植物』の二体を生贄に、『レイジアース』を召喚だ!」

 雄々しくも、嫌らしい声での宣言と共に、二体の弱小古株モンスターを生贄に現れたのは、

「うおぉ、でっけぇ~……」

 その言葉の通り、見上げるほどに巨大な、岩でできたモンスター。最初の二体に比べれば、最近生まれた、比較的新しいモンスターだった。

 トカゲのような、四足を持つ体と、そこへ無理やりくっつけたかのような、巨大な半円の頭。目や口と言った、顔らしいパーツは無いが、丸い先端には穴が開き、そこを中心に、いくつも亀裂が走っている。

 

『レイジアース』

 レベル7

 攻撃力2000

 

 だが、いくら新しいとはいえ、ステータスは微妙。効果も強力とは言い難い。

 そんなモンスターの登場に、また生徒達は呆れの顔を上げ、それ以上に、騒いでいる男達に視線を集中させていた。

 だが、そんなモンスターに対して、

「……」

 梓は、直前以上の恐怖と嫌悪に歪んだ顔で、そのモンスターを凝視しながら、震えていた。

「……」

 

「なあ、どうしたってんだよ、万丈目」

「……」

 問い掛ける十代に対して、万丈目は、忌々しそうに顔を歪める。

「まだ気付かんのか? ……いやむしろ、気付かない方が梓本人のためか……」

「え……?」

「……ん? ちょっと待て……」

 と、今度は三沢が、声を出した。

「『きのこマン』に『魔界植物』、今召喚した『レイジアース』……『落とし穴』に『ワーム・ホール』……それで、漢字の穴……おい、それってまさか……!」

 三沢が答えに辿り着いたが、それ以上の発言を、万丈目は、目で制した。

 もっとも、制したところで、それは、その場にいる仲間達は、理解してしまった。

「そんな……てことは……」

 翔が呆然と、目を見開いた。

「うそ……でしょ……」

 明日香が、唖然とし、口を上下させる。

「な、おい、なんなんだよ? 穴がどうしたって?」

 十代だけは分かっておらず、仲間達に声を上げていた。

 

「……」

 あずさは、完全に言葉を失っていた。

「くぅ、なんて下劣な……」

 エドは、怒りの声を上げていた。

 

「梓が……あいつらの……」

 そして、彼らからは少し離れた場所で、星華も、呆然としながら、梓を見た。

 

「……」

 梓は真っ青になりながら、体中を震わせ、とうとう、尻餅を着いてしまった。

「バトル」

 そんな梓などお構いなしに、男が宣言する。

「『レイジアース』で、穴ちゃんに攻撃だ!」

 そして、レイジアースは四足を動かし、尻餅を着く梓へと向かっていった。

 自身に向かってくる。長い胴体と、その先端に着いた、穴の開いた、巨大な……

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 来るなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 その絶叫に、会場の全員が驚愕した。

 絶叫しながら、ディスクに手を伸ばした。

「罠発動!! 『攻撃の無力化』!!」

 

「なに!?」

 それに反応したのは、

「いかん! それはダメだ、梓!!」

 万丈目が大声を上げ、

 

「え……?」

 梓がそれに気付いた瞬間には、遅すぎた。

 

 ズブリッ……

 

 聞こえるはずの無い、聞きたくもない擬音が、目の前の光景から聞こえるようだった。

 突進してきた『レイジアース』の頭が、空中に開いた巨大な穴に突っ込まれる……

「……」

 そんな光景を目の当たりにし、梓は、硬直した。

 

「おい、見たか! 穴ちゃんが、自分で穴を開けてくれたぜ!」

 その光景に、男は歓喜の声を上げ、万丈目から逃げていた男達に叫ぶ。

 

「本当だ!」

「穴ちゃんからオーケーサインが出たぞ!」

「また俺達の穴になってくれるんだなぁ!」

 そんな嫌らしい声を、恥も外聞もなく叫んでいる。

 そして、

 

「きゃあ!!」

 女子生徒の誰かが悲鳴を上げた。その女子以外にも、大勢の女子生徒や、男子生徒までが声を上げ、その身を引かせた。

 梓の前に立つ相手の男、その後ろに並んでいる男達。その、下半身の中心が、服の上からでも分かるほどに起立していた。

 顔は今まで以上に醜く歪め、涎まで垂れ流し、欲望を隠そうともせずに、梓をジッと、舐めまわすように見ている。

 そんな体と、そんな顔と、梓への言葉で、会場の全員が、理解してしまった。

 梓が恐怖している理由。男達が梓を求める理由。

 ……いや、むしろ、カミューラを始め、とうに気付いていた者達は大勢いた。大人である教員達は勿論、いくら学生で、決闘以外に娯楽が無いような島に引き籠っている身でも、彼らくらいの年齢になれば、そう言った方面の知識を有する者などいくらでもいる。

 だからこそ、気付いていながら、気付いていない振りをしていた。

 これは決闘なのだ。そんなことは関係ない。そんな、下劣極まりない要素が入り込む余地などない、と。

 だが、男の召喚したモンスターが、発動させた魔法・罠が、そして、男達の発した言葉が、何より、梓の見せる、異常なまでの恐怖が、そんな思い込みなど無駄であることを理解させた。

 『きのこマン』、『魔界植物』、そして、今召喚された『レイジアース』。

 『落とし穴』、『ワーム・ホール』、そして、梓が発動させてしまった、『攻撃の無力化』。

 それらが示す、暗喩どころではない、アレ(・・)アソコ(・・・)……

 

「……ダメだ! もう我慢できねえ!」

 そして、誰かがそんな声を出しながら、向こう側にいる、梓に向かって走り出した。

「ああ! 俺も俺も!」

「もう決闘なんかどうでもいいぜ! オーケーしたんだからな!」

「ここでヤらせろおおおおお!!」

 本人が出した覚えもないオーケーサインに歓喜しながら走り出す。一人の声を皮切りに、万丈目が殴った者も含め、全員が、決闘フィールドの上を、或いは左右の通路を通り、梓へ向かい、走っていく。

「あ……ああ……」

 欲望を剥き出しにしたその光景に、生徒全員が絶句し、言葉を失い、教員達が止めようとしても、聞き入れられるはずもない。

「おい! ズルいぞ! 俺がまだ決闘してるのに!」

 プロデューサーがそう叫んだ時には、既に彼らは、梓の目の前まで迫っていた。

「いやだ、来るな! 来るな……くるな来る、な……いや……」

 走ってきた男の、一人の手が、梓に伸び……

 

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……」

 

 バタッ

 バタッ……

 

 梓が悲鳴を上げた瞬間、梓の目の前にいた男達が、倒れた。

 

 バタッ

 バタッ…

 

 それと同時に、梓の後ろの観客席に座る生徒達が、座っていた体勢から、倒れていく。

 

 バタッ

 バタッ…

 

 そこから更に、他の客席の生徒達までも倒れていき、

 

「う、あ……」

「ぐぅ……」

 

 梓とは向かい側にいた十代達も、体をふらつかせ、ひざを着いた。

 

「……」

 会場にいるほとんどの者が、ひざを着くか、倒れるか、最悪意識を失っていた。プロデューサーは、意識こそあるがその場に倒れ、星華さえ両膝を着き、ふらつきながらもどうにか立っているのは、あずさ一人だけ。

「今のって……滅涯輪廻(めつがいりんね)……?」

 

「……ぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!!」

 あずさが声を出した時、梓は決闘フィールドの上で、大声を喚き散らしていた。

 手札のカードを全て床に散らかし、めちゃくちゃに、言葉にならない声で絶叫しながら、爪を立て、顔中を引っ掻き回し、顔中を血と傷で埋めていく。そして、

 

 ガンッ

 ガンッ

 ガンッ

 ガンッ

 ガンッ

 ガン……

 

 顔中が血に染まった直後、今度は自らの顔を鉄製の床に打ち付け、大きな金属音を、いくつも響かせる。打ち付けられた床は血で真っ赤に染まり、ひびが入り、埋没していく。

 

 ガンッ

 ガンッ

 ガンッ

 ガンッ

 ガンッ

 ガン……

 

 その大きな音で、気絶していた者達は、次第に目を覚まし始めた。

 なのに、自身の顔を、そうまでして傷つける梓の行動を、誰も止めることはしなかった。

 

 ガンッ

 ガンッ

 ガンッ

 ガンッ

 ガンッ

 ガンッ

 

 やがて、床が限界まで埋没した所で、床に着けたままの顔を止め、

「いやだ……」

 体を震わせ、声を震わせる。

「こんな……こんなデュエル……」

 そして、左手の決闘ディスクを外し、床に放り投げて、後ろへと走り去っていった。

 

「おい、逃げたぞ!」

 既に立ち上がっていたプロデューサーは、そんな梓を見て、ふてぶてしくも声を上げる。

「追え追え! 試合放棄で俺達の勝ちだ! あの穴ちゃんは俺達のもんだぞ!」

「そうだ!」

「逃がすかよ!」

 そんな下品な声を上げて、立ち上がった……

 その、直後。

 

 ドガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 

 巨大な音を響かせて、決闘フィールドの中心が、梓の頭以上に、埋没した。

 更には、巨大な破裂音を響かせながら、観客席に届くほどのひび割れを発生させ、決闘場を、建物を、大地を、揺らした。

 そして、

 

 ボォッ

 

 破壊された楕円形の決闘フィールドを、巨大な炎が包み、その上にいた、プロデューサーを含む男達を閉じ込める。

 

「……お前達……」

 

 埋没した決闘フィールドの中心に立つ、一人の少女が、一言声を出し、男達に顔を向ける。

 

「一人も逃がさない……」

 

 少女のその目は、限界まで見開かれ、茶色の髪は、風も無い中で逆立ち、額には、青筋がいくつも浮かび上がり、握り締めた拳の内からは、血を滴らせていた。

 

「この決闘は……()が引き継ぐ」

 

 

 

 




お疲れ~。
うん……色々ごめん。酷過ぎたな。
バレンタインデーになんて話投稿しちまったんだろう……
けどさぁ、これも梓の、変えようの無い過去の一つだからね。その辺は分かって欲しい。

大海の願いは一つ。
恨むなら大海を……大海だけを恨め。
だが頼む。うちの子を……梓を応援してほしい。

ほんで、伝えてほしい。
待っていると。後編を書いて……
あなた方の感想を、いつまでも、待っていると……


そんな感じで、次で決闘は決着だから、それまで待ってて。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。